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ソードアート・オンライン ーBind Heartー

作者:睦月師走
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黒の剣士と蒼衣の少年

 
前書き
休み一日使って書きました。
明日も朝早いのに、計画性もストックも無く書いている睦月でございます。
今回はアニメとは違い、原作の序盤のお話から始まります。


それでは本編を、どうぞ! 

 


乱れた呼吸音と止まる間のない足音が、石の床と壁に反響し続ける。
ほの暗い通路をマップが示すとおりに走り続けてはいるが、まだ出口にはたどり着かない。
急がなければならない。
視界の左上では己の生命線であるHPバーが、残された三割の数値を赤く点滅させて警告してくる。外部からの攻撃をあと一撃でも受ければ、間違いなくこのゲージは空になる。そうなれば、自分は確実に死んでしまうだろう。
そのことを考えたとき、死の恐怖が冷気となって背中を撫でた。
ダメだ。それだけは、絶対に嫌だ。
恐怖は小さな怒りに変わり、彼の歩調をさらに加速させる。敏捷度パラメータの許す限りの速度で、必死に逃げる。
そうすることで、ようやく迷宮区の出口を見出した。
しかし、運命とは、ときとして残酷な試練をもたらすものだ。
突然、目の前の横穴から現れた、赤い光が鼻先をかすめた。
反射的に停止しようとしたところで足がからまってしまい、視界が縦に回転する。床を転がり、起き上がろうとしたところで、その姿を見つけた。
トカゲと人間をたしたかのようなレベル74モンスター、≪リザードマンウォリアー≫は、彼を見下ろして笑っていた。
その意味も、直後に理解する。
リザードマンウォリアーの手に握られている鉛色の戦斧(ハルバート)は、彼の頭上めがけて、今まさに振り降ろされるところだったのだ。
ダメだ。ここで死ぬ。他のプレイヤーのようにバラバラになって、ナーヴギアによって脳を焼き切られて、終わる。自分の、いままでが、全て消える。
リザードマンの咆哮と共に、殺意の光をまとった戦斧は、急速に動き出した。




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その光景を、暗い場所から見ていた俺は、自分でもわかるくらいに笑った。
これが、俺の目的に近づくための大いなる一歩になると確信して。






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俺は走る。
迷宮区特有の石の床を蹴り、背中から-愛用の片手用の両刃直剣を引き抜くと同時に、攻撃モーションへと入る。
狙うは、戦斧を振りかぶる巨大なトカゲ男、リザードマンウォリアーの背中だ。

片手直剣 単発重攻撃技 ≪ヴォーパル・ストライク≫

真っ赤なエフェクト光を帯びた俺の右腕はジェットエンジンの如き唸りをあげ、鋭く突き出された。
背後から命中した≪剣技(ソードスキル)≫は見事にクリティカルヒットして、派手なエフェクト放って、緑色の鱗と筋肉を一瞬にして貫く。その頭上にあるHPバーは一気に削れていき、すぐにドットも残すことなくゼロとなった。
リザードマンウォリアーは一瞬だけ動きを止めたかと思うと、すぐにガラスが割れる効果音と共にポリゴンのかけらとなって周囲に飛散した。
それに脇目も振らず、俺は腹這いなって倒れているプレイヤーへと目を向ける。
細身のプレイヤーはさっきのリザードマンウォリアーのように爆散することはなく、頭上に見えるHPバーも赤い危険領域に入ったところで停止していた。
どうやら、間に合ったようだ。
この迷宮区に棲息する強敵、≪リザードマンロード≫との単独戦闘を終え、帰り道についていたのだが、先ほどのモンスターにとどめを刺される直前のプレイヤーを発見して、急いで駆けつけてきたのだ。
幸いなことに、リザードマンウォリアーはここではレベルの低いモンスターに属するので、一撃で仕留めることができた。
ひとまず安堵の息をついた俺は、いつものように剣を左右に降ると背中の鞘に納める。しゃらっという金属音が、七十四層の迷宮区に反響した。
それまで唖然としていたプレイヤーは、はっと我に帰ったようで、慌てて目の前で立ち上がる。
そこでようやく、そのプレイヤーの全容が確認できた。
やや色素の抜けた髪は癖っ毛なのか、まるで自己主張するアンテナのように一本だけが跳ねている。その顔つきはまだ少年らしい幼さを残していて、少し小柄なこともあって俺より年下のような印象だった。
まとった装備には金属の防具らしきものはほとんどに見当たらず(俺も人のことは言えない)、深い青色の薄着に同色の腰布。黒いズボン。申し訳程度に巻かれたダークグレーのロングマフラーが特徴的だ。唯一革製なのは肘まである穴あきグローブにブーツ、そして剣帯くらいのもので、腰の後ろには鞘に納められた曲刀がある。

「た、助けてくれて、ありがとうございますっ! ホントに助かりましたっ!」

少年プレイヤーは風切り音が鳴りそうなくらいの勢いで頭を下げてくる。
その正直すぎる行動に、俺は若干たじろぎながらも訊ねた。

「いや、それは構わないけど……。君、転移アイテムか回復アイテムは持ってる? 早く回復しておかないと、ここじゃすぐやられるよ」

「あっ、……実は使い切っちゃって持ち合わせがないんです」

あはは、と苦笑いを浮かべて頬をかく少年に内心で呆れながらも、俺は右手を真下に振ってメインメニューを開く。
その中からアイテム欄のタブをタップし、まだ残っている回復用のハイ・ポーションを数個選択。オブジェクト化させたそれを掴んで少年の前に差し出すと、彼はそれをきょとんと見つめる。

