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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百三十六話 ブライウング・ローレライ作戦

自由惑星同盟と、銀河帝国との間で、休戦協定かつシャロン・イーリス討伐に向けての同盟が締結されたのは、帝国暦488年9月15日の事であった。

 自由惑星同盟側は、ヤン・ウェンリーが、銀河帝国はラインハルト・フォン・ローエングラムが、それぞれ代表として調印を執り行った。これは、本国における了承を得ていない独断の行動である。といっても、自由惑星同盟はもはやシャロンの傀儡であるし、銀河帝国もまたラインハルトの傀儡である。皮肉なことにこの時初めて帝国は自由惑星同盟を国家として承認したこととなる。

 自由惑星同盟の残存戦力については、ヤン・ウェンリーの艦隊、そしてコーデリア・シンフォニーの第三十艦隊、約2万余隻である。その他の部隊については、どうなったのか皆目見当もつかない。そして、各星系がどうなったのかも不明である。

 力ある者がこれからの運命を決する形になったことは皮肉極まりないことだけれどね、とアレーナはカロリーネ皇女殿下とアルフレートに語った。アレーナは二人の身分をラインハルトとキルヒアイスには明かしたが、その他の主要な面々には明かしていない。
 明かされた時、二人は少なからず衝撃を受けていたはずだが、それを表立って現そうとはしなかった。それを考えるべき時はシャロンを倒してからなのだから。
 帝国はシャロン・イーリスを討伐し、もって同盟領内に存在する人々を彼女の圧政から解放するという目標を掲げた。ヤンにとってはあまりよろこばしくないことかもしれないが、少なくとも帝国、自由惑星同盟の当面の共闘はできあがったわけである。

 翌、9月16日、ラインハルト以下の帝国軍とヤン・ウェンリー以下の自由惑星同盟軍とが共同で会議を開催されることとなったが、その前に朗報があった。

 現在の前線に展開する帝国軍残存戦力は後方警備に差し向けられた艦艇を除いて18万余隻。イゼルローン要塞の駐留守備及び周辺警戒やフェザーン方面の防衛艦隊を残すと、出動できる戦力はギリギリ14万余隻である。そこにヤン・ウェンリー率いる自由惑星同盟敗残の2個艦隊2万余隻が加わる。
 その他の戦力がどこでどうなっているかは、皆目見当がつかない。
 しかし、帝国にはまだ補給線と後詰が残されている。朗報というのは、転生者の一人であるダイアナ・シャティヨン・シルヴィナ・アーガイル上級大将がアレーナの要請を受け、ラインハルトの許可を得たうえで10万余隻の艦艇を率いてイゼルローン要塞に到着したことであった。
 前世においては大洋艦隊(グランドフリート)司令長官を務め、艦隊運用させれば右に出る者はいないと言われた逸材である。その手腕はもっぱら後方において艦隊演習相手を務めることに費やされた。短期間で女性士官学校の面々が艦隊運用できるようになったのはひとえに彼女の力によるものである。
 当年26歳。銀河基準面東方方面軍司令官として、主に辺境方面でにらみを利かせつつ後進を育てていた銀河帝国の才媛はアレーナにあった瞬間に短く目礼した。

「イルーナ主席聖将がお亡くなりになったそうですね」

 ダークグレイの髪形をセミロングにした隙のない顔立ちをした彼女は黒い瞳を伏せた。左胸にアーガイル家の紋章を施した帝国軍服を着ているが、その紋章がどこか喪章のように見えた。

「ええ」

 アレーナは言葉少なに応えた。

「だから、あなたにもついに表舞台に出てきてもらう羽目になってしまった。苦労を掛ける、という言葉で済ませられる話じゃないけれど、今は協力してほしいのよ」
「おっしゃるまでもありません。フィオーナは?ティアナは?二人ともどうしていますか?」
「・・・だいぶ参っているわよ。フィオーナは最愛の人をなくして、ティアナは、まぁ、何というか、あんなジャジャ馬に見合う相手がいるのかと疑ったけれど、その相手の生死不明さを嘆いて――」
「私はそんな愁嘆場を見せる様な女じゃないです」

