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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第2話:希望との別れ、魔法との出会い

 あれから数年後、2人は14歳になっていた。

 相も変わらず2人は、颯人が悪戯をし奏がそれを追いかけると言う関係を続けていた。が、それ以上に2人は笑い合う事の方が多くなっていた。

 あの葬式での一件以降、特に颯人からの奏に対する遠慮が無くなったのだ。

 それ以外にも、単純に2人が共に居る時間が増えたことも理由の一つだろう。あれ以来、颯人は何かと天羽家の世話になることが増えていたのだ。

 と言っても、別に彼が天羽家の養子になったとか言う訳ではない。彼は依然として両親と共に過ごした家に住んでいるし、苗字も明星のままだ。
 ただ、週に何回かは天羽家に泊まっているし、それ以外にも奏の父か母、時には奏自身が明星家に赴き家事の手伝いなどをしている。

 そんな日々を送り、気付けば2人とも中学二年生。

 颯人はあれからさらに手品の腕を上げ、奏に対する悪戯もグレードアップしていた。

 それでも2人の関係は相変わらず付き合いが続いているのは、奏の颯人からの悪戯に対する耐性が上がったからだろう。

 或いは、奏の中でも颯人に対する想いが変わったからか。

 両親を失った颯人ではあったが、彼は幸せだった。彼は1人ではない。奏が、彼の希望がいてくれる。それだけで彼の心は救われていた。

 だが…………その幸せの日々の終わりは、両親を失った時と同じくらい唐突に訪れた。








 それは中学二年のある連休でのことだ。

 その連休で、颯人は天羽一家と共に皆神山に遺跡発掘に赴いていた。と言っても、勿論颯人や奏、奏の妹にとっては連休を利用してのキャンプでしかない。
 3人は発掘作業終わった後に待っているバーベキューなどを楽しみにしていた。

 だが、ただの楽しい旅行になる筈だった遺跡発掘は、惨劇の場と化した。

 突如として現れたノイズ。ノイズは発掘調査に従事していた者達を次々に炭素の塵に変えていく。その中には、奏の家族も…………。

「父さん!? 母さん!?」
「何してんだバ奏、逃げるぞ!?」
「嫌だ!?」
「お姉ちゃん、早く!?」

 目の前で炭素に分解され死んでいく両親の姿に、奏は悲鳴を上げながら助けられないと分かっていながらもそちらに向かおうとする。それを颯人と奏の妹が引き留めるが、奏は止まろうとしない。それがさらなる犠牲者を生み出した。

「ッ!? お姉ちゃん、危ないッ!!」
「あっ!?」

 奏にノイズが襲い掛かろうとしていた。それに気付いた彼女の妹は、咄嗟に彼女を突き飛ばす。結果として奏は助かった。しかし代わりに奏の妹が犠牲となり、炭素の塵となって消えていった。

「そんな…………そんなぁ────!?」
「立て奏ッ!? もうお前だけでも逃げるんだよ!!?」

 颯人は蹲ろうとする奏を無理やり立たせ、遺跡の外へ連れ出そうとする。当然ノイズは2人の後を追いかけてくる。

 この時、既に奏からは生きる意志が無くなりつつあった。
 目の前で両親が死に、妹は自分の所為で死んだ。その事実を受け入れることができず、奏は何度も足を止めた。

 それでも何とか逃げることができているのは、途中から颯人が火事場の馬鹿力で奏を抱きかかえて走っているからだ。

 走りながら、颯人は奏をちらりと見る。恐怖と絶望に染まった彼女の表情を見て、颯人は必死に走りながら声をかけた。

「諦めるな奏ッ!! お前は生きなきゃならないんだッ! それがお前の親父さんとお袋さん、妹ちゃんの為なんだッ!!」
「なんで…………そんな事……」
「お前がお前の家族にとっての、そして……俺にとっての希望なんだッ!! 生きた証なんだッ!! そのお前が、こんなところで生きることを諦めるなッ!!」

