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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン27 「呪われし」懐古の悲願

 
前書き
前回のあらすじ:新世代の星、八卦九々乃が旧世代の妄執、蛇ノ目龍作を打ち破ったことで、この世界のデュエルモンスターズの歴史に新たな時代が確かに生まれた、その裏で。
旧世代によるけじめの戦いは、もう一か所別の場所でも秒読み段階に入っていたわけで。 

 
 広場での長きにわたる決闘が終わりを告げ、新時代の息吹が旧世代を打ち破った、その一方で。
 時間は少し巻き戻りその真下、地下の上水道にて。

「特定した。お前も後から来い」

 そんな短い呟きをして、薄闇の中を駆ける人影があった。決して広くはない通路にその足音が響き渡り、それに驚いた鼠らしい小さな影が慌てたように自らの住処へと引っ込んでいく。一定の間隔をとって頭上から弱々しく照らす非常灯の光に、銀髪がふわりと揺れる。
 その正体は、いまさら言うまでもない。ようやく今回のふざけた計画の根元を掴んだ鼓千輪が、地下のルートを辿りその場所に走っている。走りながらも器用に手元の端末を操作し、立ち止まるのも惜しいとばかりに半ば壁を蹴るようにして強引に方向転換しつつ突き止めたその位置を糸巻へと送信する。

「いったい何が起きて―――――」
「デュエルポリスの人が―――――」

 一定の距離ごと、地上の世界に通じるマンホールに差し掛かるたびに、地下にいる鼓にも上の混乱が断続的に聞こえてくる。立ち止まってゆっくり耳を澄ましたりその内容を吟味する暇はないが、さぞかし大変なことになっているだろうとは途切れ途切れの単語からでも容易に想像がつく。

「救急車は―――――」
「ひどい火傷なんだ―――――」

 この様子だと、地上を一手に引き受ける糸巻もしばらくはこちらの援護に来るのは難しいだろう。上の混乱が収まるのを待っていたら、それこそ下手人が逃げてしまう。蛇ノ目は強敵だが、あの糸巻がそうそう後れを取ることもあるまい。ゆえに、こちらは自分が1人で引き受ける。
 そう決意を固めながら、頭の片隅では通り過ぎていくマンホールの数を数えていた。この横道に入ってから3つ、4つ、5つ……。

「……と、ここか」

 そして、その足が止まる。そこは、とあるマンションの裏手に位置するマンホール。手元の情報によればそのマンションは外周にぐるりと木を植えてあるため、そうそう外から覗かれる恐れもない。まして今は非常事態、住民も反対側のベランダから糸巻たちの戦いを見るのに忙しいだろう。そこまで思考を巡らして鼓は珍しくにやりと笑い、どこかウキウキした気配すら感じさせる様子でデュエルディスクを起動した……ただし、「BV」妨害機能をオフにした状態で。

「真っ当に開けてやってもいいんだが、あるものは有効活用せねば、な」

 誰に言い訳するでもなくうそぶくと、さっと数歩下がって目の前にスペースを空けてから1枚のカードを叩きつける。

「やれ、超重武者ビッグベン-K」

 瞬間、何もない空間に実体化した機械仕掛けの僧兵が出現した。腰の排気口から一斉に蒸気を吹き出すと、胸のメーターが緑から限界寸前のレッドゾーンまで一気に針が振れる。そして軋みひとつなく動き出した僧兵は得物の薙刀を手にしていない方の左拳を真上……つまり、頭上のマンホールの蓋へと叩きこんだ。金属同士のぶつかる派手な音とともにその拳はマンホールをその錠ごと力業で跳ね飛ばし、外の光がぽっかりと開いた穴から差し込んでくる。

「よし、ご苦労」

 カードをデュエルディスクから引き上げる。ただそれだけで、先ほどまで空間を占めていた僧兵の姿も煙のように薄れてその質量ごと消えていった。あとは梯子を上り、久方ぶりの地上の空気を吸うだけだ。
 まず首から上だけをこっそりと出して、周りの様子を確認する。予想通りあたりに人影はなく、今の騒ぎを聞きつけた人間もいない。それを確認してから一息に外に出ると、頭上の眩しさにやや怯む。
 軽く服の埃を払った鼓が最初に足を向けたのは、マンション1階の管理人室だった。歩きながら軽く咳払いして、随分久しぶりのオンモードに気持ちを切り替える。白いドアをドンドンと強めにノックし、おそるおそる顔を出した気弱そうな禿げ頭の老人にデュエルポリスの証明書を突きつけながら有無をいう暇を作らせずに畳みかける。

「失礼します、私はこの通り、デュエルポリスの鼓と申します。単刀直入に申し上げますと、この物件にはテロリストが潜んでいるとの情報が確かな筋より手に入りました。よって日本名で言うところの『デュエルモンスターズを用いた犯罪の処罰及び規制等に関する法律』第三章第十一条二節に基づき、当該物件の管理人である貴方には我々に協力していただきます」

 淡々と、一切の反論を許さない冷たい言葉が紡がれる。視線を逸らして逃げようにも、相手の目を正面から見据えてまばたきひとつしない言葉以上に冷たい瞳がそれを許さない。
 実はこのとき鼓、その鉄面皮の下ではしれっと犯罪スレスレ、グレー中のグレーに手を染めていた。確かに当該法律自体はちゃんと存在し、言っていること自体もおおむね間違ってはいない。問題は最後の一言で、実はこの法律は管理人だからといってデュエルポリスへの協力義務なんてものを定めているわけではない。あくまで協力要請ができるというだけの話を、さりげなく自分に有利に聞こえるように改修したのだ。しかも闇雲に話を盛ったのではなく、相手を一目見たうえで法知識は薄いと判断してのことだから余計にたちが悪い。