 きっぱりした声が返ってきた。ティアナがしっかりした足取りでこちらにやってきた。そして直立不動の姿勢を取った。左腕を水平にして胸に当てる所作は銀河帝国ではなく前世の所属騎士団の礼法だった。

「お久しぶりです」
「おやまぁ、珍しいこと。アンタが敬語を使うなんてね」

 アレーナがティアナをからかい、ティアナはむっとした顔になったが、ダイアナは少し表情を柔らかくした。

「相も変わらず、ね」
「そんなところです。だいぶやられはしましたが、やられっぱなしになる私じゃありません。私はフィオを支えると誓ったんですから」

 ともかく会議室へご案内します、とティアナはいい、3人はイゼルローン要塞大会議室に向かった。

* * * * *
会議に先立ち、ラインハルトの発案で黙とうがささげられたのち、ラインハルトが会話の糸口を作った。糸口というよりも、彼は既に決定された作戦を皆に伝えるだけの気持ちでいるようだった。
そして、諸提督が驚いたことに、ヤン・ウェンリーもこの作戦を知悉している、というよりも作戦が二人の頭脳から出た様に見受けられることだった。
絶妙のタイミングでヤンがうなずいたり、補足したりする様をみれば、そう思うほかない。ラインハルト、キルヒアイス、ヤン・ウェンリー、そしてアレーナ。この4人とダイアナが秘密会議を行い、そこで極秘に戦略戦術を決定したことを知る者は他にはいない。
アレーナとダイアナはその後二人だけで話し合いを行った。これはラインハルトすらも知悉しない、してはならない内容であった。
そうして今、生き残った双方の勢力の主要提督がイゼルローン要塞の会議室に集結している。幕僚たちを合わせると数百名を要する大所帯になった。

「本日より1週間後、9月23日0900時にイゼルローンを出立し、同盟のティアマト星域においてかの者と雌雄を決する。敵の動きは――」

 ラインハルトの視線を受け取ったレイン・フェリルが立ち上がった。

「敵は早々に動き始めた模様です」

 一同の顔に緊張が走った。

「既に無人偵察衛星の数十基が破壊されましたが、その痕跡からティアマト星域に向けて航路を取った模様。敵の総数は不明ですが少なくとも、20万隻超の艦艇があると見込まれます。シャロン・イーリス自身が陣頭に立っている様子です」

 一同がざわついた。あの非常識きわまる破壊力を見せつけられた後なので、余計に恐怖が先行するらしい。それを見て取ったラインハルトが口を開いた。

「過日我々は純然たる力において彼奴に敗れた。此度は智、そして団結を用いて戦う。そのための策もすでに用意してある。これは過去において実証済みの物であり、彼奴に充分効力があることもわかっている」

 一同の眼の色が変わる。アレーナは内心舌を巻いていた。過去というのは前世であり、ラインハルト自身がその様相を知らないにもかかわらず、まるで見てきたように言っているのである。

「既に彼奴の力を無力化するシステムを開発している。これをもって彼奴の力を封殺し、ティアマト星域において完膚なきまでにこれを叩く。いや・・・・」

 ラインハルトはヤン・ウェンリーを見た。うなずき返したヤンの顔を確認し、彼は一同を見まわした。

「シャロン・イーリスを討つ。必ずだ。もはや帝国も同盟もない。全てはこの宇宙に生きる我々人類と奴との存亡の戦なのだ。この決戦こそが人類存亡の分かれ目になると心得よ」

一同はラインハルトにうなずき返した。

「ミッターマイヤー」
「はっ!!」
「卿は先陣としてティアマト星域に布陣。卿の快速をもって敵を翻弄し、陣形に綻びを生じさせ、敵を足止めし、本隊到着を待て」
「御意!!」
「第二陣フロイレイン・ティアナ、右翼アイゼナッハ、左翼ルッツ、本隊前衛をフロイレイン・ダイアナ、そして本隊を私自身が率いる。キルヒアイスは予備兵力として待機。そして、フロイレイン・フィオーナには特務艦隊を率いてもらう」

