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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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緋神の巫女と魔剣《デュランダル》 Ⅱ

とめどなく頬という一点に集中する痛覚の波と、揺らぐ視界と、薄明とした意識に苛まれながら──キンジは1人の少女の告げた悲痛な叫びと思いの吐露とを、反芻していた。

逃げろ、と。武偵は超偵に勝てない、と。

しかし。しかし、だ。ここで逃げたら、星伽白雪はどうになる? 脳内でこの現実に悪態を吐きながら、彼は自分の身の内を呪った。背後でカランと床が鳴く。
どうやらそれが今しがた、自分の首筋にその刃を(もた)げていた死神の鎌であったことに、キンジはようやく気が付いた。

首だけを僅かに振り返って見ると、無機質な色をした弾薬庫や壁が視界に入る。その中に、非常灯に照らされた紅みを帯びた刀身があることもまた、認知できた。
レイピアだろうか。強襲科の副読本で見たような、いかにも刺突に特化した長身の剣。それが床に転がっている。そして、その効力は──今回に於いては、刺突ではなかった。


「……ッ、」


何かがおかしい。そうキンジは感じた。傷口が痛覚を支配していたにも関わらず、今度は痺れが走ってくる。身体の平衡感覚が保てない。視界と意識は荒波に揉まれる船の如くだ。

とてもじゃないが、立つことすらままならない。キンジは痺れの蔓延した掌からナイフすら手放すと、その場に座り込んだ。
弾薬庫に手を付いて、何とか意識を保てている。そんな状況下に、自分は今、置かれているのだ。

毒……、か?

呼吸のリズムすら狂っているように感じる。感覚の全てが何者かに掻き乱されているようで、このままでは五感が機能不全に陥りそうだ。どうする、どうする、と言えど──何も出来ない。

視覚は次第に失われていっている。水晶体に張られた暗幕は、遠山キンジという1人の武偵に、一時の敗北を示唆していた。
その愚かしい現実と痛苦にキンジは顔を伏せる。そんな彼を、《魔剣》は深淵の向こうで嘲笑(わら)った。


「あまり私を馬鹿にしない方がいい、遠山。それとも、武偵如きが私に勝てると勝算を持った上での愚行か? ……笑止だろう」


「せいぜい毒に侵されるがよい。死にはしないが、苦痛の対価として自分の無力さを知ることができる」《魔剣》は付け加えた。
そうして、キンジが既に行動を起こすことは不可能だと判断したのだろうか。冷酷や冷淡とも聴こえる靴音を響かせて、今まで身を隠していた暗闇の中から、初めて姿を現した。

彼の目には、それが何なのか、誰なのかすら見えていなかった。あるのはただ、星伽白雪に危害を加えるであろうという懐疑心と、自分が何とかしなければいけないという焦燥感だった。
悩乱に塗れた視線の先には、守るべき存在が居る──。



白雪もまた、キンジと同等に毒に侵されていた。五感を掻き乱され、全てが狂っている──そんな感覚の中にある。
それでもなお、白雪は立っていた。《魔剣》が自分に迫ってきているのだと理解すると、背に隠匿していたらしい鞘から、日本刀を取り出した。抜き身の刀身は非常灯で紅く照らされている。

白雪の前に立った《魔剣》はケープマントを深く羽織っていた。顔を覆うフードの、その僅かな隙間から見えるのは、蒼玉色(サファイア)の切れ長の瞳と銀髪である。
風貌と声色も相まって、白雪はより一層、《魔剣》には冷酷という言葉が相応しいと思った。


「……私を、どうするつもりなの」


白雪は紅に染まった白銀を《魔剣》に突き付ける。フードの向こうに覗く蒼玉色の瞳が瞬き、薄らと細んだ。
笑っているのか──、彼女はそう直感的に類推する。


「ふふっ、実に面白い。遠山と同等な状況で、貴様はまだそんなことが言えるのか。だが、それはお楽しみ(・・・・)だ」
「……お楽しみ?」


柄を握る手に力が込められた。白雪は訝しみ、眉を顰める。
そんな彼女を嘲るようにして 《魔剣》は冷笑を零すと、右腕を大仰に掲げ、こう告げた。


Follow me(私に着いてこい)。話は然るべき場所でしよう──《イ・ウー》でな。金剛石の素を見殺しにするには些か惜しい。その為、今は遠山が邪魔なのだ」


そして、傍らのキンジを一瞥する。冷酷な瞳と、今なお躍起な瞳とが向き合った。《魔剣》は自分を殺そうとしている。
キンジはそれに気が付いたのだ。彼の胸中で渦巻くのは、愚かしく一途な生への渇望。そして、そうでありながらも幼馴染を護るという渇求の念。その2つが相反していた。


「貴様はあの夜の口約束を破った。それが何を意味しているのか、分からぬとは言わせないが? あの愚かな男の独断にしても、こちらにとっては些か都合が悪い」
「だからといって……!」
「殺めることはなかろう──と? 何故?」


《魔剣》はさも当然かのように笑みを零す。
掲げていた右腕の手はゆっくりと滑らせるように、或いは撫でるように白雪の頬に沿われてゆき、最終的には下顎を捕らえた。
そのまま彼女の瞳を覗き込む。凍てつくような、どこまでも冷酷な瞳で、まっすぐと。


「禁忌を犯したからだ。それすらも分からぬのか、星伽よ」


銷魂したかのように、《魔剣》はまた、嘲笑する。
「馬鹿げたことを言う口は、貴様には必要ない」そう呟くと、白雪の口元に自らの唇を寄せた。
──何をするつもりだ。キンジは朦朧とした意識の中で、類推にもならぬ考察を幾度となく重ねていく。