 絶望を切り開かんとする颯人の言葉。嘗ては奏の言葉が颯人の心を覆いつくそうとした殻を言葉の刃で切り裂いたが、今度は颯人の言葉が奏の心の殻を切り開く。

「今のお前に希望が無いってんなら、俺を希望にしろ!! 俺がお前の最後の希望になってやるッ!! だからッ!!」

 逃げながら必死に奏を勇気づけようとする颯人だったが、それでも彼は所詮ただの14歳の少年だ。同い年の少女1人を抱きかかえて走り続けるには限界がある。

 遂に崩れて地面に落ちた遺跡の壁面に足を取られ、颯人はその場に転んで倒れてしまう。その際に、奏も投げ出されてしまった。

「うわっ?!」
「あうっ?!」

 とうとうノイズに追いつかれてしまった2人。まず真っ先に標的にされたのは奏だ。迫るノイズが、奏に襲い掛かろうとした。

 目前に迫るノイズに、奏は目を見開く。結局逃れられぬ運命に、奏の目から一筋の涙が流れ落ちる。

 自身にとっての最後の希望である奏の危機、それを目の前にして、颯人は脇目も振らず走り出す。

「止めろぉぉぉぉぉっ!?」
「颯人ッ!? 駄目だッ!?」

 奏に襲い掛かろうとするノイズの前に飛び出し、その身を盾に奏を守ろうとする颯人。彼を止めようと奏は倒れながらも手を伸ばすが、それが届くことはなく──────

「がっ?!」
「颯人ッ!? ああぁぁぁぁぁっ!?」

 ノイズによって颯人が殴り飛ばされた。触れた人間を例外なく炭素に変え分解するノイズの攻撃を受け、彼も炭素の塵になり果てる。その光景を思い浮かべ、絶望の表情を浮かべる奏。

 だが…………彼の体に変化は訪れなかった。

「……え?」

 颯人の体は炭素に分解されることはなく、そのまま壁に叩き付けられる。本来ならあり得ない筈のその光景に、奏は呆けた声を上げてしまった。

 だが、例え炭素に分解されることはなくともノイズのパワーは14歳の少年相手には強大過ぎた。壁に叩き付けられ地面に落ちた颯人は、その口から赤黒い血の塊を吐き出した。

「がはッ?!」
「は、颯人ッ!?」

 その様子に奏は血相を変え颯人を抱き上げると、それまでの様子が嘘のように必死になって彼をその場から引きずり出そうとした。
 今や唯一の心の支えとなった颯人に迫った命の危機に、漸く奏の心にも火が付いたらしい。

 だが今更気合が入ったところでもう遅い。颯人を引きずり出すには力も、何より時間も足りなかった。すぐにノイズが近付き、今度こそ2人にトドメを刺そうとしてくる。

 今度こそ万事休すと、奏が颯人を抱きしめ目を瞑り来る痛みに恐怖した。

 その時──────

〈エクスプロージョン、ナーウ〉

 2人の前に金色の魔法陣が現れ、迫るノイズ達を爆発で吹き飛ばした。

「な、何が?」
〈コネクト、ナーウ〉

 突然の爆発、しかも明らかにノイズが居る方向のみに威力を限定された爆発に、奏が呆然としていると背後から再び先程と同じ音声が響いた。

 そこで漸く自分たちの背後に何者かがいることに気付いた奏が後ろを振り向くと、それまで誰もいなかった筈の場所に宝石の様な仮面を被り白いローブを纏ったような恰好をした人物がいた。

 その人物は宙に浮いた魔法陣の中に手を突っ込むと、フルートの様な横笛と剣か槍を融合させたような武器を引っ張り出していた。

「あ、あんたは?」

 奏が仮面の人物に問い掛けるが、その人物は奏を一瞥し手にした武器を一振りすると遺跡の中に未だ残っているノイズの群れに突っ込んでいった。

 仮面の人物が武器を振るう度に、ノイズが次々と切り裂かれる。

 剣だけではない。時にはその足で蹴り飛ばしすらしてノイズを相手取ったのだ。

 本来であれば物理攻撃が通用しない筈のノイズが、物理攻撃で次々と屠られていく光景に奏は言葉を失う。

 ある程度ノイズの数が減ると、その人物は攻撃を止め右手の指輪を付け替えた。そしてその右手を、腰に巻いたベルトの掌型のバックルに翳す。

〈イエス! スペシャル! アンダスタンドゥ?〉

 バックルから音声が鳴り響くと、残り僅かとなったノイズは仮面の人物が翳した掌の前に展開した魔法陣から放たれる衝撃波で一掃された。ノイズも発掘調査隊も居なくなり、残されたのはノイズを一掃した仮面の人物と、颯人と奏の3人のみ。

