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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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最終話 私たち、彼の理想を守ります。

 ラインハルトは帝都オーディンを見下ろす静かな丘に来ていた。そこには一つの墓がある。傍にキルヒアイス、そしてアレーナ、アンネローゼがいた。
 澄み切った青空に小鳥がさえずりかわしている。
 墓碑にはこう書かれていた。

 我が姉
 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト 465―488
 
 ラインハルトは生前にさかのぼって、帝国軍三長官の称号及びローエングラム終身名誉幕僚総監の地位をイルーナに与えたが、それでも彼の胸は晴れることはなかった。どんな地位名誉称号も「姉」の呼称には及ばない事に気が付き、あえて墓には彫らなかったのである。

(イルーナ姉上、私にはもう失うものはありません。そして遠からず私も姉上の下に行くでしょう。その時に私は胸を張って姉上と会うことができるでしょうか?)

 墓前に花束をささげたラインハルトは立ち上がり、キルヒアイス、アレーナ、アンネローゼを見た。

「大丈夫です、イルーナ様はラインハルト様の成したことを見ていらっしゃいます。そしてきっと笑って出迎えてくださるでしょう」
「あなたたちが泥だらけになって帰ってきたとき、アンネローゼ、イルーナ、私は怒りもしなかったじゃないの」
「イルーナならそうするわ」

 アンネローゼはラインハルトに微笑むと、そっと墓碑に触れた。

「あなたは弟に本当によくしてくださいました。私にはそれで充分でした。私たちの結婚をあなたはどう思うかしら?」

 アンネローゼとキルヒアイスは翌日結婚式を挙げることになっていた。その前日にそろって4人で墓を訪れたのである。

(私は何も気にしていないわ。ラインハルトの力になれたこと、それこそが私の人生の中で最大の幸福でした)

 不意に声なき声が聞こえた気がしてアンネローゼは顔を上げた。そしてそれが自分だけに聞こえたものではなかったことが他の3人の顔を見て知った。

* * * * *

 ラインハルトに死期が迫っている――。
 それは日増しに色を失っていく顔色からだけでもすぐにわかることだった。だが、彼は依然として健康であった日々と変わらぬように政務を見続け、カロリーネ皇女殿下、アルフレート、アレーナ、キルヒアイスらと共に尽力を尽くし続けたのである。
 そして、ある程度めどがついたところで、ラインハルトは引退を宣言した。引継ぎが終わり、後を託し、彼は宰相府を出て、さらには自らの司令部を閉じたのである。

「ローエングラム公」

 部下幕僚たちがすっかり荷物を運びだし、がらんとした執務室に佇んでいたラインハルトは振り返った。彼はいつものように帝国軍服を着用し、純白のマントを羽織っている。
 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが立っていた。何かを言い出しかねているような顔にラインハルトは穏やかに話しかけた。

「フロイラインには世話になったな」

 はっとした顔をヒルダはラインハルトに向けた。

「よい。あなたはここにいるべき人ではない。あなたの居場所はあちらにある。これからは新生ゴールデンバウム王朝の一員としてその力量をつくすべきだ」
「お許しくださいまし。随分悩みました。まるで閣下を置き去りにしてしまうと――」
「沈みかけた船から退去するネズミのように、か。いや、冗談だ。あなたにはあなたの道を進む権利、そして義務がある。私があなただったとしても同じ道を選んだだろう」
(結局のところ、私はあまりお役には立てませんでした。ヴァンクラフト元帥、ランディール侯爵夫人、エリーセル元帥、ローメルド元帥、レイン・フェリル幕僚総監、エルマーシュ憲兵総監等、あなたの周りには多くの有能な女性の方々がいらっしゃいましたわ)

