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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第37話 官僚

 
前書き
ブロンズ准将の鹿毛頭が禿げたらJrの責任だと思います。
ヒロイン……ではたぶんないんじゃないのかな。きっと。 

 
 宇宙暦七八七年一〇月下旬 マーロヴィア星域 メスラム星系

 取りあえず助っ人が来るまでは、作戦実行までの下準備に勤しむしかない。

 通常哨戒任務の報告書と過去の報告書を照らし合わせて海賊の根拠地を類推したり、星域の現在の経済状況と作戦による影響、運行する主要星間輸送会社の内情確認等々、リンチの指導下で散々徹夜したことを思い出しながら作戦の修正を続けた。

「この部屋で作業するのは気分転換に丁度いいんです」

 ビーフジャーキーを嚙みつつ行儀悪く椅子に半分胡坐をかきながら、ファイフェルは俺に言った。このド辺境星域にファイフェルの同期卒業生はいない。もしかしたら同い年の専科学校の卒業者はいるかもしれないが、一日の大半を司令部に詰めているファイフェルと出会う機会はまずない。

 だからというわけではないが、ファイフェルは副官業務が終わると俺の執務室(極小)に、酒とつまみを持ってきては作戦案の手伝いに来る。それだけだと体に悪いからと俺が野菜ジュースや栄養補助食品も用意してやるのだが、買うのは司令部内のPXなので補給部を中心に『わけの分からない噂』で盛り上がっているらしい。呆れてしまうが、統括する上官が収賄容疑で拘束され意気消沈している女性の多い補給部が、そのネタで盛り上がっているならしばらくほっておこうと考えている。

「軍の人事は軍で解決できますが、やっぱり行政府側の協力者についてはどうしようもないですね」
「民間人にモンシャルマン大佐の軍隊式身体検査を受けさせるわけにもいかないしなぁ」
「『包装紙方式』しかないんですかね」

 相手が海賊である場合でも、軍管理星域(大半が帝国との国境付近の戦闘領域)以外での軍事行動は、管轄行政府と警察組織へ作戦を伝達する必要がある。現在マーロヴィア星域には『対海賊作戦』が恒常状態となっており、今更作戦内容を伝達する義務はないのだが、俺の立案した作戦案では、護送船団方式など行政府側の管轄事項にも関与することになる。ファイフェルの言う『包装紙方式』は既存の『対海賊作戦』の表紙は変えずに中身だけ別のものにするというやり口だ。前例がないわけではないが、あまり褒められた手ではない。

「そうするにしても信頼できる行政府の役人。しかも上位者告訴権を有しているレベルでの協力者は必要だな」

 ハイネセンから四五〇〇光年。同盟きってのド辺境星域。公選中央議会代議員は既定最小限の一名。行政長官と三名しかいない地方評議会議員のみが公選で選ばれ、他の長官職は現地採用と中央からの派遣官僚で半々。信頼できるできない以前に、協力対象の数が少ない。海賊組織も中央に比べれば貧乏な組織だから、それなりに人選を絞って取引するだろう。

「現地採用者と公選者を対象外とするなら、協力者は検察長官か経済産業長官となるんだろうが……」

 検察長官のヴェルトルト=トルリアーニ氏は六〇代後半の男性。マーロヴィア星域に検察補佐官として中央から派遣されて二〇年。この地で管理官・参事官・次長と昇進した人物だ。その二〇年で傘下の警察組織が検挙した海賊はわずかに三。軍や警察内部に海賊の協力者がいて、戦力不足故の結果と見るべきか。当の本人にも海賊の触手が伸びてる可能性は高いが、それでも地方治安維持の経験と膨大な星系情報を持つ捜査のプロフェッショナルに違いはない。

 経済産業長官のイレネ=パルッキ女史は三〇代前半の女性。前職が財政委員会事務局主税課課長補佐付係長という輝かしいキャリア中央官僚。ハイネセンで何かやらかしたらしく、半年前に着任したばかり。本職である財政・税務をめぐって現地採用の財務長官であるマイケル=トラジェット氏と激烈な対立関係にあり、酒場でも噂になるほど自治政府内で浮いた存在になっている。だがそれはキャリア官僚らしい整理された頭脳と的確な指示で、他所に口を挟めるほど経済産業局を能率的な組織にした結果ともいえる。

