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或る皇国将校の回想録

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第五部〈皇国〉軍の矜持
  第七十五話 六芒郭攻略戦(一)

 
前書き
【第五部〈皇国〉軍の矜持】
「矜持とは生きるためには不要なものであり、良い仕事をするためには欠かせぬものである」といったのは誰であったか。
成程、俚諺は真理であるが、良い仕事――功績を名誉と呼ぶようになれば、名誉は権勢の為の賭け金へと転ずるのも自然の摂理。
銀の匙を咥えた者達は名誉をやり取りして権威に変えようと鋭剣を振るいながらやり取りをしている。されどそれは本当に誇り高きものと呼ぶべきか?
〈皇国〉軍はもはや銀の匙を加えた男たちの倶楽部が指揮権を独占するものから変質しつつある。
 その中で血筋の為に貴族が血を流して要塞へと軍を向けようと決めるのは古き良き矜持が故か、あるいは旧時代から抜け出せぬ蛮性故か?
 我らが向かう先は優雅で壮麗な戦姫はすでに勝利を確信し、戦後を見据え、矜持の為に要塞の包囲網に決着を付けようとしている。
 進歩主義者は戦場で沈黙し、矜持と権勢の為に雄弁を振るう者達が鋭剣を掲げようとしている。
そして私はこの国の中でおそらくその中で最も雄弁な人間の一人だろう
――馬道豊久の日誌より
 

 
皇紀五百六十八年 十月二日 午後第二刻 六芒郭 本部庁舎
 新城支隊 参謀長 藤森弥之助大尉


 どたどたと足を踏み鳴らしながら要塞参謀長という厄介極まりない立場に追い込まれた藤森弥之助は六芒郭要塞本部庁舎の扉を乱暴に開けると、いつも以上に不機嫌そうにがなり立てた。
「今日はひどいな、おい、見たか砲兵部長。連中いよいよ突撃壕を伸ばし始めたぞ」
 畜生、連中が皇龍道にでもつっかけてくれればそれに越したことはないのだが、と相手を理由なく睨みつける。
 声をかけられた相手は特に不愉快そうにはしない。大机の上に乗った図面から視線を外す事すらしない。そこに六芒郭の突角堡の状況が仔細に書き込まれている覚書が張り付けられている。

「雨季が近く、東方辺境鎮定軍本営がここに来た。大攻勢を行うのは予想はされていたことです」
 返事は事務的な口調であるがこれもまた、いつもの事らしく藤森は肩をすくめて水筒を傾けて水をラッパ飲みした。 

 彼は長門大尉である、西州軍が第三軍に派遣した部隊から送り込まれた独立擲射砲中隊長だ。
 要塞砲兵部長などと云う立場を押し付けられている。要するに南突角堡以外の指揮管理を新城から委ねられている立場にある。

 龍火学校を優等で卒業したやり手であり、衆民将校であるが未だ三十を迎えていないのに、大尉としての軍歴が長い。
 ここに寄こされたのも西津中将直々の人選だったと聞いているから恐らく目をかけていた領民なのだろう、と藤森は推測していた。。
 独立中隊としては過剰な中隊本部の所帯も六芒郭で彼にそれなりの立場を与える為なのだろう、とも受け止めていた。
 つまりは独立した本部を与えてよこしたのであり、信頼はしているが”同化”はさせない、という事だ。まぁそれはいい、どの道やる事は山積みなのだから使える奴は使われて当然だ、と思いながら藤森は唸った。
「各突角堡の備蓄基準を引き上げる、そちらで把握できているな?」

 長門大尉は頷いて自分よりも快適な風通しの良い椅子に座っている導術に視線を向けた。
「東南・西南突角堡に伝達、“砲撃は擾乱砲撃計画から変更ない、適当に脅かすだけでよい。
弾薬消耗は早期に申告せよ、後伸ばしにするな。”と強調して送れ」
 藤森はふん、と満足気に鼻を鳴らした。
 長門大尉らの事は臆面もなく扱き使うつもりであったが、西原家の係累を使った交渉を好意的に受け止めたわけではない。
 それを主導した馬堂大佐についても全く信用していない。
 軍監本部にいた時に漏れ聞いた北領の戦ぶりを見聞きする限り”優秀な軍人貴族”の貴族の部分を強く発音する部類の人間だ。身内であれば頼れるのであろうが自分は身内ではない。
 将家とはそうした生き物なのだと藤森は断定している。