 と、ヒルダは言いたかったがなぜかそれをこらえた。ラインハルトは女性だからといって登用するような人間ではない。それはよくわかっていたからだ。代わりに、

「私は閣下にたくさんのことを学ばせていただきました。月並みな言葉ですがそれしか表現するすべを持ち合わせていません。本当にお世話になりました」

 ラインハルトは穏やかな海の色の瞳をヒルダに向けながらうなずき返した。深々と一礼してヒルダは部屋を退出した。入れ違いにキルヒアイスが入ってきた。

「ラインハルト様、出発の用意ができました」
「キルヒアイス、お前俺の代わりに宰相や主席元帥になろうとは思わないのか?望むなら後継者として席を譲ってもよいぞ」
「私の居場所はラインハルト様の御傍です。それ以上のことは何も望みません」
「そうか?俺だけでいいんだな。姉上はいらないのか」
「ラインハルト様!」

 ラインハルトは声を上げて笑った。

「冗談だ」

 ラインハルトは窓の外を見た。穏やかな陽気が帝都を包んでいる。人々は生き生きと行きかい、あちこちで新しい建物が立ちつつある。古きを捨てた新生ゴールデンバウム王朝が動き出したのだ。

「キルヒアイス」
「はい、ラインハルト様」
「俺は見つけ出せたのだろうか。最大多数の最大幸福が何かという答えを」
「・・・・・・・」
「残念ながら、俺は今もってそれを見つけ出せないでいる。そして俺は見つけ出せないまま立ち去ろうとしている。悔いが残るとすればその一点だな」
「ラインハルト様」

 キルヒアイスは思わずラインハルトに声をかけていた。窓から外を見下ろす彼の後姿はあまりにも儚く、すぐに散ってしまいそうだった。彼の存在の有無にかかわらず外は新たな歩みを始めようとしている。ラインハルト・フォン・ローエングラムの存在意義は、その程度の物だったのか。否、とキルヒアイスは思った。

「ラインハルト様は跡継ぎを見つけになられました」
「跡継ぎ?」
「カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム、そしてアルフレート・フォン・バウムガルデンという二人の転生者はラインハルト様のお志を継いでくださいます。必ず」
「・・・・・・・・」
「その跡継ぎが見つかったという事だけで、ラインハルト様はつながれたのです。最大多数の最大幸福の探求の道を未来へと」

 振り返ったラインハルトは眼を閉じた後、見開いてキルヒアイスを見た。

「キルヒアイス。お前が俺の背中を守ってくれたおかげで俺は前を向いて歩くことができた。お前がくれた言葉が俺に進むべき道を探すきっかけとなったことが幾度となくあった。感謝してもしきれないほどだ。俺の生に意味があるとすればお前と出会えたことが間違いなく意味の一つになる」
「ラインハルト様・・・・・」
「いくぞ、キルヒアイス」

 純白のマントをひるがえしてラインハルトは窓から離れた。キルヒアイスは付き従いながら思った。ラインハルトはまだ歩みを止めていない。ただその目標は変わった。自分の生の終幕に向けてどのように行動するかというその一点に変わったのだ、と。

 引退に際しては各方面から彼の麾下が駆けつけようとしたが、ラインハルトはそれを一蹴した。今はそれぞれの職務に専念すべし、その彼の言葉を胸に各提督たちはただ端末からラインハルトに言葉を贈るだけにとどめたのである。

* * * * *

「フィオ」

 ラインハルトが去り、次代の後継者があらたな歩みを進めようとしている。帝都はあわただしい中でも活気があった。そんなさ中でも天候は個々人の気持ちとは裏腹によく澄んで晴れ渡る春の陽光をもたらしていた。穏やかな晴れたある日、ティアナとフィオーナはノイエ・サンスーシのテラスに佇んでいた。

「私たちはよく生き残ってこれたわね」

 しみじみと出た言葉には万感の思いが込められていた。これまで死んでいった人たちのことを思い起こしながらフィオーナは軽くうなずく。

「最初はとても単純な動機だったじゃないの。ヴァルハラで例の爺様に『ヴァルハラでの超一流のバカンスを楽しませてね!』って。ところが今や私もフィオも帝国元帥だもんね。驚いたわ。私なんて前世より出世しているし」
「・・・・・・」
「それが、結局は自由惑星同盟とタッグを組んで教官を・・・・相手に戦うことになった。転生者も原作の登場人物も、敵味方も関係なくよ。ホント・・・記憶に残る戦いよね」
「ティアナ・・・・」

