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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第五十二話 ドゥカーバンクの戦い・前編

 ヴァールダムを出航したベルギカ号は、進路を北西に取っていた。

 水兵たちが、いそいそと艦上勤務をしている中、『男子禁制』を書かれた看板が掲げていた部屋があった。
 この部屋は女性部屋で、出航の際、男所帯のベルギカ号に、アニエスやエレオノールが乗船した事から、ド・ローテル艦長は急遽女性用の部屋を設けた。
 女性部屋の中では、アニエスが一人ラフな格好で、ベッドの上で胡坐をかきながら銃を磨いていた。
 銃は、『場違いな工芸品』の銃ではなく、雷管を採用したハルケギニア初の後装式ライフルで、試験的にコマンド隊に配備されていた。ただ、真鍮製の薬莢はまだ開発中だった為、紙薬莢もままで更なる改良が求められた。他にも愛用の38口径リボルバーも持って来ている。

「……はあ」

 思わずため息が出た。

 実はアニエスは雑念を振り払う為に、いつもより入念に銃の掃除を行っていたが、雑念はそんな事お構い無しにアニエスに、ため息を吐かせた。

「私、何やってるんだろ……」

 王子様との身分違いの恋。などと言うのは、年頃の女の子が誰もが一度は描く夢想だったが、『男勝り』と養父母を心配させたアニエスにもその素養はあった。
 アニエスの場合は、その王子様が変装して町を散策中に出会い、友達の様に言葉まで交わした……これで夢想するな、と言うのが無理な話だ。
 だが、アニエスの恋は始まる前に終わっていた。王子様には将来を誓い合った女性が居たのだ。
 しかも、その女性は病に犯されていて、王子様は病を治す為に東奔西走。その結果、女性の病は治り、二人は永遠の愛を誓い合った……

 世の女性達はこの話を羨んだが、一方のアニエスのショックは言うまでも無い。

 その後、紆余曲折がありアニエスは、着かず離れず後ろからマクシミリアンを見ていた。たとえ、実らぬ恋でも後ろから見続けられれば満足、という心境へ変わったのだ。

 アニエスがベルギカ号に乗った理由は、未だマクシミリアンを諦めきれない部分がこの行動を起こした、と今になって気付き自己嫌悪に陥っていた。

「乗ってしまったのは仕方が無いし、腹を括ろうか」

 およそ、14歳とは思えない言葉がアニエスの口からこぼれた。これもコマンド隊での猛訓練の賜物か……

 アニエスが銃の掃除を再会して数十分後、女性部屋にエレオノールとエレオノールの雇い主『赤土』のシュヴルーズが入ってきた。二人とも髪が湿っていて風呂上りだった。

「おかえりなさい、お風呂どうでした?」

「ミス・ミラン。思っていたよりも広くて、ゆったり出来たわ。フネの中でお風呂に入れるなんて、殿下も女心が分かっているわね」

 シュヴルーズは、学者、著述家としては優秀で、好奇心はそれほど旺盛ではなかったが、先の粛清の呷りを食らって家を失い、再起の為にこのベルギカ号に乗り込んできた経緯があった。
 もし、粛清も無く、悠々自適に貴族生活を過ごしていたら、適当に結婚して学校の教師にでも納まっていたことだろう。
 アニエスは、気さくに話せるシュヴルーズに気を許していた。

 一方のエレオノールはというと……

「それにしても、召使いが居ないから、自分で着付けをしなくちゃいけないなんて不便だわ」

 と、不機嫌そうにベッドに腰を掛け、櫛で自分の長い髪をすいていた。
 ベルギカ号に乗っているのは女性はこの三人だけだった。

(この人は苦手だ)

