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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第8章:拓かれる可能性
  第250話「止めて見せる」

 
前書き
―――だから、絶対に負けられない


今更ですが、緋雪の羽が東方のフランに似ているのは偶然です。前々世を思い出す前の緋雪は、特典による影響だと思っていましたが、実際は偶然似ていただけです。
なお、飽くまで似ているだけでした(原作は最低でも宝石っぽいのが八つずつある)
ちなみに、現在はファンネルみたいな感じに緋雪の周囲に漂っています。
 

 












「か、ふっ……!?」

 手刀で胸を貫かれる。
 それを認識した時には、椿は敗北を悟っていた。
 奏と葵は既に吹き飛ばされ、戻ってくるのに僅かでも時間が掛かる。
 否、二人もダメージが蓄積している事から、立ち上がるのもきついだろう。

「ぐ、っ……!」

 司が魔法で優輝を椿から引き剥がすが、同時に反撃を繰り出される。
 転移と共に繰り出されたその攻撃は、何とか障壁で防ぐ。
 だが、間髪入れずに放たれた一撃は、その障壁を徹して司に直撃する。

「穿て」

「ぁ……」

 僅かにでも怯めば、そこで終わりだ。
 障壁の維持が緩んだ瞬間に、砲撃魔法が司を呑み込んだ。

「(完全に瓦解した……!)」

 まだ戦えはする。
 だが、一度全滅してしまえば立て直すのは不可能だ。
 ましてや、相手が優輝であるならば。

「(まずい……!)」

 僅かにでも抵抗する動きを見せれば、そこから優輝は叩き潰してくるだろう。
 だからこそ、下手に動く訳にはいかなかった。
 ……尤も、その動く事すら困難な程ダメージを負っているのだが。









   ―――だからこそ、一瞬信じる事が出来なかった。



   ―――飛んできた緋い軌跡が、優輝を飛び退かせたのを。









「(優輝が……受け流さずに避けた?)」

 途轍もない速さで何かが駆けて、それを避けるように優輝が飛び退いた。
 椿には、そうとしか見えなかった。
 そして、それを行った者を見て、目を見開く。

「緋雪……?」

「………」

 椿の呟きが聞こえていないのか、緋雪は無言で優輝を見つめる。
 その手には、シャルとリヒトがあった。

「(姿が……いえ、羽が変わった……?それに、あの顔つきは……)」

 羽が変化し、ぶら下がっていた宝石が緋雪を守るように漂う。
 そして、緋雪の顔つきもどこか頼もしく見えた。

「……奇しくも、あの時と逆だね。お兄ちゃん」

「………」

「絶対に、止めて見せる」

 力強いその呟きと共に、戦いが始まった。
 最初に仕掛けたのは緋雪だ。
 シャルとリヒトを同時に振るい、クロスに切り裂こうとする。

「ふっ……!」

 だが、いくら強く、速く武器を振るおうと、導王流には無意味だ。
 その攻撃はあっさりと受け流され、反撃の掌底が迫る。

「ッ!!」

 ……それを、緋雪も当然ながら想定していた。
 いつもは羽にぶら下がっていた宝石のようなものが、優輝の攻撃を阻む。
 今や、その宝石……魔晶石はただ魔法を込めるだけでなく、武器としても使える。

「くっ……!」

 受け流された攻撃が、大地を割る。
 それほどまでの衝撃波が迸り、優輝の体勢を崩そうとする。
 咄嗟に優輝は飛び退きつつ、創造魔法で牽制を放つ。
 しかし、それらの攻撃は、14の魔晶石によって全て弾かれた。

「はぁっ!!」

 さらに、その場から緋雪は拳を振るい、衝撃波で攻撃する。
 衝撃波が受け流されると、背後にあった瓦礫が消し飛ぶ。
 そして、優輝が反撃する前に、緋雪が次弾を用意していた。

「上か……!」

「ふっ……!」

   ―――“Stern Bogen Sturm(シュテルンボーゲン・シュトゥルム)