 シャロンを斃したとはいえ、ティアナの心には消えることのない空虚が未だ存在することをフィオーナはよく知っていた。だからこそ未だに彼女の事を教官と呼ぶのだろう。

「そう・・・私の記憶からは消えることのない戦いよ。そして今、この瞬間も、もうすぐ過去のものとなる」
「・・・・・・・」
「ラインハルトが死んでしまえば、一つの時代が終わる。そしてそれは私たちの時代の終わりでもあるわけね。そんな気がしているの」
「ティアナ!?」

 前進、積極を旨とする親友からこのような言葉が出てくるとはとフィオーナは驚いた顔をただ親友に向け続けているだけだった。

「もう、充分なのよ」

 春風が吹き渡る中、澄み切った青空に顔をあげた親友の顔も負けないくらいに澄んでいた。

「少なくとも私はもう戦いたいとは思わない」

 腰に下げていた剣をティアナは軽くたたいた。左手の薬指には指輪が光っている。

「この剣もいずれは家の居間に飾ることになるかもしれないわね。そうなったら腰が寂しくなるけれど――」
『いいえ。まだまだよ』

 二人が振り返ると、そこにはイルーナが立っていた。正確にはイルーナの幻影だったかもしれない。なぜならばそばにジェニファー、アレットら今までに戦って死んでいった者たちが立っていたのだから。

「教官!!」
『二人とも、詰めが甘い・・・と言われても仕方がないわ。むしろ私たちが尽力しなくてはならないのはこれからなのだから』
「どういうことですか?」
『ゴールデンバウム王朝、そして自由惑星同盟を一つにし、そしてその過程でゴールデンバウム王朝を象徴君主制として立憲体制に移し替えること。その作業がどれほど大変なことなのか、そして一歩間違えばどれほど動乱を生みやすい危険なパンドラの箱になるのかを、あなたたちはちゃんと理解しているのかしら?』

 二人はばつが悪そうに顔を見合わせた。こういう時には二人は騎士士官学校の候補生時代に逆戻りし、イルーナは二人を指導した指導教官としての顔に戻るのである。

『ラインハルトの事、そして私自身のこと、私はずっと覚悟していたわ。この世界にやってきたときから、いつかはそうなるだろうと思っていたから』
「・・・・・・・・・」
『だからこそ、ラインハルトの残した思いを、私たち・・・・いいえ次の世代の者たちは彼に代わってかなえなくてはならないのよ。それがあなたたちの生まれた意味の一つであり、これからのあなたたちの生き方となるのだから』
「教官・・・・。」
『そして、それは道半ばに倒れた私たちの思いでもあるわ』

 ジェニファーが言った。イルーナがそれにうなずきながら、言葉を続ける。

『転生者としてなぜ私たちがここに来たのか、それをよく考えなさい。自分たちが持っているその知識や力を正しくどこに振り向けるべきか、前世において私があなたたちに教えなかったはずはないわ』
『はい!』

 期せずして二人はしっかりとうなずき合った。ローエングラム王朝から象徴君主制の立憲体制へと移行する、その過程では当然混乱が起こるし、少なからぬ離反・反乱がおこるかもしれない。そうした時にイルーナたちは戦うのだ。ラインハルトの残した理想を守るために、彼とキルヒアイスとイルーナ、アレーナとの間で結ばれた約束を果たすために。

「教官、皆さま、私たち、約束します。どんなことがあっても、たとえラインハルトがいなくなったとしても、私たち、ラインハルトを守ります。彼の理想を守っていきます」

 フィオーナが澄んだ声でしっかりと教官たちに向けて誓約し、ティアナもその隣でしっかりとうなずいた。

『その心意気や良し。ヴァルハラでの再会の時を楽しみにしているわ』

 ジェニファーが微笑んだ。そして、イルーナたちは陽光に溶けるようにして消えて行った。

* * * * *
 カロリーネ皇女殿下・・・・いや、カロリーネはノイエ・サンスーシのテラスに立っていた。爽やかな風が吹き渡り、陽光が優しく彼女の栗色の髪をなでていく。既に自由惑星同盟の軍人の制服を脱いで、プリンセスにふさわしいドレスに着かえていた。
 戴冠式を目前にしたある日、彼女とアルフレートはフィオーナとティアナに会っていたのである。

