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Fate/WizarDragonknight

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聖杯戦争

「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ」

 命からがら、バイクを走らせたハルトは、キャスターと名乗った女性がいた方を恨めしそうに睨む。
すでに彼女の姿は町の彼方であり、銃を向けた物騒少女もいなくなっていた。

「何なの、一体? 通り魔にしても危険過ぎでしょ、ファントム何体分の脅威?」

 ハルトはそう言いながら、後部席を振り返る。

「その……ごめんね。なんか、あの場にいたらマズイって思って」

 ハルトの声の先には、ヘルメットを脱ぐまどかがいた。慌てて被せたヘルメットで、彼女のリボンは潰れ、ツインテールもくしゃくしゃになっていた。

「いいえ、助かりました」
「なら良かった。ところでまどかちゃん、あの黒髪の子、知り合い?」

 ハルトの脳裏に、キャスターの動きを止めた少女の姿が想起される。自分に対しては明らかな敵意が見て取れたが、反面まどかを見た途端、血相を変えてキャスターに命令した。

 まどかは首を傾げ、

暁美(あけみ)ほむらちゃん。今日転校してきた、クラスメイトです」
「今日⁉」
「はい」
「うわぁ。謎の転校生ってフレーズはよく聞くけど、まさか初日にですか。びっくりだね」
「でもほむらちゃん、何で私が出たら、あんなに必死で止めたんだろう? あのキャスターさん、お友達ですよね?」
「キャスター……さん、ね」

 あんな恐ろしい女をさん付けするまどかに舌を巻きながら、ハルトはほむらの連絡先を尋ねる。
 しかしまどかは「知らない」と首を振る。

「そっか。折角見滝原に来たけど、あの子が俺を狙っているのなら、離れた方が無難かな」
「え? その……せっかく知り合いになれたのに、もう行っちゃうんですか?」
「うーん、ファントムがよく出るのは少し気になるし、ガルーダは残しておくべきかな。なんかあったら飛んでくるよ」

『それは困るね』

 その時。ハルトに返事をしたのは、まどかではなかった。

「あれ? 今の、まどかちゃんじゃないよね?」
「私じゃないですけど」

 まどかもキョロキョロと今の声の主を探す。しかし、閑静な街中が広がるだけで、

『ここだよここ』

 これは声なのだろうか。探しながらハルトはそう疑問に思った。空気を震わせる声ではなく、直接脳に語りかけるようだった。

『下だよ下』
「「下?」」

 その声に、同時に下を向く。
 そして、

「「何かでたあああ!?」」

『見つけようとして見つけたのに、どうしてそんなに驚くんだい? 全くわけがわからないよ』

 小さな白い、変な小動物がいた。



 白い小動物は、自らをキュウべえと名乗った。
 小さく、猫のような動きの可愛らしさと、全く表情を動かさない不気味さが介在するそれは、「着いておいで」とハルトとまどかを先導した。当たり前のようにハルトの肩に乗り、「彼女の謎が知りたいなら、僕が指定する場所にむかうがいいさ」とのことだった。

「あの……キュウべえ……さん」
『きゅぷい』

 変な返事、というのがハルトの感想。

「その、私も一緒でいいの?」
『構わないさ。いやむしろ、君も来てくれた方が効率がいいのさ』

 背後のまどかへ、キュウべえが語る。ヘルメットで見えないが、その無表情な目は、どんな風に彼女を映しているのだろう。

『ここだ』

 キュウべえに導かれたのは、既に使われなくて久しい教会だった。どれだけ昔に打ち捨てられたのか、ボロボロの扉と壁からは風穴が空いており、色落ちのせいで、ほとんど茶色一色の外壁になっていた。

 立ち入り禁止のロープを潜り、ボロボロの木製の扉を押し開ける。木の腐った香りが鼻腔をくすぐる。

「ここは……?」

 まどかが不安そうに尋ねた。ハルトも、教会全体からそこ知れぬ不気味さを感じていた。

 顔の部分がかけた聖母マリアのステンドガラス、無造作に荒らされ席が席を破壊している座席、そして祭壇にあるイエスの十字架は、イエス本人と右半分が大きく欠けていた。

 そして、祭壇に腰掛ける、暁美ほむら。

「!」
『コネクト プリーズ』

 ギロリとしたほむらの睨みと銃口がハルトに向けられると同時に、ハルトもコネクトを使用、ウィザーソードガンを返す。

「……まどか……」

 ハルトには確かな敵意を向けながら、ほむらのまどかへ向けられる視線は、明らかにそれと異なっていた。
 ハルトがそれをどんなものなのか、自分なりに考えようとして、こう結論付けた。

