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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン26 復讐の最終方程式

 
前書き
ちょうどこれを書き上げた前日にヌメロンの情報が公開されました。
あれぐらい色々とぶっ飛んでても「あの」ドンならしゃーないな、となるのも一種の人徳なんですかね。

前回のあらすじ:進化した熱血指導も、あと一歩のところで力及ばず。 

 
「駄目だ」
「どうしてですか、お姉様!」

 断言する糸巻に、ほとんど掴みかからんばかりの勢いで食って掛かる八卦。先ほどのファイナルシグマとアルティメットレーナーの激突の余波でいまだあたりには残り火と煙がくすぶり、あちらこちらから物の焼ける独特な匂いが漂ってくる。
 現在彼女たちがいるのは、炎と衝撃によって半壊状態に陥ったステージの成れの果て。被害の比較的少ないその裏手には、現在も彼女たちのために……そして避難のため誘導される観客たちのために、止める間もなく飛び出していって時間を稼いでいる青年の声が聞こえてくる。

「まだまだぁ!希望識竜スパイダー・シャークの効果発動、ラスト・リザレクション!このカードが破壊された時、墓地のモンスターを蘇生する。甦れ、グレイドル・ドラゴン!」
「グレイドル・ドラゴン?確かそのカードも、破壊された際に水属性モンスターを効果を無効として特殊召喚する効果があったな。儚無みずきによる莫大なライフ回復といい、その蘇生の連鎖といい。くだらない延命だな」
「その延命でちゃんと時間が稼げてるんだ、文句はないね。ほらほら、悔しかったらはやく見せてよワンショットキル。やれるもんならね!」
「……ふん」

 わかりやすい挑発だが、彼女たちに聞こえてくるその声色は硬い。おそらく、彼自身が悟っているのだろう。その防御と延命にも、あまり猶予が残されていないことを。
 糸巻は、だからこそアイツの犠牲を無駄にしないためにもこの戦いはデュエルポリスたる自分の手で終わらせなければならないと決意を新たにする。その考えを察したからこそ寿と笹竜胆の2人はこの場に残るのではなく、あえて観客への避難誘導を買って出たのだ。しかし、少女だけはその考えに、身勝手と知りつつも異議を唱える。

「お願いですお姉様、私にやらせてください!早くしないと、遊野さんだって……!」
「だから駄目だっつってんだ。八卦ちゃんこそ早く行きな、アイツが何のためにあそこに残ったと思ってんだ?」
「それは……でも、私は師匠から……!」
「ああ、そうだな!それで、その師匠は今どうなってる?八卦ちゃんまでああなりたいのか、あん?」

 そう言いつつ、避難の殿を務める寿がおぶっている茶色の物体を顎で指し示す。全身をズタボロに焦がしたそれは、よく目を凝らしてみないと今も微かな呼吸をする生命体だとは、それ以前に人間であることすら気づくことができないだろう。まして、それがつい先ほどまで少女の師匠……夕顔と呼ばれていた男であるとは。仮にこの場を生き延びたとして、彼が立ち直れるかはわからない。あとは医療の進歩と、彼自身の生命力に賭けるしかないだろう。
 少女が言葉に詰まった隙に、話は終わりだとばかりに腕を組んで盤面へと視線を移す糸巻。彼女だって少女の気持ちは痛いほどわかるし、それを少女だって理解していることはわかっている。それでもデュエルポリスとして、時代遅れな前時代デュエリストの最後のけじめとして……いや、そんなものは後付けの理由でしかない。個人的な理由からも彼女は自分が戦うべきだと考えており、間違っても新たな世代を代表するであろう少女をこの最前線に向かわせるわけにはいかなかった。
 もう少しだ。ほんの気休めに過ぎないにしろとにかく避難さえ完了すれば、彼女自身が前に出て戦うことができる。だがそれまでは、彼女には市民の安全を第一に考える義務があり、下手にデュエルの渦中に入り込むわけにはいかない。あんな思いを味わうのは、1度こっきりでも多すぎるぐらいだ。

「ぎゃんっ!ま、まだまだ……!」
「まだ、か。意地を張るのもいいが、随分と往生際が悪いものだ。早く楽にしてやろう」

 悲鳴、そして苦痛を噛み潰したような啖呵。以前のデュエルで感じた彼の実力から考えても、もう長くはもたないだろう。そんなことを考えているうちに、どうにかこの場にいた観客のうち最後の1人を戻ってきた笹竜胆に引き渡す。

「頼んだぞ、姫さん」
「うむ、後のことはわらわに任せるがよい。ほれ、お主もついてまいれ。なに、大丈夫じゃ。『十六夜の決闘龍会』の名において、安全な場所まで送り届けようぞ」

 このテロ計画が完遂すれば、安全な場所なんてものはここら一帯には存在しないのは百も承知だ。しかしそんな事実はおくびにも出さず、不安そうな少女を元気づけるように笑う。

「そういうことさ。さ、あとはアタシらデュエルポリスに任せて家に帰りな」
「あ、あの!」

 ステージ裏へ誘導されつつ、幾度となく振り返ってその場から立ち去ることを躊躇していた最後の1人。眼鏡の少女は彼女らの励ましにも安心した様子はなく、おずおずと声を上げた。

「あの人は、あの人は大丈夫なんですか!」

 目に涙を溜めながら指さす方角からは、断続的に炎が吹き上がったり何かが切断される斬撃音やその感触が伝わってくる。

「竹丸さん……」

 それっきり言葉に詰まる少女と、険しい目つきのまま何も言うことなく視線を逸らす糸巻。誰も何も言わなかったが、その沈黙は十分に答えだった。

「どうして、どうしてですか!?私、デュエルモンスターズは怖いものじゃない、楽しいものだからぜひ見に来てねって、それで、それで今日は……なのに、なんでこんなことになるんですか!?あんなに痛そうに、怒ったり、苦しんだり……ねえ、どうしてなんですか!」

 震え声はやがて感情の昂ぶりと共に、嗚咽混じりの悲痛な叫びへと変わっていく。少女が親友として何か言葉をかけようとして口を開き、結局また押し黙る。デュエルモンスターズの楽しさをこの少女に説いたことが間違いだったというのなら、少女自身もそれは同罪だったからだ。笹竜胆も悲し気に目を伏せ、目の前で起きているこの理不尽への反抗とも取れるその叫びを甘んじて受け入れる。

