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Episode.「あなたの心を盗みに参ります」

作者:きよみみ
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本編
  本編7

『Ladies and gentlemen!』

 突然聞こえてきた声に、周りのざわめきが大きくなった。どうやら、店内にあったスピーカーから流れているようだ。

『今宵、皆様にマジックショーをお披露目しましょう!』

 その直後、店内の真ん中にあるステージに、パッとライトが照らされた。みんなが一斉にそちらを向くと、そこに現れたのは———

「かっ……怪盗キッド!?」

 誰かがそう叫んだのを皮切りに、そこら中から歓声やら悲鳴やらが飛び散った。と言っても、怖がったりする人は存在せず、興奮の声や嬉しい悲鳴、そして黄色い歓声ばかりのようだった。
 怪盗キッドは一礼すると、そのまま簡単なマジックショーを始めた。ここにいるお客さんの視線は、彼の方に釘付けだ。

 私はマジックショーをチラチラ見ながら、周りの歓声と拍手に紛れて、やっと扉の前に辿り着いた。
 マジックショーを見たい気持ちも少しあったけど、「マジックショーのお手伝い」をしてるんだと自分に言い聞かせて、すぐに扉を開けて廊下に出た。

 廊下はシーンと静まり返っている。誰もいないのだろうか。
 これからどうしたらいいのか、キョロキョロしつつ廊下を進もうとすると、後ろからガチャッと鍵の閉まるような音がした。

「お待ちしてましたよ、お嬢さん」

 驚いて後ろを振り向くと、さっきハンカチを拾ってくれた、ウエイトレス姿の怪盗キッドがそこに立っていた。彼の後ろにある扉の取っ手は、いつのまにか鎖でぐるぐるに巻かれて、南京錠がかけられている。

「え……あれ……?」

 扉は閉められてしまったが、扉の中の歓声や拍手はかろうじて聞こえている。その声からして、まだマジックショーの真っ最中だ。

「あなた、もしかして……分身もできるの?」
「まさか。私は魔法使いではありませんからね」

 彼は笑い混じりにそう言って、肩をすくめてみせた。つまり、ちゃんとタネはある、ということなのだろう。

「それではお嬢さん、ちょっと失礼しますよ」
「え? うわあ!?」

 気がついたときには、私は怪盗キッドに抱えられていた。いわゆるお姫様抱っこである。そのまま廊下を走り出す彼に、私は慌てて声をかけた。

「わ、私走れます!自分で走る!」
「これ以上、女性にお手を煩わせてしまうのは紳士の恥です。少しだけ我慢を」
「う……はい」

 そんな風に言われたら、もう何も言えない。少し恥ずかしいけど……こういうのも、たまにはいい経験だと思うことにした。

 そんなことを言っているうちに、ついにレストランの屋上までやってきた。月明かりのおかげで、もう周りが見えるようだったから、私はサングラスを外して、ひとまずバッグの中に入れた。
 周りを見渡すと、そこではもともと警備をしていたであろう警官たちが、重なり合って眠っている。彼がやったんだろうか。なかなか異様な光景だった。

 そういえば、今日は何をするつもりなんだろう。予告状には、盗んだものを返すとしか書かれていなかったはずだ。私を連れてくる意味はあるのだろうか。

「お嬢さん、高いところは苦手ですか?」
「う、ううん。大丈夫」

 屋上を歩きながらそう尋ねた彼に、私は咄嗟に首を振った。走っていたときより余裕があるのか、彼は私の顔を覗きこんできた。抱えられたままの状態で目が合うと、かなり距離が近い。なんだか恥ずかしくて、顔が熱くなった。そろそろ降ろしてくれないだろうか。

 そう思ったとき、先程入ってきた扉が突然大きな音を立てて開け放たれた。驚いて扉の方を見ると、警部さんがぜえはあと肩で息をしながら入ってくるのが見える。

「キッドおおお! そこまでだ! 大人しくしろ!」

 以前とは違い、なんだか少し焦っているような気がする。私という人質がいるからかもしれない。
 一週間前のあの日から少し調べていた私は、怪盗キッドが人を攫ったことがないのを知っていた。……ちょっと、攫われたいと思っていたからである。

「そろそろ来るだろうと思ってましたよ、中森警部」
「お前、何をする気だ?」

 警部さんがそう叫ぶと、彼はニヤリと口角を上げた。

「予告状にも書いたはずですよ。盗んだものを返すと」

 意味がわからないという表情をした警部さんを無視して、彼はそのまま屋上の端まで歩いていく。私も彼の意図がわからないまま、状況を見守ることしかできなかった。

 今日は、一般のお客さんにバレないようにしていることもあり、一週間前よりは警備が手薄だ。ほとんど障害もないのだろう。あくまでゆっくり歩いている。ここまでこれば、あとは飛んで逃げるだけなのだ。

 あれ……飛んで逃げる……?

 そう思ったときには、もう彼は屋上の端の方に立っていた。先程高いところは苦手かと聞かれたのは、このためだったのだろう。今にも飛び降りそうな彼に、私は慌てて声をかける。

「ま、待って待って! ちょっと待って!」

 飛べるというのはわかっているけど、さすがにこの状態で飛ぶのは怖すぎる。下手したら落ちるかもしれないし、私が重くてうまく安定しないかもしれないし……!

「大丈夫ですよ。落としたりしませんから」
「いやいやさすがにダメ! ムリムリっ、絶対無理……っ!」

 止めようと焦って騒ぎ出す私を見ても、彼は楽しそうに笑うだけだった。どうやら、何を言ってもやめてくれる気はないらしい。

 そのとき、警部さんが走ってこちらに向かってくるのが見えた。こうなると、もう飛ぶしか道がない。覚悟を決めて目を閉じると、彼の私を抱える手に少し力が入ったのがわかった。

「しっかりつかまっててくださいね」

 そう声がした直後、下からぶわっと風が吹き上げた。ジェットコースターに乗ったときのような浮遊感がして、私は思わず目の前にある彼のスーツをぎゅっと掴む。
 遠くで警部さんが叫ぶ声が聞こえる。風の勢いが収まったとき、私はおそるおそる目を開けた。

「わ……すごい」

 目を開けた途端に見えたのは、眼下に広がる夜景だった。マンションやビルの明かり、そして遠くにある観覧車のカラフルな光までもが、目の前いっぱいに広がっている。
 見慣れた街並みなのに、知らないところを見ているようだった。今までのどんな高いビルから見た景色も、今日のこの景色には勝てないかもしれない。

「気に入っていただけましたか?」
「うん……すごく、気に入った」

 景色を見ながら感嘆のため息を吐く私を見て、彼は満足そうに微笑んだ。
 きっと、この景色は人生で一度きりだ。写真かムービーを撮りたい気持ちでいっぱいだったけど、レンズを通して見るのももったいなく感じて、そのまま景色を見つめ続けた。

 心地いい風に吹かれながら、私たちは少しずつ地面に近づいていく。名残惜しく感じながら、私は最後まで周りの景色を見回していた。
 
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