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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百三十九話 あらたな一歩を踏み出すために

 戦ったそれぞれの思惑はどうであれ、戦後処理は必要であった。被害状況はすさまじいものであった。自由惑星同盟の総人口130億人のうち、シャロンの特攻兵器に利用され、または戦乱のさ中死んだ人々は後に計算したところ老若男女総計60億人を越えていたことが判明する。
特攻兵器のみならず、「支配」の及ばない惑星についてはシャロンが片っ端から民衆もろとも破壊していたことが判明したのである。
 ローエングラム陣営が、つまりは銀河帝国が自由惑星同盟に侵攻して以後、戦闘に動員された艦艇は民間船含め総計60万余隻を数え、そのうち50万余隻が撃沈されている。

 他方、銀河帝国においても動員された艦艇は後方支援含め60万余隻、そのうち半数以上が破壊され、7000万人を超える将兵が戦死した。

 双方ともに甚大な被害を出し、その処理と再編に追われていた。特に自由惑星同盟側は民間を含め総動員体制をシャロンによって構築され、人命の過半を失ったのであり、あらゆる分野において大打撃を受けていた。

 そして――。

 これまでシャロンを倒すという一点において共闘連合していた銀河帝国、自由惑星同盟はこれからのことを考えなくてはならない時に来ていたのである。

 決別か、和解か、あるいは――。

* * * * *

 キルヒアイスはラインハルトの居室を訪れていた。ローエングラム公昏倒、の報を聞いた彼は急いで戦線を整理し、事後処理を部下に託すと、バルバロッサを駆ってブリュンヒルトにやってきたのである。

「ラインハルト様・・・・」
「そう悲観そうな顔をするな、キルヒアイス、お前はいつも心配性だな」

 ラインハルトは存外元気そうな様子でベッドに起き上がっていた。そばに付き添っていたエミール少年と医務官たちは一礼して引き下がっていった。

「過労だ。このところ働きづめだったからな。お前もそうだろう?」

 キルヒアイスはラインハルトの顔を見つめた。一見顔色は良さそうだったが、以前とは明らかに違うものをキルヒアイスは見て取った。

「フン、そうか。お前にはごまかせないか。俺自身も俺をごまかそうとしていたがな」
「では・・・・」
「なに、そう焦るな。今日明日中に死ぬというわけではない」

 ラインハルトは身振りで椅子を示し、座れと言った。キルヒアイスはそっと椅子に腰かけた。

「俺の役割はここまでだ。あの怪物を倒し、イルーナ姉上の仇を討った。それで充分だ」
「しかし、それでは――」
「キルヒアイス」

 ラインハルトは穏やかな顔をしてキルヒアイスを見つめた。そのことにキルヒアイスは衝撃を覚えていた。キルヒアイスの知るラインハルトは常に前を、そう、前を向き片時も休むことなくその覇道を突き進んできた存在だったからだ。その背中を守るのが、自分であると思っていたのに――。

「はい、ラインハルト様」
「お前、これからどうすればいいと思う?正確に言えば、銀河帝国と自由惑星同盟はどうあるべきか?」
「・・・・・・・・」
「もとの血みどろの戦いを続けるか?双方どちらかが斃れるまでな。それとも共存共栄を望むか?」

 キルヒアイスはラインハルトを見つめた。彼のアイスブルーの瞳にはどこか面白がっている様子の光が見られた。

「この問題はなかなか複雑だな。双方の民の感情を無視することはできぬ。覚えているか?いや、キルヒアイスはその場にいなかったな、かつて俺が一介の大将だったころ、自由惑星同盟と和平交渉の一員として彼奴等の惑星の一つ、イオン・ファゼガスを尋ねたことがあった」

* * * * *

「自由惑星同盟の方々にとっては、我々は『専制政治の権化であり民衆を搾取する者』というフィルターがかかっている存在だという事を、そして我々銀河帝国にとっては自由惑星同盟の方々は『アーレ・ハイネセンという一奴隷によって逃げ出した奴隷集団の子孫、反乱軍』というフィルターがかかっている存在だという事を、まず理解されるべきでしょう」
「お互いそれぞれのフィルター越しに見られているという事ですか、おっしゃる通りですな、つまりは、互いが歩み寄るためには、まずそのフィルターを取る努力をしなくてはならない、という事ですか」

