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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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戦士のアウェイクン

 
前書き
今回は主に説明回です。フェンサリルサイドとミッドチルダサイドの両方を書いていたのですが、長くなったので分割して、次の回にミッドチルダサイドを投稿しています。 

 
第13独立世界フェンサリル、イザヴェル東地区
アウターヘブン社FOB 女子トイレ

今、私はとんでもない危機に陥っとる。これは昔、地球でなぜか起きた“平均点以下は椅子ロケット事件”で、うっかりミスで平均点以下を取ってしまい、なのはちゃん共々天井に首がめり込んでしばらく抜けなくなった時以上や。

腹痛に苦しみながらも事情聴取を終え、トイレに来たのはええ。SOPの停止以降ずっと続いてた不調もようやく収まってきたから、当分は人前で乙女力が壊滅するような事にはならんやろう。当分は……な。

「後の事より先に、今をどうにかせんと……」

若干の現実逃避の気分を抱きながらも、そう呟いて何とか現状を改めて目視する。100mm×20mm……これ、なんやと思う? トイレットペーパーの残りや。

これだけでどないせいっちゅうねん。直接言いたかないから比喩表現使わせてもらうけど、相手はドロやぞ。これで拭いたらどう考えても手に被弾するで、絶対もっと紙いるやん。思わず頭を抱えたくなるのもわかるやろ?

とりあえず現状を整理しよか。まずここのトイレは事情聴取を行う場所にあるせいか、利用者が他と比べて極端に少ない。使うのは私と同じように聴取を受ける者か、レヴィちゃん達のように聴取を行う者、あとは掃除の人ぐらいや。そしてトイレットペーパーはエコ的な観念からなのか芯の無いタイプやから、芯をほぐすという手段も使えん。

そして現状で最も頼みの綱とも言えるレヴィちゃんやけど、さっきの聴取の記録をクライン将軍と確認し、内容に不備が無いか調べとる。それが終われば多分、気付いてくれるとは思うけど……そもそも終わるまでの時間がわからん。下手すれば一日かかるかもしれへん。その間ずっとトイレに閉じ込められるって……、しかも尻にドロ付けた状態で放置って……、うん、屈辱過ぎて死にたくなるわ。ついでにかぶれるわ。

あ、いや、流石にガチで死ぬ気はあらへんよ? そんぐらい恥ずかしくて辛いって話や。はい? アヘ顔晒したくせに今更? ……あの、私に残ったなけなしのプライドに焼夷弾打ち込むのやめてくれへん? そういうの地味に傷つくんやで……。

「ナイーブになっとる場合でもないか……。さて、どないしよう……」

ここから大声で助けを求める? いや、扉の2、3枚も挟んだら多分届かんやろ。なら近くの部屋にいるヴィータ達に念話する? いやいや、ここで魔法使ったのがバレたら、リアルな意味で立場が悪くなるやろ。せっかく事情聴取で身の潔白を伝えたばかりやっちゅうのに。

「ふふふん、ふんふんふんふん♪」

ん? 外からフェイトちゃんと同じ声が聞こえてきたってことは……、

「そこにおるの、もしかしてレヴィちゃん?」

「あれ、その声ははやてん? まだ出てないの?」

「まあ、緊急事態で出られへんのよ」

「もしかして……切れ痔?」

「ちゃうわ!」

「じゃあ鍵壊しちゃった?」

「自分のお腹以外は壊しとらんよ。単に紙が無いだけや」

「え、それだけ?」

「それだけって……いやいやレヴィちゃん! 紙が無いってマジモンの緊急事態やで!?」

「普通はそうだね~」

「ってなわけで早く助けて欲しいんやけど……」

「それは構わないけど、先に自分の用を足してからでもいいかな? 別に急ぎじゃないんでしょ?」

「まあ、そうやけど……」

なぜか嫌な予感が……。

「ふふふん、ふんふんふんふ……おぉ?」

まさか……まさかまさかまさか!

「ありゃりゃ、こっちも紙無いね」

「うわちゃぁ……ミイラ取りがミイラに……」

「ん? 何を言ってるのさ、はやてん。アウターヘブン社はどんな事態にもちゃんと備えてるんだよ。こんなのな~んの問題にもならないさ」

会社規模でトイレ紙無しに備えるって一体……。大体もう少しで無くなると見越して、交換用の予備を近くに置いておけば済んだんやないかなぁ。

「はやてんにも教えるね、トイレットペーパー取り付け部の少し上の壁をよく見て。そこ、めくれるようになってるでしょ?」

「あ……ほんまや。でもここにあるのフツーにウォシュレットのボタンやけど、なんで隠せるようにしてるん?」

「ステルス性を加えてみた♪」

「なんでやねん!? なんでボタンにステルスさせんねん! 地球のみたく側面に付けとけばええやん!」

なんてツッコんでると、隣からぷしゃーっと何か水のようなものが吹き出す音が聞こえ、それが収まったと思ったらその直後にブォォオオオっと凄まじいエアブロー音が隣から聞こえてきた。この音、もしかして……ドライヤー?

「う~ん、快適快適♪」

「レヴィちゃん、もしかして温風で乾かしとる?」

「そうだよ~。うちの会社のトイレはウォシュレット機能にドライヤーを追加したんだ。水で直接洗って温風で乾かすから、お尻を傷つける心配も無いし、トイレットペーパーいらずってワケ。はやてんも使ってみたら?」

「あ~……うん、お試し気分でやってみるわ……」

っていうか、最初からステルスなんて求めずにドライヤーだけ追加すればええやん……。このトイレの設計者、変な所に力入れとんなぁ、遊び心あり過ぎやろ……。

でもレヴィちゃんのおかげで緊急事態も何とかなりそうや。では早速、試してみるか。

ほぉぉぉぉ~……ウォシュレットはイイ感じやね。で、次はドライヤー……んん!?