「どうして、じゃない。だから、さ」

 しかし糸巻だけは、その叫びに真っ向から答えた。爆心地ど真ん中の空気にそぐわない静かな声の調子は、溢れ出る激情を抑えきれずにヒステリー寸前に陥っていた文学少女も怒りを忘れて呆気にとられ、百戦錬磨の笹竜胆も思わずその炎に照らされた赤髪を仰ぎ見る。しかし当の本人は集まる視線をものともせず、正面から疑問をぶつけた竹丸の目を見据えた。

「なんでこんなことに、なんてことはもう問題じゃない。こんなことになった、だからアタシらが動く。それだけさ」
「そんな……」
「乱暴な話だと思うか?でもな、結局アタシみたいにガサツな女には、それしかやりようがないんだよ。いや、アタシだけの話じゃない。大なり小なり、アタシらの時代のプロなんてそんなもんだった」

 そこまで言い切って一呼吸置き、どこか達観した表情で目の前の若者2人を順繰りに見やる。その後ろの笹竜胆の表情は謎めいていて、何も感情は読み取れない。

「そこの笹竜胆みたいに一戦を退いた奴も、鼓みたいにデュエルポリスを選んだ奴も、巴みたいなテロリストになりやがったアホも……道は違ってもどいつもこいつも対処療法ばっかり得意になっちまってな、質の悪いことになまじそれで何とかなってきたもんだから、根元を絶つために原因を考えるなんてことは誰もやろうとしなかった」

 言いながら何を他人事のように、と胸のうちで自嘲する。胸の痛みもお構いなしに言葉を発する自分の口が、まるで自分のものではないかのように感じられた。

「何かがどこかで間違った。もしかしたら、その時に正しく対応できてりゃ今みたいにはならなかったのかもしれない。誰かが根元を断てさえすれば、何事も起こらなかったかもしれない。でもな、アタシらは誰一人としてそうしなかった。そのツケが、こうやって今に回ってきてるのさ」
「……っ」
「だから、こんな馬鹿馬鹿しいことにはアタシらの代でケリをつける。それが未来のある八卦ちゃん、それに竹丸ちゃんだったか?アンタらの代にくれてやれる、せめてものけじめだ。アタシらの背中を追いかけてくるのはいいが、間違ってもその後ろをついてくるんじゃないぞ。アタシらみたいな失敗は、もう二度とデュエルモンスターズの歴史には必要ない。今日のデュエルを見て、少しでも楽しいと思えた瞬間はあったか?その気持ちを大事にして、その瞬間を広げて欲しい。アタシみたいな時代遅れのロートルが、次の世代に言ってやれるのはそれだけさ」

 長身の糸巻は、まだまだ成長期の少女よりも頭2つほど背が高い。軽く屈みこんで眼鏡越しに見える少女の瞳と目線を合わせ、気が付けば普段は決して口にしない心の内をかなり深いところまで明かしていた。そんならしくない物言いには笹竜胆も目を丸くして聞き入っていたが、彼女もそこで茶化すほど野暮な女ではない。
 また少し間隔を置き、ちらりと肩越しに後ろを振り返る。いまだ戦闘音が断続的に聞こえてきてはいるが、それも先ほどまでに比べればだいぶ減ってきていた。決着が、いよいよ間近に迫っているのだろう。

「ま、それだってアイツにゃ全く関係ない話のはずなんだけどな」

 その言葉は、口に出すことなくそっと飲み込んだ。実際その場の雰囲気で流しはしたが、今現在戦闘真っ最中のあの男、遊野清明は彼女があれこれ並べてみせた御託とは全く関係ない。アタシもズルい大人になったなあ、口の端を歪めて皮肉に笑う。利用できるものは何でも使う、つまらない人間。たとえそれが、自分自身の良心だったとしても。

「だから2人とも、もう少し離れてな。あとはアタシの時間、選手交代だ!」

 糸巻がそう吠えたその時、まるで図ったかのようなタイミングで戦場でも動きがあった。全身を火傷痕だらけにし、息を切らした清明が目の輝きだけはなおも力強く、彼のもっとも信じるフェイバリットカードへと声をかける。

「これが、最後のチャンスかな。その攻撃力を越えられるのは、今しかない!霧の王(キングミスト)でファイナルシグマに攻撃、ミスト・ストラングル!」

 振りぬかれた霧の剣士の手による魔法剣の一撃が、ファイナルシグマの白熱する刃と切り結ぶ。2つの力は拮抗し、水属性の霧の王に炎属性のファイナルシグマ、その冷却と高熱の力が爆発的な量の蒸気を生み出す。視界の全てが白く塗りつぶされた中で、デュエルの勝敗を分ける声が響いた。

「残念だったな、小僧。トラップ発動、ブレイクスルー・スキル。霧の王を対象に取り、その効果をこのターンのみ無効とする」
「……!霧の王は、自分の効果で攻撃力を決めるモンスター。それが無効にされたら……!」
「攻撃力は元々の数値、0になる。そしてファイナルシグマがエクストラモンスターゾーンに存在するとき、相手モンスターとの戦闘によって発生するダメージは倍になる」

 均衡が崩れる。白い蒸気を断ち切って、二振りの剣のうち片方の切っ先が覗く。その剣の纏う力は、白熱の炎。

「ぐ……!」

 表情を歪め、倒れ込むのを拒否しているかのようにふらふらと数歩だけ前に出て……ひどくゆっくりと、清明がその場に崩れ落ちた。その体が地面に横たわる寸前、駆け付けた糸巻が片手で軽々と受け止める。

「よっと。ったく、無茶しやがって」
「……へーい糸巻さん、駄目ねーやっぱ、こんな慣れないことしちゃ」

 さも平気そうに軽口を叩きつつ、腕の中でからからと力なく笑う清明。立ち上がろうとして失敗し、また受け止められる。無理もないだろう、そう思った。むしろこうやって、虚勢を張れている今の状態こそが異常なのだ。

「わーったわーった、とりあえずもう喋るなよ。おい姫さん、悪い。寿の爺さん、まだその辺にいるだろ?これもついでに病院放り込んどいてくれ」
「仕方がないのう、ひとつ貸しじゃからの。これ司会、早いところ離れるぞえ」