「状況はどうだ」
 六芒郭の主、新城直衛が姿を現した。南突角堡帰りらしく、戦塵がまとわりついている。
「まだ予備砲撃の段階、南突角堡以外は全て擾乱砲撃のみですが本格応射準備も整えています、こちらの号令が下り次第しかけられますが」
 まだいいよ、と新城は返事をした。

「攻勢はおよそ10日後だ。南突角堡の補強を急ぐ」

「司令、よろしいでしょうか。この一月、龍爆が減少しているのも不気味でしたが、
鎮定軍司令部直轄の部隊であるのならばこれから本格的な投入が予想されます」
 この度胸は大したものだな、と藤森も内心、少しばかり感心した。
一種、犯罪結社めいた団結力をもっている大隊首脳部の中で彼だけは明確に外様だ。
それでも必要ならば臆面なく意見を述べる。

「龍兵か」「砲兵にとっては悪夢、一方的に射程外から対砲迫戦を挑まれるようなもの、龍口湾でアレがなければ我々はあれほどの大敗はありませんでした」

 新城は頷いた。藤森も異論を唱えるつもりはない、龍口湾の逆転劇を見たものはそれに関しては同意するしかない。
 事実上、第二十一師団は西津中将率いる第三軍の攻勢に有効打を打てていなかった――戦術予備の騎兵聯隊が罠にはまって磨り潰されたる程に――
 龍兵がなければ初日に騎兵師団を損耗覚悟で投入し馬堂聯隊長が率いる剣虎兵部隊と殴り合いをするしかないだろう。夜襲を行われたうえで翌日の攻勢に重砲部隊が健在であれば騎兵師団突破も難しかったであろうし、本営の陥落も十二分にあり得た。

「提案があれば考慮する」
「南突角堡は特火点化を進めているが、他の突角堡の露天火砲が叩かれる事を想定します。砲弾薬貯蔵用と人員退避用に掩体壕の拡大を許可していただきたい」

「資材には限りがある」「南突角堡を支援する南東、南西を優先します」
 新城はちらり、と藤森を見た。藤森は帳面に目を通す、まぁ悪い商売にはならんだろう、と頷いた。
「許可する、第三軍は勇戦した。そこに疑いはない。君達も同じものを示してくれている。これからもそうであってほしい」

「はい、司令」

「あぁそれと、君はこんなものではないといったが、それは正しい。僕たちはこれまで以上にひどく苦労することになるよ、間違いなく」

「はい、司令。覚悟はしています、自分は志願したのです」
 死んで終わるつもりはない、と相手の目から読み取った新城は無言で視線を落とした。


「参謀長、僕らは13日の間敵とやり合うとするそのうちの5日間、休みなく相手と総攻撃を受けると想定する。弾はあるか」

「砲弾、銃弾ともに余裕がありますが、このあとの攻勢に対する対応で変わる可能性はあります。
またひどい戦になるのでしょう?」
 いつも弾薬消費量は滅茶苦茶になる、それほどに酷い戦を龍口湾からここに至るまで幾度も立案しては事後処理に頭を抱えてきた。

「――間違いなく13日後ですね?」
 藤森は慎重な口調で問いかけた。
「あぁ間違いな、随分と無茶をしたようだが軍監本部の立ち合いの下で調整が済んだらしい」
 つまりは皇主に報告する内容になる。皇主に何の実権はなくともそうなることに意味があるのだ。
「そいつは結構、しかしなぜそこまで気張ってくれたんですかねぇ」

「アイツは僕を怒らせたからな、その分の埋め合わせに必死なんだ」

 藤森はじーっと新城を検分した後に真面目腐った顔で頷いた。
「成程、納得しました、司令。ついでに南突角堡の状況を見てきます」
 新城は頬を歪めて応じた。諧謔は飯と同じく欠けたら兵の士気が崩壊しかねない必需品である。
「さっさと行け、こんなところで死ぬなよ」



同日 午前第七刻 弓野周辺 東方辺境領鎮定軍本営 会議用大天幕



「だから必要なのは皇龍道圧迫の為に主力軍を投入する事なんですよ!!
この要塞は冬営を迎えれば戦略的価値は喪失する!!
東方辺境領軍が合流した以上、もうこの要塞は放置して問題ない!!」