「ふぉぉぉおおおおお!!!???」

「あははは! 初めての人は大体そうなるんだ、皆通る道だから思う存分堪能していいからね~!」

あ、あかん……! これ無駄に気持ち良すぎて新しい扉開きそうや……!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フェンサリルFOB 宿舎


「むふふ~♪ お兄ちゃ~ん♪」

どうしよう、今の状況からなかなか抜け出せない、というか全然先に進まない。気持ちはわかるんだけど……やっぱり相当心配させちゃったのか……。

何が起きているかというと、見知らぬ部屋で僕の腰に赤……正確には臙脂(えんじ)色のブレザーで深緑色のスカートという学生服を着たサクラがすりすりしながら抱き着いている、といった所かな。ずいぶん長く眠ったような気がするけど、それは杞憂なんかではないだろう。なにせサクラが少しばかり成長しているからだ。こう、一部が……ね。膨らみかけというか、ちょっと服の上からでも目立つようになってきたというか……。

「サクラ、もう大丈夫だから、そろそろ何があったのか教えて……痛!」

「あ、ごめん! ごめんね、お兄ちゃん! 痛かった? 大丈夫?」

「だ、大丈夫……。でもあの時のダメージが残ってるから、ちょっとね……」

ヴァナルガンドのクロロホルルン放出からサクラを守るため、カーミラの力で石化した所までは記憶に残っている。ダメージもそのままだから全身、特に背中が傷だらけだ。無論、治癒魔法や包帯などで治療した後なので今はもう出血していないが、動いたり触ったりするとそこそこ痛む。

「あのさ、サクラ。流石にもう一日経ったんだから、あれから何があって、どうしてここにいるのか教えてくれないかな?」

「うん……でももう少しだけ待って欲しいの。もう少しだけ……お兄ちゃんを感じていたいの」

「もう少しって、昨日も同じこと言ってたよね? それで朝までしがみついてて、今日学校行って帰ってきたら全部話すって約束したからここで待ってたんだよ? そりゃあ治療のために大人しくする必要はあったから待つ事自体は構わなかったけど、状況を知らないままだと色々もどかしいんだよ……」

「ダメ! だって教えたらお兄ちゃん、LIFEが減ってようがどこにでもすぐ行っちゃうもん……!」

確かに僕のLIFEは少し減ってるけど、そんなに心配になるほどかな? 気のせいかサクラの目が少し据わってるような……?

ピンポ~ン♪

少々困惑していると、インターホンが鳴り、扉を開けて誰かが入ってきた。

「ヤッホー! おっじゃましま~す! ジャンゴさん、おひさ~!」

「あ、レヴィ! 君も元気そうで良かった……って、久しぶり?」

「ジャンゴさんはあれからどれだけ時間が経ったのか知らないんだよね。だから、後でサクラと一緒に教えるよ。元々そうする予定だったし」

「予定だった?」

「うん、サクラから報告を受けた時、こっちで偶然ジャンゴさんへのお客様を見つけてたから、今説明しても二度手間になると思って」

「僕に客?」

「そうだよ~見たら絶対驚くよ~? さ、入って来て~!」

そう言ってレヴィが部屋に招き入れたのは、ふわりとした藍色のエプロンドレスに綺麗なウェーブのかかった茶髪の少女。

「やっと……やっと会えました、ジャンゴさま!」

「え……うぇえええええええ!? り、リタ!? 何で君が……それよりどうやって次元世界に来たの!?」

「わたしが来た方法については後程ご説明いたします。それよりも……何をしていらっしゃるのですか?」

「何って……」

久しぶりの再会だというのに、なぜか冷ややかな目を向けるリタ。その目線の先には僕……いや、僕の腰に抱き着いてるサクラに向けられていた。

「むぅ~、せっかくの兄妹の団欒だったのにぃ~……」

「兄妹? ジャンゴさま、そちらの方とは一体どういう関係なのですか? 事と次第によっては少しばかり、お話させていただきますが……?」

「待って待って! サクラとはリタが思ってるようなただれた関係じゃないから! こっちに来てから色々あったんだってば!」

「ええ、わかっていますよ。ジャンゴさまが次元世界に来てからも大変な出来事に巻き込まれたこと、お察しします。わたしと同じく、そちらの方がジャンゴさまのおかげで命を救われたであろうことも」

「リタ……」

「ただ……ジャンゴさまに抱き着くのは話が別です! わたしだってしたいのですから、一人だけ抜け駆けしないでください!」

「え、気にしてたのそっち!? ちょっと待って! 今二人がかりで抱き着かれたら痛みがまた……! 痛ァアアアアアアアアアアア!?」

「うんうん、青春だねぇ~」

仲睦まじい(?)僕達の様子を、頷きながらレヴィは微笑んだ。しかしすぐ、これじゃ話が進まないと冷静になったレヴィが痛みで悶える僕からサクラとリタをえっちらおっちらと引きはがし、何とか落ち着いて話せそうな空気に整えた。

「はふぅ~。ボクってこうやって場を仕切ったり整えたりするタイプじゃないはずなんだけどなぁ」

「ご、ごめん……助けてもらった僕が言うのはどうかと思うけど、次からは自力で何とかしてみるよ」

「気にしなくていいよ、これぐらい艦長ならへっちゃらさ。それに王様はもっとハイレベルな場所でやってるんだもの、簡単に音は上げられないよ」

確かにディアーチェは支社長という立場もあり、次元世界におけるアウターヘブン社の顔役として活動している。彼女にしてみれば、こういう知人だけで集まった場を整えることなぞ、何の苦も無くこなすに違いないだろう。

「ご、ごめんなさい、ジャンゴさま。レヴィさまもここまで運んでくれたというのに、またしてもご迷惑をおかけしてしまって……」

「私もごめん。ちょっと自制が効かなくなってた……」

「大丈夫、二人の気持ちは痛いほどわかってるから。痛覚が鋭敏になるほどに……」

「ある意味ダメージ2倍状態って奴かな? 3000倍とかだったらギャグの領域だけど、まぁいいや。やっと落ち着いて話せる空気になった所でそろそろボクからいい? 実は今、はやてん達をFOBに連れてきてるんだ」

「今の世界情勢ではやてちゃん達がフェンサリルにいるってことは……捕虜?」

「サクラ大せ~かい。先日ミッドチルダでイモータルに捕まった後、色々あって次元空間を放浪していた所をボク達が発見、回収したってワケ」

「色々?」

「一部はともかく、詳しい内容はボクの口からは言わないでおく。当事者達にとっては人生賭けるほどに重要な案件だった訳だし、ボクが安易に教えるのもどうかと思うもん。とはいえ、“あの男”が関わってたことには驚いたけど」

「うわ、あのレヴィちゃんが嫌な顔するなんて珍しい。だけど“あの男”というのが私の予想通りなら、そんな顔するのも理解できる……かな?」

レヴィとサクラが言っている相手の正体に、ジャンゴもすぐ思い至った。元最強騎士アルビオン……髑髏事件で戦ったことがあるレヴィからすれば、はやてが彼の剣を受け継いでいたことには複雑な気分を抱いていた。また、はやて達の選択を知った結果、レヴィの中に一つの不安要素が生じた。

アルビオンの目的だった“全てのロストロギアの破壊”。それすらも受け継いでいるとなれば、レヴィ達の仲間である家族であるユーリ……彼女の内にある永遠結晶エグザミアの件で、いつか対立する可能性があったからだ。

「(ま、ボク達と敵対するかどうかは、はやてん達が何を以ってロストロギアと判断するか次第かな。だけどもし敵対するなら、その時はボクも容赦しない。お兄さんに面倒を見てもらってた者同士だろうと関係ない、ボクの大事なものを守るために全員倒してみせる。……な~んて物騒なこと考えちゃってるけど、別にはやてんがどうしようがボク達はとっくに抜け道を見つけちゃってるんだよね~)」