 最高評議会議長の言葉に、ラインハルトは言葉を続けて、

「フィルターそのものがすべてまがい物である、と私は申し上げてはおりません。一部ではそれはれっきとした事実です。ですが、事実をそのまま受け入れることと、事実を誇大曲解して受け入れること、この両者には大きな差がある、という事だけ申し上げておきます。これを解くには短時間での話し合いでは功を奏しないでしょう」

 ピエール・サン・トゥルーデはうなずきを示した。

「あなたはどうやらこの交渉事の根底にある重要なファクターをよくご存じのようだ。その通りです。異なる文化を持つ者同士が初対面で分かり合えることなど、奇跡に近い事だ。そのようなことが常態化するのは物語の中だけの話です。同じ共同体の中でさえ十人十色の考え方や価値観があるというのですからな」

* * * * *

「――そう、俺は彼奴と話したことがあった」

 ラインハルトは和平交渉の様子をキルヒアイスに改めて語って聞かせた。

「つまりは、自由惑星同盟と帝国とが速やかに恒久的和平を結ぶことは無理があると?」
「そうだ。だが、かといって戦いを再開するのではこれまでの好機がすべて無駄になる」
「好機、ですか?」
「シャロン、彼奴の存在は看過できぬものだったが、考えてみれば彼奴は常人では思いもよらぬ方法で大手術を行って見せた。自由惑星同盟と帝国の双方を殺しつくすことで、互いの戦闘意欲を喪失させるという事をな」
「・・・・・・・」
「自由惑星同盟を60億超殺し、帝国を20億超(フェザーンをいれて、だがな)殺しつくしたのはここ近年の殺戮数では上位に入るだろう。もっともルドルフやその一族、これまでの戦乱の首謀者には及ばないがな」
「・・・・・・・」
「そんな顔をするな、俺は彼奴の所業でさえも活かす。それは過去においてではない。今この時、そして将来のためにな」
「はい」

 ラインハルトは体を動かして身を乗り出し、キルヒアイスの赤毛をいじった。

「自由惑星同盟を銀河帝国は、いや、俺は国家として承認した。その理由がわかるか?」
「はい」
「ならば、俺の腹積もりはわかるな?」
「はい」

 キルヒアイスはうなずいた。ラインハルトは満足そうにうなずき、ベッドに横たわった。

「少し疲れた。俺も眠りたいところだが、後少しやることがあってな。もう少しで来るはずだ」
「???」

 キルヒアイスが困惑していると、エミール少年が訪れ、来訪者を告げた。

「通してよい」

 エミール少年が一礼して下がり、やがて来訪者を連れてきた。それは、カロリーネ皇女殿下、アルフレートだった。背後にヤンとコーデリア、そしてアレーナ、フィオ―ナがいたが、彼らは二人を残して部屋の隅に引っ込んだ。テーブルがあったのでそこに座ったのである。

 どうやら、とキルヒアイスは思った。この話し合いはラインハルトと二人の間で行われるのだろう。
キルヒアイスが立ち上がろうとするのをラインハルトは制した。ここにいろ、という事らしい。そして再び身を起こしたラインハルトは二人に座るように言った。

「改めて名乗りを上げるまでもないな、アレーナ姉上、そしてイルーナ姉上からおおよそのあらましは聞いている」
「ローエングラム公、私たちは、その――」
「そうかしこまるな。過去のことはよい。そして話すべきは今後のことだ」
「はい」

 アルフレートはカロリーネ皇女殿下を見た。ついにラインハルト・フォン・ローエングラムにまみえたというのに、カロリーネ皇女殿下は硬い表情ながらも落ち着いた様子であった。アルフレートはラインハルトを見た。想像していたよりもずっと話しやすそうな感じだった。もっと覇気に溢れ、近寄りがたいオーラを持つ人物だと思っていたのに。

「プリンゼシン・カロリーネ。あなたはゴールデンバウム王朝の血筋であるというが、それは本当か?」
「はい」
「であれば、私とて帝国に籍を置く者、本来であれば階に跪いて迎えるべきところだがあいにくそれはできぬ」
「私にはその資格はありませんから」
「ほう?これは異なことを言う。あなたはゴールデンバウム王朝の血筋と言いながら、その資格がないという、では卿は偽物か?」
「違います。その、私は転生者です。器はそうかもしれませんが、中身はその資格はないので――」
「キルヒアイス、こいつらを下がらせろ!」