 まだ顔色の青いフィオーナに視線が集中した。隣のミュラーはそっと机の下で彼女の手を握った。

「フロイレイン・フィオーナを護衛する役割を、ミュラー、卿にゆだねる」
「はっ!!」
「イゼルローン要塞の留守はメックリンガーにゆだねる。なお、自由惑星同盟の諸艦艇については、すべてヤン・ウェンリー大将の指揮下で運用するものとする」
「閣下」

 ミュラーが手を上げていた。重傷を負ったがそれに屈せずフィオーナの隣に座っている。

「此度の作戦名は何とされますか?」
「作戦名か」

 ラインハルトはちらとヤン・ウェンリーを見たが、ヤンは何も言わなかった。全てラインハルトに任せると言った様子だった。

「作戦名は――」

澄んだアイスブルーの瞳のきらめきは、あれだけの大敗北を受けても未だ屈しない闘志をたたえていた。

「ブライウング・ローレライ」

その言葉は万座を静かに圧倒した。戦慄を伴って駆け抜けた単語の意味をくみ取った面々は思わず口々につぶやいていた。

「ローレライの――。」
「解放・・・・・。」
「ローレライというのは古代の欧州での人を惑わせる木霊という伝説があるが、私はもう一つの話を聞かせてもらっていた。幼いころにな」

 ラインハルトの瞳があの頃を思い出すかのように遠い瞳をした。フィオーナはラインハルトの隣の席を見た。アレーナがはっとした声をのんだ気配がしたからだ。

「まさか・・・・!!」

アレーナはあの日の回想を思い起こしていた。

それは――。

* * * * *

ミューゼル邸の一室で抱えてきた本を広げながら、イルーナは言った。

「今日はローレライの話をするわね」
「イルーナ姉上の話しているローレライって何?」

ラインハルトの問いかけにイルーナはちょっと生真面目な顔を作った。どこかでこの小ラインハルトを怖がらせようと思ったのかもしれない。

「船に乗っているとどこからともなく聞こえてくる木霊で、それに従っているといつの間にか船が岩にぶつけられるという怖いお話よ」
「嘘だ~!!」

それがあまりにも断定的だったので、イルーナは「えっ?」と言う顔をした。

「どうして嘘だと思うの?」
「だって、姉上が聞かせてくれたお話はそんなものじゃなかったもの」

イルーナが「どういうこと?」というように側にいたキルヒアイスを見ると、キルヒアイスも首をかしげる。どうやらその話はラインハルトがキルヒアイスとまだ出会う前に聞かされていた話だったようだ。

「ローレライっていうのは悪魔を追い払う妖精さんの事なんだよ。イルーナ姉上。キルヒアイス」

ラインハルトの口ぶりがまるでアンネローゼそっくりだったので、思わずイルーナとキルヒアイスは笑った。

「昔一匹の悪魔がいたんだ。その悪魔は歌が上手くて、旅人を歌で誘って誘惑したんだって。けれど、それに気が付いた勇者とローレライっていう妖精が力を合わせて悪魔を退治したんだ」
「それ、どうやって退治したの?」

キルヒアイスが尋ねた。

「ローレライが歌を歌うと、悪魔の歌に惑わされていた人々が正気に戻ったんだ。悪魔が驚いている隙を狙って勇者が悪魔を斃したんだって」
「へぇ~~」
「ほんとだよ、アレーナ姉上」
「そうなのかしらねぇ、どう思うイルーナ」
「まぁ、伝承だから――」
「だからイルーナ姉上、アレーナ姉上。ローレライっていうのは僕は悪い妖精さんじゃないと思うんだ」

ラインハルトの言葉をイルーナは苦笑交じりに聞いていた。

「降参よ。あなたのお姉様から聞いた話の方が綺麗ね」

話の正誤はともかく、アンネローゼがラインハルトにした話の方がよっぽど話としては綺麗だ。だからイルーナとアレーナはそれ以上争わず、ラインハルトの話を黙って聞くだけにとどめたのだった。