 気分だけでも辺りに入り混じる蒸気の白と煤の黒の煙を追い払おうというのか、ひらひらと袖を振りつつ現れた笹竜胆が腰を下げ、肩に火傷まみれの手を回させてどうにか立ち上がる。酔っぱらいを介抱するかのような頼りない歩調で2人が離れていくのを少しの間見送ってから、ゆっくりと立ち上がってガンを飛ばす。

「悪いな。アタシとしたことが、ずいぶん待たせたみたいだな。さっさとやろうぜ、なあ?」
「朝顔、一本松、ロベルト、青木、夕顔、それに今の若造が遊野、だったか?これまでのすべてが所詮は茶番、デュエルポリス。つまり貴様、そしておおかたこの近くに潜んでいるだろう鼓を焼き滅ぼすまでの前座に他ならないわけだ」
「そしてアンタはその前座相手に粋がって調子乗ったカス、か。まったく、音に聞こえた『ワンショットキラー』様が今となっちゃ不意打ち専門とは、落ちぶれ過ぎて掃除のしがいもないな」

 意地の悪い、皮肉たっぷりの笑顔を見せる。実はここでほんの少しだけ糸巻は、挑発を普段よりもさらに念入りに行っていた。先ほどの避難誘導中、地下の鼓から入った短い通信。

『特定した。お前も後から来い』

 つまり清掃ロボのデータと目の前の男の自白から、この爆破テロ計画の本拠地を突き止めたという訳だ。おそらく今頃彼女は、地下からそこに向かっている最中だろう。この2か所を分断して同時に叩くためには、この男にはもう少しの間だけ鼓がこの近くにいると思っていてもらう必要がある。余計なことに考えが向かないよう、あえてそのヘイトを自分に向けさせたのだ。
 もっとも、そこには自分の趣味が多分に交じっていることも否定しがたいのだが。ともあれ、糸巻の言葉はその期待通りの成果を上げてくれたらしい。デュエルディスクが向けられ、内蔵された新型「BV」の機構がかすかな唸りを上げる。

「「「デュエル!」」……何!?」

 イレギュラーに叫んだのは、糸巻だった。この場所にいるはずの人影は、もう2人だけのはずだった。
 しかし明らかに、響いた声は3つ。そうなると今のデュエルディスクの設定はタイマン専門……バトルロイヤルやタッグデュエルといった特殊な多人数形式での想定は最初からされていない状態のため、必然的に余りが生まれる。対戦相手が存在しなかったことを示すランプが点灯する自らのデュエルディスクに目を落とし、次いで第三者の声がした自らの後方に困惑した視線を向ける。今の声は、間違えるはずがない。

「八卦ちゃん……!」

 青い顔、震える足。それでも精一杯にニッコリと笑い、デュエルディスクを構えていたのは、この場を離れたはずの少女だった。その後ろには小さくうずくまった、しかし目だけはこちらに向けて全てを見届けようとしているその親友の姿もある。

「申し訳ありません、お姉様」
「ほう、これは面白い。どうせこの場にいるのならば、誰から血祭りにあげようとさして変わりはしない」
「……話は後だ、今すぐサレンダーしろ!遊びじゃないんだぞ、八卦ちゃん!」

 冷酷な言葉だが、そこに嘘やはったりはない。やると言ったらこの男は、本当にこんな少女相手であっても容赦なく牙を剥くだろう。それを察し、すぐにダメージを受ける前にデュエルを終了させる数少ない方法、サレンダーを命じた。

「いくらお姉様のお言葉でも、それはできません!」

 しかしそんな糸巻の怒声にも、この少女としては珍しく即座に声を荒げて拒否する。大きく息を吸って少し恐怖も和らぎ落ち着いたのか、乾いた唇をゆっくりと舐める。

「……申し訳ありません、お姉様。私には、何が正しいのかなんてわかりません。ですが、何が間違っているのかはわかります。師匠や遊野さん達を傷つけて、私の大切な友人を悲しませて、何よりお姉様を苦しませて。その原因を黙って見過ごすなんて、私にはできません!」
「だからって……ええい、クソッ!」

 あらん限りの呪いを込めて舌打ちし、もはや使い物にならない自らのデュエルディスクを停止させる。今の短い言葉だけでも、少女の決心の固さは容易に読み取れた。彼女がどれだけ望もうと、もはやこのデュエルは決着がつくまで終わらないだろう。腹立ちまぎれに頭から怒鳴りつけたい衝動をやっとの思いで抑え、代わりにこの状態で打てる最善の一手は何かを模索する。彼女にとって大変遺憾な話ではあるが、下手に否定の言葉を続けて少女の気を散らすのは選択肢としては最悪だろう。
 結局、見ていることしかできないのだ。自分の無力さを噛みしめながら、せめてこれぐらいはと半壊したステージの後ろで小さく震えながら成り行きを見守っていた竹丸の近くへと移動する。もし攻撃の余波などが飛んできても、最悪彼女自身が盾となれるように。

「……いいか、八卦ちゃん。やっちまったもんは仕方ない、だから最後にひとつだけ言わせてもらう」

 その言葉に、少女が小さく振り返る。その目にはこれから起きることへの恐怖と、彼女の言いつけを守らなかったことで見捨てられるのではないか、という質の違う恐怖が混じりあっていた。
 これが終わったら今度という今度はきっちり締めておこうと決意を固めつつも、今だけは少女が無意識に求めている言葉をかけるにとどめておく。そのあたりの駆け引きは、随分と手慣れたものだ。

「八卦ちゃんの腕なら、十分勝機はある。その瞬間の読みを外すんじゃないぞ」
「……はい!」

 効果はてきめん、ぱあっと少女の表情が明るくなる。その純粋さ、悪く言えば単純さが、糸巻には眩しかった。彼女の住む世界はとうに、なにもかもがそんな簡単な話ではすまないのだから。

「私の先攻です。来てください、E・HERO(エレメンタルヒーロー) ソリッドマン!」

 E・HERO ソリッドマン 攻1200

 いまだ黒煙たなびくフィールドに最初に現れたのは、固体(ソリッド)の名を持つ大地のヒーロー。おもむろに足元の地面へとその腕を突き刺すと、地中から植物の蕾そのものの腕を掴んで引き上げる。

