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戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~

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第1楽章~覚醒の伴装者~
  第10節「溢れる涙が落ちる場所」

 
前書き
この頃は、翔ひびの無自覚イチャイチャに萌えた人が増えてて嬉しかったのがいい思い出です。
っていうか、そういう感想は一番嬉しいです!
毎日更新のモチベに繋がるので、感想はどんどん欲しいですね。

では、翔と響の昔話です。 

 
 その日の給食時間。立花は自分の給食を受け取り、彫刻刀の跡が残る机へと向かっていた。
 献立は確か何だったか。カレーだったか、シチューだったか。中身の方は記憶にない。ただ、立花がとてもウキウキしていたのは覚えている。

 日々を迫害の中で過ごしていている立花。美味しいご飯こそが、そんな彼女の心を支える要因の一つだったのは間違いない。

 しかし、立花を虐めていた主犯グループの女子……例のサッカー部キャプテンのファンであり、諸悪の根源とも言える女生徒が、立花の足を引っ掛けたんだ。
 給食の皿は放物線を描いて宙を舞い、その中身はひっくり返って床に散らかる。

 周囲はゲラゲラと笑っており、女生徒もわざとらしく立花を嘲笑っていた。

 いくら普段は笑って誤魔化しているとはいえ、立花はこの僅か40分ほどの短い時間に大きな安らぎを得ていた。さすがにその時ばかりは立花も、今にも泣き出しそうな顔で、床に散らばった先程まで献立だったものを見つめていた……。
 
 この時ばかりは、翔の堪忍袋も緒が千切れた。
 普段は怯えて縮こまっている彼だが、こと食事に懸ける情熱は人一倍強かったのだ。

『何食いもん粗末にしてやがんだこの馬鹿野郎が!』

 机を叩き、勢いよく立ち上がった翔は響の方に歩み寄ると、手持ちのハンカチで彼女の髪に付着した皿の中身を拭き取る。

『立花さん、僕の分の給食代わりに食べていいよ。掃除も君じゃなくて、あいつらがやるべきだから』
『え……?』
『いいから早く席に戻って。ほら』

 翔の給食を受け取ると、響は彼の方を振り返りながら自分の席へと戻って行った。
 それを見送って、翔は例の女生徒及びクラスメイト全員を睨み付けて叫んだのだ。

『今度食べ物を粗末にするような真似をしたら、僕は本気で君達を許さない……』
 
 ──それ以降、響に対する虐めそのものに変化はなかったが、給食時間の彼女を狙った行動はそれっきり二度となかった。

 翔自身は、掃除が終わってもおかず臭さが残ったから懲りたのだろうと思っていたため、それが自分の手柄だとは思ってもみなかったのだ。

 だが、彼はその瞬間だけ、確実に立花響の心を守り、教室の中を漂う蒙昧な空気を断ち切る事が出来ていたのだ。
 
 ∮
 
「何で私も忘れてたんだろう……。たった一回きりだけど、私を守ってくれたヒーローの顔なんて、一生モノの筈なのにね」

 そう言って、立花は微笑んだ。

 一切の翳りなく。ただ、慈しみに溢れる輝きだけが在る、とても綺麗な笑顔。

 その微笑みを向けながら、立花は僕の事を"ヒーロー"だと言ってくれた。こんなにも臆病で、ちっぽけで弱かったあの日の僕を。

「立花……」
「だから翔くんは、自分の事を責めないでいいんだよ。でも、心配してくれてありがとう。その気持ちだけで私は、お腹いっぱいだから」

 その一言で、僕の心の中で何かが崩れた。
 涙がどんどん溢れ出して、声が詰まってはむせ返る。

 みっともない姿を晒してしまった、などと考える間もなく。強くありたいと願ったあの日から被り続けていた虚栄の仮面は、見る影もなく剥がれ落ちた。
 
 ……身を包む温かくて、柔らかな感触に顔を上げる。
 頬に触れているのが髪だと気がついた時、今の自分の状況を認識した俺は慌てた。

「たっ、立花っ!?」
「迷惑だったらごめんね?でも……翔くんが泣いてるとこみたら、何だか放っておけなくなっちゃって」
「……まったく……立花は、どこまでもお人好しなんだな……」

 まだ少し弱々しさが残る声でそう言うと、立花は静かに答える。

「そう言う翔くんは、意外と泣き虫なんだね」
「姉さんに似たのかもな……。姉さんも、奏さんからよくそう言われていたよ……」
「翼さんも?人って見かけによらないなぁ……」
「どうもそうらしい……。ありがと、元気出た」

 そう言うと、立花はようやく俺の背中に回した手を離した。

 改めて立花と向かい合う。

「もう大丈夫?」
「ああ……2年間背負い続けた肩の荷が降りた気がするよ」
「そっか……。よかった」

 立花は俺の事を恨んでもいなかったし、忘れてもいなかった。思い出すのに時間がかかったのはきっと、あの頃の記憶に蓋をしているからだろう。

 多分、それは俺も同じだ。辛い思い出ばかりだと思って蓋をしていた記憶の中に、僅かだけれども光があった。
 ただ一度の、だけどとても強い勇気。この思い出はかけがえのないものだ。二度と忘れないようにしなくては、と心に刻む。
 
 そこでふと考える。立花の方はどうなのか、と。

「なあ、立花……君は辛くないのか?」
「え?辛いって、何が?」
「何が?じゃない。あの頃、直接迫害を受けていたわけでもない俺がこうなんだ。君の方が泣きたい瞬間は沢山あった筈なのに、あの頃の君は一度も泣かなかっただろ?」
「ああ、その事かぁ……」

