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Fate/WizarDragonknight

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行き倒れが当たり前にいる町だとは思わなかった

「ほいっ、配達完了」

 何で喫茶店が昼食配達サービスをやっているんだろうなと思いながら、ハルトはバイクを帰路に立たせる。
 午後四時。そろそろ町に学校帰りの生徒が増えてくる時間帯だった。
 見滝原の中心街は夕焼け空で赤く染まり、普段真っ白な街並みが全く異なって見える。まるで街全体が小さな炎で燃えているみたいだった。
 その中、ハルトはバイクを走らせながら念じていた。

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン来るな……」

 プラモンスターが来ることそれ即ちファントムの襲来。
よりにもよって見滝原の反対側から来た注文を終え、店に戻ろうとしているところだ。それなりに疲れた体は、戦闘よりも休息を必要としていた。

「ガルーダ来るなユニコーン来るなクラーケン……来たぁ‼」

 薄っすらと来るんじゃないかと思っていた存在に、ハルトは悲鳴を上げた。
 ハルトの進路上に現れた黄色の物体。手のひらサイズのプラスチック製らしきそれは、ぴょんぴょんと跳びながらバイクのハンドル部分に乗る。

「……クラーケン……」

 ガルーダ、ユニコーンに続くハルトの使い魔。クラーケン。タコの形をした黄色のそれは、頭をクルクル回転させながらハルトに寄る。

「ああ……クラーケン、俺今仕事中なんだ。できれば用事は……」
「______!」

 破裂音のような声で、クラーケンが訴える。
 もうこれでいつものパターンだと察せる。

「……ファントムだよね?」
「______!」

 だが、いつもは縦に動くクラーケンは、横に動いた。

「あれ? ファントムじゃないの? 魔力切れ?」

 否定。

「よかった~。それじゃ、俺が変身する事態にはなっていないんだ。たまには普通に労働して就寝で終わる日があってもバチは当たらないよね」

 クラーケンは動きを止めた。そんなんでいいのかと言いたいような雰囲気を醸し出しているクラーケンに、ハルトは肩をすぼめた。

「……なんだよ。いいでしょ。俺だって平和な日々を送りたいよ。あ、ところで、魔力切れでもないのなら、何で戻ってきたの?」
『僕が頼んだのさ。松菜ハルト……いや、ウィザード』

 なぜ気付かなかったのだろう。
 宙に浮いているクラーケン。その真下に、いたのだ。

「……キュウべえ……」

 ハルトを聖杯戦争に参加させた張本人である妖精、キュウべえがいた。

「何の用だ……?」
『少し気になってね』

 キュウべえは背を伸ばした。ぱっと見可愛らしい仕草だが、キュウべえがこの聖杯戦争に巻き込んだことを考えると、嫌悪感しか湧かなかった。
 しかしキュウべえは、そんなことを気にすることなく続ける。

『君の使い魔に頼んで、連れてきてもらったのさ』
「なんで?」
『君と衛藤可奈美がなかなか聖杯戦争に参戦してくれないからね。なぜなんだい?』
「言っただろ。俺は、皆を守るために魔法使いになったんだ。叶えたい願いなんてものもない」
『そうだね。君は、戦いを止めることそのものが願いだったね』
「わざわざそれを確かめに来たのか?」
『まさか』

 キュウべえはバイクのフロントに跳び乗る。ハルトはそれが気に入らず、顔をしかめるが、キュウべえには通じない。

『先日、君が戦っているファントムという怪人を目撃したよ。なるほど。恐ろしいほどの魔力の塊だね』
「……まあな」
『少し興味ある現象でね。魔力を持った人間、ゲートが深く絶望すると、その人間を突き破って出てくる。それで間違いないかい?』
「……ああ」
『本当に興味深いね。そのシステムは』

 クラーケンが、ハルトの手元に降りてくる。魔力切れと理解したハルトは、クラーケンのボディから指輪を抜くと、その体が霧散した。
 それを眺めているキュウべえは続ける。

