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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン22 機械仕掛けの地底神

 
前書き
ようやく更新ペースが戻ってきました。

前回のあらすじ:過去キャラのリサイクル回。1話しか出番のない一発キャラはあんま作りたくないという方針の下、これ以降も隙あらばああやって既存キャラをデュエルの有無は置いておくとしても差し込んでいきます。多分。 

 
 叫びたいだけ叫んだことでようやく少し頭の冷えた糸巻が自らのオフィスに戻ると、朝から別行動していた鼓は先に帰ってきており、一息つこうというのか丁度コーヒーを淹れているところだった。挨拶もせずに戻ってきた旧友の顔を一目見て何かあったことを察し、無言で口をつける寸前だった湯気の立つカップを差し出してくる。

「……いや、アタシはいらん」

 存外頑固なところのある鼓は放っておくといつまでもその姿勢のまま無言の圧力をかけてくることは経験上理解しているのでしぶしぶ口を開いて丁重に断り、その裏ではそんな言葉を聞いて我ながら酷い声だ、と内心顔をしかめる。今の彼女の精神状態がそのまま反映された、不機嫌さを隠そうともしない子供じみた態度。

「ふむ、そうか」

 それだけで何か続けて問うでもなく、素直にカップを引っ込めて静かにすすり始める鼓。そこで一度引くあたり、お互いにこのあたりの空気はよくわかっている。そもそも、今回の新たな犠牲者である青木とロベルトは鼓にとっても元同僚なのだ。しばし無言のままにのんびりとその中身を飲み干し、再び口を開く。

「この町の担当はお前だ、事前に報告だけしておくぞ。明日、ここら一帯に網を張らせてもらう。陸路はもちろん空路や海路だろうと、この町の外に出るためには私の目に引っかかるようにな」

 さらりと言ってのけたことだが、それがどれほど難しいことかは糸巻もよく理解している。権限の問題もさることながら、家紋町は海に面した街である。町の出入り全てに目を通そうというのであれば車や電車、船といった通常の交通手段はもちろんのこと、彼女たちが相手する「BV」を利用しての水中型や飛行型、果ては地中に潜むモンスターを実体化しての侵入にまで対処の必要があるからだ。
 しかし鼓は、それをわずか一日で成し遂げるなどと言う。そんなこと可能なのか、などと無駄な質問はしない。鼓がやると言うならやるんだろう、それ以上疑問を抱かない程度には糸巻はこの旧友を信用している。そもそも彼女たちの仲と立場で、大言壮語を口にする理由などありはしない。言い出しっぺに押し付ける、と言い換えることもできる。

「そーかそーか、頑張ってくれ」

 いかにもやる気のない返事に気勢を削がれつつも、言質はとったぞと最後に釘をさすことだけは忘れない。そのまま今日はもう寝るとの言葉を最後にオフィスの奥、宿代を惜しんで泊まり込んでいる仮眠スペースへと引っ込んでいった。
 残された糸巻は1人になったオフィスでいつものように禁煙の張り紙を横目に煙草を引っ張り出しながら、なんでアタシはまだ起きてるんだろうとぼんやり自問した。
 最後までその答えは出なかったが、確かなことがひとつある。結局その日、鳥居が帰ってくることはなかった。
 朝。目を覚ました鼓がやや強張った体を伸ばしつつふと目を向けると、自分の椅子の上ですうすうと微かな寝息を立てて舟をこぐ赤い髪が目に映った。どうやら昨日は家にも帰らず、座ったまま眠りこけていたらしい。そう若いという年でもないのによくやるものだと呆れのこもった笑みを浮かべ、すぐにそんな自分も彼女と同い年だという現実を思い返してその笑みに自嘲の色が混じる。とりあえずの気休めとして先ほどまで自分が使っていた毛布を雑に被せておき、起こさないように静かに外に出た。

「……さて」

 朝焼けの光に目を細め、取り出したのは1枚の紙。先日巴から去り際に渡された、彼の連絡先である。しばしそれを眺めたのち、おもむろに携帯電話を取り出した。
 それからまた、数時間。おそらく外では、もう日が天頂に来ているような時間だろう。今日は空気も乾燥しており、爽やかな晴れの空が広がっているはずだ……そんなことを考えながら、それとは真逆の湿った空気と薄暗闇の支配する陰鬱で狭い空間に足音が響く。視界の端で慌てて逃げていくのは、丸々太ったネズミだろうか。
 彼女の現在地点は、地下。近場のマンホールを開けて潜り込んだ、幸運にも下水ではなく上水道の内部である。規則的に配置されぼんやりとした光を放つ非常灯と、それよりも強烈な光の筋を描く手にした懐中電灯の明かりを頼りに進みながら、複雑で気が滅入るような道を延々と歩く。

