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ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ

作者:伊助
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帰還(3)

 購入したいプレイヤーハウスの十メートル以内に入ると、自動的にウィンドウメニューに追加されるプレイヤーハウス購入ボタンを押しこむ。すると、
『プレイヤーハウスの購入をおこないます。よろしいですか?』
というメッセージが新たにポップした。
 メッセージの下にボタンが出現する。二つのボタンのうち『購入』のボタンを震える指先で叩き、購入最終確認の『OK』ボタンをタップ。

『プレイヤーハウスNO≪*****≫が購入されました。キーオブジェクトがアイテムストレージに追加されます』

 これで目の前のログキャビンはアスナの所有物となった。

「――あっ」

 メッセージが表示され、その内容を脳が認識した瞬間、足から力が抜けていった。
 積もった雪に腰を落としてしまい、そこでやっと雪の冷たさを意識した。
 とたんに、走っている間には意識すらしていなかった零下の寒さが体中を引き裂いてくる。
 あまりの寒さに、対寒魔法を唱えようとして――失敗する。唇がふるえてうまく詠唱できない。

「あ……」

 スカートに涙がおちて、アスナはやっと自分が泣いているのに気がついた。
 涙にゆがんだ視界で、雪に埋もれながらもなおしっかりと存在するログキャビンを見上げる。

「ああ……」

 月光を吸って青白く輝く雪に囲まれたログキャビンの姿に胸がうち震え、頬を流れる涙を抑えられない。

――やっと帰ってきた……やったよ、キリトくん……

 留守にした一年と一カ月はアスナとって、決して短い時間ではない。
 ALOから解放され、弱った体を元に戻すために過酷なリハビリに耐え、つい最近も≪死銃事件≫なるものを間接的に経験した。
 SAOで出会ったリズベット――里香と再開し、シリカ――珪子とも出会った。SAOで別れたAIのユイと再会し、とめまぐるしく動いた日々。
 それを思えば、この一年と一カ月はアスナの人生において最も流転の一年となったのだ。

 そしてやっと――。

 背中に何か温かいものが触れた。それはふわっと全身を包む。
 短衣からむき出しになっていた肩に、いままで人肌で暖められていたとおぼしき何かが乗る。
 温かさに驚いていると、誰かの腕にぎゅっと横抱きしめられた。

「アスナっ……ばかっ……こんなに冷たい……無茶しすぎだよ……」
「リズ……ついてきてくれたんだ」
「あたりまえでしょ……あたしとキリトくらいしかいないよ、アスナについてこられるの……こんなに冷えちゃって……」

 瞳から涙をながし唇をふるわせるリズベットに、アスナは強く抱きしめられた。
 ベールピンクの髪が視界の端に揺れて、頬と頬がひっついた。
 衣服を透過してリズベットの体温が伝わる。

「リズのほっぺた……あったかい……」

 ぬくもりを求めてアスナは頬をリズベットによせた。
 さら、と肩に掛けられていた何かが視界の端で揺れる。体を包み込んでいたものの正体は、キリトのロングコートだった。

――キリト君も来てくれたんだ。

 一心不乱に前だけを見て走ったアスナは、追いかけてきた二人に全く気がつかなかった。

「おめでと……おめでと、アスナ……」

 いっく、としゃくりあげるリズベットの体を、今度はアスナから抱きしめる。

「ありがと、リズ……。今日は本当に……迷惑――」

 アスナは最後まで感謝を口にだせない。
 親友に対する感謝の気持ちを表すには、きっと語彙が足りない。
 しんしんと降る雪の音を聞きながら、リズベットと二人、お互いの体温を交わし合う。

 しばらくすると、雪の落ちる音の合間に、りぃぃぃぃん、と聞き覚えのある高い翅音が響き、胸元にユイが飛び込んできた。
 人形のような体を精いっぱいふるわせてアスナの胸に顔をよせたユイはやっぱり小さな、小さな涙を流していた。

「ママ――! ママ――!」
「ユイちゃん……」

 ユイが胸に飛び込んでくる時の翅音を聞くまで、自分の背中にも翅があることをアスナは忘れていた。
 走ったより飛んできたほうが早かったかもしれない。でもきっと、その翅を忘れて自らの足でホームに至ろうとしたのは、やはりSAOでの経験からだ。結局のところ、第一層から第七十五層のほとんどを歩き尽くした自分の足に頼ってしまった――。
 すがりつくユイの背中を両手で包む。

「ごめん。リズ、ユイちゃん。もう大丈夫だから、ね」

 胸で涙を流すユイがはい……とうなずき、リズベットが最後に大きくしゃくりあげて微笑んだ。

 スカートから取り出したハンカチで涙をふき、ゆるゆると振り返る。

 てっきりこちらを見守ってくれているものばかり思っていたキリトは、アスナに背を向けて立っていた。コートを脱いだキリトは薄手のシャツ一枚で雪の上に立っている。こちらを向いてくれていないキリトにほんの少しだけ寂しさを覚える。
 だが――。

「……?」

 決して体格の良い方ではないキリトの背が、いつもより少しだけ小さく見えた。
 
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