 七色の弾幕が優輝に降り注ぐ。
 無論、その程度では導王流を突破出来ない。
 しかし、飛んでくるはずだった反撃は阻止した。

「(……本当に、遠距離だと埒が明かない……!)」

 遠距離からの攻撃では、あらゆる攻撃が受け流され、躱される。
 当たるとすれば、放ってから当たるまでの過程がない技だろう。

「(でも、私の“破壊の瞳”から、お兄ちゃんは絶対に意識を逸らさない)」

 あれ程の攻防を行っても、優輝の意識は“破壊の瞳”に向いていた。
 緋雪の持つ技の中で、唯一当たるまでの過程がないモノだからだ。

「(……“瞳”の術式を破壊出来る術を持っているからね……)」

 そもそも、放つまでの過程で阻止されるのが“破壊の瞳”だ。
 “瞳”の術式が破壊されれば、当然無効化される。

「……けれど、こういう使い方は知らないでしょ?」

 だから、緋雪は直接破壊する事はしなかった。
 破壊したのは“距離”だ。
 前に動いた瞬間、距離を破壊し、転移と同じように肉薄した。

「ッ……!」

「はっ!」

 肉薄すれば、当然近距離での戦いになる。
 だが、近距離こそ導王流の極致が最大限発揮される距離だ。
 如何に力があっても、そう簡単にダメージは与えられない。

「緋雪!」

「……っ!」

 椿が警告しようと名前を呼んだ時には遅い。
 綺麗にカウンターの手刀が胸に突き刺さる。

「あーあ、避けられる、か!」

 だが、緋雪は一切動じずに刺さった手刀を掴もうとする。
 転移でそれは躱されたが、魔晶石が魔力の刃を転移先に飛ばし、牽制する。

「……私は、何度もお兄ちゃんにこの力から心を助けてもらった。……今度は私の番だよ。この力を以って、お兄ちゃんを止める!」

 そう言った瞬間、魔力と霊力が迸る。
 霊魔相乗による、力の開放だ。

「ッ……!」

「―――ッ!」

 14の魔晶石と、緋雪の持つシャルとリヒトが振るわれる。
 魔晶石は魔力を刃のように纏っているため、侮れない威力を持っている。
 それを相手に、さしもの優輝も攻撃を受け流しきれずにいた。

「転移で逃げても無駄だよ!」

 紫色の魔晶石が魔力を張り巡らせる。
 椿が神力でやっていたものと同じで、これで転移先を察知していた。
 魔晶石二つ分の手数が減るが、それでも緋雪の方が有利だ。

「厄介だな」

「っ……!?」

 しかし、それを覆すのが導王流。
 避けるついでにカウンターを繰り出し、水色の魔晶石を叩き落とした。
 
「(これは……!)」

「ふっ……!」

 さらに、回避と共に強く地面を踏みしめる。
 叩き落とした魔晶石を下敷きにし、さらに霊力と魔力を叩き込んだようだ。

「………」

 その時点で、一度緋雪は魔晶石を自分の傍に戻す。
 踏みつけられたままの魔晶石以外は戻ってくる。
 しかし、その踏みつけられた魔晶石には罅が入っていた。

「アンファング!」

   ―――“Frieren(フリーレン)

 破壊される前に、緋雪が先に自爆させた。
 水色の魔晶石から魔力が爆発し、周囲を一気に凍らせる。

「あの状態でも打ち抜くなんて……!」

 優輝は転移でその爆発から逃れ、無傷だ。
 対し、緋雪は一つの魔晶石を失った。
 時間が経てば魔晶石も元に戻るが、少なくともこの戦いでは元に戻らない。

「(無闇に手数を減らすのは愚策。……なら!)」

 背後に迫っていた優輝の攻撃を緋雪は逸らす。
 シャルとリヒトを使い、優輝の攻撃を捌き続ける。
 そして、魔晶石は背後に控えさせ、射撃による牽制に留める。

「……そう簡単に通じないよ」

 転移連発からの蹴りを、緋雪は腕で受け止める。
 魔力を纏ったその蹴りは、並の剣よりも切れ味があるものだ。
 しかし、緋雪はそれをあっさりと受け止めた。
 防御どころか蹴りを真っ向から跳ね返す事も出来たが、それはカウンターを警戒して防御だけに留めていた。