「そろそろか?」

 小さく囁いたそんな独り言を聞きつけていたかのように、前方からかすかな駆動音と共に何かが近づいてくる気配がした。人間大の「それ」が、鋭く向けられた懐中電灯に照らされて金属特有の光沢を放つ。一見すると、ごくありふれた清掃用ロボット。半自動でこの上水道の中を延々動き回っては老朽化の有無を確認したり簡単な掃除を行う、都市整備用マシンでしかない。
 しかし、彼女が探していたこの一台のみは違う。人間の存在を感知してカメラを向けつつ巡回を止めたそれに映るよう自らのデュエルディスクを起動させると、そこに焦点を合わせたロボットが内部で何らかの処理を始めた。それまでの代わり映えしない風景での単独行動がよほど退屈だったのか、聞くものなどないと知りつつも無意識に声が出る。

「その様子だと、巴の奴も嘘はつかなかったようだな」

 この清掃用ロボ自体は、町の地下を何台も手分けして巡回している何の変哲もない機械に過ぎない。しかし彼女が前にする、この1台。これだけが、清掃会社の所属ではない。これはかつて巴が「BV」のどさくさに紛れて手に入れた同型のものを改造して密かにこの町の地下に紛れ込ませた……そして今なお彼らの活動における抜け道の確保や敵対する侵入者の察知に使われる、上下水道全てを掌握するための監視システムの一環である。
 実は、ゆうべ彼女が糸巻に1日でこの町に網を張ると豪語した理由がここにある。無論その時点で確証があったわけではないが、かれこれ13年間も裏稼業を続けているあの男ならばおそらくそれぐらいの情報システムは押さえているだろうと推察したわけだ。先ほどの電話はそれを確認するためのもので、果たして彼女の読みは見事に命中。当然この情報の開示は彼らにとって奥の手ともいえる地下関連のアドバンテージをデュエルポリスに奪われることになるが、それを差し引いてもこの爆破計画をそのまま通すわけにはいかない巴は情報を出し渋りはしないだろうとの判断である。

「さあ、さっさと始めようか」

 その言葉に反応するかのように清掃ロボの上部、人間でいうところの顔に当たる部分にはめ込まれた緑色のランプが色を変えて赤く光る。そう、そこまでで終わっていればこの一時的同盟の名を借りた水面下での攻防は鼓の、ひいてはデュエルポリスの一方的勝利で終わっていただろう。しかし、巴光太郎。この油断も隙もない老獪なおきつねさまは、この情報を開示するにあたりひとつだけ彼女から譲歩をもぎ取っていた。
 それがこの、彼の手による改造によって自衛プログラムをインストールされた清掃ロボとデュエルを行うこと。それも、デュエルポリスの「BV」妨害プログラムを使用しないという条件付きである。この清掃ロボのアクセス権を得るためにはデュエルで勝利する必要があるのだが、そのセキュリティを切るつもりはないとのお達しがあったのだ。
 そして、その理由も彼女にはよくわかっている。この情報を渡す代わりに、デュエルポリスフランス支部長である彼女のデュエルデータを丸々手に入れようという魂胆なのだろう。あまり多くのデータを渡せば、それだけ「BV」は進化する。妨害電波の通用しない「新型」の研究も、それだけ進むはずだ。おまけにこのロボが持たされたデッキにもよるが、このデュエルにおいて実体化されるカードは彼女の肉体を容赦なく傷つける。それでも彼女はデュエルポリスとしての使命感……いや、それ以前に多くの人が危険にさらされている状況を見て見ぬふりはできないという単純な義務感から、巴の思う壺だとは承知しつつも、彼女がそういう女だとわかったうえでの言葉だと理解しつつも、この提案を飲まざるを得なかった。

「ピピピピピ……デュエルディスク、認証。アクセス権限、確認失敗。アクセス権限容認申請と判断、当機はこれよりデュエルモードに移行します。よろしいですか?」
「我々の得た情報と、奴の手に入れる戦闘データ。まあ痛み分けと言いたいところだが、私の受けるダメージがある分こちらがやや損な取引か?どうにも納得がいかないから、お前には少し憂さ晴らしに付き合ってもらうとしよう。恨むなら主人を恨むことだな」

 男とも女ともつかない機械音声が、周囲の壁に反響してどこか不気味に響く。不敵に笑い返した鼓が銀髪をかき上げると、ゆる三つ編みがその動きに合わせてわずかに揺れた。

「「デュエル!」」

 今回先攻を手にしたのは、清掃ロボ。どの程度のAIが組み込まれているのかは知る由もないが、できる限り短期決戦で決着をつけよう……しかし、すぐに彼女はそんな自分の甘さを悔いた。そもそも、巴は過去の知識から彼女のデッキ内容をある程度把握しているのだ。防衛プログラム程度に彼女が負けるとまでは思っていないだろうが、ある程度苦しめるための手は打ってあることぐらい想定してしかるべきだったのだ。

「私のフィールドにモンスターが存在しないことで、手札の時械巫女は特殊召喚ができます。そして時械巫女をリリースすることで、デッキから時械神1体を手札に加えます」
「【時械神】……やってくれたな、巴。随分と過ぎた玩具を持たせてくれたじゃないか」