「ソリッドマンが場に出た時、私は手札からレベル4以下の仲間を特殊召喚できます。行きますよ、私の信じる最強のヒーロー。クノスぺ!」

 E・HERO クノスぺ 守1000

 まずクノスぺを場に出すことから始まる、お決まりの布陣。先攻1ターン目なためダイレクトアタッカーを出すその行為に意味などないようにも見えるが、それでも少女は意気揚々と自らの信じるカードを選んだ。その脳裏をよぎるのは、先ほど見ていたワンショットキル。それに対抗するための策を、頭の中で組み立てる。

「……カードを2枚伏せます。これでターンエンドです」
「俺のターン。笹竜胆、か。プロデュエリストを倒し、自分の実力を勘違いしたか?あの程度の女を下したところで、自慢になりはしない。子供のお遊びとはわけが違うことを教えてやろう……手札より、使神官-アスカトルの効果を発動!手札1枚を捨てることでこのカードを特殊召喚し、さらにデッキよりチューナーモンスター、赤蟻アスカトルを呼び起こす。ただしこの効果を発動するターン、俺はシンクロモンスターしかエクストラデッキからは特殊召喚できない。出でよ、アスカトル」

 使神官-アスカトル 守1500
 赤蟻アスカトル 守1300

 杖を持つ新歓と巨大な蟻のモンスターを前に、ほとんど反射的に少女はデュエルディスクから墓地を確認していた。捨てられたカードは、ADチェンジャー。墓地から発動してモンスターの表示形式を変更する厄介なカードであり、恐らくは守備を固めようとする相手モンスターを強引に攻撃表示にしてワンショットキルを補助するために選ばれたのだろうことは想像に難くない。

「レベル5の使神官に、レベル3の赤蟻をチューニング。シンクロ召喚、レベル8。炎斬機マグマ」

 ☆5+☆3=☆8
 炎斬機マグマ 攻2500

「さらに魔法カード、儀式の下準備を発動。デッキより儀式魔法、ジャベリンビートルの契約及びそのテキストに記された儀式モンスター、ジャベリンビートルを手札に加える。そして契約を発動。手札からレベル8モンスター、究極完全態・グレート・モスをリリースし、ジャベリンビートルの儀式召喚を執り行う」

 ジャベリンビートル 攻2450

 炎の剣を手にした硬質のボディを持つ剣士の隣に、2足歩行するクワガタやカブトムシのような甲虫じみたモンスターが並んだ。ノコギリクワガタの顎めいた先端の特異な槍を構え、背中の羽根を薄く広げて突撃の指示を待つ。

「そして墓地に存在する赤蟻アスカトル、及び究極完全態・グレート・モス。この昆虫族モンスター2体を除外することで、手札よりデビルドーザーを特殊召喚する」

 デビルドーザー 攻2800

 地響きと共に大地を砕き、地中から赤い巨大なムカデ型のモンスターが無数の脚を蠢かせて飛び出してきた。2本の触覚が獲物となるヒーローの位置を定めると、開いたその口からべちゃりと涎が垂れる。

「上級モンスターを、もう3体も……」
「言ったはずだ、子供のお遊びとはわけが違う、とな。バトル、炎斬機マグマでソリッドマンに攻撃!」

 炎の剣が空気を裂き、灼熱の軌跡が固体のヒーローへ迫る。このまま一斉攻撃を前になすすべなくされるのか、と思われた瞬間、少女は小さく微笑んだ。

「残念ですが、その攻撃は通しませんよ!速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンド!手札を1枚捨ててソリッドマンを墓地に送り、同じ属性を持つM・HERO(マスクドヒーロー)1体を変身召喚します。英雄の蕾、今ここに咲き誇る。金剛の大輪よ咲き誇れ!変身召喚、ダイアン!」

 M・HERO ダイアン 守3000

 ソリッドマンの装甲が、ベキベキと音を立てて成長する。手足の一部のみを覆っていたそれはやがてその全身を守る鎧となり、その背からは青いマントが延びて風にたなびく。その右手にはいつのまにかレイピアが握られ、切っ先からダイヤモンドの輝きを放った。

「そしてこの瞬間、魔法カードの効果によって墓地に送られたソリッドマンの効果を発動します。私の墓地からレベル4以下のヒーローを……手札コストによって捨てたヒーロー、クノスぺを蘇生です!」
「これでフィールドにはE・HEROが2体。クノスぺ2体が互いを攻撃対象に選べなくさせるロックを作り、残るダイアンも3000の守備力ならあのメンツに突破はされない、か。やるじゃねえか、八卦ちゃん」
「私は、絶対に負けません!」

 E・HERO クノスぺ 守1000

 攻撃を封じ込め、返しのターンではダイレクトアタッカーのクノスぺでライフを削る。さらに攻撃力2800のダイアンでマグマを戦闘破壊すればその効果により、デッキから3体目のクノスぺを特殊召喚しての追撃も可能。予想以上の大量展開こそされてしまったもののおおむねの流れは少女の計算通り、このバトルフェイズさえ乗り切ってしまえば勝機はぐっと近くなる。
 いける。しかしそう思った刹那、その希望もあっさりと打ち砕かれた。

「それで防ぎ切ったつもりか?速攻魔法、蛮勇鱗粉(バーサーク・スケールス)を発動。このターンの間、選択したモンスターの攻撃力を1000アップさせる」

 ジャベリンビートルとデビルドーザーが羽と無数の脚を一斉に動かすと赤い鱗粉が周囲に舞い、それがまとわりついたマグマの全身が文字通りマグマのごとく危険な赤色に変色する。その勢いを増した刃が、金剛のレイピアと鎧をいともたやすく両断してその首を跳ね飛ばした。

 炎斬機マグマ 攻2500→3500→M・HERO ダイアン 守3000(破壊)

「そんな……!ですが、クノスぺのロックはまだ!」
「マグマの効果発動。このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手フィールドのカードを2枚まで破壊する。俺が選ぶカードはその伏せカード、及びクノスぺのうち1体。これでその貧弱なロックは瓦解する」
「クノスぺっ!」

 ダイアンの血を吸ったマグマの大剣が灼熱の光を放ち、互いをかばい合っていたクノスぺの片方と伏せカードがその光に呑み込まれる。1瞬で守りの布陣を壊滅させられた少女に、2体の昆虫の毒牙が迫る。

「その前に私は今破壊されたカード、速攻魔力増幅器(クイック・ブースター)の効果を使います……!このカードが相手によって破壊された時、デッキから速攻魔法カード1枚を手札に。私が選ぶカードは、地獄の暴走召喚です」
「次のターンへの布石か?まあいい、ジャベリンビートルで最後のクノスぺに攻撃」

