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寒さが消えて

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第一章

                寒さが消えて
 八条運送札幌支社に配属されてからだ、岡本健四郎はよく同僚達に言った。
「いいところだけれど鹿児島生まれにはな」
「北海道は寒いだろ」
「かなり堪えるだろ」
「ああ」 
 実際にと答えるのが常だった。
「本当にな」
「これが北海道でな」
「とにかく冬は長くて寒いんだよ」
「それで雪も多い」
「本当に鹿児島とは違うんだよ」
「生まれ故郷は鹿児島で」
 健四郎はさらに話した、一八〇近い長身と引き締まった体格が黒の角刈りと濃い眉毛と小さな丸い目の顔によく似合っている。
「大学までそっちでな」
「就職もな」
「八条運送になって」
「ずっと鹿児島だった」
「そうだったよな」
「それが急に転勤になって」
 それでというのだ。
「鹿児島からな」
「北海道でな」
「札幌に来たよな」
「この街に」
「まさかだよ、転勤の話を聞いても驚いて」
 そしてというのだ。
「しかもそれが鹿児島とは真逆の場所だっていうんだから」
「人生わからないよな」
「転勤についても」
「前まで南国鹿児島にいたのに」
「雪の札幌なんてな」
「本当にな、けれど寒くてもな」
 それでもとだ、健四郎はさらに話した。
「いいところだってのはな」
「そうだろ、街は奇麗だしな」
「食いものも美味い」
「いいところだろ」
「ああ、今だってな」
 健四郎はここで一杯飲んだ、今は仲間達と共に居酒屋で飲み食いをしている。石狩鍋を囲みつつそうしている。
 その石狩鍋を食べながらだ、こう言うのだった。
「美味い酒にな」
「石狩鍋美味いだろ」
「北海道は美味いもの滅茶苦茶多いんだよ」
「海の幸も乳製品もあってな」
「メロンだってジンギスカン鍋だってあるぜ」
「ラーメンもな」
「そうだよな、寒くても」
 それでもとだ、健四郎はさらに言った。
「街は奇麗で美味いものばかり」
「それじゃあな」
「札幌での暮らし存分に楽しんでくれよ」
「そうしてくれよ」
「是非な」
 同僚達に応えてだ、そうしてだった。
 健四郎は札幌での生活を楽しんでいた、だが部屋に帰ると時々一人暮らしの寂しさから寒さを感じていたりもした。その中で。
 由紀が降り続く寒い夜の中で彼は道に一匹の野良猫を見た、ブルーグレーの毛のまだ小さな猫だった。口の周りだけが白い。かなり痩せている。
 その猫が寒くて凍えてるのを見てだ、彼はその猫を拾った。性別を見ると雄だった。そうしてから社宅自分の会社だけでなく系列グループの社員と家族が住んでいるそこに入って管理人にその猫を見せつつ問うた。
「部屋で育てていいですか?」
「うちはペットオッケーだよ」
 管理人は猫を抱いている健四郎に笑顔で答えた。
「だからね」
「俺が飼ってもいいですか」
「いいよ、ただね」
「ただ?」
「ちゃんと育てることだよ」
 管理人は彼にこのことを言い加えた。
「いいね」
「拾ったならですね」
「そう、猫も人間と同じだから」
 管理人の言葉は強いものだった。 
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