 時械神。カテゴリ内ほぼ全てのモンスターが攻撃力も守備力も0という異色の最上級モンスターで構成され、にも関わらず戦闘を介することでバーン、ドロー、除去、回復とあらゆる形で豪快にアドバンテージを稼いでいく、神の名に相応しい常に上からの圧殺を得意とするデッキである。当然のことながら、打点を武器に上から殴り飛ばすスタイルを軸とした彼女のデッキとの相性は最悪に近い。
 呻く彼女にはお構いなしに、清掃ロボが器用に小型アームを伸ばしカードを掴んだ。

「私が手札に加えるカードは、時械神ラツィオン。そして自分フィールドにモンスターが存在しない場合、時械神ラツィオンはリリースなしで召喚できます」

 時械神ラツィオン 攻0

 薄暗い地下世界を、ぱっと赤い炎が照らす。清掃ロボが最初にその場を任せたのは、両肩から炎を立ち昇らせる巨大な鎧。空洞の中身には巨大な鏡面が埋め込まれ、その内部に髭を蓄えた巨大な人の顔が映り込む。本来このカードをはじめとした時械神はかなり巨大なモンスターだが、狭い上水道内ではソリッドビジョンのサイズにも自動的に補正が入りどうにかその体を天井いっぱいまでで収めている。しかし逆に言えば今の召喚によってこの通路は完全に塞がれたということでもあり、このデッキチョイスにはいちいち巨大な時械神を盾にすることでデュエルを拒否して強引に突破しようとする不埒な侵入者を足止めする意味もあるのだろう。

「私は、これでターンエンドです」
「……仕方がないな。私のターンだ」

 しばし手札を眺めて考えを巡らすも、どうにもならないと諦めてカードを引く。その瞬間、ラツィオンの肩から噴き出る炎が大きく向きを変えて彼女に襲い掛かった。

「くっ……!」

 鼓 LP4000→3000

 咄嗟に息を止めて目を閉じ、体内に炎が入ることは食い止める。すぐに炎は収まったが、文字通りその身を焼かれるというのは間違っても気分のいい体験ではない。

「時械神ラツィオンの効果発動。1ターンに1度相手がカードをドローしたとき、1000のダメージを与えます」
「ああ、よく知ってるとも。だが、次は私にも反撃させてもらう。来い、超重武者装留イワトオシ!」

 超重武者装留イワトオシ 攻1200

 巨大な弓そのものの形をしたモンスターが、その矢じりをラツィオンに向ける。もっとも彼女の狙いは、その矢をそのまま放たせることではない。

「そして私は、超重武者モンスターのイワトオシを左下のリンクマーカーにセット。母なる大地に根を張りて、防衛線を指し示せ。リンク召喚、リンク1。超重武者カカ-C」

 超重武者カカ-C 攻0

 機械仕掛けの案山子が、ラツィオンを通せんぼするかのようにその一本足で立つ。その攻撃力は守備表示になれないリンクモンスターとしては致命的な0、しかしこのカードにはそれをカバーするだけの力があることを彼女は知っている。

「まずはこの瞬間、イワトオシの効果を発動。このカードがフィールドから墓地に送られた時、デッキから超重武者1体をサーチする。私が手札に加えるのはこのカード、超重武者テンB-N(ビン)。そしてカカ-Cの効果を発動。私の墓地に魔法及び罠が存在しないとき、1ターンに1度手札のモンスター1枚をコストにして墓地の超重武者1体を選択、そのカードを守備表示でリンク先に蘇生する。今サーチしたテンB-Nを捨て、このまま墓地のテンB-Nを選択。甦れ、テンB-N!そしてこのカードが場に出た時、さらに墓地からレベル4以下の超重武者を守備表示で蘇生できる。イワトオシを連鎖蘇生だ」

 超重武者テンB-N 守1800
 超重武者装留イワトオシ 守0

 1枚の初動から3体のモンスターが並ぶが、これだけではラツィオンを突破することは不可能。しかしもとより彼女には、正攻法でラツィオンを突破する気など最初からない。

「手札からチューナーモンスター、(アーリー)・ジェネクス・バードマンの効果を発動。私のフィールドからテンB-Nをバウンスし、このカードを特殊召喚する」

 A・ジェネクス・バードマン 攻1400

 蘇生効果持ちのテンB-Nをバウンスすることで次のターンでの再度の発動を狙いつつ、チューナーとそれ以外のモンスターを場に並べるプレイング。そのうえ、イワトオシのサーチ効果にターン1制限などというものはない。イワトオシとバードマンの手札2枚から消費を限界まで抑えつつ戦線を構築する、彼女の得意とする戦術である。

「レベル4の機械族モンスター、イワトオシにレベル3の機械族チューナー、バードマンをチューニング。風吹き荒ぶ山を駆け、林のごとく静かに忍べ。シンクロ召喚、超重忍者シノビ-()(シー)!」

 ☆4+☆3=☆7
 超重忍者シノビ-A・C 守2800

 座禅を組んだ状態で音もなく現れる、超重武者には珍しい丸みを帯びた黒い装甲に身を包むレベル7のシンクロモンスター。薄闇に紛れたその姿は、見る者の意識を逸らす作用を持つ。