 ジャベリンビートル 攻2450→E・HERO クノスぺ 守1000(破壊)

 突き出された槍は、蕾の体をあっさりと貫いて消滅させる。これで少女の前に壁はなく、お膳立ての整ったフィールドをデビルドーザーが迫る。

「ひっ……!」
「デビルドーザーでダイレクトアタック」

 デビルドーザー 攻2800→八卦(直接攻撃)
 八卦 LP4000→1200

「あ……!」

 肌に食い込むデビルドーザーの牙が、2800のダメージの痛みとして実体化される。その激痛もさることながらそれ以上に間近に迫った巨大な昆虫によって自分の体が咀嚼される原初的な恐怖が体を支配し、少女に悲鳴を上げることすらも許さない。
 しかし始まった時と同じく、唐突にその瞬間は終わった。とりあえず満足したのか、ゆっくりと少女を放した赤い巨体が自らのフィールドへと引き下がっていく。その様子をぼんやりと見つめながら、喪失感にぼんやりと膝をつく。

「「八卦ちゃん!」」

 糸巻の、そして竹丸の声が遠くに聞こえる。それでもこの痛み、以前に夕顔と廃図書館でデュエルした際とは比べ物にならないほどの……。
 そこまで意識が飛んだ時点で、はっと目を見開いた。そうだ、このデュエルはもはや、自分だけの戦いではない。このまま倒れようなどと、つい先ほどお姉様に切った啖呵はなんだったのか。目の前の男は師匠の、そしてたくさんの人の仇でもあるのだ。ぼやけていた視界が急速にクリアになり、完全に体が崩れ落ちる前にどうにか両手をついて立ち上がる。

「まだ……まだです!」
「ほう。子供のわりには多少は根性があるな。それともただの蛮勇か?いずれにせよ、デビルドーザーの効果を発動。このカードの戦闘で相手に戦闘ダメージを与えた時、相手のデッキトップのカードを墓地に送る。そしてエンドフェイズ、蛮勇鱗粉の効果を受けたモンスターの攻撃力は2000ダウンする。これでターンエンドだ」

 炎斬機マグマ 攻3500→1500

「私の、ターン!」

 少女の場は壊滅状態にあり、ここで引くカードによってはそのまま敗北もありうる。
 しかし、そんな心配は皆無だった。少女には自信があった。私のデッキなら、必ず次の一手を引かせてくれる。そして引き抜かれたカードは、果たして少女の祈りに応えた。

「ローンファイア・ブロッサムを召喚し、モンスター効果を発動です。フィールドの植物族をリリースすることで、デッキから植物族1体を特殊召喚します」

 ローンファイア・ブロッサム 攻500

 ひょっこりと空になったフィールドから芽を伸ばした炎の花の蕾が、みるみる膨らんでやがて内側から弾ける。そして蕾から生まれたのは、さらなる蕾のモンスターだった。

「この効果で私は、最後のクノスぺを特殊召喚。そして私のフィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚されたこの瞬間をトリガーとして速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動です!」

 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600

 トリガーとなったモンスターと同名モンスターを可能な限りその手札、デッキ、墓地から特殊召喚する速攻魔法、地獄の暴走召喚。強力な展開能力の半面デメリットも大きく、相手プレイヤーにも自身の場に存在するモンスターの同名カードを可能な限り展開することを許してしまう。しかし今、蛇ノ目のフィールドには特殊召喚モンスターが3体、いずれも蘇生制限を満たした同名カードが墓地に存在しない。つまり、特殊召喚できるカードが存在せず、実質的にデメリットもない。

「先ほどのお返しです……!クノスぺは自身以外のE・HEROが存在するとき相手プレイヤーにダイレクトアタックができ、さらにクノスぺの戦闘でダメージを与えるたびに攻撃力を100アップ、守備力を100ダウンさせます。ダイレクトアタック、突撃クノスペシャル!」

 E・HERO クノスぺ 攻600→蛇ノ目(直接攻撃)
 蛇ノ目 LP4000→3400
 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900

「さらにあと2体、連続攻撃です!」

 E・HERO クノスぺ 攻600→蛇ノ目(直接攻撃)
 蛇ノ目 LP3400→2800
 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900
E・HERO クノスぺ 攻600→蛇ノ目(直接攻撃)
 蛇ノ目 LP2800→2200
 E・HERO クノスぺ 攻600→700 守1000→900

 クノスぺの攻撃力では、今はまだ攻撃力の落ちたマグマにすら届かない。それでも3体の蕾はその小さな手足で高く高く飛び上がり、デビルドーザーの巨体をも踏み越えて蕾の拳で精一杯に殴りつける。3回連続の攻撃は、小さいながらも確実に蛇ノ目のライフを削り取っていった。

「これでターンエンドします」
「つまらん真似を……俺のターン」

 引いたカードに目を通した蛇ノ目が、つまらなさそうにふんと鼻を鳴らす。

「魔法カード、モンスターゲート。俺のジャベリンビートルをリリースし、デッキを上から順にめくり最初に出た通常召喚可能なモンスターを特殊召喚する。通常魔法、シンクロキャンセル。速攻魔法、超進化の繭。特殊召喚モンスター、グレート・モス。特殊召喚モンスター、ジャイアントワーム。レベル2モンスター、増殖するG。よって増殖するGを特殊召喚する。命拾いしたな」

 増殖するG 守200

 増殖するGは手札にあってこその1枚、そこにあって初めてその真価を発揮するカードであり、間違っても召喚するような代物ではない。そしてチューナーのマグマと合わせてもそのレベル合計は10と、蛇ノ目のエースたるレベル12のシンクロモンスター、炎斬機ファイナルシグマの召喚にはわずかに届かない。もしあのカードの召喚を許していたら、その完全耐性は攻撃対象にならないクノスぺのロックを無視していともたやすく少女のライフを奪い去っていただろう。
 密かにほっと息を吐く少女だが、だからと言って気を抜けるわけではないことは先ほどのターンの攻防から身に染みてわかっている。

「超進化の繭の効果を発動。このカードを除外することで墓地の昆虫族モンスター1体をデッキに戻し、カードを1枚ドローする。ジャベリンビートルを再びデッキに戻し、ドロー」