こんな状況すらも想定していたディアーチェの対策を思い出して苦笑するレヴィ。一方、ジャンゴは今も装備しているファイアダイヤモンドに目を向け、2年前共に戦った仲間達の顔を脳裏に思い浮かべた。

「……それで僕が石化していた間、次元世界で何があった? ヴァナルガンドの件も含めてこれからどうすればいいのか、もう方針や目的とかは決まってるの?」

「うん、大体決まってる。それで今の次元世界だけど、かくかくしかじかで……」

「まるまるうまうま」

「え、通じた!?」

「あ~サクラ? 僕はこれ、お約束だと思って返したんだけど、意味は何も通じてないからね?」

「お約束というものをご存知だったんですね、ジャンゴさま……」

リタがツッコんだことで話を区切り、レヴィとサクラは僕とリタに次元世界の状況について説明を始める。石化してから治るまでが2年、オーギュスト連邦、ミッドチルダ封鎖、管理局所属のエナジー使いの全滅、公爵デュマによる本局掌握……大体の基礎情報はこの時全て把握した。また同時に虚数空間でシュテルに助けられ、彼女から聞いた話もサクラから語られたため、僕とリタはこれで情報をサクラとほとんど共有したことになる。

―――“接触者”の正体は教えてくれなかったけど、多分誰も知らないのだろう。

「ははぁ……それはまた、どこから手を付ければ良いのかわからないぐらい大変だ。だけど“天の聖杯”……“接触者”を守り切れば銀河意思の攻撃が止められるって知れたのは大きいかな。僕は特にそう思うよ」

「ジャンゴさまに限らず、世紀末世界の人間にとってみれば悲願も同然ですからね。しかし“接触者”は一体誰なんでしょうか……」

「……お兄ちゃん、“接触者”も確かに重要だけど、ツァラトゥストラやデウスの居場所がわからないと、“接触者”を見つけた所で次の手が打てないよ? それにヴァナルガンドの封印だって、急がないとカーミラさんの精神力が持たないだろうし」

というかジュエルシード事件から2年半経った髑髏事件後に封印が一度解けて、それからまた2年経ってる訳だから、もしカーミラの石化が同じ期間だけ持つと仮定した場合、あと半年以内に解決しなければ今度こそヴァナルガンドは次元世界に出て破壊の限りを尽くすだろう。正直、僕でも焦りを禁じ得ない。

「サクラの言う通り、ボク達エルザは世界中を巡ってそれらの調査をしてきた。一応、場所にいくつか見当はつけてるんだけど、こんな情勢だからなかなか詳しく調査ができなくてね……。ただ、封印の要によさそうなものは見つかったよ」

「本当!?」

「うん、“神剣モナド”っていうロストロギア級の武器だ。詳しい能力はともかく、絶対存在の封印に使うならこれぐらいの代物が必要だろうって具合に話がまとまってる」

「モナド……」

「会社の調査によれば、モナドは複数本あるらしい。それでボク達は2本探してるけど、今はまだ1本しか見つけてないんだよ。しかも未回収」

「未回収なのはともかく、なんで2本なの?」

「サクラ、ファーヴニルのこと忘れちゃった?」

「あ……そっか! 確かにシャロンさんが月詠幻歌を歌ってくれるとは限らないし、彼女を無理やりミッドに縛り付ける訳にもいかないもんね。それじゃあ聞くけど、その発見済みの1本って、どこにあるの?」

「ギンヌンガ・ガプ。この次元世界において、最も危険な土地。自然の力が人類すら寄せ付けないほどに強力で、無数の冒険家が命を落とした未踏査領域。唯一、奥地にたどり着いたマキナが見つけた一振りこそが、その1本だよ」

「マキナちゃんが?」

「彼女の遺した日記から、その所在が判明したんだ。いや~本当に偶然だよ……」

レヴィは語る。2年前の襲撃事件のゴタゴタがある程度片付いた後、髑髏事件に至るまでのマキナの足跡をシャロンに伝えるためにも記録に残そうとした。そのためアギトに日記を読ませてもらい、書いてあった特徴から神剣モナドがギンヌンガ・ガプにあると判明した。

とはいえ、その剣は“命の果実”っていう果物の木を守っていて、マキナはその木から果実だけもらい、強大な力を持つその剣はそのまま置いていった。そして、今まで治療不可能と言われていた病気や怪我、遺伝子の損傷を治す力を持つオメガソルを作り出した。剣の力があれば、薬を作らずとも治せたかもしれないのに、マキナはそうしなかった。人智を超えた万能の力ではなく、培ってきたヒトの力で克服しようとした……マキナにとって必要だったのは、世界を書き換える力じゃない、ただ救いを求める命に希望の光を与える薬だった。

「だからボク達は、あの剣がその地にあることこそが、マキナの意志を守ることでもある。そう思ってたから回収しなかったんだけど……」

「絶対存在を封印するために、その力が必要になってしまった、か……。ごめんね、レヴィ。君達の苦悩、僕もよくわかる。君もマキナの大事な仲間だもの、あの地で生きる命を守ろうとしたマキナの意志を踏みにじるような真似はしたくないよね……」

「うん……だからボク達は一生懸命他のモナドを探したんだけど、ただの1本も見つからないんだ。この次元世界が生き延びるのに必要なのは絶対存在の数から2本、でもギンヌンガ・ガプにある1本は出来れば使いたくない。なのに所在が判明しているモナドはその1本だけ……。世界の存続のためにも、足りない場合は使わざるを得ないとわかってるけど、色々もどかしいよ……」

悔しそうに俯くレヴィだが、ふと何かを思いついたサクラが挙手した。

「あのさ、モナドが絶対存在の封印の要として使えるなら、もしかしてエネルギー源としても使えたりするのかな?」

「え? あ~……多分使えると思う。文献によると、かつて聖王のゆりかごのパーツとしても使われたことがあるらしいし、その側面がある可能性は高いね」

「じゃあさ……ツァラトゥストラか、あるいはデウスの動力源の一部になってるって考えられないかな? ほら、“天の聖杯”の力だけが動力源だと、もしそれが尽きた時に何も出来なくなるし、予備電源かバッテリーみたいな感じで備え付けられてるかもしれない。見つからないのは既に使われてるせいって可能性も十分あると思えるけど……?」

「あ……確かにあり得る。むしろそうなってる可能性の方が高い。なんで今まで思いつかなかったんだろう……」

「天の聖杯や魔力の関係で、エネルギーの心配が無いって先入観があったからじゃないかな? まぁ私が言いだしておいて何だけど、モナドが本当に使われてるとは限らないし、捜索は継続しておいた方が良いよ」