「自身の効果によって特殊召喚されたバードマンはゲームから除外されるが……ここで再び、フィールドから墓地に送られたイワトオシの効果を発動。超重武者装留チュウサイを手札に加え、手札からその効果を発動。このカードを場の超重武者モンスター、カカ-Cに装備し、さらに装備魔法としての効果を発動。装備モンスターをリリースすることで、デッキから更なる超重武者を特殊召喚する。私が選ぶカードは、超重武者装留ビックバンだ」

 超重武者装留ビックバン 攻1000

「支度は終わりだ、後は最後の仕上げだな。シノビ-A・Cの効果を発動、私の墓地に魔法・罠が存在しないときに1ターンに1度、このカードの元々の守備力を半分にすることでこのカードをダイレクトアタッカーとすることができる」

 超重忍者シノビ-A・C 守2800→1400

「そして今の私の場には、機械族の効果モンスターが2体のみ。よって魔法カード、アイアンドローを発動。カードを2枚ドローする代わりに、このターンに私は後1度しかモンスターを特殊召喚できない。もっとも、もうこのターンに特殊召喚を行うつもりはないがな。最後にこのビッグバンは、場の自身を守備力1000アップの装備魔法として超重武者に装着することができる。当然、この効果を使わせてもらう」

 超重忍者シノビ-A・C 守1400→2400

「随分と待たせたな、バトルだ。シノビ-A・Cでダイレクトアタックする」

 足元の水面へと、座禅を組んだまま垂直に潜っていく超重忍者。その水深とシノビ-A・Cのサイズからいって本来その全身が完全に水に潜ることなどありうるはずがないのだが、事実それは目の前で起きている。そして清掃ロボの背後へと音もなく浮上し、カメラの死角から機械仕掛けの杖でそのボディーをしたたかに打ちつけた。

 超重忍者シノビ-A・C 守2400→清掃ロボ(直接攻撃)
 清掃ロボ LP4000→1600

「ピピピピピ……ダメージ、損傷確認。動作率98%に低下、パフォーマンスに低下はないと判断。デュエルを続行します」
「無駄に頑丈なことだ。メイン2にスケール8のメタルフォーゼ・ヴォルフレイムをライト(ペンデュラム)ゾーンにセッティング、そのままペンデュラム効果を発動。装備状態のビックバンを破壊することで、デッキからメタルフォーゼ・コンビネーションをフィールドにセットする。さらにカードを1枚伏せ……そしてこのターン終了時に、シノビ-A・Cの効果も切れる」

 超重忍者シノビ-A・C 守2400→1400→2800

「私のターンです。スタンバイフェイズ。時械神ラツィオンの効果を発動、フィールドのこのカードをデッキに戻します。そして相手フィールドにのみモンスターが存在することで、手札の時械神サンダイオンはリリースなしで召喚できます」
「もう握っていたか、サンダイオン……」

 時械神サンダイオン 攻4000 

 ラツィオンとその炎が陽炎のように揺らめき消えてゆき、ぽっかりと空いたフィールドを埋めるかのようにより一層眩しい閃光が走る。その中から出てきたのは、翼めいた6つのパーツを背面に持つ金色の鎧とその中央に存在する十字型の鏡面、そしてそこに浮かび上がる威厳のある顔であった。

「そして、墓地に存在する時械巫女の効果を発動。このカードを除外することで、デッキに存在する攻撃力0の時械神1体を召喚条件を無視して特殊召喚します。私はこの効果で、時械神ザフィオンを選択します」
「甘い、チェーンして手札から増殖するGの効果を発動!このターン相手が特殊召喚するたび、私は1枚のカードをドローする」

 時械神カミオン 攻0

 サンダイオンの前に重なるようにして水柱が立ち上り、女性用と思しきデザインの巨大な青い鎧とその中央の鏡面に浮かび上がる女性の顔。水の時械神、ザフィオンである。

「1枚ドロー。それにしても、随分と躊躇なく時械巫女の効果を使ってきたな。このターンだけならばサンダイオンだけでも十分だろうに、その思い切りの良さはさすがAIといったところか」

 彼女の墓地にあるビッグバンはバトルフェイズ中に発動したカードの効果を無効にする能力を持つ、彼女のデッキでは数少ない時械神への対抗策となりうるカードである。しかしその効果は強力な半面制約も大きく、守備表示の超重武者がいなければ発動すら不可能という代物だ。
 本来ならば先述のように攻撃力0がほとんどの時械神でシノビ-A・Cを突破するためにはどうしてもその効果に頼らざるを得ず、したがってビッグバンの使い所もほぼ確実に存在するはずだったのだが、その理論の数少ない例外となるサンダイオンは一切の効果を使わずに純粋な打点のみでシノビ-A・Cを戦闘破壊することができる。他にビッグバンのトリガーとなりうる超重武者の存在しない彼女に他の時械神の効果を確実に通せるのはこのターンしかなく、それゆえに今リクルート効果を使おうという判断なのだろう。そして、実際にそれもまた間違いとは言い切れない。結局のところ戦いの結末は、カードだけが知っているのだから。

