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肉吸い

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第五章

「常に」
「左様ですか」
「はい、そして」
 南方は老人にさらに話した。
「この肉吸いの話は書いておきます」
「そうされますか」
「はい、それでその火縄で消えた話ですが」
 老人にこの話についてさらに問うた。
「何時の頃の話でしょうか」
「今の年号の二十六年です」
「明治のですか」
「会ったのは実は猟師ではなく」
 今の話で主に出て来た者と違ってというのだ。
「郵便脚夫で」
「その仕事の人がですか」
「その若い人がです」
 その彼がというのだ。
「会ってです」
「そしてですか」
「何とかです」
「難を逃れましたか」
「火縄で」
 それを打った時にというのだ。
「肉吸いは消えました」
「そうですか、そのお話を」
 それをとだ、南方は老人に話した。
「書いておいていいでしょうか」
「先生の本に」
「面白い話なので」
 しかも故郷のだ、それで書き残したいと思ったのだ。
「そうしたいですが」
「それで世に伝えると」
「出来れば後世にも」
 学んだことを広め後世に伝える、南方は学者としての務めつまり義務感から老人に対して話をした。
「そうしたいですが」
「そうですか、では」
「そうして宜しいですね」
「わしに断る理由はありません」
 一切という返事だった。
「そうした話でもないかと」
「だからですか」
「どうぞ」
 書き残して欲しいという返事だった。
「そうされて下さい」
「それでは」
 南方は老人の言葉に頷いた、そしてだった。
 この話を自分の本に書きそうしてそれを世そして後世に伝えた、彼はこのことについて妖怪についてどうかと思う者について言われた。
「妖怪なぞ非科学的な」
「面白いからいいでしょう」
「だからですか」
「そして学ぶ対象は」
 それはというと。
「この世のあらゆるもの」
「非科学的でもですか」
「科学でも」
 それがあってもというのだ。
「私は面白い、興味があれば学びますし」
「非科学的なものでもですか」
「そう言われるものでも」
 非科学的という言葉自体にだ、南方は笑って否定して返した。
「そしてです」
「そうしてですか」
「はい、私はこれからも私が興味があるものを学び」
「書き残されますか」
「そうしてきます」
 こう言ってだった、南方は自分がこれはと思うものについて全て調べそうして書き残していった。それが彼の学問であった。十九世紀の日本にその名を残す博物学者南方熊楠の逸話の一つである。


肉吸い   完


               2019・11・21 
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