| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法使い×あさき☆彡

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六章 六番目の魔法使い


     1
「いや、よくきてくれたねえ。大きくなったねえ」

 ずんぐりむっくリで、なんだか子熊に似ている、()(ぐち)(だい)(すけ)校長、齢四十七、肘を置いて手を組んで、ニコニコ嬉しそうな顔である。

「はっ、関東なんかきたなかったけど、しゃあないやろ。おとんが恩のあるっちゅう、おっちゃんに声を掛けられたんじゃあ。面倒やけど、しゃあない」

 机越しに向き合い立っている、ショートカットの女子生徒は、そういうと、おでこに手を当てて気怠そうな顔で髪の毛を軽く掻き上げた。

 非常に整った可愛らしい顔立ちであるが、少しいやかなり気が強そうにも見える少女である。
 長い前髪を横に流しておでこを出しているところが、なおさらそうした雰囲気を強調させているだろうか。

 彼女の着ているのは、女子制服。
 ではあるが、フロックコートっぽい上着に、膝下丈の長いスカートなど、ここ天王台第三中学とはまったく違ったものである。

「うちちょっと雰囲気が緩いから、あの子たちこれでピシッとするといいんだけどなあ。一つ上の学年の魔法使い(マギマイスター)がいなかったせいで、現在三年生が一人もいなくて、ヴァイスタが出るたびにハラハラしてたんだよね」
「うーん、相変わらずのゴリラ顔やなあ」

 全然ひとのいうことを聞いていない女子生徒、腕組みしながら校長の顔に自分の渋い顔を寄せて、まじまじと見つめている。

「いまそんな話してないでしょお? キミが入ってピシッとするとか褒めていたのに、全然聞いてなくてやっぱゴリラ顔やーんとか、おかしくないかなあ?」
「動物園にも飽きてきたし、さっそく教室に行ってくるわ。ほいじゃっ」

 女子生徒は、ははっと笑いながらスカート翻し校長室を出ていった。

     2
 わははははは、
 うへへへへ、
 品なく大爆笑をしながら、叩き合いながら、(へい)()(なる)()(りよう)(どう)()(さき)が肩を並べて教室へと入ってきた。

「えー、誰でもそう思ったことあるんじゃないのお?」

 アサキが、へらへら笑いながらも、納得いかないといった感じに成葉の脇腹を肘で小突いた。

「あるわけないじゃあん」

 成葉が小突き返す。
 ぎゃははははは、と更にテンション高まった笑いをしながら二人は苦しそうに机をバンバン叩き始めた。

「なんじゃの、一体」

 机の上に座って、椅子の(あき)()(かず)()と談笑していた(あきら)()(はる)()が、きょとんとした顔で小首を傾げた。

「聞いてよおハルにゃん。アサにゃんったらさあ、一発芸のことをこれまでずっと『一泊ゲー』、酔って帰れず駅前とかで吐きまくることだと本気で思ってたんだってえ」

 ぶーーーーーっ、

 と治奈が吹いた。
 わははは、と笑い出したはずみにお尻が滑って机の重心を崩してしまい、机を倒しつ自身も床へと落ちた。
 尻と頭を床に強打した激痛に、呻き、顔を歪ませるが、

「い、痛いっ! おかしいっ!」

 苦痛に歪んだ顔で身体を痙攣させながら、まだ笑っている。

「おいっ、大丈夫か治奈あ? パンツ見えてるぞお。ほらあアサキ、お前の究極バカのせいで治奈がケツの骨を砕いたぞお」

 などと責めつつも、笑いを必死にこらえているようでもあるカズミの顔。
 スカートが完全にめくれて下着丸出しのまま、激痛に顔を歪めている、という治奈の姿が、あまりに痛々しくてみっともなくて、笑うに笑えないというところであろうか。

「わたしのせいじゃないよお。それに、一泊ゲーってみんな思わなかったあ?」

 笑いが収まると、今度は小馬鹿にされていることにカチンときたかアサキ、ちょっと口を尖らせて反論をする。

「思わねえよ! それじゃあたしも一発芸を披露、アサキチくんのスカートをめくりまーす」

 いうが早いか腰を屈めて、アサキのスカートの裾を掴んだ。

「いやそれ芸じゃな、ぎゃーーーーーっ! カズミちゃんのエロオヤジ! 最低!」

 両手でスカートを押さえ付けてぎりぎりのところで死守すると、素早くカズミの腕を掴んだ。

 カズミが掴み返そうとして、二人はがっぷり四つの体制になった。

「くそ、力つけたなアサキ」

 ニヤリと笑みを浮かべるカズミ。

「横暴な変人に心身鍛えられましたからあ」

 力比べでちょっと劣勢ながらも、アサキは強気な笑みを返した。

「誰のことかなあ、変人ってえ」
「自分で自分は見えませんからねえ」
「横暴は認めるがお前ほど変人では、ない」

 ぐぐーっとカズミの腕により力が入る。

「そっくりそのまま、返す」

 負けじと踏ん張るアサキ。

 ぎりぎり、
 ぎりぎりぎり、

 あとちょっとでどちらかの腕が折れていたかも知れない(そうなったら間違いなくアサキだろうが)、と、そんな時であった。

 ガラリ、

 教壇側のドアが勢いよく開いたのは。

「はいはい、席に着くようにな! 静かにする静かに!」

 ぱんぱん手を叩きながら、フロックコートに似た他校の制服を着た、ショートカットの女子生徒が入って来た。
 少し長目の前髪を横に流しておでこを出しているのが特徴的といえば特徴的な、とても可愛らしい顔立ちの女子生徒だ。

 ここ天王台第三中学とは異なる女子制服が、いきなり入ってきて、そんなことやっているものだから、いわれずともみな唖然呆然で静かになってしまっていた。

 そんな、しーんと静まり返った中、

「ちょ、(みち)()さんっ! なにしてんのっ!」

 大慌てでクラス担任の()(ぐろ)()(さと)先生が入ってきた。

「冗談、冗談やて」

 (みち)()と呼ばれた女子生徒は、笑いながら手首ぱたぱた上下に振った。

 なんだかよく分からないながらも、それぞれ自席へと着く男女生徒たち。

「なんだあいつは」

 カズミも、訝しげな顔をしつつも大人しく自席に座った。

「転校生? まさかなあ」

 アサキが自席で、胸の前で手を組みながら小さな声を出した。

 まさかと思うのは当然だろう。
 自分がこのクラスに転入してからまだ二ヶ月しか経っておらず、他のクラスでも転校生の話は聞かない。
 それなのに、このクラスだけさらに一人増えるなど、理屈で考えておかしいからだ。

 慶賀と呼ばれた、フロックコートっぽい制服を着た女子生徒は、先生にいわれるよりも早く、白墨を左手に取ると黒板に名前を書き始めた。
 端から端まで大きく四文字、いや丁寧にルビまで振っている。

 (みち) () (おう) ()

「今日からここで世話んなる慶賀応芽や! 使うとる言葉ん通り大阪の中学からきた。どうか仲良うしたってな!」

 よく通る大きな声でいうと、にんまりとした邪気のない笑みを満面に浮かべた。

 その言葉に、一瞬にして教室がざわついていた。

「なんでこのクラスだけ?」
「転校生が二人なんて」
「ねーーっ」

 みな、アサキと同じようなことを考えていたのである。

 治奈と正香も、これはなんなのだろうか、といいたげに顔を見合わせている。

 彼ら彼女らのぼそぼそ声に、片方の眉をぴくんと上げた慶賀応芽は、

「その、一人めの転校生ってのは誰や?」

 と、尋ねた。
 まったく邪気はないのかも知れないが、なんだか偉そうに。

「わ、わたし……です」

 アサキが、前の席である治奈の背中に隠れるように、そおーっと右手を上げた。
 さっきの、うへへへ一泊ゲーとは、打って変わって急降下というか墜落したようなテンションである。

 つかつか近寄って来る慶賀応芽に、ひいっと悲鳴を上げると余計に小さくなってしまった。
 治奈たちのおかげもあって、今回の学校では、もうすっかりクラスメイトと馴染んでいるアサキであるが、性格の根本が変わったわけではないので、初対面の相手は苦手なのである。

「なにびくついとんねん。……転校の先輩、よろしゅうな。慶賀応芽や」

 慶賀応芽は、すっと右手を差し出した。

 アサキも、おどおどしながらも立ち上がると、

(りよう)(どう)()(さき)です。どうも、よろしくね」

 こわばった笑みを浮かべながら、右手を出した。
 と、突然顔を苦痛に歪めた。

 ぎゅうううううう!
 慶賀応芽がアサキの手を掴んで、絞り上げるように全力で握ったのである。

「いたたたたた! なっ、なにするんですかあ!」
「これが大阪の、仲良うしたってやあの握手なんやあああ!」

 多分、嘘八百である。

「骨が砕けるう! やめてえええ!」

 ぎゅぎゅぎゅぎゅう!