「バトルフェイズ。時械神サンダイオンで超重忍者シノビ-A・Cに攻撃します」

 サンダイオンがその腕で指し示すと、その周囲に無数の光球が一斉に浮かび上がり飛んでいく。相変わらず座禅を組んだまま杖を振ってその攻撃を受け止めようとする超重忍者だが、あまりの光球の数と勢いに少しずつその体が押し込まれていく。すぐにその処理能力は限界を迎え、光の奔流に呑み込まれたその姿は跡形もなく焼き切られた。

 時械神サンダイオン 攻4000→超重忍者シノビ-A・C 守2800(破壊)

「続いて、時械神ザフィオンでダイレクトアタックします」

 ザフィオンの作り出した水の渦が、鼓の足元をすくう。攻撃力自体は0であるためいくら実体化していてもどうにかその場で足を取られて転ぶような無様は晒さなかったが、彼女のカードの方はそうもいっていられない。伏せられていたメタルフォーゼ・コンビネーションが、そしてPゾーンのメタルフォーゼ・ヴォルフレイムまでもが、まとめて水流に呑み込まれていく。

 時械神ザフィオン 攻0→鼓(直接攻撃)

「時械神が戦闘を行ったことで、バトルフェイズ終了時にその効果を発動します。まず時械神ザフィオンの効果により、相手プレイヤーの場に存在するすべての魔法、罠をデッキに戻します。そして時械神サンダイオンの効果により、相手プレイヤーに2000のダメージを与えます」

 がら空きになった鼓のフィールドを裂くように、サンダイオンの産み出した光の剣が一直線に飛ぶ。辛うじて身を捻ったものの脇腹のあたりを深々と貫いたそれが体の後ろに抜けて消えていくと、物理的にその箇所を突き刺されたような痛みが彼女を襲う。脂汗を流して脇腹を手で押さえながらも、どうにか膝を折ることなく踏みとどまったのは彼女自身の意地と生命力に他ならない。

 鼓 LP3000→1000

「だが、惜しかったな。今の局面、結果論とはいえお前はザフィオンではなくラツィオンをもう1度リクルートし直すべきだった。そうすれば、次のドローフェイズに自動発生するバーン効果でおそらく私のライフは尽きていたからな。私の伏せカードに対し慎重になったのだろうが……このカードは、スケープ・ゴート。私はこれをザフィオンの効果に対しチェーンして発動することで、私の場に4体の身代わり羊(羊トークン)を特殊召喚させてもらった」

 羊トークン 守0
 羊トークン 守0
 羊トークン 守0
 羊トークン 守0

 首の皮一枚でライフが繋がったことで、ふうと息を吐く。しかしラツィオンの再リクルートを防いだのはいいがまだ危機が去ったわけではなく、いまだ彼女が崖っぷち寸前に立たされていることには変わりない。バトルフェイズを終えたにもかかわらず、盤面を前に長考を続ける清掃ロボの態度がそれを物語っている。

「超弩級砲塔列車グスタフ・マックス……その様子だと、やはりエクストラデッキにはあるようだな。機械に言っても仕方のない話だろうが、どうする?」

 彼女が口にしたのは、ランク10モンスターの原点にしていまだ現役最前線を突っ走るエクシーズモンスターの名。その豪快にして単純明快な効果は、エクシーズ素材1つを使用しての2000バーン。初期ライフの半分を一度に奪い去るという何かを間違えたとしか思えないその馬鹿げた火力は、多少無理をしてでも出す価値のあるカードといえるだろう。
 そしてそれを辛うじて抑制しているのが、先ほど彼女が捨てた増殖するGの存在だ。すでにザフィオンのリクルートによって1対1交換を許しているこのカードは、そのエクシーズ召喚を行えばさらなるドローを許すことになる。もしその過程で何らかの防御カードを引かせれば、破壊耐性と戦闘ダメージ0の2体を捨て、耐性のない3000打点の壁のみを残したという最悪の状態でターンを回すこととなる。そうなれば、このデュエルの流れは一気に逆転するだろう。

「どうした?AIだからといって、長考はあまり歓迎されないぞ」

 からかうような言葉にも、当然清掃ロボは反応しない。これが並みのAIならば最短で相手ライフを削りきるためリスクを恐れず、悪く言えば猪突猛進にエクシーズ召喚を行っただろうが、この清掃ロボに組み込まれているプログラムは伏せカード1枚を対処するためわざわざラツィオンではなくザフィオンをリクルートするなど、どうもかなり慎重な節がある……今の攻防を経て、彼女はそう推測していた。おそらくは元々が侵入者を積極的に倒しにいくよりも、石橋を叩いて渡るプレイングを続けることで巴らが駆け付けるまでの時間を稼ぐことが目的なのだろう。仮に苦労して倒しきったとしても、そのころには生身の元プロに取り囲まれているというわけだ。いかにもあの男が好みそうな陰湿かつ確実な戦法だ、と独り言ちる。
 もっとも、だからこそ彼女の命は繋がれるのだから皮肉なことである。結局、清掃ロボはエクシーズ召喚を行わず、カードを2枚伏せてターンを終えた。

