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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百三十四話 mein schwester(我が姉)

「ヤン・ウェンリーとはどのような男ですか?」
「それを奴自身の口からもう一度聞いてみたい。キルヒアイス、お前、一緒に聞いてくれるか?それと、イルーナ姉上――」

 ラインハルトは言葉を伏せた。イルーナはもういない。

「アレーナ姉上に同席してもらう。だが、その前に、俺は、行くべきところがある」
「私も行きます。ラインハルト様の赴くところ、何のお役にも立てませんが、私も御傍にいさせてください」

 ラインハルトはキルヒアイスの手を握った。それから、二人は全艦隊を回った。傷病兵にも会い、負傷し、今にも息を引き取りそうな指揮官のベッドにも出向き、最期をみとった。十分な時間は取れなかったが、それでもできる限りそばにいた。
 二人は1週間かけて、夜も昼も艦隊を回った。皆絶望していた。色々な者がいた。泣き出して故郷に帰りたいと叫ぶ者、ラインハルトとキルヒアイスに食って掛かる者、魂が抜けた様になって問いかけに応えない者。様々だった。
 各艦隊指揮官、司令官にもあった。ティアナ、ミッターマイヤー、フィオーナ、アレーナにもあった。

 みんな泣いていた。そう、泣いていたのだ。

ミッターマイヤーは拳を震わせ、肩を震わせ、男泣きに声なき涙を流していた。ティアナは涙こそ見せなかったが、壁につるされた自身のオーラで強化したサンドバックにいつまでもパンチと蹴りを入れていた。
 フィオーナはガラスケースに取りすがって、頬を湿らせて、泣きつかれた幼児のように眠り込んでいた。ラインハルトとキルヒアイスはそっと毛布を掛けてやった。
 両脚と左腕の骨を折った重傷のメックリンガーは気丈にもベッドの上に起き上がり、要塞や各艦隊の補給補充任務を引き受けると言ってくれたが、ラインハルトはまずは体をいたわるようにと言葉を掛けた。
 ミュラーを見舞った。彼はろっ骨を折る重傷だったが意識はあり、フィオーナの事を伝えると、すぐに向かうと言って医者が止めるのも聞かずベッドから起き上がっておぼつかない足音で歩き去った。
 そして――。
 ラインハルトは帝都に報告した。まずは留守を預かるケスラー以下の部下に。そして数人の政府要人に。
最後に、アンネローゼに。
 アンネローゼは涙を見せなかった。ただ、痛ましそうな顔をしてラインハルトを見つめていた。

『ラインハルト。この戦いが終わったら、私の下にきて休みなさい。けれど、あなたは総司令官の身です。あなたを頼りとする将兵たちがまだいます。そんな将兵たちの為にできることを帰還する瞬間まで考えてください』
「はい、姉上。それと――」
『イルーナが、死んだのですね?』

 ラインハルトは顔を上げた。アンネローゼの顔に白さが加わったように見えた。キルヒアイスがいてよかったとラインハルトは思った。もし一人であれば、アンネローゼの視線に耐えきれず、通信を切るか、眼をそらしてしまっただろうから。

『あなたは信じないかもしれないけれど、イルーナが夕べ来ました。弟を、ラインハルトを守り切れず、ごめんなさいと謝っていました』
「いいえ・・・いいえ・・・違います姉上、イルーナ姉上は私を守り切って死んだのです」

 ラインハルトの脳裏に彼女の最後が浮かんだ。


* * * * *
 ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は石になっていた。と後で評されたのはこの時である。彼は目の前の光景を見つめることしかできなかった。血に染まった床と血に染まった自分の最愛の人の身体を。
 オーラを展開した、エネルギーとエネルギーとがぶつかり合った時、あるいは後か、ラインハルトが我に返るのと、イルーナが倒れ込むのが同時だった。

「イルーナ姉上!?」

彼は立ち上がると、蹌踉とした足取りでイルーナの身体に近づき、膝をついた。大量の出血にもかかわらず、姉は心持首を動かして普段と変わらない穏やかな瞳を「弟」に向けたのである。ワープアウト直後に爆発が起こり、破片が力尽きたイルーナを射抜いたのだ。

