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ミソカヨーイ

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第一章

               ミソカヨーイ
 島崎藤村、本名は春樹というこの小説家のところに小野田清太郎と名乗る若い警官が来た。何でも帝大から高等文官試験に合格し若くして将来を期待されているという。
 その彼が藤村の家に来て彼に尋ねてきた。
「先生はお生まれは長野と聞いていますが」
「はい」
 その通りだとだ、藤村は答えた。理知的な顔立ちで眼鏡がよく似合っていて白くなってきた髪の毛を整えている。着物もよく似合っている。
「それが何か」
「あの、どうもです」
 小野田は藤村にいぶかしむ顔で述べた、若々しい顔には英気がみなぎっていて目の光も強い。小柄で痩せた顔だが出来る雰囲気に満ちている。
「私は今度長野県に赴任しますが」
「そうなのですか」
「署長として。ですが」
「何かありますか、長野に」
「大晦日におかしなものが出るとか」
「ああ、ミソカヨーイですか」
 すぐにだ、藤村は小野田に答えた。
「あれですか」
「ご存知でしたか」
「はい、私は今貴方がお話された通り長野生まれで」
「確か長野では古い名家だとか」
「名家かどうかはともかく」
 藤村はそれは置いて話した。
「古い家で代々です」
「あちらにですね」
「住んでいました、そして私もです」
 藤村自身もというのだ。
「その妖怪のことはです」
「ご存知でしたか」
「はい、ただ」
「ただ?」
「気にされることはないです」
 一切とだ、彼は言うのだった。
「特に」
「そうした妖怪ですか」
「ただ大晦日に山に入りますと」
「それで、ですか」
「後ろから呼び掛けられるだけで」
「ただそれだけですか」
「これといってです」
 特にというのだ。
「ありませんので」
「怖がることはないですか」
「左様です、おそらくですが」 
 藤村はさらに話した。
「大晦日はもう仕事はしませんね」
「家の大掃除をしますが」
「一年の最後にそれをする位ですね」
「言われてみますと」
「何も大晦日まで働くことはない」
「そうした戒めですか」
「それであるかと」
 こう小野田に話した。
「これは」
「では特に」
「これといってです」
「恐れることもなく」
「はい、先程お話した通りです」
「そうした妖怪ですか」
「むしろ。まことに大晦日まで働くなぞ」
 山に入ってというのだ、芝刈りなり何なりにだ。
「よくはない、そういうことかと」
「大晦日は家の大掃除をするかして」
「その後は正月が終わるまでゆっくりと休め」
「そういうことですか」
「そうかと。まことに」 
 このことはというのだ。
「ただの戒めで」
「それで、ですか」
「怯えることもない」
「そうしたものですか」
「そうかと」
「そんなものですか」
「私が思うには」
 こう小野田に話した。 
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