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その日、全てが始まった

作者:希望光
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第1章:出会い
  第01話 『Crescendo』

 
前書き
第01話です。 

 
 洸夜の視線の先にいた人物———彼の妹である紗夜。
 それは、洸夜が最もよく知る人物であり、この場において最も出会いたくなかった人物。

「……なんで……お前がここに……」
「……それは……こっちの台詞よ」

 2人の会話は、そこで途切れてしまった。

「……紗夜?」

 心配に思ったリサが、声をかけた。
 すると、停止していた洸夜が再び起動したかのように振り向いた。

「……ごめん2人とも、1人にしてほしい」

 突然、洸夜の口から出た言葉。
 それは、どことなく悲愴感を帯びていた。

「……リサ、行きましょう」
「うん……」
「紗夜も」
「湊さん……」

 3人は、部屋を後にして行った。

「……見られた」

 そう言った洸夜は、椅子に腰をかけると両手で顔を覆った。

「……なんで、よりにもよって……」

 彼は、しばらくの間同じ体勢のままであった———





 部屋を後にした3人は、受付の前へと戻ると———

「あ、みなさん!」
「どこへ……行ってらしたんですか?」

 ツインテールの少女と、黒髪ロングの少女が3人に声をかけた。

「あこ、それに燐子」

 友希那達のバンドグループ『Roselia』のメンバーである『宇田川 あこ』と『白金 燐子』であった。

「少しね……」
「うん、少し……」
「……」

 友希那とリサは、歯切れ悪く答えた。
 しかし紗夜は、黙ったままであった。

「何かあったんですか?」

 燐子は3人に問いかけた。

「ええ、実は———」

 友希那は、先程までにあったことを話した。

「そんなことが……」

 燐子がそう呟いた。

「……紗夜、彼とはどういう関係でどういうことを知ってるの?」

 リサは、紗夜へと問いかけた。

「そうですね……」

 紗夜はそう言って、話し始めた。

「彼は……洸夜は、私と同い年の兄です」
「え、紗夜さんってお兄さんいたの?」

 あこがキョトンとした顔で言った。

「ええ」
「……そうだったんだ」

 リサは呟いた。

「彼との関係は分かったわ」

 でも、と言って友希那は言葉を続けた。

「何故彼は、突然あんなことを言ったのかしら」
「それは恐らく……私が彼の演奏を見てしまったからでしょう」

 その言葉に紗夜以外の全員が首を傾げた。

「どういう……ことですか……?」

 燐子が、全員の疑問を代弁するかの様に尋ねた。

「彼は……演奏などをみられるのを極度に嫌っているんです……」
「……家族に見られるのが嫌ってことなのかな?」
「恐らく……。それが故なのか、洸夜は楽器を手に取ることすら辞めてしまいました……」

 紗夜は、少し泣きそうになりながらもでも、と言って続けた。

「さっき……洸夜が演奏しているのを見たとき……嬉しかったんです。また……あの時みたいに……楽しそうに演奏している……洸夜の姿が……あったから……グスン……」

 そこまで言い切った紗夜は、泣き始めてしまった。

「紗夜……」
「紗夜さん……」

 リサとあこは、紗夜を慰め始めた。

「彼……その他にも、何かあるわね」

 友希那は、誰にも聞こえ無い程の声で、そう呟いた———





 3人に退出してもらった後、洸夜は再び演奏を始めていた。
 しかし、彼の頭の中には紗夜に見られてしまったという事実が過ぎり、演奏に集中する事ができなくなってしまっていた。

 結局、当初の予定であった3時間の練習を、2時間で切り上げてしまった。
 洸夜は、部屋を出ると受付へと向かった。
 そして、まりなに練習が終わった旨を伝えた。

「終わりました」
「ご苦労様」

 そう言って彼は、帰宅しようと踵を返した。

「あ、君」

 突然、呼び止められた。

「……何か?」
「良かったら、ここで働かない?」

 一瞬、洸夜は彼女の言っている意味が理解できなかった。

「……えっと、それはアルバイトという事ですよね?」
「そうだね。今人手不足でね……やってくれると助かるんだけど……どう?」

 洸夜は少し悩んだ。
 確かにここなら、アルバイトするのにも抵抗は無い。
 学校ではアルバイトを禁止されていると言ったこともないので、いいとは思った。

「……そうですね。働いてみようかな」
「本当?」
「ええ」

 ただし、と言って彼は続けた。

「今は、やるべき事があるので、それが終わってからまた来ます」
「そっか。わかった。じゃあ、都合がついたら私のところに来てね」
「はい」

 そう言って洸夜は、家へと向かって行くのであった。
 そして、帰宅した彼は荷物を下ろすと、着替える事なくベットに横たわった。
 今日起こった、あのことを思い出しながら。
 あの瞬間のことが、幾度となく脳裏を過る。