「あぁ、ラインハルト・・・・」

血に染まった手でイルーナはラインハルトの頬に触れた。

「大丈夫・・・・だった・・・・?けがは・・・・?」
「はい・・・はい・・・・」
「そう・・・よかった・・・・」

口元が微笑んだ。彼女の右手が落ちるのをラインハルトは両の手で握りしめた。せき込むようなかすれ声で、

「姉上・・・い、ま、今、医者を探して参ります。大丈夫です。医者が来ればきっとすぐに――」

だが、みるみるうちに高貴なワイン色に染まっていくハンケチがそれを裏切っていた。誰かが彼女の胸元を抑えていたが、ラインハルトには識別できなかった。

「ライン・・・ハルト・・・・・」
「はなしては駄目です。今医者が来ます。はなしては――。」
「ごめんなさい・・・・。あなたの・・・覇業を・・・・最後まで見ていたかった・・・」
「違う・・・違う・・・!!あなたはまだ死んでは駄目だ。死ぬものか!こんなところで、こんなところで・・・・」

 ラインハルトはどうしていいかわからなかった。こんな時に、こんな時に――。違う、とラインハルトは思った。俺自身がどうしたいのか、だ。どうすればいい、どうすればイルーナ姉上を救えるのか。

「馬鹿ね、ラインハルト」

 イルーナが微笑んだ。ラインハルトは思い出した。昔のことを。それは小さいころいたずらをしたのを見つかりアンネローゼにばれないようにキルヒアイスと相談しているところを見つかった時の場面だった。

「一度や二度の失敗なんて誰にだってあるわ。あなたは気にしすぎなのよ。私にもそう言ってくれたじゃない。あなたは・・・・きっと・・・・立ち直れる」
「い、いいえ・・・・いいえ!!」
「ライン・・・ハルト・・・・」

顔色がプラチナブロンド色よりも白くなり、最後の力を振り絞った美貌の「姉」は左手をラインハルトの手に重ねた。

「失敗・・・を恐れないで。宇宙を・・・統一し・・・皆を・・・・導いて・・・・」

ラインハルトが賞賛してやまなかった美しい藍色の瞳が閉じられた。

「あなたには・・・・それができる・・・のだから・・・・」

最後に微笑をしようとした努力の跡だけが彼女の顔に残っていた。

「姉上・・・姉上・・・?姉上!」

ラインハルトは子供のように物言わぬイルーナの身体を揺さぶり、懸命に声をかける。その手がもう一つの別の手によって止められた。

「ローエングラム公」

ヒルダがラインハルトの傍らに膝をついて、そして静かに首を振った。

「・・・・お亡くなりになりました」

ラインハルトの瞳がこれほどまでに見開かれたのをヒルダは見たことがない。

「嘘だ・・・フロイライン・マリーンドルフ、嘘だ・・・嘘を言っているな、あなたは・・・・」
「・・・・・・・。」
「イルーナ姉上が死ぬはずがない。俺を残して死ぬはずがない。そうだろう?フロイライン・マリーンドルフ!?そうだろう!?」

そう言いながらラインハルトの両手は子供のようにイルーナの身体をゆすり続けている。

「俺の、俺のせいで・・・俺は・・・・・」

その時、廊下をかけてくる音がして、明けはなたれた扉から飛び込んできた一団がある。医師団だった。

* * * * *
ラインハルトは回想から覚めた。それはイルーナの最期を語り終えた瞬間でもあった。

「姉上」

 ラインハルトは口を開いた。

「私は戦います。その意義は三つ。小はイルーナ姉上の仇を取ること、中は我が艦隊の将兵の仇を取ること、大は全人類のためでもあります。あの者を野放しにしていれば真の平和はきません」
『・・・・・・・・』
「そして、あの者を斃した後、キルヒアイスと二人で必ず帰ってまいります。それまでどうか・・・お待ちください」

 アンネローゼはかすかにうなずいた。

* * * * *
帝国暦488年8月29日のヴァーミリオン星域の大敗北の敗戦処理のさ中――。
イゼルローン要塞の一室に、ぞろぞろと人々が集まってきた。アレーナの呼びかけに応じて集まった数十人は、各艦隊やイゼルローン要塞に残った面々等様々であるが、共通しているものがある。
全員転生者ということである。けれど、その数は随分と減ってしまっていた。

「フィオーナは?」

 アレーナの問いかけに、転生者たちは顔を見合わせていた。

「来るわけないでしょ。あんなに傷を負って」

 ティアナがポツリと言った。彼女はとなりの革張りのカウチを黙りこんでひと撫でした。

「わかった。・・・時間もないから始めるわよ」

 前線に進出して生き残ってここに参加している主なメンバーは、アレーナ・フォン・ランディール、エレイン・アストレイア、ティアナ・フォン・ローメルド、シアーナ・ルクレール、ティルジット・クレイシスくらいである。