 ラインハルトは怒気を浮かべてキルヒアイスに指令した。アルフレートはラインハルトの認識を改めた。やはり彼にはまだ覇気がある。

「ラインハルト様、それは――」
「俺はこのような卑屈な人間と対面するためにわざわざ席を設け、時間を作ってやったというのか、腹立たしい!」
「待ってください」

 アルフレートは我知らず進み出た。ラインハルトはアルフレートに視線を向けた。

「卿はバウムガルデン家の息子だったな、何だ?」
「私たちの前世の癖です。どうしても謙譲という名の卑屈さをまず出してしまいます。ですがそんなものは無用であると気づきました」
「ほう?」
「単刀直入に申し上げます」

 アルフレートは総身が震え、今にも気おされそうだったが、ラインハルトを正面から見つめた。言うべきことを言わなくてはならない。そのためにここまで生きてきたのだ。
 ラインハルトからの面会の話があった時、アルフレートとカロリーネ皇女殿下は長い間二人だけで話し合った。何度も話し合って出した結論、それをぶつけなくてはならない。

「自由惑星同盟と帝国、双方が一つになることは不可能です」
「では干戈を交えることこそ卿の希望というわけか?」
「いいえ、そうではありません。現体制において一つになることは不可能です。ですから――」

 アルフレートは息を吸って、一息に話した。ラインハルトの瞳を正面から見つめた。

「まずは和平を、しかる後に帝国の改革を、最後に双方の併合を、これを提案します」

 ラインハルトはじっとアルフレートを見た。そして次の瞬間大笑いしていた。

「ハハハハハ!!聞いたかキルヒアイス。俺とそう年も違わぬ若造が大層な大事を並べ立ておったわ」
「はい、ラインハルト様」

 あっけにとられているアルフレートとカロリーネ皇女殿下をしりめに大笑いするラインハルトをキルヒアイスは穏やかに見つめていた。

「ラインハルト様は感心されたのです、決してあなた方を軽んじているわけではありません」

 アルフレートはラインハルトが笑い止むのを見て取って「恐れながら」と話し出そうとしたが、ラインハルトに遮られた。

「具体策はよい。大体の方針が聞ければそれでよい。一つだけ聞こう」

 ラインハルトは笑い止んでアルフレートを見た。アイスブルーの瞳が容赦なく鋭いきらめきを発した。

「これは卿の発案か?」
「いいえ、カロリーネ皇女殿下、そして私たちが今までに出会った多くの人たちのおかげです」

 ラインハルトはカロリーネ皇女殿下を、そして背後にいるヤンたちを見た。

「よし」

 ラインハルトはうなずいた。その一言で場の雰囲気が和らいだ。

互いが文字通り命を懸けてそれぞれの「主義」のために戦った物語の幕が下りようとしている。それは同時に新たなる体制に移行するための序曲だったのである。
ラインハルトは一座に視線を移し、その中の一人に目を止めた。

「ヤン・ウェンリー」

 ラインハルトはテーブルに座るヤンに話しかけた。
ヤン・ウェンリーは「敗者」の位置にいるが、ラインハルトをはじめとして誰一人として彼が負けたのだとは思っていなかった。そのヤン・ウェンリーはラインハルトから発せられようとする言葉をじっと待っていたのだった。

「卿は不安そうだな」
「長年自由惑星同盟におり、帝国と戦いをしてきた自由惑星同盟を見てきた身としては当然の不安だと思います」
「今バウムガルデンの息子が話したこと、卿はどう思うか?」
「終着点としては良いと思いますが、そこに至る過程の道が重要だと思います。私自身が批判する立場にないことは承知していますが」
「では、少し手の内を明かすとしようか、いや、その前に一つプリンゼシン・カロリーネ、あなたに尋ねたい」

 ラインハルトの瞳は今度はカロリーネ皇女殿下に向けられた。

「帝室の血は守られるべきものか?」
「いいえ、守られるべきものではありません。人々の最大多数の最大幸福が第一です。しかし、利用はできます」

 ラインハルトは満足そうにうなずいた。

「私の腹積もりを言おう。そしてそれを私は成すと誓約しよう。・・・・現在カザリン・ケートヘンが帝位についているが、これを順序として正当な継承者カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムに挿げ替える。さらに、今後ゴールデンバウム王朝の帝室は象徴的存在となり、国事に関する一切の決定権を放棄する。私も含め王朝に連なる重臣たちもだ。帝国の運営は、以後立憲体制、すなわち議会によって決定されるべき体制に移行する。なお、議会についてはすべて選挙区から民衆自身が選抜する議員によって構成されるものとする」

