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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第五十六話 波を掻き分けて

 北海の王との戦闘を終えたベルギカ号は、ドゥカーバンク海域に留まり、艦の修理と怪我人の治療を行っていた。
 被弾した箇所で最も被害を受けた艦尾では、ド・ローテルが修理の監督をしていた。

「では、この書簡を父上へ渡してくれ」

「御意」

 マクシミリアンは、停泊期間を利用して連絡用に飼育室に入れていた風竜を使い、北海の王との間に交わされた盟約の詳細をエドゥアール王に報告した。

「艦長、出発しますが宜しいでしょうか?」

「離艦する者はいない様だ。よろしい、出発してくれ」

「了解」

「クエーッ!」

 連絡員を乗せた風竜は一つ嘶くと、バサバサと翼を羽ばたかせ飛んでいってしまった。

「……」

 マクシミリアンは、風竜が去った空を見続けた。実は、エドゥアール王の書簡と一緒に妻のカトレアへの手紙も手渡したからだ。

「さて、これからどうしよう?」

 負傷者用の秘薬は既に作り終えてしまい、手持ち無沙汰になったマクシミリアン。

(医務室に行っても、邪魔になるだけだしなぁ)

 王子が顔を出せば、かえって気を使わせるだろう、とマクシミリアンは空気を読んだ。
 甲板では、非番の水兵達が釣竿を垂らして、楽しそうに釣りをしていた。

(あの様子だと、良く釣れるようだ)

 邪魔するのも悪いと思い、他の場所へ移ると、エレオノールが物憂げに海を眺めていた。

「こんにちは、義姉上。ご無沙汰しています」

「……殿下」

「世話話をしたくて声を掛けましてね。どうでしょう? 僕の部屋でワインでも。他にもリキュールとかもありますよ?」

「申し訳ございませんが、今は……」

「まあまあ、僕は酒を飲む口実が欲しかったので、助けると思って付き合ってくださいよ、

「……分かりました」

 エレオノールは肩をすくめて承諾した。
 こうして、マクシミリアンとエレオノールは、船室へと降りていった。






                      ☆        ☆        ☆






 エレオノールが、トリステイン魔法学院に在籍していた頃に勃発したトリステイン内乱は、僅か数ヶ月で鎮圧された。
 その時、エレオノールの婚約者の実家が反乱軍側に参加してしまった。当然、婚約は破棄され、内乱鎮圧後、婚約者のお家も改易された。
 父のラ・ヴァリエール公爵は、エレオノールの為に新しい婚約者を見つけて来たが、その新しい婚約者の実家も帳簿の不正で改易され婚約は破棄。
 また、新しい婚約者を見つけてきたが、その婚約者の実家も粛清の余波で改易された。
 改易された貴族の財産の『一部』を徴収しトリステイン経済は大いに潤ったが、学生時代のエレオノールは灰色だった。
 学院を卒業した後、トリステイン社会は何もかも変わっていた。
 魔法学院という一種の閉鎖された環境で過ごした為、世間に出た卒業生達が昨日まで正しいと信じていた貴族像は、内乱後に様変わりしていて所々で問題を起こした。

 王太子妃の姉という立場のせいか、『不甲斐ない姿は見せられない』という意気込みと、世間に取り残されたカルチャーショックとも板ばさみに、エレオノールは耐えられなくなった。

 そんな、逃げ込む先も知らない、世間知らずのエレオノールは、マクシミリアンとの酒盛りにおいて『酒』に出会ってしまった。

「だぁぁぁかぁぁぁらっ! このまま家にいらら(いたら)私ゃらめ(駄目)になると思ったんれふよぉぉ!」

 エレオノールは、早々に『出来上がって』しまった!

「なるほど、それで義姉上はベルギカ号に乗ったのですね」

 酔っ払い相手の対応は、聞き手に回るのが基本だ。

「今までしゃんじゃん(散々)ムチでビシバシ叩いて、貴族らしい貴族に私を教育してきたのに、それが無駄だったのよぉ~! だからお母しゃまには、何も言わじゅに来たのよぉーーー!!」

 遅い反抗期も、家出の動機付けに作用したようだ。

「それは……大変でしたね」

「そぉ~でしょ~? ウフ、ウフフフフフ」

 今度、エレオノールは楽しそうになり、ウィスキーのライム割りを傾けた。

「それもこれも、男の連中がしっかりしないから私が苦労するにょよ! ヴウウウゥゥッ!」
 今度は、男に責任転嫁して泣き始めた。獣の様な泣き声だった。

(なんと言うか、男運の悪い人だな。後、酒癖も)