ただ分かるのは、それが警鐘を鳴らすべき事態であることと、自分自身がこの状況を打破せねばならないということだけだ。
《魔剣》が遠山キンジという存在を蚊帳の外に置いているからこそ、この方法は策として価値を持つ。


──白雪に手を出すのは、誰であろうと許さない。


キンジは胸中で悪態を吐く。重厚な拍動が胸を打った。
刹那、自分自身でも驚くほどに、そして馬鹿馬鹿しいほどに、先程まで蔓延し身体を蝕んでいった痛苦が、緩和されていく。
何故だ、と訝しみ、逡巡する──間もない。

キンジは先程までとは一変した俊敏な動作で、床に放り投げられたナイフを手中に収める。
非常灯に照らされた紅は、鮮血か瞋恚の権化か、はたまた別の何かなのか。憎たらしいほどに澄んだ紅に見えた。
意識はこの一瞬で、纒わり付く汚泥を全て払った。身体も、神経も、総じてキンジに利を譲るかのように、味方している。

出せるべく最大限の脚力を以て、彼は《魔剣》へと肉薄した。


「……小癪な」


《魔剣》が異変に感づき、視線を白雪からキンジへと逸らす。
そして白雪を一瞥した──毒で弱体化しているとはいえ、眼前に日本刀を持った敵がいる。遠山の処理もしなければならない。
だが《魔剣》は逡巡すらせず、白雪を無理矢理、自分の前に立つように引き寄せる。 即ち、生身の人間を盾としたのだ。

キンジは突如として現れた生身の盾に、僅かにその俊敏であり鋭敏でもある動作を阻害された。
幸か不幸か、紅光りしたナイフの刀身はまだ2人のうちどちらかの薄皮を穿ち抉るには至っていない。


「白雪、そのまま動くなッ!」


助走時間がそのまま考慮時間だ──と言わんばかりに、キンジはただ一点に狙いを定めて、そこを正確無比に射抜こうとする。
肘を軽く引いて、柄を握る手を捻るように打突した。微量の空気が繊細な渦を巻き、唸りにも似た風切り音を立てる。

刀身は白雪の頬を掠めるか否かのところで紅銀に映射し、それが《魔剣》の頬を薄ら仄かに照らした。
避けるか──と考慮する暇すら与えず、キンジは《魔剣》の顔を覆い隠しているフードの中に迷いなく刀身を突き付ける。


「──ッ!」


皮膚の裂ける艶かしい感触と、鮮血の吹出する感触。その2つから意識を白雪へと即座に移した。切り返し動作で彼女を抱き抱えるようにし、バックステップで数十歩ほどの距離をとる。
この奇襲策が形としては成功した。が、正確に受けられていたら自分の身が危うかったかもしれない。

僥倖だ、と胸中で苦笑してから、キンジは白雪を床に座らせた。


「大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫だよ。ただ……毒が、少しだけ」
「……そりゃ厄介だな。少し休んでろ」


キンジは警戒心を保ちながら、《魔剣》へと向き直る。浅く顔を覆うフードの中に見える蒼玉色の冷酷な瞳が彼を見据えていた。
白雪に負けず劣らずの雪肌からは、鮮血が一筋、滴下している。《魔剣》はそれを手の甲で拭いとると、驚嘆と恐れの入り交じった声色を零した。


「……何故、貴様だけが動ける?」
「さぁな。そんなことは俺にだって分からん」


ただ1つだけ分かるのは──。キンジは続ける。


「護りたい存在(モノ)の為に、ってところだろうな」


訝しむ《魔剣》とその言葉に秘められた真意を理解した白雪を他所に、キンジはその原因を類推していた。
一連の動作を振り返れば、明らかに身体能力は普段より底上げされている。ましてやそれは、HSSに酷似しているのだ。

ただ何か違和感を覚えるとすれば、それは従来のHSSよりも身体能力が僅かに向上しているということと、複雑化された論理的思考力が極微量ながら低下しているということだろうか。
これは単なる違和感に過ぎないのか。何度も自問自答する。


「……解せないな、遠山。そんなに星伽が貴様にとって大事なのか? そのいつ形骸化するかも分からない愚想で、本気で護れるとでも思っているのか? 答えを私に聞かせてみろ」
「あぁ、本気で思ってるさ。形骸化もクソもない、愚想なら愚想だと笑え。ただ言えるのは、俺は本気だってことだけだ」
「…………愚かな」


《魔剣》は小さく吐き捨てると──背に隠匿していたのだろう──西洋大剣(クレイモア)を慣れた手つきで取り出した。
蒼玉と輝石の散りばめられた幅広の大剣を、《魔剣》は片手で難なく容易に扱ってみせる。


「どちらにせよ邪魔者は消すだけだ。貴様は私に、勝てない」
「なんとでも言え。この世の中は結果論だ」


キンジと《魔剣》が対峙する。西洋大剣とナイフが牙を剥く。
場の空気が一瞬にして凍てつき、いつ戦闘になってもおかしくない──そんな時だった。間の抜けた声が、場を打破したのは。


「いやぁー、理子は無理だと思うなぁ。流石に諦めたら? 今のジャンヌ(・・・・)じゃキーくんに勝ち目はないよ。ね、あっくん、アリア!」


 
 

 
後書き
皆様、新年明けましておめでとうございます。(遅い) さて、令和二年となりました。今年はどんな年にしたいですか? 私は彩ちゃんとアリアをなんとしてでもカップルにしたいです。

あとはですね、二重奏の今後の構想が薄らぼんやりと決まってきましたので、これを更新した後にでもぼちぼち書いていこうと思います。そんなこんなで緋弾研究室のみんな、執筆キャスを開いた時には気が向いたらでいいから顔を出しておくれ。

それではまた次回。水無月彩椰でした。 
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