「後はこちらで終わらせます。市民の皆様に迷惑はおかけしませんので、マスターキーの提出をお願いします」

 丁寧な言葉は、拒否権はないと言外に語る。駄目押しに一歩詰め寄ると哀れな管理人は酸欠になった金魚のごとく口をパクパクと開け、汗をだらだらと流しながら青い顔で鍵束を取り出した。持ち主の手に合わせて小刻みに震えるそれを受け取ったところで、今度は一歩下がって多少なりともプレッシャーから解放してやる。

「ご協力、感謝します。追って連絡を行いますので、それまでこの件は他言無用でお願いします」

 下手なことをしたらわかっているなと言いたげな……ここで重要なのは先ほどの協力要請と同じく、あくまで明言はしないということだ。脅迫や詐称の寸前で踏みとどまることで、余計な言質を取られることを防ぐ。仮に今の会話が録音されていて出るとこに引き出されたとしても、ふんぞり返って偉そうにこう言い捨てればいい。

『確かに私は言葉足らずだったが、別に間違ったことは言っていないだろう?』

 もっとも今回の哀れな管理人の反応を見る限り、そういった面倒に巻き込まれる可能性は低いだろう。まあ、どちらにしても今は関係のない話だ。そして、こんな思考回路だからこそこの女には糸巻の友人などというけったいな役どころが務まるのだ。
 くるりと背を向けてエレベーターに向かい、呼び付けるボタンだけ押して隣の階段へと足を向ける。目当ては4階、そして電光表示によればエレベーターの現在地は6階。とりあえずこのエントランスに呼びつけておけば、もし現場からテロリストの片割れが逃げ出そうとしても多少の時間を稼ぐことができる。
 軽い足取りで息ひとつ切らさずに登り切り、あまり意味があるとも思えないが一応足音を殺してその部屋……404号室の前で立ち止まる。さあ、問題はここからだ。こうやって追い詰めて、そこからの相手の対応は大きく分けて3つに分けられる。
 ひとつが、このまま不意を突ける場合。これは所詮その程度の相手、さほど考える必要もない。厄介なのが残りのふたつで、まずこちらの接近に気が付いた段階で逃亡を図る場合。この手のテロ計画は大体逃亡用のルートが用意してあるものであり、当然その追跡は困難を極める。厄介、というよりもただただ面倒だ。
 そしてもうひとつが、こちらを迎え撃って当初の計画を強行しようとする場合。基本的にはもう後がない破れかぶれの裏返しだが、今回の計画にはカード集めの段階でかなりの金と人員、そして時間が動いている。こちらの選択肢も意識して動くべきだろう。

「……」

 デュエルディスクを起動し、対「BV」妨害電波発生装置の出力を最大まで引き上げる。そのまま気配を断ち、音を殺し、合鍵をゆっくりと回す。手の中で、かちりと鍵の開く感覚。
 一呼吸あけ、武骨な鉄のドアを最大まで引き開けた。

「デュエルポリスだ、神妙にしてもらおうか!」

 最初に鼓の目に飛び込んできたのは、玄関からリビングへとつながる廊下中に散乱した大量のカードだった。セメタリー・ボム、爆導索、機限爆弾……効果もサポートもばらばらなカードたちにただ一つ共通するのは、それが爆発や炎に関するものであるという一点。もしこれが一斉に実体化したら……冷や汗を感じ、小さく唾をのむ。物言わぬカードたちが、ひどくプレッシャーを放っているように見えた。周りに絶えず警戒しながら、ゆっくりと廊下を進む。道中にあったトイレや風呂場に繋がる扉は全て半開きになっており、そのどこにも人の気配はない。10数えないうちに突き当り、リビングへの扉に辿り着いていた。

「隠れても無駄なんてこと、わかっていると思ったんだがな。それとも、逃げたの……かっ!」

 最後の言葉を言い切ると同時に、土足で木製の扉を蹴り開ける。そこにはまたしても乱雑に積み上げられたカードの山、山、山……そしてその中央で座り込んで鼓を見据える、くすんだ茶髪にワインレッドのジャージ上下といういでたちの小柄な女。立ち上がったとしても、せいぜい鼓の胸ぐらいに頭が届くかどうかだろう。両者の視線がぶつかり合い、先に口を開いたのは部屋の中の女だった。その小柄な体躯からは意外なほどに気だるげな、甘ったるい声が響く。

「来たわね。今、ちょうど蛇ノ目が倒されたところよ。それにしてもデュエルポリスフランス支部長様が直々のお出迎えとは、随分と大きく見られたものね」
「なに、ほんの成り行きでな。それより蛇ノ目の時点でだろうとは思っていたが、やはりお前だったか……七曜(しちよう)

 七曜と呼ばれた女が、鼓の言葉に小さく笑う。積み上げられたカードの山をパラパラと片手で弄びながら、不満げに口を尖らせた。半ば無意識に、そのカードへと視線を向ける。タイム・ボマー、残骸爆破、破壊輪廻。

「あら、私じゃ不満だったかしら?」
「少なくとも、意外性はないな。あの男がよくつるんでいた同業者なんて、それこそお前ぐらいのものだった」

 それもそうねとまた笑いながらも、その目は油断せずに鼓の一挙手一投足を逐一見つめている。もっとも、それは鼓の側も同じことだ。両者の距離はほんの1メートル半、つまりお互いが飛び掛かろうと思えば十分可能なほどでしかない。もしどちらかが隙を見せた場合、両者の会合はデュエル以前に物理的な終焉を迎えるだろう。気軽に聞こえる会話の裏では、すでに心理戦は始まっている。

「彼、昔から私にはご執心だったしね。今回にしたって、ちょっとお願いしたらすぐに首を縦に振ってくれたわよ」
「違いない。目に浮かぶようだな」

 さほどおかしくもなかったが、そこで2人同時に笑う。しかし笑えば笑うほど部屋の空気はより重苦しいものになっていき、先に作り笑いを引っ込めたのは七曜だった。

「やめよ、やめ。ねえ、鼓。私としてはね、今度の計画はデモ行為だと思ってるのよ」
「デモ?デーモンの間違いだろう、お前にはぴったりだ」
「あんまり上手くないわよ、それ。デモンストレーション、よ。妨害電波を無視できる新型『BV』と、それを使って引き起こされる大災害。その威力を世界中に知らしめることができれば、各国政府もこちらの要求にノーとは言えなくなる。極端な話、この爆発さえ起こせれば死傷者なんて0だって構わないの。なんなら、避難誘導だって手を貸してあげるわよ。だから、黙って見ていてくれないかしら?」
「何を言い出すかと思えば。だから手を引けと?身勝手にもほどがあるな」