「ひゃあああ、カズにゃんより酷いのが入ってきたあ……」

 成葉が、口に手の先を入れておどおどしている。ちょっとわくわくしているような気も、しなくもないが。

「そうだなあ。……ん?」

 うんうん頷くカズミであったが、あれ、と気付いて成葉の顔を睨み付けるのだった。

     3
 先ほどからフェンス越しに、屋上からののどかな町並みを見下ろしていた(みち)()(おう)()であったが、

「愚問やな。……そらあ必然に決まっとるやろ」

 フロックコートみたいな制服で、くるりスカート翻して振り向くと、五人の顔を見ながら小馬鹿にするかのような笑みを浮かべた。

「必然やとすると、導き出される結論はただ一つやろ。アホでも分かるこっちゃ」
「つまり、お前も魔法使い(マギマイスター)ってことか」

 (あき)()(かず)()の言葉に、慶賀応芽は顔に浮かべた笑みを強めた。

「つうかこの話、おっちゃん、ここの校長から聞いてへんの?」

 笑顔から、不意に訝しげな表情になり、声を低くして尋ねる。

「そがいな話、うち一回も聞いとらんけえね」

 (あきら)()(はる)()が、ちょっと間抜けな大声を出した。間抜けというか、不満げというか情けないというか。

「ナルハもだよお。だから、なんだかんだ偶然このクラスに入っただけかと思ってたあ」

 (へい)()(なる)()の声が続く。

「わたくしは、必然とは思いましたが、単に、他のクラスには問題児が多いから均等にしようということかと考えていました」

 淡々と述べるのは(おお)(とり)(せい)()だ。

 問題児呼ばわりされて、ああ?と片目を見開き凄む応芽であるが、

「いやいやあ、それは変だよお!」

 アホ毛、いや赤毛の、まあアホ毛も生えているから間違ってないが、アサキがすっかーんと抜けるような声を出した。

「だって、カズミちゃん以上の問題児なんかいないでしょーーー」

 上手い指摘をしたつもりなのか、赤毛でアホ毛の少女が得意げな顔をしながらそういった瞬間、

「ははは、いい度胸だねえ君い」

 さっと伸びたカズミの手に、がっしり胸ぐらを掴まれていた。
 そんでもって、ぐいーーーーーっと締め上げられいた。

「ぐ、ぐるじっ、ガ、ガズビぢゃん問題児じゃだいっ! 優等生だっ!」
「遅えわあ、こんクソボケがあ!」

 叫びながらさらに力を込めて締め上げると、アサキの顔がみるみるうちに青くなっていく。

 慶賀応芽は、聞こえるような大きなため息を吐くと、どんと足を踏み鳴らした。

「自分ら、主賓を無視して三文芝居みたいなコントに走るんいい加減にしとけや! なんやなんや、魔法使いは仮の姿で、実は単なるお笑い集団か!」
「誰が主賓だよ誰が。エジプトのシュフィンクスみたいな顔をしやがって」

 お笑いといわれたことに腹を立てたか、カズミはアサキの首から両手を離すとぎろりん慶賀応芽を睨み付けた。

「ねえカズミちゃん、シュフィンクスってなあに?」

 スフィンクスなら知ってるけどお、と真顔を寄せて、真剣に尋ねるアサキ。
 ……せっかく、首締め解除してもらったばかりだというのに。

「うるせえな! 勢いで口から出ただけで、そんなもんいねえよ!」

 ボガッ。

「あいたあっ!」

 やはり、こうなった。
 カズミが全身全霊の力を込めて、アサキの頭部をぶん殴ったのである。

「話を戻しますが、校長はどうして慶賀さんのことを秘密にしていたのでしょうか」

 正香が、誰にともなく問う。
 真面目な話をしたかったのだろうが、後ろでアサキが屈んで頭を抱えてウオオオオと激痛に呻いており、台無しであった。

「なんでじゃろな」

 さっぱり分からんわ、と両腕を広げてみせる治奈。

「分かったあ! いつもみんなでゴリラゴリラいってるから、きっとナルハたちのことが嫌いなんだよ」(大正解!)
「はあ? 子供じゃあるまいし。単に話をするタイミングの問題じゃろ」(残念、不正解!)
「でもよ、新人だったらアサキのバカがいるのにな」
「そうだあ!」

 アサキはやけくそ気味に右腕を突き上げた。
 自虐なのかなんなのか。

「人事の経緯はよお知らへんけど、その新人が足を引っ張りまくったりしとって、その埋め合わせちゃうの?」

 慶賀応芽は、口を押さえながら、にひひっといたずらっぽく笑った。

「ガーーーーーン!」

 アサキは両手で頭を抱えながら、昭和な擬音を発し、ガクリ跪いた。

「頑張っているのにいいいい!」
「そうだぞお。うちのアサキっちゃんは、期待の成長株なんだからな。バカなとこは残念ながら一生直らないだろうけど、それはそれとして」
「カズミちゃあん、それ褒めてるのかけなしてるのか分からないんだけどお」

 ぬーっと立ち上がって、情けない顔をカズミへと寄せる。

(いち)(きゆう)かなあ」
「ど、どっちが一でどっちが九なのお?」

 ちょろと鼻水の出た顔を、さらにぐーっと寄せるものだから、その鬱陶しさにカズミが切れた。

「っせえなああ! さらりいっただけの台詞に、真剣に食い付いてこなくていいんだよ!」

 両手でアサキの首を掴むと、そのままガクガクと揺さぶった。

「アホちゃうのか、自分ら」

 慶賀応芽は、ふーっとまたため息を吐いた。
 腕を組んだまま、しかめた面を彼女らへと向けて、また口を開く。

「あのな、さっきの新人どうこうゆうんは冗談や。そんなんで首を締め合うなやボケ。……おっちゃんのゆうことにはな、経験豊富な三年生が卒業して二年生だけで戦力がガタ落ちしとるから、ってのが大きな理由らしいねんで」
「はあ? 二年生だけで戦力がガタ落ちいいいい?」

 カズミは、アサキの首を掴む力にぎゅぎゅぎゅーーっと力を込めた。

「ぎゃーーー! なんでぞででわだしの首を締べるのおお?」
「うるせえな。掴みやすい首があるからだよ!」

 首締め映像を背景に、
 慶賀応芽のいったことや、カズミの不満そうな態度、それがどういう意味なのかを説明しよう。

 まず、去年の天王台第三中学校所属の魔法使いは、三年生と一年生だけというアンバランスな構成であったということ。

 今年度になり、三年生は卒業していなくなり、治奈やカズミたちは一年生から二年生に上がった。

 新一年生に適合者がいなかったということもあり、現在は二年生だけである。

 高校生になった魔法使いは、通う高校と自宅という二つの守備テリトリーを任されることが多いのだが、しかし今回の卒業生たちの自宅テリトリーがことごとく隣のエリアであるため、治奈たちは二年生だけで戦うことを余儀なくされているのである。

 卒業していった昨年度の三年生が、非常に優秀な魔法使いであったため、校長には現在の戦力がことのほか頼りなく思えてしまう。
 ということなのだろう。
 (りよう)(どう)()(さき)という新戦力程度では、とても払拭出来ないほどの。

 普段は、「さすが」「ここの二年生は一騎当千」などと持ち上げているくせに、実際には頼りなく思われていたとなれば、カズミでなくとも不満に思うのは無理のないことだろう。
 もちろん戦力が多いに越したことはないが、それはそれとして。

「つうか関西女、お前だってその頼りない二年生だろうが。それとも留年してんのかあ?」

 と、これはさすがに、イチャモンもはなはだしいところであろうが。

「しとらへんわ留年なんか! あたしは特別なんや! 小学生の頃から組織(ギルド)におって、ヴァイスタを倒すための特殊訓練を受けてきたんやからなあ。自分ら下民どもとは格が違うんや!」

 慶賀応芽は腕を組んだまま、ふふんと鼻を鳴らした。

「エリート様ってことかよ。なんかムカつくな、変な前髪のくせしやがって、このオデコ女。……でも、どうせその代わりに勉強が出来ねえんだろ?」
「そ、そんな話はっ、今は関係ないやろ……」

 慶賀応芽の声が、だんだん元気なくなって、語尾が完全に風に消えた。

「ごまかしたよね、カズにゃん」
「おう、ごまかしたな」

 成葉とカズミが、お互いの耳に口を近付けてぼそぼそこそこそでもはっきり聞こえるように。

「しゃあないやろ! ずうっと訓練訓練で生きてきたんや! なんやもう、どいつもこいつも腹立つわあ! 特にこの物騒な顔をした女があ」

 慶賀応芽は、びしっとカズミの顔を指さした。

「ぶ、ぶ、物騒な顔の女だあ?」

 ぴくぴくっ、とカズミの頬が痙攣した。

「カズにゃん、当たってる、当たってるから怒らないでえ!」

 成葉が横から、抱き着きなだめる。

「ああ、当たってんなら仕方ねえか。……はあ?」

 ギロリと睨み付けるカズミ、成葉は離れながら、笑ってごまかし視線を受け流した。

「ま、いくらエリートのあたしとはいえ、ヴァイスタの集団に対して一人ではよう戦えへんからな、とりあえずのところ、よろしゅう頼むで、みんな」
「こちらこそよろじぐう」

 アサキが、なんだかしまりのない顔でえへへえと笑った。
 首絞めから解放されたばかりなので、まだ顔が青い。

「足手まといにならへんよう、せいぜい頑張ることや」
「とかなんとかいわれてっぞお、アサキちゃんよお」

 カズミはそういいながら、アサキの肩をぽんぽん叩いて慰めてやる。

「お前ら全員にゆっとるんや」

 アホか。とでもいいたげに、慶賀応芽は鼻で笑う。

「はあ? なんだあ?」

 カズミは、ぎりり歯を軋らせると、ニヤついている転校生の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。

「触んな!」

 バシリ、と荒く手を払われてしまう。

「上等だよ、てめえ!」

 激しく足を踏み鳴らすと、カズミは、頬をひきつらせながらもニヤリ笑みを浮かべた。

「な、仲良くしようよお」

 すっかりおろおろしてしまっているアサキ。

 そんな言葉など焼石に水の、一触即発といって過言でない雰囲気が出来上がってしまっていたが、

 だがしかし、その雰囲気は実にあっさりと収束することになる。
 リストフォンの振動(バイブレーシヨン)によって。

 ブーーーーーー
 ブーーーーーー

 全員が左腕につけているリストフォンが一斉に振動、共鳴して空気が気味悪く震える中、それぞれの画面に、地図が表示された。

 この近くに、ヴァイスタが出現したのである。

     4
「このケリは後でつけっから、忘れんなよ!」

 (あき)()(かず)()は、不敵な笑みを浮かべながら、(みち)()(おう)()の眼前へびしっと指を突き付けた。

「あーめんどくさ」

 慶賀応芽は、気怠そうに頭を掻いた。

「二人とも、そがいな争いしとる場合じゃないじゃろ」

 (あきら)()(はる)()は二人を冷ややかな目で見ながら、リストフォンを通信モードに切り替えて口元へと近付けた。

「……はい。明木です。はい。……はい、その慶賀さんも一緒におりますよ。なんでうちらが彼女のこと全然知らされとらんのか、後でたーっぷりと納得いく答えを聞かせて貰いますけえね。……はい、これから一緒に向かうつもりでいます。ほいじゃ、後で報告します」
「校長?」

