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羊の頭

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第二章

「羊の頭の丸焼きが思い浮かんだ」
「先生の脳裏に」
「まさにですか」
「その料理が浮かんできたのですか」
「その者を見た瞬間にな」
 まさにその時にというのだ。
「そうなった、それでじゃ」
「私が羊の頭の丸焼きを食べたいとですか」
 その弟子も言ってきた。
「おわかりになられたのですか」
「左様、ではな」
「これよりですか」
「羊の頭の丸焼きを食べよう」
 まさにそれをというのだ。
「そうしようぞ」
「有り難うございます」
「礼はいい」
 聖者は弟子に微笑んで答えた。
「そなたが何かを食べたいと思うことは自然のこと」
「飯の時にですか」
「何かを食いたいと思うことはな」
「ですが先生は」
「それは少しずつな」
「修行をしてですか」
「欲をなくしていくもの、だから今はな」
「これでもいいのですか」
「欲があってもな」
 別にと言うのだった。
「よいのじゃ」
「左様ですか」
「人は急に変われぬ、まさに徐々にな」
「修行を積んでいき」
「変わればよい、また欲があって悪いか」
 こうもだ、聖者は弟子に話した。
「そう言われるとそうでもない」
「人には欲があるものですか」
「左様、悪い欲でなければな」
「よいのですか」
「そうじゃ、わしはいい欲も悪い欲もない」
 無欲、完全なそれだというのだ。
「それだけじゃ、そしてそれがいいか悪いかは」
「それは、ですか」
「わしもわからん、しかし間もなく飯時なのは事実でな」
 それでというのだ。
「これから飯を食おう」
「それでは」
「今より皆で食おう」
 聖者は弟子に優しい笑顔で述べた、そうしてだった。
 彼も弟子達も羊の頭の丸焼きを食べた、それは実に美味かった。イスラムに古くから伝わる逸話の一つである。


羊の頭   完


                   2019・8・4 
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