 一昔前の貴族を、そのまま体現したようなエレオノールに、アニエスはシュヴルーズとは逆に苦手意識を持った。貴族嫌いの虫が騒いでケンカにならなかったのは成長の証しか。

「そういえば、ミス・ミラン」

「え、あ、はい?」

 エレオノールの声にアニエスは一瞬、身をたじろいだ。心の中を読まれたかと思ったからだ。

「コマンド隊は、会議室に集まるように通達があったわ」

「あ、ありがとうございます。すぐに向かいます」

 アニエスは銃を木製のケースにしまうと、逃げるように部屋を出て行った。

「……変な子ね」

 エレオノールは首を傾げた。

「緊張しているのよ。ミス・ヴァリエールは、語気が強すぎて相手を怖がらせてしまうのよ。もうちょっと、おっとり喋ればきっといい人にもめぐり合えるわ」

 エレオノールとシュヴルーズは、歳は10歳ぐらいしか違わないが、人生の先輩としてシュヴルーズはエレオノールにアドバイスをした。
 
「前慮はします」

 面と向かって言われるのか気に入らないのか、エレオノールは不機嫌になった。







                      ☆        ☆        ☆







 ベルギカ号内にある会議室では、マクシミリアンの他、艦長のド・ローテルにアニエス以外のコマンド隊隊員にベルギカ号の士官達が集まっていた。

「殿下。このまま、海を進み続けば海獣に襲われる危険がございます。浮上を提案いたします」

 士官の一人が、マクシミリアンに提案した。

「トリステインの北西の海域は、海獣の餌場なのか、度々海獣が目撃されていて、我が艦も襲われたことがございます」

 ド・ローテルが付け加えた。

「その時の被害は?」

「浮上する事で、海獣の攻撃を避ける事がが出来ました。被害はございません」

「それは良かった」

 ド・ローテルの答えにマクシミリアンは安心したように頷いた。
 海獣は基本的に海上を進む物しか襲わず、フネの様に空を進むを物は襲わなかった。

「……さて、僕の考えを言おう。新大陸探索の行きがけの駄賃として、この海獣問題を何とかしようと思う」

 マクシミリアンの言葉に会議室はザワついた。

「海獣が餌場とする海域は、逆に言えば豊富な漁場としてトリステイン財政と国民の胃袋を支えることになるだろう」

「海獣退治をなさろうと言うのですか? 具体的にはどの様に……」

 ド・ローテルはおずおずとマクシミリアンに聞いた。

「僕に考えがある。海獣を見つけたらベルギカ号は空に退避していてくれ」

「お待ちください! 殿下御一人で海獣に立ち向おうと仰るのですか?」

「無論だ」

「どうか、考え直して下さい。殿下に、もしもの事があれば、我々は国王陛下に顔向けできません」

 士官達は懇願するように、マクシミリアンを説得するが効果は見られない。

「大丈夫だ。僕に任せて欲しい」

「殿下の実力は、知らぬ者は居ません。ですが……」

「では聞くが、どうやって海獣を退ける? ベルギカ号のロケット砲で海獣を倒すことが出来るか怪しいし、ロケット弾の補給はトリステインに戻らなくては不可能ではないか? 言っておくが、僕は火薬の錬金は出来ない」

「ロケット弾は、時間は掛かりますが、我々が何とかして見せます。ですから、どうか無謀な事は……」

 ド・ローテルは何とか食い下がろうとするが、マクシミリアンの心は動かせない。

「海獣問題を解決しなければ、フネが自由に航行できないじゃないか」

「それは、時間を掛けて解決すればよろしいかと」

「クドイなぁ……」

 話し合いは傾向線をたどろうとしていた時、幸か不幸かアニエスが入室してきた。

「あ、失礼します」

「……」

「……」

 アニエスの登場は、話に水を指す形になった。

「そういう訳だから、ベルギカ号浮上の後は任せた」

「あ、殿下!」

 マクシミリアンは、席を立ち会議室を出て行く際に、アニエスとすれ違った。

「助かったよアニエス」

「あ……」

 僅か、それだけのやり取りだったが、アニエスの胸を大いに高鳴った。

 逃げ去る形でマクシミリアンは出て行き、艦長以下、士官達は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「とりあえずは……浮上後の防衛体制の確認をしておこう」