 (なる)()の問いに、治奈は頷いた。

「慶賀さんのこと、笑ってごまかそうとしておったわ」

 新戦力を内緒にしていたことを。

「やっぱりさあ、ゴリラゴリラしつこくいい過ぎて嫌われてるんだよお」
「それか、もしかしたらお菓子の件じゃないのお?」

 アサキが口を挟んだ。

「え、え、アサにゃん、なにそれ?」
「あのね、わたしとカズミちゃんで校長室に行った時にね、机に置いてあった高級そうな和菓子をカズミちゃんが勝手に食べちゃったんだ」
「えーーっ!」

 ヴァイスタ絡み組織(ギルド)絡みの話ではなく、ドッヂボールで校長室のガラスを割ってしまい謝りに行った時のことだ。

「誰もいないと思ってたら、直後に校長が入ってきてね、お菓子がないことに気付いて、『知らない?』って聞くんだけど、カズミちゃんってば澄ました顔で『知らない』って首を横に振って。『ほんとに知らない?』『知りません。窓ガラスの件で謝罪にきて、そんなことする人がいますかあ?』とかなんとか、口の周りに思い切りチョコが付いているくせに、気迫でごまかし通してしまったんだよ」
「そういやありましたかなあ、そんなこと」

 カズミは、はははと笑いながらぼりぼり頭を掻いた。

「ぎゃいーーーーん、絶対それだよお! カズにゃんのせいで、ナルハたちみんな校長から嫌われたあ!」
「でも、そこまでたいそうな菓子でもなかったぜ」

 などと軽口というかなんというかを叩きながらも、彼女たちは、カーテンを開くかのごとく空気を掻き分け開いて、異空へと入っていく。

 異空。
 同じ場所の、裏の空間である。
 色調が全て反転して、さらに見る物ことごとくがぐにゃり歪んでいる、瘴気に満ちた世界だ。

 カズミ、成葉、正香、アサキ、治奈、と順番に、学校屋上の異空側へと、足を踏み入れていく。

「なんかどろんどろんしてて、やだなあ。せめて移動してから異空に入るのはダメなの?」

 瘴気まみれの空気に嫌悪して、誰にともなくアサキがぼやき尋ねる。

「時間が掛かるけえね。それに、先に変身しとった方が安全じゃろ。異空なら、移動時に人に見付からないし、早い」

 治奈が説明する。

「いわれれば、そうだなあ」

 さて、既存メンバー全員が異空へと入り込んで、残るは一人、新戦力の慶賀応芽だけである。
 異空の側から見ると、彼女の方こそが、どんより薄暗い空間にいるように見える。
 透明フィルムを何枚も重ねたような、濁った向こう側にいるような。

 最後の一人、慶賀応芽も、

「ほな、あたしもいくでえ」

 すっ、と手を横に動かして、空間をかき分けて開こうとするのであるが、
 しかし……

 なんだか難しい顔になっている彼女。
 立て付けの悪い家の戸を開こうとするかのように、ガタガタガタガタ。
 しかし、開こうとすれどもすれども空間が開かない。

 それもそのはず。
 カズミが両手でがっしり、空間の裂け目を押さえ付けているのだから。

 慶賀応芽も、両腕に渾身の力を込めて、異空への空間をこじ開けようとするが、カズミの怪力の前にびくとも閉じた裂け目は開かない。

「幼稚なイタズラやめろや! クソボケが! ハゲえ!」

 激怒絶叫、ガッと一気に力を込めた瞬間、待ってましたとばかりにカズミが押さえ付ける手を離したものだから、突然扉が開いた感じに慶賀応芽はがくり前のめり、バランスを崩して転びそうになった。
 いや、転んだ。
 無様に、ばたんごろんと。
 スカートまくれて可愛らしい柄のパンツが丸見えになってしまった彼女、物凄い勢いで起き上がって、恥ずかしげに顔を赤らめながら裾を直すと、怒りの形相、大股で異空側へと入り込んだ。

「覚えとれや、このカスが!」

 沸騰しそうな凄まじい顔で、カズミを睨み付けた。

「な、なんのことでしょう応芽先輩っ。それより、派手に転んでいたようですがお怪我はなかったですかあ?」
「やかましいわ」
「それとも、実は味方をも騙すエリート様の崇高な作戦なのでありますか? わたしのような下層の者の目には、単なるバカのズッコケにしか見えなかったのですが」
「黙れ! やかましゆうとんのが聞こえへんのか!」
「うん、聞こえない。あ、間違った、聞こえへん」
「よお聞こえるよう耳の穴ァほじくり回してでっかくしたろか!」
「いてててて、なにすんだあ!」

 耳を掴まれ引っ張られたカズミは、痛みに悲鳴を上げつつ慶賀応芽の耳を掴んで引っ張り返した。

 と、そんなバカなことしている横で、アサキが真顔で、

「ヴァイスタが現れたんだよ! 遊びはそこまでにして、いくよみんな、変身だあっ!」

 リストフォン型変身アイテムであるクラフトを、胸の前に構え、叫んだ。

「なんでお前が仕切るんだあ!」

 ボガッ!

「あいたあっ!」

 悲鳴。
 カズミに頭をぶん殴られたのである。

「ご、ごめんなさあい。一度いってみたかっただけでえ……」

 頭をすりすり。
 痛覚の敏感なところを直撃されたようで、涙目のアサキである。

「誰の声掛けでもええじゃろ。ほいじゃあ変身しよか」

 治奈が、リストフォンを付けた左腕を振り上げた。

「でも治奈ちゃんのなんともほんわかした声が、安らぐからナルハは好きだなあ」

 などと軽口を叩きながら、成葉もリストフォンを振り上げた。
 カズミに、正香、殴られて涙目のアサキも続く。

 それぞれの全身が光り輝いて、白銀の布に身を包まれたかと思うと、下半身が折り返って黒いスパッツ状に変化する。
 全身に、軽くて頑丈そうな防具が装着されて、四肢末端にはグローブやスニーカー型の軽量シューズ、いつも通りの魔道着姿へと変身完了だ。

魔法使い(マギマイスター)(はる)()!」

「魔法使いアサキ!」

「魔法使い(せい)()!」

「魔法使いナルハ!」

 次々名乗りを上げていく彼女らの様子を、じっと見ている慶賀応芽であったが、やがてニヤリ唇を釣り上げると、

「ははあ、それが自分らの魔道着姿ってわけか。ま、サマになっとらんこともないな。……ほな、あたしも変身や!」

 大きな声を出しながら、両手を高く振り上げた。
 頭上で交差させた両手を、ゆっくり下ろし、胸の前でリストフォン側面にあるスイッチを押した。

 まばゆい光が、彼女の全身を覆った。
 その光にほろほろ流されるように、着ていた服が溶けて無くなったかと思うと、全身、首から下が黒い布地に覆われていた。

 黒い布地の、腕や太ももの外側、脇腹、胸、と赤いラインがすうっと走る。
 頭上に金属の塊がぐるぐる回っており、それがバラけて防具状になると、なおぐるぐる回転しながら胸、腰、肩、腕、足へと装着されていく。

 治奈たちが胸と脛と前腕だけを守る機動性重視の軽量防具なのに比べて、こちらは腰や二の腕まで覆う重装備。西洋騎士の甲冑を連想させるデザインである。

 と、妙に太い槍が宙から落ちてきて、慶賀応芽は分かっているのかまるで視線を動かすことなく手を伸ばし、柄を掴むと、ぶんぶんと振って、両手に構えた。
 騎槍(ランス)、馬上の騎士が決闘で使う特殊な槍である。

魔法使い(マギマイスター)(おう)()!」

 槍を背中に回して、応芽はビシッとポーズを決めた。

「なあに関西人のくせにかっこつけて名乗ってんだよ関西人のくせに」

 妙なツッコミを入れるカズミ。

「しっかり名乗るんは変身ヒーローヒロインの決まりごとやろ。意気を高めるためにも重要やろ。つうか関西関係ないやん」
「なんか変わった魔道着だねえ、ウメにゃんの」

 成葉が肩の防具をつんつん突っ付いた。

「うっ、ウメにゃん?」

 びっくりと脱力の、半分半分のなんだか間抜けな顔。

「え、だってオウメでしょ?」
「せやけど……。まあええわ。……別に変わっとるってわけやないで、この魔道着。単に、令和二十二年製のロットというだけや。見習いとはいえ、幼い頃から魔道着を着て戦場に出ておったからな」

 ふふん、と年期の違いに自慢げな笑みを浮かべる慶賀応芽である。

「おいおい、そんな古ショボイので大丈夫なのかよ。ポンコツ過ぎてすぐ爆発すんじゃねえの? 破けて変なとこ見えちゃったりしたら、大声で笑っちゃうぞお」

 下品な茶々を入れるのは、もちろんカズミである。

「いらん心配や! しっかりファームの更新はかけとるから、基本性能はお前らのと同じや! ……さあて、美少女魔法使い応芽、いよいよ関東での初陣やでえ。ほなあ、おっ先にい!」