 突然の誘いを、鼓がばっさりと切って捨てる。しかし七曜はそんな反応も想定の内だったのか、特に怒り出す様子もなく小さく肩をすくめるのみに留めた。そして、また口を開く。

「そう。交渉決裂、ね」
「なんだ、今ので交渉のつもりだったのか。私はてっきり、挑発の役目すらまともに果たせないできそこないかと思ったぞ」
「……あなた、最近糸巻に似てきたって言われてない?」
「ふむ、今のほうがよほど効いたな。覚悟しておけ、なかなかに腹が立った」

 呆れ顔に皮肉な笑みで返し、互いにデュエルディスクを起動する。お互いにこのまま向かい合っていても襲い掛かる隙などないことを改めて実感し、正面突破に狙いを切り替えたのだ。ぱっと俊敏な動きで立ち上がった七曜が部屋の端、窓際までバックジャンプして距離をとると、近場にあったカードの山がその衝撃に耐えきれず崩れる。ボマー・ドラゴン、大気圏外射撃、ニトロユニット。

「「デュエル!」」

 先攻に選ばれたのは、鼓。素早く手札に目を通すとほぼノータイムでその中から1枚のカードを取り出し、デュエルディスクに置く。最初にマンションの一室に呼び出されたのは、巨大な弩の形をしたモンスター。

「私のターン。超重武者装留イワトオシを召喚する」

 超重武者装留イワトオシ 攻1200

「そして超重武者モンスター、イワトオシ1体を左下のリンクマーカーにセット。母なる大地に根を張りて、防衛線を指し示せ。リンク召喚、リンク1。超重武者カカ-C!」

 超重武者カカ-C 攻0

 イワトオシが渦となってその頭上に現れた六角形のうち1つの角に吸い込まれる。そして代わりに空中から落下し、ドスリと重い音と共に床へと深々と突き刺さったのは、機械仕掛けの案山子。

「あら、代わり映えしないわねえ。私もそんなに、人のことは言えないけど」
「この瞬間、フィールドから墓地に送られたイワトオシの効果を発動。デッキから超重武者1体を手札に……」
「はい、灰流うらら。いい加減どこが弱いかはわかってるわよ、また一昨日来て頂戴」

 案山子の周りをどこからともなく湧き上がった桜吹雪がくるくると回り、その視界を塞ぐ。デッキに触るほぼすべての行為に対し明確なメタとなる手札誘発、灰流うららは他の多くのデュエリストと同じく鼓に対してもよく刺さる。そして今の鼓は、それに対する更なるカウンター手段を持ち合わせていない。

「……ならば、超重武者カカ-Cの効果を発動!」

 機械仕掛けの案山子が、言わら帽子の下でその2つの目を光らせた。左手にくくり付けられたシャイン・クローが、ワキワキとその爪を動かす。

「私の墓地に魔法及び罠が存在しないとき、手札のモンスター1体を捨てることでカカ-Cはそのリンク先に超重武者1体を守備表示で蘇生できる。コストとして超重武者テンB-N(ビン)を捨て、このテンB-Nを対象に……」
「あら残念、屋敷わらしよ。墓地のカードに触る効果は、これを捨てることで無効になるわ」

 外は昼間だというのに突如として射し込んだ月光に照らされて、起動したはずの機械の案山子が突如としてその出力を落とす。両目からも光が失われ、文字通りただ立ち尽くすのみの鉄くずの塊と化してしまったカカ-Cを前に、小さく舌打ちする。この再序盤から、いきなり2度にわたる妨害とは。

「カードを伏せ、ターンエンド」
「ふふっ、そんなに眉間に皺を寄せないの。お肌は正直なんだから、そろそろ痕が残り始めるわよ?私のターン、ドロー。永続魔法、呪われしエルドランドを発動」

 部屋中に所狭しと乱雑に積み上げられたカードが、七曜の位置を中心としてその姿を変化させていく。あるひと山は黄金の騎士像に、床に放り出された数十枚は黄金の階段に……しかしその大部分は、見上げるほどに途方もなく巨大な黄金の宮殿の一部となる。当然そんなものが入るほど、このマンションは大きくない。ソリッドビジョンがすぐ上の天井に、果てしない宵闇の空を投影したのだ。
 気が付けば鼓の足元も、いつの間にか黄金に輝く石畳に変化していた。光を感じてふと見上げた宮殿の最上部では、そこに安置された不気味に赤く光る宝石が脈動していた。

「呪われしエルドランドの効果発動。800のライフを払うことで、デッキからエルドリッチ、または黄金郷1枚を手札に加えるわ。私が選ぶ1枚はモンスターカード、黄金卿エルドリッチ」

 七曜 LP4000→3200

 エルドランドの赤い宝石がひときわ強く血の光を放ち、七曜がデッキからレベル10ものモンスターを選んで手札に加える。

「そして手札から、黄金卿エルドリッチの効果を発動。このカードと手札の魔法、または罠1枚を捨てることで相手フィールドのカード1枚を対象に取り、そのカードを墓地に送る。そして私が選ぶのはその伏せカードよ、ミリオネクロ・カース!」

 階段の最奥、エルドランドの正面扉が音もなく開き、黄金の衝撃波が空気を震わせ放たれる。それをまともに浴びた鼓の伏せカードが強制的に浮かび上がり、その下側から侵食されるようにベキベキと音を立てて黄金に変化していく。

「ちっ……!」

 黄金製になったカードが、音もなく崩壊した。辛うじて読み取れたそのカードの名は、メタルフォーゼ・カウンター。自分フィールドのカードの破壊をトリガーとしてデッキからメタルフォーゼ1体をリクルートするトラップだったが、そちらを直接狙われては意味がない。
 しかし、鼓が舌打ちした理由はそれだけではない。