「シッ!」

 動きを見極め、リヒトを振るう。
 受け流され、カウンターを繰り出された所で、シャルを振るう。
 ……だが、それもカウンターで返される。

「……っつ……!」

 自ら後ろに跳ぶ事でダメージを抑える。
 同時に、改めて相性の悪さを認識する。

「(どんなに力が強くても、受け流される……!魔結晶の攻撃も創造魔法で相殺されているし、何より剣だと相性が悪い!)」

 剣どころか、“振るう”動作のある武器である時点で相性が悪かった。
 導王流は素手が本領だ。そのためか、対武器の強さが桁違いとなっていた。
 どんな武器を振るうにも、その際の軌道を逸らされれば通じない。
 そのため、いかなる武器による攻撃も、カウンターで返されていた。
 通じるとすれば、鉤爪のような直接手に装着して扱う武器か、奏のように刃を生やす、またはなのはがやったように至近距離で魔力弾などで攻撃するぐらいだろう。

「(……武器が通じないなら、素手でやるしかない)」

 武器が通じないのならば、その身を使うまで。
 元々、優輝も魔力で四肢を刃のように振るうのだ。
 緋雪が同じ事を出来ない道理はない。
 むしろ、力が上な分、緋雪の方が強力だろう。

「ッ……!」

〈お嬢様!?〉

〈緋雪様!?〉

 デバイス二機が驚きの声を上げる。
 当然だ。緋雪が唐突に二機を投擲武器のように飛ばしたのだから。

「そこ!」

 二機があっさり弾かれると同時に、突貫する。
 もちろん、同時に創造魔法を魔結晶の魔法で相殺するのも忘れない。

「(受け流されさえしなければ、この力を十全に振るえる!!)」

 その一撃は、優輝に放つものではない。
 正確には、その一歩手前。地面に向けて、拳を振るう。

「ッ……!」

 地面にクレーターが出来上がり、その衝撃波で優輝の体勢を崩す。
 さらに砂塵も舞い上げ、目晦ましとした。

「足止め!」

 その上、魔結晶の内、赤と黄、そして転移を察知するための紫以外を差し向ける。
 全力で魔法が放たれ、優輝がいる場所を狙い撃つ。

「(今の内に……!)」

 無論、これは足止めに過ぎない。
 攻撃が通じるはずもなく、ほんの僅かでも攻撃の手を緩めれば魔結晶は破壊される。
 そのため、少しでも時間を稼ごうと、広範囲に魔法を放ち続ける。

「(魔結晶を依り代に、分身を呼び出す!)」

   ―――“Alter Ego Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)

 以前にも使った事のある分身魔法を行使する。
 今度は喜怒哀楽の感情ではなく、魔結晶を依り代とした。
 赤と黄の魔結晶を依り代に、以前の分身よりも強力な分身を呼び出した。
 現れた分身は、依り代にした魔結晶に影響されてか、羽の膜がそれぞれ赤と黄の色が混じった色合いになっていた。

〈なるほど、そのために……〉

 緋雪の分身二体が、それぞれリヒトとシャルを手に取る。
 そこで、リヒトは緋雪が何をしようとしているのか理解した。
 要は、本人は素手で戦い、リヒトとシャルは分身に使わせるつもりなのだ。

