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提督はBarにいる。

作者:ごません
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艦娘とスイーツと提督と・58

      ~長良:あんパン~

「はぁ~、良い汗かいたぁ!」

「おうお疲れ。しっかしお前も好きだねぇ走るの」

 鎮守府の外周を走ってきた長良に、タオルとスポーツドリンクの入ったボトルを手渡してやる。広大な敷地を誇る我が鎮守府の外周は、1周走るだけで軽いハーフマラソンだ。それを目の前にいる長良は、出撃で鎮守府に居ない時以外は毎日の日課として走り込んでいるらしい。

「うん!なんていうかさ、走るのはもう生活の一部みたいな物なんだよね。だから出撃とか遠征とかしてて走れないと何だか気持ち悪くて」

「それもう艦娘としてどうなんだ?」

 元々が船なのに陸の上を走ってないと気持ち悪いとか、破綻してやしないだろうか。

「あははは……まぁそれもこうして人間の姿になれたからこその特権って事で。それより提督、リクエストした物は作ってきてくれました!?」

「おぅ。ご注文の『あんパン』だ」

 そう言って長良の前に取り出したのは山の様に積み上げたあんパン。

「うっわぁ、あんパンのピラミッド……っていうかもうこれは山だね!山!」

「走った直後に食べたいって言われたからな。1つ1つは小ぶりにして、数を多くしといた」

「ありがとうございます!じゃあ早速……いっただっきま~す♪」

 長良はその辺の芝生に胡座を掻いて座ると、両手であんパンを1つずつ掴んで口に運んでいく。

「どうだ?お味は」

「とっても美味しいです!でも、何だかお酒みたいな匂いがしますね」

「お、良くわかったなぁ。実はそれ、元祖あんパンのレシピよろしくパン生地を酒種で発酵させてるんだよ」

 あんパンが生まれたのは明治7年頃、元水戸藩藩士の木村親子によって考案された。当時の日本は文明開化直後、パン等も外国から入ってきてはいたが、パン生地を発酵させるイースト菌は貴重な上に、ビールの苦味や風味付けにも使われるホップを使って作られたパン酵母が主流で苦味が残る、あまり日本人の口に合うものではなかったらしい。そこで木村親子は和菓子の酒饅頭にヒントを得て、日本酒の醸造に使われる酒種が同じ働きをする事に気付き、パン生地を酒種で発酵させる事を思い付く。そこに日本人の好きな甘いあんこを包み、焼き上げる事であんパンが生まれたってワケだ。

「へぇ~。まぁ美味しければ私は何でも良いんですけどね!」

「さよか」




「そういえば、マラソンの最中にあんパンとかバナナとか食べてる人って結構いますよね」

「あぁ、糖分は消化されればすぐにエネルギーになるからな。プロ棋士の人なんか、対局中とかに甘いものとか食べる人もいるしな」

 脳のエネルギーはブドウ糖……つまりは糖分だ。頭をフル回転させる将棋や囲碁の対局中なんて、特にも甘いものが欲しくなるんじゃないだろうか?

「でも、食べてすぐには消化してエネルギーにはなりませんよね?」

「だな。大体糖分が消化・吸収されてエネルギーに変わるまで2~3時間てトコか。それを計算して予め食べておくってのが賢いやり方だろうよ」

 
 まぁ、『残り10kmになったらこれを食べる!』と目標設定してそれをお守りというか心の支えにして走る……なんて人もいるらしいが。

「それに、最近は甘い物をわざわざ食べなくてもブドウ糖そのものをタブレットにしたのとか売ってるしな」

「え、そうなの?」

「あぁ。確か明石の酒保……ってかコンビニだな、ありゃ。確かあそこでも売ってたと思うぞ?」

 前に抜き打ち調査に行って以来、煙草が切れるとそっちの店に行くようにしている。以前の酒保は完全に煙草や酒、簡単なお菓子なんかを売ってる雑貨屋?煙草屋?みたいになってるからそっちで用は足りるんだが……何となく心配でな。また変な物が売られてやしないかとか。

