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提督はBarにいる。

作者:ごません
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艦娘とスイーツと提督と・60

       ~筑摩:クッキー盛り合わせ~

「えぇ、そうなんですよ。利根姉さんったら本当にそそっかしくて……」

「でも、そこが可愛いんだろ?筑摩にとっちゃ」

「あら提督、よくお分かりですね」

「ま、ああいうのに惹かれる奴も一定数いるからな。男女問わず」

 筑摩が秘書艦当番の前日、チケットを持ってやって来た。曰く、『明日の休憩時間に色々なクッキーを出して欲しい』との事。普段から常備しているおやつとしてクッキーは作り慣れてるからな。大して苦でもない。

「しかし、本当にクッキーで良かったのか?どうせならもっと手間のかかってる奴でも……」

「あら、私提督のクッキー大好きなんですよ?」

「え、そうなのか?」

「はい。提督が起きていらっしゃる前とか、ついつい摘まみ食いしちゃってます」

 ペロリと小さく舌を出して照れている筑摩の顔が、何ともいじらしい。

「まぁ、食べるために作ってあるんだからな。別に食べたって咎めやしねぇよ」

 わざわざ用もないのに執務室に来て、常備してあるお菓子を食べながらお茶してる連中もいる位だ、咎める方が馬鹿らしい。逆に筑摩のように申し訳なく思われるとこっちが困るわ。

「しかし……利根の奴が何も出来ないのはお前が世話を焼きすぎるからじゃねぇのか?」

 クッキーを摘まみながら筑摩としていたのは、筑摩の姉である利根が何も出来なくて困っているという話だった。実際、ウチの艦隊にも同じ様な奴がいるからな。某だらし姉ぇとか。

「そんな事はありません!ちゃんと利根姉さんもやれば出来る子なんです!」

「いや、その発言もう妹っつーよりカーチャンの視点の奴の発言だからな?」

「そ、そんな……私はただ姉さんの事が心配で」

「ほ~ん、じゃあ利根に家事をさせた事は?」

「うっ」

「料理をさせた事は?この間の料理企画の肉じゃがは酷かったなぁ?」

「ううっ!」

「断言しよう、筑摩。お前は利根の面倒を見てるんじゃない、利根を飼い殺しにしてるのと変わらん……要するにペット扱いだ」

「ね、姉さんをペット扱いだなんて……」

「そうだ、姉の世話を焼いていると見せかけてその実、何もさせないようにしているのではペットを可愛がっているのと変わらん」

 阿賀野に対して能代が似たような状況になっていたが、能代は指摘したら改善すると言っていた。筑摩も改善すると言いが……

「姉さんをペット扱い……良いかも知れませんね」

「ファっ!?」

 駄目だった。





「だって、よく考えてみて下さい提督。姉さんをペット扱いするという事は、利根姉さんは私に依存せざるを得なくなる。つまりは姉さんはず~っと私を頼ってくれる、私は姉さんの世話をず~っと出来る。win-winの関係性だと思いません?」

 ヤベェ、筑摩のシスコンが思ったより重症だった。病む一歩手前ってか、既に病んでねぇかなコレ。だって利根をペット扱いする事についてのメリットを嬉々として語りながら顔がうっとりしちゃってるもの。想像だけで恍惚の表情浮かべちゃってるもの。

「いや、間違いなく悪影響があるだろうに。第一、遠征先とかで筑摩が居ない状況下になったらどうすんだよ」

「えっ?」

 筑摩はキョトンとした顔をしている。『何故そんな事になるのか解らない』といった表情だ。

「いや、『えっ?』じゃないが」

「そこは提督が常に私と姉さんを同じ艦隊に編成してくれれば万事解決じゃないですか」

 何を当たり前な事を、と筑摩は語る。だがそれは許されない。俺達ゃ軍隊、仲良しこよしのお友達グループではなく、指令が下れば犬猿の仲の相手だろうと手を携えて敵をぶっ殺す戦争屋だ。