「使いなよ。ひとつでも使えば、全快まで回復できると思うし」

「え……。い、いいんですか?」

このSAOの世間一般では、甘い話には必ず裏がある、というのが常識となっている。
しかし、この少年剣士の反応はどちらかというと本当に遠慮しているように見える。
今時珍しい奴だな、と感じながらも俺はこくりと頷いてやった。
するとそいつは申し訳なさそうにしていたが、やがておずおずとした手つきでアイテムを受け取る。
早速その小瓶を開くと、「いただきます」と俺に頭を下げ、一気に煽って中身を飲み干した。
これで五分もすればフルに回復できるはずだ。残りの分は、予備としてあげることとしよう。
無論、このポーションもタダではないが、HPを一瞬で全回復させる≪回復結晶≫と比べれば安いものだ。
空になった小瓶と残りのポーションをポーチにしまい込むと、少年プレイヤーはふぅ、と一息ついて再び頭をふかぶかと下げてくる。

「すいません、何から何までお世話になってしまって。ホントにあり……あれ?」

そこまで言いかけた少年剣士は、何かに気づいたように言葉を止めた。
そして、俺の姿を爪先から頭の先までまじまじと眺め始める。さらには、ぐるりと背後に回って背中の剣を見つめたり、装備している漆黒のコートの裾を持ち上げたりしてきたのだ。
流石に何事かと思った俺は、慌ててそいつから飛び退いた。

「な、なんだよいきなり」

他人の格好や装備をじろじろ見るなどのとこは、このSAOにおいてもマナー違反とされる行為だ。特に、女性にそれを行ったら、即刻ハラスメント行為とされて訴えられかねない。そうなれば、すぐに牢屋にぶち込まれることとなる。
それだけでなく、装備品とはこの死と隣り合わせの世界ではプレイヤーの命を左右する大事な生命線なのだ。そんなものを、おいそれと他人に触らせることなど出来ない。
しかし、件(くだん)のプレイヤーはそれを理解したような様子もなく、棒立ちのまま俺に視線を向けているだけだ。
しかし、よく見てみればその手は小刻みに震えていて、大きい瞳もわなわなと揺れていた。一体全体、さっきから何だっていうんだ。
やがて、そいつはきれぎれに言葉を紡ぎはじめた。

「く、黒いロングコートに、盾なしの片手剣装備……。も、もも、もしかして貴方は……」

その落ち着かない指先で俺を差し、さっきまでとは違うトーンの声で、口にした。

「攻略組の≪黒の剣士≫ーーキリトさんですか!?」

「………………」

なんだか、面倒な予感がする。
別にここで「人違いだ」と言ってしまってもいいのだが、この現在最前線となっている七十四層の迷宮区にいることから、すぐに嘘だとバレるのが見に見えた。とりあえず、俺は自分の身分を明かすことにする。

「ああ、そうだ。だからどうした?」

威嚇するように、強めに言い返してみた。これにビビって、少しでも関わらないようになってくれれば、ソロプレイを中心として活動している俺としても助かる。
ーーだが、それはどうやらまったくの逆効果だったらしい。
俺の言葉を聞いた目の前の少年剣士の瞳からはわななきが消え去り、代わりにキラキラとした輝きが現れたのだ。
SAOでの感情表現はオーバー気味に設定されているが、ここまであからさまな羨望の眼差しは初めて見た。本当に光が瞳から飛び出しているようだ。

「すっっっっっげえぇぇぇぇぇぇぇぇ‼ 本物だ! ナマのキリトさんだ! 最前線にいれば会えるかもとは思ってたけど、まさかホントに会えるなんて!」

何にそこまで興奮しているのか、いきなり大声を張り上げた少年は両手を勢いよくぶんぶん振り回す。先ほどまで命の危機にあっていたとは思えないはしゃぎっぷりだ。
うげっ。これはますます面倒なことになりそうだ……。

「おっ、俺、キリトさんのファンなんです! あのっ、突然ですけど、サインもらってもいいですか!?」

「やるか! ていうか持っとらんわそんなもん!」

素早くオブジェクト化させて差し出された羊皮紙とペンを、俺はぐいっとそいつに押し返す。顔にぶつかって「もぶっ」とうめき声のようなものが聞こえたが、こうなれば、もはやマナーもへったくれもあったもんじゃない。

「だいたい、何なんだよお前は!? こんなところに一人で、≪転移結晶≫持たずに!」

ろくな準備もなしにソロでこの前線のダンジョンに入ることは、誰がどう考えたって自殺行為に等しい。でなければよほどの馬鹿だ。
くしゃくしゃになった羊皮紙を顔から引き剥がしたその馬鹿丸出しの剣士は、再三ガバッと頭を下げた。

「すいません。そういえば名乗るのが遅れていましたね」

興奮の熱で乱れた調子を整えるかのように、こほん、と一度せきをする。そして、ニコニコ顏で名乗ったのだ。

「俺、トーヤっていいます。以後よろしくお願いします」

言ってやりたいことが山ほどあったが、その少年ーートーヤのマイペースさに、そんな気も削がれてしまっていた俺であった。



 
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