「……まだ、気にしてるのか。俺……」

 そう呟くと、彼は目を閉じた。
 そうして、考え込んでいるうちに、彼は眠りについてしまった。
 そして、眼が覚めると、翌日になっていた。

「……ヤベェ、風呂入らないで寝ちまったのか」

 そうボヤくと、彼は着替えを持って風呂場へと向かい、シャワーを浴びた。
 そして、シャワーを浴び終えた彼は着替えてリビングへと向かった。

「おはよう洸夜」

 リビングへ行くと、彼等の母親がいた。

「おはよう、母さん」
「昨日は夕飯食べなかったけど、どうかしたの?」
「いや、何もないよ。ただ、帰ってきてそのまま寝ちゃったんだよね……」
「そうだったのね。てっきり調子悪いのかと思ってた」
「大丈夫。いつも通りピンピンしてるよ」
「そうかい。朝ごはんできてるから食べちゃいなさい」
「はーい」

 そう言うと彼は、朝食を摂るのであった———





 その日の午後、彼は再び『CiRCLE』を訪ねていた。

「確かここだったはず……」

 そう呟くと、Bスタジオの扉を開いた。

「……あ、来たか」

 そこには、祐治がいた。

「なんだ……いきなり呼び出して」
「悪い悪い。メンバーにお前のことを紹介しておこうかなと思ってな」

 そう言った祐治は、そこに居た他の3人に向かって言った。

「コイツがこの前言った助っ人の氷川洸夜だ」
「氷川洸夜です。宜しく」

 洸夜は名乗ると、お辞儀をした。
 すると、ドラムの前に座っていた、長身でツンツンとした黒髪が特徴の人物が立ち上がった。

「俺はドラム担当の森田大樹(たいき)だ。よろしく頼む」

 そう名乗ると直ぐに座り直した。

「僕はベース担当の本山結弦(ゆづる)。宜しくね、氷川君」

 今度はベースを持った、薄めの金髪の青年が名乗った。

「俺は一条雅人(まさと)だ。見ての通りギター担当だ。宜しくな」

 最後に、ギターを持った赤髪の青年が名乗った。

「3人とも宜しく……」

 と、言い切ったところで洸夜は突然、驚愕の表情を浮かべた。

「……あー! お前、確か中学の時バレーボール部だったよな?」

 洸夜は、雅人にそう尋ねた。

「……そうだけど?」
「確か、『窮地の送球(ピンチサーバー)』とか呼ばれてたよな?」
「な、何故それ……俺の黒歴史を……! 祐治以外にも知ってる奴が……いるなんて……」」
「だって、同じ地区でバレーやってたし」

 雅人の質問に、洸夜は即答した。

「……まあ、それは置いておいて———改めて俺がこのバンド『Crescendo』のリーダーにして、ボーカル兼ギターの鹿島祐治だ」

 祐治はそう名乗った。

「はいはい、存じ上げておりますよ」

 洸夜はそれをサラッと流した。

「シンプルに流すなよ」

 祐治は無駄だろうと思いながらも、一応の反論はした。

「そういえば、氷川君は何が演奏できるの?」

 結弦は洸夜へと問いかけた。

「ギターと……ベース」
「マジか……雅人、お前キーボードできたよな?」

 祐治が雅人へと問いかけた。

「ん、ああ、一応。と言っても、齧った程度だがな」
「……キーボードが欠けてるのか?」

 洸夜は祐治に尋ねた。

「ああ……」
「なら、俺がキーボードやるよ」
「え?」

 洸夜の返答に、祐治は驚いた。

「お前、今ベースとギターって……」
「それは、主な役割の話だ」
「……弾けるのか?」

 今度は雅人が洸夜へと問いかけた。

「一応……それでも、ほぼド素人に近いがな」

 祐治は、少し考え込んでから再び口を開いた。

「……なら、今から俺の言った曲を弾いてみてくれないか?」
「了解。何を弾けばいい?」
「『Raise your flag』を弾いてほしい」
「視聴してからでもいいか?」
「いいよ」