 立花は納得したように首を縦に振ると答えた。

「確かに辛かったよ。でも、私は大丈夫。へいき、へっちゃらだから!」
 
「……大丈夫なわけ、ないだろう!!」

 次の瞬間、俺は立花の両手を握っていた。突然の事に驚き、目を見開く立花。

 へいき、へっちゃら。それはあの頃の立花が、呪文のように繰り返していた言葉だ。

 まるで自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返していた言葉。
 立花にとっては自分を奮い立たせる為の言葉だったのかもしれないが、あの頃の彼女を見ていた俺にとってその言葉は、一種の呪いのようにさえ見えた。

 だから、その一言で片付けようとする立花を俺は放っておけなかったのだ。

「へいき、へっちゃらじゃない!辛い時は泣いていいんだ……痛かったら叫んでいいんだ!一人で抱え込もうとするな!もっと……もっと周りを頼れ!必要以上に堪えるな!」
「翔くん……」
「君が辛い目に遭う姿を見るのは、俺にとって苦痛の極みだ。でも、それ以上に君が辛さや苦しみを堪えようと、一人で俯いてる姿を見るのはもっと辛いんだ……だから!」
 
 その言葉はとても簡単に、意識せずともするりと口から出ていた。

 胸の誓いは嘘偽りなく、俺の想いを言葉に変えた。たとえその言葉の本意に、俺自身が気付いていないとしても……彼女の胸には確かに響いたと思う。

「せめて俺の前では、自分に素直な立花響で居てくれ……」

 彼女の両手をぎゅっと握って、透き通るような琥珀色の瞳を真っ直ぐ見つめ、俺は一言一句ハッキリと言いきった。
 数秒間の沈黙が流れる。流石に気障っぽかっただろうか?

「いや、いつも素直な立花にこういう事を言うのは門違いか?すまない、いきなり妙な事を……った、立花!?」
「あれ……私……なんで……?」

 自分の頬に手を添えて、指先を滴る雫を見てようやく立花は気がついた。
 いつの間にか、その瞳の端から涙が零れている事に。

「あれ……あれ……?なんでだろ、涙が……止まらないよ……」
「……立花」

 今度は俺が、立花の背中に手を回していた。
 彼女が痛がらないように力は抜いて。そっと、優しく、包み込むように抱き寄せる。

「さっきのお返しだ。涙が止まるまでは、俺の胸を借りていけ……」
「んぐっ……ひっく……ありがと、翔くん……」

 それはきっと、この2年分の涙。心のダムにせき止められていた涙が、今になって溢れ出しているんだ。

 俺も彼女も、きっと同じだったんだ。
 同じ学び舎で、形は違えど同じものに苦しめられて、角度は違うけど同じ痛みを知り、同じくらいの涙を溜め続けた。

 でも、もういいんだ。俺達は二人とも、涙を流さず進み続けるという虚勢を張り続け過ぎた。そんな日々は今日で終わる。過去の痛みを抱いて前に進む、という点では変わらないが、虚勢の負債はここで全て流してしまおう。

 漸く素直に泣いてくれた彼女を見て、俺は心から安心した。

 彼女の心が軋んでしまう前に、その強さで輝きが翳ってしまう前に彼女を支えられた。いつもの自己満足かもしれないけれどこの瞬間、俺はようやく彼女の手を握る事が出来たのだ。

「……立花、もう大丈夫か?」
「ん……もうちょっとだけ……」

 立花が俺の背中に再び手を回す。立花の背中に回した自分の右手を、彼女の頭に置く。

 それから暫く、俺の制服は立花の涙で濡れる事になった。彼女の嗚咽が廊下に反響していたけど、有難いことに通りかかった職員さん達は空気を読み、揃って引き返して行った。
 


 10分くらい経って、立花はようやく泣き止んだ。

 すっかり温くなってしまったジュースを飲み干して、俺達は二人でエレベーターの方へと向かう。

「翔くん、今日はありがとう。私もちょっと、楽になった気がする」
「俺も、立花のお陰で気が楽になったからな。ありがとう」
「じゃあ、明日は頑張ろうね!」
「ああ。さっさと任務を終わらせたら、昼飯はふらわーへ直行だ!」

 立花と二人でしっかりと握手し、ついでに"友情のシルシ"を交わす。

 出会ってから3日。過ごした時間は短いが、今日は立花との距離がとても縮んだ気がする。
 次は姉さんの番だな、とブリーフィングの後で仕事に向かってしまった姉さんを思いながら、俺はエレベーターの手すりを握るのだった。 
 

 
後書き
なーんでここまでやって恋愛に発展しないんだろうって?
鈍感、無自覚、あとその感情が恋愛だと気付けなくなる程の重い過去、ですかねぇ。

響「ところで、どうして翔くんは私の事苗字で呼んでるの?」
翔「俺達、名前で呼び合うような仲なのか?」
響「うーん、でももう友達なんだし、そろそろ名前で呼んでもらいたいかなって」
翔「そうか……。しかし、いざとなると照れくさいな」
響「仮面ライダーっぽく!」
翔「立花さん!」
響「繰り返~す~」
翔「響鬼!」
響「漫画版遊戯王GXで日本チャンプの?」
翔「響さん!」
響「小説媒体系ウルトラマンの主人公風に?」
翔「ビッキー!」
響「吹雪型駆逐艦の22番艦は?」
翔「響!」
響「私の名前は?」
翔「ひびk……立花、もういいか?」
響「ええ~……そこまで言いかけて止めるなんてご無体な~」

次回も過去編です。それが終わったら護送任務編入りますね。 
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