 内心呆れて、マクシミリアンはリキュールを傾けた。

「そこの執事! もう一杯注ぎなさい」

「……あぁ~、セバスチャン。義姉上にもう一杯」

「ウィ、殿下……どうぞ、ミス」

「うふん、これこれ」

 エレオノールは、新しく注いでもらった杯をグビグビ呷った。

(うわぁ……)

 この有様では、男運だけの問題ではない……とマクシミリアンは思った。

「義姉上、大丈夫ですか?」

「らいじょーぶ(大丈夫)」

「何処まれ話したっけ? ……えぇ~っと、そう! そこれ、思ったのれすよ! 男にかまけるより仕事に生きりゅ女ににゃるって!」

「そうなんですかぁ……」

「この旅で、私は変わるのよぉーーーーーっ!!」

「はいはい」

 相槌をうって話をエレオノールに合わせた。

(残念な美人という奴か。勿体無いなぁ)

 カトレアに送った手紙には、エレオノールの事は書いておいた。
 告げ口するようで気が引けたが、書かない訳にも行かなかった。

「う~ん」

 そうしている内にエレオノールは酔いつぶれてしまった。

「あら、酔いつぶれてしまった……すまないがセバスチャン、義姉上を部屋まで運んで上げてくれないか?」

「ウィ、殿下」

「すまないな」

 こうして、酔ったエレオノールは、セバスチャンに運ばれていった。
 一人残されたマクシミリアンは、エレオノールが残した飲みかけのグラスを手に取ると、自分のグラス注ぎ、リキュールのウィスキー割りにして飲み干した





                      ☆        ☆        ☆





 数日してベルギカ号の修理は終わり。連絡係の風竜も戻ってきた。
 再び出発したベルギカ号は、数日掛けてアルビオン大陸の北方を迂回すると、今度は進路を西南西に取った。

 ベルギカ号が、アトランティウム洋を横断している頃、マクシミリアンは連絡員が持ってきた手紙の返事を読んで退屈を紛らわしていた。
 手紙は、妻のカトレアの返事と、妹のアンリエッタの手紙だった。

 アンリエッタの手紙は、ミミズが這い回ったような下手な字で書かれていたが、マクシミリアンは微笑ましく思えた。一方のカトレアの手紙はというと、字も綺麗で魔法学院での日々が書かれていて、女子寮ではミシェルと部屋が隣同士になり、よく一緒に行動するようになったそうだ。
 カトレアは、手紙の他に手編みのマフラーを同封して送ってきた。
 カトレアのピンクブロンドの髪に良く似た淡いピンクのマフラーは、不恰好ながらも気持ちの篭もっていて、マクシミリアンは大いに喜び、何かにつけてマフラーを巻いて艦内を出歩くようになった。

 ……朝、マクシミリアンはベルギカ号の大きな揺れで目を覚ました。
 ベッドから這い出すと、最早、日課となったカトレアの手編みマフラーにキスをした。
 これは、マクシミリアンの朝一番の願掛(がんか)けの様なものだった。

 だが、今日に限って妙に気分が悪い。

「うぐうっ!?」

 波のうねりに合わせて腹の中を掻き回す様な感覚になる。

「よ、酔った……」

 ヴァールダムを出航しておよそ一週間。それほど気にならない程度の波だったが、とうとう胃袋をシェイクする程の洋上特有の高い波がやって来た。

「だ、誰か……」

 枕元に置いてある呼び鈴を鳴らすと、十秒とせずにセバスチャンがノックと共に入ってきた。

「お目覚めでござございますか? 殿下」

「……うっぷ」

 セバスチャンが部屋に入ると、ベッドから転げ落ち床の上で大の字になったマクシミリアンが居た。

「これは!? 殿下、いかが為さいましたか!?」

「ふ、船酔い……桶か何かを……」

「しばしお待ちを!」

 セバスチャンは、急ぎ部屋を出て行った。
 幸い、セバスチャンが間に合ったお陰で事なきを得た。

 『マクシミリアン王太子殿下、船酔いになられる!』

 この情報は瞬く間に艦内に広まった。
 ハルケギニアの人々にとって海は、先日まで未知の領域だった。そのせいか、『船に揺られる』という事を知らないハルケギニア人は基本的に船に弱かった。
 船酔いは、学術団の面々にも広がり、医務室は酔い止めを求める人々で長い列が出来た。
 水兵達は日ごろの鍛錬の賜物か、船酔いを起こす者は皆無だったが、コマンド隊の場合は、酔い止めで辛うじて平静を保っていた。しかし、アニエスは船酔いでの衰弱が酷く、ベッドから起き上がることも出来なかった。