「……さすがに、分身するのに意識を割いたから、魔結晶は割られちゃったか」

 代償として、赤と黄と紫以外の魔結晶を破壊された。
 二つの紫は緋雪本体に。赤と黄は、それぞれ同じ色の魔結晶を依り代とした分身の近くに寄り添うように残っていた。

「さぁ、第二ラウンドだよ……!」

 そう宣言して、緋雪は再び優輝に挑みかかる。

「ッ!!」

 全力で振るわれる拳が、受け流される。
 しかし、反撃は返ってこない。
 代わりに、優輝の背後が爆ぜた。

「(あまりの威力に、反撃が出来ていない……!?)」

 その様子を見ていた椿は、そう分析する。
 椿の予想通り、緋雪の一撃の威力が、反撃の隙を与えていないのだ。
 いくら導王流の極致とはいえ、限界がある。
 その限界を、緋雪は超えているのだ。

「ぁああああああっ!!」

 声を上げながら、緋雪は拳や手刀を繰り出す。
 その度に受け流され、衝撃が後ろで爆ぜる。

「(……でも、それ以上は踏み込めないのね)」

 転移にも食らいつき、反撃の隙を与えずに攻撃し続ける緋雪。
 しかし、攻撃自体は通用していない。
 分身による援護射撃も全て受け流し、相殺されている。
 それ以上は、緋雪も踏み込めていないのだ。

「(厳密には、優輝はあの攻撃にすら反撃出来る。それをしないのは、直後の隙を確実に突かれると分かっているから。洗脳されているにも関わらず、随分と安定した選択を取るのね……)」

 椿の分析を余所に、緋雪の戦闘は続く。
 振るわれた拳を受け流され、追撃は紙一重で躱される。

「(分身で遠距離攻撃を阻止して、インファイトに持ち込む……!これで、少しでもダメージを蓄積させる……!)」

 遠距離攻撃は分身による援護で全て相殺する。
 それによって、完全にインファイトのみで戦闘を成立させる。

「っ……!」

 受け流し続ける優輝だが、その顔に余裕はなかった。
 何せ、少しでも受け流しに失敗すれば、直撃でなくとも大ダメージだからだ。
 現に、紙一重で避けても余波だけで体勢が崩れかけていた。

「ふっ!」

「ッ!」

 しかし、“対応”してくる。
 この僅かな短時間で、優輝は緋雪の動きに少し慣れた。
 受け流しの際の多少のダメージを無視し、カウンターを繰り出してきた。

「はぁっ!」

「ッ!」

「くっ……!」

 カウンターをさらに防ぎ、緋雪は対応する。
 転移も併用するため、こちらも油断すれば直撃を喰らう。
 どちらも極限まで精神を研ぎ澄ませ、攻防を繰り広げていた。

「シッ!」

「はっ!」

「……!」

 転移先に手刀を薙ぎ払う。
 それを受け流され、カウンターの蹴りが放たれる。
 半身をずらす事で避け、空いた片手の爪で斬り上げを放つ。
 しかし、その前に手首に掌底を当てられ、阻止される。

「(捕まらない、か!)」

 防いだ時や、攻撃を阻止した際に、何度も優輝を掴もうとする。
 だが、良くても掴みかけるまでで、転移で逃げられる。
 転移魔法がある限り、完全に捕獲する事は出来なかった。

「っ……!」

 直後、緋雪は飛び退く。
 寸前までいた場所を、“闇”の棘が貫いた。

「攻防一体の“闇”……イリスの加護……!」

「離れても倒せず、近づけばこの“闇”に囚われる。肉薄しても導王流を突破しきれない。……さぁ、どうする?」

「方法なんて、関係ない。何がなんでも、突破する!」

 理屈なんて考える必要はない。
 本能と理性を以って、緋雪は突貫する。

「はぁっ!」

 “闇”による攻撃など、今の緋雪にはただの障害物と変わらない。
 拳圧によって吹き飛ばし、すぐさま肉薄する。

「ふっ!」

「ッ……!」

「せぁっ!!」

 気合の声と共に放たれる緋雪の拳が、優輝を襲う。
 その度に、防御に使っている“闇”が消し飛ぶ。
 結局は受け流されるものの、緋雪は導王流以外で優輝を圧倒し続ける。