 慶賀応芽は、不敵な笑みを浮かべながら、ぐにゃぐにゃ歪んで見える異空の学校校舎屋上から、ひらりフェンスを飛び越えて宙へと躍り出た。

「あー、あーーっ、あいつ抜け駆けしやがってえ。くそ、あたしらも急ぐぞ!」

 後を追うようにカズミもひらり、フェンスを乗り越え屋上から飛び降りた。なにが美少女だああああああぁぁぁぁ、という叫びがどんどん小さくなる。

 成葉、正香、治奈も続く。

「急ぐぞもなにも、カズミちゃんがダラダラしてたんじゃないかあ」

 最後にアサキが、ぼやきつつ飛び降りた。

     5
「と、危ないっ!」

 両手に持った剣でヴァイスタの腕を跳ね上げた(りよう)(どう)()(さき)は、返す剣先をその白く長い腕へと、魔力を込めつつ叩き付けた。

 ぶじゅり、
 熟したトマトを握り潰したかのような音と同時に、白い腕が地に落ちていた。
 落ちた腕は瞬時にして干からびて、さらさら崩れて空気に溶けたが、切り落とした根の部分、つまりヴァイスタ本体の肘を見ると、ねろねろと粘液が垂れて、固まって、もう新たな腕が作られようとしている。

 とっくに分かっていることとはいえ、おぞましいまでの生命力である。

「広くて戦いやすくはあるけど、おかげで隠れるところがないからなあ……」

 ぼやくアサキ。

 ここは天王台駅を我孫子方面に向かってすぐのところにある、鉄道の車両基地だ。
 現在、列車は端っこにわずか停まっているだけなので、つまりはだだっ広くてなおかつ足場が異常に悪い。
 ここが今回ヴァイスタが現れた地点、今回の戦場だ。

「逃げ隠れること考えてんのかよ。突き進むのみだぜ!」

 カズミはぺっと唾を吐くと、両手のナイフを構えてヴァイスタの群れへと突進する。

「もう、カズにゃんってばあ!」

 不本意そうな表情で成葉も続く。
 じわじわ戦いたくとも、カズミが強行するものだからフォローしなければならず、とそんな不満であろう。

 なお、敷地の反対端である柴崎地区側では、(おお)(とり)(せい)()(あきら)()(はる)()が、やはり複数のヴァイスタと交戦中のはずである。

 大量のヴァイスタとの戦闘時は、いかに相手をこちらの有利なように分断誘導するかが勝利の鍵であり、現在のところ、その戦いが出来ているといえるだろう。
 後は、各個撃破の隙を、どう作っていくかであるのだが、

 しかし、そんなことお構いなしなのが約一人。

「邪魔や自分!」

 新加入の魔法使い(マギマイスター)である(みち)()(おう)()が、アサキの頭に両手を乗せて跳び箱の要領でぽーんと飛び越えた。

「うええ、わたしの頭を台にしたあ!」

 と、アサキがなんとも情けない声を発したその時には、虚を突かれて動けなかったヴァイスタの腹部に、騎槍(ランス)と呼ばれる巨大な槍が深々と突き刺さり、突き抜けていた。

 騎槍を握るのは応芽である。
 天高く放り投げておいた騎槍が落ちてくるのを、アサキの頭を飛び越えつつ掴み取り、着地と同時に渾身の力を込めヴァイスタへと突き刺したのだ。

 騎槍を引き抜いた応芽は、手を伸ばしてヴァイスタに触れ、素早く呪文を唱える。

「イヒベルデベシュテレンゲーナックヘッレ!」

 ヴァイスタの腹部に空いている大穴が、ビデオのコマ送り逆再生のようにぶつぶつカクカクした動きで塞がったかと思うと、のっぺらぼうだった顔に魚のような小さな口が出来ていた。
 その口が歪み、にいっと不気味な笑みを作ると、頭からさらさら光の粉になって全身完全に消滅した。

「は、早い……」

 致命傷を与えて昇天をさせるまでの、あまりの手際のよさにアサキが驚いていると、突然カズミの大声が間近に響いた。

「おい、あぶねえぞ! アサキ!」
「え? うああっ!」

 アサキの悲鳴。
 ヴァイスタのニョロニョロ長くうねる腕に、足を掴まれていた。
 骨をへし折られそうなほどの凄まじい力に、魔道着の防具が、パキリと音を立てヒビが入った。

 そのまま、アサキの身体は持ち上げられていた。

 骨の砕けそうな痛みをこらえながら、両手の剣で切り付けようとするアサキであったが、それよりもヴァイスタの行動の方が早かった。長い腕を生かした遠心力で、一番高いところから地面へと、叩き付けたのである。

 がふっ
 アサキの声にならない声、肺を潰されたような呼気、そして激痛に歪む顔。
 意識朦朧、薄目を開けて倒れたまま、動けなくなってしまった。

 くう、と呻いているアサキの頭上へと、ヴァイスタの長い腕が伸びる。
 噛みちぎってとどめをさそうということか、腕の先端にある裂け目が大きく開いて、鋭い無数の牙が覗いている。

 だが、その一撃がアサキの身体を食いちぎることはなかった。

「油断しやがってアホがあ!」

 駆け寄ったカズミが、思いきり蹴り飛ばしたのだ。
 ヴァイスタを、ではなくアサキの身体を。魔道着が頑丈なのをいいことに、力を込めて遥か遠くまで。

 アサキの身体は低い放物線を描いて地面に落ちて、そのままゴロゴロ転がり止まった。
 線路や砂利の上をゴドゴド頭を打ち付けながら転がったわけで、これはこれで脳が揺さぶられて意識が吹っ飛び掛けたが、しかしおかげで、先ほどの意識朦朧が押し出されて吹き飛んだ。

 すぐさま上体を起こすと、素早く視線を左右に走らせ、そばにヴァイスタのいないことを確認して、ほっと安堵の一息。

「あ、ありがと、カズミちゃん!」

 人の身体を遠くへ蹴り飛ばすなど、善意にかこつけた単なる乱暴のような気もするが、そのままだったらヴァイスタに肉を食いちぎられていたこと確実だったわけで、そこは素直に礼をいった。

 カズミもカズミで、ぜーんぜん悪びれた様子なく、親指を立てて、

「しばらくそこで治療してな。なんならそのまま見学しててもいいぞ」
「分かった」

 アサキは、自分の肩に手を当てた。
 ぼーっと、手が鈍い青色に発光する。

 ぐ、と苦痛に顔をしかめた。
 治癒の魔法は本来、怪我を治すと同時に心地のよい気分にさせるものでもあるのだが、戦いの場では急ピッチでの治療になるため、皮膚の再生に無理が掛かって、かなり痛いのだ。

 無言で、手を当て続けている。
 外傷でないので見た目は分からないが、少しずつ癒えているはずだ。

 治癒は呪文詠唱系魔法であるため、本当は、しっかり声に出して唱えないとならない。
 なのに黙々と治療しているのは何故かというと、アサキは、簡単な魔法ならば口に唱えることなく使用が可能なのだ。
 強化合宿の際、既にその片鱗は見せていたのだが、彼女の特殊能力である。

 通常は、(こと)(だま)といって、口から発することにより力場生成され、その力場内で増大された魔法力が脳に伝わって発動する、と詠唱系魔法はそういうものであるはずなののに、アサキはその言霊を脳内にて作り出してしまうことが出来るのだ。

 右脳の特定部分が異常発達しているからだろう。
 と、メンシュヴェルトの東葛支部で、検査時にいわれたことがある。

 アサキとしては、別にこの能力にあまり意味は感じていない。
 魔法は、ヴァイスタとの戦いや、その訓練のためという名目でのみ使用が許可されているものであり、つまり戦う目的という前提ならば、しっかり呪文を唱えた方が戦意だって向上するはずだからだ。

 とはいうものの、現在はこの能力が有り難い。
 油断からボロボロにやられたこの惨めな姿を、あまり晒したくないからだ。
 こっそり治療に専念出来るというものだ。

 肩の治療はだいたい完了したので、今度は足だ。
 ヴァイスタに、右の脛を思い切り掴まれて、振り回されたのであるが、みるとやはり防具にはっきり亀裂が走っている。

 防具として役に立たなくなっている脛当てを外すと、直に手を当てて、また呪文詠唱なしの治癒を開始した。

「ぐ……」

 呻き声。
 苦痛に顔が歪む。

 仕方がない。急速に治療せんがための痛みだ。
 魔法も万能ではないのだ。

「カズミちゃんは、この非詠唱能力を伸ばせとかいうけど。……そうなったらなったで、なんかムカつくとかいって殴ってくるくせになあ」

 独り言で、痛みをごまかそうとする。
 その甲斐かどうかは分からないが、段々と治療が進んだこともあって痛みも引いてきた。

 少し余裕が出来たところで、患部に手をかざし続けながらも、みんなの戦い方を見守ることにした。
 まだ新米。見るのも勉強だ。

 自分と近い方にはカズミと成葉、敷地の反対側に正香と治奈。と、分散している。
 残る慶賀応芽は流動的ポジションで、現在は自身が巧みな誘導で群れから釣り出した二体と、戦っている。

「成葉そっちだっ!」

 カズミの大きな声が響く。

「うおっけい!」
「よおし、いくぜええ!」

 成葉がヴァイスタの一体を釣り出して、その一体を確実に仕留めようという、普段よく練習している連係戦術だ。
 しかし、他のヴァイスタが、各個撃破を狙おうとするタイミングを待っていたかのように、仕留め手であるカズミを真横から触手攻撃で襲ったため、

「っと危ねっ! くそ、失敗、仕切り直しだ!」

 いったん身を引くしかなかった。
 軽く跳躍して後ろに下がったカズミは、険しい表情になり、舌打ちした。

「ああ、残念」

 離れたところで治療しつつ、その光景を見ているアサキは本当に残念そうに声を出した。

「でも……やっぱり、わたしがいない方が連係がしっかりしてるなあ」

 ちょっと落ち込んでしまう。
 迷惑にならないよう、頑張ってみんなに溶け込もうとはしているのだけど。
 カズミちゃんたちは、もう一年以上の付き合いで、お互いのことをよく分かっている。
 ちょっとやそっとの頑張りや工夫では、なかなかこの差は埋められない。

「わたしいない方が、簡単にヴァイスタを倒してしまうかな。まあ確実に倒せることがなによりだけど。でも……ちょっと悔しいなあ」

 悔しいというより、情けないなあ。

 などと胸の中でぼやき続けていたところ、不意に目の前で大ピンチが発生した。
 新加入の魔法使いである慶賀応芽が見せる流れるような攻撃に、ライバル意識を燃やしたカズミがまた無茶な突進を仕掛けて、フォローに入った成葉が、

「ぎにゃあ!」

 ガード体勢の上から思い切りぶん殴られて、弾き飛ばされてしまったのである。
 さらに、その飛ばされている成葉の小柄な身体へと、別のヴァイスタが待ち構えており両手を上からハンマーのように叩き落としたのである。

 ガチッ!