 仮面の人物を呆然と見上げる奏、その腕の中で颯人は再び咳き込み血の塊を吐き出した。赤黒いその血の色は、内臓が傷付けられている証拠だ。

「げふっ?!」
「あっ!? 颯人ッ!? 颯人しっかりしろッ!!?」

 颯人の容態に奏は仮面の人物の事も忘れて彼に声をかける。

 その様子を…………正確には奏の腕の中の颯人を見て、仮面の人物は静かに呟いた。

「凄いものだな…………血は、争えんか」
「え? な、何言ってんだあんた? それより、早く颯人を病院に────」

 全てを奏が言い切る前に、仮面の人物──声からして男──は颯人を彼女から奪い取るように抱き上げると遺跡の外へ向かって歩き始める。

 それを見て慌てて奏が後を追いかけようとするのだが、出し抜けに体に鎖が巻き付き彼女の動きを拘束した。

〈チェイン、ナーウ〉
「えっ!? な、何だよこれ? おい、颯人をどこに連れて行く気だよッ!?」
「すまんな、それは言えない」
「ふざけるなッ!? 返せッ!? 颯人を返せよッ!?」
「君に助ける事が出来るのか?」
「関係あるかッ!? 颯人は……そいつは、あたしの──」
「助けは呼んでおいてやる。ではな」
〈テレポート、ナーウ〉

 奏の言葉を無視して、仮面の男は再び右手の指輪を付け替えると颯人を抱えたまま腰の掌型のバックルに翳した。するとまたも音声が響き、仮面の男を上下から白く輝く魔法陣が挟み込む。

 魔法陣に挟まれた男と颯人は魔法陣と同じ白に輝き、その場から忽然と消えてしまった。

 と同時に、奏の体を拘束していた鎖も消え去り、後には奏1人が取り残される。

「あ…………あぁ……」

 奏は誰も居なくなったそこに向けて、力なく手を伸ばす。

 伸ばした手を握るが、その手が握るものは何もない。空虚な空間を掴むだけだ。

 皆……皆居なくなった。父も母も、妹も。

 そして…………自身にとっても希望であった少年、颯人ですら誰とも知れぬ者によって連れ去られてしまった。

「あぁ……あぁぁ…………」

 何も出来なかった。守られるだけ守られて、全てを奪われた。その事実が、奏の心に白紙の上に垂らした黒い絵の具の様に広がり、無力感と絶望が奏の心を黒く塗り潰していく。

「う…………うわぁぁぁぁぁぁっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 絶望の叫びを上げ、地面を何度も殴りつける。両目からは涙が止めどなく流れ、素手で地面を殴ったことで手の皮が破れ血が流れても、地面を殴ることを止めなかった。

 自身の無力さを、自身への怒りをぶつける様に。

 奏の叫びは、遺跡の外で日が沈んだ後も続いた。

 その叫びを…………涙を、己への暴力を止める事が出来る者は、今は居ない。




 ***




 謎の人物によって連れ去られた颯人。彼が目を覚ましたのは皆神山での惨劇から数日後のことであった。

「ん……んん? ここ、は──?」

 颯人が目を覚ました時、彼はどことも知れぬ場所に置かれたベッドの上に横たわっていた。

 目の前に広がるのは、明らかに岩肌むき出しの病院どころか街中とは思えない光景。
 一瞬まだ皆神山の遺跡の中に居るのかと思ったが、自身が寝かされているベッドの存在がそれを否定させる。

 ここは一体何処だ? いや、それよりも奏はどうなった? そんな疑問を抱きながら取り敢えず奏の姿を探そうと上体を起き上がらせた颯人は、体に走った痛みに顔を顰め再びベッドに沈んだ。

「うぐっ?!」
「目が覚めたようだな」
「────え?」

 起き上がろうとしてベッドに倒れ、そう言えばノイズによって壁に叩き付けられたことを思い出した颯人。

 何故ノイズに攻撃されて生きているのかと新たに疑問を抱く颯人だったが、その事を考えるよりも先に声を掛けられ颯人はそちらに注意を向けてしまう。

 今の今までどうして気付かなかったのだろうか。

 ベッドのすぐ隣には、白いローブの様なものを纏った琥珀色の宝石のような仮面の人物が椅子に座って彼を見つめていた。

 その姿に颯人は面食らい言葉を失うが、微かに残っていた朧げな記憶の中に彼によって助けられた光景があった。つまり彼は命の恩人と言う事である。

 その考えに至り、颯人は痛む体に鞭を打って体を起き上がらせると仮面の人物に頭を下げた。

「あんたが、助けてくれたんだな? ありがとう…………ところで、奏……俺と一緒に居た女の子は、どうしたんだ?」
「ここには居ない。あの遺跡に残してきた」
「は? 何で?」