「……了解です」

 結局、マクシミリアンの提言どおりに進め、ベルギカ号クルーは最低限サポートすることになった。

「場合によっては、殿下のお叱りを覚悟に介入もしよう。介入についてだが、コマンド隊に任せたいのだが」

「我ら、コマンド隊にお任せあれ」

 コマンド隊の派遣部隊隊長の、デヴィットという男が敬礼をして答えた。

「おい、アニエス、突っ立ってないで早く座れ」

 先輩格のヒューゴが、蚊帳の外のアニエスに手招いて席に座るように促した。

「りょ、了解」

 アニエスは、そそくさと空いた席に滑り込んだ。






                      ☆        ☆        ☆






 ベルギカ号は遂に海獣の領域とされる海域に到達した。

 水兵たちは、マストに登ったり海面を凝視したりと、海上及び海中の敵の襲撃を警戒していた。

 一方、マクシミリンはというと……

「いっちに~さんしっ、に~にっさんしっ」

 水着に着替え、艦尾で準備体操をしていた。
 そこに、アニエスを含めたコマンド隊の4人が現れた。

「諸君、お疲れ様」

「殿下、我々は既に問題の海域に入っています」

「分かった」

 マクシミリアンは、杖を取り出した。

『ウォーター・ビット!』

 マクシミリアンの唱えた『ウォーター・ビット』は、かつての8基から大幅に増え32基がマクシミリアンの周りを展開していた。

「ベルギカ号の周辺を警戒せよ」

 マクシミリアンの命令で、32基のウォーター・ビットが周辺の空域へ散って行った。

「これでよし、コマンド隊はすぐにでも浮上できるように、準備はしておいてくれ」

「了解です。アニエス、お前は殿下に着いていろ。我々は周囲の警戒をしてくる」

「了解」

 他の隊員は去り、アニエスとマクシミリアンだけになった。
 と言っても色気のある会話など無い。

「とりあえず、アニエスは見物していてくれ」

「……分かりました」

 アニエスも、色気のある会話を期待していたわけではないが、当てが外れ少し気が沈んだ。
 アニエスの変化に気づかないマクシミリアンは、おもむろに釣竿を取り出した。

「それは……?」

「海中の敵を探知する、魔法の釣竿だ」

 釣り針の変わりに丸い石のような物がぶら下がっていた。

『イル・ウォータル……』

 スペルを詠唱すると、釣竿を操作して丸い石を海中へ落とした。

「……」

 目を瞑って釣竿を垂らす姿は、何処かの釣り人のようだった。

「あの……」

「ごめん、ちょっと静かにしていてくれ」

「……あ、ごめんなさい」

 沈黙に耐えられなくなったアニエスは、マクシミリアンに話しかけたが怒られてしまった。

 マクシミリアンの魔法は、『ディテクトマジック』を応用して一種のソナーを模した魔法で、これで海中の敵を探すつもりだった。

「……」

 ソナーで得られた情報は、マクシミリアンの脳内で映像化されていた。

(すごいな、魚で一杯だ)

 数十万数百万もの魚が遊泳している姿がマクシミリアンの脳内に映し出された。
 魔法は魚群探知機の役割も持っていた。

「……」

「……」

 その後も、魔法で探索を続けるマクシミリアンにアニエスは、後ろに控え続けていた。

「あの……殿下」

「……ん?」

「寒くないですか?」

 水着姿で数時間いた為、アニエスはマクシミリアンを労わった。

「寒くはあるけど、我慢出来ないほどではないよ」

「それじゃあ……」

 アニエスは、近代的な軍服の上着を脱いでマクシミリアンの肩に着せた。アニエスは軍服に下に白い綿製のTシャツに似たインナーを着ていた。

「ありがとう、アニエス」

「いえ……」

 アニエスの残り香が残った上着を着て、釣り糸を垂らし続けると、ソナーは高速でこちらに殺到する無数の反応を察知した。

「これは……敵だ! 海獣だ!!」

「えっ!?」

 突然、大声を上げたマクシミリアンに、アニエスは驚きの声を上げた。

「敵だ! 艦長に急速浮上を要請! 急げ!」

「りょ、了解!」

 マクシミリアンがアニエスにせっつくと、彼女は艦長の元へと走っていった。

「間に合わないかもしれない」

 ベルギカ号の浮上と、魚雷の様な敵の突撃のスピードとを計算し間に合わないと判断した。

「ウォーター・ボール! 海面から飛び出した敵を狙い打て!」

 ウォーター・ボール達に命令したマクシミリアンは、アニエスの上着を甲板に置くと秘薬の入った瓶を呷った。
 この秘薬は、口の中に含み続ければ絶えず酸素を放出し続ける秘薬で、海中でも呼吸が可能だった。

「殿下!」

 士官の一人が、マクシミリアンに駆け寄ってきた。

「敵が来る。さっき艦長に使いは出したが、大至急浮上してくれ」

「あ、殿下、お待ちを!」
 
 仕官の制止を無視する形で、マクシミリアンは海に飛び込んだ。





                      ☆        ☆        ☆





 マクシミリアンが海中に入ると、海獣達はベルギカ号まで数百メイルの距離まで接近していた。

「こっちだ!」

 マクシミリアンは杖を振るい、スペルを唱えた。

『アイシクル・トーピード!』

 氷で出来た『トーピード』、すなわち氷の魚雷が10匹の海獣へ向けて発射された。
 アイシクル・トーピードは、水魔法の『ジャベリン』の応用で、1メイル程の氷の槍を生成し石突きの部分から水を放出する事で前進する水中専用の魔法だ。
 しかも、追尾性能もあり、6つの氷の槍は10匹の海獣の内、6匹に全弾命中した。
 命中と言っても爆発するわけでもなく、氷の槍は深々と海獣に突き刺さり10匹中6匹が脱落した。

 ベルギカ号に体当たりをかまそうとした4匹の海獣達は、邪魔されたのを怒ったのかマクシミリアンに狙いを定め進路を変えた。

(好都合だ!)