「うにっ!」

 運悪くレールの金属部分に頭をぶつけた成葉は、倒れたまま動かなくなってしまった。

「ごめん成葉! 大丈夫か! くそ、邪魔だな!」

 叫ぶカズミ。
 焦るカズミ。
 成葉を助けにいきたくとも、二体のヴァイスタに阻まれて、駆け寄ることが出来ないのだ。

「大変だ!」

 アサキは立ち上がっていた。
 まだ治療途中であるため、右足の痛みにぐっと呻く。
 苦痛に顔をしかめながら、ぼそり声を出した。

「……わたしの……せいだ」

 二人の見事な連係に、悔しいとか、そんなこと考えてしまったから。
 それより、助けないと……

 アサキは走り出していた。
 足の痛みに顔を醜く歪めながら、ヴァイスタと、その足元にいる成葉へと向かって、走り出していた。

 わたしのせいなんだ、
 だから、
 成葉ちゃんを、

「絶対に、助ける!」

 もっともっと速く、というアサキの強い思いであったのか、
 それとも、足の激痛をどうにかしようという無意識であったのか、
 分からない。分からないが、知らず、脳内に言霊を描いていた。
 つまりは、詠唱することなく魔法を唱えていた。

 宙を、飛んでいた。
 地面すれすれのところを、砂煙を巻き上げながら、もの凄い速度で。
 アサキは、飛んでいた。

「うあああああああっ!」

 雄叫びを張り上げながら、いままさに成葉を襲おうとしているヴァイスタの巨体へと、飛び込んでいた。
 いや、殴り付けていた。
 まるでアドバルーンのような、とてつもない大きさに巨大化した右拳で。

 どおん、
 爆音が響いた。

 それが一体全体どれだけの破壊力を持つものであったのか、一撃を食らったヴァイスタの腰から上が、完全に消失していた。

 アサキが着地すると、
 しゅしゅしゅ、と小さな音を放ちながら、拳は、一瞬にして元の大きさへと戻っていた。

「成葉ちゃん、成葉ちゃん、大丈夫?」

 成葉を庇うように立ちながら、尋ねる。
 庇うといっても、目の前のヴァイスタは下半身しかなくて、なんにも出来なさそうではあるけれど。

「うん。……ありがと、アサにゃん……助かったよ」

 成葉は微笑むと、ゆっくり立ち上がり、ぷるぷるぷる、っと濡れた子猫みたいに頭を振った。

「なら、よかった」

 アサキも、ふふっと笑みを返した。
 成葉が無事なことだけでなく、自分が少し役に立てたことで嬉しい気持ちになったのだ。

 視線を下ろして、自分の両拳を見つめる。

 この……能力、わたしの……詠唱系魔法を詠唱せずに使えるって……意味がないどころじゃないぞ。
 詠唱がいらないから、組み合わせることが出来るんだ。
 飛翔魔法と、もともと自分の得意としている(というか何故かみんなが苦手にしている)巨大化魔法、その組み合わせでこんなことが出来てしまうなんて。

「おいおい……なんだか、えらいぶっ飛んだ技を見ちゃったぞお」

 ようやく執拗な攻撃をかいくぐって、成葉を助けに来たカズミ(一足遅かったが)が、ヴァイスタをとてつもなく巨大化した拳でぶん殴って倒したアサキの豪快な技に、すっかり唖然としてしまっている。

「名付けて『巨大パンチ!』」

 成葉は、もうすっかり意識が回復したようで、楽しそうな笑顔で腕を突き上げた。

「おーっ、いいねえそのネーミング」

 カズミが、ぱちぱち拍手をする。

「巨大……パンチ、か」

 自分の両拳を見つめながら、ぼそりしみじみ呟いたところで、アサキは、はっと我に返り顔を自分の髪の毛と同じくらい赤く染めた。

「そ、そんな恥ずかしいネーミングはやめてええ!」

 無意識に出ちゃっただけとはいえ、せっかくのオリジナル技で見事ヴァイスタをやっつけたんだ。だというのに、なんでそんな辱めを受けなきゃならないんだ!

「分かったよ、呼ばないから、早く昇天させろよ! 復活しちゃうだろ!」

 楽しげながらもあきれ顔のカズミである。
 別に、彼女自身が昇天させてもよい距離感であるが、どうせならアサキ一人に最後までやらせたいのだろう。経験を積ませるためにも。

「あ、そ、そうだった。イヒベルデベシュテレン……」

 慌てたようにヴァイスタの胴体に右の手のひらを当てたアサキは、念の為、非詠唱ではなくしっかりと呪文を唱える。

 完全に消失したヴァイスタの上半身であるが、ビデオの逆再生をコマ送りで見るように復活して、全身元の姿に戻ると、続いて、頭からさらさら光の粒子になって、消えた。
 頭から足の先まで、全てが瘴気を含む風に溶けて流れていった。

「ふーっ。アサキの巨大パンチで、さらに一匹を倒したわけだが、まだまだいやがるなあ」
「その名前いわないっていったでしょお!」
「そうだっけえ?」

 などと二人が軽口、いや片方は重口かも知れないが、とにかくそんな言葉をかわし合っていると、

「カズミちゃん! アサキちゃん!」
「成葉さんも」

 すぐ間近から、治奈と正香の声が聞こえた。
 電車の脇から、二人の姿が、すっと現れた。

「え、な、なんで……」

 といったきり、不思議そうにぽかんと口を半開きのカズミ。
 彼女だけではなく、ここにいる全員が、そんな顔になっていた。
 鏡がなくて見えないけれど、おそらくアサキ自身も。

 何故ならば、最初の作戦通りに相手を分散させて、広い敷地の端と端に分かれて戦っていたはずであったから。

「あはーん、もお、せっかくバラバラにしてたのに、また集まってきちゃったよーーーっ!」

 成葉が頭を抱えた。

「というよりも、うちらがおびき出された?」

 訝しげな表情の治奈、その不安そうな声を、慶賀応芽の大きな声が吹き飛ばした。

「それでええんや! お前らは、はよ退がっとけ。ごっつ強力なの、ぶっ放すでええええ!」

 慶賀応芽は、逆手に握り振り上げた騎槍を、振り下ろして、地面に突き立てた。
 地が発するのか得物が発するのか、刺さった部分からパチリパチリと青い火花が爆ぜ弾ける。

「な、なんか分かんないけどっ……」

 成葉は、興味深けにその様子を伺いながらも、いわれた通り、後ろに跳んで距離を取った。
 アサキたちも同様に、後ろに跳んだ。

 地面に片膝を立てて騎槍を突き立てている応芽、一人だけ残ったことにより、ヴァイスタの群れが一斉に彼女の方へと向かう。

「グラヴィタツィオン!」

 大声で呪文を詠唱しながら、騎槍を引き抜くと、地に穿たれた穴から青い光が吹き出した。
 触れば手応えがあるのでは、というくらいに濃密な光の粒子が、間欠泉のごとく吹き上がった。

 ヴァイスタの群れが、みな、動かなくなっていた。
 巨大な万力に挟まれてぎりぎり締め上げられているかのように、もがけども身体が動かない。
 だが、
 それは、アサキたちも同様であった。

「ぐ……」

 上からの、とてつもない圧力に、アサキは耐えきれずに片膝をついた。
 慶賀応芽の魔法によるものか、重力がぐんぐん増大しているのだ。
 それはさらに激しさを増して、アサキはあっという間に地に潰れて、腹ばいになってしまった。
 なんとか顔を上げて見回すと、他のみんなも同じような状態になっていた。

 やはり慶賀応芽の魔法、術が放つ青い光によるものなのだろう。
 ヴァイスタよりも、その青い光から遥かに距離を取っているというのに。
 だというのに、怪力自慢のカズミさえも、地に縛られて、ひざまづいてしまっている。

 カズミは、重力に耐え、ギリギリと歯を軋らせながら、顔を上げて、この元凶たる魔法使いを睨んだ。

「あいつ、五芒星、作ってたのか……」

 その言葉に、アサキもはっと気付くところがあった。
 今日はお前らの戦力を見させて貰うで、などといって、戦列に加わらず、一人別働隊としてぴょんぴょん跳ね回っていた慶賀応芽であったが、あれは、この魔法のための仕掛けをしていたのだ。

「ほなあ、いっくでええええ! 超魔法! リッヒトランツェル!」

 青い光が瞬時に形状を変え、めらめら燃える、炎の馬と化していた。

 慶賀応芽は、その青白く燃える炎の馬に、ひらり飛び乗りまたがった。
 右脇に騎槍を抱えて、ヴァイスタの群れへと馬を突っ込ませ、そして一瞬にして駆け抜けていた。
 まるで、馬と彼女自身が、一本の巨大な騎槍となったかのように。

 十体ほどもあるヴァイスタが、すべて、胸から上を失って、ぴたりと動きを止めていた。

 炎の馬が消え、とっ、と赤黒魔道着の魔法使いは軽やかに地へ降り立った。

「とどめ刺す権利は、お前らにくれたるわ」

 そういうと、にやり笑みを浮かべた。

「ほれ、なにしとるん? いつまでも、みっともなく倒れとらんで。こいつらが復活してまうやろ。寝不足か自分ら」

 潰されそうなほどの重力に、腹ばいで耐えていたアサキであるが、その言葉に、自分の手をぐっと握ってみた。

「え?」

 力が、入る。
 楽々と、拳を握り締めることが出来た。

 両手を何度かグーパーすると、開き、地に付いて、ゆっくりと立ち上がった。

 重力に必死に抵抗しているつもりが、いつの間にか思い込みで、自らの身体を自らで縛っていたのだ。
 その、なんともいえない恥ずかしさに、顔を赤らめていると、他のみんなも同じように立ち上がって同じように顔を赤らめていた。