「超重武者カカ-Cはプレイヤーの墓地に魔法も罠も存在しないときにのみ、自身の戦闘によって発生する自分へのダメージを0にする効果がある。けれどメタルフォーゼ・カウンターが墓地に送られたことで、その効果も消えた……の、よね?」
「見ればわかるだろう、そんなこと」
「あらごめんなさい。それじゃあ、墓地の錬装融合(メタルフォーゼ・フュージョン)の効果を発動するわ。このカードを墓地からデッキに戻して、カードを1枚ドロー」

 仏頂面での短い返事に、笑いながら口先だけの謝罪で返す。さりげなくエルドリッチの効果によって負ったディスアドバンテージを回復し、次いでまたカードを伏せる。

「カードをセットして、黄金卿エルドリッチの更なる効果を発動。今伏せたカードを墓地に送ることで、墓地に存在するこのカードを手札に。そして手札からアンデット族を相手ターン終了時まで攻守1000アップ、効果破壊耐性をつけた状態で特殊召喚するわ。ミリオネクロ・ホロウ!」

 先ほど鼓のカードが徐々に黄金化していったのとは対照的に、七曜の伏せたそれは間髪を入れず黄金の塊へと変化した。分厚い黄金の板と化したそれが音もなく粉々に砕けて黄金の風となり、エルドランドの内部へと吸い込まれる。
 そしてそれと入れ替わるようにして現れた、支配者たる悠然とした足取りで黄金の道の中央を歩む影はエルドランドのたったひとりの主。『成金の女王』と揶揄され、蔑まれ、しかしその実力に羨望をもって語られた七曜という女をまさに体現するかのような、彼女のエースモンスター。

「誇示する相手もいない財宝、呪われた不死なる億万長者。この世ならざる魔性の輝き!黄金と共に来たれ、黄金卿エルドリッチ!」

 黄金卿エルドリッチ 攻2500→3500 守2800→3800

「本当に、私のことは言えた義理じゃないな。結局、何ひとつ変わってやしない」
「みんな心のどこかではあの時代、私たちが真っ当にプロデュエリストとしてやっていけた時代が懐かしいし、戻れるものならそこに戻りたいのよ。だから口ではなんて言おうとも、みんなデッキの大まかなコンセプトはあの時から変わってない。あなたがそのデッキを今でも大事にしているのも、昔の『錬金武者』の名前に未練があるからじゃなくて?」

 これも揺さぶりを狙った心理戦かとも思ったが、すぐにその表情を見て考えを改めた。どうやら七曜は、本気で鼓に問いかけてきているらしい。
 しかし、鼓はそんな問答に付き合うつもりなどなかった。もしこの質問をぶつけられたのが糸巻であれば、もう少し効果はあったろう。しかし鼓は、自分の仕事や現状に対しては彼女よりも割り切って捉えていた。なにせこれは、鼓自身が選んだ道なのだから。

「……さて、な。精神分析の真似事ならこれが終わってから、牢内でたっぷりやってくれ」
「取りつく島もないわね。だけど、牢内というのは訂正してもらおうかしら。ここで負けるのは私じゃないもの。今エルドリッチの効果を使うため私が墓地に送った装備魔法、黒い(ブラック)ペンダントの効果を発動。このカードが墓地に送られた時、500ダメージを与えるわ」

 鼓 LP4000→3500

 それは本来ならば、ほんの小さなダメージに過ぎない。しかし、今の鼓の場に存在するのは戦闘ダメージを抑える効果を失った、攻撃力0のカカ-Cが1体のみ。つまらなさそうに七曜が息を吐くとエルドリッチがその両手を水平に上げ、開いた両手の平の先に黄金の光が収束し始める。

「通ればジャストキル……黄金卿エルドリッチで、超重武者カカ-Cに攻撃。ミリオネクロ・ペイン!」

 限界まで溜まった黄金の光が、黄金の波紋となって放たれる。しかし鼓は押し寄せるそれを目の前に、慌てず騒がずただ自らの手札へと手を伸ばした。

「相手モンスターの攻撃宣言時、手札から工作列車シグナル・レッドの効果を発動。このカードを特殊召喚して攻撃対象を誘導、そしてその戦闘によってはシグナル・レッドは破壊されない」

 工作列車シグナル・レッド 守1000
 黄金卿エルドリッチ 攻3500→工作列車シグナル・レッド 守1000

 迫りくる黄金の波紋と棒立ちする案山子の前に、1台の小型列車が割り込んで入る。鉄の車体は波紋を受けたあちこちを黄金に変換されながらも、辛うじてその猛攻を凌ぎ切った。

「そう焦るな、七曜。あまり長いこと会わなかったせいか、私がしぶといということすら忘れていたようだな」
「あら、今のはほんの挨拶よ。むしろ今の1ターンだけで決着がついたりしたら、それこそ自分の目を疑うところだったわ。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 ワンターンキルを回避されたというのに、七曜の顔に悔しげな色はない。本人の言葉通り、あくまであれはほんの挨拶程度のつもりだったのだろう。強がりやはったりではなく、当然そうだと思うだけの実力が彼女にはある。
 しかし相手がいくら強かろうと、そこで臆しているようでは話にならない。

「私のターン、ドローだ。魔法カード、アイアンドローを発動。私のフィールドが機械族の効果モンスター2体のみの時、カードを2枚ドローする。ただし私はこの後、1度しか特殊召喚を行えない」
「あら、随分と便利なカードを引いたものね。私も欲しいわあ、そういうドローソース」
「随分と余裕だな?だがそちらがエースを出したというのなら、こちらも見せなければ片手落ちというものか。超重武者カカ-C、及び工作列車シグナル・レッドをリリース。鐘の音響く大地踏みしめ、百万の敵を迎え撃て。アドバンス召喚、超重武者ビックベン-K!」

