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超速閃空コスモソード

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番外編 黒狼の正義

 虚空を走る流星の群れが、眩い軌跡を絶えず描き。破壊を司る異形の群れが、この大海に死を呼ぶ。
 星の海原を駆け巡る人類の勇士達は、同胞を脅かす魔物を討たんと命を賭け――その使命に殉じる。

 それは、この時代においてはごくありふれた景色であり。勇士達の敗死によって幕を下ろすまでが、様式美であるかのようであった。
 その流れに逆らう者が、1人や2人いたところで、何も変わりはしない。人は人でしかなく、それを越える存在にはなり得ないのだから。

 ――「正義」という大層な理想など、成せるはずがないのだから。

 ◇

「隊長、応答してください! 隊長、隊長ッ!」

 メドラ・ユング少尉の眼に映る世界は、真っ白であった。
 ――否、正確には違う。彼女の眼前で繰り広げられている激戦は未だ続いており、多くの同胞達が異形の怪物に挑み続けている。

 だが、初陣早々に隊長機を撃墜され孤立してしまった彼女には、それすらも見えなくなっていた。戦闘宙域に突入し、1分も経たないうちに彼女はもう――使命すらも見失ってしまったのだ。

 彼女達が搭乗している高速宇宙戦闘機「コスモソード」は、人類を脅かす宇宙生物を駆逐するために造り出された新兵器。その真価を発揮できさえすれば、何一つ恐れることなく全ての危難を斬り払うことも容易い。
 しかしそれは、戦士としての覚悟を胸に、「正義」を成さんと挑める者にだけ許された力であり。その域に達しない者にとっては、ただ宇宙を漂うだけの鉄の棺桶に他ならない。

 人類の盾にして、矛。その大役を担う星間連合軍のパイロットでありながら、メドラは操縦桿を握る手を震わせ、眼前の戦場を直視できずにいる。
 目を背けていては死を待つばかりだと、頭で理解していながら。実際の行動においては、その逆を直進している。

 ――過去にも、このような状況に陥り戦闘どころではなくなった新兵は数多くいる。そして、そうなった者は例外なく若き命を散らしてきた。

「ひっ……!」

 それは無論、メドラにも降りかかる運命であり。彼女の機体に迫る宇宙生物の牙は、戦場に迷い込んだ子羊に狙いを定めていた。
 視界を埋め尽くすほどに迫る、死の宣告者。その気配をキャノピー越しに感じ取り、我に帰った時にはもう――回避など、間に合わないところまで来ていた。

 メドラの機体に組み付いた彼の者は、牙で彼女を抉り出すべくコクピットに狙いを定める。ここまで近づかれてはもはや、レーザー砲も役には立たない。
 この先に待ち受けているのは、逃れられぬ「死」のみ。それほどの危機が迫っていたことを、今になってようやく理解した彼女は――震えながら宇宙(そら)を仰ぐ。

 ――お父さん……お母さん……!――

 元々、パイロットになるつもりなどなかった。安全な内地で、事務員として細々と暮らしていくつもりだった。
 しかし、パイロット不足に喘ぐ軍部は、そんなメドラを見逃してはくれなかったのだ。本来ならコスモソードのパイロットとしては適性がないにも拘らず、「数合わせ」のために転属させられてしまったのである。
 わけもわからないままコスモソードに乗せられ、わけもわからないまま戦わされ、わけもわからないまま死んでいく。そんな彼女の受難は、この時代の不条理を凝縮したかのようであった。

 あまりに儚く、一瞬にも満たない15年間の人生。その終幕を前に、彼女は走馬灯を見ることさえ叶わぬまま――異形の牙に、

「いやぁあぁあっ――あ!?」

 幼い命を摘み取られ、なかった。

 闇を裂くように翔ぶ、灼熱の一閃。漆黒の殻に守られた異形の身体を、容易く焼き斬るその剣は――少女に迫る牙を、一瞬のうちに遠ざけてしまう。
 レーザー砲によって撃ち抜かれた宇宙生物は、瞬く間に命というしがらみから解放され、天に召されて行く。メドラ機からゆっくりと離れ、星の海を漂う黒の骸が、徐々に少女の視界から消え去っていった。

「えっ……!? あ、れは……」

 異形の災厄から少女を救い、魔の物を撃ち倒した熱線。その一撃が来た方角には――こちらを目指して翔び続ける、1機のコスモソードの姿があった。
 しかしそれは、星間連合軍のものではない。本来なら純白に塗装されているはずのその機体は、闇のような漆黒に塗りつぶされている。

 ――それは元々事務員志望であり、パイロットとしての知識にも疎いメドラでさえも、よく知っている姿であった。

 星間連合軍から奪ったコスモソードで、あらゆる星を渡り歩く流離(さすら)いのならず者。彼は人類の矛を私欲の為に操り、各惑星で悪逆の限りを尽くしているのだという。
 ――「黒狼」の異名を持つ、宇宙海賊セドリック・ハウルド。その悪鬼が操るコスモソードは、漆黒に塗られている。そう、幾度も報じられているのだ。