「その前に、黙とう、かな」

 誰ともなしにつぶやいたのだったが、皆立ち上がって胸に手を当てて瞑目した。それが彼女たち流の黙とうの所作だった。
 1分ほどそうしていたが、皆同時に眼を開けると、それぞれの席に着いた。

「私はイルーナじゃないから、私なりのやり方で進めさせてもらうけれど、まぁ、シャロンに正面から堂々と挑んだのは失敗だったわね」
「失敗!?失敗なんて言葉で良く片付けられますね!!」

 灰色の髪をウェーヴさせた黒い可憐な瞳を持つ若い女性が早速抗議した。シアーナ・ルクレール少将だった。彼女はフィオーナの教え子であり、今回の戦役においてフィオーナ艦隊の一部を指揮したが、散々な苦戦を強いられてきた。

「教官は参謀総長のご遺体の部屋にずっとこもっておられます!!ヴァンクラフト主席聖将・・・参謀総長があんなことになって、まるで抜け殻です!!」
「シアーナ落ち着いて。今は閣下を責めてもしょうがないでしょう?」

 黄色の髪をうなじでまとめ、緑色の縁の眼鏡をかけた理知的な女性が制する。
 シアーナと共に分艦隊を率いて戦ったティルジット・クレイシス少将だった。ストンとシアーナが椅子に座ったのを見届けると、

「閣下、開口一番そうおっしゃるからには御対策があるのですね?」
「もちろん。そしてこれは私とイルーナの責任だわ。まぁ、生き残った私が責めを負うべきかな。私たちはそもそも論としてシャロンの言葉に踊らされていたわけ」
『???』

 一同顔を見合わせる。ティアナだけはアレーナを正面から見据えていたが。

「考えてみれば、シャロンをピンポイントで消しさえすればよかったってこと。シャロンがいなくなれば、本来の私たちの作戦通りに事を進めて自由惑星同盟を攻略しにかかったはずよ。そうなれば、あのヴァーミリオンが自由惑星同盟との文字通りの最後の決戦で終わっていたはずなのだし」
「・・・・・・・」
「それを、シャロン=自由惑星同盟と錯覚してしまったのよね。シャロンと自由惑星同盟とを切り離して考えられなかったのは・・・あのクソ女の話術のせいよ。いつの間にか自由惑星同盟を倒すには、まずシャロンを斃さなくてはならない、ではなく、シャロンを斃すためにはまず自由惑星同盟を片付けなくてはならない、に置き換わっていたわけよ」
「過去の分析はもういいわ。今後の方策を聞きたいものね」

 ティアナの冷たい声がアレーナの声を遮る。

「はいはい。ティアナ、私だって木偶人形じゃないのよ。イルーナ、バーバラ、アレットが死んで、フィオーナが廃人同然になっている状況、はらわたが煮えくり返りそうだってのは一応言っとく。で、アンタの問いに対する答えけれど、やることは決まっているわ。前世においてあのクソ女を倒したのと同じ手を使うのよ」

 周りがざわめいた。興奮した様子で皆三々五々話を始めている。ひとしきり話が終わるまでアレーナは静かに待った。

「アレーナ、正直言ってそれは絶望的じゃない?」

 エレインが口を開いた。彼女は皆の意見も同じかどうかひとしきり部屋を見まわした後、

「前世においてシャロンが倒れたのは一人の人物がキーパーソンだったから。それはあなたもよく知っているはずよ。何しろシャロンを仕留めたのは――」

 エレインは口をつぐんだが、言葉をすぐにつなげた。

「イルーナ、なのだから」

 沈黙が部屋に降りた。シャロンを斃したのはイルーナ自身であり、この部屋に残った誰もが、彼女に匹敵する力を持つことはない。正確に言えば力量についてはイルーナと同等の者は幾人かいる。ただ、問題はそれ以外の要素が必要なのだという事だ。

「そうね。『歌い手』はいないのだものね」

 ティアナがぽつりと言う。それに対してアレーナはニッと笑った。不敵な笑みで。

「そっか、ティアナは前世の最終決戦の場にいなかったんだっけ。なら、まだ、諦めるのは早いってことを教えてあげるわ」

 
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