「だね。でもサクラのおかげで今の所、モナドに関しては意識を少し傾けておく程度で十分ってわかったよ」

神剣モナドに関して謎は多いが、普通に探すだけじゃ見つからないことを考慮すると、サクラの言っていることはこの場にいる全員が道理だと考えた。

「という訳で話にも出てちょうどいいし、そろそろツァラトゥストラとデウスの居場所について話をしたいんだけど……」

「いくつか見当はついてるって言ってたよね。どこなの?」

「あくまで候補地だということで聞いてね。まず一つがミッドチルダの月の片方、ブルームーン。管理局製SOPサーバーがある場所なんだけど、そのサーバーが怪しい。もしかしたらそれと知らずに管理局が利用していたのかもってね」

「ブルームーン……。イモータルがミッドチルダを封鎖しているのも、ツァラトゥストラかデウスがその世界にあると考えれば、その力を手に入れるためにそれぐらいしててもおかしくないか……」

「あるいは向こうも探してる途中かもよ? “本体”ではなく“鍵”を、だけど」

「鍵?」

「ツァラトゥストラは制御装置の機能を持ってる鍵を失っていて、まともにコントロールできない状態なんだ。過去にツァラトゥストラの所までたどり着いた周回世界はいくつかあったんだけど、何らかの理由で破壊できず、せめて永劫回帰だけでも止めようと思っても、その“鍵”が無いからプログラムを変えられなくて、結局為すすべなく分解されちゃったみたい」

「えっと……魔力で無限に再生できるデウスを破壊するには、先に魔力の生成元でもあるツァラトゥストラを破壊しなくちゃいけない。でもツァラトゥストラもそう簡単には破壊できないし、停止させようにも“鍵”がなくちゃどうしようもないってことかな?」

「正解、サクラは話をするのが上手いね~」

「えっへん!」

「という訳だから、万が一破壊できなかった時に備えて、ツァラトゥストラの所へたどり着くまでに“鍵”も見つけておきたいんだけど……実はこの“鍵”には一筋縄ではいかない性質があるんだ」

「一筋縄ではいかない性質?」

「どうも“鍵”ってのは“接触者”と相反する性質があって、似て非なる能力を持って生まれるらしい。磁石のN極とS極みたいな感じ。だから“接触者”と“鍵”を見分ける判断がつきにくいんだって」

ん? 似て非なる能力を持って、というのも気になるが、それより“生まれる”と表現したことに、僕やリタ、サクラも疑問に思い……気づいた。

「もしや……“鍵”には生命がある?」

「その通りだよ、ジャンゴさん。“鍵”は人間だ。次元世界全人類のたった一人だけが、“鍵”を持って誕生する。そして何よりこれが一番面倒な性質なんだけど……“鍵”の機能を発揮するには人間としての生命を終わらせなくちゃいけないんだ……」

『ッ!?』

レヴィの言ったその真実が意味することは一つ……『ツァラトゥストラを止めたくば、“鍵”の人間は死ななくてはならない』ということである。

「なんですか、それ……。酷すぎます、そんなの生贄じゃないですか……!」

「わかってるよ、リタっち。ボクだって世界のためだろうと、無実の人を手に掛けるような真似はやりたくないもん。だから“鍵”を死なせなくてもツァラトゥストラを破壊できるように、こっちも色々手を尽くしてるんだよ。そもそも偽情報によるブービートラップの可能性だってあるし、迂闊な真似はしちゃいけない。だからシュテルんは虚数空間でもっと情報を集めて、王様はオーギュスト連邦や色んな世界の人達と協力関係を結んで、ユーリは強力な新兵器や新装備の開発を進めて……そうやって皆で何とかしようと頑張ってるんだよ」

実際、レヴィ達マテリアルズはアウターヘブン社を発展させつつ、根性論などでは解決できない問題を解決に導こうと常日頃から努力している。誰かを犠牲にして生き延びるのは、もうまっぴらごめんだと全員が思っているから。

しかし……レヴィ達のそれは、常人の努力を明らかに逸している。まるで身内が死刑宣言を受けて、それを覆すべくありとあらゆる手段を使おうとしている。そんなイメージを彷彿とさせるほどだ。

「“接触者”もだけど“鍵”も保護する方針で行くのは僕も同意する。だけどそれは僕達とアウターヘブン社が決めた話であって、他はそうじゃない。下手にこの情報が知られれば。管理世界の人間は世界存続のためだと周りに言い聞かせ、血眼になってでも“鍵”の命を奪おうとするのは想像に難くない。だから一刻も早く見つけて匿わないといけないね」

「それもそうですが、ジャンゴさま。“接触者”と“鍵”の区別がつきにくいというのも問題ですよ。もし間違って“接触者”が命を落としてしまったら、銀河意思ダークの攻撃か永劫回帰によって次元世界がまた滅んでしまいます。そうなったら全てが水の泡になってしまいます」

「でも逆に考えれば、候補を絞りやすいってことだよ。さっき言った性質から即ち、対立関係になっている人達がその候補となる訳だもの」

「対立関係ねぇ……今なら管理世界とオーギュスト連邦、人類種とイモータルとかが思いつくけど、ボク達からすれば例の二人がどうしても思い浮かぶよね」

レヴィの言う二人に、この場にいる全員が同意した。特にサクラは深く頷いていた。

シャロンと高町なのは。マキナの件もあるが、ミッドでの襲撃をきっかけに彼女達は対立関係に陥った。しかも高町なのははリトルクイーンとして再び覚醒し、イモータル側になったと聞いた。これはシャロンでなくとも、マキナの事を知っていれば相当腹の立つ出来事だろう。

なにせ決死の覚悟で助けてくれたというのに、その恩を忘れて敵に回ったのだから、僕達にとってみればマキナの善意を踏みにじられた気分だ。まあ、覚醒したのが高町なのは本人の意思じゃなくてリトルクイーンの意思だから仕方ないのかもしれないけど……だからこそ、僕も思う所がある。

「にしても、シャロンを次元世界に連れてくるなんて……ずいぶん思い切ったことをしたよね、リタ」

「ごめんなさい、ジャンゴさま。まさかシャロンがここまで辛く複雑な事情をお持ちだったなんて……迂闊でした」

「まあ、髑髏事件の詳細を知らなかった以上、マキナが巻き込まれずに生きていると思って連れてきちゃったのも仕方ないよ。だけどシャロンと一緒に暮らしてたからこそ、僕はこの言葉が言える。シャロンを次元世界に連れてくるべきではなかった、って」

「それは……マキナさまが亡くなったからですか?」

「それもだけど、それ以上の理由がある」

世紀末世界にシャロンがやってきてから共に暮らしている間、僕はサン・ミゲルの誰よりもシャロンの様子を見る機会が多かった。シャロンはいつも苦しんでいた、次元世界で味わった辛い記憶に。酷い時は発作で呼吸困難に陥ることもあるほど、その傷は深かった。もはや彼女にとって、次元世界は憎悪の象徴だった。