「いい子だ。私のターン、ドロー。まずは様子見か、羊トークンの1体を攻撃表示に変更して魔法カード、強制転移を発動。互いにフィールドのモンスター1体を選び、そのコントロールを入れ替える。私は当然、今攻撃表示にした羊トークンを選ばせてもらうが……」
「極めて危険なカードと判断します。速攻魔法、帝王の轟毅(ごうき)を発動。私のフィールドに存在するレベル5以上の通常召喚されたモンスターである時械神サンダイオンをリリースすることで、フィールドで表側表示のカードである強制転移の効果を無効化します」

 羊トークン 守0→攻0

 サンダイオンの巨体が光となって突撃し、強制転移のカードを破壊する。しかし、その程度で怯むようではデュエルポリスなど務まりはしない。帝王の轟毅は打たれたのではなく、あくまで打たせたのだ。

「そして帝王の轟毅の更なる処理として、私はカードを1枚ドローします」
「妨害1枚、そこまでは想定内だ。あとはそれが何枚あるかだが……考えても仕方がないな。地属性モンスターの羊トークンのうち2体を左下、及び右下のリンクマーカーにセット。大地の恵みが満ちる時、眠りし命に今再び土の遺志宿る。リンク召喚、崔嵬(さいかい)の地霊使いアウス。さらに3体目の羊トークンを通常モンスターとして真下のリンクマーカーにセット、リンク・スパイダー!」

 崔嵬の地霊使いアウス 攻1850
 リンク・スパイダー 攻1000

「これでフィールドが空いたな。超重武者テンB-Nを通常召喚し、効果を発動。再び甦れ、イワトオシ!」

 崔嵬の地霊使いアウス 攻1850
 超重武者テンB-N 攻800
 超重武者装留イワトオシ 守0

 茶髪の魔法少女に続くようにして先ほどと同じ手順により、またしてもイワトオシがフィールドに姿を現す。だがチューナーの存在しないこのフィールドで、今度彼女が狙うのはシンクロ召喚ではない。

「ライトPゾーンにスケール1のメタルフォーゼ・シルバードをセッティングし、ペンデュラム効果を発動。蘇生したイワトオシを破壊することで、デッキから錬装融合(メタルフォーゼ・フュージョン)をセットする。そしてこれにより墓地に送られたイワトオシの効果により、超重武者装留ダブル・ホーンを手札に。ダブル・ホーンもまた手札から超重武者に装備でき、さらに装備状態のこのカードは装備を解除して特殊召喚できる」

 超重武者装留ダブル・ホーン 守300

 テンB-Nの存在を介し、巨大な角を模した兜のようなモンスターがジェット噴射で着地する。これで彼女のフィールドには、瞬く間にモンスターが5体……それでいて、いまだ3枚もの手札を保持している。

「リンク2のアウス及びテンB-N、ダブル・ホーンの3体を上、右、右下、下のリンクマーカーにセット。堅牢なる要塞の絶対防御の逆鱗に触れる愚か者よ、仇なす全てを撃ち落とす弾幕の錆となるがいい。リンク召喚、リンク4!ヴァレルガード・ドラゴン!」

 ヴァレルガード・ドラゴン 攻3000

 ドラゴンというよりはどこか恐竜めいた顔立ちの、赤い体に銀の装甲を纏う巨竜。メタルフォーゼと超重武者を軸に戦う彼女にとって、このドラゴンはまさに隠し玉とも言うべき切り札の1体だった。

「さあ、興が乗ってきたな。ヴァレルガードの効果発動、私のフィールドに存在する魔法、罠1枚をコストとして墓地に送ることでこのターン破壊されたモンスターを効果を無効にして守備表示で蘇生する。リワインド・フェイズ!」

 超重武者装留イワトオシ 守0

 伏せられた錬装融合のカードが弾丸となってヴァレルガードの胴体にある砲身に装填され、大きく開いた口から延びた砲門へとエネルギーが充填される。そして放たれた弾丸は轟音と共に大地を真下に穿ち、冥府の底に眠るイワトオシを三度現世へとその衝撃で引きずり出した。

「墓地に落ちた錬装融合の効果を発動。このカードをデッキに戻し、カードを1枚ドローする。ふむ……いいだろう。魔法カード、霊子(りょうし)もつれを発動。相手モンスター1体を対象に、このターンのエンドフェイズまで除外する。これで場は空いたな、お待ちかねのバトルフェイズだ」

 あまりにもあっけなく、清掃ロボの場ががら空きになる。しかし巴謹製のプログラムは、面倒なことにまだ次の手を用意していた。

「ピピピピピ……危険察知。メインフェイズ終了時に速攻魔法、光神化を発動します。手札より天使族モンスター1体の攻撃力を半分にし、発動ターンの終了時に自壊するデメリットを付与した状態で特殊召喚します。時械神メタイオンを特殊召喚します」