「莫迦を言うな!弾薬の消耗を考えろ!こんな余分な戦線を誰が担当するのだ!」

「なんだと!貴様らこそ無為な消耗戦に引きづりこむ気か!ここで無駄に重砲をバカスカ撃ち続けるくらいなら、リュウコ湾の港を確保する方が兵站も楽になる!」

「ふざけるな!ナイオウドウとヒガシエンドウを抑える上に、あの要塞を放置しろだと!?
後方の負担を考えろ!!」

「冬を越す前にコウリュウドウに一撃を咥えることが重要なのだ!そうなればもはや春に連中が他の二街道を保持する理由もなくなる!」

「楽観論で軍を動かせる状況ではない!!」

「この状況で春まで蛮族共に時間を与えるべきではない!喉元に刃をねじ込むべきだ!」

「第二軍団の案は認められん。未完成の要塞一つ落とせずに放置するなど東方辺境領鎮定軍の矜持に傷がつくわ!」

「東方辺境領鎮定軍の矜持とはいかに素早く蛮都を突き!皇帝陛下に蛮族鎮定の報を奏上する事だ!!
鎮定軍主力が結集した今こそ来春を見据えた攻勢が必要なのだ!!」

「来春を見据えるからこそ、今ここで要塞にこもった蛮軍を一掃する事が必要だとわかれ!」

 議論の体裁を保ってはいるが既に高級将校達は敵意を多分に含んだ睨み合いになっている。



「不味いですね‥‥」
 メレンティンの予想以上に双方が強硬な態度になっている――”緑制服”――東方辺境領軍と”白制服”――〈帝国〉本領軍の関係は極めて微妙だ。

 鎮定軍は”緑服”の軍であるが”白服”は皇帝直参の部隊である。更に”皇帝が東方辺境領姫の請願を受けて派遣した増援”という名目で――実際は武勲の独占を危険視した本領貴族や東方辺境領が経済権益を得る事を厭った〈帝国〉政府中枢や豪商連の意向であるが――投入された部隊である。
 勝ってるうちはそこそこの恩を売買すればよいが一度停滞するとなると面倒な事になる。手柄と恩は政治上の貨幣となるが失態と貸しは誰も引き受けたがらない。

 相互に相手へ敵意の混じった視線を交わらせる。双方ともに失態と成功を重ねている。片や東方辺境領軍はノルタバーン――北領での大攻勢の成功そして第21師団の壊滅。
本領軍は龍州軍の包囲殲滅に第二軍団への追撃と第三軍、近衛総軍による反撃により虎城打通の失敗。

 帝室たるユーリアの権威はこの程度で揺るがぬが問題はその下だ。双方の潜在的な不信感に火を着けてしまった。
 東方辺境領鎮定軍司令部からすればこの不手際の責任は本領軍に帰するものであり、指揮系統からしても自分たちの下の存在である。

 本領軍からすれば東方辺境領姫の”要請”で派遣された部隊であり、〈帝国〉軍最上層部――軍令総監部や軍事省を采配する元帥大将達、さらには〈帝国〉閣僚たち――の意向をうけている。
 いうなれば指揮下であっても”家臣”ではない、むしろ本来の序列は上であるという意識が強い。無理もない、東方辺境領将校団は少なからぬものが数十年前まで”蛮族”だったものが多いのだから。

「‥‥さて、どうしたものか」
 アラノックはさりげなく幕僚たちを制するだけで動きを見せない。
 彼らの考えはわかっている。春になれば親衛軍まで到来する。そうなれば皇帝直属の親衛軍指揮官の下に自分たちは組み込まれかねない。さして意味のない攻城戦で磨り潰されるくらいならば多少の危険を冒しても野戦における勝利が欲しい、それも蛮族鎮定に明確な成果が上がる形で。