「っづ……!?」

「シッ!」

「っ、バインド……!」

 だが、優輝もその動きにどんどん対応していく。
 受け流しの反撃が突き刺さり、僅かに怯んだ所へ、バインドで拘束する。
 すぐさまバインドを引きちぎり、防御体勢に入るも、一瞬間に合わず吹き飛んだ。

「(細かいダメージじゃ、意味がないのに……!)」

 決定打どころか、一切の直撃がない。
 吹き飛ばされた体勢を立て直しつつ、緋雪はそんな焦りを積もらせる。

「(単純に戦うだけだと、勝つ前に対応される。……なら!)」

 転移で背後に回られると同時に、緋雪も転移で間合いを離す。
 さらに分身二体による援護射撃と近接攻撃が入る。
 分身とはいえ、その力は本物に迫る。それが二体だ。
 赤と黄の魔結晶による援護もあるため、それだけで相手は出来る。

「「ッ……!」」

 だが、優輝はそれを無視して転移した。
 時間を稼がれると、本体の緋雪が何をしでかすかわからないからだ。
 すぐさま本体の緋雪に肉薄するように、優輝は転移して背後に回った。

「まずは、導王流の流れを断つ!!」

 ……それこそが、緋雪の狙いだと気付けずに。

「ッ……!?」

 緋雪は全力で地面を殴りつけ、めくりあげる。
 大きなクレーターが広がり、地面の一部が浮き上がり、砂塵が舞う。
 目晦ましに加え、衝撃波で体勢を乱す魂胆だ。

「(考えを切り替える!ううん、思い出す!私がやるべき事は、お兄ちゃんを“倒す”事じゃない!“止める”事!そのために必要なのは……!)」

 砂塵の外へ離脱した緋雪は、そこから優輝を“視る”。
 狙うのは肉体的な急所でも、“領域”でもない。

「(イリスの“闇”!洗脳を解くには、イリスの影響を削ぐ必要がある!)」

 目的を見失ってはいけない。
 そもそも、この戦いは優輝を止めるためのものだ。
 確かに、倒してしまった方が抵抗がなくなるが、倒す必要がある訳でもない。

「(だから、だからなんだね……。全力が出しきれなかったのは……!)」

 目的がすり替わっていた。というよりは、固定観念で考えが寄ってしまったのだ。
 例え洗脳された状態であっても、緋雪はやはり優輝には敵わない。
 物理的な強さではなく、好きな相手だからこそ、倒せないのだ。

「……これで、ようやく全力が出せる……!」

 だけど、止めるためならば。
 相手を助けるためならば、それこそ全力が出せる。

「……狙うは一点。私の……“私達”の全てを賭けて、その“闇”を破壊する!!」

 援護射撃など、ちまちました役割分担は止めだ。
 そう言わんばかりに、分身はリヒトとシャルの形状を変える。
 防護服に重点を置いた、素手で戦うスタイルへと。
 そして、援護に使っていた魔結晶を取り込み、その力を上昇させる。

「ッッ!!」

 刹那、優輝が転移で死角に回り込んでくる。
 緋雪は即座に反応し、その手刀を受け止める。
 今までは、魔結晶による探知に頼っていた。だが、今回は違う。

「(精神を研ぎ澄ませれば、この程度……見切れる!!)」

 紫の魔結晶は、分身にそれぞれ一つずつ取り込ませた。
 つまり、緋雪は今の転移を素の身体能力で反応して見せたのだ。

「『リヒト、シャル!……分身の操作権を譲渡するよ!』」

〈『りょ、了解(や、ヤヴォール)!』〉

 分身の自我を破棄し、代わりにリヒトとシャルに接続する。
 これによって、リヒトとシャルは疑似的に肉体を獲得する。
 肉体の操作をリヒトとシャルに任せる事で、さらに動きを読ませなくした。