 愛情

『武器を収めてくれ二人とも』

 脳裏に響くキュウべえの声で、ハルトは銀の銃の矛先を背けた。ほむらは数秒動かなかったが、しぶしぶそれにならう。

『やれやれ。どうして君たち人間は、大きく平和を謳いながら、率先して争おうとするんだい?』

 それに答えるものはいない。
 ただ、まどかがオロオロするだけだった

 キュウべえはしばらくハルトとほむらを見比べ、

『まあいいさ。君たちが争いを続けたいなら止めはしないよ。でも、取り敢えずルールは説明させてほしい。それが、監視役としての僕の役割だからね』
「監視役?」

 ほむらの眉が釣り上がる。

「キャスターから粗方のルールは聞いたつもりよ。監査役というのは、魔術協会から派遣されるんでしょ? なぜインキュベーターが?」
『なぜ君がそれを知っているのか、問いただすのは次回にしよう。全く、契約した記憶のない魔法少女がいるなんて。では、改めて』

 キュウべえは祭壇へ飛び乗る。夕陽をバックに、ハルトとほむらを見つめた。

『松菜ハルト。そして暁美ほむら。ようこそ。聖杯戦争(せいはいせんそう)へ』



「聖杯戦争?」

 その言葉に、ハルトの背筋が震えた。戦争という単語から、愉快な話を想像できない。
 一方ほむらは、既に知っているといった顔で、倒れた椅子の背もたれに腰掛ける。

「なにそれ?」
『この見滝原で行われる、魔術師たちの狂宴さ』

 そう告げたキュウべえは、語り始めた。

『松菜ハルト。君の右手のそれ。まさか傷だとか思ってないだろうね』
「思ってた」
『……』

 この無表情生物が困惑なんて感情を浮かべるとは思わなかった。
 数秒がこの小動物に落ち着きを与えたのか、キュウべえは続ける。

『それは令呪(れいじゅ)。君が聖杯をめぐる者、マスターである証さ』
「令呪?」
『そう。君と、これから召喚されるであろうサーヴァントとの繋がり。そして、サーヴァントを三回まで操る切り札』
「サーヴァント?」
『これから君が使役する、使い魔のことさ。聖杯戦争のルールは、この使い魔とともに生き残ること。他の参加者を全滅させればいい』
「そんなことを、どうして俺が?」
『聖杯戦争の舞台となる範囲内に、魔力を持った人間。この条件が揃うなら、誰だってマスターになる可能性があるのさ』

 魔力を持った人間。そのフレーズで、真っ先にハルトが懸念したのは、ゲートの存在だった。
 その考えを読んだように、キュウべえは付け加えた。

『安心したまえ。普段君が守っているゲートとやら。彼ら程度の魔力なら、マスターになることはないよ。もっとも』

 キュウべえの視線が、ハルトより逸らされる。背後でずっと口を閉ざしている、まどかへ向けられた。

『見込がありそうな人間も、少なからずいるけどね』

 バン、と乾いた音。

 驚いたハルトは、それがほむらによる発砲、それもハルトではなくキュウべえを狙ったものであることに二度驚く。

「その視界にまどかを入れないで」

 ハルトへ向けられたもの以上に、その声は冷たかった。ハルトの背筋を凍らせる以上に、その眼差しは、憎しみの炎で溢れていた。

 かろうじてそれを避けたキュウべえは、呆れたようにほむらを見返す。

『やれやれ。代わりはいくらでもいるとはいえ、損害を与えようとするのはやめてくれないかい? 勿体ないじゃないか』
「黙りなさい」

 ピシャリと黙らせるほむら。彼女はそのまましばらくキュウべえを睨んでいた後、銃口を下ろした。

『やれやれ。暁美ほむらは聞くまでもないけど。君はどうするんだい?』

キュウべえの一切変わらない目線がハルトを凝視している。
ハルトはぎゅっと手を握り、

「悪いけど、俺は、聖杯戦争なんてものに参加する気は無い。他をあたってくれ。まどかちゃん、もう行こう」

吐き捨てて背を向ける。だが、それは想定内だったのか、キュウべえはそれが予想内だったのか、告げた。

『それは君の自由意志だ。でも、注意したほうがいい』

 キュウべえの視線が、ハルトからほむらへと映る。見上げれば、さっきまでキュウべえへ向けられていた銃口が、ハルトに照準を合わせていた。
まどかと同じ、見滝原中学の制服。そんなありふれた外見の手先に、非合法の拳銃があるのは、アンバランスに思えた。
 キュウべえがいないなら、狙いはこちら。そう、彼女の目が語っていた。

