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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第35話:変わる味

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。 

 
 山奥の洋館・フィーネのアジト────

 クリスはその裏手にある湖に掛けられた桟橋の上で、1人物思いに耽っていた。いや、悩んでいると言った方が良いだろう。

──透と同じ格好をした魔法使い共……あいつらが──

 透から時々話を聞いていた。再会する以前に身を置いていた、魔法使いのみで構成された組織。
 死に掛けだった透を保護してくれたと言う点に関してはクリスも感謝しても良いと思ったが、その感謝も透からの話を聞いていく内に消えていった。恩義など薄れる程に外道な連中だと分かったからだ。

 その組織に、遂に透の所在が明らかになってしまった。
 連中は透の事を裏切り者と言っていた。つまり、今後も透の命を狙って襲撃を仕掛けてくる可能性があると言う事だ。

「させるかよ……どんな奴が相手でも。透だけは、絶対に──!?」

 決意を胸に、拳を握り締めるクリス。反対の手には、ソロモンの杖が変形した状態で握られている。
 颯人の存在から、魔法使い相手にはノイズがあまり有効ではない事が分かってはいたが、数の上では圧倒的に不利なので数合わせの意味でも弾除けの意味でもないよりはマシだった。

 そんなクリスに、近付く人影があった。
 透だ。彼はソロモンの杖を握り締め険しい顔をするクリスに近付くと、握り締められた彼女の拳に手を当てた。手を当てられて漸く彼の接近に気付いたクリスは、握り締めていた拳から力を抜いた。

「透……大丈夫だ。透はアタシが守るからな」

 柔らかな笑みと共にそう告げるクリスだったが、対する透は彼女に憂いを帯びた顔を向ける。
 透としては、まずクリスには己の身を案じていてほしかった。ジェネシスの魔法使い達は一筋縄ではいかない。特にメデューサは狡猾で残忍だ。目的の為なら手段は選ばない。

 そんな奴の魔の手がクリスに伸びるかと思うと、透としては気が気ではなかった。
 最悪、クリスには自分の事を気にせず逃げて欲しいとすら考えていた。

 透の不安と心配、そこからくる覚悟。クリスは彼の表情からそれを感じ取った。

「そんな事言うなよ。あたしが透を見捨てるなんて、するわけ無いし出来る訳ないだろ」

 そう言うとクリスはソロモンの杖を手放し、彼の体に両手で抱き着いた。

「あたしにはもう、透しかいないんだ。だから、約束してくれ。もう、あたしの前から…………居なくならないでくれ」

 先程とは打って変わって弱々しい声で懇願し、縋りついてくるクリスの体を透は優しく抱きしめる。
 今の彼に出来る事はこれしかない。これでクリスの不安が少しでも晴れてくれるなら…………と。

「暢気なものね、貴方達は……」
「「ッ!?!?」」

 出し抜けにフィーネから声を掛けられ、2人は弾かれるように声のする方を見た。フィーネはサングラスをかけてはいたが、冷たい視線を向けている事は2人とも察することは出来た。

 抱き合っているところを見られるのは恥ずかしかったし、それ以上に何だか申し訳ない気になったので透は慌ててクリスから半歩離れた。
 一方のクリスは、少し不満そうだったがその気持ちをそれ以上表に出すことなくフィーネの方に体を向けた。

「──んだよ?」
「悠長にしてて良いの? 透の命が狙われるかもしれないのに?」
「言われなくても分かってる!!」

 挑発する様なフィーネの言葉に、クリスはソロモンの杖を潰さんばかりに握り締める。

「力を持つ奴、あたしから透を奪おうとする奴、どいつもこいつも全部ぶちのめしてくれる!」

 啖呵を切るとソロモンの杖を拾い、そのまま勢いに任せる様にその場を立ち去るクリス。透はフィーネに軽く頭を下げてからクリスの後に続いた。

 去って行く2人の後姿を、フィーネはサングラスの奥からジッと見つめていた。




***




 その頃、自衛隊病院に奏と響が翼の見舞いに来ていた。
 本当は颯人も居たのだが、室内の様子を一目見て自分は退散した方が良いと判断した為、この場には居ない。

 と言うのも、翼の病室はそれはもう凄まじい散らかりっぷりだったのである。ゴミも衣服も散乱し放題。部屋に3人が来た時翼は室内に居なかった為、何も知らない響は翼が何者かに誘拐されたと勘違いして大いに慌てた程だ。
 まぁ奏はそうなる事が分かっていて、敢えて黙っていた訳だが。

「何か……意外です。翼さんって、何でも完璧にこなすイメージがありましたから」

 恐らくそれは響だけでなく、歌姫としての翼しか知らない者の共通認識だろう。凛とした佇まいからそんな印象を持たれがちな翼だが、現実はこうだ。

 そんな響の感想に、翼は自嘲気味に呟いた。

「私は……戦う事しか知らないのよ」

 単純に片付けが苦手と言う以上の、色々なものが含まれた言葉を吐き出す翼。響は彼女に心配そうな顔を向けるが、奏は違った。彼女は翼の生い立ちとかそう言うのを完全に無視して、純粋に『駄目な部分』として片付けが出来ない事を指摘した。