『おい』
「ひゃいっ!?」

 悪名高い賊の機体が、傍まで近づいてきた瞬間。低い男の声が傍受され、メドラは動転の余り奇妙な声を漏らしてしまった。
 そんな彼女を気にする様子もなく、宇宙海賊は自分達を取り巻く戦況を一瞥する。すでにコスモソードの数は当初の半数以下まで減少しており、メドラと同じ新兵の多くは、現世(うつしよ)から脱しているようであった。

 戦況は――素人同然のメドラから見ても明らかなほどに、芳しくない。その光景を改めて目の当たりにした彼女は、状況が切迫している事実に直面し、息を飲む。
 一方、ただ静かに戦局を見つめていた宇宙海賊は――コクピットの中で目を細めつつ、メドラの方へと視線を移した。数多の死線を潜り抜けてきたならず者の眼差しが、戦を知って間も無い少女の瞳を射抜く。

『新兵か』
「……は、はい」
『指は動くか。操縦桿は握れるか』
「……はい」
『なら手を貸せ。奴らを潰す』
「……」

 分かっている。いくら隊長機を落とされ、この戦場で孤立しているからといって、お尋ね者の言いなりになるなど軍人としては余りにもお粗末だ。パイロットの適性云々どころの問題ではない。
 だが、選り好みをしていられる場合でもない。自分と同様に指揮系統を見失った新兵達は、ほとんど戦死してしまった。残る正規パイロット達も皆、危機に瀕している。

 この宇宙海賊が、少なくとも自分よりは場慣れしているというのなら。これ以上の被害を食い止められるのなら。
 誘いに乗り、この海賊を利用することもやむを得ないはず。そう、これは緊急時ゆえの苦肉の策なのだ。

 ――大丈夫。私、悪くない――

「わかり、ました」
『えらく間が空いたな。……まぁいい』

 その一心で顔を上げるメドラを、キャノピー越しに一瞥しつつ。宇宙海賊は異形の群勢に視線を向け、操縦桿を握る手に力を込める。

 数十年も前から人類の敵として、多くの命を蹂躙してきた異形の生命体。彼らがいる限り、この宇宙に安全な場所はないとされている時代の中で――彼は流浪の戦士として、独り星の海を渡り歩いてきた。
 こんな修羅場など、潜り抜けて当たり前。それが、セドリック・ハウルドという男の「普通」なのである。

『お前、前進できるか。左右に曲がれるか』
「……バカにしてるんですか。確かに適性はないですけど、ちゃんと飛ばせる訓練くらい受けてます!」
『だったら十分だ。お前、真っ直ぐ飛んで「餌」になれ。俺が「罠」をやる』
「……」

 死ねと言われているようなものだ。さすが宇宙海賊、乱暴にも程がある。
 ――だが、彼に逆らったところで何も状況は好転しない。加えて、一度死に掛けたこともあり、メドラはすでに通常の新兵とは異なる精神に達していた。
 彼に従おうが、従わまいが。ここで死んで両親に会えなくなるなら、同じことであると。

「……これで私が死んだら、あなたの懸賞金がさらに増えますからね」
『それも悪くねぇな』

 皮肉たっぷりに、宇宙海賊はそう返してくる。いちいち嫌味な男だ。
 だから、敢えて話に乗ってやる。乗った上で必ず生き延びて、吠え面かかせてやる。

 急加速に備え、エンジンを噴かせるメドラ機が、そう告げていたのだろう。期待の挙動から彼女の胸中を察した宇宙海賊は、薄ら笑いを浮かべ敵方に視線を移す。

 ――いい性格してるぜ――

 口元を歪めて嗤うならず者は、骨のある新兵に一番槍を託し、滑るように上昇していく。
 そんな彼を見上げながら、メドラはフットペダルを押し込み――異形の群れへと肉薄していった。牙さえ持たない1匹の羊が、狼の森に迷い込むように。

 そうして果敢に宇宙を駆け抜ける白い翼は、星の海に艶やかな軌跡を描き――狼達を引きつけていた。
 自分達に迫る敵機を察知した宇宙生物の群勢が、彼女に狙いを定めるのは、もはや必然であり。その獰猛な牙は人間の生き血を求め、メドラ機を狙っていた。

「――生憎だったな、蛆虫共」

 だが、必然はそこまで。純白のコスモソードを襲う凶禍の牙が、その機体に伸びることはない。
 格好の獲物が放つ「無防備」という甘美な香りが、異形の群れから思考を奪い。頭上に迫る黒狼の刃さえ、霞ませてしまう。

 それこそが、セドリック・ハウルドの必然。メドラ機の陽動に容易く惑わされ、死を待つ肉塊と化した宇宙生物達に――漆黒のコスモソードは、熱線の豪雨を以て死罰を下す。
 天より異形を穿つ灼熱の嵐は、人類に仇なす無法者を一瞬のうちに焼き切り、貫いて行く。無数の凶眼は瞬く間に生気を失い、命だった何かは虚空へと四散した。

