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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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三十 蛇VS狐

緩やかな、だが延々と続く水音がした。
それはゆっくりと円を描いて、やがて静かな凪を生む。

薄暗い天井に渡された幾重もの鉄パイプ。
錆ついたその一部から落ちる水滴が、鉄格子の合間に覗く九尾の鼻先を僅かに濡らした。

薄暗い飴色の液体の中で、ナルは身を委ねている。その液体は渦巻き、荒れ狂っていた。

怒りの感情という名の液体に自ら沈む宿主を、巨大な鉄格子の間から覗く爛々と輝く赤い眼が見つめる。
だがその剣呑な紅い双眸は聊か焦燥の色を宿していた。


《おい、ガキ…!聞こえてんだろ!?ワシのチャクラを使うのをやめろ!!》

怒りに任せて、自ら赤いチャクラに呑み込まれてゆくナルを九尾は怒鳴りつける。

九尾自身が望んだわけではない。ナル自らが望んで九尾のチャクラに呑まれゆく。
だがその危険性を、九尾は知っていた。

べつにナルの身を案じているわけではない。
だがこれ以上ナルが己のチャクラで身体をボロボロにしていくと、アイツが来る予感が九尾にはあった。


『木ノ葉崩し』。
一尾との対戦中、身体を動けなくさせたあの存在が。


ナルに手を貸してほしいと前以て伝え、身体を乗っ取れば、その身体はナルのものだと尾獣の力を無効化させる。実に理不尽で傲慢で人間らしく、その反面、行動理由も目的も心意でさえも全く読み取れない謎の人物。

宿主であるナルとよく似た相貌の人間を思い浮かべ、九尾は嫌そうに顔を歪めた。
何故か、あの人間には逆らえないと本能が囁いていた。


このままナルの九尾化が進めば、彼がやってくる可能性は大いにある。
故に、これ以上己の力を使わせまいとするも、ナルはどんどん赤いチャクラの中へ沈んでゆく。

《このガキ…ワシのチャクラを勝手に取り込んでやがる…!!》

無意識に赤いチャクラを引っ張ってゆくナルを苦々しげに睨んだ九尾は鉄格子の合間から、グルルルル…と唸り声をあげる。

反響した唸り声が、ナルが沈む水上に大きな波紋を広げていった。




















(───まるで、化け物同士の戦いだな)

波風ナルを九尾と同一視はしていないものの、目の前の惨状を目の当たりにした今、彼は率直にそう思わざるを得なかった。
鬱蒼と木が生い茂る森だった其処は、もはや地形すら変わっている。

抉られたかのようなクレーターの如き大地。
ナルが佇むその場所だけがへこんでいるその理由を一部始終観察していた木分身のヤマトは知っていた。

あそこにいるのはナルであって、ナルでないモノ。


(漏れたチャクラが安定を求めて九尾の型により近づこうとしているのか…。ナルの身体を媒体にしているとは言え、)

額につう…と冷汗を流し、ゴクリと唾を呑み込む。

ナルと対峙する大蛇丸が放ったおびただしい数の蛇。
【万蛇羅の陣】によって吐き出された蛇がナルを呑み込まんと津波のように押し寄せる。

だがそれを、ナルは片腕を振り落としただけでかき消した。

とんでもない衝撃波が森に広がり、木分身だけでなくオリジナルのヤマトがいる方向へまで伝わってくる。
飛ばされぬよう大木の幹にしがみつき、身を顰めてナルの様子を窺う木分身の背筋に悪寒が奔った。

「あれじゃ、まるで──小さな九尾そのものじゃないか…」


大蛇丸と戦闘を繰り広げるナル。
左近/右近・鬼童丸を殺された怒りが引き金で、一気に尾を四本生やした彼女の姿は赤いチャクラで覆われていて、普段の面影は見る影もない。

大蛇丸とナルの激しい戦闘により、倒れ伏す右近/左近・鬼童丸の遺体に木分身は近づけもできなかった。
彼らの死亡確認すらできず、大木の影で身を潜めていた木分身は眉を顰める。

敏捷な動きの大蛇丸と激しく闘うナル。
九尾のチャクラを普通の人間が纏っていたら、数分ともたないはずなのに、激しく動く彼女の姿に、彼は怪訝な視線を注いだ。

(あれだけのチャクラを身に纏って、何故…)