 なんとも表現の難しい空気感が、立ち上がった五人の間を吹き抜けていた。

「ひょっとして……ヴァイスタを誘導するために、うちらを囮にしたん?」

 まだ半ば呆然とした、治奈の呟き声に、

「気が付いた?」

 慶賀応芽は、にっと得意げな笑みを浮かべた。
 浮かべた瞬間、表情一変、カズミに胸を激しくどつかれて、

「なんや自分!」

 怒鳴り、どつき返していた。

「なんやじゃねえよ、この関西弁が! ちょっと強引すぎるだろ! いきなり超魔法なんか使いやがって。あたしらも潰されて動けなかったじゃねえかよ!」
「せやから退がれゆうたやろ! 一番犠牲なく安全に勝つ方法を選択しただけや! 広い場所やし、烏合の衆とはいえ五人もおるから、これならじっくり超魔法五芒星の準備が出来る思うただけや」
「ウ、ウゴロシュー、だとお? 誰がシュークリームの話をしたよ!」
「無学か自分」

 プッとわらい。

「う、うるせえな! なんだよ、たいした魔法でもないくせにかっこつけて、あたしらに迷惑かけただけじゃねえか。さっきのあれ本物のヴァイスタじゃなくて、自分で用意したハリボテなんじゃねえの? 魔法で幻覚見せただけとかあ」
「そんなセコイ真似せえへんわ! お前らも戦ってたやろが!」
「いやあ、幻覚に騙されてた気がするなあ。……こいつのインチキ超魔法に比べたら、アサキはよくやったよ。咄嗟に、技を編み出したからな。このまま成長してけば、あたしと肩を並べる日も近いぞお。よし、特別にいまちょっとだけ並ばせてやる」

 そういうとカズミは、ぽわーんとした表情で立っていた赤毛少女の身体をぐいと引き寄せて、強引に肩を組んだ。

「や、やめてよカズミちゃん! 恥ずかしいよお!」
「なにが? 肩組むのが恥ずかしいんか?」
「そうじゃなくて……」

 アサキは、自分の髪の毛と同じくらい、顔を赤らめた。

 いえないけれど、恥ずかしいに決まっているじゃないか。
 ウメちゃんの格好よくて破壊力抜群の技と比べて、自分のは、ただ手を大きくしただけだし。
 巨大パンチとか、名付けられちゃうし。

     6
 壁掛けテレビには、ボクシングの試合映像。

 ソファにごろんと(りよう)(どう)(しゆう)(いち)が寝っ転がって、柿ピーを摘んでいる。

 テーブルの横にある一人掛けソファには、アサキが座ってテレビ観戦を付き合っている。

 ここは、令堂家の居間である。

「えー、また入ったのか?」

 修一は、ビールを一口ぐびり、柿ピーを流し込んだ。

「うん」

 アサキは小さな笑みを浮かべ、小さく頷いた。

「アサキのクラスだけ、もともと生徒数が少なかったから、とか?」
「いや。わたしが入る前までが、どのクラスも同じ人数だったらしいから、現在は二人多いのかな」
「え、なんでそんな集中してるんだよ」

 壁掛けテレビの、日本人と外国人の殴り合いを見ながら、またビールをぐびり。

「さあ」
「分かったぞ。他のクラスに問題児が多いんだろ」

 (せい)()と同じようなことをいっている。

「わたしのクラスのカズミちゃんが、一番の問題児だよう。授業サボるしさあ、すぐに殴るし、急に叫ぶしさあ。面白いギャグやれって強要してくるんだよ。……新しく入った子も、気の強さで負けてない感じだったなあ。二人、さっそくやり合ってたもんね」
「つまり反対に、そういう手の付けられない子を集中して面倒見ようってことか」
「えーー、わたしも問題児ってことになるじゃないかあ」
「違うの?」
「わたしは単なるドジっ子です」
「自分でいうかそれ」

 えへへ、とアサキは笑って、頭を掻いた。

 単に、話をはぐらかしただけだ。
 義父母に養って貰っている身として、学校生活のことはなんでも聞かせてあげたい。でも、転校生が偏るのは魔法使いの関係だなどと、正直に話すわけにはいかないからだ。

「さて、と、猫にご飯あげよっと」

 はぐらかしついでに立ち上がったアサキは、大きく伸びをすると、食器棚一番下の置き場から幼猫用のキャットフードを取り出した。

 においか、音か、それとも気配で気付いたか、カーテンの陰から、ささっと飛び出した白と黒の二匹の子猫が、アサキの足元にまとわりついた。
 黒い方が、足によじのぼろうとして、柔らかな爪をかりかりと立てる。

「痛いよお、ヘイゾーってば。いまあげますから、もうちょっと待っててねー」

 ヘイゾー、黒い方の名前だ。
 白い方はバイミャン。
 ネットで調べた中国語の、(ヘイ)(バイ)をもじったものだ。

 治奈と一緒に公園で拾った猫だが、結局、貰い手が現れず、ここで飼うことになったのだ。

 水を取り替え、皿にキャットフードを入れ、床のトレイに置くと、ヘイゾーとバイミャンは水泳の飛び込みのような実に激しい勢いで、頭を突き入れて、争うように食べ始めた。

 しゃがんだ姿勢で、その様子を見つめているアサキ。
 その顔には、微笑みが浮かんでいる。

 二匹の食べっぷりが心地よくて。
 拾った時にはあんなに小さく弱っていたのが、いまこんなに元気たっぷりということが嬉しくて。

「小さいから、どんどん大きくなるよな」

 いつの間にか修一が、床に両手をついて、覗き込んでいる。

「そうだね」

 自分も、同じだと思う。
 魔法使いとしての実力がまるでないからこそ、だからこそ、どんどん伸びているのを感じている。
 なんのための実力かというと、それはヴァイスタを倒すためだけのものだけど。
 でも、そうやって頑張ることが、自分が生きる上での自信にも繋がればいいなと思う。

     7
「今日の日記で書くべきは、なんといってもこれに尽きるだろう。

 我々のクラスに転校生が入って来た、ということ。

 慶賀と書いてミチガさん。関西からやって来たらしい。慶という漢字で、ミチとも読むなんて初めて知った。

 ただの転校生ではない。
 私たちと同じ、魔法使いだ。

 そもそもが、そのために関西から派遣されて来たということらしいから、裏を知ってしまえば偶然でも何でもない。
 つまり、ヴァイスタと戦うための補強戦力だ。

 私が頼りない、ということなんだろうけど、でもそんなこと言われずとも分かっている。
 単純に仲間が増えるのは心強いし有り難い。

 放課後、ヴァイスタが現れてさっそく慶賀さんを入れての戦いになってしまったのだが、驚いた、まあ彼女の動きに無駄がないこと素早いこと。
 身体能力や経験だけでなく、魔法力も凄い。
 五芒星を使った超魔法とかいうもので、なんと十体のヴァイスタを一瞬で倒してしまったのだから。

 幼い頃からヴァイスタを倒すためだけにギルドで鍛えられてきた、といっていたけど本当に頼もしい戦力だ。

 世界を守る仲間として、私も頑張らないとな。

 ただ欠点というか難点というか、とにかく口が悪い。
 気も相当に強くて、だから特にカズミちゃんとの相性が悪くて、初日だというのにやり合うところを何回見たことが。

 そうそう、その戦いの中だけど、私も少し成長した。

 簡単な詠唱系魔法なら詠唱せずに使えるという、私の特技を利用して、飛翔と巨大化という二つの魔法を同時に使っての攻撃技を編み出したのだ。
 成葉ちゃんには、「巨大パンチ」などとヘンテコリンな名前を付けられちゃったけど。

 さて、もう遅い。
 プライベートでは宿題を忘れて須黒先生に怒られたとか、それくらいしか書くこともないし、そろそろ寝るとしますか。

 早く、慶賀さんとも仲良くなれるといいな。」

     8
「お前、実は敵のスパイだろ。ヴァイスタ帝国とか、ヴァイスタ事務所とかからの」

 (あき)()(かず)()は、(みち)()(おう)()の顔へ向けてびしっと指を差した。

「で、出会い頭になにをゆうとんねん。しまいにゃどつくぞコラア」

 面食らいながらも、きっと凄む応芽。

 ここは、天王台第三中学校の体育館である。

 いつもの五人で歩いていたところ、たまたま体育館の積まれたマットの上でリストフォンを操作している応芽を見つけたカズミが、因縁ふっかけたのだ。

「証拠はある。いい逃れの出来ない決定的な証拠がな」

 カズミは、澄ました顔でちょっと知的な雰囲気を装いながら、制服のポケットをごそごそ。
 なにかを取り出して、正面へ突き出した。
 戦隊ヒーローの、青い戦士のキーホルダーだ。

「ドドンジャーは追加戦士含む全員が、メインカラーは原色一つ。お前みたいに、黒と赤のハーフアンドハーフとか、中途半端なのは一人もいねえんだよ!」
「いやそれたまたまじゃから、そもそもうちらのカラーリング自体がたまたまじゃから」

 (あきら)()(はる)()が、思考暴走気味のカズミを止めようと、両肩に手を置いてぽんぽん叩いた。

「なあ(りよう)(どう)、なんの話をしとるんや? このアホは」

 応芽は、ちらりと視線を、まだ常識の通じるであろう(りよう)(どう)()(さき)へと向けた。

「ああ、あのね……これ」

 アサキは自分のバッグに取り付けられている赤い戦士のキーホルダーを摘んで、ちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべながら応芽へと見せた。

「いまいってたドドンジャーとかいうヒーロー番組が、わたしたちの魔道着と色が同じでね。何故かこのキーホルダーが、以前みんなで泊まったホテルの売店に売っていて、カズミちゃんがわたしたちにって買ってくれたんだ」
「ああ、そうなんや。よお分かったわ。……くっだらね」

 つまらんものを聞いてしまった、とばかりに、応芽は小指を耳に突っ込んでこりこり掻いた。

「なんだとお! 偽物のくせしやがって!」

 その態度に真っ赤な炎が燃え上がったのは、カズミである。持ってるキーホルダーは、水のバクゲキブルーのくせに。

「なんや偽物って!」

 応芽も負けじと応戦する。

「追加戦士のバクゲキシルバーは、その名の通りの銀色なんだよ。お前みたいに禍々しい赤黒じゃねえんだよ。つまり、あたしらにいつかほんとに加わる魔法使いは銀色。つまり、お前はニセモノ。決定」
「関係ないやろ! ただの子供番組やん!」
「ほっほっ、仲間外れがそんな嫌か。哀れよのお。なんだかんだ、輪に入りたいんだな。寂しいなあ、可愛そうだなあ、お前。友達いなさそうだもんなあ」
「アホ抜かせええ!」

 応芽は、足元に転がっているバスケットボールを拾うと、素早く振りかぶって全力で振り抜いた。

 バチーン!