 超重武者ビッグベン-K 攻1000

 これ以上棒立ちにしておくのは危険なカカ-Cを最上級モンスターのアドバンス召喚というかなり強引な手法で墓地に送り、代わりにフィールドへと繰り出したのは超重武者の代名詞ともいえる巨体の機械僧兵。鼓としては、ここで一気に勝負に出た形になる。当然その姿は自身のステータスをまるで生かせていない攻撃表示だが、ビッグベン-Kにはまだ効果があった。

「ビッグベン-Kが召喚、特殊召喚に成功した際、その表示形式を変更できる。今こそ守備表示となれ、ビック……」
「あら、そんなの隙だらけよ。1000ライフを払って永続トラップ、スキルドレインを発動するわ」
「スキルドレイン、もう持っていたか……」

 七曜 LP3200→2200

 ビッグベン-Kが超重武者というテーマのそれならば、こちらはモンスター効果無効の代名詞とも言うべき由緒正しい永続トラップだろう。フィールドの全モンスターの効果を一律に無効とするこの効果は、今なおいくつものデッキからお呼びがかかる強烈な拘束力を有している。しかもすべての効果が手札と墓地で完結している七曜のエルドリッチには、効果無効の制約などないに等しい。
 ふと気が付けば自分がかなり不利な状況に追い込まれていることに気づき、じわりと鼓の首元を汗が伝った。

「……ならば、おろかな埋葬を発動。デッキからモンスター1体、超重武者カゲボウ-Cを墓地に送る。そして手札から、超重武者装留シャイン・クローを装備カードとしてビッグベン-Kに装備する」

 カカ-Cの片腕にもくくり付けられていた赤い爪の腕が、ビッグベン-Kの甲冑に副腕として装着される。背中から延びた一対の鋭い爪がその感触を確かめるかのように握りしめられ、そしてまた開く。

「超重武者装留は超重武者の装備カードとなり、その戦いをサポートする。シャイン・クローを装備した時、その攻守は500アップする」

 超重武者ビッグベン-K 攻1000→1500 守3500→4000

「さらにカードを伏せ、ターンエンドだ。そしてこのターン終了時にエルドリッチによる強化と破壊耐性は消える、だろう?」

 黄金卿エルドリッチ 攻3500→2500 守3800→2800

「私のターン。このターンも呪われしエルドランドの効果を発動、800ライフを払って2枚目の黄金卿エルドリッチを手札に。そして手札のエルドリッチと錬装融合を捨てて……そうね、私は安全策が好きなの。その伏せカードを狙わせてもらうわ、ミリオネクロ・カース!」

 七曜 LP2200→1400

 エルドランドの扉が三度開き、先のターンで鼓の思惑を大きく崩した黄金の衝撃波が再び放たれる。ここで邪魔となるビッグベン-Kではなく伏せカードを狙ったのは七曜の言葉通り本人の嗜好によるものも大きいが、鼓が先ほどの行った行動も大きかった。
 超重武者カゲボウ-C……特殊能力は墓地にある自身を除外することで、超重武者を対象とするカードの発動を無効として破壊するカウンター。除去が無駄となるならば、必然的に狙いはシャイン・クローと伏せカードの2択になる。

「やはりそう来るか?合理的だが、それゆえに読みやすい。私の伏せカードは速攻魔法、重錬装融合(フルメタルフォーゼ・フュージョン)。どうせ今は使い物にならないからな。こんなもの、欲しければいくらでも持っていけ」
「してやられたわね。まあいいわ、このぐらい。錬装融合をデッキに戻して、またカードを1枚ドロー。1枚セットして、墓地のエルドリッチの効果を発動。これを墓地に送って自身を回収、そしてフィールドを更なる黄金が埋め尽くすわ。ミリオネクロ・ホロウ!」

 またしてもエルドランドの頂点で、血の色をした宝石が脈動する。ビッグベン-Kと対峙するエルドリッチと寸分たがわぬ姿を持ったもう1体のエルドランドの主が、その黄金の体と身につけた無数の宝石に紅の光を反射させつつ現れた。

 黄金卿エルドリッチ 攻2500→3500 守2800→3800

 半ば無意識に、今のコストとして墓地に送られたカードを確認する。通常トラップ、巨神封じの矢(ティタノサイダー)。相手がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚するたびに何度でも墓地からセットすることができ、この手のカードにありがちな再利用時の除外デメリットもない。条件こそ相手依存とはいえ、エルドリッチを何度でも呼び覚ます七曜にはお似合いのカードだろう。

「く……」
「バトル。行きなさい、エルドリッチ」

 超重武者の真価は、守備表示にあってこそのもの。攻撃表示を固定されて戦い方を忘れてしまったかのように無防備に立ち尽くすビッグベン-Kへと、黄金の輝きが襲い掛かる。その体を守るように、自立した副腕がその両腕をクロスさせた。

 黄金卿エルドリッチ 攻2500→超重武者ビッグベン-K 攻1500
 鼓 LP3500→2500

「あなたのおもちゃ、随分頑丈ね。持ち主に似たのかしら」

 黄金の輝きが収まってもなお、機械の僧兵はその場に立っている。副腕からは煙を吐き、体のあちこちは黄金へと置換され、内部機構にも影響が出たのかメーターはでたらめな針の触れ方を休むことなく続けている。それでも、ビッグベン-Kは黄金の地を踏みしめていた。

「シャイン・クローの固有効果には、ステータス上昇の他にもまだ続きがある。このカードを装備したモンスターは、戦闘によって破壊されない」
「重錬装融合でなく、そのカードを狙っていればあなたはこの攻撃に耐えきれなかった、と。少し慎重になりすぎたかしらね?いいわよ別に、まだ攻撃は残っているもの。もう1体のエルドリッチで攻撃、ミリオネクロ・ペイン!」

 先ほどをはるかに上回る目も眩むばかりの閃光が、再び僧兵へと襲い掛かった。再びその身を守るべくシャイン・クローが鋭い爪を組み合わせて壁となるも、黄金の奔流はその勢いで鋼鉄の巨体を後ろに吹き飛ばし、同時に確実にその体を蝕んでいく。