そして髑髏事件でスカルフェイス達との戦いを通じ、僕は報復心というものを理解した。だからこそ言える、心の限界を超えればシャロンは……悪に堕ちる。復讐のために。もしくは報復心に囚われて誰かを傷つける前に……自害するかもしれない。今度は本気で。

今まではサン・ミゲルの皆の支えや月下美人の精神鎮静化、そしてサバタの言葉という支えがあったから、瀬戸際で抑えられていた。だが、彼女の内にある報復心はもはや彼女の自制だけでは抑えられないほどに強大なのだ。銀河意思を天然の暗黒物質と言い表すなら、彼女の報復心は人造の暗黒物質と言ってもいいぐらいに。

故にもし管理世界の……ミッドチルダの人間がシャロンを無暗に刺激し、その報復心を爆発させてしまったら……どうなるのか僕ですら想像がつかない。だから爆発させないのが一番なのだ。

ただ、シャロンがおてんこさまに対してだけ態度がやたら辛辣だった理由はよくわからない。もしかしたらあれはストレス発散だったのかな? あるいは僕達の知らない所で、彼女の機嫌を損ねるようなことでもしたのかもしれない。ああ見えておてんこさま、女の子の扱い下手らしいし。

「モナドや“鍵”も大事だけど、シャロンの救出も急がないといけないか。ミッドチルダには公爵デュマだけでなく新たにポリドリってイモータルがいるし、太陽の戦士として行かなくてはならない場所ではある」

「そうそう、ちょうど話が戻ってきたから言うけど、ミッドチルダにはもう一つ、デウスとツァラトゥストラの場所の候補があるよ。それはミッドチルダの地下……滅びしベルカの大地」

「ふぇ!? ミッドチルダの地下にベルカってどういう意味なの!? 世界の中に世界があるってこと!?」

「言葉通りの意味だよ、サクラ。ミッドチルダは外郭大地、空中に築かれた都市なんだ。ベルカという大地を踏み台にして生き延びた……殻の寄せ集めだ。故にその大地は偽りのものだから、何らかの力で大地を浮遊させているんだろうけど……それがもしかしたらって話」

「要はニダヴェリールにおけるファーヴニルみたいな状態で眠りについてる可能性ですね。シャロンが知ったら呆れるんじゃないですか?」

リタはシャロンが呆れると言ったが、果たして呆れるだけで済むのだろうか……?

「シャロンを心配する気持ちはボク達だって同じだ。だからアウターヘブン社はフェンサリル政府に、ある作戦の協力を依頼してるんだ」

「作戦?」

「一週間の準備期間の後、ボク達アウターヘブン社は次元断層に覆われた第一管理世界ミッドチルダへの強行突入を開始する。その際、フェンサリルのゴリアテに搭載されていた、ニブルヘイムの次元断層も突破できたゲートキーパーを借りるつもり」

「突入の目的は?」

「管理局がアウターヘブン社との契約を切った以上、社員がミッドに留まる理由は無いからね。物資の輸出入もできなくなった以上、安全が確保されるまではマウクランのマザーベースに戻ってもらうの。後、元の世界に帰りたい管理世界出身者も送り届ける予定」

「う~ん、一見理にかなった作戦だけど、それってミッドチルダ出身の人間は除く……あえてキツイ言い方をするなら見捨てるってこと?」

「あ、誤解を招く言い方だったね。一応、脱出に出身は問わないよ。でもね、脱出させた場合ミッド出身者の居場所が無いんだ。要は難民だもの……」

「アウターヘブン社で保護できないの?」

「残念だけど無理。そもそもボク達はあくまでPMCで、政府や国軍、自衛隊やレスキュー隊ではないから市民を守る義務なんて元から無いんだよ。善意で保護しようにも、お金は無尽蔵にある訳じゃないし、下手すれば会社諸共沈む。ま、うちの社員になって働くんなら話は別だけど」

つまりミッド出身者が脱出後に生活保護されるには、アウターヘブン社の一員になってもらわなくちゃならない、ということか。

「言いたいことがあるのはわかるけど、そうでもしなきゃミッド出身者が今後の次元世界で生きていくことは不可能に近い。なにせ停戦協定の内容が内容だったから、もしそれが次元世界全土に公表され、しかも何かの間違いで管理局がそれを締結したら、ミッド出身者は一瞬で迫害の対象になる。ま、この作戦だって時間制限があるんだし、運べる人数にはどうしても限度があるから、市民全員がいきなりこっちに来るなんてことは無いと思うけどね。結局どれだけ脱出させられるかは、支部とフェンサリルの善意と協力の度合い次第かな」

「ゴリアテぐらい大きくても、運べるのは大きく見積もって5百人……対してミッドの全人口は、襲撃前の記録では5億人を超えてたはず。ほとんどがミッド出身者だとしても、管理世界出身者の数は数万人以上いる。これまでの襲撃で多くの人が犠牲になったことを加味しても、一回の突入で全員を運ぶのは到底無理だって私でもわかるよ」

「うん。だから着陸させた次元航行艦には乗せるんじゃなくて、転移魔法で脱出の中継を担わせるつもり。ミッドに着陸させた補給艦からゲートキーパー搭載艦、そこから次元空間に待機させた別の艦って感じに転移を繰り返すの。こうすれば転移魔法を維持している時間だけ脱出させられるし、ゲートキーパーも少数で済み、撤退時は艦に直接乗せてそのまま逃げればいい」

「要するにラインを作って運搬させる感じでしょうか。それでこのラインはゲートキーパーの数と同じだから、効率とそのまま直結していることになるんですね」

「だからせめて持ちこたえられる時間を長くできるように、補給物資も運ぶ。その間に脱出させる手筈なんだけど……やっぱり人選が必要だし、選ばれなかった、間に合わなかった人達のパニックや暴動が起こることも考慮しておかないといけない。一応多く見積もって、ギリギリ管理世界出身者全員は脱出できる計算ではあるけど、これは邪魔が入らない場合だから希望的観測なんだよね。そもそもフェンサリルにとってミッドチルダは敵国。その市民を救出することになる作戦への協力なんて、下手したら連邦への裏切りと受け取られかねない。あ、一応フェンサリルに害が及ばないように手は打ってるよ? でもそれは……ううん、これは今話すことじゃないか。にしても仕方ないとはいえ、選んで生かすなんて嫌な話だよ……」

辛い表情を見せるレヴィだが、彼女のやるせない気持ちは皆が同じだった。一度に全てを救うことはできない。ヒトである以上、それが叶わないことに大きな無力感を抱いているのは僕だってそうだ。だが……、