 だがそれは困る、というのがこちらの事情でもある。そもそもは本領以上に悪影響を受けていた産業基盤が脆弱な東方辺境領にとって〈皇国〉の経済権益は喉から手が出るほど欲しい。更に立身出世、自作農となる為に東方辺境領で下士官を目指している者は非常に多い。農地が必要なのだ。
 残念ながら東方辺境領の東部、北部の国境はほぼ麦が育つ境界線といっても相違はない。 この先にいるのは鉱物を掘って〈帝国〉と交易をしている者や獣、魚をとって転住を繰り返している者達が殆どだ。
 緩やかに拡大を続けて来たことで保っていた東方辺境領の農業生産は頭打ちである。かといって地主階級を敵に回す真似はできない。
 つまりは新たな農地と”追い出しても構わない”農奴が必要なのだ。〈帝国〉本領に介入されて権益を奪われると今度は軍と東方辺境領の独自性が保てなくなる。
 それは副帝家の矜持と数多くの”蛮族”を取り込んできた東方辺境領軍の崩壊を意味する。本領はもちろん、西方諸候領の人間には理解できないだろう、メレンティンとて御付き武官として軍内に数年いてようやく理解できたようなものだ。


 軍団司令部からの報告を受け、”意見具申”を受けてからも、沈黙を保っていたユーリアは
メレンティンへ囁きかけた
「クラウス、貴方が仲裁できない?」
 メレンティンは頭を振り、囁き返す。
「殿下、私は本領貴族の少なからぬものを殺めているのです」
 今上の皇帝が帝位につく前の内乱でメレンティンは騎兵聯隊長として混乱しきった本領貴族諸侯の少なからぬものを殺めている。敵味方に分かれただけではなく抜け目なく中枢の権力を保持したまま双方に良い顔をしていた者達――中には生き残りに成功した者の一門に連なっていた者達も含まれていた。政治力に長けた彼らは今も中央におり、ゲオルギィ三世戴冠後の戦後処理に置いて大いに活躍していた者もいる。


「双方、落ち着け」
 ユーリアは勤めて表情を表に出さぬようにしながら声を発する。
「我々は蛮族共の本拠であるこの地を既に東半を征した。これはけして揺らがぬ事実だ。
本領軍の将らが意気軒昂なのは誠に頼もしい事であるが――事実として敵の後方連絡線は短くなっている」

「冬営を見越すのならば我々はあの要塞を一挙に陥落させ、来春に全力をもって短期で敵の防衛線を突破!一気に蛮都まで打通する!!
蛮族が本土のの東半分を“完全に”失ったことを知らしめて見せるのだ!いいか、”完全に”だ!10日以内にあの忌々しい要塞を叩き潰す!!
これは〈帝国〉軍元帥、東方辺境領鎮定軍司令官としての決定だ」
「‥‥」「‥‥」



「‥‥ままなりませんな」
 ユーリアは良くも悪くもそうした問題を気にしない。皇帝に連なる者がそうした争いに口をはさむべきではないからだ。
 だが東方辺境領の統治者としての立場もある。こうして意見が割れてしまった時点で潜在的な燻りのままになるかそれとも―― 

 メレンティンが垣間見た燻る火種は〈皇国〉と〈帝国〉の交わす砲火の下で徐々に、徐々に赤黒く染められた白衣の軍装が積み重なる下で広がってゆくことになる。



同日 午前第十刻 六芒郭 周辺域 第2軍団前線指揮所
東方辺境領鎮定軍参謀長 クラウス・フォン・メレンティン少将


 新城達が今後の苦労を憂いているのと同じころ、敵の領土の東半を制圧した東方辺境領鎮定軍が参謀長たるクラウス・フォン・メレンティン少将も同じように今後の手の付けられない程に膨れ上がった問題について頭を痛めていた。
 どこで歯車がずれたのか、と考えるとやはりアレクサンドロス作戦だろう。二個旅団規模の浸透攻撃により第21師団は事実上壊滅、第15師団すらも敗走の混乱に巻き込まれることになった。
 突破に成功したデュランダル師団長は肝心の本営が危機に晒され、側背を敵に晒している事に気がつき、南方への機動を開始、この時点で第2軍は敗走、龍州軍は撤退に入っていた。
 第三軍は第15師団の側面を攻撃しながら浸透部隊を回収、龍州軍と連携して敵の騎兵を牽制しながら後退に成功したのである。
 これにより、約一日ほどの空白ができてしまった。〈皇国〉軍――というよりも龍州軍参謀団と第三軍、および近衛の前衛部隊指揮官たる新城直衛はこれをどうにか利用する事に成功している
 つまるところ、戦略的勝利であっても戦術的には敗北に近い、無論、敵が動かせる限りの野戦軍を投入した上陸戦において勝利し、同数の兵団を追撃に投入しただけでも十分なのだが――
 アラノックの指揮を批判する事はできない、龍州軍を壊滅に追い込み、渡海にもたついた第二軍に大損害を与える事に成功している。
 だが第三軍は秩序だった後退に成功しており、有力な戦力を保持していたのだから複数の場所で夜襲を受けたアラノックが慎重な行動をとるのはやむを得ない。誤断ではあったがこれを批判するには悪しき前例が直近で存在するのだ。
 ここで批判をすれば相互不信はますます手におえないものとなるだろう。本領軍も”前線を把握した軍団司令部としての案”を提示しているがユーリアや東方辺境領鎮定軍司令部の批判を行っていない。