 黄金卿エルドリッチ 攻3500→超重武者ビッグベン-K 攻1500
 鼓 LP2500→500

「ぐ……!」

 気づかぬうちに、あの黄金の輝きの余波を浴びたのか。息を荒げてふと視線を下ろせば鼓自身の服もあちこちがぼんやりとした光沢を放っていた。もちろん鼓のデュエルディスクはいまだに妨害電波を元気に放っておりこれもソリッドビジョンの一環だろうが、それでも気分のいいものではない。

「カードをもう1枚セット。ターンエンドよ」
「私のターン、ドロー!」

 手札は0、スキルドレイン下では攻撃もままならない。状況は最悪に近いが、それでも起死回生の一手を求めカードを引く。

「魔法カード、ハーピィの羽根帚。これでスキルドレイン、呪われしエルドランド、そしてその伏せカードをすべて破壊する!」

 ここ一番で引いた、大逆転のカード。後はビッグベン-Kを守備表示にし、攻撃力の落ちたエルドリッチにその特殊能力たる守備力を利用しての攻撃を行えばいい。ここでそれが引けるからこそ、鼓はデュエルポリスフランス支部長たりえる人材なのだ。
 だが、しかし。

「トラップ発動、スターライト・ロード!カードを2枚以上破壊する効果を無効にし、エクストラデッキからこのカードを特殊召喚するわ。星々の瞬き、静寂を彩る光。黄金を天まで積み上げ買い取ろう、呪われし都の財となれ!スターダスト・ドラゴン!」

 スターダスト・ドラゴン 守2000

 エルドランドの上空に、一筋の流星が走る。遥か頭上から黄金の輝きに引き寄せられるように近づいてきたそれは、星屑の残滓を纏う白いドラゴンだった。2体の黄金卿に挟まれて、星色の光が邪悪な黄金色に染まっていく。
 だが、今はそれどころではない。重要なのは、これで鼓の反撃の目が断たれたということだ。一応まだシャイン・クロー自体は生きており、その戦闘破壊耐性も残っている……だが、それもいつまで持つか。

「……ビッグベン-Kを守備表示に。ターンエンドだ」

 超重武者ビッグベン-K 攻1500→守4000
 黄金卿エルドリッチ 攻3500→2500 守3800→2800

「惜しかったわね、せっかく最後のチャンスだったのに。こうなっては、いくらデュエルポリスフランス支部長様でも形無しね。私のターン、地砕きを発動。あなたの場の最も守備力の低いモンスター、超重武者ビッグベン-Kを破壊するわ」

 やりきれなさそうに目を伏せる鼓の前で、ビッグベン-Kの体が上からなにか目に見えない力で押さえつけられていくかのように軋みだす。あちこちのパーツが負荷に耐えきれずに全身から上がる細かな火花と悲鳴のような金属音を断末魔に、唯一鼓の場に残っていた最後の守りはいともあっさりと突破された。もはやエルドランドの黄金の石畳で、銀髪の彼女を守るモンスターは存在しない。

「返り討ち、残念だったわね。でも、これで分かってもらえたかしら?今回の計画は、私もそれなりに本気なの……黄金卿エルドリッチで攻撃、ミリオネクロ・ペイン!」

 黄金の輝きが、黄金の石畳の上を通りまっすぐに迫ってきた。無言で目を閉じ、すぐに訪れるであろう衝撃を静かに覚悟する。最後に頭をよぎったのは、絶対ここぞとばかりに何かしら言ってくるであろう糸巻になんと言い返そうか、そんなことだった。

「む?」

 妙だ。いつまで経っても、次に来るはずの衝撃がない。危機の寸前には時間がスローに感じると言っても、さすがに限度というものがあるだろう。ぱっと目を開けた鼓が目にしたものは、驚くべき光景だった。

「これは……!」

 黄金の輝きを鼓に当たる寸前の位置で四散させる、鐘のようなシルエットのモンスター。その名を小さく口にすると、同じく異変に気が付いた七曜が後を続けた。

「バトル……」
「フェーダー……?」

 相手の直接攻撃宣言時に手札から特殊召喚され、バトルフェイズそのものを強制的に終了させる悪魔族モンスター。当然、鼓のデッキには入っていない。それどころかこの瞬間、彼女には手札すらないのだ。
 ならばこのバトルフェーダーは、いったい誰が。その疑問に答えるかのように、起動中のデュエルディスクを装着した第三の人影がベランダの窓を外から開けて部屋の中へと入り込んできた。ソリッドビジョンが外部環境の変化に一瞬乱れ、またすぐにエルドランドの景色を映す。ギプスで固定された片足に松葉杖、体中のあちらこちらに乱暴に巻かれた痛々しい包帯。誰がどう見てもボロボロの、立って歩いていることすら奇跡のような若い男。しかしその目だけは体の状態と反比例するかのように、ギラギラと異様な光を湛えている。
 鼓には、その顔に見覚えがあった。

「……鳥居浄瑠、だったか。久しぶりだな、糸巻の奴が随分心配していたぞ」

 自分の名を呼ばれた男……鳥居が、わずかに鼓へと視線を向ける。刺すような視線に射貫かれて反射的に身構えるが、鳥居の方はすぐに鼓への興味をなくしたように七曜へと向き直った。ゆっくりと開いたその口から、感情を押し殺したかのような低い声が漏れる。

「ようやく見つけたぜ、『成金の女王』」
「あら、私も今頃モテ期かしら。人気者は辛いわね」

 口調は軽いが、視線は冷たく警戒心も露わだ。先ほどのバトルフェーダーもそうだが、鳥居浄瑠というその名前、そして腕に装着された通常モデルより一回り大きなデュエルポリス専用デュエルディスク。七曜にとっては、あからさまに敵の登場だった。

「……」

 そしてその敵意は、鳥居の側も隠そうとはしない。無言のままにデュエルディスクとバトルフェーダーを消費したことで1枚減った計4枚の手札を構え、突如として乱入したこのデュエルの継続を促す。