「多少の情報漏洩を含めて経験豊富な検察長官か、海賊の手は伸びてないと思われるが経験不足な経済産業長官か」
「筋から言えば検察長官なんですが」
「そうなんだよな」

 ただ今回の対海賊作戦は、『家を焼く』と『足を切る』の両方を同時に行う作戦だ。僅かな情報漏洩があっても海賊の一掃はできるかもしれない。だが掃討することはできない。そして最終目標は海賊を掃討することだけではない。

「作戦だけでなく、今後のこともある。もう一人の方に会ってみるよ。作戦の細かいところまで説明するのは、新任の情報将校が来てからだな」
「噂通りでなければいいですけどね。美人だそうですし」
「それは厭味か? 何だったら代わってやってもいいぞ、ファイフェル」
「ビュコック閣下の面倒を見なければなりませんから、謹んでご遠慮申し上げます」
「老人介護は大変だな。だが若いうちに苦労するのはいいことだ」
「口止め料はタフテ・ジャムシードのコーン・ウィスキーでお願いします」

 すっかり酒の味を占めたファイフェルは、そう言って空になったショットグラスを俺に向かってかざすのだった。



 パルッキ女史のアポイントは二日後。余程暇なのか、すぐにでも庁舎に来いと言わんばかりの喰いつき具合だった。中央でバリバリやっていたキャリア官僚にとってみれば、人口二〇万以下の極小自治体における業務などさして難しくはない仕事なのだろう。まして経済はどん底、産業と言われるほどものすらない無駄に広いド辺境だ。手持無沙汰だったのかもしれない。

 マーロヴィア星域管区司令庁舎と比較にならないほど小さな二〇階建てビルの一室。マーロヴィア経済産業庁舎の長官公室で、女史は待っていた。

「前々から貴官とはお話したいと思っていたのよ」

 渡りに船だったわ、と言って長すぎる足を組んでコーヒーを飲む姿は、ファッションモデルですと自称してもあながち間違いではない。長身で丸顔。ぱっちりとした二重瞼に濃い群青色の瞳。頭の後ろできつく纏めたブラウンの髪がブロンドだったら、金髪の孺子女バージョンというべきか。姉君と明確に違うのは憂いる表情とか瞳の色とかではなく……典型的『ファッションモデル』なスタイルということ。

「大尉、視線が胸に向かっているわよ。貧相で悪かったわね」
「いえ、むしろそちらの方がスラっとしててかっこいいですよ」
「ありがとう。でもそれセクハラだから、今後は気を付けてね」

 女性は男性の視線に敏感というが、おそらくは彼女にとってはお決まりのネタなのだろう。耐えるとか過剰に反応するいうより、鼻で笑い飛ばすというスタイルなのか。地球時代から綿々と生存するセクハラ親父議員も、逆に鼻白むに違いない。

「さてお遊びはこれまでとして、ボロディン大尉。本日のご来訪の要件をお伺いしたいのだけど」
「星域における治安維持について、現在司令部で新案を検討しているのですが、特に経済産業分野においてご協力を願う件についてです」
「マーロヴィア経済産業庁が軍の作戦に協力できることなんてないとは思うけど?」
「管区軍司令部は今後当星域を通過するすべての商船について、可能な限り軍艦による護衛船団下に組み込めるかどうか検討しております」

 俺の返答に、それまで笑みすら浮かべていたパルッキ女史の顔が急激に変化していく。まずは目から、そして顔から、およそ感情という感情が消えていく。恐らく彼女の目に映る俺の顔も同じようにドライに変化しているだろう。官僚と軍人。立場職責は異なれども、お互いにリアリズム教の下僕だ。頭の中で整理しているのか、数分間壁に掛けられた小さなスミレの絵を見つめた後、俺に鋭い視線を向けて言った。

「……無茶な要求ね。軍が産業の基幹たる商船航路を統制しようということかしら?」
「統制するつもりはありません。軍艦による護衛を付けることで、より安全な運航を保証することが目的です」
「護衛を付けない商船の安全は保障しない。そう言外に運航側の萎縮を求めているのだから、統制以外の何物でもないわ」

 パルッキ女史の言うのはまさに正論だ。ブロンズ准将も言っていたように、護衛船団は直接航路封鎖するような民間航路の軍事統制ではないとはいえ、宇宙航海法の航行の自由及び統制条項に抵触する恐れがある。