 転んでもただでは起きない、というべきか。枯渇した手札を補充し、素早く目を通す。もしここでレベル4、あるいはレベル2のチューナー以外のモンスターを引かれたら、たった今の延命も何の意味もない。だが、運命の女神は今回も少女に微笑んだようだ。

「ターンエンド」
「私のターン、ドローです」

 そしてあと一手が引ききれないのは、少女の側も同じだった。ヒーローの攻撃力を爆発的に上昇させる切り札、オネスティ・ネオス。あのカードを何とかして手札に引き込めれば、クノスぺの効果と合わせすぐにでも勝負がつく……そこまでいかずとも、少女のデッキには憑依装着やサンライザーを出すためのミラクル・フュージョン等の強化カードは数多いが、なかなかそれが引き当てられない。ある程度まではデッキも助けてくれるが、それ以上は自力で頑張れということだろう。クノスぺ3体の攻撃力合計は2100、あとほんの100だけ上乗せできれば終わる話なのだが。
 そこで少女は、ひとつ賭けに出ることにした。

「墓地に存在する魔法カード、シャッフル・リボーンの効果を発動します。このカードを除外することで、私のフィールドのカード1枚をデッキに戻し1枚ドロー。クノスぺの1体をデッキに戻しますよ」

 先ほどのデビルドーザーの効果によってもたらされたチャンス、失敗すればアタッカーを失うことになる一種のギャンブル。しかしどのみち、この手札と盤面ではこのターン中に勝つことは不可能だった。ならば、こんな手を使うのも悪くない。

「……ドロー!」

 引いたカードを見て、わずかに思案する。しかしその迷いも一瞬のこと、すぐさま力強くその1枚をデュエルディスクへと滑り込ませた。

「魔法カード、死者蘇生を発動!私の墓地からローンファイア・ブロッサムを蘇生し、このターンも自身をリリースして効果を使います。来てください、桜姫(おうひ)タレイア!そしてこのカードの攻撃力は私の植物族1体につき100アップし、さらにこのカード以外の植物族は効果破壊耐性を与えられます」

 ローンファイア・ブロッサム 攻500
 桜姫タレイア 攻2800→3100

 巨大な桜の花びらの上で艶然と微笑む、色白和装な花の精。自身を含め3体の植物族の存在によりその攻撃力は3000の大台を突破し、フィールド全体でも単独トップに躍り出る。

「それでマグマかデビルドーザーか、いずれにせよ戦闘破壊を狙うつもりか?」
「いいえ、違います!」
「なに?」

 予想外の言葉に、わずかに蛇ノ目の表情が変わる。そして対峙する少女が取り出したのは最後の手札1枚、このターンの通常のドローで引いたカード。

「私のフィールドに存在するレベル7以上のモンスター、タレイアを対象として魔法カード……ギャラクシー・クイーンズ・ライト、発動ですっ!」
「おいおい八卦ちゃん、マジかよ……!」

 信じられないものを見たとばかりに首を振る糸巻の呟きが、聞こえているのかいないのか。最初に対象に取られたレベル8のタレイアと同じ数値へと、2体のクノスぺのレベルが上書きされる。

 E・HERO クノスぺ ☆3→☆8
 E・HERO クノスぺ ☆3→☆8

「準備完了です。私はレベル8のクノスぺ2体、そしてタレイアでオーバーレイ!3体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!熱血の魂で、私は道を切り開きます!ランク8、熱血指導王ジャイアントレーナー!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

 傷つき倒れた夕顔の手から、最後の力で繋がれた師弟の絆。今再び先ほどの雪辱を果たすべくフィールドへと現れた武道の巨人が、雄たけびと共にバットと竹刀の二刀流で仁王立ちする。

「行きますよ、ジャイアントレーナーの熱血効果、発動!オーバーレイユニットを1つ使い、自分のデッキからカードを1枚ドローします。そしてそのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800のダメージです!まずは1回目、ドロー!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

「……魔法カード、貪欲な壺!モンスターではないため、ダメージは発生しません……!」
「おおかた3回連続でモンスターを引き、俺のライフを0にする目論見だったんだろうが。所詮は子供の浅知恵、1度目から失敗するとはな」

 嘲りの言葉に熱くなった頭を、唇を噛んで堪える。ジャイアントレーナーは黙したまま、何も語らない。

「返しの一太刀、熱血効果発動です!師匠、私に力を……!ドロー!」

 次いで2枚目。おそるお揃引いたカードを表にすると、その表情がパッと明るくなる。

「モンスターカード、E・HERO シャドー・ミスト!受けてください、800のダメージを!」

 左手のバットが空を裂き、重い風切り音と共に振り切られる。あまりの勢いによって発生した衝撃波が、蛇ノ目の体を襲った。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)
 蛇ノ目 LP2200→1400

「あと1回!ジャイアントレーナーの熱血効果発動、ドロー……モンスターカード、E・HERO リキッドマン!さらに800のダメージです!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー(1)→(0)
 蛇ノ目 LP1400→600

 両手の竹刀とバットを投げ捨てて、徒手空拳となったジャイアントレーナーがクレーターを生み出すほどの踏み込みと共にその拳を手近にいたデビルドーザーに叩きこむ。全力を込めて殴り飛ばされたその巨体が宙を舞い、派手に蛇ノ目の真上へと崩れ落ちた。しかしさほどのダメージには至らなかったのか、すぐに無数の脚をばたつかせてバランスを取り直し起き上がる。

「その程度か?あいにくだが、俺のライフはまだ残っているぞ」
「承知の上です、貪欲な壺を発動!私の墓地からクノスぺ2体、ダイアン、ローンファイア・ブロッサム、タレイアをデッキに戻し、カードを2枚ドローします。そして融合を発動!手札のE・HERO、リキッドマン及び場の炎属性モンスター、ジャイアントレーナーを素材として、融合召喚!」

 自身のオーバーレイ・ユニットを使い切ったジャイアントレーナーはなんの耐性もなく、このままでは返しのターンで成すすべなく倒されるのがオチだろう。すかさず融合素材とし、さらに次への布石を打つ。空中に浮かんだ渦の中に水と炎、2体のモンスターが吸い込まれて混じりあう。

「英雄の蕾、今ここに咲き誇る。紅蓮の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO ノヴァマスター!」