「ふ~ん、明石さんのコンビニかぁ。私あんまり行かないんですよね」

「そうなのか?五十鈴とか鬼怒とか、しょっちゅう出くわすんだがな」

「五十鈴ちゃんは遠征の娘達とおやつ買いに行くし、鬼怒ちゃんは部屋飲み用のおつまみとか買いに行くって言ってましたね~。でも私、そんなにお金使わないんですよ」

「ほほぅ」

「服はジャージか制服があればいいし、ご飯は食堂とか間宮さんの所で食べられるし。おやつは妹達に分けてって言えば足りますしね」

 言われてみれば、長良の私服姿は見た事が無い気がする。秋祭りの時には小麦色に焼けた肌に映えるようにか、白い浴衣を着ているが……あれは普段着では無いからな。

「そう考えるとコンビニを使う機会が無いのか」

「ですねぇ、お化粧とかもあんまり興味無いですし」

「……無頓着すぎるのもどうかと思うがな?」

 長良に限らず、艦娘は美人揃いだ。そんな中でも健康的で明るい美人というのは数少ないと個人的には思う。長良はそんな一人なのだから、上手く磨けば更に光ると思うんだが。




「あ、そういや飲み物いるか?流石に走ってきて水分も摂らずにあんパン貪るとかキツいだろ」

「そういえば口の中がパサパサに……」

「いや気付いてなかったんかいオイ」

「提督、水分!水分をくだひゃい!」

「OK、コーヒー、紅茶に緑茶、牛乳、あんパンには合わんと思うが一応スポーツドリンクもあるぞ」

「あ、じゃあ牛乳で」

「はいよ」

 牛乳は瓶牛乳で、屋外に備え付けの地下水を汲み上げている水道でキンキンに冷やしてある。きゅぽん、と小気味良い音を立てて蓋を開けた長良はゴキュゴキュと勢い良く飲み干していく。

「っぷはぁ~!やっぱあんパンには牛乳ですねぇ!」

「……牛乳髭付いてるぞ」

「おっと」

 俺に指摘されてジャージの袖で鼻の下を拭う長良。見た目は割と良いと思うんだけどなぁ……こういう仕草とかが何て言うかこう、男っぽくて残念なんだよな。

「そういえばあんパンと牛乳って、刑事ドラマとかだと張り込みの定番ですよね。何でなんでしょう?」

「昔はコンビニやら自販機なんて便利な物はその辺に無かったからな。手軽にその辺で買えて、見張っている場所から目を離さずに食えるのがあんパンと牛乳だった……らしいぞ」

 最近の刑事ドラマだと、コンビニで買ってきたサンドイッチとかおにぎり、缶コーヒーを飲み食いしながら張り込みなんてシーンの方が多いからな。時代の流れって奴さ。

「ふぅ……お腹も一杯になったし、私は少し休憩しますね!」

 そう言うや否や、長良は座っていた木陰の下でゴロリと横になる。そのまま軽く丸まるとすぅすぅと寝息を立て始めた。

「早っ……!つーか、鎮守府内とはいえ無防備過ぎんだろ。ったく」

 俺は羽織っていた制服の上着を長良に掛けてやる。無邪気な寝顔で寝ちゃあいるが、こいつも色々と苦労してんだろうな。妹達は次々に改二になっていく中、1人だけ取り残されていくような感覚……そんな不安を相談されたと、明石から報告は貰っていた。本人はそんな不安を振り払うように、前にも増してトレーニングに打ち込むようになったらしいが。

「大丈夫だよ、長良。お前の妹達はお前の事大好きだからよ」

 そう呟いて、煙草に火を点ける。煙を燻らしながら眠っている長良の頭を撫でる。すると前方の茂みがにわかにガサガサと喧しく音を立てる。

『ちょっとあのスケコマシ、お姉ちゃんにまで手ぇ出すつもり!?』

『提督さん……由良というものがありながら(ハイライトoff』

『ふあぁ……でもでも、いい雰囲気ですよぅ』

『いや~マジパねぇわ提督、マジパない』

 ほらな、心配性の妹がくっついてきてら。

 
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