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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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緋神の巫女と魔剣《デュランダル》 Ⅲ

「いやぁー、理子は無理だと思うなぁ。流石に諦めたら? 今のジャンヌじゃキーくんに勝ち目はないよ。ね、あっくん、アリア!」


もう飽きるほどに聞き慣れた、ある者にとっては愛しい、ある者にとっては目障りな──何者にもなりうる、その少女。
最高に最低な、救われなかった少女。
そんな少女の間の抜けた声で、この緊迫と冷徹は打破された。


「──っ、お前が何故ここに!?」
「どうしてだと思う? 仮にも《イ・ウー》内で策士と呼ばれてるんなら、少しはその脳で考えてみたらぁ? くふふっ」


キンジと白雪の背後から降りかかる声に、2人は視線を向けた。
理子は紡錘形の異形から降り立つと、身にまとっている改造制服の裾を翻しながら、嘲笑うように口端を歪める。
金髪のツインテールが点々と紅華を咲かせながら、この地下倉庫の無機質を背後に、揺れて靡いていた。

そうして続くように、彩斗とアリアもそこから現れる。呆然としたような、しかし僅かな緊張感を含んだ面持ちで、だ。


「──ふむ、早朝から熱心なことだ。先手(・・)を打っておかなかったら、少しばかり危うかったね。アリアは早々にキンジと白雪を介抱しておくれ。特に彼女は危険だ」
「分かった。……でも、すぐに戻るわ。それまで待ってて」
「うん、勿論」


《境界》は音も無く閉ざされる。そのまま彩斗はキンジと白雪を視界に入れると、「おはよう」と手を振って笑みを浮かべた。

左手は一見して自然体のように腰に添えているが、いつでも銃刀類は装備できるように、ということだろう。
彩斗は介抱のためにキンジと白雪の元へ駆け寄ったアリアを見送ると、そのまま《魔剣》を警戒しながら理子の横に立った。
何やら耳元で言葉を交わしている。

《魔剣》はその一挙手一投足に気を配るように視線を巡らせながら、しかし何の行動も起こすことなく、感情を警戒の一色に染めながら2人を見つめていた。多勢に無勢だ──それを理解して。

その一言二言は彩斗からの指令にも近しいモノだったのか。理子はアリアの後を追うようにして、2人の方へ駆け寄った。
即ち、身内による介抱である。後方支援に彩斗は人を割いたのだ。裏を返せば、それほど危惧すべき局面ともいえる。
そして、前方はひとまず自分だけで対処する──そんな意思が、この行動に示唆されていた。


「アリア、理子、どうしてここが……!」


キンジは駆け寄ってくるアリアと理子を見るやいなや、驚愕に目を見開く。白雪も苦痛に歪められた顔ながら、その一部分は同じ色で染まっていた。理子の存在が、大きすぎるのだ。


アリアはともかく、理子は関係ないハズだ──。


「詳しい説明はあとよ。今はアンタたちの介抱が先でしょっ」
「介抱なら白雪を先に──」
「そんなことは知ってるわよ。ほら、理子。手伝いなさい」
「うーっ、らじゃーっ!」


理子は珍妙な両手式敬礼のようなポーズで返答すると、真っ先に白雪の側へと駆け寄った。慣れた手つきで彼女の腕を自分の首元に回すと、言葉を交わす。


「えっと、白雪ちゃん……だっけ? これから武偵病院に行くよっ。大丈夫? 立てる?」
「うん、何とか。……ありがとうございます」
「あっくんに頼まれたんだー。お礼ならあっくんに、だよ」


言い、理子は白雪を介抱しつつ立ち上がる。
そうして、彩斗に胸中で感謝するのだ。自分の居場所を作ってくれたことと、彼なりの優しさという感情の権化に。
頬が綻ぶのを感じながら、理子は彩斗に向かって叫んだ。


「あっくん、武偵病院まで繋いで!」
「……白雪のことは任せたよ。こっちのことは心配しないで」
「そっちこそね! 《魔剣》は、任せたから」


互いに笑みを交わし、彩斗は物憂げに《境界》を開く。理子は自信に満ちた顔付きで、白雪と共に《境界》の奥へと。
アリアはその間にキンジへと向き直り、再三再四、幾らか問い質している。「毒のダメージはどうなの?」「闘えるの?」と。

それが結論を出したようで、アリアは彩斗の方へと向き直った。


「──じゃ、そういうことね」







「──じゃ、そういうことね」


アリアは自信と悦楽に満ちた声色で、俺に告げた。
それはつまり、俺とアリアは勿論のこと、キンジも戦力として扱うに等しいということを示唆しているのだ。


「キンジ。本当に……大丈夫なんだね? いいの?」
「白雪を守れなかった当事者が逃げてどうすんだよ。個人的に、《魔剣》には恨みがある。是非とも晴らしたいところでな」
「ふふっ、元気でよろしい」


思わず、旧友の一途なまでの感情に笑みが零れる。
そうして──この無機質に囲まれた地下倉庫を舞台に、パートナーたるアリアとキンジを控えて、俺は《魔剣》へ告げるのだ。
開戦の合図を。その、一言の前段階を。


「というわけだ、《魔剣》。俺は仲間を傷付けた君を許さないし、キンジもそれは同じだろう。アリアに至っては母親の冤罪を晴らす、大きなキーマンにもなっているのだからね。仮にここで降伏すれば、悪くはしないが?」


今後一切の手出しをしないのならば、これ以上待遇を悪化させることはしない──そんな意を露わにしながら、俺は目を細めて《魔剣》を見据える。冷酷で冷淡な瞳が、見つめ返した。


