| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Fate/WizarDragonknight

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

加速世界の中で

「ゲホゲホっ!」

 何が起きた?
 岩礁を登って戻ったハルトは、蹴り終わった体勢のダークカブトを見て絶句する。
 
「今……俺、やられたのか……?」

 ウィザードへの変身の解除と、全身の痛みが、自身の敗北を語っていた。

「ハルトさん!」

 可奈美が、ハルトを助け起こす。

「今、あの人すごいカウンターだったよ」
「カウンター?」
「うん。ハルトさんの水の切っ先が届く寸前に、あのダークカブトがすごい加速したんだよ」
「加速?」
「うん。そのまま、ダークカブトの蹴りで、ハルトさんは解除までされたんだよ」
「そんな……」

 ハルトはダークカブトを見返す。
 彼は、ハルトにトドメを刺そうとしているのだろう、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「さっきまでのも充分早かったのに、まだ更に加速能力まであるっての?」
「うん。しかも、普通の加速じゃない。普通の人じゃ絶対に追いきれないよ。今いるものとは、全く別の時間流の中での加速だった」
「そんな……そんな奴が処刑人……?」
「うん。でも、大丈夫!」

 可奈美は、ハルトを庇うように、ダークカブトの前に立つ。

「私なら、あの動きに追いつける!」
「え?」
迅位(じんい)!」

 可奈美が叫んだ瞬間、彼女の姿が白の光となって消える。
 すると、海岸のあちらこちらで爆発が起きた。
 岩塊がチーズのように裂かれ、水が幾重にも切り刻まれる。
 それが、光を越えた速度の中で行われている戦いだとは知る由もなかった。



 銃弾の速度さえも越える、迅位の第三段階。
 その領域に入ってようやく、可奈美はダークカブトを捉えることができた。

「……! 行くよ!」

 千鳥とクナイガンが高速の中で火花を散らす。その時に生じた斬撃が岩場を打ち付け、無数の土煙が舞い上がる。

「やっ!」
「うっ!」

 クナイガンが、可奈美の体を斬り裂く。そのまま岩肌へ吹き飛ばされ、周囲の岩石が宙へ浮かび上がる。

「まだまだ!」

 岩がまだ宙に浮いている中、可奈美とダークカブトは何度も何度も打ち合う。岩肌に刀傷が走り、斬られた波が落下を忘れる。

「ふふ。君……強いね」

 突如として、そんな声がした。
 誰の声か。その答えは、ダークカブトしかいなかった。
 彼は千鳥を受け止めたまま、言葉を紡ぐ。

「どうしてそんなに強いの?」

 ダークカブトは、殺気を放っていながらも、まるで子供のような声で可奈美に問う。

「僕は勝てなかった。でも、君は勝てそう。どうして?」

 ダークカブトは、クナイガンと切り結んだまま、可奈美を崖へ押し当てる。
 超高速の中、可奈美は崖と背中を挟まれ、身動きが取れなくなる。

「はっ!」

 可奈美は、急いで千鳥を横に流す。千鳥の刀身に、ダークカブトのクナイガンが突き刺さろうとしている。
 その中、ダークカブトは語った。

「君とは僕と同じ臭いがする」
「同じ?」
「誰かを取り戻したい。その気持ちがある……そんな臭い」
「! それが……どうしたって⁉」

 可奈美は、ダークカブトを蹴り飛ばす。
 そのまま、可奈美はダークカブトへ斬りこむ。
 その斬撃を防ぐ中で、ダークカブトとの会話は続く。

「君はどうしてその人のために誰も犠牲にできないの? その人のことが大切じゃないの?」
「大切だよ……大切に決まっているよ! 私は……!」

 クナイガンを斬り流し、大きく振りかぶる。

「私は! 姫和ちゃんを……!」
「ひより……?」

 だが、振り下ろされた切っ先を、ダークカブトは腕でガード。そのまま回り込み、可奈美の腹を殴り飛ばす。

「うっ!」

 迅位の速度の中で、可奈美の動きは止まる。
 潮の香が鼻をくすぐる中、可奈美はボロボロの顔で見上げる。
 ダークカブトはすさかず可奈美の襟を掴み、無理矢理立たせる。その黄色のバイザーが、すぐ目の前に来る。

「ひよりが大事じゃないの? 他の人なんてどうでもいいじゃん。他の人を犠牲にしてでもいいじゃん?」
「そんなことない! 私にとっては……、舞衣ちゃんたちも……まどかちゃんやハルトさん、この町の皆も大切なんだ!」

 聖杯戦争のシステム。それは、同じ参加者を葬ることで、願いを叶えるシステムだ。さらに、人の命を使い魔たるサーヴァントに注げば強化もできる。
 これから現れるであろう、可奈美のサーヴァントも、その例外ではないだろう。
 それを脳裏に走らせた上で、可奈美は叫んだ。