 杖を振るいスペルを唱える。秘薬のお陰で海中での呼吸や詠唱も可能だった。

『ウォーター・ジェット!』

 『ウォーター・ジェット』は『エア・ジェット』の応用で足裏から水を噴射することで、高速で水中を進むことが出来る魔法だ。

(着いて来い!)

 マクシミリアンは、なるべくベルギカ号から引き離そうと逆の方向へ進んだ。

(それにしても、あれが海獣か)

 マクシミリアンを追う怪獣を観察すると、地球で言う『イッカク』の様な外見で、3メイル程の巨大な角を一本生やし、身体の部分は2メイル程と角よりも小さい。だが海中でのスピードは時速80リーグとかなりの高速で、海の槍騎兵と呼ぶに相応しかった。

(イッカクのようでイッカクではない。これはもうイッカクモドキだな、うん、決めた)

 海獣達はイッカクモドキと名づけられた。
 その間にも、マクシミリアンを猛追する4匹のイッカクモドキとも差は、徐々に縮まっていた。

(流石に、向こうの方に分があるか)

 ジリジリと差を縮めるイッカクモドキに、マクシミリアンは次第に焦りの色が出始めた。

(一度に二つの魔法を使うことが出来ないから、敵に攻撃魔法をかけるには、ウォーター・ジェットを止めなければならない。だが、そんな事をすればたちまち、あの角の串刺しだ)

 術者から独立して行動する『ウォーター・ボール』はその性質上、水中では運用できない為、今のマクシミリアンに出来る事は逃げて時間を稼ぐ事だけだった。

(最後の頼みは『目から破壊光線』か……水中で使ったことが無いから、ぶっつけ本番は怖くて出来ないし連発も不可能だ)

 その間もマクシミリアンとイッカクモドキとの差は縮まるばかりだ。
 まるで刺客の様に、逃げるマクシミリアンを追い詰める。

 その時、ふと明暗が閃いた。

(これなら……!)

 マクシミリアンは、猛追するイッカクモドキの目を見る。そして、マクシミリアンの両眼が光った!

 カッ!

『グワワワッ!』

 一匹のイッカクモドキが、悲鳴を上げて追撃から脱落した。

(いけるぞ!)

 マクシミリアンの名案とは、『目から破壊光線』の応用、『目からサーチライト』をイッカクモドキの目に直接、叩き込むことだった。
 いくら攻撃力が無くても、一瞬の隙は作れる。マクシミリアンは残りのイッカクモドキの目にも『目からサーチライト』を叩き込んだ。
 残りのイッカクモドキも、次々と追撃から脱落していき、中には勢い余って他のイッカクモドキに突き刺さったものまでいた。

(よし、反撃だ!)

 海中で、のた打ち回るイッカクモドキに対し『ウォーター・ジェット』を止め、反撃のスペルを詠唱した。

大渦巻(メイルシュトローム)!!』

 マクシミリアンの魔法によって海流が変わり、この海域では有り得ない数リーグは在ろうかという巨大な渦巻きが発生した。
 余りの巨大さに遊泳していた魚達は危険を察知し我先に逃げたした。

 海中を、のた打ち回っていた5匹のイッカクモドキは、その大渦巻きの中心にて圧倒的な海流に揉まれ続けた。

『&%$#!』

 4匹のイッカクモドキは、大渦巻の海流でお互いの角で傷つけ合い、声にならない声を上げた。
 血塗れ傷だらけのイッカクモドキ達は、大渦巻の中心で哀れミンチになってしまった。

 だが、マクシミリアンにも代償はあった。

(ぐおおおぉ……頭がクラクラする)

 海中に居たマクシミリアンも、大渦巻の影響を受けて、身体を揉みくちゃにされた三半規管が滅茶苦茶になったのだ。

 耐えられなくなったマクシミリアンは大渦巻を止めた。暫くすれば海流は元に戻るだろう。

 次に状況を知る為に『ヒーリング』で狂った三半規管を治し、次に杖を振るいソナーで索敵をした。

(……海面にベルギカ号の反応は無し。無事に浮上したようだ……ん?)

 ソナーは、遥か遠方からマクシミリアンに近づく大きな魚群を探知した。
 入念にぞの魚群を調べると、魚群に守られる様に隠れていた巨大な影も探知した。

(デカイ! 200メイルはあるぞ!)

 暗い海の底から何か巨大なモノが、数千もの臣下を従えて、ゆっくりとマクシミリアンに近づくその姿は、王の行進と言うに相応しかった。

 ……北海の王が姿を現したのだ。

 
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