 了承を得た洸夜は、懐からスマホとイヤホン取り出し、音楽を聴き始めた。
 そして視聴が終わると、キーボードの前に立った。
 そして、指を添え鍵盤を走らせる。
 それは、一切の狂い無く弾かれていく旋律へと変化していく。
 洸夜が演奏する様子に、一同は見入っていた。

「とりあえず、ここまででいいかな?」

 1番のサビが終わったあたりで、洸夜は演奏の手を止め顔を上げ祐治へと尋ねた。

「ああ。というか、凄すぎるだろ。このままキーボード頼んでいいか?」

 洸夜の演奏に対して唖然としていた祐治は、そう返した。

「俺もそれに賛成だ」

 と、大樹が言った。

「森田君、僕も同じ考えだよ」

 続けて結弦が言った。

「同じくだ」

 最後に雅人がそう口にした。

「全会一致だな。洸夜、いいか?」
「もちろんだ。そもそも、俺は欠員の穴を埋めるために来たんだからな」

 洸夜は、そう言った。

「だったな。頼んだぜ」
「任された」
「よし、じゃあライブも明日に迫ってるわけだし、セッションするぞ」

 祐治がそう言うと、全員は楽器を構える。

「じゃあまずは、プログラムを通しで行くぞ」

 そこから、三曲を間髪入れずに演奏していく。
 そして、演奏が終わった後、祐治が全員に尋ねた。

「何かおかしいとか、ここを直した方がいいとかあるか?」

 祐治が全員を見渡すと、洸夜が手を挙げた。

「洸夜、何かあるのか?」
「ああ。全部の曲で」

 その言葉に全員は眉をひそめた。

「何処が変だったのかな?」

 結弦が洸夜へと尋ねた。

「えっとだな、一曲目の『女々しくて』。この曲に於いては、ドラムのテンポに対してギターが若干だが先行しすぎてる。その僅かに生じたズレに伴う様にベースもズレてた」
「……マジか。弾いてる時は全然感じなかったが」

 祐治がそう言った。

「何なら、キーボード抜きで弾いてみれば? 多分、その方がわかりやすいだろうし」

 祐治は、頷いた。

「よし、ちょっとやってみるぞ」

 そうして、キーボードを除いた状態で演奏を始めた。
 すると、洸夜が指摘した通りのズレが生じていた。
 祐治達は、内心で苦虫を噛み潰したような気分であった。

 そんな時、突然洸夜がキーボードを弾き始めた。
 すると、乱れていたテンポが整い始めた。
 そして、その演奏が終わると洸夜が口を開いた。

「こういう事だよ。ズレてたでしょ?」

 一同は、洸夜に対して唖然とすることしかできなかった。

「……お前、演奏中にテンポを整えるなんて……何者だよ。普段はどこで何を演奏してるんだ」

 大樹が洸夜へと尋ねた。

「ん? 普段は演奏なんかやってないよ」

 洸夜は答えると、それにと言って続けた。

「俺はそもそも音楽なんてやらないって決めてるんだよ」

 と、当然のことのように言った。

「それなのにここまで弾けるとか……嘘だろ……」

 雅人はポツリと呟いた。

「問題点は分かった。改善に関してはどうするかなんだが……」
「ああ、それなら———」

 洸夜は右手の人差し指を立てながら説明した。

「ギターが半テンポだけ遅くすれば解決する。ドラムとベースはテンポばっちしだからね」

 それを聞いた祐治は頷いた。

「雅人、半テンポ遅くするぞ。よし、もう一回だ」

 そう告げると、洸夜に言われたことに注意しつつ再び演奏を行う。
 すると、先ほど生じていたズレが嘘のように解消していた。

「……どうだった?」

 演奏を終えた祐治は、洸夜へと恐る恐る尋ねた。

「バッチリ。とても綺麗な演奏だったよ」

 洸夜はそう答えた。

「じゃあ、2曲目の方も聞いてみようかな」

 その後、2曲目の『リンダリンダ』、3曲目の『HOT LIMIT』という具合に課題点を改善していった。
 そして、課題点な改善が終わった所で解散という流れになった。