九尾のチャクラで指一本動くことすらできないほど、肌の皮が爛れ、全身に痛みが迸っているはず。

それなのに、どうして動いていられるのか。


木分身の疑問をよそに、ナルが地面を強かに叩いた。
途端、嫌な予感がした大蛇丸が地面を蹴る。
蹴った先から九尾の赤いチャクラでできた腕が大蛇丸を捕らえようと迫ってきた。

追い駆けてくる九尾の腕。
それの猛攻から回避しながら、大蛇丸はズザザザ…と地面を滑る。身構え、振り向き様に腕を伸ばす。

伸ばした腕の服裾から出現した蛇。
【潜影蛇手】により口寄せした蛇がナルの放つ九尾の腕に絡まったが、半ばもいかぬうちに塵と化した。

一瞬、蛇の哀れな末路を見て、大蛇丸の顔に悲しみの表情が過る。
しかしながら悲しむよりも前に、正確に現状把握をした大蛇丸は自身の次の行動を素早く決めた。

己の身体に九尾のチャクラの飛び火が来る前に、自身の身体を捨てる。
即ち、即座に口から新しい肉体を生み出したのだ。

新しい肉体を持った大蛇丸の背後で、先ほど【潜影蛇手】を用いた肉体が九尾チャクラにより、口寄せした蛇と同じく塵と化してゆく。


「今度はさっきより多いわよ…!」

ナルから距離を十分に取り、大蛇丸は再び腕を伸ばす。
【潜影多蛇手】の大量の蛇が九尾の腕を操るナル本人目掛けて勢いよく迫りくる。

だが、ナルの目の前で振りかざされた四本の尾が、迫る蛇達を悉く焼き尽くした。


「蛇の無駄死にを増やすだけか…」

赤いチャクラを迸らせ、もはや自我などない小さな九尾を前に、大蛇丸は口許に苦笑を湛えた。

「まったく、…この子は」


人柱力を聊か侮っていた大蛇丸は、九尾の人柱力であるナルの力の一端を目の当たりにして、その考えを改める。
そうして、既に己とナルの戦闘を邪魔しないように、少し離れた場所にいるカブトを視界の端で認めた。

右近/左近・鬼童丸の遺体のすぐ傍にいるカブトは大蛇丸と眼が合うと、加勢しようと身構える。
それを視線で制して、大蛇丸はナルと向き合った。

「小さな九尾さん…尾獣であるあなたを称して、私も切り札を出すとするわ」

近くにいると巻き込みかねない故、カブトにもっと離れるように目配せする。
大蛇丸が何をしようとしているのか思い当ったカブトが慌てて地面を蹴った。




(…今だ!)

大蛇丸が何かをしようとしている。
一刻も早く自分もこの場から逃げならないとはわかっていたが、その隙に、木分身体であるヤマトは右近/左近・鬼童丸の遺体へ駆け寄った。
心音・呼吸音の停止、脈を確認した木分身は唇を噛みしめる。

顔を顰めた木分身は、ふと、鬼童丸の指先に眼を留めた。
指先に結わえられている蜘蛛の糸。

怪訝な顔でその糸を外し、その先を視線で追うと、先ほど急いでこの場を離れたカブトの向かった先を示している。


「そうか…鬼童丸、お前…」

鬼童丸の最後の置き土産を察するも、大蛇丸とナルの対峙する場からただ事ではない雰囲気を感じ取って、木分身はハッと我に返った。
遺体を回収する間もない。

慌ててその場から飛びのき、できるだけ遠ざかる。
その背後で、大蛇丸の声が高らかに響いた。


「【八岐の術】!!」

刹那、凄まじい地鳴りと突風が巻き起こった。


木々が折れ、爆風と共に飛んでくる。
たくさんの障害物を見て、木分身は慌てて印を結んだ。

「【木遁・木錠壁】!!」

シェルタートンネルの如き木製の半ドームを形成し、身を守る。
大きな木の枝が何度も木錠壁を叩き、それらが止んだ頃には、木分身はナルの前に佇む巨大な生き物に愕然とした。

「な…なんだ、アレは」
















猛烈な暴風が天地橋にまで飛んでくる。
枝どころか木の幹までもが飛んでくる異常事態に、ヤマトは顔を顰めた。

監視目的で向かわせた木分身。
連絡がまだ途絶えていないことから無事だとはわかる。

だが、ナルの九尾化を許してしまった最悪な緊急事態を、ヤマトもシカマルも理解していた。


崩れた橋を渡る際、ナルは【多重影分身】で自分の身体を、大蛇丸がいる方向へと投げ飛ばしてもらった。
その時の影分身達がいきなり苦しみ始め、「あつい…」と呻いたかと思えば、赤いチャクラを一瞬身に纏う。

