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提督はBarにいる。

作者:ごません
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艦娘とスイーツと提督と・52

       ~能代:アーモンドチョコ~

「聞いてくださいよ提督、阿賀野姉ったら酷いんですよ?」

ポリポリポリポリ。小気味いい音をさせながら、テーブルの上に積まれた黒い楕円の山が低くなっていく。今日のチケット当選者は能代。リクエストは『アーモンドチョコ』との事だった。俺も好物だったので張り切って作ったんだが……愚痴りながら食べ続けている能代が、全て食べ尽くしてしまいそうな勢いだ。

「それで?阿賀野がどう酷いんだよ」

 愚痴の大半は姉である阿賀野の事で、今もチョコを口に放り込みながらブツブツと文句を垂れている。

「普段がだらしなさ過ぎるんですよ!そりゃあ、戦闘の時とか執務のお手伝いしている時には頼りになりますけど……」

「性格やら言動で勘違いされるが、阿賀野の奴は仕事は出来るからなぁ」

 普段の能天気な発言やらサボりがちに見える行動のせいで、天然な上にのんびりやという人物に勘違いされがちだが、ウチの阿賀野は仕事に関してはすこぶる優秀なんだよなコレが。個人の戦闘能力もだが、水雷戦隊の指揮を執らせてもソツなくこなすし、事務処理を任せても他の連中より早かったりする。いつも休んでいる様にみえるのは、やらなければいけない分をチャッチャと終わらせて、時間の余裕を作ってゴロゴロしているだけだ。あの大淀こと腹黒眼鏡が『阿賀野さんを事務方専属にしてくれたら、凄く助かるんですけどねぇ』と褒めていた位だからな。その能力は推して知るべし、って奴だろう。

 だが、その分普段の生活がだらしないらしい。

「オフの日は寝起きからずっとパジャマのまんまだし、脱いだ服はその辺に散らかしっぱなし、挙げ句の果てには暑いと下着姿で寝てるんですよ!信じられます!?」

「お、おぉう……」

 だらしないってか、彼女の居ない独り暮らしの野郎みたいだな……何となくだけど。

「しかもそれを注意すると、『いいじゃない、楽なんだからぁ』って言うんですよ!阿賀野姉ぇ可愛いのに女子としての自覚が足らないんですよ」

 そんな風にぷんすこ怒りながら、チョコを咀嚼してコーヒーを流し込む能代。

「要するに、あれだろ?能代はお姉ちゃんLOVEだから、ちゃんとしてて欲しいんだろ?」

 瞬間、能代が口に含んでいたコーヒーを噴き出し、俺に向かって噴き付けてきた。毒霧かな?




「す、すいません提督!びっくりしちゃって……」

「いや、まぁ制服だからちとシミ抜きが面倒だろうが……何とかなるさ。多分」

 能代の毒霧(?)攻撃のお陰で白の制服が見事にコーヒー色に染まってしまった。洗濯担当の妖精さんは少しご立腹だったが、まぁ何とか綺麗にしてくれるだろう。

「大体、提督がビックリさせるのがいけないんですよ?私が阿賀野姉ぇの事がす、す、す、好きだなんて……」

「いや、そこで好きって言うのに詰まっちゃうとか益々怪しいからな?」

 整備班だとか事務員等に男が居ない訳ではないが、基本的に男は俺1人の状況下だ。女同士の恋愛とか、姉妹艦同士での行きすぎたスキンシップだとか、無いとは言わない。それに昔から姉妹艦LOVE勢は一定数居るんだ、今更否定もせんわ。比叡なんかいい例じゃねぇか?お姉様LOVEだって豪語する奴は多いだろう。ま、ウチの比叡は恥ずかしげも無く俺が好きだと迫ってくるが。

「そ、そう言うんじゃないんですよ!ただ、阿賀野姉って放っておくと何するか見てて危なっかしいし、いや、戦闘中とかは頼りになりますけど?家事をやらせてもとんでもない事になりますし……」

