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神機楼戦記オクトメディウム

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第8話 八雲の怪:前編

 彼女はその時、自分を見失いかけていた。
 由緒正しき名家に産まれ、そして頭が切れ成績も優秀で将来も有望であった。
 しかし、彼女の心には隙間が滲み出るに至っていたのである。自分は優秀で『いなければならない』のだという事を実感していたのだ。
 そんな路頭に迷っていた彼女に声を掛けたのが千影であったのだ。そして、千影は彼女の悩みを聞いてくれた挙げ句にこう言ったのであった。
『ありのままの自分でいればいいんじゃないかな?』
 そんな言葉を自分に掛けてくれて以来、彼女は千影に想いを馳せるようになっていったのであった。
 そして、同時に踏み入ってはいけない考えも心の奥底からドロドロと溢れて来ていたのだ。
 いつも千影の側にいる、あの人が疎ましい──とも。

◇ ◇ ◇

 ここは黄泉比良坂にある建造物の中。そこには変わらずに大邪衆達が集っていたのであった。
 否、変わりがないと言えば嘘になるだろう。現に、今までいたメンバーの内の二人がこの場からいなくなっているのだから。
 無論、その事にはリーダー格とおぼしきシスター・ミヤコも頭を抱える所であったのだ。
 確かに解放された彼女達の視点で見てみれば、邪神の力から解き放たれて再び平穏を手に入れたのであるが、大邪であるミヤコから見れば同志が減った事以外の何物でもないのだから。
「さて、どうしたものかしら……」
 そのミヤコの呟きには残った同志である、出不精そうな眼鏡の女性と、紳士性と強靱さを兼ねた男性は答えなかった。
 それは、彼等にも妙案が浮かばなかったからである。故に、二人は下手な発言をせずに黙する事に決めたのであった。
 その事をミヤコは汲み取る。ここは彼等を取り仕切る自分がどうにかしなければならないだろう、と。
「!」
 そこで彼女の脳裏に閃きが走るのであった。その背景にあるものは今は伏せておくが、そもそも大邪衆というものは今の形が本来の姿ではない事があるからだ。
 つまり、彼女は大邪を今、『本来の姿に近づけるだけ』だと自身で結論付けるのであった。
「そうね……そろそろ『増員』すべき時期のようね……」
 そう、意味ありげな事を呟きつつ、ミヤコは取り敢えずこの場を締め括った。