 ただし原作における救国軍事会議がハイネセンで実施した経済統制とは異なり、護衛船団下に入るよう強制するものではない。また通信統制も実施しない。
 そして前提条件として正反対なのが、ハイネセンは一惑星だけで一〇億人居住し生産よりも消費がはるかに大きい星系であるのに対して、メスラムはたった一五万人。基幹産業が宇宙船装甲用材と液体水素燃料製造と農業で、総量としての規模は小さいが、消費よりも生産がはるかに多い。
 ありえない話であるが、仮にマーロヴィア星域が同盟から切り離され経済封鎖をかけられたとしても、餓死者を出すことなく星域の経済を独自に回すことができる。恒星間航行も高度先端医療もない太陽系時代に戻り、カロリー維持だけの貧しい前近代的生活に耐えることができるのであれば。

「長官の御懸念ももっともですが、現在管区の有する艦艇数で、同盟領域最悪と言われる運航被害率を改善するには、護衛船団を編成するが最も効率が良いと小官は結論に達しました」
「それは軍の都合でしょう。あなたがしなければならないのは、速やかに統合作戦本部防衛部に艦艇の増援を要請することであって、星域経済産業庁に護衛船団を強制することではないはずです」
「星域開闢以来の星域統計とここ一〇年の星域輸出入・商船運航記録をもとに、『時刻表』を作ってみました」

 経済産業庁自身が公開しているデータと軍の有するデータからファイフェルと俺で組んだ、現在の経済規模を維持できるだけの商船をなるべく時間のロスなく運航できる護衛船団のダイヤグラムを、ソファの向かいに座る女史の手元に置いた。船団のうち二割が海賊に襲われるという安全率も見ている。

 わずか数枚のレポートではあるが受け取った女史は、まるで出来の悪い生徒の宿題をチェックするような女教師のようにじっくりと読み進める。カチカチという秒針の音だけが公室内に響く。五分後に秘書官の一人が様子を窺いにノックして入ってきたが、女史のひと睨みと本日の業務はすべて明日に切り上げるという命令で退散してしまう。

 たっぷり二〇分後。女史はレポートを机の上に置いて、目頭を押さえて深く溜息をついた。

「なんでこういう話が経済産業庁や行政府政策立案局ではなく、よりにもよって軍部から出るのかしら……ほんと辺境の、ド田舎役人共の不作為には腹が立つわ」

 おそらく護衛船団という考え方は、女史が赴任する以前の両当局も計画立案していたことだろう。だが海賊に繋がっている人間が居そうな軍管区あるいは庁に、協力を求めるというリスクを考えていたに違いない。これは相互不信というべきであって、俺としては女史の言うように以前の両当局者を非難することはできない。そのあたりを察しきれないところに、女史と辺境の田舎役人の間に意思疎通や感情的な反目が感じられる。だが今はそれを女史に言う必要はない。

「ご苦労されているようですね」
「あなたみたいに部下で大して苦労もしてない若造に何が分かるというのよ。知ったかぶりするんじゃない!」

 バンバンと女史が低いテーブルを叩くと、女史と俺のコーヒーカップが音を立てて小躍りした。先ほどまでの官僚的な口調はどこへやら。ヒステリー一歩手前のキレ具合だ。バリバリのキャリア中央官僚が、こんなド辺境に流された要因はどうやらその辺りにあるのかな、などと余計なことを考えつつ女史が落ち着くのを待ってから話を切り出した。

「これはあくまでも軍部からの提案です。経済産業庁にて詳細をご検討いただき、近々に軍管区司令部と連名にてマーロヴィア民主評議会と行政長官連絡会議に諮っていただければと」
「軍人にしてはよくできてるとは思うけど、幾つか要素計算を間違えているわね。この起算は帝国軍を相手にしたものでしょう。国内民生の範囲ではもう少し弾力性を持たせないと時間ロスが大きくなるわ」
「その辺りのフォローもお願いいたします。それとですが……」
「まだあるの? こんどはなに?」

「まだ計画段階なのですが、近々にメスラム星系の小惑星帯において、大規模な機雷掃宙訓練を実施したいと考えておりまして」
「馬鹿じゃないの! あんたたち軍部は!」

 せっかくセットされた頭を掻きむしってソファから立ち上がった女史の叫声は、先程の比ではなかった。
  
 

 
後書き
2020.05.22 事前投稿 
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