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イクチ

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第二章

「とてもな」
「蒲焼に出来ない位か」
「港を出る時に言ったな」
「ああ、それはな」
「言った通りだ」
「そんなとんでもない奴か」
「そうだ、やけにでかくて細長いものだ」
 そうしたものだというのだ。
「それが見えたらな」
「すぐにか」
「教えろ、いいな」
「そうしたらいいんだな」
「そうだ、そうしろ」
 こう弟に言う。そしてだった。
 二郎は漁師の仕事だけでなく見張りもした、そのうえで。
 ある時遠くを見てだ、二郎は兄に怪訝な顔で言った。
「あれは」
「何が見えた」
「何かな」
 船の右手の彼方を指差した、そこには。
 黒い縄の様なものがあった、彼はそれを指差して兄に話した。海を縄が何段も幾重にも連なっている感じだ。
 それを見てだ、彼は言うのだ。
「ひょっとして」
「出たな」 
 太郎はそれを見て眉を顰めさせて言った。
「ここでか」
「あれがか」
「ああ、おいが言ったな」
 まさにというのだ。
「イクチだ」
「イクチか」
「ああ、そうだ」
 こう弟に答えた。
「あれはな」
「そうなんだな」
「そうだ、すぐに皆に言うぞ」
 太郎は険しい顔になって述べた。
「いいな」
「イクチが出たってか」
「そうだ」
 こう弟に返した。
「そしてだ」
「そのうえでか」
「全部収めるぞ」
「そうするか」
「ああ、絶対にな」
「そしてか」
「傘を使うぞ」
 これをというのだ。
「積んだあれをな」
「何かって思っていたらな」
 傘のことをだ、二郎は言った。
「今か」
「ああ、使う」
 まさにこの時にというのだ。
「そうするんだ」
「それでどうして使うんだ」
 二郎は太郎に具体的なことを問うた。
「一体」
「ああ、それはな」
「それは?」
「その時に話す、とにかく今のうちに傘を全部開け」
 太郎は二郎に言った。
「そして全部逆さまにして船の上に置け」
「船のか」
「そうだ、雨を防ぐ様にするんじゃなくてな」
 傘の本来の使い方ではなくというのだ。
「雨を受け止める様にしろ」
「傘を開いてその上を船の上に置いてか」
「そうして置け、全部な」
「一体何が何か」
「その時にわかる、とにかく今のうちにそうしておけ」 
 太郎はこう言って自分もだった。
 傘を開いた、そうしてだった。
 船の上に置いていった、それは他の漁師達もしてだった。
 急いで船の上に持って来た傘を全部逆さまにして置いた。その時には。
 異様に細長く真っ黒な、鰻の様なものが連なっている橋の様になって船の上に来た。網元はそれを見て漁師達に言った。
「来たぞ」
「はい、そうですね」
「遂に来ましたね」
「いよいよですね」
「いいか、広大でな」 
 全くというのだ。
「あいつが船の上を通り過ぎるまでだ」
「わかってます」
「船を沈められたらたまったものじゃないですから」
「やっていきます」
「いいな、夜は灯りを点けてやれ」
「一体何があるんだ」
 二郎は決死の覚悟を見せる周りを見て何かと思った、そして。
 その黒い細長いものが船の上を通ってきた、すると。
 その黒い鱗がないぬらぬらした身体から何かが滴り落ちてきた、二郎は自分の身体にも落ちてきたそれが何かすぐにわかった。
「油!?」
「そうだ、油だ」
 それだとだ、兄は弟に答えた。 
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