「……ちょっと待ちなさいよ。いきなりやって来て2対1?どうせあなたも倒さなきゃ『BV』は使えないのよね、それにしてもさすがにハンデぐらいは貰うわ。手札3枚とライフ2000の追加、最低でもこれぐらいは呑んでくれなきゃ嫌よ」
「好きにしろ」

 乱入の条件として挙げた条件は、あっさりと了承される。というよりもどんな条件だろうともそこへの興味自体がないのだろう、そう鼓の目には映った。その傲慢とも取れる態度と、つい数日前、行方不明になる少し前にわずかな時間だけ顔を会わせた時の様子。元同僚が邪険に扱われることへの怒りよりも先に、まず空恐ろしさが湧くのを感じた。

 七曜 LP1400→3400

「……カードを1枚伏せて、ターンエンドよ」

 素早く引いた3枚の中から1枚をフィールドにセットし、本来ならばデュエルの終了によって訪れなかったはずのターンエンドを宣言する。スキルドレインとスターダスト・ドラゴンの二重の守りに、謎めいた伏せカード。手札わずか4枚の鳥居に早々突破できる布陣とは思えなかったが、当の本人はそんなことはまるで意に介した様子もない。

「俺のターン、ドロー」

 つまらなさそうに、カードへと目を通す。そして流れるように淀みなく、その手がカードを選んだ。

「ライト(ペンデュラム)ゾーンにスケール1の魔界劇団-デビル・ヒール、レフトPゾーンにスケール8の魔界劇団-ファンキー・コメディアンをセッティング。ペンデュラム召喚!来い、サッシー・ルーキー、プリティ・ヒロイン!」

 1と書かれた光の柱とその内部の紫の巨漢、それと対になるのは8と書かれた光の柱と黄色の肥満体。その中央に開いた空間の穴からは、2体の劇団員が呼び出される。ペンデュラムデッキならばこれはあまり役に立たないかと、七曜が自分の伏せカード、墓穴の指名者へとわずかに視線をやった。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500

 しかし鼓、そして七曜の両者にとっては知る由がなくわかるはずもないことだが、このプレイングは明らかに異常であった。そもそも鳥居浄瑠のスタイルは根っからのエンタメ気質であり、モンスターごとの動きや人格設定を可能な限り活かそうとするそれはいついかなる時も崩れることのない彼の十八番だったはずだ。
 しかし、今の彼はどうだ。お決まりの召喚口上もなければ大仰な動きもない、無味乾燥なカードを数値と効果でしか見ないデュエルスタイル。それは、彼とはもっとも縁の遠かったもののはずだ。

「闇属性のレベル4ペンデュラムモンスター2体、サッシー・ルーキーとプリティ・ヒロインでオーバーレイ!2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚、覇王眷竜ダーク・リベリオン!」

 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500

 エルドランドの上空に急速な勢いで分厚い暗雲が立ち込め、不気味な雷鳴が轟いた。その暗雲を切り裂いて打ち下ろされた雷鳴の刃が大地を砕き、黄金の石畳を無残に砕いたクレーターの中央では翼を広げ佇む漆黒の龍が眼前の黄金の宮殿へと蔑むような視線を向ける。

「やれ、ダーク・リベリオンで黄金卿エルドリッチに攻撃!」

 翼を広げての超低空飛行で高速で接近しつつ、雷のエネルギーと覇王の力を乗せた逆鱗の一撃が空を裂いて不死の億万長者、黄金郷の支配者へと迫る。反逆の一撃を前に不死者もまた白手袋に包まれた黄金の腕を固く握りしめ、その拳が無礼な反逆者を制圧すべく放たれる。フィールドの中央でぶつかり合った白熱の逆鱗と黄金の拳による激しい鍔迫り合いにより、あちこちに撒き散らされる黄金の欠片と暗黒の雷の余波による火花が幾度となくあたりを照らした。

「相打ち狙いかしら?スキルドレインでそのモンスターの効果は……」
「速攻魔法、禁じられた聖槍。ダーク・リベリオンの攻撃力を800下げ、魔法、罠に対する完全耐性を付与する。これでスキルドレインの効果も無力、そしてダーク・リベリオンの効果を発動」
「!!」

 竜の逆鱗へと、その周りを絶えず衛星のように浮遊していた光球が吸い込まれる。その瞬間にダーク・リベリオンの力は飛躍的に上昇し、両者の均衡は完全に崩れた。黄金はその全てが暗黒の雷に呑み込まれ、のたうち回るプラズマの残滓は戦闘が続く両者の足元の、そして呪われし都をその隅々まで構成する黄金に対しても貪欲な侵食の牙を向け始める。
 エルドランドが、崩壊しつつあった。

「ダーク・リベリオンがバトルを行う際、オーバーレイ・ユニット1つを使うことで相手モンスターの攻撃力は0となり、その元々の数値だけ攻撃力をバトルの間のみアップさせる。これで終わりだ」

 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500→1700→4200→黄金卿エルドリッチ 攻2500→0(破壊)
 七曜 LP3400→0

 ついに力尽きたエルドリッチの巨体がその場に崩れ落ちると、容赦せず降り注ぐ無数の雷撃に貫かれてその黄金の輝きもみるみるうちに弱まっていく。もはや動くことすらなくなったその体をとどめとばかりに踏みにじり、反逆の牙が凱歌代わりの叫びを高らかに崩壊していくエルドランドに響かせた。

「そんな……あと少しで、また私たちの時代が……」

 崩れ落ちたのは、エルドリッチだけではない。七曜もまた激戦による疲労とダメージ、そしてそれ以上に確かに掴みかけたはずの勝利と悲願が手の中から零れ落ちていく感触に耐えきれず、悲痛な言葉を最後に気を失ってその場に倒れ込んだ。