「翼は昔からこれでねぇ。響は知らなかっただろうけど、実は響が来てからも定期的にアタシや緒川さんが翼の部屋の片付けやってたんだよ」
「えぇっ!? 奏さんはともかく、緒川さんにまでッ!? 男の人ですよッ!?」
「うぐっ!? わ、私だって時々は自分でやるわよ」
「でもその度に逆に状況悪化させるんだよね?」

 何とか自己弁護しようとした翼だったが、彼女のプライベートを熟知している奏が居る為それは無意味だった。

 幸いなのは、全てを察した颯人が自発的に退散してくれた事だろう。それは暗に、この事で翼を馬鹿にする気も何も無いという事の意思表示であった。

 それはそれで、響は勿論翼にとっても意外な事であった。

「颯人さんだったら絶対この事で翼さんを揶揄うと思ってました」
「正直、私も。まさか何も言わずにいなくなるとは」

 2人がその事で疑問を抱き揃って首を傾げると、奏が堪らず苦笑を漏らした。流石颯人、もう既に2人から変な意味での信頼を得てしまっている、と。

「意外かもしれないけどね、あぁ見えて颯人も結構気遣いできるんだよ」

 しかも他人の感情の機微なんかには、こちらが思っている以上に敏感なのだ。それを良い事にも悪い事にも活用してくるのが、玉に瑕ではあるが…………。

 等と考えながら、奏は翼の散らかった肌着や衣服を畳みながらチラリと翼と響の様子を伺う。
 見れば響は翼に今まで以上に気軽に話しかけている。翼のだらしない一面に、最後の壁が無くなったようだ。

──頃合いだね──

 内心でほくそ笑むと、奏は席を外すべく立ち上がった。

「そんじゃ、アタシはそろそろ先行くよ」
「え、奏さん?」
「奏?」
「いい加減一人にしとくと、颯人が何仕出かすか分かったもんじゃないからさ。じゃ~ね~」

 突然立ち去ろうとし始めた奏に、困惑の表情を向ける響と翼。
 去り際、ドアから出る直前に奏は病室内に視線を向けると、翼にだけ意味深な視線を向けウィンクしてみせた。

 勝手知ったると言うか、それだけで翼は奏の言いたい事を理解した。

──後は任せたよ、翼──
──分かった、任せて──

 翼には──奏にもだが──前々から響に訊ねておきたいことがあった。

 響は奏と違って力を求める理由も無く、また翼の様に力を持ち国を護る者として教育を受けてきた訳でもない。偶然力を得てしまっただけなのだ。
 そんな彼女が何故ここまで命を懸けて戦うのか?

 疑問に思ってはいたのだが、響が二課の協力者となってからこっち颯人の帰還にクリスと透の出現、翼の入院に加えてジェネシスの襲撃などがあった所為でなかなかその機会に恵まれなかったのだ。

 そんな中でこれだ。翼が抜けていた間、奏と颯人に引っ張られながらも響は良く付いてきてくれていた。その事を評価するついでに、翼にその事を訊ねてもらおうと奏は画策したのである。

 にこやかに、且つクールに病室を出た奏。

 病室から出ると、少し離れた所に颯人がベンチに座って彼女を待っていた。ポータブルのオーディオプレイヤーで音楽を聴きながら、手の中のルービックキューブを一瞬手を翳しただけで色を揃えたり模様を作ったりしている。

 と、颯人が病室から出てきた奏に気付いた。彼女と目が合うと、颯人はルービックキューブを一瞬で消しオーディオプレイヤーを懐に仕舞って彼女に声をかけた。

「よぉ、もういいのか?」
「あぁ、あとは2人だけで大丈夫だよ」

 奏が満足そうに頷くと、颯人の隣に腰掛けた。颯人は彼女が隣に座ると、当たり前の様に魔法で缶ジュースを取り出し彼女に差し出した。

「飲むか?」
「ん、ありがと」

 缶ジュースを受け取った奏だが、蓋は開けず手の中の缶をじっと見つめる。何かを言おうとして考えている様子の奏に気付いた颯人だが、彼は何も訊ねず彼女が口を開くのをじっと待っていた。

 たっぷり二分ほど時間を掛けて、考えが纏まったらしい奏は口を開いた。

「颯人から見てさ……響ってどう?」

 奏の問い掛けに颯人は顎を指で叩きながら少し考え、ややあってから答えを口にした。

「ん~、そうだな…………ちと危なっかしい感じはあるな」

 颯人の答えに奏は、そうかと呟き缶の蓋を開けて中身を口に流し込んだ。中身はただのオレンジジュースの筈だが、何故か奏の舌は苦味を感じていた。

 浮かない表情をする奏を横目で見つつ、颯人は話を続けた。

「誰かを助ける為に、我が身を顧みず必死になる。奏や翼ちゃんが心配するのも、分かるよ」

 しかし、である。颯人に言わせればそれはある意味で無用の心配であった。

「だけどさ、響ちゃんには帰りを待ってる子が居るだろ?」
「あ……えっと、小日向……未来だっけ?」

 奏の答えに颯人は満足そうに頷くと、魔法で自分の分の缶ジュースを取り出し一口飲む。奏と同じオレンジジュースだが、彼は微塵も苦味を感じず爽やかな甘さと酸味を楽しんだ。