 奏はあの遺跡に取り残されている。その言葉に颯人は仮面の人物を睨みつけながら問い掛けた。

 今、奏は家族を全て失いとても心細い思いをしている筈だ。誰かが隣で彼女を支えなければ、それこそあの葬式の日の颯人を支えてくれた奏の様に。

 だが仮面の男はそれには答えず、徐に右手の中指の指輪を別のものに付け替えた。

 何も答えない彼に苛立つ颯人だったが、彼が何かを口にするよりも前に仮面の男が右手を腰のバックルに翳した。

〈ヴィジョン、ナーウ〉

 突如として響いた音声に颯人は驚き目を瞬かせるが、次の瞬間目の前で広がった光景に言葉を失った。

 仮面の男が手を翳すと、そこに円形の鏡のようなものが姿を現し見知った人物が映し出されたのだ。
 いや、見知ったというのは少し違う。見知った人物によく似た人物だ。

 鏡のようなものの中では、1人の女性が手に槍のような武器を持ってノイズと戦っている。

 その姿は、体にフィットする奇妙なスーツと鎧を身に纏い今よりもずっと成長した姿をしているが、奏に非常によく似ていた。いや、彼女がこのまま成長すればああなると断言できる。

「もう気付いているだろうが、これは今から三年ほど経った天羽 奏の姿だ」

 戦う奏の姿を呆然と眺めていた颯人だが、仮面の男の言葉で自身が感じた予想が事実であると証明された。

 彼女はあの後、戦う事を選んだのだ。自身の家族を奪ったノイズと。

 ならば尚の事、戻って彼女を支えなければならない。例え共に戦う事が出来なかったとしても、心を支える位はしてやりたい。いや、しなければならないのだ。

 だが次の瞬間、仮面の男に告げられた言葉は、颯人の心に絶望を刻むものであった。

「先に述べておく。この三年後の戦いで、天羽 奏は死ぬ事になる」
「──────────えっ?」

 彼の言葉を否定するよりも前に、投影された光景の中で変化が起きる。

 傷付いた一人の少女の前で、奏が手にした槍を掲げ歌を口ずさむ。どこか悲し気なメロディのその曲の歌を、歌い終えた彼女の口からは一筋の血が零れ落ちた。

 瞬間、彼女の周囲の蔓延るノイズが一掃される。戦いの場であった何処かの会場は一瞬で静けさを取り戻し、そこには奏と似たような恰好をした少女と、奏と1人の少女が地面に倒れ伏しているだけであった。

 奏と違い青いボディースーツを身に纏った少女が奏を抱き上げる。だが素人目に見ても分かる死相を浮かべた奏は、青い少女の腕の中でその身を塵にして消えていった。

 一頻りその光景が終わると、唐突にその景色が消え去る。後に残るのは、岩壁の壁面のみ。

 驚愕に愕然としたままの颯人、その彼に目の前の男が話しかける。

「今見せたのは、まだ確定していない未来の光景だ。だが、このまま時が経てば確実に現実となる」

 今し方見た光景に愕然としていた颯人は、仮面の男の言葉に体に走る痛みも無視して弾かれるように立ち上がると彼に掴みかかった。

「そんな、嘘だろッ!? 質の悪い冗談だろッ!? そうだって言えよッ!?」
「事実だ。今お前が見たものは未来の光景、このままだと確実に現実になる」

 仮面の男の言葉に颯人は糸が切れたかのようにその場に座り込む。耳を澄ませば啜り泣く声が聞こえた。

 このままだと、最愛の少女の命が確実に失われる。それをどうする事も出来ない自分の無力さに、情けなくて悔しくて、涙を流すことしかできなかった。

 そんな彼に、男はだが、と口にし手を差し伸べた。

「それは何もしなければ、の話だ。今後のお前の行動によっては、その未来を変えられる可能性がある」
「ほ、本当か? 本当に、助けられるのか?」
「飽く迄も、可能性の話だ。助けられない可能性はあるし、それ以前にお前自身に命の危険が伴う。だが何もしなければ今見た光景が現実になるだけだ。さぁ、どうする?」

 男はそう問い掛けるが、颯人の答えは決まっていた。

「…………あいつは、奏は俺の最後の希望だ。あいつを守る為なら、地獄の果てに行くのも悪魔に魂を売るのもやってやる!」

 そう言い切り、颯人は男の手を取った。
 未だ完治していない怪我人であるにも拘らず、その手には男の手を握り潰さんばかりの力が込められていた。

 それに男は満足そうに頷くと、彼に自身の名を告げた。

「私の事はウィズと呼べ。私がお前を、不可能を可能にする奇跡の体現者・魔法使いにしてやる。その代わり、お前にはやってもらいたいことがあるが…………構わないな?」
「さっきも言った通りだ。何だって構わねえ。奏を助ける事が出来るなら、俺は何だってやってやる!」

 颯人はウィズからの問い掛けに、決意を胸に答えを返した。

 この瞬間、1人の魔法使いが誕生することとなるのだった。 
 

 
後書き
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