「……」

「……うう」

「うっぷ」

 女性部屋では、アニエス、エレオノール、シュヴルーズの三人が、それぞれのベッドの上で迫り来る嘔吐感と戦っていた。

「……ミス・ミラン、喋れる? ちゃんと、返事しないと不安になるわ」

「……」

 『死屍累々』という表現がピッタリのアニエスは喋る事もできなかった。

「ミス・ミラン?」

「……あい」

 シュヴルーズがアニエスに尋ねると、弱々しくも返事が返ってきた。
 返事を返したアニエスは、毛布を頭まで被り身動き一つしなくなった。

「……」

「うー」

「あ~」

 高い波にベルギカ号が揉まれる度に、ゾンビの様な呻き声を上げる三人。
 ……そして時間だけが流れた。

 エレオノールは、動かないアニエスが心配になった。
 どうしたものか、と頭を捻らすと妙案が浮かんだ。

「……そ、そうよ、いい事考えたわ。うぷ」

「ミス・ヴァリエール、どうしたの?」

 ベッドで横になっていたエレオノールが声を上げた。

「レビテーションよ。レビテーションで浮かべば、このムカムカから解放されるわ」

 エレオノールは杖を振るい宙に浮いた。

「そ、その発想は無かったわ!」

 シュヴルーズもエレオノールに習って『レビテーション』を唱えた。
 二人は宙に浮いて数分すると、嘔吐感が収まってきた。

「ミス・シュヴルーズ。力を貸してください」

「ん? いいわよ」

 二人はレビテーションで浮いた状態でアニエスに近づいた。

「……ミス・ヴァリエール。手伝うって、ミス・ミランを抱き起こす事?」

「そうです。ミス・ミランが、あの状態じゃ魔法も碌に使えないでしょうから」

「あ~……彼女、魔法が使えないから」

「え? どういう事ですか?」

「彼女、平民の出だから魔法が使えないのよ」

「でも、ミラン家って、ちゃんとした貴族の家ですし、彼女の父親って、王国でも屈指の出世頭ですよ?」

 どうやら、エレオノールはアニエスの事をメイジだと思っていたようだ。

「彼女は養女よ」

「……」

「ミス・ヴァリエール。彼女が平民だと知ったからって、対応を改めるような事はしないでね? じゃないと殿下に粛清されるわよ?」

「し、しませんよ、そんな事」

「そう、なら良かったわ。貴女、いい()だけど、一昔前の貴族みたいよ?」

「……ぐ、ぐぬぬ」

 エレオノールは『ぐぬぬ』と唸ると、アニエスのところまで浮いて移動した。

「……うう?」

 くぐもった声でアニエスが毛布から顔を出すと、シュヴルーズとエレオノールが二人でアニエスを抱きかかえようとしていた。

「な……何を」

「ちょっと我慢しててね。ミス・ヴァリエール、始めましょう」

「わ、分かりました」

 シュヴルーズはアニエスの肩と腰に手を回し持ち上げようとした。エレオノールもシュヴルーズの反対側を持ち宙に浮かんだ。

「こうやって、宙に浮いて暫くすれば酔いは収まるはずよ」

「……ありがとうございます。ミス・シュヴルーズ」

 だいぶ楽になったのか、アニエスの顔色は良くなってきた。

「私が考え付いたんじゃないわ、発案者はミス・ヴァリエールよ」

「そうでしたか、ありがとうございます、ミス・ヴァリエール。だいぶ楽になりました」

「べ、別にっ……貴女の為にした訳じゃないんだから!」

 ツンデレのテンプレの様な答えが返ってきた。

「それでも、ミス・シュヴルーズと一緒になって私を抱えてくれました。とても感謝してます」

「……勝手にして!」

 エレオノールは顔を真っ赤にして、ぷいっと顔をあらぬ方向へ向けた。
 照れ隠しの意味もあったが、面と向かってお礼を言われる経験が無いエレオノールは少しだけ目が潤んでしまった。しかも、おべっかの類ではなく邪気の無いお礼だ。エレオノールは今の顔を誰にも見られたくなかった。

 エレオノールの仕草が可笑しいのか、最初にシュヴルーズが笑い、釣られてアニエスも笑った。
 一方のエレオノールは二人にヘソを曲げてしまったが、このやり取りでアニエスのエレオノールへの苦手意識は無くなった。
 この日の内に、レビテーションを使ったコロンブスの卵的な酔い止め方は艦内に広まり、艦の何処彼処(どこかしこ)でメイジがレビテーションで宙に浮く奇妙な光景が見られるようになった。
 マクシミリアンもこれに習い、愛妻の編んだマフラーを首にかけながら丸一日、空中に浮き続けた。
 
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