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ユア・ブラッド・マイン 〜空と結晶と緋色の鎖〜

作者:のざらし
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第4話『いずも』

 長谷川に先導されて山道を進む。 どうやら目的地は少し離れた場所にあるようだ。
 その道中、玲人は輝橋と長谷川と3人で雑談していた。

「そういや徹也さんたち。 町内会の急な呼び出しって言ってたけど何かあったの?」
「んー、そういえば最近この辺で不審者が出るとか言ってたような……もしかしたらそのことかも」
「不審者?」

 長谷川の言葉で、ふと先ほどのことを思い出す。

「ん? どうかした?」
「いや……言われてみればここに来る途中に妙なものを見たような……」
「野良犬とかじゃね?」

 野良犬、にしては大きな影だった。 少なくとも立奈や如月よりは大きいだろう。 あり得るとすれば……

「……この辺に熊は出るのか?」
「熊……は聞いたことないですね」
「そうか……」

 玲人の質問に長谷川は首をかしげる。 確かに雑木林で見た影は熊というにはやや小さかった。 長谷川が知らないというのなら、やはり熊ではないのだろう。
 となると、最近見かけられる不審者だと考えるのが自然なように思える。 とはいえ

「(人間って体つきではなかったような……)」

 視界の端にほんの一瞬入っただけで、ちゃんと見た訳ではない。 ただそれだけでも、人間だと思うには大きな違和感があった。
……あった、気がする。

「(あぁ……纏まらねぇ……)」

 ごちゃごちゃとした考えを散らすように頭を掻く。 そもそも、未だに歪む世界に捕らわれているこの目がどこまで信用できるというのか。 見えたと思っていた影が実在しない可能性だって大いにあり得る。

「変なこと言ったな。 悪い、忘れてくれ」
「……まぁ草場は昔っから心配性だもんなー。 不審者の話聞いて気にしすぎてるだけだろ」

 微妙な空気を吹き飛ばすように輝橋が大きな声を出し、肩を組んでくる。

「それに」

 そのまま顔を近づけてきた輝橋は声を落とし、長谷川には聞こえないようにして続ける。

「万が一の時には俺もギバちゃん先生もいる。 あんま重く考えんな」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよー」

 少し前を歩いていた長谷川が不思議そうに振り返る。 輝橋は玲人から離れると今度は最近の学校の出来事など、再び長谷川との世間話に戻っていった。

「気にしすぎ、か……」

 輝橋に言われたことを繰り返す。 確かに言われてみればそうかもしれない。

「……まぁ、なるようになるか……」

 今悩んでいても仕方がない。 そう思うことにして考えを切り替える。 初めて訪れる山だ、一体どんな写真が撮れるだろうか。
 何気なく天を見上げてみると、雲ひとつない空が広がっていた。



 一方その頃……

「……むぅ」
「大丈夫ですか? お水飲みます?」

 玲人たちから少し遅れた場所を立奈と如月が歩いている。 輝橋がすっかり長谷川と盛り上がってしまっているために、立奈が代わりに如月に気を配っていた。
 今も、如月が唸り声を出したのでペットボトルを差し出したところだ。

「……違う」

 しかし、如月は首を振ってペットボトルを受け取ろうとしない。 なら何事かと首を傾げていると、如月はため息をついて前方を指差した。

「……アレ」

 如月が指した方角には、雑談しながら歩く玲人、輝橋、長谷川の三人の姿があった。 彼らがどうかしたのだろうか。

「あぁ、混ざりたいんですね。 あの……」
「違うから!」

 前を歩く3人に声をかけようとすると、腕を掴んで止められる。 ますます何がしたいのかわからない。

「そうじゃなくて、ヒロトが、その、」

 身振り手振りを交えて伝えようとしているが、焦っているためか要領を得ない。
 もしかしてこの人……

「あぁ、嫉妬してるんですか?」
「嫉妬……ッ」

 顔を真っ赤にして固まる。 どうやら図星のようだ。
 チャットアプリでやり取りしている時の印象でらクールな人物なのだと思っていたが、実際はそうではないらしい。 口数が少ないのは自分の考えを言葉にすることが苦手だからなのだろう。
 今も何かを言おうとしてはいるが、なかなか言葉が見つからないのか口をパクパクさせている。

