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戦闘携帯のラストリゾート

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遊花区のシャトレーヌ

むせ返るような花の香りと、それに紛れるお酒の匂い。
 遊園地のようなメインストリートから離れたところにある遊花区に来て真っ先に感じたのは空気の違いだった。
 お昼前の時間、メインストリートのフードコートは大賑わいだったのにここは一つ一つのお店も小さくて半分くらいがしまっている。看板の文字も、手書きで読みにくいものが多い。
 時折通りすがる人たちもみんな大人だ。偶然とはいえ大人らしい変装をしていてよかった。普段着だったら、不審に思われてしまった気がする。
 表通りはキレイハナやメブキジカたちがのんびり歩いていて、ふと見える裏路地にはダストダスやズルズキンがうろうろしている。
 大人向けのエリア、とは聞いてても、なんだか来てはいけないところに来てしまったような気さえした。

「さて、と……ついてきてもろたのはええけど、何から話したもんかね」

 彼女が案内した場所は、着物姿のお姉さんがたくさんいる旅館だった。廊下をあるけば手入れされたドレディアやキレイハナがお辞儀で出迎えてくれて、庭園にはハスボーがのんびり浮かんでいたりイワパレスが整列してツンデツンデみたいに石壁になっていたりする。

「どう? 汚いところかもしれへんけど、くつろいでな。今はあくまでお互いプライベートやさかい」
「いいところだと思うけど。ポケモンたちもかわいいし」
「……ありがとうね」

 こんな状況じゃなければゆっくり見て回りたいし、どうやってポケモンたちをこんなに綺麗にしてあげられるのか聞いてみたいくらいだった。
 大人数での宴会ができそうなくらい広いお座敷にわたしとルビアだけになって、座布団の上で膝を突き合わせる。ルビアは従業員に他の人が入らないように言付けてくれた。真面目に説明してくれるつもりみたい。

「チュニンは……どうしてあんなことをしたの」
「……サフィールは自分のことをなんて話とったん?」
「姉さんたちに、虐められてたって」
「管理者。キュービについては?」

 煙管から少なくない煙が吐き出されて、シャトレーヌの顔が隠れる。直接対面すると煙の匂いというよりも、お香みたいな悪くない香りだった。

「キュービさんには、話したいことがある。そのために怪盗を捕まえる……それだけ」
「自分を捕まえようとしとるのはわかっとったのにかばったんやねえ。ええ子」

 シャトレーヌは向かい合うわたしの頭を撫でようとする。反射的にちょっと下がってそれを避けた。

「質問に答えて。あなたも、サフィールを虐めてたの?」
「……うちらはキュービと姉妹。だけど血のつながりはない。あくまでキュービが自分の部下に選んだ相手に妹の立場を与えただけ。これは知っとるよね」

 質問の返事とは違う。でもごまかしているようには聞こえなかった。

「一方サフィールはキュービの本当の姉弟なんよ。……血縁があるってことや」
「でも、それにしてはサフィールはよそよそしかったけど」

 キュービさんはシャトレーヌをとても大切に思っているのは伝わってきた。だけど、サフィールがキュービさんについて話す態度は、チュニンと険悪に話していたときと違ってほとんど他人みたいな言い方だった気がする。

「うちも当時のことは知らんけど……昔、キュービはまだ赤ん坊のサフィールを連れてこのリゾートに来たんやと。キュービ自身、まだ嬢ちゃんと同じくらいの背格好やったみたいやな」
【サフィール君は16歳なので、およそ15年前ということですね。当時のキュービがラディと同い年とすると……】
「スズ、今は真面目な話をしてるの。黙ってて」

 それは言わぬが花やねえ、とルビアは笑う。

「……親は?」
「おらへんかったよ。それどころかキュービも昔のことをなーんも覚えとらん。自分が抱きしめとる赤子が誰なんかもわからん。まあDNA鑑定で血縁やとはわかったみたいやけど……問題はそこじゃないねんな」

 ……さらっと大事を暴露されたけど、キュービの許可はとってあるのかな。わたしならあまり言いふらされたくない。

「サフィールが物心ついたあたりで、キュービはサフィールを遠ざけ始めた。できるだけ顔を合わせんように、養護施設に入れてな。そういうわけで、サフィールはキュービのことよく知らんねん。何故か自分に会ってくれない実のお姉さんやな」

 そのくせうちらシャトレーヌのことは姉妹とか言って大事にしよる。サフィールにとっては面白くないやろ? そうルビアは告げた。
 ……正直まだ頭が追いついていない。複雑な事情があるのはわかる。

「サフィールは頑張ってキュービに会おうとした。カードゲームの腕を磨いて優勝したり、このリゾートでバトルしたり。自分がキュービの本当の家族なんやと自己主張した」
「……なんで、キュービさんは会ってあげないの? 本当の家族なんでしょ?」
「さあ? うちも気になるけど教えてくれへんし。つれないわあ」

 で、気になるのはチュニンがあないなことする理由やったっけ? と話を戻す。

「チュニンはキュービのことを本気で信用しとる、理由までは言えへんけど……あの子なりに姉として本気で慕っとるんよ。せやのにサフィールは自分が本当の家族でシャトレーヌなんかより自分を見てほしいとせがむ。チュニンが何回追い返してひどくあたってもここに来るのをやめん。だから昔っから仲悪いみたいなんよ」
「そんなの……チュニンの我儘じゃない。結局本当の家族はサフィールなんでしょ」
「かもね? でもキュービは実際会おうとせんから都合がええんやろね」

 うちにとってはからかいがいのある坊やってところやねー。と話を締めた。

「話はわかってもらえたやろか。それとも、ちょっと難しかった?」

 ……どうしてだろう。衝撃的な話のはずなのに、わたしの頭は回るどころか難しい応用問題を聞かされたときみたいに眠くなっていた。
 話は複雑だけど、決して聞き流していいようなことじゃないのに……

「ヴァアウ!」

 その時、ボールからシルヴァディが出てきて突然わたしの腕に噛み付いた。反応する間もなく、わたしの腕から服越しに血がにじむ。

「な、何するのシルヴァディ!」

 シルヴァディはわたしの腕を噛んだままルビアを睨む。急な痛みに、頭がはっきりした。正面にいるルビアは、残念そうにため息をついた。

「……残念、自分から行動するポケモンも持っとるんやね。もうちょっとで夢の中にご案内やったのに、傷つけてしもうて堪忍な」

 慣れないことはするもんやないわー。と煙管を口から外す。……まさか、そこに眠り粉でも入れてた?