「……戯言を」


《魔剣》は小さく溜息を吐く。それはさながら、氷華を紡ぐ下露のようだった。あたりの空気は緊迫し、否が応にも心臓に早鐘を打たせる。自分に叱責の言葉を投げかけながら、俺たちは口を噤んだままでいた。


「戯言だろうがなんだろうが構わない。とどのつまり、俺は君に選択の余地を与えているのだけれど。これが最後の質問だよ?」
「……ならば、開戦の前に」


《魔剣》は一拍置いて、告げた。


「教えてもらおう。何故、貴様たちがこの場所を把握できたのか。理子が介入してきたのか。その理由を」
「お易い御用、だね。知りたければ教えてあげるよ」


ただし──。


「この騒動に、終止符を打ってからの話だがね」
「どうあっても、この場で教えるつもりは毛頭ないということか。私も舐められたものだが……、ふむ。いいだろう」
「どちらに転んでも教えてあげるようにはしてあげているのだから、そのところ、感謝してほしいね」


──さぁ、それでは前奏曲(プロローグ)を始めようか。


そう嘯くように、俺は《緋想》の柄に手を伸ばす。無音で抜刀されたそれは、非常灯の紅に光射して床を照らした。
刹那、感じている全てが、まるで《緋想》の刀身の如く明瞭に感じられた。研ぎ澄まされた、視覚、聴覚、嗅覚。一点の汚れもない、酷すぎるほどに澄んだ世界。
これは《明鏡止水》が発動されたことの証左に他ならない。

背後では、アリアが二丁拳銃のガバメントを抜き様に構えた。
キンジは予備弾倉とのリロードを済ませ、残弾に余裕を持たせる。両者とも毛頭、《魔剣》を逃がす気はないのだ。
視覚的に把握したわけではないが、聴覚的に分かる。


「……ふむ」


俺たちの動向を確認するかのように、《魔剣》は呟いた。
そうしてそのまま、顔全体を覆うフードを外し、ケープマントを無造作に脱ぎ捨てる。

露わになるのは非常灯に照らされた雪肌と、蒼玉色の瞳と、銀髪の長髪と、背に西洋大剣(クレイモア)を携え、甲冑に包まれた、その身軀。
端正な顔付きを見れば、純日本人でないことは明らかなのだ。西洋人。そして俺は、《魔剣》の出で立ちを知っている。
何で知ったのか──無論、司法取引での例の資料だ。


「1対3というのはどうにも私に分が悪い、のだが……あらかじめ忠告しておこう。ただの武偵は、私に勝てない。私が誰であるのか、何であるのか、知らないとは言わせないが」
「あぁ、勿論知っているとも。だから俺たちは、君を逮捕しにきた。穴は埋めてある」
「やはり、如月彩斗。貴様が──」


《魔剣》が言わんとしていることは、既にこの場にいる誰の目にも明らかだ。目には目を、歯には歯を──超能力者には超偵を。
超偵とはいったい誰なのか。……自分自身だ。
超能力を扱う武偵。以前、白雪に教えてもらった、彼女等が定めた虚構の枠組みに大別すれば、俺は超偵に他ならない。

ただ惜しいのは、同じくして超偵である白雪を後方に回してしまったことだ。十分に《魔剣》に対応できるだけの即戦力として考えるならば、欠員は1人でも惜しいのだ。

まぁ、それでも──。


「俺以外にも、アリアとキンジがいる。穴を埋めるのみならず、盛り上げるには十二分だろう?」
「超偵を『1』とするならば、武偵はその半分にすら満たない。十二分と睥睨するのは、些か早計だと思うが」
「なんとでも言っておくれ。生半可な意思では来ていないから」


その言葉を聞き留めた《魔剣》は、甲冑に身を包んだその身軀を、外見的な質量に反するかの如く、機敏な動作で操った。
そうして、ずっと背に携えていた西洋大剣を抜刀する。多彩な輝石が埋め込まれ、紋様が彫刻されたそれは、素人目に見ても一級品だと答えざるを得ない。最早、そんな芸術品だった。


「私は《魔剣(デュランダル)》と呼称されるのは些か虫唾が走る。他人が好んで呼ぶ名を、私は好まないのでな」


《魔剣》──いや、今しがた彼女が告げた言に従えば、その真名はジャンヌ・ダルク30世。
史実によれば、ジャンヌ・ダルクは火刑に処されて死亡したとされている。だからこそ、30世などと名乗るのは通常では違和感を覚えるところだが……。まぁ、それはさておき。


「ただ、この剣に関してだけは、皆その名を口にせねばならない。……聖剣デュランダル。良き銘だろう?」
「銘が良くても、実力が伴わなければ意味がないんじゃない? いくらアンタが《イ・ウー》の策士だとしても、ね」


文字通り、アリアは背後から《魔剣》ことジャンヌ・ダルクを睥睨する。あからさまな安い挑発だ。
こんなことが彼女に通用するのか否か、いちばん分かっているのはアリア自身のはずだけれども。
それとも、そこまで虚勢を張らねばならないほどに──裏を返せば、挑発して戦いを起こそうとするほどに──この状況下を、吉と見ているのかもしれない。


「ホームズ家の劣等種に言われるほど私も落ちぶれたか? 笑止にも程があるぞ、神崎アリア。最後に泣くのは貴様らだ」
「……最後に笑うのはアタシたちよ!」
「ふん、良いだろう。そこまで言うのならば──」

 
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