 E・HERO ノヴァマスター 守2100

 炎の色をした鎧に身を包む紅蓮の戦士が、片膝をついて守備の姿勢をとる。攻撃力だけ見ればこのまま攻撃に繋げれることでマグマ程度ならば戦闘破壊も狙えるが、あいにくとジャイアントレーナーの効果を1度でも使用したターン、そのプレイヤーは攻撃宣言が行えない。
 では、なぜあえて融合召喚を行ったのか。その答えは、その素材にあった。

「リキッドマンは1ターンに1度、融合召喚の素材となった際にカードを2枚ドローし、その後手札1枚を捨てます。この時にシャドー・ミストを捨てることで、その効果を発動。デッキから別の仲間、V・HERO(ヴィジョンヒーロー) ヴァイオンを手札に加えます。そして魔法カード、闇の誘惑を発動!カードをさらに2枚ドローし、手札から闇属性のヴァイオンを除外です」

 ジャイアントレーナーの効果も合わせ、これで少女の手札は4枚。手札消費の粗さが弱点のHEROとしては、すでにデュエルが中盤に差し掛かっていることを考えると驚くべき枚数だと言えるだろう。その内容を一瞥し、一気にその全てをデュエルディスクに押し込んだ。

「最後にカードを4枚セット。このエンドフェイズにシャッフル・リボーンの効果により私は手札1枚を除外しなければいけませんが、見ての通り私の手札はすでに0。よって、このデメリットは発生しません」
「俺のターン。増殖するGをリリースし、2枚目のモンスターゲートを発動。1枚目、レベル4モンスター、斬機ディヴィジョン。よってディヴィジョンを特殊召喚する」
「あのカードは……?」

 斬機ディヴィジョン 攻1500

 マルチプライヤーと同じ金色のカラーリングの斬機、しかし手にした武器が違う。細身の二刀流を構えていたあちらとは対照的に、このディヴィジョンが持つのは自らの装甲と同じく金色に輝く巨大な薙刀だった。

「レベル4のディヴィジョンに、レベル8のマグマをチューニング。ちっぽけな羽虫の一飛びが、強固なる要塞を突き崩す嵐となる。シンクロ召喚、レベル12。すべてを打ち砕け、B・F(ビー・フォース)-決戦のビッグ・バリスタ!」

 ☆4+☆8=☆12
 B・F-決戦のビッグ・バリスタ 攻3000

「ビッグ・バリスタの特殊召喚時、墓地の昆虫族モンスターをすべて除外することで、除外されている昆虫族1体につき500の全体弱体化を行う。ビー・エフェクト・テンペスト!」

 あの時と同じ組み合わせから、あの時と同じシンクロモンスター。そして続く効果も、あの時と全く同じ。息を呑む少女の目の前で、ビッグ・バリスタの羽音が不気味に響く。現在蛇ノ目の墓地に存在する昆虫族モンスターは全部で3体だが、弱体化にはすべての除外されている昆虫族が加算されるため、再序盤にデビルドーザーを特殊召喚するため除外された2体も合わせてかかる数値は5体分、つまり2500となる。

「そしてこの発動にチェーンし、ディヴィジョンのモンスター効果を発動。このカードがフィールドから墓地に送られた場合、相手モンスター1体の攻撃力を半分にする」

 E・HERO ノヴァマスター 攻2600→1300→0 守2100→0

「さて……ビッグ・バリスタは貫通能力を持ち、このまま攻撃するだけでも勝利はできる。だが、その4枚の伏せカード。おそらくはシャッフル・リボーンのデメリットを回避するためだけのブラフも混じっているだろうが、ここは安定を取るとしよう。シンクロキャンセルを発動し、ビッグ・バリスタをエクストラデッキに戻すことでその素材2体を蘇生する」

 炎斬機マグマ 攻2500
 斬機ディヴィジョン 攻1500

「このコンボも、あの時と同じ……!」
「その通りだ。ならば当然、次も予想がつくだろう。レベル4のディヴィジョンに、レベル8のマグマをチューニング。我が復讐の真なる炎よ。研ぎ澄まされし一刀のもと、悲願の覇道を切り開け!シンクロ召喚、レベル12。炎斬機ファイナルシグマ!」

 ☆4+☆8=☆12
 炎斬機ファイナルシグマ 攻3000

 炎の柱が突如として天高くに立ち昇り、その中央から純白の炎を纏った最後の斬機が歩を進める。高熱のあまり陽炎が発生し周りの風景がゆらゆらと揺らぐ中、硬質な足音と共に近づいてくるその姿だけがただ真っすぐなまま存在し、そこが世界の中心であるかのような錯覚さえも起こさせる。

「ファイナルシグマはエクストラモンスターゾーンに存在する限り、斬機カード以外の効果を受け付けない。反面このまま攻撃しても貫通ダメージを与えられないが、補強の方法はある。墓地よりADチェンジャーの効果を発動。このカードを除外し、ノヴァマスターの表示形式を変更する」
「ノヴァマスター……」

 E・HERO ノヴァマスター 守0→攻0

 片膝をついていたヒーローが操り人形のようにぎこちない動きで立ち上がり、ファイナルシグマと強制的に相対する。平常時ならばまだしも、今のノヴァマスターにファイナルシグマの一撃を受けきるだけの力は残されていない。

「バトルフェイズ、ファイナルシグマでノヴァマスターに攻撃。Quod(Q.) Erat(E.) Demonstrandum()!」

 処刑の刃が赤熱の軌跡を描き、無防備なノヴァマスターへと振り下ろされる。竹丸がもう見ていられないと目を固く閉じ、糸巻も目を逸らしこそしなかったもののへし折れてしまいそうなほどに強く歯を食いしばる。
 誰もが敗北やむなしと感じた最後の瞬間。しかし、当の少女だけはまだ諦めていなかった。

「それでも私は、まだ!リバースカードオープン、融合解除!」
「何!?」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 守2000
 E・HERO リキッドマン 守1300

 このデュエルが始まって初めて、蛇ノ目の声に動揺が混じる。力なく立ちすくむノヴァマスターの瞳に生気が蘇り、目前まで迫っていた刃をその元々の姿である炎の巨人と水のヒーローに分離して回避した。

「融合解除はフィールドの融合モンスターをエクストラデッキに戻し、その素材が私の墓地に揃っていればそれを特殊召喚できます。残念ですが私の伏せカードは、あなたのモンスターに影響を与えるものではありませんでした」
「小賢しい真似を……!ファイナルシグマ、リキッドマンに攻撃しろ!」

