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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第44話 ブラックバート その3

 
前書き
戦争はいやですね。始めるのも収めるのもメンドクサイ。 

 
 宇宙歴七八八年五月一五日 マーロヴィア星域 アブレシオン星系跳躍宙点

さぁ、勝負の時が来た。

 ブラックバート側は測定通り戦艦一隻と巡航艦二隻。戦艦を中心として左右に巡航艦を従えている。
 こちら側はウエスカとラフハー八八号は接舷したままで、その周辺を威嚇するようにゴートン少佐のミゲー七七号とリヴェット少佐のユルグ六号が遊弋する。ブルゼン少佐のミゲー三四号とマルソー少佐のサルード一一五号は、跳躍宙点よりさらに星系外縁部にて探知妨害かけつつ側背攻撃の態勢を整える。

 攻撃配置を選択できる分、こちら側が優勢であることは間違いない。跳躍後、バーソンズ准将は速やかに状況を確認するだろう。ラフハー八八号はウエスカと接舷している。ラフハー八八号が乗っ取りを仕掛けて、逆に敗北したと確信するのにそれほど時間はかからないはずだ。だがそれが遅ければ遅いほどいい。

 ミゲー七七号とユルグ六号が射線を戦艦に向ける。戦艦は即座に反応し、射程の長さに物を言わせて砲撃を開始する。呼応するかのように、巡航艦が一隻距離を詰めてくる。もう一隻は戦艦の後方へ位置取りを変更する。

「側背攻撃は見抜かれているな」
「ええ、こちら側が巡航艦四隻以上ということを、認識しているのは間違いなさそうですね」

 ラフハー八八号の通信回線へ何度もアクセスが試みられていることは、移乗した航法士官から連絡はあった。それでもバーソンズ准将がラフハー八八号を見捨てる選択をしない。ミゲー七七号とユルグ六号に対する砲撃指示は、明らかにウエスカとラフハー八八号を盾にさせまいというものだ。勇猛なゴートン少佐も隙あらば反撃を試みているようだが、リヴェット少佐の牽制砲撃支援を受けても思うように効果を上げられない。

 そうしているうちにブラックバート側の巡航艦がウエスカの有効射程内に侵入してくる。ラフハー八八号とは反対側に強行接舷を仕掛けようという意図は明らか。艦名はムンカル三号。艦籍データベースによればトリプラ星系警備艦隊に所属する艦のはずだ。

「全力射撃用意。合図あるまで砲門は開くな。敵との距離五〇万キロで重力錨開放。同時に艦を前方下方へ垂直降下。艦首を水平面上方へ向け、接近する巡航艦の艦底部を砲撃三連。ボロディン大尉、付け加えることは?」
「相手はこちらに強行接舷を試みております。軸線に誤差がありますので連射を行うのであれば、偏差をご考慮ください。それと射撃終了後は留まっての戦果確認はせず速やかに移動を」
「副長、聞こえたな。貴官の腕に特務小戦隊の命運がかかってる。頼むぞ」

 砲雷長を兼務する副長の、了解の回答にカールセン中佐は頷き、スクリーンに映るムンカル三号の艦首を見つめる。すでに彼我の距離は巡航艦の有効射程より短い。ここでムンカル三号が砲撃を行えば、死んだふり状態のウエスカが展開する微弱な中和磁場では被害を防ぎきれない。最悪、一瞬であの世逝き。俺は一度死んだ身ではあるが、他の乗員はそうではない。制御された空調下で出る汗もないのに襟元のスカーフを緩めたり、コンソールに備え付けられた衝撃防御用の把手を何度も触ったりしている。

「……距離三光秒を切りました。測距をキロ単位に変更します」
「敵艦、速度を落としました。等減速運動の模様」
「敵艦の砲門、光学で開放を確認」

「……大尉、五〇万キロで斉射三連して、標的をギリギリ外した場合の評価点は幾つだ?」
「この場合、標的は減速移動中ですが、こちらは機動後射撃になります。有効射程の半分以下ですから、当然減点対象です。標的との距離も換算して三五点くらいでしょうか」
「この状況下で訓練査閲ができるのだから、貴官の腹の座り具合は尋常ではないな。」