「彼女は響ちゃんにとっての帰る場所なんだろうな。そう言う子が居るなら、その子が響ちゃんの最後のブレーキになってくれる。どこかで必ず、響ちゃんを踏み止まらせてくれるだろうさ」

 颯人の言葉は、すとんと奏の胸に収まった。

 実は響の在り方にはある一点を除いて、奏は既視感を感じていたのだ。
 颯人である。自身に足りないところがあろうとも誰かを助けようとする響の在り方は、奏を助けようとする颯人と非常に似通っていたのだ。響との違いは、見ず知らずの不特定多数に平等に向けられているか、奏と言う明確に守りたい相手が居るかである。

 前々から奏の為に無茶をする颯人の在り方に肝を冷やし続けてきた奏。
 しかし、今の颯人の話を聞いて少し安心できた。響にとって未来と言う少女が最後のブレーキになるのなら、颯人にとっては──────自分が最後のブレーキになるのではないか? と奏は考えたのだ。

──そう思っちゃうのは、自惚れかな──

 一度意識し始めると好奇心が抑えきれなくなった。

「颯人は……」
「ん?」
「颯人は、さ…………アタシが待ってるって言ったら、どこかで思い留まったりする?」

 奏がこんな事を聞いてくるとは思っていなかったのか、ポカンと口を開けて奏の顔を凝視する颯人。
 対する奏は、後になって恥ずかしくなったのか頬を赤く染めて明後日の方を向き彼に顔が見られないようにした。こんな顔を見られたら絶対揶揄われる。

 だがその心配は無用だった。何故なら颯人も、奏同様赤くなった顔を彼女に見られないようにそっぽを向いていたのだから。

──こう言うところが、堪らないんだよなぁ──

 普段奏を翻弄する側の颯人。時々奏も反撃に出るが、意図的な反撃は彼には通じない。策を弄しても奏は分かり易いからすぐに分かってしまう。意図した反撃が成功するのは、彼女の行動が彼の予想を上回った時だけだ。
 しかしそんな彼も、彼女が無意識に見せる可愛らしい姿にはとことん弱かった。惚れた弱みと言う奴だ。

「────当たり前だろ」

 何とか奏に動揺を悟られることなくそう返した颯人。その答えに奏は笑みと共に小さく息を吐き、残っていたジュースを全部飲み干した。

 先程は何処か苦味を感じたジュースは、今度はいやに甘酸っぱく感じられた。




***




 その頃、街中を屋根伝いに掛ける影があった。
 透とクリスだ。透は既にメイジに変身しており、クリスを横抱きに抱えて警戒に屋根から屋根へと飛び移っている。

「透、まだ完全に治った訳じゃないんだから無茶すんなよ?」

 クリスの言葉に透は小さく頷く。

 イチイバルなりネフシュタンなり使えば彼の手を借りる必要はないのだが、聖遺物由来の力は使うと二課に動きがバレる危険があるので、目的の場所に近付くまではこうして移動する方が安全だった。
 先日の戦いの所為で未だ不調の透ではあったが、クリス1人を抱えて移動するくらいなら変身していればどうという事はない。

「フィーネが言うには、この先に融合症例は居る筈だ。さっさと掻っ攫って帰るぞ」
「…………」
「え? 二課の連中は響って呼んでた? どうでもいいよ、あいつの名前なんて」

 透の訂正に、心底どうでもいいと鼻を鳴らすクリス。彼女の反応に透は小さく溜め息を吐き──────

「ッ!?!?」

 突然足を止めクリスを下ろすと、彼女を庇う様にカリヴァイオリンを構えた。

「な、何だ透ッ!?」

 予想外の行動に戸惑うクリスだったが、彼の行動の意味はすぐに分かった。
 透が見据える方向から、一発の魔法の矢が飛んできたのだ。透はそれをカリヴァイオリンで苦も無く叩き落す。

「こいつは────!?」

 今の攻撃でクリスは襲撃者が誰なのか分かり、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 決して来ないとは思っていなかった。存在が明るみになった以上、そして奴らが彼を探しているのであればそう遠くない内に襲撃されることも予想していた。
 しかし、まさかこんなにも早くに来るとは思っていなかった。

 透とクリスが身構える先、ビルの間を縫って数人のメイジがライドスクレイパーで飛んでくる。

 迫る敵にクリスはネフシュタンの鎧を纏うと、両手に鎖鞭を取って迎え撃つ構えを取るのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第35話でした。

翼と響の会話に関しては原作と大差ないのでテンポの事も考えてカットしました。描くかどうか迷いはしたんですけどね。

執筆の糧となりますので、感想その他評価やお気に入り登録等よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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