『彼女が君を襲わないのは、ここでの戦闘を禁止しているからさ。君がマスターでなくなっあ瞬間、ボクが君を守る理由もなくなる』
「……」

 最悪ソードガンで腕を切り落としてでも、という考えは、後から考えると余りにも無謀だった。
 キュウべえは続ける。

『もう一度言うよ。聖杯戦争のルールは簡単さ。マスターとサーヴァントが協力して、他のマスター、サーヴァントを全滅させる。そうすれば、聖杯により、どんな願いでも叶えられる。シンプルだろう?』
「願い?」
『そう。暁美ほむらも、そのために戦っているんだろう?』

 キュウべえはほむらへ問いかける。ほむらは無言を貫き、それが肯定であるとハルトは受け取った。

『サーヴァントとは、英霊。それが君に力を貸すのさ。強化したければ、命を捧げればいい』
「は? 命?」
『君のものでも。他者のものでも』

 キュウべえの目が妖しく光る。ハルトはため息をついて、

「そういうこと。願いを叶えるために犠牲を強いろと」
『願いとは、代償の上に成り立つ。その犠牲を糾弾するのは、理不尽では無いかい?』
「……」
『もっとも』

キュウべえの目が、再びまどかへ向けられる。

『どうしても聖杯戦争を止めたいなら、方法そのものはあるよ』
「黙りなさい」

再びほむらがキュウべえを睨む。だが、キュウべえは続けた。

『そのために君を連れてきたんだ。鹿目まどか』
「え? わ、私?」

これまで蚊帳の外だったまどかが、驚いて自分を指差す。キュウべえは頷き、

『そう。僕は本来、聖杯戦争の監視役ではなく、魔法少女を選ぶ妖精なんだ。魔法少女になったら、魔女とよばれる邪悪と戦う使命を課せられる。その代わり、僕は君の願いを何でも一つかなえることができる。当然』
「黙りなさい!」

ほむらの発砲。しかし、それをひょいと避けたキュウべえは、祭壇の上で語る。

『この聖杯戦争そのものを止めることもできる』

「えっ?」
「その必要はないわ」

そう告げるほむらは、そのまま銃口をまどかへ向けた。息を呑むまどかへ、ほむらは冷たく言った。

「貴方に魔法少女は似合わない。そんな奴の言葉に耳を貸す必要なんてない」
「でも……」

まだ何かを言おうとするまどかを、ハルトは制する。そのまま、じっとキュウべえを睨む。そして、ほむらを。

「今の話の通りなら、君は俺の敵。そういうことだよね」
「ええ」
「君は、自分の願いのためなら」
「私は手段を選ばないわ。どんな犠牲を払っても、願いを叶える」
「なら……俺の答えは一つ。俺の魔法が示す道は、ただ一つ!」

 そう告げた瞬間、ハルトは指輪をベルトに翳す。「ドライバーオン」という音声とともに、銀のベルト、ウィザードライバーが出現する。

 同時にほむらも席より飛び降りる。ポケットから紫の宝石を取り出し、翳す。

『シャバドゥビタッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』 
 
 待機音声の中、ハルトはルビーの指輪を付ける。
冷たい空気が流れる中、明るい待機音声が、熱さを宿していた。

「変身」

「フレイム」の音声とともに、熱い魔法陣が左側に出現する。
 同時に、ほむらの宝石より紫の光が溢れる。光は影となり、瞬時にほむらの体を纏う。

 二つの魔法は、それぞれの波動をぶつけ合いながら、その姿を変える。

 ハルトを、ルビーの仮面をした魔法使いに。
 ほむらを、白と紫の衣装の魔法少女に。

「俺はこの戦いを止める。願いなんてない。いつものファントム退治と同じだ。俺は人を守るために、魔法使いになったんだから」
「貴方が何のために戦おうが勝手よ。でも、私は私の願いのために戦う。この、キャスターとともに」

 二人は、じっと睨み合っていた。それをキュウべえは満足そうに頷く。

『宜しい。願いではなく、止めるために戦うなら、そうすればいい。他のマスターは既に五人。その全員と、君は敵対することになるよ。それでもいいのかい?』
「……俺は人々の希望になるために、魔法使いになったんだ。希望や命を奪うなら、それがファントムでも人間でも、俺は食い止める!」
『好きにすればいい。それもまた、一つの願いだ』

 祭壇へ駆け戻るキュウべえは、ウィザードとほむらを見下ろす。

「今この瞬間から、君たちを聖杯戦争のマスターとして認めよう。それぞれの願いのため、存分に戦って欲しい」

夕日が沈み、夜が訪れる。
ステンドグラスを貫く月光が、ウィザードを、ほむらを、まどかを、キュウべえを照らしていた。
 
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