「(……そうだ。これは、私だけの戦いじゃない。お兄ちゃんを大切に想う“皆”が臨むべき戦いなんだ……!)」

 再び転移を連発して、緋雪の死角を突いて来る。
 だが、今度はそれに反応した緋雪に対抗し、さらにそこから転移した。

「させません!」

 導王流と違い、緋雪は攻撃後に僅かに隙がある。
 それを優輝は突いてきたが、リヒトが分身を操作してそれを阻んだ。

「ッッ……!」

 そこからは、転移とそれに対する動きの応酬だ。
 転移を繰り返す優輝に追いつくため、緋雪達も転移を多用し、攻撃が受け流されるか躱される。

「っづ……!」

 受け流される場合、ほぼ確実に反撃を喰らうが、倒れない。
 例え手刀が心臓を貫こうと、首を斬ろうと、即座に再生させる。
 死の概念が壊れているからこその荒業で、緋雪達は反撃を無視する。

「ふっ!!」

 緋雪の拳が振るわれ、転移で躱される。
 転移先へリヒトが追いつき、またもや転移で躱される。
 そして、今度はシャルが反応し……それが繰り返される。
 緋雪の力に優輝が対応したように、緋雪達も優輝の動きに対応していく。
 転移の間隔は徐々に短くなり、受け流す回数も増えてくる。
 
「(全力全開!ううん、それを超える!転移で捉えきれないなら、それ以上のスピードで追いつく!恐れる事なんてない、奔れ、閃光のように―――!!)」

 優輝の転移からの攻撃が、空ぶる。
 この瞬間、確かに優輝の知覚出来る速度を緋雪は超えた。
 その速さのあまり、優輝は攻撃対象が緋雪の残像だと気付けなかったのだ。

「はぁあああああっ!!」

「っ……!」

 いくら生物兵器としての力を完全に扱えるとはいえ、限界を超えれば無茶となる。
 音を超え、光の速度に迫る速度で、緋雪はただ真っ直ぐに飛び続ける。
 転移のためのゲートを複数設置し、それによって方向転換を為す。
 スピードを緩めず、ただ一直線に優輝へと攻め立てる。

「私達を……!」

「忘れたとは言わせませんよ、マスター!」

 ただの直線攻撃であれば、まだ対処出来ただろう。
 だが、リヒトとシャルがそれを許さない。
 緋雪のようなスピードを出せなくとも、その体は緋雪の分身だ。
 有り余る力と、十分に発揮できるスピードで、的確に優輝を追い詰める。

「シッ!!」

「っづ……!?」

 ついに、優輝が受け流しに失敗した。
 転移で一度は避けても、即座にその先に緋雪が追いついて来るのだ。
 その上、知覚を上回る速度で動かれれば、受け流せるものも受け流せない。
 極致ともなれば、勝手に体が受け流すとしても、限界があった。
 緋雪は、その限界を上回ったのだ。

「ッ……!」

 体勢を立て直しつつ、転移でその場から消える。
 当然、緋雪はそれに追いつき、優輝もそうなると理解していた。
 既に、導王流の極致でさえ、対応しきれないと悟っていた。

「ぇ―――?」

 だからこそ、“別の手段”を取った。
 ピアノ線のように優輝の周囲に張り巡らされた“闇”。
 緋雪はそれを手刀で払い除けようとして、逆に手が切れた。

「(超高密度の“闇”……!この速度に対して、最も攻撃力を発揮する戦法に切り替えてきた……!?)」

 緋雪の力ですら、そう簡単に千切れない程、高密度に圧縮した“闇”の線。
 さらに緋雪の速度を利用する事で、刃物よりも切れやすい攻撃となっていた。
 今の緋雪の速度に対する、最も有効なカウンターと言えるだろう。

「(でも、止まらない!)」

 それでも、緋雪はスピードを緩めない。
 取り除けないのであれば、避けるだけでいい。
 切断された手も、今なら即座に再生できる。
 ……既に、“決定打”は用意されている。

