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山地乳

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第一章

               山地乳
 弥次郎兵衛と喜多八は江戸から伊勢に行く東海道中の旅をしていた、二人共行く先々で騒ぎを起こしていたが。
 箱根で温泉を楽しんでいる時のその妖怪の話を聞いてまずはだった。
 喜多八は仰天して弥次郎兵衛に問うた。
「弥次さん知ってたかい?」
「知ってたら夜にならないうちに箱根を出てるよ」
 弥次郎兵衛はすぐに喜多八に言い返した。
「何だよ、その妖怪は」
「本当に妖怪だよな」
「喜多さんそりゃ繰り返しだよ」
「繰り返しはよくねえか」
「そうだよ、というかな」
 弥次郎兵衛は温泉の中で一緒に湯に入っている喜多八に言った。
「山地乳な」
「ああ、あの連中が話してるな」
 温泉の少し離れた場所で話をしている彼等の話を聞きつつ言うのだった。
「その妖怪な」
「猿に似てて口先が尖ってるってな」
「猿みてえなのに蝙蝠が歳取った姿か」
 そうした姿だとだ、弥次郎兵衛は話した。
「野襖って妖怪になって」
「さらに年を取ってその山地乳になる」
「土の中に住んでいるらしいな」
「蝙蝠だってのに猿に似てる」
「しかも土の中に住む」
「何かおかしいな」
「全くだな」
 蝙蝠だというのに猿の様な姿で土の中にいることがというのだ。
「こりゃおかしいな」
「何でそうなるんだ?」
「蝙蝠は空飛ぶだろ」
「年取って何で猿みてえになるんだ」
 二人共それがわからない、そしてだ。
 その他にもだ、弥次郎兵衛はさらに話した。
「問題はこれからだな」
「ああ、おっかねえったらありゃしねえぜ」
 喜多八も応えた。
「寝ている時に人の寝息を吸い取るってな」
「寝ている奴の口に自分の口を付けてな」
「それが可愛い娘ならいいけどな」
「いい男かな」
 弥次郎兵衛は喜多八も見つつ話した、二人はそうした関係でもあるのだ。
「そういうのならいいけれどな」
「妖怪に口付けられるとかな」
「願い下げだよ」
「全くだ」
 二人で色のことも話した。
「そんな話してたら女が欲しくなったな」
「おいおい、それで瘡蓋が身体に出来たらどうする」
「それで鼻が落ちてな」
 喜多八は瘡毒、今で言う梅毒の話ではこう言った。
「それで後は旅の坊さんになって出て死ぬまで旅をする」
「旅自体はよくてもな」
「今の旅の方がずっといいな」
「全くだな、それで話を戻すけどな」
 弥次郎兵衛はあらためて話した。
「この山地乳に息を吸われるとな」
「それでだよな」
「誰かにその場面を見てたらな」
 その時はというのだ。
「長生きするっていうが」
「誰も見てねえとな」
「次の日の朝には死ぬんだよ」
 そうなってしまうというのだ。
「そうした話だな」
「碌でもねえ話だな」
「全くだ、それでこの山地乳は山の中に出て来るっていうぜ」
「山の中ってここもじゃねえか」
 喜多八は弥次郎兵衛の話を聞いて言った。
「この箱根も」
「おう、だからな」
「俺達も用心しねえといけねえか」
「喜多さんお伊勢まで行きてえだろ」
「それでこの旅に出たんだぜ」
 喜多八は弥次郎兵衛にこう返した。
「京都に大坂にもな」
「そっちにもだな」
「ああ、だからな」
「それは俺もだよ」
 弥次郎兵衛もこう言った。 
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