◇ ◇ ◇

 その日も姫子と千影は一緒に高校生活を送っていたのであった。勿論、二人でかぐらとたまの件にも情報を和希達と共有していたのである。
 それも済ませ、取り敢えず二人は学校での時間を満喫していたのである。
 だが、ここで予期せぬ自体が姫子を襲うのであった。
「ううっ~☆」
「どうしたの姫子?」
 千影は一体何事かと姫子に聞くが、返ってきたのはしょうもない答えであった。
「ごめん、生理現象、即ちぶっちゃけた話トイレだよ。千影ちゃんと話をしてたらつい夢中になっちゃってね……。──ちなみにケツの中にションベンはナシだからね?」
「くっ……」
 先手を取られた。その事に千影は思わず歯噛みをするのであった。そもそも何を入れるのか大いなる謎であるってものである。
 だが、女性の尿意は男性と比べて『アレ』がない為に堪えるのが困難な代物なのである。その事は姫子と同じ女性である千影はよく分かる所であったので、止める理由は無かったのだ。
「姫子、いってらっしゃい。我慢は体に悪いからね」
「ありがとう、千影ちゃん♪」
 そう千影に快く送り出されると、姫子は脱兎の如く約束の聖地へと歩を進めていくのであった。
「ふ~、すっきりした~☆」
 見事に便器に尿を体外に解放するという目的を果たした姫子は、実に清々しい感触を噛み締めながらトイレを後にしたのである。
 そして、後は再び千影と合流するだけである。そう思いながら舞い戻るべく歩きだそうとした所で……。
 姫子は何者かにその行く手を阻まれ、気付けば彼女は壁際まで追い詰められていたのであった。
 その者は恐らく姫子と同級生の女生徒のようだ。髪は水色で、それをツインテールにしており、その先を些か螺旋状にしている、言うなれば『ドリルヘアー風味』。そのような感じであった。
 そして、背丈は平均的な女生徒程のものは存在する為に小柄な姫子にはそれだけで威圧的である。
 それに加えて、その者の切れ長の瞳と、姫子とタメを張れると思われる程の胸のボリュームもあり、それが威圧効果に拍車を掛けていたのであった。
 そんな突如として自分に降り掛かった理不尽な状況に、基本脳天気な姫子も思わずたじろぐ所だった。
 だが、幾ら理不尽であろうとも、取り敢えずは冷静に用件を聞かないといけないだろう。そう思いながら姫子はその女生徒に話し掛けるのであった。
「あの……私に何か用ですか?」
 そう丁寧に対処する姫子であったが、内心で相手の温和な答えは期待出来てはいなかったようだ。何せ、自分は壁際に追い詰められているのだから。
 その答えは無論悪い意味で正解へと結びつくのであった。
「稲田……姫子さん。あなた、千影さんにベタベタしすぎよ……」
 やはり攻撃的な発言内容であった。それも、声の奥底から凍えるような響きを醸し出されていて、思わず身の毛のよだつ印象である。
 さて、どうしたものかと姫子は思う。これって明らかに『脅迫』の類いであるなと。このまま為すがままにされていては自分の身が危うくなるだろう。
 しかし、姫子には『一応』この状況を脱する手立ては持ち合わせていたのであった。だが、それは懐に隠し持った玩具の銃を一気に引き抜いてこの女生徒に発砲して、相手が怯んだ内に逃げるというこの現代では色々と倫理的に問題がある手法であるのだった。
 故に、その手段は最後にしようと思っていた姫子は、どうにか温和なやり取りで事態解決を出来ないかと、その中の中の頭で何とか導き出そうとしていた。
 だが、相手の放つ威圧的な態度からは、それが叶いそうもない様子であるのだった。
 しかし、このような暴挙に出てしまった女生徒であったが、彼女自身も今『自分は何をやっているんだ?』という思いが渦巻いていたのであった。
 それでも、彼女は自分を止める事が出来なかったのである。自分が大切に思う千影の側をいつも占拠しているこの稲田姫子という存在への『嫉妬心』は隠す事が出来なかったのだ。
 だが、この場合は両者に幸いしたと取るべき出来事が起こるのであった。
「あなた、何をしているの!?」
「っ!?」
 その声に女生徒はハッとなってしまった。そして、振り返ると、自分の思い人たる千影がいたのであった。
 このような展開になっては、彼女が咄嗟に取る行動は一つとなるだろう。そう、女生徒はその足でそのままそこから逃げ出していったのであった。
 そして、後に残った姫子は、千影にお礼を言うのであった。
「ありがろとう、助かったよ千影ちゃん。危うく私がショウガイザイになる所だったよ」
「カタコトで自分の背丈よりも高い言葉を使うのは止めなさい……ともあれ」
 そう言って千影は安堵の表情を浮かべて姫子に微笑んだ。
「トイレから戻るのが遅かったから見に来たら……姫子が無事で良かったわ」
「うん、私は大丈夫だよ」
 そう自分が無事な様子を伝える姫子であったが、当然同時に気になる事もあるのだった。
「でも……たしかあの子って、隣のクラスの子だよね」
 姫子はそう首を傾げながら千影に問い掛けると、どうやら彼女には心当たりがあるようであった。
「ええ、あの人の名前は『八雲泉美』って言うわ」
 そうその女生徒の名前を言った後、千影は神妙な声色で姫子に言う。
「その事で姫子、あなたに言っておきたい事があるわ」