「どういうこと……わたしを騙したの!?」
「いや? 話したのは全部ほんまのこと。うちの本音で真剣に聞いてもらえれば眠り粉のお香が聴くまで時間をかせげるからね?」

 噛まれた場所が焼けるように痛む。これがなければわたしは今頃眠ってしまっていただろう。

「何のために? シャトレーヌとしてわたしを捕まえるため?」
「半分当たり。捕まえようとしとるのはそうやけど……うちは、サフィールの願いを叶えてあげたいんよ。だから、坊のために捕まってや」
【……シャトレーヌでありながら、キュービの意思に逆らうんですか?】

 スズの非難するような問いを、ルビアは肩を竦める。

「うちはシャトレーヌである前に人間やからね?チュニンが怒ったのもそうやけど、うちらもそれぞれ目的があるんよ。これでキュービが怒ってうちをクビにするんならそれでもええと思っとるし、はい。ポチッとなー」

 ルビアは胸元から小さなリモコンを取り出す。それを操作すると、部屋の襖や障子が光の壁のようなもので覆われた。逃してくれるつもりはないらしい。

「レイ! 玩の形態に!」

 ツンデツンデがボールから出てきて、わたしの手に銃として収まり、銃口をルビアに向けた。ルビアは怯みもしない。……ポケモンの技で人にダメージは与えられないからだろう。

「逃げ道を塞いだつもり?」
「察しがええね。そう、ほんとはお客さん招いてポケモンバトルするための装置やけど……この状況ならこう言おか。うちに勝たへん限り、あんたはここから出られんよ」

 着物の帯からカードを取り出すルビア。その中の一枚を、リモコンにスキャンする。

『スタジアム、ダストアイランド発動』

 リモコンから声がして広い座敷の景色が塗り替えられていく。畳は紫色の汚れた掃き溜めに、わたしとルビアの座っていた座布団だけが白いコンクリートに。ところどころ紫煙が吹き出している。

「何これ……毒ガス!?」
【いえ、毒性は検出されませんね。というよりただのホログラムです。ゴミも本物ではありません。見せかけの演出ですね】
「うちらシャトレーヌはバトルフィールドを変更する権利を持っててね? 映像はただの幻やけど、バトルに影響を与えることができるんよ、すごいやろ」

 そう教えてくれるスズの言葉にほっとするのもつかの間、ルビアがリモコンにスキャンしたカードを見せてくる。

「ダストアイランド。どく状態のポケモンをトレーナーが入れ替えたとき、出てきたポケモンもそのどく状態を引き継ぐっていうルールになるんよ」
「……戻したポケモンは?」
「元々状態異常はボールに戻ったら消えるルールよ。まあ『どくびし』がお互いに貼ってあるようなもんかもね?」

 ルビアはすたすたとゴミだらけになった床をなれた様子で歩く。わたしから距離を取って止まると、そこだけが白いコンクリートに変わった。
 わたしも少し歩いてみると、わたしの立つ場所だけが綺麗になって他がゴミまみれになる。……本当に、ただの映像みたい。

「ルールは3対3のシングルバトル。そっちが勝ったら自分で出てってくれて結構。だけどうちが勝ったら、その時は大人しくお縄についてもらおか。引き渡すのはサフィールにやけど」
「サフィールは……自分でわたしを捕まえないと意味がないって言ってた!」
「キュービに会うために、ね。要はあの坊があんたの生殺与奪を握れればええんよ」
「せいさつよだつ、って……」

 聞き慣れない言葉だけど、意味はなんとなくわかる。スズが焦った声を出した。

【正気ですか? もしサフィールがラディを殺したら、ラディを招いたキュービと殺人に関与したあなたが責任を負うんですよ。地方間のポケモンバトルどころか、ポケモンバトルそのものが再び世界から消える流れになることとてあり得ます】
「だからこそ、や。そうなったら困るからサフィールはこの娘を捕まえる。殺されたら敵わんキュービはサフィールと直接会って話をするしかない。ふふ、本気で戦ったほうがええと思うよ? あの坊、お調子者のフリしてるけどやることはやる子やからねえ」

 ……サフィールがわたしを殺そうとするなんて全く思わなかったし、今でも信じられないけど。ルビアの説明したことが真実なら。
 わたしを傷つけることで本当の家族に会えるのなら……やらないなんて言えない。
 だって、もしもわたしが。他人を傷つけることでもう二度と会えない家族に会えるなら。そうするかもしれないからだ。

「……させない。わたしは怪盗として財宝を盗む。サフィールに、人殺しのマネごとなんかもさせない!! あなた達は間違ってる!!」

 だけど、サフィールとキュービが本当の家族なら。そんなことをしなくても会っていいはず。いや、本当の家族じゃなくたってそこまでしないと会えないなんて間違ってる。

「……そうやなあ。だけど、うちと坊にはそうするしかないんや。あんたに恨みはないけど……囚われのお姫様になってもらおか」 
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