 時械神メタイオン 攻0

 ラツィオンとはまた異なる、炎の力を持つもう1体の時械神。固有効果は戦闘終了時にフィールドの自身以外の全モンスターへのバウンス、及びその枚数に比例しての微弱なバーン。一見これにより総攻撃を封じられたかに見えた鼓……しかし、清掃ロボの粘りもそこまでだった。彼女は知っている。このメタイオンにはひとつだけ、他の時械神との決定的な違いがある。勝機を見出した彼女の目が、ギラリと獰猛に光った。

「ヴァレルガードの更なる効果を発動!モンスター1体を選択し、その表示形式を表側守備表示に変更する。そして相手はこの発動に対し、いかなるカードを発動することもできない。私が選ぶのは当然、時械神メタイオンだ」

 硬質な羽を広げたヴァレルガードが散弾を放ち、その弾幕がメタイオンへと降り注ぐ。神の力を受けたその鎧は物理的なダメージなどで傷がつくことはないが、小型ながらに圧倒的な物量で勝るヴァレルガードの弾幕はその体制を大きく崩させ、ほんの一瞬の隙を作った。

 時械神メタイオン 攻0→守0

「そして速攻魔法、重錬装融合(フルメタルフォーゼ・フュージョン)を発動!手札及び場の素材モンスターを墓地に送り、メタルフォーゼの融合モンスター1体を融合召喚する。手札のメタルフォーゼ・ゴルドライバー2体を素材とし……豪奢なる黄金の魂が、輝き放ち進化する。融合召喚!砕け、オリハルク!」

 メタルフォーゼ・オリハルク 攻2800

 手札から墓地に送られたゴルドライバーのバイクが変形し、本人の体を覆う装甲となった。錬金術による爆発的なエネルギーはそのまま本人の身体能力の向上に回され、特徴的な得物である赤熱した片手斧はサイズこそそのままに二刀流へと進化を遂げる。彼こそはオリハルク、序盤から終盤にかけてオールラウンダーな戦果を挙げる、メタルフォーゼの切り込み隊長にして突撃兵。

「ゆけ、オリハルク!」

 オリハルクが両手の斧を両手で組み合わせると、いかなる錬金機構によるものかその2振りが繋がり両端に刃の付いた一振りの巨大な斧となった。2本分の長さを持つそれを、錬金術の力で爆発的に上乗せされた驚異的な腕力で唸りをつけて投げつける。

「時械神はそのほとんどが、戦闘によってプレイヤーに発生するダメージを0とする特殊能力を持つ。だがメタイオンのみは唯一、『攻撃表示の』自身の戦闘で発生するダメージを0にする能力を持つ。通常ならば運用に支障はない、ほんの些細な違いであることは否めないが……私のヴァレルガードならば、寝かしてしまうことができる。そして私のオリハルクには、メタルフォーゼ全てに対し守備表示モンスターを相手にする際倍の貫通ダメージを与える効果を付与する能力がある」
「ピピピピピ……」

 空気を裂いて飛来する斧がメタイオンの鏡面に突き刺さった。無数のひびが走り、そこに浮かんだ顔も見えなくなる。その様子を眺めながら口にしたのは、彼女にしては珍しい称賛の言葉。

「実に惜しかったな。もし最後に手札にあったのがメタイオン以外の時械神なら、私もお手上げだった。だがメタイオンならばその特性上、私でも十分相手にできる。お前の敗因は、度胸と運が足りなかったことだ」

 メタルフォーゼ・オリハルク 攻2800→時械神メタイオン 守0
 清掃ロボ LP1600→0

「こんなところか。こちらも仕事でな、悪く思うな」

 一時的に活動を停止した清掃ロボに近寄り、コントロールパネルを開く。デュエルに勝利したことでセキュリティは解除されていたため、内部データを呼び出すのに特別な技能は必要ない。

「ここ最近の地下のデータは、これか。ほう、地上からの出入りもリスト化されている……?なるほど、同型清掃ロボの地上型ともデータの共有をしていたのか。糸巻め、むしろよくこんな情報アドバンテージを握られた状態で仕事になったものだ……ん?」

 ぶつぶつと呟きながら、明かされたデータにざっくりと目を通していく。その視線がふと、情報の洪水のある一点を捉えた。





 地上に戻ったのちもあちこち奔走した鼓がようやく帰路に就いたときには、すでに上空には夜空が広がっていた。肌寒い風を感じながらオフィスに戻ると、ドアを開けた瞬間に今日は糸巻が入れていたらしいコーヒーの匂いが漂ってくる。

「今戻ったぞ。私にも寄越せ」
「あいよ、お疲れさん」

 うまくいったのか?などという愚問を飛ばすことはない。あくまでもこの友人を、糸巻は信用しているからだ。そして当の本人も、いちいち成功したなどと報告することはない。この友人が自分を信用したうえで何も尋ねてこないことを、彼女もまたよく分かっているからだ。