「ふふっ、可愛いところあるんですね
「うぅ……ユイまで私をからかう……」

 こんな性格だから、周囲の人によくいじられてしまうのだろう。 移動中の電車でも、主に輝橋にからかわれていた。
 まぁ、こんなに可愛らしい反応をするのだから、からかいたくなる気持ちもわかる気がする。

「けど、パートナーなんだからヒロトはもっと私を構うべき」

 むすっとした表情です如月が話を戻す。

「ここについてからヒロトはナホと話してばっかりいる」
「久しぶりに会ったって言ってましたし、仕方ないんじゃないですか?」
「そうだけど……そうだけどぉ……っ」

 ぐぬぬ……と唸りながら頭を抱える如月。
 やはりパートナーが他の女の子と仲良くしているのを見るのは複雑な気持ちになるのだろうか。

「ユイはなんとも思わないの?」
「へ? 私ですか?」
「そう」

 一体なんのことだろう。 首を傾げていると、時折言葉を詰まらせながらも続けて質問を投げかけてくる。

「私は、その、ヒロトが一緒にいないと、嫌。 ユイはいいの? レイトが、……ナホと仲良くしてるのは」
「うぇっ!?」

 頭の中を漂っていたことが全て吹き飛ぶ。 予想外の質問だった。

「なっ、なんで先輩が出てくるんですか?」
「見てればわかる」

 形勢逆転。 今度は立奈が固まる番だ。

「……いいじゃないですか。 先輩が誰と仲良くしてたって」
「そう」
「そう……そうですよ。 私は無関係なんですから」
「そう」
「……何か言いたげですね」

 如月の顔は先程までとは違い、真剣なものに変わっている。

「一応、先輩として言っておくけど」

 何についての“先輩”なのかは聞かなくてもわかるような気がした。

「考えておいたほうがいい。 自分が何を求めているのか、相手は何を求めているのか」

 それだけ言うと、如月は前の方にいる輝橋の方へと走り出した。
 立奈の脳内では、如月に言われた言葉が何度も繰り返されている。

「何を、求めているのか……」

 私は、何をしたいのか。 わからない
わからなくていい わかりたくない
 一緒にいられればそれでいい。
本当に? わからない
 自問自答を繰り返す。

「あっ、見えてきましたよ」

 そうこうしているうちに、目的にへとたどり着いたようだ。



「ここが、本日より皆さんにお貸しするログハウスの《いずも》になりまーす」
「《いずも》?」
「父の趣味でーす」

 輝橋の発した疑問の声に適当に返しながら長谷川はログハウスの鍵を開ける。 扉をあけて中に入ってみると、想像していたものよりも広々とした空間が広がっていた。

「えっと……電気、水道は普通に使えます。 寝室は2部屋あるので適当に分けて使ってください。 あとは……まぁ適当に汚しすぎないようにくつろいでください」

 長谷川の簡単な説明を聞き流しながら、自分でもどんな部屋あるのかを確認していく。
 居間、寝室、寝室、トイレ、クローゼット……

「風呂は?」
「さっき通った道を少し降りたところに分かれ道があるんで、そこ曲がったら浴場があります」
「外か……」

 とりあえず、と部屋の隅に荷物を固めて置くと、輝橋は早速ごそごそと鞄を探る。

「さて、目的地に到着した後にやることといえば?」
「手洗いうがい」
「じゃなくてよ」
「まさか……しないのか!?」
「いや、しますよ!? そういう常識的な話じゃなくて!」
「えっ、輝橋今から非常識なことするの?」
「ちっがあああああぁぁぁう!!」