◇ ◇ ◇

「はあっ……はあっ」
 そして、千影の到来によりあの場から逃げ出して今に至る当の女生徒──泉美。
 水飲み場にまでやってきた彼女は、そこで彼女は顔を洗い、呼吸を整えていたのであった。
 ──一体自分は何をやってしまったのだろうか。そう基本的に真面目な性格の彼女をその事実が苛んでいるのであった。
 こういういじめ紛いの事をやって一体何になるというのだろうか。その思いから彼女は心を持ち直して、こう決意する。
 ──そうだ、今度稲田さんにあったら、今回の事は謝ろう。
 それから……、千影さんの事は。
 そう思うまでに至った時であった。彼女の背後に何者かの気配が突如として出現したのであった。
「!?」
 その突然の事に泉美は息を飲みつつも、その気配の主へと落ち着いて目を向ける。
「あなた……一体?」
 そして、彼女の目の前にいたのは、彼女の顔見知りには存在しない、修道服に身を包んだ黒づくめの美女であったのである。
 その瞬間、頭の切れる彼女は落ち着いてこう言葉を切り出すのであった。
「あなた、明らかにこの学校の生徒でも先生でもないわね。つまり、外部の者の不法侵入。変な事をしたら警察を呼べば済む事ですよ」
 泉美のその合理的な物言いにも動じずに、ミヤコはにっこりと妖艶な笑みを浮かべながら、泉美の心を溶かすように心地良い声色で言うのであった。
「八雲泉美……さすがはIQ152にして穂村宮高校でも成績優秀な女生徒だけの事はあるわね」
 そう言いながらミヤコは泉美に近寄りながら続ける。
「それと、その心の奥底に巣喰う嫉妬心……色々と我ら大邪の為に役に立つ要素を持った子という訳ね……」
「……」
 その耳から伝わり胸の内を蕩けさせるかのような囁きに、泉美の平常心はバターのように溶かされていく。
「あなた……我ら大邪の下へ来なさい。そうすればあなたの心に溜まったものを吐き出す力を得る事が出来るわ。もとより……」
 そして、ミヤコは決定打となる一言を打ち出すのであった。
「最初から、あなたは大邪として選ばれた存在なのですからね」