「本当に私がラインハルトの遺志を継ぐということでいいの?かつてラインハルトを殺したことがあるこの私が?」
「はい。いずれ自由惑星同盟とゴールデンバウム王朝は一つになります。ラインハルトはあなたもご存じでしょうけれど、遠からず病に倒れる身です。それはラインハルト自身もよくわかっていることですし、彼もあなたに彼の示した道を継いでほしいと言っていました。・・人種、信条を越えた人類の統一を再び成し遂げてほしいと」
「でも・・・・」

 カロリーネは詰まった。ラインハルトの承継者を掲げるのであれば、自分には決定的に足りないものがある。他ならぬゴールデンバウムの血を継ぐ自分がそれを憎んでいるラインハルトの覇業をつぐ資格があるのか。
 ここ最近ずっと悩んでいた。いよいよ戴冠式が近づいてきたときにそれが顕著になった。それを話すと、フィオーナもティアナも顔を見合わせた。そして同時にそんなことは重要ではないと言い切ったのである。

「大切なのはアンタが血筋を継いでいるかどうかじゃないわ。今銀河に必要なのはね、アンタのような存在なのよ。まったく・・・驚いたわ。あの最後の戦い・・・・・最後の最後でアンタがローレライの歌声に加わったことが勝因なんだもの。ヴァルハラの爺様もこんなこと予見していなかったんじゃない?」

 だとすると、とカロリーネ皇女殿下は思う。運命という物は仕掛けた当人ですらも予測できない大きなうねりとなるのだと。

「私たちは自由惑星同盟と帝国がまさか共同戦線を構築して共通の敵を倒すなんてこと、実現できるはずないと思っていたわ。けれど、アンタはそれを成し遂げた。ヤン・ウェンリーとラインハルトが手を組む・・・。ホント、誰もが一度は想像してみたかったことだけれど、それは今まで成し遂げられなかった。それを成し遂げたアンタは、まったく見事としか言いようがないわよ」
「私は――」
「あんたならやれるわよ」

 ティアナが無造作に言った。

「しっかりしなさい。アンタは一応は宇宙を統一してゴールデンバウム王朝を繁栄させた実績もある転生者なのよ。前世がOLだか何だか知らないけれど、今は今。そしてこれから先の物語を紡ぐのは他ならないアンタ自身よ。それとも私たち対転生者用転生者に道を譲る?」
「・・・・・・・・」

 カロリーネは脇に立っている人間を見た。ここまでずっと自分を支え、そして共に歩んできたもう一人の転生者。

「やってみませんか?」

 アルフレート・フォン・バウムガルデンは微笑んだ。

「僕等は前世からは想像もつかないほどの道のりを歩んできました。そしてその道半ばで倒れた人間を多く見ながらそれでも歩みを止めることはなかった。こんな表現をすると非情だと思われるかもしれません。けれど、それは同時にその人々の願いを背負って歩き続けたことを意味していると思うのです」
「・・・・・・・・・」
「原作の銀河英雄伝説は、ラインハルトの崩御をもって幕を下ろしました。けれど、その先にはまだ生き続ける人々が確かに存在し、そして確かに歩みを進めていったのだと僕は思います。だからこそ、僕等は前に進まなくてはならない。他ならない僕等の前にある未来へと、ね」

