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戦闘携帯のラストリゾート

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I MY 模糊のヒーローショー

一次予選を終え、ホテルの広いベッドに寝転ぶ。
 いきなり大ピンチだったけど、シルヴァディや手持ちのみんなのおかげでピンチを乗り切ることができた。

「おやすみ、シルヴァディ」

 枕元に置いたボールにいる彼は、目を開くことはなくじっとしている。わたしとまともに目を合わせてくれたことはない。
 バトルの後の高揚感と寂しさ。彼に対して話したいことはたくさんあったけど。

【ただいま第一予選が終わりました。予選通過者は25名。サフィール君も勝ち残っているようですね……おや】

 疲れが限界になったわたしのまぶたは、予選の幕を下ろすのと同時に落ちた。

【おやすみなさい。チュニンも、キュービも、シルヴァディも。きっとあなたを認めてくれていますよ】



 ……頭が、体が、ふわふわする。

「オレはアッシュ! シルヴァディ、これからよろしくな!」
 
 わたしは、いつの間にか空にいた。眼下にはシルヴァディと、彼に一生懸命挨拶をする金髪の子供がいた。
 そっぽを向くシルヴァディに子供は走って彼の真正面に向かう。

「君はオレの最後の切り札だ。島キャプテンでありメレメレライダーであるオレにとっての最強の相棒なんだ!」

 自分にも言い聞かせるようなはきはきとした声。男の子みたいな口調と、肩にもかからないくらい短い髪の、女の子。
 ああ、わたしだ。そしてこれは夢なんだ。
 同時に場面が暗転し、小さなわたしはシルヴァディと一緒にバトルしていた。

「いくぞっー! ゴーストメモリ、シュート!」

 ツンデツンデからメモリが打ち出され、シルヴァディの体が黒色に染まる。タイプ一致になったシャドークローが敵を切り裂いた。 
 わたしは昔は怪盗ではなく、アローラの島キャプテンであり、メレメレを守るヒーローだった。
 英雄、という意味じゃない。子供向けの特撮みたいにツンデツンデがわたしの体を包む鎧になって、パンチやキック、銃や剣で悪者をやっつけたり怪盗を追い払ったりするヒーローを演じるのがわたしに与えられた役割だった。
 演じる、といっても昔のわたしにとっては本気だった。その時はわたしは頑張って男の子のフリをしていた。いや、女の子でありたくなかったのだ。
 スズに拾われる前のわたしは、姉さん達に毎日いじめられて家事を押し付けられる末娘だった。似合う服なんてきせてもらえなかったし、たまに姉さんのサイズも雰囲気も合わない服を着せられてちんちくりんだとか笑われたから。女の子の格好が嫌だった。

【終了です。お疲れ様でした、メレメレライダー】
「ああ! シルヴァディもみんなもよく頑張ってくれた!」

 シルヴァディはそっぽを向いてウルトラビーストであるツンデツンデにとさかをぶつける。本気で攻撃しているわけじゃないからツンデツンデにダメージはないけど、困ったようにボールに戻るのもいつものことだった。
 グソクムシャやハッサムがなだめるように自分の鋏や爪でシルヴァディを静止すると、彼は決まって勝手にボールに戻るのだった。

「シルヴァディ……いつも付き合ってくれてありがとう」
 ……スズもわたしがそうしたトラウマを抱えていたからこそ鎧で身を隠す少年のヒーローの役に機械のような獣のシルヴァディを与えてくれたんだろう。他にもハッサムやグソクムシャ、男の子らしく振る舞うことが自然なポケモンを与えてくれた。
 シルヴァディにとっては敵であるウルトラビーストに協力させられている不服は消えないようだったけど、一緒に戦ってくれていたんだ。
 今も昔もそれにはすごく感謝してる。……でも、わたしはひどく我儘だった。

「……可愛いなあ」

 半袖半パン、今の自分の体とだいぶ近くなったわたしが、ブティックのショーウインドウを眺めている。そこにはピンクでフリルのついた洋服やユカタという藍色の薄い服が並んでいた。
 窓に映る男の子の格好の自分と、窓の向こうの可愛い女の子を見てため息をつく。
 