「じゃあ、明日は頑張ろうな」
「「「「ああ(もちろん)(うん)(だな)」」」」

 そう言ってスタジオを出ようとした。

「洸夜、帰ろうぜ」
「先に外出ててくれ」

 洸夜は祐治にそう言うと、祐治はスタジオを後にした。

「……おい」

 そして、洸夜もスタジオを後にしようとしところで、呼び止められた。

「……なんだ?」

 洸夜は振り返った。
 呼び止めたのは、雅人であった。

「お前、助っ人としてきたくせに、上から目線じゃないか?」
「……そう感じたか。すまなかった」

 予想外の反応に、雅人は動揺した。

「いや、まあ……わかればいい」
「……うん」

 あ、と言ってた洸夜は口を開いた。

「言い忘れてた。俺は、助っ人としてだが、ライブを成功させたいと思ってる。だから、本番前とかも、ちょっと熱が入って今日みたいなことになるかもしれない。その時は、大目に見て欲しい……」

 それに、と言って洸夜は続ける。

「図々しいのはわかってる。だが、これだけは信じてくれ。俺は、あいつの力になりたい。1人の親友として、あいつのやりたい事を全力で手伝ってやりたいんだ」

 それを聞いた雅人は、そっと口を開いた。

「……わかった。突っかかったりて悪かった……」
「そんなことない。アレは人として当然の感情だよ。明日、宜しくな」

 そう言い残すと、洸夜はスタジオを出て祐治の元へと向かった。
 祐治はと言うと、既に屋外にいた。

「お待たせ」

 洸夜は、そう言って祐治の隣に立った。
 そして、2人並んで歩き出す。
 すると、祐治が突然口を開いた。

「……悪いな、いきなりこんなこと頼んじまって」
「良いよ。お前の頼みなんだから」

 それに、と洸夜は続ける。

「中学からの付き合いだろ? お前の頼みなら引き受けてやるさ」
「そっか……」

 そう言った祐治は、ボソッと洸夜に聞こえない声で「サンキューな」と呟いた。
 そして、十字路に差し掛かったところで、祐治は言った。

「じゃあ、俺はこっちなんで。また明日」
「ああ。また明日。成功させような」
「もちろん」

 互いに軽く笑うと、グータッチを交わし別れた。

「さてと……」

 そう呟くと、洸夜は振り返った。

「……さっきから付けて来てるのバレバレだぞ」

 そういうと、電柱の裏から———日菜が現れた。

「ちぇー。バレちゃったかー」
「何の用だよ」
「お兄ちゃんが歩いてたから、何してるのかなーと思って」

 なんだその理由はと思いつつも、洸夜は表には出さなかった。

「ちょっとな。そういうお前は?」
「私は、友達とね」

 そうか。と言った洸夜は踵を返した。

「帰るぞ。もう日も暮れたわけだし」
「はーい」

 2人は並んで家へと向かっていくのであった———





 ———翌日。
 ライブ会場である『CiRCLE』に集まった『Crescendo』のメンバー達は楽屋にて待機していた。

「お待たせ」

 そう言って楽屋に入ってきたのは洸夜だった。

「何してたんだ?」

 雅人が洸夜へと問いかけた。

「ああ。ちょっと家を抜け出すのに苦労しただけだ」
「そうか。まあ、間に合ったならよかったよ」

 祐治はそう言った。

「そろそろ時間じゃないかな?」

 結弦が全員にそう告げる。

「出番か……」

 大樹がそう呟く。

「洸夜、行けるか?」
「ああ。オッケーだ」

 そう言って、全員は楽屋を後にした。
 この時の洸夜は、知らなかった。
 自分の妹達に、悟られないように出てきた事が水の泡となってしまうということを。
 そして、ステージに立った『Crescendo』のメンバー達は、楽器の前に立った。

「今日は、来てくれてありがとう!」

 祐治はマイクを手に取るの会場に対してそう告げる。
 洸夜は、そんな祐治の後ろから、会場全体を見渡していた。
 そこには、友希那やリサはもちろん、紗夜と日菜の姿もあった。
 洸夜はなぜ彼女らが居るのかを考えていたが、途中で考えることをやめた。