「例えば?」

「掃除をすれば何故か割れ物を落として割っちゃって余計に散らかしたり」

「ほうほう」

「洗濯をすると洗濯機から洗剤の泡が溢れてきたり」

「……そんなベタな」

「料理なんて、この間お味噌汁作ろうとしたら何故か鍋が噴火したみたいになりました」

「なんでやねん!」

 思わず関西弁のツッコミが出てしまう程、阿賀野の家事は酷かった。酷い酷いとは聞いていたが、想像以上だった。

「まぁ、そんな姉なんで私が面倒見てあげないとって思っちゃうんですよ」

「あ~、能代?ちょっと質問なんだが」

「? 何でしょう提督」

「……お前、内心『阿賀野姉ぇのお世話楽しいなぁ』とか思ってたりしねぇよな?」

「うっ!」

 ギクリ、と身体を硬直させる能代。能代は少々……いや、かなり世話焼きな所がある。今だって俺の質問に大量の汗を垂らし、目が尋常でない位泳いでいる。もうバタフライしてんじゃないかって位バッチャバチャ泳いでいる。

「なぁ、どうなんだ?能代。迷惑そうな素振りだったが……少し楽しいとか思っちゃってないか?」

「そ、それは……」

「それは?」

「す、少しだけ……楽しいなぁって感じてます。ハイ」

 漸く陥落した。能代は口では面倒臭い等と言っておきながらその実、だらしのない姉の世話を楽しんでしまっていた。つまりそこから導き出される答えはーーー

「能代、お前ダメンズ好きだったんだな」

「ダメンズ好きって何ですか!」





 いやぁ、女の中には一定数居るんだよなぁ。生活能力低かったりとか稼げないヒモっぽい奴とか、そういう奴……ダメなメンズーー略してダメンズが好きってのが。そういうダメな所が『護ってあげたり、養ってあげたくなる』って、知り合いのクラブのママは言ってたっけな。その人もダメンズ好きで、2~3人そんなのを囲ってたんだが。

「あれだろ?阿賀野のダメな所が母性本能擽っちゃったりしたんだろ?」

「違いますよ!?ただ、阿賀野姉ぇ放っておくと部屋が大惨事になるから……」

「はいはい、わかったわかった。ただなぁ、何もさせないってのも余計にダメなんだぜ?」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。人間てのは同じ状況下にずっと置かれるとその状況が普通なんだと身体が覚えちまうんだ。すると、どうなると思う?」

「……どうなるんですか」

「世話を焼いて貰うのが当たり前だと思って、余計に何も出来なくなる」

 認知症の人が良い例だろう。軽度の認知症の症状が出てきたからと、何もさせないでいると脳への刺激が無くなって症状が加速する。逆に、見守りながらでも一緒に作業すると回復する事は無くとも症状の進行が遅くなるんだ。

「それに、山本五十六提督の有名な言葉にこんなのがある。『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ。褒めてやらねば、人は動かじ』ってな。意味わかるか?」

「えぇと……手本をやって見せて、どうやるかを説明して、実際にやらせてみる。そして上手くいったら褒めあげないと人は動かない。そういう事ですか?でもそんなーー」

「子供じみたやり方、か?」

 ぐっ、と能代が黙り込む。確かに子供に物を教える様な、幼稚なやり方に見えるかも知れん。

「だがなぁ能代、人に物を教えるってのは大人だろうとガキだろうと大して変わらねぇモンさ。結局は同じ人だからな。ガキの頃に沢山物を教えるのは、頭が柔らかいから覚えが早いし、早い内に教えないといけねぇ事が沢山あるからだ」

 学生生活を終えて社会人になったって、仕事を覚えるという勉強が待っている。その時に物を覚える本人のやる気も大事だが、寧ろ教える側の方が大事だと俺は思っている。

「最初の内は出来なくて当たり前。寧ろ、少しでも進歩したら褒めてやる。人間だって動物だ、褒められて気分を悪くする奴は居ねぇさ。そうすれば意識するにしろ無意識にしろ、また褒められたいと頑張ろうとするんだよ」

「な、成る程……」

「ま、今のご時世それが出来る奴ってのは少ないだろうがねぇ」

「提督、能代……頑張ってみます!」

「そうか?まぁやってみな。相談にならいつでも乗るからよ」

 そう言って頭を撫でてやると、能代は嬉しそうにはにかんでいた。後日、炒飯以外は比叡クラスの飯マズだった阿賀野に料理を教えてくれと能代に泣きつかれたのは、また別の話。






 
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