「わたしも、あんな風に……わ、わかったってばシルヴァディ」

 つぶやくと、ボールからシルヴァディが出てきてわたしを頭でぐいぐいと押す。
 服を眺めるのをやめろと言いたいのはわかったし、実際女の子から離れさせるためにシルヴァディは協力してくれているのだから当たり前の反応。だけどわたしはやめられなくて。
 そんなやり取りを何ヶ月か繰り返したとき、わたしは言ってしまった。

「……やめてよ! ヒーローのフリはちゃんと続けるんだから、今くらいは好きにさせて!!」

 シルヴァディの表情を、わたしは見ることができなかった。ただ、その一言でシルヴァディはわたしを離れて立ち去って。
 あとで、もうわたしと戦う気はないことをスズから告げられた。
 




「シルヴァディ……シルヴァディの力があればきっと勝てる」

 だから今朝、マーシャドーの強さを分析してそう思ったわたしの考えがひどい我儘であるなんてわかっている。でも、マーシャドーの攻撃力を倍増させた上で勝つ方法が思いつかなかった。
 スズが転送してきたシルヴァディは、わたしの怪盗姿を一瞥するなり唾を吐き捨てた。
 今更なんのつもりだ、と。お前がヒーローであることすらやめたことなんてわかっているんだ、と。自分の前にウルトラビーストを見せるな、と。いろんな怒りを顕にする彼に、わたしは頭を下げる。

「……そうだよ。今のわたしはもう男の子やヒーローのフリなんてしてない。男の子の格好をするときもあるけど、ただの変装。わたしはわたしの目標のために怪盗をやってる。そのためにあなたの力が必要なの」

 怒声が響いて、即座に私の服に鋭い爪痕が走る。肩にうっすら滲む紅色。顎でツンデツンデのボールを示す。守ってもらえばどうだと言うように。
 それでもわたしは、目をそらさなかった。

「……あのとき、自分の気持ちをちゃんと話せなくてごめんね」

 斬撃。わたしの上着がちぎれて部屋の中に舞う。
 肌着同然の姿になったわたしはもう完全に男の子を真似るのは難しいくらいには成長していた。
 だけど、そんな事目の前のシルヴァディにとってはどうでもよかったはずだ。

「自分の気持ちが自分でもわからない、そんな人に従うのが嫌だったんだよね。シルヴァディに比べたら、自分が男か女か程度の事で悩むなんて、とてもちっぽけだと思う」

 シルヴァディはウルトラビーストに対抗するポケモンであり、様々な生き物のキメラだ。獣であり、魚であり、機械であり、人のような知能がある。そんな存在に比べたら、人間の性別なんてあまりに些細なこと。
 彼にとっては生き物として唯一明確なのはウルトラビーストの敵であることだけ。よりにもよってそれと共に従わされている。自分がなんの生き物なのかわからなくなっているのは彼自身だった。

「でも、わたしはもう迷わない。今のわたしは女の子で未熟だけど怪盗。あなたの存在はそんな未熟者がどうしようもなくなったときの最後の……とっておきの、シルバーヴァレット」

 ピタリ、とシルヴァディがわたしを攻撃するのを止める。

「お願い、あなたにもう一度あなたの存在意義をあげる。わたしもいつかまた迷うかもしれない。でも、もうあのときみたいに誤魔化したりしないから。手を貸して。シルヴァディ」
 
 我儘だ。だからこそわたしは協力してくれるスズやポケモン達、怪盗であるクルルクに応えなきゃいけない。第一予選なんかで負けられないし、ただ通過してチュニンをがっかりさせたままにもできない。そのために、シルヴァディが必要だから。血の垂れる手を伸ばす。

 シルヴァディは応えることなく……ボールに戻って目を閉じてくれた。それは、わたしの所にいてくれるということ。

「……ありがとう」

 ルカリオが『いやしのはどう』を使ってわたしの傷を治してくれる。そこでわたしの意識は、ゆっくりと起こされた。 
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