「悪いがそれは出来んな、編成の都合って物がある」

「何故ですか!」

「仕事だからだよ、筑摩。仕事に私情を挟むな……軍人どころか仕事をする人間として当然の事だぞ」

 好き嫌いで仕事と親は選べない、ってのは俺の知り合いの大企業の社長の言葉だったか。まぁ、仕事に関してはある程度選択の自由はあるだろうがその細かな内容までは選べないってのが実情だろうが。

「それとも何か?俺は艦娘の感情には寛容な方だが……あまり反抗的な部下には最終手段を取らざるを得ないが?」

 最終手段……つまりは艦娘としての能力を『解体』して奪い、鎮守府から監視付で放逐する事だ。そうなれば当然愛しの『姉さん』の側には居られなくなる。

「そんな事は……させませんっ!」

 瞬間、テーブルを挟んで座っていた俺に筑摩が掴み掛かってくる。だがこんなのは想定内……馴れてるちゃあ馴れてるからな、俺。わざと襟を掴ませ、上にのし掛かって来ようとした瞬間に筑摩の腹部に足を滑り込ませて蹴り上げる。半ば巴投げの様な形になってソファの背の向こうに筑摩が落ちるが、その程度で気絶する程ヤワな鍛え方はしていない。尚も俺を引き倒そうとする筑摩を文字通りの寝技で抑え込み、首を腕でガッチリホールド。ロックを外そうともがく筑摩だが、機関部コアを付けてなければ精々鍛え上げた女性軍人よりも多少力が強い程度。そんな手合いに負ける様な鍛え方はしてないんでな、俺も。やがて脳に酸素が行き渡らなくなり、抵抗する力も弱くなり……筑摩はぐったりとして動かなくなった。一応脈を確かめるが、死んではいない。

「はぁ……やれやれ」

 筑摩が気絶している事を確かめ、執務室の内線の受話器を取る。

『はいはい、こちら工廠。明石ですが?』

「明石、要対処案件『ヤ』号発生だ。引き取りを頼む」

『あ~、了解です。直ぐに向かいます』





「うわ、こりゃまた派手にやりましたねぇ」

「前にナイフ持ち込まれて家具やら書類やらズタズタにされたよりはマシだろ」

 時たまあるんだよな、ストレスが溜まりすぎて依存してる対象と引き剥がそうとした俺がそのストレスの捌け口になる事が。

「そりゃそうですけど……ホント怪我しないように気を付けて下さいよ?」

「わーかってるって、俺が怪我して入院なんぞしてみろ。嫁艦共が発狂しかねんぞ」

「解ってるならいいんですけど……で、筑摩さんへの対処は?」

「出来る限りカウンセリングとセラピーの方向で。多少の薬物の使用も許可する」

「解体はするな、ですか。相変わらずお優しい事で」

「馬鹿言え、また筑摩を建造して一から育てる手間と金を惜しんでるだけだ。ただでさえ航巡は数が居なくて貴重なんだぞ?」

「あはは、そういう事にしておきます」

 担架に乗せられて筑摩が運ばれていく。それを見送りながらつくづく思う。戦争って奴はマトモな精神の奴から壊れていく。それを耐え抜いて平然としてるのは、元から壊れてる奴かよっぽどの悪党ばかり。それでも『恒久的平和』なんて物は幻想で、出来るのは数十年の平穏な繁栄の時代。だが、息子や孫位にはその平和を享受させてやれるだろうと今の時代を生きる戦争屋は死力を尽くしている訳だが。

「兎角この世は悪党揃い、死ねば仲良く地獄行き。やれやれ、出来る事なら向こうでまで喧嘩は願い下げだぁな」

「まぁ……それなりにこの世は地獄の様でも、その中で楽しみを見つけてやるしか無いんじゃないですか?」

 苦笑いを浮かべる明石。こいつとも長年連れ添って来てるからな、金剛よりも付き合いが長いせいか、男女の仲というより気の置けない悪友に近い感覚がある。

「あ、勿論私の楽しみは提督とのイチャイチャですからね!?」

 どうやら向こうは未だに男女の関係性だと思ってるらしいや。

「世知辛いねぇ……」

 俺は煙草を1本取り出し、火を点けて深く、深く吸い込んだ。
 
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