 その言葉にティアナがうなずきながら、

「忘れないでほしいけれど、アンタたちが変な真似をしでかしたら、それこそ私たちが容赦しないわよ」
「変な真似なんかするもんですか!!」

 カロリーネが叫んだ。

「もう沢山!!これまで散々馬鹿な真似をしでかして、馬鹿な真似を見てきたんだもの。もう充分よ!!いいわ、わかったわよ!!」

 カロリーネは背筋をただした。それはあのローレライ作戦の激戦のさなか、彼女の歌声が全宇宙に発せられた時の姿をフィオーナたちに思い起こさせた。

「ラインハルトの後を継ぐのね?」

 自分の問いかけにうなずきを返したカロリーネを確認したティアナはフィオーナを見た。

「じゃあ、まぁ、さっさとやってしまう?フィオ」

 ティアナにうなずいたフィオーナが剣を抜いて一振りした。何でもない動きなのに、空気を引き裂く音が澄んだ鐘のように二人の耳に響いた。

「カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム」

 フィオーナがあらためて澄んだ声でカロリーネ皇女殿下に話しかけた。

「あなたは・・・ゴールデンバウム王朝の継承者として、そして、この銀河に生きる一員として、ラインハルトの残した道を継ぎ、今後の人類の恒久の平和と発展に尽くすことを誓いますか?」

 カロリーネはアルフレートを見た。若きバウムガルデン家の継承者、そして転生者はカロリーネの手に自分の手を重ねた。

「誓います」

 いささかも迷うことなく、その言葉は確かに発せられた。

「アルフレート・フォン・バウムガルデン。あなたは、バウムガルデン家の正当な継承者として、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムを助け、そして、この銀河に生きる一員として、ラインハルトの残した道を継ぎ、今後の人類の恒久の平和と発展に尽くすことを誓いますか」
「誓います」

 フィオーナの剣が二人の重ねられた手の上に添えられた。透き通った剣の冷たい感触が二人に伝わってきた。

「ここに、ローレライの騎士の名において二人の誓いを受領し、かつそれを見届けることを私、フィオーナ・ウェル・フォン・エリーセルはここに誓います」

 シャリンと銀の澄んだ音がし、かすかな重みが加わった。ティアナが剣を抜いてその上に重ねてきたのだ。

「同じくレーヴァテインの騎士の名において二人の誓いを受領し、かつそれを見届けることを私、ティアナ・シュトウツラル・フォン・ローメルドはここに誓うわ」

 二人の剣が二人の手から離れ、陽光に切っ先が向けられた。きらめく陽光に燦然と輝くその剣は七色の宝珠のようにきらめいていた。

「さぁ。これで逃げ場はないわよ。覚悟はいい?」
「ちょっと、ティアナ。そんな追い詰めるような言い方をしないで」

 不敵な笑みを浮かべている親友を窘めた後、

「大丈夫ですよ。力まず、焦らず、進んでいけばいいのだから」

 と、フィオーナは穏やかに言った。カロリーネ皇女殿下はアルフレートと手を握りながら、二人の転生者騎士を正面から見つめてこういった。

「改めて誓うわ。私たちはラインハルトの残した道を守る。彼の理想を守って後世に伝えることをここで誓うわ。必ず」

 カロリーネの戴冠式が正式に行われたのは、それから間もなくの事だった。帝国暦489年3月1日のことである。
 彼女は、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム1世として、アルフレート・フォン・バウムガルデン大公を夫に、立憲体制の構築に全力を注ぐこととなる。
 そして、フィオーナ・フォン・エリーセル、ティアナ・フォン・ローメルドもまた、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムを輔弼して後の世を支えた人間として記録されることとなった。

 黒真珠の間でカロリーネが帝冠を頭にいただくのをラインハルトは最前列で見守っていた。その傍らにはラインハルトではなく、アルフレート・フォン・バウムガルデンがいる。彼はバウムガルデン公爵としてカロリーネと結婚したが、同時に大公の地位も得た。帝位はカロリーネが継ぎ、彼は補佐として今後政務に励むことが発表されていた。
 
「もう俺の役割は済んだな」

 キルヒアイスの隣でラインハルトが言うのを彼は確かに聞いた。このところラインハルトの健康は特に思わしくなく、戴冠式の今日も病をおしてきていたのである。
 なお、この時ラインハルトには帝国終身名誉主席元帥、大公爵の地位が与えられる旨発表された。彼は形式上それを受領したが、式典の後、すぐにそれを返上した。主席元帥であった期間は時間にして2時間6分35秒。史上最短の主席元帥と後世の記録には残っている。

