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戦闘携帯のラストリゾート

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折れた心と盗まれた心

スズに諭されて、仕方なくルビアの旅館を出る。護神の女の子は、困った顔をしていたけど逃げずについてきた。
 ……正直、ひどい気分。アローラで盗むのに失敗したときよりももっと。
 まだわたしは失敗したわけじゃない。負けたって捕まったって、怪盗としての自分で少しずつ進んできた。
 でも、そう思っていたのはわたしだけで。キュービはわたしに宝を盗んで欲しいから護神をわたしにつけていたとルビアは言う。
 わたしはキュービと約束した。本気で宝を盗む。八百長はしないと。でもそれは嘘だったとしたら。わたしは何のために頑張ったんだろう。何のために痛い思いも悔しい思いをしたんだろう。
 上手くやっても、上手くやらなくても護神が助けてくれて宝を盗めるなら……わたしが頑張る意味なんて、全くない。
 サフィールもそう。護神がわたしについてるんじゃ、いくらカードを熟知してても、わたしに勝ったとしても、捕まえて交渉なんてできっこない。ルビアがやる気をなくしたのは、それを理解したからだ。
 全てはキュービの手のひらで、あの人の都合良く宝が盗まれて、みんなは何も知らずただ護神に助けてもらった怪盗を見て喜んで終わり。
 ぐるぐるぐるぐる、もやもやした感情が渦巻く。
 遊花区からは随分距離があったはずなのに、いつの間にかわたしと護神の子はホテルの自室に戻ってきていた。

【どうです、少しは落ち着いてくれましたか?】
「全然。どうして、ルビアもチュニンもキュービも。優しい顔で、人を騙すの。わたしやサフィールの気持ちを。蔑ろにするの」
【さあ。人間の心情についてスズは疎いですから】
「とぼけないで!スズだって、知ってたんでしょ。わたしが最初に護神とあったとき、スズはなぜか一切反応をしなかった。さっき護神が現れたとき、スズは明らかにわたしを早くルビアから遠ざけようとしてた。スズとキュービは管理者同士、元々私の知らないところでも会話ができる。……わたしに怪盗をやる気にさせるために、わざと護神について知らないふりをしてたとしか思えない!」
【……おやおや。クルルクに似てきましたね。ご名答です】
「クルルクの名前で、わたしの機嫌が、直るとでも思ってるの……?」

 声がひきつる。このリゾートに来てから何回涙がこぼれたかわからない。そんな慰めみたいな返事なんてして欲しくなかった。
 自分の予想が間違ってるとは思わない。……だけど、否定して欲しかった。騙して連れてこられたけど、八百長ではなく本気で盗みたいというわたしの気持ちをスズはわかってくれたと思ってたのに。
 ルビアはサフィールを助けようとしていたのは自分の独り相撲だと言ってたけど、本当に一人で空回ってたのはわたしだった。スズに乗せられて、キュービにおだてられて、チュニンやルビアが怪盗を遊びみたいに言うのも当然だ。
 スズが黙る。どうすればわたしをその気にさせられるかとか考えてるんだろう。だけどもう嫌だ。


「もういい。帰る。こんなところで怪盗なんかやらない。リゾートで遊びたくもない。アローラに帰る」


 何もしたくない。何をしたってスズやキュービの手のひらの上で踊るだけ。サフィールとの約束も果たせない。リゾートからアローラに帰る日までここから動きたくない。
 わたしが動かなかったら、スズやキュービは困るはず。わたしがリゾートに着いた時にはもう怪盗がやってくるという話が広がっていて、予告の日まで後四日。今更来ないなんてことになったら、それを楽しみにここに来た人達はがっかりする。わざわざ騙して連れてくる必要がある計画がご破算になるのは二人とも嫌なはずだ。……わたしだって嫌だけど。散々人を騙したあっちが悪い。

【わかりました。こんな結果になってしまうのは残念ですが……ルビアの行動も護神が直接ラディを助けたのも予想外ですし、ラディの怒りは尤もです。仕方ないでしょう】
「…………止めないの?」
【スズの経験上、あなたが本気で口に出したことは変えられませんから。男の子のようなヒーローを演じるのをやめ、さりとて憧れたクルルクの隣を怪盗もしくは人間のパートナーとして歩くのでもなく、彼に向き合えるような怪盗になりたいと言い出した時からね】
「嘘。だって、わたしがそもそも怪盗として動かなかったら」
【今回の計画を立案したスズとキュービの面子は丸つぶれですね。下手をすると管理者としての責任を取らされるかもしれません】
「ねえ、わたしは冗談で言ってるんじゃない。本当に……本当に本当に怒って、もう何もしないって言ってるのよ!!」