直後、すぐさま白煙と化したが、あの赤いチャクラが九尾のチャクラであることは明白だった。



「ナル…!!」

消えた影分身達を目の当たりにして、ナルの身に危険が及んでいることを察したシカマルが印を結ぶ。

崩れた橋の向こう側。
ナルがいる方向へ行こうとしているシカマルを止めようとヤマトは手を伸ばした。

「待て、シカマル!!」

だがそれより早く、シカマルの影がぐんっと、まるで崩れた橋と橋の間を繋ぐ板のように伸びた。

地面から立体化させた影の先端を鋭くして対象を貫く【影縫いの術】。
それを応用し、立体化させた影を板のように伸ばして、崩れた橋が渡れるようにしたのである。


影でできた板を走ってゆくシカマルの背中へ「まったく…!」と悪態を吐きつつも、ヤマトもまた、橋の向こう側へ向かった。





















大きな白煙と共に、八本もの白い大蛇が鎌首をもたげている。

大蛇丸がいた場所に突如出現した巨大な蛇は先ほどまで口寄せされていた蛇とはくらべものにならない。
術の名の通り、八岐大蛇がナルの目の前で巨大な口を開いていた。


巨大な蛇と対峙したナルがぐっと身を屈める。
先ほどの蛇と同じように燃やし尽くそうと、赤いチャクラを帯びた九尾の腕が八岐大蛇に襲い掛かった。

だが八岐大蛇の真っ白な鱗は、予想以上に頑丈で、九尾のチャクラを撥ねつける。
直後、八体もの巨大な蛇がナルへ向かって襲い掛かった。


先ほどの蛇のように九尾のチャクラぐらいでは燃えない八岐大蛇。
力の差はさほど相違ないが、大きさの差は歴然としていた。

八体もの大蛇に翻弄されるナルの頭上に、巨大な影が落ちる。
大蛇の直撃を受け、ナルの身体が大地に叩きつけられる。

一体の蛇の口から上半身のみを出現させた大蛇丸が、小さな九尾を見下して、口許に嘲笑を浮かべた。


八体もの体躯を大地に叩きつけるたびに、大きな砂煙が立ち上る。
砂煙に乗じて、大蛇丸は口から蛇を吐き出した。その蛇の口から更に、何かが吐き出される。


見えない視界の中、赤いチャクラを帯びたナルの身体が何かに突き刺された。
九尾の力の影響で顔を歪めたナルは、自分の腹を突き刺そうとしているソレを見下ろす。

草薙の剣でナルの動きを止め、その隙に八体の蛇に襲わせようとした大蛇丸は、ふと、違和感を覚えた。

周囲の風景が変わっている気がして、辺りを見渡す。
その顔が驚愕の色で彩られた。


「森が…動いている…?」




突如、周辺の木々の枝が絡みつき、巨大な樹木が八体の蛇を締め付けてくる。同時に、なにか粉が降ってくる。

その粉を吸い込んだ途端、大蛇丸の身体が強張った。








急に動かなくなった大蛇丸と八岐大蛇。
同じく、妙な粉のせいで動けなくなったナルの中で、九尾―『九喇嘛』は思わず寒気を覚えた。

嫌な予感が当たって、剣呑な紅い双眸を細め、チッ、と舌打ちする。

《アイツが────来た》

















「───まさか、ここで【八岐の術】を使うとはな」

巨大な樹木の上で八岐大蛇を俯瞰していた彼は、人知れず咲かせた花の上に腰掛けていた。
右近/左近・鬼童丸の遺体がある場所を痛ましげに一瞥する。

そうして、草薙の剣をなんとか押し止めようとしているナルを、彼は沈痛な面持ちで眺めた。


「それ以上はいけないよ、ナル」







巨大な蓮の花の上。
森ではなく、最初から己の術で周囲一帯を秘かに樹界に変えていた彼は、小さな九尾と化したナルを見下ろす。



蓮の花が咲き誇るその光景は、まるで極楽浄土のようだった。
 
 

 
後書き
大変お待たせしました!

大蛇丸の【八岐の術】に関しては、原作でもあまり特筆されてなかったから、能力とかわからない…
でもなんか切り札っぽかったので、強いということでお願いします(汗)

これからもどうぞよろしくお願い致します! 
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