 カールセン中佐の呆れた声に、俺は何も応えず深呼吸した。七〇万キロ、六五万キロ、六〇万キロ……

「五〇万キロです!」
「錨(アンカーアウェイ)開放、機関始動、砲門開け!」

 重力錨の強制切り離しによりウエスカ全体に振動が伝わる。それと同時に艦全体が下方へ急加速したため、ほんの一瞬人工重力にズレが生じる。人間が認知できる間ではないが、体をブレさせるには十分だ。俺もカールセン中佐も体幹でそれを躱す。一方でメインスクリーンから見える星空は急速に変わっていくから可笑しな気分になる。

「狙点固定!」
「撃て!(ファイヤー)」

 スクリーンに六本の青白いビームが三回煌めく。その後、速やかに戦艦へ向けて艦首を翻す。急加速と高機動の繰り返しの後、観測機器を担当する測距オペレーターが巡航艦に砲撃が複数命中し、完全破壊に成功したと報告が上がる。一瞬、艦橋で歓声が上がるがそれも束の間。至近を八本のビームが通過する。運良く外れてくれたが、戦艦の全力射撃だ。当たればひとたまりもない。

 ウエスカは直ぐに中和磁場の出力を上げつつ、ミゲー七七号とユルグ六号との合流に向かう。タイミングを合わせてミゲー三四号とサルード一一五号が、後背防御の巡航艦へ攻撃を仕掛ける。これで数的優勢を確保したが、ブラックバート側は巡航艦を前に出し、こちら側へ突撃してきた。包囲される前に、数が多い方の戦力を少しでも減らして突破を試みるつもりだ。

「戦理にはかなっている。だが、そうはいかない」

 俺の独り言に気が付いたわけでもないが、巡航艦が有効射程に入る前には、ウエスカを中心とした平行横隊を完成させており、その全艦が戦艦に照準を合わせている。そしてカールセン中佐の手が振り下ろされた。
「撃て(ファイヤー)」
 気負うわけでもなく、やる気がないわけでもない。落ち着いた砲撃指示に、三艦合計一八本のビームが巡航艦を素通りし、戦艦に向かっていく。収束比が甘かったのか、メインスクリーンに映る戦艦の前面で中和磁場と複数のビームが衝突し……中和磁場を貫いた二本が戦艦の左舷側の表面装甲を薄く二〇〇メートルばかり削り取った。
「誤差距離修正。第二射用意」
 戦艦が再び中和磁場を張り直し、さらに接近してくる。再びカールセン中佐の手が上がった時、測距オペレーターの一人が声を上げた。

「戦艦及び巡航艦より通信! 『我降伏す、寛大な処置を求む』 両艦とも減速し、艦首部に降伏信号旗を上げております!」
 
 衝撃というべきか。カールセン中佐の手は肩より上で止まった。艦橋要員の半数の視線が中佐に向けられている。そして中佐の視線は俺に向けられている。撃つべきか、撃つべきではないか。偽装降伏なのか、それとも本気で降伏する気があるのか……戦況、相互の戦力、指揮官の性格。俺は決断した。

「降伏を認めます。航行機関を停止するよう当該艦へ指示を。それとウエスカ以外の艦は、それぞれ二隻で両艦の拿捕をお願いします。ラフハー八八号の状況を参考にして、接舷・拿捕に際しては十分警戒するように、と」
「よかろう。各艦に伝えよう」
「それと副長にはお手数ですが何名かお連れ頂いて、ラフハー八八号に移乗していただき、漂流している武装商船の回収と曳航をお願いいたします」
「わかった。副長、聞いたな。ウエスカのシャトルを使え」
 副長が砲雷長席から立ち上がり、中佐と俺に敬礼してから艦橋を出ていくと、中佐は大きく溜息をついてからずっと座っていなかった艦長席に深く腰を下ろした。

 それから何分沈黙があっただろうか。目を閉じ、ジャケットの上からでもわかる太い腕を組み、微動だにしない中佐を俺は見ていた。いま中佐の中にあるのは回顧か、それとも懐古か。いずれにしても中佐に声をかけるほど、俺は空気が読めないわけではない。重い空気を破ったのは、ウエスカの通信オペレーターだった。それはミゲー三四号からで、降伏したバーソンズ元准将がこちらの指揮官との会話を望んでいるというモノだった。



「……ブラックバートの指揮官はボロディン大尉だ」
 通信オペレーターが報告を持ってきてから三分後。ようやく口を開いたカールセン中佐はそう言って席から立ち上がった。
「頼んでいいか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ……」