「気にするな、と言いたいところだが、今日は少し興味深いことがわかってな。聞きたい気分ではないだろうが、こちらもそれなりに重要な話だ。嫌だと言っても聞かせてやろう」
「あー?」

 まだ仕事の話が続くと聞き、露骨に嫌な顔になる糸巻。だがその表情の裏には、いまだわずかに隠し切れない空元気の影が潜んでいる。鼓もまた目を細めて吟味するようにその反応を眺めるも、結局は何も追及せずに流す。

「これは私も意外だったんだがな……どうも、この一連の襲撃事件。犯人候補が一気に絞れてきてな」
「何?」

 そう低く呟いた糸巻の目が、明らかに危険な光を放つ。わかりやすい反応に腕っぷしだけは頼れるが扱いが大変面倒くさくて気難しいこの相方は、いちいち情報を共有するのも一苦労だと胸中で独りごちる。

「ここ数日……私がここに来る前後あたりに、相次いで元プロ級のデュエリストがこの町に入り込んでいる。試しに何人かに当たってみたんだがな、糸巻。これが傑作な話なんだが、どうも全員がデュエルフェスティバル参加の招待状を貰ったからここに来たらしい。わざわざこの日に来い、と日時の指定までされてな」
「何……?」
「いやあ、まんまとしてやられたな。仕方がないから話を合わせておいたが、無論お前はまだ参加者の招待なんてしていないんだろう?」

 憮然とした表情とは裏腹に、どこか楽しそうにそう話す鼓。それの意味することが分からないほど、糸巻は馬鹿でも無能でもない。

「つまりその中に1人……かどうかはともかく、犯人が紛れ込んでるってことか。偽の招待状まで作って呼び寄せた残りの奴らはアタシらの捜査攪乱のための囮……」
「あるいは全員がグルか、だな。いずれにせよ、決めつけは危険だ」
「はー……ったく、当のアタシら差し置いて随分好き勝手やってくれるもんだ。これはあれか?アタシが出場者リスト作るのサボることができたぜきゃっほーいって喜んどきゃいいのか?もうコイツらがデュエルフェスティバル主催でいいんじゃねえかな」
「そもそもお前が、なんでまだそれをやってないんだって話だがな」

 煙草に火をつけて呆れたように呟く糸巻に皮肉の釘だけはきっちり刺しておき、少し冷めてしまったコーヒーに口をつける。とはいえいまだに相手のペースとはいえ、前進があったことには間違いない。

「そういえば糸巻、お前の部下はまだ戻って来てないのか?あの子の学校で起きたという話も、昨日は聞きそびれたからな。詳しく聞きたかったんだが」
「いや、アタシは見てねーぞ。むしろお前と合流して、一緒に帰ってくるから連絡もせずにほっつき歩いてんのかとばかり」

 嫌な沈黙が流れ、赤髪と銀髪2人の美女が顔を見合わせる。無駄口叩く時間も惜しいとばかりに携帯を取り出した糸巻が、登録済みの……もっぱらあちらから掛けてくるばかりで、彼女の方から探すことは極めて珍しい部下の番号へと通話ボタンを押す。
 プルルルル、プルルルル。無機質な着信音が、息を呑んで見守る2人のいるオフィスに響く。3回、4回……しかし、音の連鎖は途切れない。まるでカウントでも取っているかのように、その回数に比例して糸巻の表情が真剣味を帯びていく。嫌でも想起される最悪の事態にしびれを切らしかけたその時、唐突に着信音の一定のペースが途切れた。

『……はい。なんすか、糸巻さん』
「鳥……なんすかじゃねえこの馬鹿野郎。アタシが呼んだらさっさと出ろ、このタコ!」

 安堵の声を寸前で呑み込み、通話口に怒鳴りつける糸巻。何とも言えない薄笑いを浮かべてそんな彼女を見つめる鼓のことはきっちり睨みつけ、拳を握って殴りつけるジェスチャーで牽制する。

『ちょっとこっちも今、取り込んでるんすよね。ああ、でもまあ丁度いいっすわ。こっちが片付くまでまだ時間欲しいんで、余ってる有休使わせてもらいます』
「何?」

 ぼそぼそと低く聞こえてくる声の調子からただならぬ向こう側の様子を察知し、さすがの糸巻も怪訝な顔になる。そんな彼女にお構いなしに、電話口の向こうから一方的な言葉は続く。

『もうデュエルフェスティバルとか、そっちのことは全部糸巻さんに任せます。俺は俺のやり方で、先輩の敵を討ちますから。じゃあ、そういうことで』
「おい……あっ、切りやがったなコノヤロ!」

 言いたいだけ言って通話を切られた瞬間にもう1度かけ直すも、すでにあちらの携帯は電源ごと切られたらしく繋がりすらしない。腹立ちまぎれに拳を叩きつけられたデスクがドン、と重い音をたてた。 
 

 
後書き
いつまでも続いたこの前夜祭もそろそろ終わり。
もういい加減に大会が書きたい。 
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