 カズミの顔面に見事命中。
 勢いよくのけぞった拍子に、カズミ、壁に後頭部を強打! 運の悪いことに、のぼり棒の持ち手の、ちょっと突き出た痛そうなところに。

「おおおおおおお! ダブルパンチ!」

 両手でそれぞれ、顔面と、後頭部を押さえて、痛みにうずくまるカズミ。

 ぐおおおお、
 ぎしやあああ、
 ざらびゃあああああ

 と、しばらく凄まじく不気味な声で唸っていたが、突然がっと立ち上がった。

「やってくれたな、この関西弁がああああ!」

 怒気満面、応芽の胸倉をがっしと激しく掴んだ。

「やったがなんや! それより関西弁という言葉自体をさも悪口であるかのように使うなクソボケが! ほんまムカムカするわ自分。なんならここで決着つけるかあ?」
「おう。望むところよ。どんな勝負でもいいぞ」

 カズミは、ふふっと不敵に笑いながら、指をぽきぽきと鳴らした。

「じゃあ早く決めろよ。お前に選ばせてやっから。先に自慢しとくが、あたしはスポーツ万能だからな。さ、早く決めな」
「せやなあ……」

 応芽は、端に転がっているさっきのバスケットボールをちらり見ると、親指で差しながら、

「あれの一対一なんかはどうや」
「上等! ……って、え、え、バスケ?」

 ちょっと上ずった感じの、カズミの声。

「自信ないんか?」
「そ、そんなんじゃねえよバーロー! 得意。バスケ超得意! 日本代表に呼ばれるくらい得意。よよ幼稚園の頃のあだ名バスケ先輩」

 わけの分からないことをいいつつ笑いつつ、歩いてそのボールを拾うと、そのままアサキへと近付いて耳打ちひそひそ、

「お前さ、確かバスケ部に入ってたとかいってたよな」

 その質問に、赤毛の少女はきょとんとしながら自分を指差し、やがて小さく頷いた。
 恥ずかしそうに笑いながら、

「レギュラーじゃ、なかったけどね」
「ええっ、なんだよもう! でも、背に腹は変えられねえ」

 カズミは、ぎゅっと拳を握り、応芽へと向き直ると、強気な笑みを浮かべた。

「よおし、まずはあたしの弟子であるこいつが、お前と戦う! こいつごときに勝てないようじゃ、あたしと戦う資格なんかねえからな」

 といわれて、飛び上がったのはアサキである。

「えーーっ! 自分がバスケ苦手だからって、押し付けないでよおお!」

 勝負事に巻き込まれたアサキは、泣き出しそうな顔になって猛抗議だ。

「こ、声がでけえ! つか苦手じゃねえよ!」
「嘘だあ。だって体育の時、バスケ部でもない確か手芸部のタマキちゃんから奪えなくて、イライラして殴ってたじゃん」
「よ、よく見てたなお前。つうか味方の恥部を、こんな関西弁女に晒してどうすんだよ! 敵だぞ!」
「ウメちゃんだって味方、大切な仲間だよお」
「うるせえ。とっとと関西弁と戦え! 関東の極道全員が舐められてんだぞ!」
「カズミちゃんがやるのがスジだと思うけどなあ。そもそもわたし、ルーツは九州だし」

 などと、関東モンとルーツ九州が、戦う戦わないで揉めているのを見て、応芽が、

「あたしは別に、どっちが相手でもええねんで。負けへんし」

 ふふん、と鼻で笑った。

「だってよ。よかったなアサキ。よおし、そのちっちゃい胸を精一杯張ってえ、天三中代表として大阪代表を蹴散らしてこおい!」

 背中をばあんと叩いた。

「いたっ! 意味分かんない! わたし最初っから嫌だっていってるのにい」

 渋るアサキ。

「お願いします! ちょっと、ちょっとやってくれるだけで、いや、ムチャクチャ本気でやって欲しい。そ、そうだ、ハナキヤのケーキおごるから一番安いのだったらおごるからっ」
「しょうがないな。そんないうなら、やるだけやってみる。やるだけだからね。ハナキヤのケーキは、いらないよ」
「あざーっす! 助かる。うちの経済的にも助かる。おい、慶賀応芽、ウメ、関西女、あたしの一番の子分が、これからお前のことをボコボコにするから土下座する覚悟しとけ!」

 カズミは、どばーんとかっこつけて応芽を指さした。

「子分とかちっちゃい胸とかいうから、やめようかなあ」

 すっかり不貞腐れて、やる気のなさそうなアサキの顔。

「お、おっきくなるっ、いつか多分っ! 先輩っ! アサキ先輩! 師匠! 先生っ! ほんとお願い。ほんとお願いっ!」

 カズミの方こそが土下座してしまった。
 それどころか、ガスガスガスガス削岩機のように、頭を床に打ち付け始める始末。

「分かったよ、もう」

 そんな頭を下げまくるくらいなら、最初からウメちゃんに対して無意味な敵対心を持たなければいいのになあ。

 と、アサキはそんなことを考えながら長いため息を吐くと、応芽へと向き直った。

「それじゃあ、そんなわけなので、親交温める試合ということで、お手柔らかにお願いしまあす」

 アサキは苦笑しながら、深々と頭を下げた。

「いいや、恨みはないけど本気でやらせてもらうで、令堂和咲。ウォーミングアップかつ圧勝して、次は、そこのくっそムカつく顔の女をぶっ潰して、泣きっ面を腹を抱えて笑ってやるんやからな」
「物騒なこというのやめようよお」

 そもそも本来わたし関係ないのにい。
 まったく、二人ともさあ。

「構わねえ、いわせとけ! 調子に乗ってる分だけ、吠えづらかくことになるからなあ。生き恥をさらしてやるぜえええ! 荷物をまとめて関西に帰るならいまのうちだあああ!」

 ドガガガガとマシンガンのごとく大声強気で吠えまくるカズミ。
 そもそも、アサキと応芽のバスケの実力をなんにも知らないというのに、何故にして彼女はここまで強気になれるのであろうか。

「そんなこといってえ、わたしが負けたら、種目を自分の得意なのに変えるつもりでしょお」

 という理屈のようで。

「よ、よく分かっ……そんなセコイことしねえよ!」
「どうだかなあ」

 などとカズアサ漫才を繰り広げていると、待たされている応芽が痺れを切らしてきたようで、

「やるならやるで、はよ始めるで!」

 だん、と踵で床を蹴った。

「じゃっ、ナルハが笛吹くね。ワンゴール1点、だからスリーポイントも無しで。それでは天王台第三中学校杯争奪バスケットボールワンオンワン、開始! ピーーーッ!」

 (へい)()(なる)()が右腕を高く上げ、笛の音を真似て叫んだ。

 令堂和咲と慶賀応芽によるバスケットボール、ワンオンワン、勝負開始である。

     9
 腰を落とし対峙する(おう)()とアサキ。

「ぶっ潰せえ!」

 カズミが、右腕を突き出し声を張り上げている。

 見守っている(はる)()(せい)()、それと審判役を買って出た(なる)()、他には誰もいないので、体育館はがらんとしている。

 がらんと、静かな体育館であるが、しかし、なんだか妙な炎に包まれていた。

 まずボールを保持するのは応芽である。
 経験があるのだろう。
 腰を低くして小さくドリブルする姿は様になっているし、その顔には余裕を感じさせる笑みが浮かんでいる。

「まず弟子とやらの、お手並みを拝見やで。奪えるもんなら奪ってみ」

 不敵な笑みが、さらに強くなる。
 しんと静かな体育館に、ダスダスと響くドリブルの音。

「ぶん殴っても奪えアサキ!」
「反則やで! アホか」
「勝ちゃいいんだ!」

 などと応芽とカズミが物騒な言葉をかわす中、いわれた当人のアサキは、自信なさげな難しい表情でドリブルを見ていたが、やがて、

「いくよっ!」

 と、意を決して、ダンと強く床を蹴った。
 制服のスカートをなびかせて、応芽へと飛び込んでいた。

「甘いで!」

 応芽は笑みを崩すことなく、す、っと音もなくかわした。

 だが、
 次の瞬間、その目が驚きに見開かれていた。

 ボールをつこうとした手が、宙を切ったのだ。
 それもそのはずで、自分の脇を駆け抜けて振り向いたアサキの両手の中に、ボールはあったのである。

「嘘や……」

 ごくり、唾を飲む音。

 アサキも、自分のことながら応芽と同様に驚いた顔をしていたが、バスケ経験がある故の条件反射ということか、躊躇うことなく軽く跳躍すると、両手に持っているボールをそっと優しく投げた。