「リヒト!シャル!!」

 まずは、分身を任せた二機に呼びかける。
 先程までと同じように、緋雪の攻撃を当てるための牽制だ。
 リヒトとシャルが、緋雪の攻撃を転移で避けた所へ襲い掛かる。

「ぁぐっ……!?」

「ッ……!?」

 緋雪達の目論見は確かに達した。
 攻撃の対処をさせる事で、僅かにでもその場に留まらせた。
 しかし、反撃が予想外だった。

「なる、ほど……そういう、使い方が……!」

 先程緋雪の手刀を切断した“闇”の線。
 それが、分身の核である魔結晶を貫いていた。
 核が貫かれれば、分身は姿を保てない。
 それを見抜いての反撃だったのだろう。

「ぁぁあああああああああああああっ!!!」

 直後、緋雪が一気に肉薄する。
 進路を阻む“闇”の線を、出来る限り躱し、優輝へ向かって拳を振るう。

「ッッ……!」

 その瞬間、目の前に“闇”の線による網が現れる。
 このままでは、再生できるとはいえ体が細切れになるだろう。
 そうなれば、攻撃も失敗する。

「予想、通り!!」

 故に、転移でそれを避けた。
 空間そのものを飛び越えれば、“闇”の線で切られる事はない。

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

「か、はっ……!?」

 ……しかし、回避に続く回避で、緋雪の速度は緩んでいた。
 そのために、優輝に反撃を許してしまった。
 緋雪の速度をそのまま利用した掌底が、直撃する。
 繰り出したはずの攻撃は、寸での所で届かず、体が上下に千切れ飛ぶ。

「(最後の最後で、カウンター……!)」

 今の緋雪であれば、それでも回復出来ただろう。
 しかし、せっかく発揮していたスピードがこれで殺された。
 同じ手を、優輝は許さないだろう。
 それこそ、再生すら許さないように手を打ってくる。













「―――捉えた……!!」

 だからこそ、その“次”を許さない。
 例え上半身だけになろうと、狙いだけは外さなかった。

「ッ……!」

 “破壊の瞳”による術式が、優輝の体を完全に捉える。
 狙うのは一点。イリスの“闇”だ。

〈〈させません!!〉〉

 その術式を、優輝は即座に破壊しようとした。
 だが、それをただのデバイスに戻ったリヒトとシャルがバインドで阻止する。

「なら……!」

「転移は、赦さない!!」

   ―――“Espace Domination(エスパース・ドミナシオン)

 ならばと、優輝は転移しようとする。
 その前に、復帰した司が空間を支配し、転移を封じた。

「っっ……!」

「それも」

「させない……!」

 それでも優輝は“闇”を使って術式を破壊しようとする。
 先程までの“闇”による線なら、邪魔されようと貫通していただろう。
 だが、先に二つの手札を潰されたために、猶予のなさに焦りが積もっていた。
 結果、“闇”の密度は甘く、割り込まれれば阻まれる程度になっていた。

「―――今よ、緋雪!」

 葵と奏が術式を破壊しようとする“闇”をその身で阻む。
 そして、椿が矢でその“闇”を逸らした。
 ……もう、優輝は間に合わない。

















「いっけぇええええええええええええ!!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 “破壊の瞳”が握り潰され、優輝の体が爆ぜた。















 
 

 
後書き
魔晶石…緋雪の羽についていた宝石のようなもの。魔法を込めたり、間接的な武器としても扱える。全てを一斉に扱うのは難しいが、かなり利便性がある。

Frieren(フリーレン)…“凍る”のドイツ語。水色の魔晶石に込められた魔法。相手を凍らす事が出来る。射撃と放出の二種類がある(今回は放出)。

Espace Domination(エスパース・ドミナシオン)…“空間支配”のフランス語。範囲内の存在の転移を封印する。


後半の緋雪の戦闘は、DBにおける残像拳、または超スピードの応酬みたいなものです。
最後の連携、もちろん念話などで合図していません。
合わせるならそこしかないと、全員が直感で理解したからこそ成り立った、奇跡そのものな連携です(語彙力)。 
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