「根本的な解決を図るとするなら、ギジタイを壊せばミッドチルダを覆う次元断層は消える。なら……!」

「はい、スト~ップ!」

ギジタイへ行こうと宣言しようとした時、かつてマキナが僕を静止させた時のセリフをサクラが口にした。

「あの時のダメージが残ってるんだから、まだダメ。治るまで安静にしてないと、傷が開いちゃうよ。今は無理をしないで、お兄ちゃん」

「う……しかし……!」

「ミッドチルダにいるシャロンさんやフェイトちゃん達皆の命を守りたい気持ちはわかるよ。モナドとかデウスとかギジタイとか色々問題は山積みで、大惨事が起こる前に解決したいのも同感だよ。でもね、それはお兄ちゃんが……ううん、怪我人が無理をしてやることじゃない。治せる時に治しておかないと、その負債はいずれ必ず自分に降りかかってくるんだよ。私のオリジナルのように」

「サクラ……」

「第一、作戦が始まるまでは私達にもどうしようもないよ。例え転移魔法が使えたとしても、ゲートキーパーが無いと次元断層は超えられないんだもん。これからが大変だからこそ、今のうちに休まないと、ね?」

「……それもそうだね、知らずに僕も焦ってたみたいだ」

「あ、ごめん。言い忘れてたけど、ジャンゴさんやサクラがそのまま作戦に参加するのは駄目って、王様が言ってたよ?」

「え、なんで?」

「えっとね、前提として、今の次元世界で公にはジャンゴさんとサクラは行方不明扱いになってる。石化から復活するまで守り切るために、あの襲撃を利用して管理局の目から隠した。だからボク達を除いて、誰もその所在がわからない。ここまではいい?」

右の人差し指を上に向けるレヴィの言葉に頷く。僕達の返答を見て、彼女はそのまま説明を続ける。

「それでジャンゴさんやリタっちは都合がつけば世紀末世界に帰る予定で、サクラは一緒についていくんでしょ。もし君達の所在が判明している状態で、その情報が世間に知られたらどうなると思う?」

「どうって……あぁ、察しちゃったよ……」

「うん。非常に貴重なエナジー使い、しかもイモータルを倒せるぐらい強い人間が2人もいなくなるってことを今の次元世界、特に管理局は絶対受け入れてはくれない。アンデッドに関わる問題が全て片付くまで、何が何でも引き留めようとあらゆる手段を用いてくるよ」

「確かにクロノ君が上層部に入ったと言っても……いや、だからこそなのかな。私やお兄ちゃんがいなくなることで次元世界全土の対アンデッド戦力の低下は免れないし、次のイモータルに備えて経験豊富な人にはいて欲しいと考えるだろうね。真っ当な感性があるからこそ、そうしてくる可能性は高いんだね……」

「だから作戦とかそれ以前に、今後二人は偽名や変装をしてから次元世界に出ること。二人ともフェンサリルやマウクランのマザーベースにいる間は良いけど、それ以外の場所では絶対に正体を隠してね。世紀末世界に帰る時、邪魔が入ったら困るのはそっちなんだから」

「了解したよ」

「ま、堅苦しい話はここで切り上げて、と。せっかくリタっちとも会えたんだし、当分は療養しながら世界の情勢や情報を整理していったらどう?」

「そうですね、正直に申しまして今の説明だけでは、わたしも理解できたとは思えませんので……」

確かに情報量が多すぎたため、リタだけでなく僕も理解が追い付いていない部分がまだある。色々状況がアレだし、いったん時間を置く必要はあるだろう。

「そういえばレヴィちゃん、内緒で頼んでた件はどうなったの?」

「あ~アレだね。足跡を辿った所、連邦に保護されたっぽいけど……どこにいるかはわからないんだ。ごめんね」

「謝らなくていいよ、むしろ生きてるってわかっただけ嬉しいもん」

サクラがレヴィに調べてもらっていた誰かの事だが、僕は事前にサクラから聞いていたので誰なのかはわかる。まずサクラは高町なのはのクローンとして、同時研究を行っていた場所で生を受けた。そこにははやてのクローンもおり、彼女はゴエティアというギア・バーラーの肉体として使われた。だが……聖王教会でマキナが手に入れたクローン研究の情報の中に『クローンからクローンを作ると劣化する』という結論が書かれたものがあったが、それは即ちその結論を証明するための存在……『アリシアではなくフェイトのクローン』がいることを意味している。つまり研究所は、サクラを含めて3人のクローンを作ったのだ。

しかし研究者達にとって必要な成果を得られない以上、フェイトのクローンが処分を受けたのは確実だろうが、死んでいるなら墓を作り、もし生きているなら会ってみたい、というのがサクラの言い分だった。だから連邦に保護された、というのは吉報ではあるのだが……僕は不安に思っていた。魔導師を嫌う連邦が魔導師の素質を持つ娘を保護したのは、果たして善意の行動なのか……?

「じゃ、用事も済んだことだし、ボクは仕事に戻るね。というのも、はやてんの事情聴取の情報整理で空いた時間を使ってリタっちを連れてきたから、そろそろ戻らないといけないんだ。一応、地球の連邦加入による居住の選択も訊かないといけないし。ま~ジャンゴさん達はこのままゆっくりしていけばいいよ。あと突入作戦に参加するなら、決行予定の一週間後までに怪我が治っていて、なおかつ変装の準備がちゃんと整っていればオーケーを出してあげるから」

「そこまで言われちゃ仕方ないね。わかった、素直に大人しくするよ」

「あ、そうそう。アギトは今ツインバタフライにいるから、暇があればノアトゥンまで会いに行ってあげなよ。きっと喜ぶよ~」

そう言ってニコリと笑みを浮かべながら、レヴィは帰っていった。休憩時間の合間をぬって来てくれたというのに、全然休憩にならなかった点を考えると、彼女には苦労をかけてしまったなぁ……。

ただ、彼女の去り際に一つ、気になる言葉があった。

「サクラ、地球の連邦加入による居住の選択ってどういう意味なの?」

「簡単に言うと、オーギュスト連邦に地球も加盟するけど、そうなったら管理世界にいる地球出身者は地球に帰ることが許されなくなるから、今の猶予期間の内に地球に戻るか、管理世界に居続けるか選ばなくちゃいけないって話だよ」

「ずいぶん厳しいね、なんでそんなことになってるの?」

「それはね、管理局が私のオリジナルやはやてちゃんといった地球生まれの人を連れて行くのは、地球にとっては誘拐や拉致も同然だから国連や各国政府がすごく怒ってるんだ。それでラジエルが交渉した結果、どっちに帰るのか当人に決める権利を与えたの。ただ、オーギュスト連邦に参加すると決めたのは国連だから、国連に参加していない国やその国出身の人はどうするかなどで会議がまだあるみたいだけど、ひとまず地球出身者は近い内に故郷に帰るか、帰化するかを決めなくちゃいけないの」

「へぇ……」

「一方で他の問題も起きてきているんだ。連邦と条約を結んだのは国連だけど、連邦からの技術提供や貿易などの協力関係はアメリカが主導で結んだから、結果的にその恩恵はアメリカと同盟国が多く受けられる形になった。つまり、アメリカを始めとする資本主義勢力に大きなバックがついたことになるんだ」