 ――その裁きを与えた断罪者は、正義の使者には程遠いならず者だが。命を賭して戦地を翔ぶ、幼気な少女にだけは決して当たらぬ彼の閃光は、この世界に確かな正義を灯していた。

 それからも、少女はただひたすらに真っ直ぐ。次の一瞬に待ち受ける死の可能性に震え、それでもフットペダルからは足を離さず。
 宇宙海賊に命運を託し、戦渦の宇宙を駆け抜ける。

 そんな彼女に、応えるかのように。ならず者もまた、決して彼女が傷つかぬよう――その穢れなき翼に迫る災厄を、斬り払い続けていた。
 僅か数ミリの誤差が生じれば、その瞬間に彼女の翼は熱線に焼かれ、死の奈落へと消えて行く。
 そうと知りながら彼は躊躇うことなく、確実に当てられるように。異形の群れを、限界まで引きつけ――撃ち続けていた。

 ――死にたくない死にたくないって、今にも泣きそうなアイツなら、止まることなく飛び続けてくれる――

 ――アイツだって、囮がなくなったら困るはず。だからきっと、助けてくれる――

 それは、互いを信頼しているかのようであり。呪っているかのようでもあった。

 ◇

 そんな2人が、この戦いを生き延び。宙域に潜む全ての異形を駆逐したのは、彼らが巡り逢ってから僅か5分後のことである。

 音速を悠に超えるコスモソードのパイロット達は、刹那さえも永遠のように感じてしまうものだ。数十年の寿命を使い切ったかのような思いで、戦いを終えたメドラは息を荒げ、虚空を仰いでいる。

『……どうした、ただ翔ぶだけで精一杯か?』
「……うるさい、ですっ」

 決死の覚悟で初陣を潜り抜けた少女に対し、宇宙海賊はならず者らしく辛辣な言葉をぶつける。そんな彼に泣かされることが気に食わず、少女は目尻に貯めた涙が溢れる前に――憎まれ口を返していた。

「……でも。しょうがない、よね」

 ――自分は新兵で。孤立していて。彼は場慣れしていて。強くて。
 それだけ揃えば言い訳としては十分だと、彼女は決め付けていた。こんな最低な男に、恩義を感じてしまう言い訳としては。
 
『しかし、よく俺のような海賊の言い分を聞いたもんだな』
「……不本意ながら、助けて頂いたのは事実ですから。ここは、『義賊』って言うことにして差し上げます」
『……義賊。義賊ねぇ』

 そんな彼女にむず痒い言葉を浴びせられ、宇宙海賊はコクピットの中で僅かに視線を泳がせる。その様子が、どこか可笑しくて――キャノピー越しに彼の表情を見遣るメドラは、口元を緩ませていた。

「結局、お尋ね者ですけど。悪い人ですけど。それでも、奴らと戦ってくれたことだけは『正義』だって思いたいんです」
『よせよ、正義なんて。……そういう御大層な言葉はな、人間に成せるような軽いもんじゃねぇんだ』
「……正義は、軽くない……?」
『あぁ。……だから俺に「正義」はいらねぇ。「義」の一文字で、ちょうどいい』

 悪党と蔑まれ、罵られて当然という世界に生きてきた彼にとって。「正義」などという言葉は、あまりにもむず痒く、眩しい。
 故に彼は妥協点として、「義賊」という評価だけを受け取ることにした。「正義」未満の「義」だけで十分。そう、言い切るかのように。

「……行くんですね」
『……あぁ。あばよ』

 これ以上関わっては、どんな照れ臭い言葉をぶつけて来られるか分かったものではない。その不確定要素から逃れるかのように、漆黒のコスモソードは急速に旋回し――遥か彼方に広がる暗黒の大海へと、進路を変える。

 ――この時代だ。次に生きて会えることは恐らく、もうないだろう。セドリックにはもちろん、メドラにも、それは分かりきっていた。
 分かりきっていたから。どうせ最後だから、「正義」などという大仰な言葉を残したのだ。

 この先、何があっても。彼のどこかに、自分という存在が残るように。
 ――それが彼女の、「命の恩人」に対する仕打ちであった。

「……ふふっ」
『……ムカつく奴だ』

 そんな彼女に、ため息をつきながら。孤高の「義賊」は、次なる戦場を目指して飛び去って行く。救援に駆けつけた味方部隊に発見されたメドラ機から、逃げるかのように。

「……ほんとにね。ムカつく」

 そして、友軍機の機影を一瞥した後。消え去って行く黒狼の翼を見上げて、口元を緩めて呟く彼女もまた――彼と同じように。

 いつか会えればと、笑っていた。

 ◇

 それから、何年もの歳月をかけて。この宇宙から異形の群れが滅ぼされ、人類の「正義」が成し遂げられたのだが。
 その成就の陰に、人知れず戦い続けていた黒狼の翼が隠されていたことを、知るものはいない――。
 
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