 初めてヤンの顔に感情の色がうかんだ。だからこそラインハルトは第三者を立ち会わせたのだ。

「すると・・・閣下は帝国をいずれ共和制・・・いや、象徴君主の下の立憲体制にすると、そうお考えですか?」

 ヤンがゆっくりと確かめるように言葉を発した。

「そうだ。だが今ではない。帝国・・・いや、今の体制が最大多数の幸福につながるような恒久的体制の基礎を余が制定し、そのうえで後世に託すのだ」
「つまり、いい土をつくるが、そこにどのような作物を植えるかは、後の者にお任せになると?」

 ラインハルトはかすかに、だが断固たる意志を秘めたアイスブルーの瞳を原作の好敵手に向けながらうなずいたのである。

「それで、よろしいのですか?」
「何か不足があるのか?」
「いえ、私自身は不足などありません。率直に申し上げますと、自由惑星同盟と帝国双方の和平ですら、過分なご処断だと思っておりました。それが――。」
「立憲体制に移行すると、私が発した言葉は卿にとって想定外であったということか?」
「そういうことです」

 ラインハルトは胸元のペンダントをまさぐった。

「ずっと昔・・・・」

 ラインハルトは遠い目をした。

「私がまだゴールデンバウム王朝の一軍人であったころ、キルヒアイス、そしてイルーナ姉上、アレーナ姉上と政治体制の話をしたことがある。よく覚えているが、あの頃は帝国、同盟双方の政治体制では、とても銀河の民が救われぬと話し合ったものだ」
「・・・・・・・」
「長い間考え、考え抜いた結果、私は今言ったことが最良の策であると信じるに至ったのだ。もっとも、ヤン・ウェンリー氏には何か別の腹案があるのかもしれないがな」
「いえ、私は閣下、そしてカロリーネ皇女殿下、バウムガルデン公の御考えに賛同いたします。正直に申し上げれば、私は民主主義は帝国主義に優っていると思いますが、改革を早急に進めるという点では帝国主義が理想であるとも思っています。一つお聞き届けくださるならば、土を耕すのは容易ではないことは承知していますが、願わくば後世の人々が自身の手で好きな作物を植えられる余地のある土壌をおつくりなさってくださいと申し上げるばかりです」

 ラインハルトはうなずいた。

「その点については、考慮する。和平を締結した後、帝国の改革については帝国首脳ばかりではなく自由惑星同盟の者についてもゴールデンバウム王朝に協力してもらうこととなる。異存はないか?」
「ないと、思いますが。個々人の反応を見てみませんと――」
「そうだったな」

 ラインハルトは賛同のうなずきを示した後、急に微笑を閃かせた。

「卿はどうかな?」
「私がですか?」

 ヤンは意外そうに瞬きした。

「卿の才能は大なるはゴールデンバウム王朝・・・いや、今後の全人類にとって、小なるは私個人の友人として、非常に期待しているところなのだ」

 ヤンは困惑したように頭を掻いた。彼自身の希望としては退職して年金暮らしをしたいというその一点なのであるから。

「それに、卿には見届ける義務があるだろう。この先ゴールデンバウム王朝が卿との誓約を遵守し、立憲体制に移行するか否かをな」

 その言葉には何かしら異様な響きがあったので、思わず居並ぶ他の者もヤンもラインハルトの顔を見つめたほどだった。

「卿の居場所が変わるだけで、卿の掲げる理想は変わらぬ。そのようなものにしたいものだ」
「有り難いお言葉ですが、一つお願いがあります。名誉や地位は私には不要です。対外的にはそれ欲しさに降伏したという悪いうわさが流れるでしょう。私自身そのような噂は気にしませんが、私の友人たちが迷惑を被ることは避けたいのです」

 ラインハルトはもちろんだというようにうなずいた。原作でラインハルトがキルヒアイスの墓碑銘に掘った「わが友」とだけ記した言葉の真の意味をフィオーナは今わかったような気がしていた。ラインハルトにとっては名誉、地位、栄光のどれよりも「わが友」という言葉を贈ることこそが、彼と彼を理解できる人間にとっては何よりのものなのだと。

「わかった。卿の言う通りにしよう。私としては卿と時たま話すことができれば、これ以上の喜びはない」
「感謝します、閣下」

 ヤン・ウェンリーは頭を下げたのだった。権力に屈したのではなく、ラインハルトの気持ちに応えるために。


 
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