「国連があっても地球は一枚岩じゃないからね。となると、主義が違う国家は出遅れる形になる?」

「うん。特に中国やロシアを始めとする共産主義、社会主義勢力は、即座に対応を迫られることになる。そして……連邦と対立関係にある管理局ないし管理世界と手を結ぶと考えられる。今だから言えるけど、管理局の思想は共産主義の極みと言っても過言じゃないし、管理局も孤立しかけている以上、援助を受けられる相手を探して地球の共産主義勢力とくっつくのは、あり得ない話じゃないと思うの」

「ってことは要するに、オーギュスト連邦と管理世界の対立が、地球上で資本主義と共産主義の対立を一気に過激化させるってこと?」

「大量のガスタンクに火種が直結するようなことだし、下手すれば地球を舞台に次元世界を巻き込む第3次世界大戦が起きかねないけど……そこまでの大戦は起きにくいんじゃないかな」

「なんで?」

「第一に、今の管理局と管理世界にそこまでの力は無い。確かに勢力としては大きいけど、資源も資本も自分達の分すら足りてないからね。亡国の没落貴族がバックなのと、大企業の敏腕社長がバックなのとでは意味合いが全然違うでしょ?」

あぁ、その例えはすごく想像しやすいな。

「一応、地球の方にだって抑止要素はあるよ。今国家間戦争を起こせば、その国は世界中で非難される。だから現代で国家が争う場合は、小国で起きてる内戦や地域紛争、対テロ活動や暴動鎮圧などを利用した代理戦争が舞台になるんだ。でも……戦争経済はそういった小さな戦争を経済活動に利用し、社会を築く時代を作っている。だからこの懸念が実現しちゃった場合、ギリギリの緊張状態を維持しながら連邦と管理局も加わった戦争経済に発展させ、石油に代わる超長期的発展軸として利用していくんだと思う……」

「うわぁ……クローンの存在も考えたら、それって永遠に続く代理戦争になるよね。マズいじゃん、それ……」

「クローンだけじゃない、ドローンみたいな無人機が入る余地だって十分ある。地球やオーギュスト連邦は無人兵器に関わる技術が発展してるから、生産費用もそんなにかからない。命令に何の反発もしない兵器にAIや武器が搭載されれば、戦場にヒトであるアドバンテージは無くなる。今はまだヒト同士で戦ってるけど、兵器同士で戦わせれば人的被害なんて出ないのだから、いずれ戦場にヒトがいない戦争が当たり前になるかもしれない。でもね、お兄ちゃん……私達に政治は出来ないよ。色んな意味で私達の存在は、この世界から浮いている。だから戦争経済を築いた存在をどうにかできるのは、それに関わってきた誰かとなる。その誰かがやり遂げない限り、この血塗られた未来は避けられないんだ」

「そして僕達にもやるべきことがある以上、地球の未来はその誰かに託すしかないんだね」

僕は……願う。この世界の地球にも、いくつもの運命、絡まりあった報復心、世界の流れ、自らの宿命、その全てを乗り越えて……倒すべき敵を倒し、過ちの時代を終わらせ、新しい未来を掴み取ってくれる人がいると。

「ふぅ……やっと今の次元世界の状況がつかめてきた。ところでリタ、世紀末世界の方は大丈夫なの?」

「はい。サクラさまの話でアンデッドの数が減少している理由がわかりましたし、近場にいたアンデッドの大半はサン・ミゲルの皆総出で倒しましたので、当分襲われる心配はないでしょう」

「そっか。にしても世紀末世界と次元世界で2年という時間のズレが生じていたのに、僕はちょうどその間石化していて体の変化は無いから、戻った時の違和感は避けられそうだね」

「ですね。ただ、その偶然を幸か不幸か、と考えるのは失礼でしょう。カーミラさまも必死なのですから。ところで思い出したのですが、おてんこさまはいずかにおられるのですか?」

「あ、おてんこさまはお兄ちゃんの石化が解ける一週間前にお兄ちゃんの中から出てきて、色々あって一足先にマウクランのマザーベースに行ってるんだ。太陽の果実のプラントが気になるってことで……」

「プラントとは、面白そうなお話ですね。そういうことでしたらわたし、色々お手伝いできるかもしれません」

「確かにリタがプラントを手伝ってくれたら、太陽の果実もたくさん作れるね。あ、そういえばサクラ、僕が最初に渡した大地の実と太陽の実だけど、ちゃんと栽培できてるの? ほら、髑髏事件じゃその辺りの話が中途半端なままだったし」

「お兄ちゃん、その事なんだけど……実は上手くいってないみたいなんだ。一応、果実は作れてるけど、それは次に植える分しかなくて食べたり他に回す分は作れていない。栄養が足りないのかわからないけど、これじゃ回復道具として使うこともできないから、おてんこさまが様子を見に行ったのはそれが理由なんだ」

「なるほど……ならソル属性かアース属性のレンズ付けた太陽銃で撃ってみる? イストラカンじゃ果実量産のためによくやってたし」

「あの……ジャンゴさま、それでは成長は促進できても根本的な解決はできないと思います。果実マスターの資格を得たわたしから言わせてもらえるなら、やはり太陽樹さまの加護が無いからではないでしょうか?」

果実マスター? そんな資格があったとは初耳だ。世紀末世界に帰ったら僕も手に入れられるか調べてみよう。それはそれとして、話に戻ろう。

「う~ん、確かに考えられるけど、それが理由ならどうやって太陽樹を持ってくればいいのかって話になるよね。次元世界じゃ太陽樹みたいな存在は無いらしいし、やっぱり世紀末世界から持ってくるしか……」

「ジャンゴさま、こちらをご覧ください」

そういってリタが出した植木鉢。そこに植えられていたのは……太陽樹の苗木だった。

「既に持ってきてた!?」

「次元世界に渡る前、ザジさまの生まれ故郷アースガルズで授かりました。この太陽樹さまの苗木をプラントに植えて育てていけば、太陽の果実も順調に育つようになると思います」

「わぁ~! 何だか楽しそう! それじゃ早速レヴィちゃんに頼んでマウクランに連れて行ってもらおうよ!」

「僕もサクラに同感だけど、多分はやて達の疑いが晴れるまではエルザを動かせないんじゃないかな。脱走防止のためとかで」

「あ、そうかも」

「レヴィの言う通り、僕達はゆっくりフェンサリルで休養しながら状況を待つことになるか。まぁ、ミッド突入作戦に行く前にマウクランに寄る必要があるってわかっただけでも僥倖だよ」

とにもかくにも、全ては一週間後……か。シャロン、僕達が行くまでどうか耐えていてくれ……。

「そうですわ、ジャンゴさま。スミスさまからお届け物があります」

「届け物?」

スミスから届け物って何だろう。そう疑問に思う僕に、リタは布にくるんであった剣を渡した。抜いてみるとそれは飾り気無しの重厚なロングソードだが、その刀身は白く輝き、時々七色に光る筋が浮かんだ。この剣は貴重な金属もふんだんに使い、スミスが全身全霊で鍛えた最強の剣なのだろう。