「この聖杯戦争……間違ってるよ!」
「間違ってる? どうして?」

 彼の声は、本気で分かっていない声だった。背丈や体格、声は大人だが、その子供としか思えない彼に、恐怖すら感じていた。
 ダークカブトは首を傾げる。

「簡単にひよりを取り返せるのに……僕も生きていたら参加したかったのに……!」
「生きていたら?」

 だが、ダークカブトはそれ以上続けなかった。
 彼はそのまま可奈美を蹴り飛ばし、次の行動に移る。

『1』

 可奈美がダークカブトのクナイガンを弾き飛ばしたのと時同じく、ダークカブトはベルトのカブトムシの足にあたる部分のスイッチを押す。

『2』

「どういうこと⁉ 生きていたらって⁉」
「そのままの意味だよ」

 ダークカブトは、加速した時間流の中で、その手を見ろした。

「僕はもう死んでいる。コエムシが生き返らせたんだ」
「生き返らせた?」
「僕も、ひよりを助けたい。ねえ、ひよりの為なら、君はどれだけを犠牲にできる?」
「そんなの……選べないよ!」
「そう。結局君のひよりへの気持ちは、それだけなんだね」
「姫和ちゃんは……姫和ちゃんは……!」

 可奈美の剣が、どんどん鈍っていく。その中で、可奈美の脳裏は、戦いのこと以外ばかりを考えていた。



『これが私の真の一つの太刀だ!』
『見事だ』
『このまま私と共に隠世の彼方へ!』
『だめ___届かない___ダメ‼』
 手が____届かなかった____半分持つって言ったのに____結局全部___



「違う!」

 自身に発破をかけ、可奈美は刀の力を上げた。

「私は、助けたい! 皆を……全員!」
「でも、そのためにひよりを犠牲にするの?」
「しない! 私は、何年かかってもどれだけ苦労をしたとしても、絶対に姫和ちゃんを助ける! でも、それは聖杯に頼らない、別の方法で!」

 タキオン粒子が充満する可奈美とダークカブトの世界は、光の速さの世界。その中でさえ、可奈美はさらに速度を上げる。
 それは、先ほどまで優位だったダークカブトの速度すらも上回っていく。

「でも、それでできるの? ひよりは……きっと零れるよ?」
「それでもあきらめない! できるかできないかは別だよ!」

 可奈美の刃が、とうとうダークカブトの体に届いた。
 ダークカブトの黒い鎧を斬り裂き、その姿を内陸の方角へ飛ばす。

「この先に何が待っているかなんて分からない。でも、ここで流した涙を笑って話せるように! そのために私は、姫和ちゃんを助ける方法を探し続ける!」
「……そのせいで、君がどうなってもいいの?」
「うん。命……半分くらいは惜しくないよ」
「そこは全部じゃないんだね」

 少し、ダークカブトの顔が下に動いた。笑ったのかどうか。マスクの下など、可奈美には知る由もなかった。

『3』
「ライダーキック」
『ライダーキック』

 ハルトを倒した技。カブトムシから出たエネルギーが頭上の角を伝い、彼の右足に降りていく。
 ダークカブトは、そのまま物言わずに可奈美を見返していた。
 可奈美は静かに頷く。両足を肩幅に広げ、千鳥を降ろす。

 全身に、疲れが出ている。加速空間での活動もそろそろ限界だと、可奈美も理解していた。
 だから。

「この一太刀で決める!」

 駆け出した可奈美。それに対し、ダークカブトも動き出す。
 そして。

迅位斬(じんいざん)!」

 迅位第四段階と呼ばれる速度。それは、ダークカブトの回し蹴りを掻い潜り、そのままダークカブトの体を斬り裂いた。

「ぐぁっ……!」

 ダークカブトの悲鳴。大きな爆発が鼓膜に届いた。
 同時に伝わる波の音。迅位の速度は、終わりを迎えたのだった。



「可奈美ちゃん!」

 何がどうなっていたのかが全く分からない。
 だが、突然可奈美とダークカブトが消えたと思ったら、可奈美はうつ伏せで倒れており、見知らぬ青年も近くの岩場で横になっている。
 ハルトは可奈美を助け起こした。