◇ ◇ ◇

 泉美の一見があったその後は、暫くは大邪の襲撃もなく千影と姫子の二人は何事もなく高校生活を送れていたのであった。
 そして、その日も二人はいつものように高校生活を満喫すると、その後は放課後が迎えるだけであったのである。
「それじゃあね、姫子」
「じゃあね、千影ちゃん」
 こうして分かれの挨拶をし、二人は別々に帰路に着くのであった。
 ちなみに、この日の千影の用というのは、先日のようなアルバイトではなく、彼女の家での忍者としての修行であるのだった。
 そう、彼女はアルバイトと忍術という二つの日課が存在していたのであった。普通の人なら根を上げるようなハードな生活をこなしてしまう辺り、やはり彼女は些か普通の女子高生とは言えない存在という事なのである。
 そんな人並み外れた努力と苦労を密かに心の中で労いつつ、姫子は自分は自分のペースで事を成して行こうと、この日も一人で家へと向かうのであった。
 そして、彼女はその小柄な体躯で、しっかりとした歩で持って我が家を目指して歩くのであった。そんな彼女を迎えるのはオレンジ色に包まれた優しいコントラストとなった夕刻の通学路であるのだった。
 しかし、それが『いつもの』帰路ではない事は楽天家な彼女でも気付く所であったのである。──微妙に彼女の視界へ飛び込む構造が違っていたからだ。
「うん、まんまと敵の手中に収まっちゃったみたいだね……」
 そう自嘲気味に姫子は呟くのであった。もう少し気を付けていればこうはならなったかも知れないと自分を戒める意味合いで。
 だが、過ぎた事を気にするよりも今をどうするかという考えを優先する姫子は、くよくよせずに意を決して踏み切る事にしたのであった。
 そう思い至った姫子は、いつも肌身離さずに持っている例のアイテムを懐から取り出す。それは、例によって勾玉型の力の根源である。
「頼むよ!」
 姫子は言うと、それに籠められた力を解放する。すると、彼女は学生服から青色の袴の巫女装束へとコスチュームチェンジを行うのであった。
 こうして『戦闘服』に身を包む事で姫子には気合いが入るのであった。そして、これに着替えた以上、『既に戦いは始まっている』事を頭に焼き付ける。
「それじゃあ、『スタート』しなきゃいけないって事だよね♪」
 そう姫子が思わせぶりな事を言うのには理由があった。
 それは、気付かぬ内に送り込まれたこの空間。そして今立っている場所の後ろは袋小路となっている事にある。
 その事から、姫子は考えたのだ。『敵は自分を異空間のダンジョンに送り込んだ』のだと。つまり、今自分がいるのはダンジョンの出発地点だという事である。
 無論、ここは異空間であるから、千影の助けを望む事は出来ないだろう。なので、姫子は一人自分のその足でダンジョンを進む決意をするのであった。
「さて、出発進行だね♪」
 そう言う姫子の口ぶりは、敵の手中にあるにも関わらずに軽やかなものであるのだった。
 その理由は、彼女は遊園地の迷路やお化け屋敷といったアトラクションの類いが好きだったからであり、今のこの状況はそのようなワクワク感を煽る要素が彼女には感じられるからであった。
 こういうのは運動神経は余り使わないので、運動音痴な姫子でも好きなシチュエーションであったりするのであった。
 余談だが、一方で姫子は絶叫系のマシンは苦手だったりする。それも彼女の運動神経が優れない事に起因しているのであろう。
 ともあれ、こうして姫子の異世界ダンジョン探索は始まったのである。
 だが、今の外観の見た目はただ静まりかえっただけの夕刻の住宅街にしか見えない事も、不気味さに拍車を掛けていたのであった。
 そして、姫子はそのダンジョンにて歩を進めていったのであった。感覚的には夕方の散歩でしかないのであるが、既に敵との戦いは始まっている為に油断は出来ないのである。
 そう姫子が感じながら歩いていると、早速普通の住宅街ではあり得ない現象が起こるのであった。
 それは、一見ただの曲がり角にあるミラーであった。だが、姫子は咄嗟に懐に備え付けていた銃を引き抜いたのだ。
 その理由は、そのミラーに映るはずのないものが映ったからである。鏡とはただ光を反射するだけだというのに、その鏡には現実の世界には存在していない筈のレーザー砲のような装置が映っていたのだ。
 運動神経は鈍くとも、洞察力には優れた姫子は、瞬時にそれが目の錯覚でない事を見抜き、咄嗟に手に持った銃の引き金を引いたのである。
 刹那、その鏡は姫子の放ったエネルギーの銃弾に射貫かれ、そして粉々に破片を撒き散らして激しい音と共に砕け散ったのであった。
 それと同時に、鏡の中から先程映ったレーザー砲も、ボロボロにされた状態でボトリと地面へと落ちたのである。──つまり、姫子の読みは正しかった事が証明されたという事だ。
「ふう……」
 一つの危機を回避して、ここで姫子は一息つくのであった。
 だが、これで既にこの空間は、良からぬ事に踏み切るごく一部の人と思いがけない事故さえなければ平和な現実の町中ではない事が証明されているのである。故に、改めて気を抜かずに進む必要がある事を再確認する所である。
 そう心に誓いながら歩を進めて行く姫子。そして彼女は文字通り行き止まりにぶち当たってしまったのであった。
 そう、ここで道は途切れてしまっていたのであった。
「さて、どうしたものかな……?」
 そう思いつつも、姫子は決して諦めてはいなかったのである。それは、この空間が決して脱出不可能な理不尽な代物ではなく、ちゃんと『クリア可能』であるという感覚が、何となくであるが伝わってくるのだから。
 運動神経は鈍くとも、そういう勘めいた感覚には鋭いものがある姫子は、迷わずに先へ進む為に必要なものを探りに回るのであった。
 するとどうであろう。探し回っていた姫子の視界の中に、ある目に付くものが飛び込んで来たのである。
 それは、木の塀の下に開いた穴であるのだった。これを見ながら姫子は思う。昔こういう所に入り込むのが妙なワクワク感があって思い出深いものだと。
 そして、自身をその童心に返すという意味でも、姫子は迷わずにその穴の中に入っていったのであった。
 途中にて、背丈に不釣り合いな位に育った胸の双丘が些か障害となりはしたが。ある意味この場に千影がいなくて良かっただろう。彼女がいたら血の涙を流して悔しがる事儲け合いであったからだ。
 そのような災難を密かに回避した姫子は、そのままその穴の中へと入り込んでいったのであった。──そして、それが単なる不法侵入にはならないだろう事は姫子は予想していたのだ。
 そして、その予想は当たる事となる。大きく上を行く感じで。その現実に姫子は思わず気の抜けた声を出してしまうのであった。 
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