 それはかつての上司と対面するのが怖いということなのか。ブロンズ准将から譲ってもらったバーソンズ元准将の経歴や性格などのレポートを見るに、上官には忠誠、同僚には友好、部下には寛大、任務に忠実と実に模範的軍人らしい軍人であった。海賊に身をやつした理由も、結局は彼自身の人間的な生真面目さ故だったとブロンズ准将は語っていたし、俺もそう思っている。

 中佐も本当はわかっているのだろう。だがエジリ大佐同様、元准将関係者として軍内部から白い目で見られてきた現実、そして長いこと海賊活動していた故に変貌したかもしれない元上官の現在を想像し、恐れ、逃げたかったのかもしれない。俺は再度、中佐と視線を交わした。中佐はしばらく俺を見ていたが、数秒で目を閉じて頷くと、戦闘艦橋の端へと移動する。オペレーターに予備席の方へ通信を回すよう伝えると、俺はその予備席の前に立った。

 画面が一度乱れた後、数秒してラフハー三四号の個別通信室で後ろに銃を構えた兵士を伴った、准将の制服に身を包んだ一人の老人が映った。顔はわかっていたが、資料に映っていたものより幾分歳をとっているように見えた。原作のムライ中将の髪をごま塩にして、さらに頬を削り取って、目を切れ長にしたらこんな感じだろうか。貧相に見えるがその視線には、長い経験と実績に裏付けられた重みがあった。本来海賊の頭目に対してすることではないのかもしれないが、俺は自然と踵をそろえ、先に彼に向って敬礼した。

「ロバート=バーソンズ元准将閣下でいらっしゃいますね。小官はヴィクトール=ボロディン大尉であります」
 俺の敬礼に対し、スクリーンに映るバーソンズ元准将は、一度眉をしかめた後、おそらく現役の頃と同様の、きっちりとした答礼で応えた。
「ロバート=バーソンズだ。大尉が最近マーロヴィアで暴れまわっている『ブラックバート』とやらの指揮官と考えていいか?」
「はい、任務指揮官とご認識いただいて結構です」
「選り抜きの巡航艦を五隻も率いているわけだから今更海賊とも思わないが、正式な軍籍は有しているのか?」
「はい」

 襲撃された側とした側。元准将で現在海賊の老将と、現在海賊モドキで現役大尉の俺。何となくおかしなやり取りに思えたので、俺が小さく笑みを浮かべると、バーソンズ元准将も痩せた頬を緩ませて、小さく肩をすくめた。

「こんな若造にしてやられたと悔しがるべきだろうが、ここまでしてやられると悔しいとは思えなくなるな。ウッド提督でもここまで上手くいくこともあるまい」
「過分なご評価、恐縮です」
「かつて小官が帝国領内で行ってきた襲撃手順も幾つか参考にしていたようだな。特許料を取りたいものだが、そうもいくまいて。代わりと言ってはなんだが、小官の命と引き換えに、部下の生命の安全を保障してくれるか?」
 冗談のような口調だが、元准将の瞳は笑っていない。まだ何か隠し持っているのかもしれないが、こちらとしてもこれ以上の殺戮は考えていないし、俺もしたくない。
「小官としてはそのつもりでおります、閣下。ですがそれは閣下が余計なことをご計画なさらず、また部下の方々に反抗や逃亡の意志がない事が条件になります」
「余計なこと、か。確かにそうだな。このおいぼれの心臓の横に高性能爆薬を仕掛けることは」

 爆薬と聞いて思わず銃を構える画面奥の兵士にむかって、俺は手を挙げてそれを制した。もし事実であればミゲー三四号はいまごろ大惨事で、その混乱で戦艦も逃げおおせただろう。それをしなかったということは、降伏の意思はあるということ。もっとも通話が終わり次第、元准将は手術台に乗ることになるだろうが。

「止まった心臓を動かせる程度まで爆薬を減らすよう、医師には伝えておきます」
「ハハハッ。若いのに小気味がいい。大したものだ……貴官、ヴィクトール=ボロディン大尉と言ったか?」
「はい」
「同姓同名でなければ、ネプティスⅮの根拠地を吹っ飛ばしてくれたリンチ准将の新任の副官、だったな。エジリが言っていた。如才ないが士官学校首席らしくない好青年で、近いうちに頭角を現すだろうと……どういうヘマをした? こんなド田舎で海賊狩りをさせるほど同盟軍は人材豊富だとは聞いてないが」