「正直、突然すぎて私としても困るんだがな。ともあれ助かった、礼を言わせてもらう」

 ゆっくりと、ソリッドビジョンが消えていく。元のマンションの一室で、倒れた七曜を無表情に見下ろす鳥居へと鼓が頭を下げる。

「……」
「それにしても、一体これまでどこにいたんだ……とは、私からは聞かないでおこう。私の立場であまり聞くのも悪いとは思うが、どうせ糸巻もここに来たら同じことを聞くだろうからな」
「糸巻さんが?」

 共通の知人の名に、ようやく反応を見せる。とにかく不愛想なこの青年との会話のとっかかりを見つけた鼓が、気楽そうに肩をすくめる。

「ああ。ここの場所は知っているからな、すぐに来るさ」
「そうか……」

 そして何を言おうとしたのかは、ついに明かされることはなかった。どたどたと走る靴音が2人分近づいてきて、躊躇なく玄関扉が開く。

「来たな、糸……」
「おい、本当にここで合ってるんだろうな?くだんねえ嘘ついたらこの場でぶちのめすぞ」

 その瞬間、何か嫌な予感がした。それは理由もない鼓の勘でしかなかったが、歴戦の戦士の勘というものは厄介なことによく当たる。その言葉に嫌味たっぷりに返した男の声を聴いた瞬間、鳥居の体がはっきりと強張った。

「この大量のカードが見えないんですか?まったく無駄口ばかり叩いて、デュエルポリスという職業は脳も足りてないのに柄だけは悪いですねえ。それとも頭も柄も悪いからこそ、そんな仕事しか見つからなかったんですか?」

 あちゃー、という気分になる。この声は、鼓自身にもよく聞き覚えがある。まったく、なんでよりによってこのタイミングで一緒になってくるんだか。躊躇なく土足で踏み込んで近づいてきた2人が、止める間もなくリビングのドアを勢いよく蹴破った。

「鼓!そっちはどうだ、無事……か……」
「糸巻さん」

 リビングに踏み入った瞬間にさっきまでの威勢はどこへやら、まるで浮気現場を押さえられたかのように、顔を青くしてだらだらと冷や汗を垂らす糸巻。互いにそれぞれの事情から固まって言葉も出ない2人に、破滅の元凶がひょっこりと顔を出す。

「そんなところで何をしているんですか?早く……おや、貴方は。これはこれは、お久しぶりですね」
「巴……お前な」

 遅れてやってきた第5の人間、巴光太郎に少しは空気を読めと言いかけた鼓だったが、結局は何も言わなかった。どうせこの老獪にして陰険なおきつねさまのことだ、この後でどうなるかは予想もついているだろう。いや、それどころか、こうなることすら予期したうえでわざと顔を出した可能性まである。
 果たして、その予想は正解だったらしい。部屋を見渡したのちに巴は、にんまりと笑みを浮かべたのだ。
 しかし修羅場真っ最中の糸巻と鳥居に、そんなことに気づく余裕などあるはずもなく。まず口火を切ったのは、鳥居だった。目の異様な光はそのままに、そのくせひどく落ち着いた口調で目の前の上司に声を掛ける。

「なるほど、糸巻さん」
「あー、久しぶりだな、鳥居。そのな、これはだな」
「俺も結構、いろいろ動いてたんすけどねえ。まったくびっくりですわ、さすがは糸巻さん」

 何か言い返す暇もなく、矢継ぎ早に皮肉のこもったナイフのように鋭い言葉を投げつける。そのたびにイライラと床に打ちつけられる松葉杖の先が、カツカツカツと高い音を立て続けた。

「だってそうでしょう?俺たちの仕事は、テロリストの撲滅と『BV』技術の破棄。デュエルコロシアムの時も、精霊のカードなんて代物の時も。そのために、俺たちは戦ってきてると思ってたんですけど。糸巻さん、あんた誰と手を組んでるんすか」
「……」

 いかなる言い訳や理屈も無駄だと悟り、完全に押し黙る糸巻。その沈黙をどう解釈したのか、馬鹿にしたような短い笑いを漏らした鳥居が松葉杖の先を突きつける。

「そりゃあ、いつまで経っても俺たちの仕事が終わらないわけだ。デュエルポリスとテロリスト、それも俺の身近なところでこんなずぶずぶに繋がってたとはね。ああまったく、これまで全然そんなことにも気づかなかった俺も大馬鹿野郎ですよ」

 さすがに反論しようとしたのか、そこでようやく糸巻が口を開く……しかし何か言うより先に鳥居が、黙っていろとばかりに片手を振ってやめさせた。
 ただでさえ治らない怪我と不自由な体、巴戦での敗北のショックがその身体と精神を両方から弱めていたところに、かつての同志でもあった一本松への襲撃は完全にとどめを刺してしまったらしい。彼の心はもはや見る影もなくその柔軟性を失い、固く閉ざされてしまっている。たとえ真実がどうであろうとも彼の中では自分の思い描いたシナリオのみが事実であり、他人の話を聞き入れるつもりはないらしい。

「もういいですよ、今日の所はいったん引き下がります。じゃあ、またいつか会うこともあるでしょう」

 そう言い捨ててさっと怪我人とは思えないほどの機敏な動きで身を翻して開いたままの窓からベランダに……そして欠片の躊躇もなく、4階のそこから身を躍らせた。

「お、おい!鳥居!」

 我に返った糸巻がベランダに駆け込み、かつての部下が飛び越していったその手すりから身を乗り出すようにして下を見る。どこからどうやって抜けていったのか、もはやその姿は彼女の目が届く限りのどこにも見当たらない。
 それでも諦めきれず、無益に睨み続ける糸巻の顔を、折よく吹いた風が赤髪を揺らして撫でる。先ほどまで暴れていた蛇ノ目との戦いの残滓が流れてきたのか、その風はわずかに炎の匂いがした。 
 

 
後書き
次回はちょっと遅れます……ですが、正直あとはいつものエピローグ書いてこのデュエルフェスティバル編は終幕にするつもりなのでそこだけはさくっと書き上がるかもです。
期待せずに待っていただけると(目逸らし)。 
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