* * * * *

 ラインハルトは日に日に衰弱し、食事も満足にとれない日々が続いていたが、今は幼少の頃に過ごした家を改装し、そこでキルヒアイス、アンネローゼ夫妻らと共に暮らしている。医師団や従僕たちが付いて彼の世話をしていた。フィオーナやティアナ始め、転生者たちも代わる代わる訪れていたので、家はにぎやかさが絶えなかった。
 アレーナも彼の家に一室をもらってそこで寝起きしながら宰相府に出向いている。政治面でカロリーネやアルフレートを補佐することになったからであった。カロリーネやアルフレートは忙しい合間を縫って何度かお忍びでラインハルトに会いにきた。
 当初固辞していたラインハルトもしまいには「卿らの粘り強さには私も驚嘆する。何もしてやれぬがいいのだな?」と半ばあきらめた様に笑ったのだという。
 また、かつてローエングラム陣営で戦った各提督たちもかわるがわる彼の下を訪ねて見舞っていた。ヤン・ウェンリーも時折ラインハルトを見舞った。珍しいことに、その時はラインハルトは時折声をたてて笑う事すらもあった。居合わせた者によれば、ヤンの珍妙な生活をユリアンから聞かされ笑ったのだという。

「ラインハルト様は悔しくはないのですか?」

 キルヒアイスはある日、こんな質問をしたことがある。ラインハルト自身はずっと独身であり、さらに自分の手で何かを成しえることもせず、後進にすべてを託して去ろうとしている。
 庭のテラスでラインハルトと二人で春の日差しを浴びている時だった。珍しく体調が良いのでラインハルトは外に出ていたのである。もちろんそれでもキルヒアイスの肩を借りなくてはならなかったが。
 ちょうどこの時レイン・フェリルが菓子をもって見舞いに来ていたが、二人だけ残すと庭から姿を消してアンネローゼやアレーナらと話をしていた。「不器用ですが」言葉少なに菓子の入った籠をアンネローゼに渡したレイン・フェリルの顔は真っ赤だったという。

「悔しいとは何だ?いや、お前の言いたいことはわかる」

 ラインハルトの横顔は朝の陽光を浴びてもなお白かった。

「俺の功績に比して、地位、名誉はおろか、俺の存在すら忘れられようとしていくことが悔しいかと聞きたいのだろう?」
「はい」
「全てを俺の手で成し遂げたいと思えたのは俺が元帥になる前までだな」

 ラインハルトは冗談めかして言った。

「いいや、キルヒアイス、俺は幸福だ。最後まで姉上、アレーナ姉上、そしてお前と一緒にいることができる。それこそ俺の望んでいたものだ。どのような地位、名誉があろうとも結局は俺にとってそこに至るまでのただの過程にすぎない。途中奪われたものがあったが最後にそれを手に入れることができた。だが――」

 ラインハルトの顔は陰った。

「イルーナ姉上が側にいてくださればと思う。だが、それももう終わりだな」

 キルヒアイスははっとした。ラインハルトの顔は透き通っていた。まるで綺麗なガラス細工の人形のように――。

 この日の夕方、ラインハルトは昏倒して意識を失った。そして数日間意識がない状態が続いた。

 ローエングラム公重態の知らせは四方八方に飛び、転生者をはじめ主要提督たちは駆けつけ、かわるがわる見舞った。これを知ったカロリーネ、アルフレートは衝撃を受けたが、それでも政務があっていくことができず、やむなく見舞いの使者を出した。
 意識を取り戻すことがなかったので、アンネローゼは提督たちに無言で首を振った。別れを告げるべく提督たちが病室に入る中、ロイエンタールだけは入ろうとしなかった。

「ローエングラム公の無残な御姿を見ることは忍びないからな」
「なら、私もそばに残るわ」
「お前は行っていいだろう」
「いいえ、あなたを一人にすると何を考えるかわかったもんじゃないもの。話し相手は必要でしょう?」
「フン・・・・・」