 そう言ってニヤニヤと笑う元准将は、同盟領内を股に掛ける海賊の親玉というより、在郷軍人会の顔役のように見えた。もっとも元准将は海賊になる前はそういう立場だったのだが。

「それは軍機になりますので、申し上げられません」
「私怨も多分に含んでおるが、貴官をマーロヴィアなんぞで燻ぶらせるようなアホ人事をした奴を知りたいな。単純に一人の退役軍人として納得がいかん」
「歴戦の閣下のご評価は、小官には過分にすぎます」
「かつて部下にラルフ=カールセンという奴がおってな……才気渙発とは言わないが、巡航艦乗りとして抜群の胆力と根性と機転と気風を有した男じゃった」

 俺は思わず艦橋の端に移動したカールセン中佐に顔を向けようとして、止めた。気持ちよく話している元准将の邪魔はしてはいけないだろう。

「このおいぼれと付き合いがあった故に、どこか遠くで腐っているかもしれん。だが腐らせるにはあまりに惜しい船乗りなんじゃ。大尉。貴官が出世して正式に戦隊指揮官になるようなことがあったら、そいつを探し出して部下にしてやってくれ。他にも紹介したい部下は大勢いるが、コイツはとびきりなんじゃ」

 それは知っている。実力は疑いない。今、ここにカールセン中佐がいると、元准将に伝えたい。喉まで出かかったがそれを飲み込む。

「もし、そういう機会がございましたら、准将のおっしゃる通りにしたいと思います」
「頼んだぞ、大尉。それとそちらの巡航艦の艦長にもよろしく伝えてくれ。『いい腕だった。だが降下即応砲撃は敵に対して不用意に腹を曝け出す。大胆不敵もいいが、今後も使う船と時と場所を真剣に見極めてから使え』とな」
「えっ?」

 通信は元准将の方から切られた。再度繋げようと思ったが、会話が終了したと分かって近づいてくる中佐の姿が目に入ったためその手を止めた。その顔は妙に晴れ晴れとしている。俺が准将の話と中佐への伝言を告げると、小さく何度も頷いた。

「あの方ならば最初の挙動で、ウエスカが俺の操艦だとお分かりいただけただろう。途中で浴びた戦艦の砲撃が外れたのは、おそらくわざと外したのだと思う。まだまだ対艦戦闘で俺は、あの方の域には達していない」
「では今回の戦いは、元准将が手抜きされたとお考えですか?」
「いやあの一斉射だけだ。あの一斉射以外には明確に殺意があった」
「では何故、准将は降伏なさったんでしょうか」

 明確に手抜き、勝利は譲られたものと中佐に言われ、俺は腹が立った。運よく勝利し生き残ったことを素直に喜ぶべきだと頭では分かっているが、腹の虫がおさまらない。体の若さに精神が引きずられているのか。俺の理不尽な怒りをぶつけられたカールセン中佐だったが、顔には笑みが浮かんですらいる。それは知己を得て数か月経って初めて見た中佐の屈託のない笑顔だった。

「貴官でもそういう顔ができるのだな、と思うと可笑しくてな」
「小官とて人間です。感情はあります」
「手抜きとは言い方がまずかった。わざと外したのは、俺の存在を確認する為だろう。アドリブを求められる状況下の艦運用において、その操艦には指揮官の抜けきれぬ癖というモノがある」
「査閲部に在籍していた時、伺ったことがあります」
「あそこにいる名手達は到達している次元が違う。恐らくは降下即応砲撃を見て疑問に思い、砲撃回避の初手にJターンを使うかどうか判断するために一斉射したのだ」
で、あればもう一つの疑問が浮かぶ。
「では元准将は相手がカールセン中佐だから降伏したと?」
「それはあの方の内心だが、察するにそれはない。戦艦への集中砲火を見て、逃走は叶わないと判断したからだ。つまり部隊訓練を含めた貴官の作戦指導に対して、あの方は負けを認めたのだ」

 愉快に笑いながら士官学校出のエリートの俺の肩を叩くカールセンという、原作アニメではまず見られなかった代物に驚きを覚えつつも、胸の奥で安堵した。

元准将が昔と変わっていなかったことを、カールセン中佐が心底から喜んでいるということに。

 
 

 
後書き
2020.05.22 事前入稿 
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