 炎斬機ファイナルシグマ 攻3000→E・HERO リキッドマン 守1300(破壊)

 再び発生した炎の軌跡が、いともたやすくリキッドマンを焼き尽くす。だが、その奥の少女は何のダメージも受けていない。

「デビルドーザーでジャイアントレーナーに攻撃!」
「させませんよ、速攻魔法ピアニッシモ!このターンジャイアントレーナーの元々の攻撃力は100になり、戦闘でも効果でも破壊されません!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800→100
 デビルドーザー 攻2800→熱血指導王ジャイアントレーナー 守2000

「つまらん延命だな、運のいいことだ」
「運がいい?確かにそれもありましたが、もっと言うならばあなたの考えすぎでしたね。もしそこにいるのがファイナルシグマではなくて貫通効果のあるビッグ・バリスタのままだったなら、あるいはこのターン中に私のライフが0になっていた可能性もありましたから」

 大きくライフこそ減らしたものの、ともあれ少女はこのターンの猛攻も凌ぎ切った。小さく舌を出し、ここぞとばかりに糸巻流の追い打ちの言葉を投げつける。悪い言葉遣いは教わったものではなく、ほぼ毎日通い詰めているうちに自然と身についてしまった悪影響である。

「…………ターンエンドだ」

 何も言い返しはしなかったが、その長い沈黙は今の挑発の効力を雄弁に物語っていた。それに対し少女はにっこりと笑い、次のカードを引く。

「私のターン!永続トラップ、強化蘇生!この効果により私の墓地からレベル3のクノスぺをレベル1つ、そして攻守を100アップさせた状態で蘇生します」

 E・HERO クノスぺ ☆3→4 攻600→700 守1000→1100

 少女の手にかかれば、クノスぺはあらゆる箇所から何度でも現れる。いくら傷つき倒れようとも、少女が信じる限り何度でも。植物の生命力と英雄の魂を胸に、必ず戦いの場に蘇る。
 そして、勝利に向けてその小さな体から秘めたパワーを精一杯に発揮するのだ。

「魔法カード、ヒーローハートを発動。クノスぺの攻撃力をこのターン半分にする代わり、1ターンに2回の攻撃を可能とします」

 E・HERO クノスぺ 攻700→350

「2回攻撃……だが、攻撃力を半減だと?」
「こういうことです!魔法カード、受け継がれる力!私のフィールドからジャイアントレーナーを墓地に送ることで、その攻撃力2800をそのままクノスぺに引き継ぎます!」

 E・HERO クノスぺ 攻350→3150

 ジャイアントレーナーの姿が実体から炎のように揺らめくエネルギー体になり、その熱血エネルギーがクノスぺの内部へと全て吸い込まれていく。自分の何倍もの体躯を持つ熱血巨人の熱血エネルギーを凝縮されて受け継いだクノスぺの全身から、燃え盛る炎のオーラが溢れ出る。

「これで最後です!クノスぺ、まずはデビルドーザーに攻撃!」

 炎を纏った蕾の拳が、恐ろしい巨大昆虫を殴り飛ばす。地響きと共に倒れたその体が見る間に燃え上がり、断末魔の絶叫と共に巨大な火柱と化した。

 E・HERO クノスぺ 攻3150→デビルドーザー 攻2800(破壊)
 蛇ノ目 LP600→250

「くっ……なるほど、確かにもう1度の攻撃でファイナルシグマは倒れるだろう。だが、そこで発生するダメージは150。俺のライフは残り100、それだけあれば十分だ。クノスぺの攻撃力はこのターンで元に戻る」
「いいえ、そんなことにはなりませんよ」

 これまでの激闘には似つかわしくない、むしろ静かなほどの声音で、最後通告が下される。事実今の少女の心中には勝利を掴んだという高揚もなければ、仇を取ったことへの達成感もない。今はただ、やっと終わったんだという思いだけが占めていた。
 そしてデビルドーザーに打ち勝ったクノスぺの両手と頭の蕾に、炎のオーラに照らされてほんの少しだけ赤みがさしはじめる。

「……お忘れですか?クノスぺは相手に戦闘ダメージを与えた時にその攻撃力が100上昇し、守備力が100下降することを。よって次の戦闘で、クノスぺの攻撃力は……」

 E・HERO クノスぺ 攻3150→3250 守1000→900

「馬鹿な、この俺が、『ワンショットキラー』たるこの俺が……!」
「いつまでも昔のままでいられると思うなよ、ってこった。アタシらがこうして昔の栄光に立ち止まってる間にも、新しい風はいつだって吹き抜けてくのさ」

 どこか憐れむように、糸巻が小さく呟く。その言葉は蛇ノ目と自分自身、いったいどちらに向けられたものだったか。彼女はただ、達観したような小さな笑みを浮かべるだけだった。

「クノスぺでファイナルシグマに攻撃、必殺クノスペシャル!」

 再び振るわれた炎の拳は、先ほどのそれよりもほんの少しだけ早く、強かった。それを剣の腹で受け止めようとした爆炎の刃もその勢いを減じさせることすらほとんどできないまま、激突の衝撃で刀身に細かなひびが一斉に走る。次の瞬間には粉々になった刃を突き抜けて、小さな英雄の拳がファイナルシグマのどてっぱらに大穴を開けて着地した。

 E・HERO クノスぺ 攻3250→炎斬機ファイナルシグマ 攻3000(破壊)
 蛇ノ目 LP250→0





「……八卦ちゃん」

 最初に糸巻が声を掛けたのは声すら上げずにその場に倒れ込んだ蛇ノ目ではなく、ぼんやりとした様子で佇む勝者の少女だった。

「八卦ちゃん!」

 お姉様、そして親友の言葉にようやく気が付いたのか、ゆっくりと2人の方へと振り返る。ただそれだけの動作でも先ほどまではアドレナリンがどこかに追いやっていた疲労や痛みが、今更のように少女の全身にのしかかる。それでも、こちらに笑顔を向ける2人の表情はよく見えた。
 小さく手を振り、何を言おうかと少し迷ったのち、結局口から出てきたのはシンプルで飾らない、最初に頭に浮かんだ通りの言葉だった。

「……えへへ。やりましたよ、私」 
 

 
後書き
大会は中断するもの。
まあ前回のとき(File1)はちゃんと決勝までやったから勘弁を。 
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