* * * * *

強力な歌声をもってシャロンの洗脳を解く。全艦隊の通信機能を最大限に開放し、さらにそれを総倍にオーラで増幅し、自由惑星同盟艦隊に向けて放射する。シャロンの洗脳を解くことができれば、自由惑星同盟の艦隊を封じ込めることができるかもしれない。
さらにオーラを照射させてシャロンそのものを無力化する。
それが、ブライウング・ローレライ作戦の概要だった。

「この作戦には『歌い手』が必要だ。」

 ラインハルトが一座を見まわした。

「あの忌々しい悪魔を封じられるだけの力を持った歌い手がな」

それについてはアレーナに心当たりがあった。彼女の瞳はある一人の人物に向けられた。

「前世でローレライの騎士を拝命したのはフィオーナ、あなたよ」
「アレーナさん・・・・」

フィオーナが灰色の瞳を揺らめかせたのは前世の記憶を思い返していたからだ。究極の歌声をもってフィオーナは「歌い手」となり、死闘の末奇跡の力を借りてシャロンを破ったことがある。彼女たちの世界では「歌」こそが人間の秘める力を解放するものだと信じられており、「歌」をつかさどる精霊がローレライと呼ばれていた。究極の歌い手には「ローレライの騎士」という称号があたえられる。
そして、フィオーナもまた、その時の功績からフィオーナは「ローレライの騎士」を拝命したのだった。

「ここにきてこれほどまでの合致があるというのはちょっと戦慄すら覚えるけれどね、でも、フィオーナ。前世において世界を救ったほどのあなたの歌声、もう一度役立てて」
「ですが、私、一度シャロンに敗れています。あの時だってあの奇跡がなければ・・・・・」
「あなたは独りじゃないわよ」

アレーナはフィオーナを見た。

「あなた一人に重荷を負わせない。シャロンを打ち破るにはあなた一人では不足だっていうのはわかってる。だからはあなたには『歌い手』を選抜してくれる?あなたと同調できる『歌い手』を一人でも多く集めるのがあなたのこれからの仕事よ。そして――」
「フロイレイン・フィオーナのバックアップには艦隊の力もまた重要だ。そこでフロイレイン・ティアナ。卿にはフロイレイン・フィオーナの護衛艦隊の総指揮を取ってもらう事とする」
「え!?私!?」
「イルーナ姉上亡き後――」

ラインハルトは瞑目した。イルーナ、ロイエンタール、そして諸提督の死は皆を打ちのめさないはずはなかったが、ラインハルトはそれを表面に吐露しようとはしなかった。

「フロイレイン・フィオーナを守れるのはフロイレイン・ティアナ、卿のみだ。私はイルーナ姉上亡き後全軍の指揮を直接取ることとなる。卿の気迫と闘志が全軍に伝播してこそ、あの怪物を打ち破れることができると私は思う」

フィオーナは親友を見た。けれど、ティアナは机の上に肘を乗せたまま、じっと固まって一点を見ているだけだった。

「私はあの戦場でアイツを失った・・・・・・」

ようやくティアナは硬い声を出した。

「日頃闘志だの闘争心だの偉そうに言っておいて、いざとなると・・・・私よりもはるか下の戦闘力しかもたない人間に後を任せて自分は逃走・・・・・。そんな騎士らしくない戦い方をした私に要を守る指揮を取れと言うの?」
「ティアナ――。」
「けれど」

 ティアナは一同を見まわした。

「私は戦う。フィオの前に立って、完全にローレライの歌を詠唱し終えるまで何としてもフィオを守るわ」
「ティアナ・・・・」
「教官を失ったあなたが決死の覚悟で挑むんだもの。私だけ後ろにいるなんてできない」

 ティアナはラインハルトとヤン・ウェンリーを見た。

「エリーセル元帥閣下のこと、私が責任をもって守り切ります」

 一同の誰もがティアナを見つめた。公式の場であってもティアナはフィオーナのことをフィオと呼ぶ。それをティアナは初めて他人行儀で呼んだのである。

「もう私は誰も失いたくはない。だからフィオを、あなたを、最後まで守り切るわ」

 返す刀でティアナはフィオーナに微笑みかけた。痛々しさを伴った微笑みはとても正視できないものだった。
 
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