「入念ですな」「精密ですね‥‥さすがは〈帝国〉本領だ」
 カミンスキィが素直に感嘆する程の砲撃であった。
「これでうまくゆけば良いのですが……」
 アラノックは最後まで言い終える前に呻き声をあげた
 だがそうはならなかった。傾斜路への火砲集中、臼砲と複数点在する特火点から放たれる近接散弾。南突角堡はそれ自体が極小要塞の連なる存在となっていることを本領将兵はその五体で味わい、物言わぬ躯となっていった

「……猛獣使いめ!」「後退の許可を」「アラノック中将に一任する」「後退せよ!」


「閣下、火力計画の修正が必要です、重砲を更に近接させる必要があります、連中は突角堡に露天で擲射砲を据えております、隣接する突角堡の中央も叩けるようにせねばなりません。
事前の攻撃から予想しておりましたが、率直に申し上げまで我々の予想を上回る規模で、蛮族共は恐るべき火力をかの要塞に保持しております
殿下、更なる砲火力の増強かあるいは……」
 ラスティニアンはそこで目を伏せるとアラノックは手を振って下がらせた。
「殿下、”総攻撃”の先陣をお任せいただいたことは恐懼感激の極みでございます。
我らは御下命とあらば短期の陥落の為に”あらゆる努力”をいたしましょう」

「貴官らが必要だと感じたものはすべて揃えよう、メレンティン参謀長と相談せよ。
私は貴官らなれば、と信じた、」

 カミンスキィを伴って辺境領姫は去っていった。

「‥‥‥」「‥‥‥」「‥‥‥」
 三人は押し黙る。この状況でどこまで踏み込むべきか。要するに妥協点を見いだせという事なのは三者ともわかっている。
 
 ユーリアにとって最も危うい状況をもたらしたのは敵ではなく味方にあった、無能な見方ではない、優秀で”常道をわきまえた良識的な”本領の将軍達だ。
「軍参謀長殿、それでは現在の計画から修正する際に必要な物の見積もりを、正確なものは本日の夜までにお渡しします」
 ラスティニアンの慇懃かつ事務的な口調はメレンティンの中の何か焦りを掻き立てる。
  しかし、だ。”妥協点とは何か?”ユーリアは小人を意に介さない。アラノックやラスティニアンを増長した俗物の手下としか思っていない。
 だがこの派遣軍団の将校の内、少なくとも佐官以上の人間は大半が酷い扱いを受けることになるのも当然の報いだと思っている、姫様育ちとはそういうものなのだ。
 内乱で本領諸侯の現実に接したメレンティンはまた別の意見を持っているが、かといってメレンティンはそうした問題に携わる権限も能力もない。むしろそれでひどく苦労してきた性質だ。

 ラスティニアンの差し出した覚書に目を通す。これならば間違いはないだろう、思い切ってこちらを頼った内容だが受けた被害を考えれば妥当なものだ。本領砲兵将校達の計画は念入りで常識的で、堅実なものだ。
 相応の消耗を受けながらもこれならば問題なく鉄量で磨り潰せるはずだ
 ――それでも逼迫した”何か”がゆっくりと渦を巻きはじめているような感覚がぬぐえない。
  メレンティンは、この実務は順調であるがそれ以外の”何か”が上滑りしていく感覚をもって、真の意味でこれがユーリア姫にとって初めての対外戦争――つまり”統治の外で国軍として参加する戦争”であることを理解したのであった。 
 
 
 

 
後書き
書き終えた直後に暁さんがエラーを起こしてビックリしました。
六芒郭編の終局に向けて頑張っていきたいと思います。


あっそれはそうと
カクヨムに読み切り(パイロット版掌編)を投稿しました。
1話だけですが(連載するときはリライトします)お時間のある方はどうぞご笑覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892324994

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