『君には衛藤可奈美の願いを伝えた方がいいかもしれないね』
「?」

 そんな、聖杯戦争にとって重要なファクターを勝手に伝えてもいいのか。ハルトはそう思いながら、キュウべえの言葉に注意する。
 キュウべえは語った。

『彼女の願い。君は知っているかい?』
「……知らない。でも、それをお前から聞こうとは思わない」
『どうしてだい?』

 ハルトは少し黙った。そして。

「可奈美ちゃんから直接聞く」
『ふうん。やはり人間は理解できないね。知りたいことを最短で知るのが、一番効率的じゃないか。全くわけがわからないよ』
「お前が分かるようになれば、俺たちとも少しは共存できるのかもな」
『それは早計だよ』

 キュウべえはハルトのバイクから飛び降りた。ピンクの模様が付いた背中をこちらに向ける。

『まあいいさ。でも僕は、衛藤可奈美には間違いなく伝えたよ。この聖杯戦争に勝ち残れば、願いが叶えられるって』
「……何が言いたいのさ?」
『衛藤可奈美に、いずれ寝首を搔かれるだろうと。まさか、それほど信用しあえる仲でもないと思うけど』
「……」

 ハルトは黙った。改めて考えれば、ハルトは可奈美のことを何一つ知らない。剣術バカであり、大切な人を探しに見滝原に来た。それ以上のことは何も知らない。
 それを知ってか知らずか、キュウべえは続ける。

『理解しているのかい? マスターはそれに、彼女だけではない。いずれ君の前に現れるマスター一人一人に対しても、彼女のように対応するつもりかい?』
「……悪いのか?」
『いや。まあいいさ。そういう立ち回りも有意義だろう。君の健闘を祈るよ』

 そのまま四つ足で歩み去っていくキュウべえ。ハルトはどんどん小さくなっていくキュウべえの姿から目を離し、手の甲の令呪に視線を落とす。
 以前キュウべえが言っていた、サーヴァントという令呪については、まだ出てくる気配もない。
 このまま、見滝原での平和はいつまで続くのだろう。
 そんな心配を抱きながら、ハルトはエンジンを入れた。
 そして。

「腹減った~」

 車道のど真ん中で行き倒れを見つけた。

「……」

 さっきはキュウべえ、次は行き倒れ。早々お目にかかれない珍事の連続に、ハルトは思わずヘルメットを外した。

「……あ、あの……」

 一方通行の車道で昼夜堂々とうつ伏せで倒れているその人物。バックパックを背負い、春先にはまだ暑い長袖とジーンズのその男は、ハルトの気配を察したのか、「腹減った……」という声を上げた。
 ハルトは困りながらも、ポケットから財布を取り出す。ラビットハウスで働いた一週間。少しだけ前金としてもらった金が残っていた。

「……ちょっと待ってて」

 少し考えたハルトは、脇にバイクを止め、近くのコンビニへ駆け込んだ。



「いやあ、悪い悪い」

 行き倒れの青年は、素晴らしい笑顔でハルトが買ってきたおにぎりを頬張る。
 バス停に設置された椅子は、こうして一時休憩するには持って来いだなと感じながら、ハルトは頭を掻く。

「このご時世に行き倒れで道に倒れるってのもそんなに見ないけど」
「いや、フィールドワークでこっちに来たんだけどよ」

 おにぎりを平らげた青年は、ハルトの肩を掴む。

「いやあ、ご馳走さん! おかげで助かったぜ」
「ああ、まあ無事ならよかったよ」

 ハルトは手を振り払う。

「アンタ、いつもあんな風に行き倒れているのか?」
「時々だな。いつもは日銭稼いで何とかしてるぜ」
「おお。随分ワイルドだな」

 その言葉に、青年は白い歯をにっと見せる。

「いやあ、宿無し生活ってのを始めてみたけど、なかなか上手くいかねえもんだな! あ、俺多田(ただ)コウスケってんだ。よろしくな!」
「松菜ハルト。どうもよろしく。あ、それはそうと、俺結構旅してきて、ゼロ円生活とかしてきたけど、よかったらそのコツとか教えようか? また行き倒れるより、食料調達方法知っていた方がいいよ?」
「ああ、そうだな……悪いけど、教えてもらえねえか? ……あ」