 小さいながら急角度の放物線を描いたボールは、リング部分にかすることもなく、ど真ん中に吸い込まれた。

「よっしゃ先制だーーーーい!」

 カズミが、どっかあーんと腕を突き上げた。

「ま、まぐれやっ! たまたまやっ! もっ、もしくは単なる偶然や!」

 あっさり得点を許したことに動揺しているのか応芽、顔を真っ赤にして同じ意味の言葉を繰り返している。

 気を取り直し、きっ、とアサキを睨み付けると、

「経験者か自分」

 尋ねた。

「い、一応」

 アサキは照れた顔で、小さく頷きながら鼻の頭を掻いた。

「だからあ、バスケ部っていってたろ、聞いてねえのかバーーーカ!」

 横から、カズミがヤジを飛ばす。
 先制したためであろう、それはもう、実に嬉々とした表情で。

「じゃかしい昭刃和美! ……ほな様子見はやめて、そろそろあたしも本気を出すで。令堂和咲、またそっちのボールからでええから、仕掛けてこいや」
「うん。そ、それじゃあ、いくね」

 勝負再開。
 ドリブルを始めるアサキに、応芽がささっと詰めた。

 両者、そのまま膠着状態になるが、やがて一瞬の隙を見付けて応芽が手を伸ばした。

 だがそれは、アサキがあえて作り出した隙だった。
 同時にアサキも仕掛けており、手と足の伸び切った応芽の守備範囲をぎりぎりではあるが鮮やかに擦り抜ける。
 いや、

「抜かせへん!」

 応芽が意地を見せ、強引に身体を横っ飛びさせて、正面に立ちふさがり食らいついた。

 アサキは身体を反転させて、背中でボールを守る。
 足音と気配から応芽の回り込もうとする動きを察すると、逆方向にターン。あっさりとかわして、また軽く跳躍しながらのシュートが決まった。

 追加点である。

「まさかこんなうまく決まるなんて……。なんか、気持ちいい……」

 先ほどの不安顔などどこへやら、アサキ、ぞわぞわむずむずといった笑みを浮かべている。

 対して、

「まだまだや!」

 応芽はまた足を激しく踏み鳴らして、怒鳴り声を張り上げた。

「そうやあ、まだまだやあ! まだまだやられ足りないんやあ!」

 カズミが、なんだか舌ったらずな声を発して、イライラしている応芽の神経をさらに逆なでする。

「じゃかしいクソボケが! 絶対に逆転したるで。バスケは決まれば二点、それでまずは同点や!」

 そのルールなら、アサキは既に四点なのだが。

 だがというか、しかしというか、すっかり頭に血が上っている応芽は、次の一点もすぐに決められて、三対〇になってしまった。

「圧勝! カズアサ連合軍の勝ちい!」

 右腕突き出し雄叫ぶカズミ。ちゃっかり自分も勝者に含めてしまっている。

「まだや! まだ終了の笛は鳴っとらん!」
「じゃ、終了。もう勝負見えてるもん。ぴっぴーーーーーっ!」

 審判役の成葉が、腕を振り上げ、笛の音を真似して叫んだ。

「くっそおおおおおおおおおお! 悔しいいいいいいいいいい!」

 抜けよとばかりの勢いで、応芽は、ガスガスダカダカ床に踵を叩き付ける。

 そんな彼女を尻目に、

「アサキ、お疲れ。思ったより上手じゃねえかよ。それでレギュラーじゃなかったの?」

 カズミが、アサキの背中をばんばん叩いた。

「練習後に間違ってバレーボールを回収しちゃったりとかあ、部室の花瓶を転んで割っちゃったりとかしているうちに、お前絶対レギュラーにしないとか部長にいわれちゃってえ」

 頭を掻きながらアサキ、えへへと笑った。

「技術と関係ないとこで嫌われてただけかよ!」
「嫌われてはいなかったけど、試合になると雨が降るし、よく呪われてるとかいわれてたなあ。……でも、一対一とはいえ久々で楽しかったあ。やっぱりバスケって楽しいね」

 勝利すればなお楽しということか、にまにま得意顔になっているアサキ。

 それを、ボロ負けした応芽が、拳ぷるぷる睨み付けている。

 という構図に、スッキリ満足げなカズミであったが、しかし、嬉しそうなアサキの顔を見ているうち、だんだんと手が震え、そして突然くわっと眉を釣り上げて、

「関西女はザマミロだけどお前に得意になられるのもそれはそれでムカつくパーーンチ!」

 雄叫びと同時に、得体の知れないろくでもない系の感情に燃え上がるカズミの拳が、アサキの頬にガスリ、突き抜けよとばかりめり込んでいた。

「あいたあっ! な、なんでえ?」

 頼まれて勝負して勝ったのにい、とほっぺた押さえて呆然としているアサキ。

「新米のぺーぺーがあああああ、調子に乗ってんじゃあねえぞおおおおおお!」
「ええー、ご、ごめんなさいーー」

 混乱しながらも謝るアサキ。

 しかしカズミは容赦せず。
 ずるずると、体育館端の、体操マットの積まれたところへ獲物を引っ張っていくと、突然、「うおりゃあああ」と叫びながら、制服の裾を両手で掴んで、逆さまに持ち上げたのである。

 スカートがはらり、めくり下がって、下着が丸見えになってしまい、アサキはぎゃあぎゃあ叫びながら恥ずかしさに身をよじり暴れるのだが、カズミは構わず、ぎゅうっと腕を回して身体ごとがっちり締め付け、押さえ付け、そして必殺、

「マットだから遠慮せずう、パアアイルドライバーーーーーッ!」

 ドスと鈍い音がした。
 アサキの頭部が、マットに叩き込まれて食い込んだ音である。

「マットだけど、いったああっ!」

 アサキの、なんとも間の抜けた金切り声が、しんとした体育館の中に響き渡った。

 パイルドライバー。プロレス技である。
 和名、脳天杭打ち。
 ビル・ロンソンが発明したといわれている。
 派生技も多数存在している。
 ゴッチ式、キン肉マン式、ザンギエフ式エトセトラ。

 脳への激しいダメージに、倒れたままぐったりのアサキであるが、カズミは容赦なく追撃を仕掛ける。
 スカートがめくれにめくれ、もしここに男子がいたら舌を噛むしかないような、激しくだらしない格好で伸びているアサキのその足を、ガッシリと両手で掴んだ。

「意識朦朧のとこへ追撃! 嬉し懐かしのスピニングトーホールドッ!」

 立ったまま足に足をからませ、ぐるりん回りながらカズミは叫んだ。

「ぎゃーーー! いたいいたいっ! 痛い足痛いほんとに痛いっ! やあああめええええてええええっ! ねじ切れるううううう!」

 意識が目覚めて、地獄の攻め苦にバンバンとマットを叩くアサキ。

 スピニングトーホールド。プロレス技である。
 ファンク兄弟の曲としても有名。
 要は、足関節技である。

「許してえええええええ!」
「うおおおお!」

 差し込んだ足を軸にぐるぐる回転するカズミ。
 アサキは目に涙を溜めて、ばんばんばんばんマットを叩き続けている。

「なんで自分ら同士で争っとるんや。アホなのか関東もんは」

 応芽が、理解でけへんわあ、といった感じに腕を組んで、冷ややかな表情ですっかり呆れてしまっている。

「あたしら二人を関東の代表のようにいうなあ。あたしらのアホは特別仕様なんだよ!」
「そうだあ!」

 技を掛け終え掛けられ終え、立ち上がって肩を組み、組んでない方の腕を突き上げるカズアサコンビ。
 アサキは、ちょっとやけっぱちな態度に見えなくもないが。泣いてるし。

「はあ、負けたわもう。超弩級のアホにはかなわんわ」

 応芽は、ため息吐きつつ苦笑すると、

「なんやかんやバスケも負けたしな。……あらためて、よろしゅう頼むわ」

 二人へと、右手を差し出した。

「お前、そうやって仲良くなるチャンスを狙ってたんじゃねえの? 友達作れないタイプなんだろ」

 いやらしい笑みを浮かべながら、カズミは差し出された手を握ろうとする。
 が、その台詞に応芽は自尊心を傷付けられたか、

「だ、誰も仲良うなりたいなんて、ゆうとらんやろ! ボケ!」

 パシリ!
 カズミの手を、思い切り払った。

「ああ?」

 ピクリ、とカズミが頬を引き攣らせ、目を細めた。

「ダメだよお、仲間なんだからあ! ほおら、これで仲良しこよしだっ」

 アサキは、二人の手を掴むと強引に握らせて、上下から自分の両手で包み込んだ。
 にんまりにこにこ楽しげに笑っているアサキの表情に、二人は怒る気持ちをすっかりそがれてしまい、唇を尖らせながら決まり悪そうに、

「お、おう」
「まあ、しゃあないわ」

 などと、なおも小さく意地を張り合っていたが、やがてどちらからともなく、ぷっと吹き出して、笑い始めた。
 小さな笑いは、すぐに腹を抱えるような大笑いへと変わって、その大笑いはなかなか終わることがなかった。

 バスケで地固まる。
 気持ちの意味でも正式な六人目の仲間が誕生した。今がその瞬間であった。

     10
 夜、であろうか。

 窓の外から、ほのかな街灯りが差し込むだけの、真っ暗といっても過言ではない部屋の中。

 隅にある卓上に、リストフォンが置かれている。
 突然、振動と共に画面が表示された。
 メッセージの着信を知らせているのだ。

 しばらく、ぶーぶーと振動していたが、やがて本体画面が消えて、空間投影に切り替わった。
 つまり、部屋の中にリストフォンの表示内容が映っているということだ。

 画面内容は、シンプルかつ不気味であった。
 黒い背景に、白い太明朝体で、次のように書かれているのみだ。


 悪魔とは何か。


 悪魔はどこにいる。


 探せ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