「銘はガラティーンと言います。ジャンゴさまのために特別に作り上げた世紀末世界最高の業物です」

「素晴らしい! ステルス性と攻撃力の見事な融合! 無骨なデザインも良い、完璧な剣とはこれのことだ! ガラティーンか……ありがとう、リタ! これがあれば僕はもう、相手が絶対存在でも二度と後れは取らない!」

「……やっぱりお兄ちゃんも“男の子”なんだなぁ。でもそういう所、可愛い……」

「あの、サクラさま……?」

サクラの妙にうっとりした顔にリタは若干の気まずさを感じたものの、サクラはジャンゴの仲間で義妹なので、何も言わず彼女はそういうヒトなのだと、黙して受け入れることにした。

一方、ジャンゴは新しい剣にわくわくしながらも、一週間後の戦いに向けて今からやるべきことを頭の中で考えていた。だが……どれだけ大事な作戦でも、予定が覆ることはある。

「あ、でも一週間後って……うわぁ、そう来るのぉ~……?」

「ん? サクラ、一週間後に先に予定入ってた?」

「予定っていうか、実は一週間後に学校でテストがあるんだ……。しかも進級かかってる大事な奴」

「いやそれ、学校行ったことが無い僕でもわかるぐらい欠席しちゃダメな奴だよね?」

「でも私も戦いに参加しないと、色んなヒトの命かかってるし……」

フェンサリルで起きた問題に対処するならテストの延期も考慮してくれるだろうが、外の世界での戦いに赴くのは意味が違う。次元世界で起きた出来事はフェンサリルの学校に一切関係無い以上、延期に期待するのは無意味だろう。

いずれ次元世界から去るつもりとはいえ、せっかく通わせてもらってるんだからその善意には応えたい。しかし自分が戦わなければ多くの人が犠牲になる。サクラが悩むのは自分の人生や世話になってる人の善意を置いてまで他人を救うべきなのか、あるいは他人が犠牲になるとわかっていながら自分の人生に注力してていいのか、人間的に優しいが故にその辺りの折り合いがつけられないからだろう。

そしてこの悩みは僕やシャロンにも適用される。僕はゴールが見えたとはいえ、戦いはまだ続くと思っている。だからシャロンと暮らしていた頃、彼女と今後の人生について互いに話し合っていく内に、僕も身を固めるなどのことも含めて色々考えるようになった。

「……」

「ジャンゴさま? わたしの顔に何か?」

「いや……何でもない」

とにかく、だ。僕とシャロンは自分の人生を蔑ろにするつもりは無いって話だ。もちろん他人を助ける努力は惜しまないが、限度は見極めるようになった。要するに……戦いも大事だが、それ以上にプライベートを大事にしよう。そう思うようになったんだ……。

サクラがこの戦いに参加するかどうか、それは彼女の意思次第だ。ただまあ、サクラはもうちょっと自分を優先してもいいと思う。もしかしたら自分の価値を低く見がちなのは、“高町なのは”の血がそうさせるのかもしれない。

「私のオリジナルに限らず、日本人ってそういう優柔不断な所あるんだよね……。物事一つ決めるだけでやたら時間かかる所とか、変わることを許容しない社会構造とか、ガッツリ喧嘩売られてるのに遺憾砲しかしない所とか……」

「もしサクラが喧嘩売られたら次の瞬間、大陸一つ丸ごと消し飛ばす勢いで砲撃するんじゃない?」

「あははは、大陸一つ程度で済めばいいね」

キレたら大陸一つじゃ済まさないのか、この子は。

「冗談だってば。とにかくテストの件は自分で決めたいから、当分は気にしないで」

 
 

 
後書き
はやて:シリアスが終わったのでギャグ要員化。というか捕虜の上、怪我人なのでしばらく動かせません。
サクラ:少し病んだ。学校の友人からは、時折見せる笑顔が怖いとのこと。
ジャンゴ:石化から復活。ただし当分は療養。
リタ:やっと再登場。太陽の果実に関しては彼女の助力が必要不可欠。
接触者:あえてジャンゴには教えていません。
モナド、デウス、ツァラトゥストラ:ゼノシリーズの要素を入れると、設定がとんでもないことになります。頑張って設定凝らないと、ゼノじゃない感がするので……。
鍵:正体はゼノシリーズのあるもの。単語は登場済み。
偽名と変装:後に備えています。
フェイトクローン:アリシアクローンではない彼女が本編に関わるのは、相当先の予定です。
地球の戦争経済:MGS4でスネーク達が目的を果たせなければ、規模が次元世界全土に及びます。彼らの戦いは彼らの想像以上に影響力があるということ。
テスト:サクラの学校で期末テストがあります。ちなみにサクラの成績は並。


マ「こんばんは~、そろそろ話をガッツリ進めて欲しいと思う今日この頃。マッキージムです!」
フ「設定がやたらと複雑じゃし、何度か説明しないと状況がわからなくなるからのう……」
マ「凝り過ぎるというのも良い事じゃない、よくわかるね。とはいえ今回で説明があらかた済んだようだし、物語のスピードも上がるはずだよ」
フ「スピードと言えば疑問なんじゃが、シャロン達の戦闘はどんなイメージで行われとるんか? わかりやすいものがあれば教えて欲しいんじゃが」
マ「じゃあ視覚的にわかりやすくゲームの表現で説明しようか。まず、シャロンが全力で走る時みたいな高速移動はソニックアドベンチャー2。彼女の足の速さはあのハリネズミを参考にしている。対イモータル、アンデッド戦は新・ボクらの太陽。襲撃やモンスター戦も主にこっちが土台。最後に対人、対魔導師戦はMGRを基にしている。Vじゃないのは、素手で戦う人がエピソード3にほとんどいないからだ」
フ「いない? エピソード2だと師匠やビーティーがそれじゃったが、エピソード3でも探せばいくらでもおるじゃろ。スバルさんとか、ギンガさんとか、ジルコーチとか、ミウラさんとか、ハルさんとか」
マ「ほう、つまり弟子フーカはVividキャラを血まみれの戦場に出せと仰るか。流石はVividStrike主人公、余程生き残る自信があるんだね?」
フ「えぇ!?」
マ「だってこの世界、メインになればなるほどパワポケみたいな酷い目に遭うよ。私みたいに」
フ「あ……」
マ「ま、確かに出そうと思えば出せるし、いっそオルフェンズな感じにしてみようか?」
フ「阿頼耶識は勘弁なのじゃ……!?」
マ「でもVividStrikeを泥臭くしたら、別の物語としては面白そうだね。じゃ、今回はここまで!」 
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