 叫び声が部屋に響く。驚いたのか護神の女の子の姿にノイズが走った。ちらりと見えた表情は、今にも泣きそうに見える。

【ええ。本当に、ラディは優しいですね。怒っていて、許せなくて、それでも自分が動かなかったときのスズやキュービの立場を案じている。昔義姉達に虐められて、それでも彼女達の危険を見過ごせなかった時から変わっていない。そういう人間だから、スズはあなたに目をつけた。今の世界ではほとんど失われ、限られた人や場所でしか許されないポケモンバトルをする力を与えたんです。だから、貴女の決断の責任を取るのは管理者として当然のことです。ラディが気に病むことではないんですよ】
「……おだてたって、やる気になったりしないから」
【構いません。キュービへの連絡もスズからしておきましょう。ただ、一つだけ。ラディにはやらないといけないことがあります】

 意味がわからない。怪盗として動かなくてもいい。なのに今更、何をしろをというんだろう。

【スズやキュービが貴女を騙していたとしても、あなたは今まで真剣に怪盗としてポケモン達に指示してきた。力を借りてきた。ここで終わりにするというのなら、ポケモンの力を使う人としての役目を果たしてあげてください。スズの言いたいこと、わかりますよね?】
「……あ」

 ボールの中のツンデツンデがたくさんの目でわたしを見ている。ブロックのように無機質に見えるけど、心配してくれているのがわかる。
 ツンデツンデだけじゃない。
 わたしの腰につけたボールには、ずっとわたしを支えてくれたツンデツンデや。もう一度力を貸してくれたシルヴァディ、リゾートに来てからわたしのために戦ってくれたポケモン達がいる。

「そう、だね。ツンデツンデ、スターミー、グソクムシャ、ハッサム、ルカリオ、シルヴァディ。……離ればなれにさせて、ごめんね」

 眠らされたわたしと違う場所に置かれて、わたしも心細かったけのと同じくらい、ポケモン達だって不安だったはず。表情はわかりにくい子達だけど、それでもこんな状況になって、元気がないことはわかる。
 それに、わたしが今一番お礼を言わなきゃいけない相手、怒っているわたしに怯えたように顔色を伺いながら、それでも逃げずに付いてきてくれた護神がいる。

「あのね、助けてくれて……ありがとう。関節を無理矢理外すのって、やっぱりすごく痛いから。治してくれて助かった」

 わたしの言葉に護神の子はびっくりしている。ついさっきまで怒っていたんだから当たり前だ。
 正直、ルビアのことはすごく腹が立つ。サフィールに暴力を振るったチュニンにも。もしルビアの言うことが本当ならキュービにも。
 だけどこの子の優しさは嘘じゃないはず。わたしを助けるのがキュービの命令だとしても、あのときわたしの痛みを治して、心配してくれたのは本心だと思う。
 
「もし本当にキュービに約束を守る気がなかったとしても、あなたのおかげで出られた……ううん、あなたが心配してくれたおかげで一生懸命脱出しようって思えたの。だから、ありがとう」

 護神のオッドアイが、わたしを真剣な目で見つめる。幼い頃のキュービさんみたいな姿は幻影だってわかっているけど、その姿に手を差し伸べる。

「でもね、気になることがあるの。キュービがわたしに宝を盗ませたかったなら、あなたは護神としてわたしの前に出てきちゃいけなかったはず。ここに戻るまでに、キュービのところに帰ったってよかったはず。……どうして、ここまでついてきてくれたの?」

 言葉を話せない護神には答えられない問いかもしれない。でも聞かずにはいられなかった。
 護神の子は、やはり困った顔をしてしまう。……やっぱり、まずかったかな。
 
「ごめんね。言えないなら、それでもいいの」
『ううん、話させて欲しいな』

 突然、イヤホンから聞こえるスズの声よりも脳の中に響く声がして、女の子の姿が消え去った。その代わりに現れたのは、紅白の竜。普通のドラゴンタイプよりは小さくて表情には子供のようなあどけなさがある。そして、脳内に響くテレパシーは、間違いなく護神自身のものだとわかった。
 
『キュービからは直接お話はしないでって言われてたけど……私は、今は貴女の味方になりたい』
「……今までも私の見えないところで助けてくれたんだよね?」
『それはキュービに言われてたから。貴女の気持ちを無視して、勝手に助けてただけ。貴女がどんな想いで怪盗のお仕事をしてるのか。私にはずっと聞こえていたのに』
「わたしの考えてることも聞こえてたの?」
『うん……ごめんなさい』

 ちょっと恥ずかしい。予選で負けて泣いてたときの気持ちも聞かれたりしたと思うと、体の芯が熱くなるような感じがした。
 
【ああ。彼女が話す気になったんですね。護神、という呼称を聞くに予想はしていましたが。ラティアスでしたか】
「ラティアス、それがあなたの本当の名前なのね」

 護神、改めラティアスもうなずいて話し始める。

『貴女はさっき自分が何をしたって意味がない。キュービの思い通りになるだけだって言ったけど……それは違う』
「……どうして?」
『どんな時でも、貴女は真剣に怪盗であろうとした。ポケモン達の力を借りて、仲間達に感謝をして。後悔しても、悲しくても、苦しいときに助けに来てくれる誰かがいても。考えて自分で動くのをやめなかった。涙が出るくらい自分を傷つけてでも。そんな貴女だから……私の心は盗まれたの。キュービの言いつけよりも、貴女の味方になりたいって思った。貴女はもう、キュービの思惑以上に立派に怪盗をやり遂げてる』