 輝橋の方に目を向けてみると、いつの間にか大量の玩具が並べられていた。
 すごろくにボードゲーム、トランプやその他カードゲーム。 如月の物らしきゲーム機類も置いてある。 一体どこにこの量の荷物をしまっていたのだろうか。

「夏だぞ!? 山だぞ!? 遊べよ!?」
「んじゃ山らしい遊びしようよ」
「写真を撮れよ」
「宿題をしろ宿題を」
「正論は聞きたくない」

 部屋の隅で三角座りをして耳を塞ぐ輝橋。 まるで駄々をこねる子供だ。

「さて燕さん、とりあえずここからは自由時間ってことでいいんですか?」
「そうだな。 各々活動に励んでくれ。 輝橋は私がしっかり見張っておこう」
「なぁんで!?」

 以前にも言ったか、自業自得である。

「なら俺はちょっと出てくる」
「どうしたの? なんかあった?」
「下で見た地図だとこの上もう少し登ったら展望台があるんだろ?」
「あぁ、ありますね。 確かに景色はいいですけど……微妙に遠いですよ?」
「問題ない。 体力には自信がある」

 荷物を整理し、小さめのカバンに軽い散歩ができそうな程度の物を詰め込む。
 他の連中はどうするのかと見てみると輝橋、立石、天野の3人は長谷川と一緒にボードゲームを広げ、如月は先程まで輝橋が小さくなっていたところに収まりゲーム機を起動している。 燕と武蔵野先生もくつろいでおり、しばらく外に出る気はなさそうだ。
 ならば一人でさっさと行ってしまうかと思っていたところに、如月から声をかけられる。

「あ、ユイも行くって」
「ふえっ!?」

 予想もしていなかったであろう言葉に立奈がすっとんきょうな声を上げる。 実際立奈は既にくつろぐ体勢に入っており、外出の準備など全くしていない。

「あんまそういうのよくないですよ如月さん」
「……ユイ、ちょっと」
「えっと、はあ……」
「無視かよ……」

 苦言を呈する玲人を尻目に部屋の隅で話をする如月と立奈。 しばらくすると、立奈がいそいそと外出の準備をしだした。

「立奈、何言われたかは知らんが無理しなくてもいいぞ?」
「い、いえ、私もちょうどこの辺を見て回りたかったところなので大丈夫です!」
「立奈がいいなら別にいいんだが……」

 立奈の支度を待っている間に、ふと思いついたことがあって鞄から一つのケースを取り出す。

「! 先輩、それって」
「まぁ、持って来いって言われたからな」

 それはいつだったか立奈にも見せたリアクトカメラのケースだ。 これでまともな写真が撮れる気はしていないが、立奈と約束してしまっていたので一応持って来ていた。

「草場がそれ使うの珍しいな。 学祭の展示会に向けて練習?」
「そんなところだ」

 ケースから取り出したカメラを首から下げる。 こうしてみると妙にしっくりくる感覚がある。 これでいて普通に写真を撮ることが出来たら文句なしに最高のカメラだと思うのだが……

「それじゃあ、出発しましょう!」

 準備を終え、デジタルカメラを構えた立奈に玄関へと急かされる。

「暗くなる前に帰ってくるんだぞ」
「あ、結構虫多いので気をつけてくださいね」
「ユイ、ふぁいと」

 三者三様の見送りを背に受けながらログハウスを出る。
 たまには蝶なんかを撮ってみるのもいいな、などと話しながら、2人で展望台へと向かうのだった。 
 

 
後書き
お久しぶりです。 のざらしです。
前回の更新から随分と時間が空いてしまいましたね。 申し訳ありません。
月1更新を目指していくので暖かい目で見守っていただけたら幸いです。
ではでは次回の更新でまたお会いしましょう。
感想等いつでもお待ちしております。 
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