 しばらくしてから提督たちが出てくると、二人は合流して皆一緒にゼー・アドラーに向かった。

* * * * *

 最後の時が迫っていた――。

 意識を取り戻したラインハルトはふと、枕もとを見た。そこには在りし日のイルーナが佇んでいた。それは幼少の頃の姿であり、そしてゴールデンバウム王朝の軍人であり、最後に自分の元を離れなかったローエングラム陣営参謀総長の姿となった。

「イルーナ姉上・・・・」

 ラインハルトがその白い手をベッドの下から伸ばした手で握ろうとした。イルーナの幻影は、その手を握り返しながら、

『ラインハルト、あなたはよく戦ったわ。とても立派だった』

 帝国宰相、帝国軍最高司令官、帝国最高顧問官ラインハルトにというよりも、彼女たちはあのミューゼル家に戻って、少年少女時代に戻っているかのようであった。

「イルーナが来たのね」
 
 アンネローゼがつぶやいた。アレ―ナとキルヒアイスははっとした顔をラインハルトのそばに向けた。

『あなたは私たちとの約束を果たしてくれた。今度は私があなたとの約束を果たす番よ』

 ラインハルトは透き通る微笑みを浮かべてうなずいた。それ以上正視に耐えられなかったイルーナはそっとラインハルトの手をアンネローゼにゆだね、触れさせた。一瞬前髪の陰に隠れて一筋の光が頬を伝ったのをラインハルトは見た。

『行きましょう、ラインハルト』

 うなずいたラインハルトはアンネローゼを見た。

「姉上・・・」

 ラインハルトはアンネローゼ、そしてアレーナ、キルヒアイスに視線を向けた。もうほとんど彼の瞳には力は残っていなかった。それでも最後の輝きが、あの少年時代そのものの純粋な光が彼の瞳に浮かんで、

「姉上の作ったお菓子を食べましょう。宇宙を統一したら、今度は姉上たち皆で・・・・」

 ラインハルトの右手は、これまで過ごしてきた激動の人生に幕を下ろすように静かに柔らかなベッドの上に倒れたのだった。今しもヴァルハラに向かおうとしているラインハルトの魂は、この瞬間すべての苦痛から解き放たれ、イルーナに導かれ、宇宙に向けて高く飛翔し始めたのだった。子供の頃つかもうとしてつかみえなかった星を、今度は自らの手でつかむために。
不思議なことであるが、この瞬間に帝都オーディンに置いて、大規模な春一番が5分間吹きまくったのだった。だが、天候は一切悪くならず、まるですべての大気が上昇気流と化して宇宙に向けて飛翔しているかのような様相を呈していたのである。
 全てが去った後、人々がいる大広間には静けさだけが漂っていた。宇宙の覇者がなくなったという重すぎる事実を人々はそれぞれ受け止めようと無言の努力を始めていたのである。

「ラインハルト・・・・。立派だったわ」

 アンネローゼに手を貨して、そのラインハルトの右手と左手を交差させてやりながら、アレーナ・フォン・ランディールは最後まで涙を見せなかった。キルヒアイスはただ黙ってラインハルトの顔を見つめていた。
あけ放した窓から心地よい微風が入ってくる。全てを出し尽くした彼はひっそりと憩っているように見えた。

「ラインハルト様、ジークはラインハルトにお仕え・・・・いいえ、共に過ごすことができ本当に幸せでした」

 アンネローゼはそっと彼の手を握った。

 ラインハルト・フォン・ローエングラムがその波乱に満ちた生涯を終えたのは帝国暦491年3月31日、午前10時12分の事である。あたりには陽光が優しく包み、桜の花びらが舞い踊る様は、終息というよりも、新たなる旅立ちの時を現しているかのようであった。

                                             完

 
 

 
後書き
 この話を書き始めてから4年が経ちましたが、どうにか終わることができたことにまずはほっとしています。
 この話は「もしラインハルトに転生者が協力を申し出ていたらどうなったか」というイフの話であり、それを具体化したいと思い書き始めた次第です。
 転生者とラインハルト、相互が影響しあった結果、銀河帝国や自由惑星同盟は今後原作とは異なる未来にたどり着くか、あるいは過程は違えど到達する未来は一緒なのかはご想像にお任せします。
 長い間読んでいただきありがとうございました。 
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