「どうなっている? ダークカブトは?」

 その問いに、可奈美は言葉ではなく震える指で答えた。
 可奈美が指差したのは、今ユラユラと揺らめきながら起きた、見知らぬ青年だった。

「あの人が……ダークカブト」

 ハルトは可奈美に肩を貸しながら、ダークカブトと対峙する。彼は一歩一歩、重い足取りで可奈美を凝視しながら近づいてくる。

「お、おい! 来るな!」

 ハルトはソードガンの銃口を向ける。だが、ダークカブトは恐れることもなく歩を続ける。

「止まれって!」

 ハルトは発砲した。ダークカブトの周囲の潮だまりが爆発するが、それでも止まらない。
 ハルトはソードガンを剣にするが、
 握る手の上に、可奈美の手がかぶせられる。

「可奈美ちゃん?」
「大丈夫」

 可奈美はゆっくりとソードガンを降ろさせた。彼女はハルトから離れて、ダークカブトへ向かう。
 彼女は右手を上げて、少しだけハルトの方を向く。頷いた彼女の口元が弧を描いていた。大丈夫なのかと、ハルトは可奈美から、ダークカブトへ視線を移す。

「君は、本気かい?」

 ダークカブトの問いに、可奈美は迷いなく頷いた。

「私は、絶対に。その気持ちに間違いはないよ」
「そう……」

 二人の間で沈黙が流れる。付いていけないハルトは、ただただ見つめることしかできなかった。

『カァー!』

 だが、そんな沈黙を破る存在がいた。
 見ていられなくなったのか、コエムシがダークカブトが現れた地点から見下ろしている。

「何だ何だ⁉ このクソみてえな茶番! おい、ダークカブト! テメエ、さっさと処刑しろよ! 命やるって言ってんだろうが!」
「ごめんね。コエムシ」
『ああ?』

 コエムシが声を荒げた。
 ダークカブトは、一度可奈美を振り返る。

「以前の僕はひよりを助けたかった。でも、僕の代わりにアイツが今は守っている。そしてここには、別のひよりを助けたい人がいる。違うひよりでも、ひよりを助けたい人がいるなら、僕にその人を倒すことなんてできない」
「ダークカブト……」
『はあ? テメエ、そのまま天道総司に負けっぱなしでいいのかよ⁉ お前、そんなんで……』
「僕は……僕は、彼にひよりと世界を託した。そして彼女にも!」



『はあ……お前、やっぱりいらねえや』

 コエムシの声色が変わった。
 その瞬間、その妖精から、緑の光が放たれた。
 まっすぐ、可奈美へ向かうその光線を、
 その盾になったダークカブトに命中した。

「……え?」
「そんな……どうして?」

 ハルトと可奈美が唖然とする。
 だが、ダークカブトは可奈美へほほ笑む。

「君に任せるよ。ひよりを……助けて……」
「……うん」

 ゆっくりと頷いた可奈美を見て安心したのか、ダークカブトはそのままコエムシへ突撃する。

『お、おい! 来るな!』

 コエムシの制止も聞かず、ダークカブトは妖精へタックルする。
 その瞬間、彼の姿が人から緑の虫のような怪人になったのを、ハルトは見過ごさなかった。

 そして起こる、緑の爆発。
 同時に、銀色のオーロラが発生、一気に拡大したそれは、そのままハルトと可奈美を飲み込んだ。

「うわっ!」
「ダークカブトさん!」



 可奈美の悲鳴を最後に、ハルトの視界は銀に呑まれていった。



「……あれ?」

 見覚えのある場所。ハルトが気付いたときには、自室の景色が広がっていた。

「ここは……?」
「ダークカブトさん……」

 可奈美は、衝撃が残っているのか、消沈している。

「可奈美ちゃん?」
「……うん。大丈夫」
『なーにが大丈夫だ⁉』

 聞きたくもない声が一番大きな声だった。

『ったく、死ぬところだった……』
「コエムシ……!」

 全身傷だらけのコエムシは、弱弱しく体を振りながら毒づく。

『ったく、いくらスペック高くても精神ガキンチョじゃダメだったか』
「コエムシ……ねえ! ダークカブトさんは⁉」
「ああ? んなもん、あの世に帰ったに決まってんだろうが。ったく、なんでオレ様がアイツのせいでこんな目に……」

 コエムシは、それだけ言い捨て、その背後に銀色のオーロラを発生させる。

「待って!」

 呼び止める可奈美。彼女は、消えようとするコエムシに、声を投げ続けていた。

「どうしてこんなことを……? 聖杯戦争と、関係すらない戦いじゃない!」
『関係ねえよ。オレ様は単に、殺し合いが見たかっただけだ。キュウべえ先輩はそういうのは放任主義だし、もう一人の先輩は『ウププ。コロシアイって楽しいね』ってだけで何もしねえしよお』
「キュウべえやお前みたいなのが……まだいるのか」
『ああ。……ったく、来るんじゃなかったぜ。あばよ』

 コエムシは、そんな捨て台詞とともに、今度こそオーロラの向こうへ消えていった。
 それを見送ったハルトは、可奈美に声をかけることも出来ず、彼女が「おやすみなさい」と改めて挨拶するまで黙っていることしかできなかった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