「まずは一曲目『女々しくて』」

 そう言って彼らは演奏へと移る。
 そして、演奏が終わると拍手が巻き起こる。
 同じようにして2曲目、3曲目と演奏していった。

 彼らの演奏は、知らず知らずのうちに引き込まれる様な演奏であった。
 そして、全ての演目が終わると、より一層大きな拍手が巻き起こった。
 彼らは、そのことに大きな満足を得ていた。
 しかし、ここに来てイレギュラーな事態に見舞われた。

『アンコール! アンコール!』

 会場中から沸き起こるアンコールであった。
 この事態を想定していなかったメンバー達は、動揺していた。
 ただ1人を除いて。

「祐治」

 動揺している祐治に、洸夜が声をかけた。

「……な、なんだ?」
「まずは観客に、少し相談時間が欲しいってことを伝えて」

 祐治は言われた通りに、観客たちにその旨を伝えた。
 そして、メンバーたちは、中心へと集まった。

「どうするんだ。何も考えてないじゃないか」

 大樹がそう言った。

「……考えがあるんだが」

 全員は一斉に洸夜の方を向いた。

「なんだ、その策ってのは?」

 雅人が尋ねる。

「全員、『ロキ』の演奏できるか?」
「ああ。一応弾けるが」
「僕もだよ」
「俺もだ」

 祐治、結弦、大樹の順に答えた。

「だが、俺はメインボーカルの部分歌えないぞ」

 祐治は付け足して言った。

「俺もその曲はギターでは弾けない」

 雅人がそれに続けて言った。

「ギター以外ならいけるか?」
「ああ……キーボードならワンチャン……」
「よし、それで行こう」

 洸夜の言葉に祐治が待ったをかけた。

「ボーカルどうするんだよ……。それにもう1基のギターも……」
「俺が両方やる」
「正気……なのか?」
「ああ」

 そう言った洸夜の目つきは、先ほどのものとは違った。

「俺を信じてくれ」

 ただそれだけの言葉。
 だが、その一言には途轍もない覚悟が感じられた。

「……わかった。やろう。みんな」

 祐治の言葉に全員は頷いた。
 そして、全員はそれぞれの位置へと向かう。
 その際に洸夜は、全員に向かって言った。

「信じてくれて、ありがとう」

 洸夜はそう言って、キーボードの前を退き、ギターを持って祐治と並んだ。

「お待たせしました。それではアンコールにお応えして『ロキ』」

 その言葉に続いて、大樹がカウントを取る。
 そして、ギター2基が演奏へと入っていく。
 イントロが終わると、メインボーカルである洸夜が歌い始め、コーラスパートを祐治が歌った。

 サビでの掛け合いなどを経て、曲は終わりを迎えた。
 演奏が終わると、その日1番の拍手が沸き起こった。
 その拍手をバックに、彼らはステージを後にした。
 楽屋に入った彼らは、今だに興奮冷めやらぬと行った感じであった。

「最高だったな!」
「ああ」
「今までに最高のセッションだったと思うよ」

 雅人、大樹、結弦の順番に口にした。

「だな。これも洸夜のおかげだよ。ありがとう」

 祐治は改めて洸夜へとお礼を言った。

「そんなことないさ。皆んなが頑張ってくれたからだよ。俺1人だけじゃ成功はさせられなかった」

 洸夜は、全員に向かって頭を下げて言った。

「提案に乗ってくれて、ありがとう」
「あの場面、お前の提案がなければ終わってたかもしれないからな」

 大樹がそう言った。
 洸夜は若干微笑むと、荷物をまとめ始めた。

「もう帰るのか?」
「ああ。やることがあるんでね」

 そう言って荷物を持つと、扉に手をかけた。

「俺たちと一緒に、活動を続ける気はない?」

 祐治にそう引き止められた。

「言っただろう、俺はもう音楽はやらないって。コイツばっかりは、お前が相手でも譲れない。悪いな」

 軽く微笑むと、そのまま楽屋を後にした。
 そして、そのまま建物の外に向かおうとした。
 すると、誰かを待つ様にして立つ人影があった。

「……湊」

 それは、友希那であった。
 友希那は洸夜へと問いかけた。

「洸夜君———あなた、何を隠しているの」 
 

 
後書き
今回はここまで。
次回もお楽しみに。 
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