 テレパシーだからなのか、ラティアスの言葉と感情は嘘じゃないことがわかる。
 自分を見てくれてた人の心が動かせたのなら……怪盗として振る舞ってきた意味はあった。そうラティアスは言ってくれてるんだ。

『でもね、騙していたのは事実。だから貴女が怪盗をやめて帰っちゃうなら……私には止められない。とっても寂しいけど、貴女が怒るのは当たり前だもの』

 ……そんな風に考えてくれてたなんて。
 気がつけばわたしは、ラティアスに近づいてその体を抱きしめていた。

「ううん、帰らない。勝手なこと言ってごめん。キュービが騙してて、スズが何も知らないわたしを見て面白がる人でなしでも、わたしを助けてくれたあなたに一番感謝しなきゃいけなかったのに……だから、泣かないで」
【ラティアスの言葉は聞こえないので流れがわかりませんが今さらっと罵られた気がしました】
「事実でしょ! スズにはまだ怒ってるからね」
『いいの?』
「……怪盗はやりたくない。キュービが騙してたこととか、チュニンがサフィールに酷いことをしたこととか、ルビアがわたしにしようとしたこととか、やっぱり許せない。でも、あなたとは一緒にいたいし……あなたともっと話がしたいわ。キュービのこと、とっても大切に思ってるんだよね?」

 ラティアスがキュービに向ける気持ちは、とても信頼がある。その上で今だけはわたしの味方をしてくれる……そうだよね。
 それに、わたしも初めて会ったキュービの笑顔が、全部嘘じゃないはず。
「だから教えて。キュービは何を考えてるのか。教えてくれたら……もう一度、キュービとも話してみてもいいって思えるかもしれないから」
『あの人の考えは正しい。優しくて強くて、怖がりになった人。最初はね。キュービにお願いされたの。みんなのために怪盗をやってる優しい女の子が来るから、お仕事が上手くいくように、怪我をしないように助けてあげて、って。今までずっとリゾート全体を護ってきたけど誰か一人を護ってなんて……久しぶりに言われたから。どんな子なのか気になった』
「だから、人間のフリをして私に会いに来たのね。じゃあ、あの壊れた街の映像もあなたが?」

 壊れ果てたリゾートの光景。サフィールはわたしを警戒して護神が見せたんじゃないかって言ってた。
 その質問に、ラティアスは目を伏せてしゅんとする。……いたずらのつもりだったのかな。
 
『ごめんなさい。貴女を見ていたら、思い出してしまったの。昔、キュービがこの世界にやってくる前。彼女が記憶を失う前のことを』
「えっ……あれは、キュービさんの昔の記憶?」

 全然違った。このリゾートだって昔はこんなに華やかじゃないとは聞いていたけど、あのとき見た映像はもはや廃墟だった。そもそも別世界の光景だとしたら納得はできる。

『あなたのことも、サフィールのことも。あの人は笑顔の裏でずっと苦しんでる。悲しい気持ちを、胸の奥にしまい込んで見せないように。だけど優しくて、少し昔のあの人に似てる貴女なら……あの人の心も盗めるかもしれない』
「ラティアスは、昔のキュービに戻って欲しい?」

 怖がりになった人。苦しんでる人。ラティアスはキュービが大好きだけど、今のキュービには複雑な気持ちを抱えているように聞こえる。

『ううん。今のあの人は、大人になって一生懸命自分の理想のために頑張ってる。でも……寂しいの』
「どうして?」
『今のあの人にとって、私はリゾートを安全に運営させるためのシンボル。ピンチになった怪盗に宝を盗ませるためのデウスエクスマキナ。友達とは、もう思ってくれてないの。昔はどんなに辛くても一緒に戦ったのに』

 テレパシーによる想いは、とても苦しそうだった。自分の友達が記憶を失って、自分のことを忘れてしまったら、わたしも悲しいと思う。

「……ルビアからキュービのことは少し聞いたけど、もっと詳しく知りたい。あなたとキュービは、昔どうしてたのか。サフィールとは一体どうして会ってあげないのか。優しい人、なんだよね」
『誰にも見せるつもりはなかったけど……私の記憶。キュービの体に刻まれた過去。貴女に見て欲しい。それで貴女がキュービに怪盗として向き合うかどうかは……ラディが決めてほしい。私は、貴女が正しいと思うから』

ラティアスの瞳が光を受けた雫みたいに光って、わたしを見つめる。ゆっくりと、視界がホテルの中じゃない別の景色に変わっていく。
 今度は怖くなかった。だってラティアスは……ポケモン達は、わたしの仲間だから。 
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