 顔を輝かせたコウスケは、ふと何かを思い出したかのように考え込む。

「悪い。その前に、今人と待ち合わせしているところなんだ。そいつが来るまで、口頭で教えてくれねえか?」
「構わないけど……待ち合わせの途中で行き倒れていたの? アンタ、身なりはそんなに悪くないのに」
「はは。フィールドワークって言ったろ? 俺、研究のためにこの見滝原に来たんだ。しばらく離れられねえけどな」
「ふうん。学者?」
「いや。まだ大学院生だ。ま、研究論文製作期間が長すぎるから休学中だけどな」
「へえ。なんの研究?」
「考古学ってやつだ。ま、昔の人が作ったものを研究するもんだな」

 コウスケは、目をキラキラ輝かせながら言った。

「お前、疑問とかないか? 昔の人はどうやって文化を築いたのかとか。今残っている文明はもとより、今なくなっている文化とか、ワクワクしねえか? 例えば……」
「ああ! 語らなくてもいいから!」

 語り出したら長くなりそうなコウスケを、ハルトは食い止める。
 すでに午前中にも、こんな語りだしたら止まらない輩とひと悶着あったのだ。これ以上増やしたくはない。
 だが、コウスケは「そうか」と片付ける。
 ハルトはため息をついて、尋ねた。

「そんな人が行き倒れていたのか……大丈夫なのか?」
「皆まで言うなって。何とかなんだろ」
「そんな適当な……」

「コウスケさん!」

 その時。そんな大声が、ハルトの耳に飛び込んできた。

「お? 来たか」

 コウスケは、うんうんと頷いた。
 彼が待っていたのは、女性だった。

 年は、まどかや可奈美より年上。ココアと同じくらいだろうか。
 青と白の縞々のシャツと、黄色のワンピース。金髪の前髪にはピンクの髪飾りが付いている少女が、こちらに手を振りながら駆けていた。

「ごめーん! コウスケさん、色々回っちゃって」

 少女は、___口にホイップが付いている状態で___、手を合わせてコウスケに謝罪していた。

「おいおい。どこ行っていたんだよ響」
「あはは……ちょっと、迷っちゃって」

 響と呼ばれた少女は、舌を出しながら「えへへ」と笑っている。

「お? 何やらお兄さんがお困りのご様子で」

 と、響がハルトの表情を見てそう断定した。

「いきなりお困り認定されたよ。俺」
「ああ! 別に悪い意味ではないんです! なんか、コウスケさんに困らせられたような……」
「それは間違っていない」
「そう釣れないこと言うなよ、兄弟」

 コウスケが馴れ馴れしく肩を組んでくる。初対面からまだ一時間もたっていないのに距離近いなと思いながら、ハルトは苦笑する。

「ねえ、コウスケさん。この人は?」

 話の順序が分からない。
 ハルトは名乗った。

「松菜ハルト」
「ハルトさん? 私は立花(たちばな)(ひびき)です! えっと……コウスケさんの助手です!」
「オレ、多田コウスケ!」
「アンタはさっき聞いたよ!」
「よろしくね! ハルトさん!」

 響が躊躇いなく握手を求めてきた。最近の若者はすごいコミュニケーション能力高いなと舌を巻きながら、ハルトは応じる。

「ねえコウスケさん。結局今日この後どうするの? もう午後だよ?」
「あ?」

 コウスケは首を傾げながら腕時計を確認する。

「あ! もう三時じゃん!」
「そうだよ! おやつタイムだよ!」
「この人たち食うことしか考えてない!」

 しかも、それを証明するように、この二人からは腹の虫が鳴った。
 
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