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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン16 魂鋼の風雲児

 
前書き
今回から新章です。

前回のあらすじ:若いうちは体の傷はすぐに治るが、心の傷はなかなか治らない。年を取ると心の傷はすぐに治るが、体の傷はなかなか治らないとはよく言ったもので。
……鳥居浄瑠、まだまだ前者。 

 
「はーん、なるほどねえ」

 病室。上体だけ起こしてベッドの上から窺い見る鳥居とその脇にある見舞い客用の椅子で足を組む糸巻が視線を注ぐ中、その視線の中心人物……遊野清明がゆっくりと頷いた。

「デュエリストフェスティバル、かあ」
「頼む。アタシともう1人他所から手伝いに送られてくる奴、まあ誰かは知らんが……ともかく2人だけじゃ、さすがに手が回らんからな」

 デュエリストフェスティバル。それは読んで字のごとく、デュエリストたちの祭典である。少なくとも、名目上だけは。
 かつてこの祭典は、プロデュエリストたちとそのリーグが互いの垣根を越えて手に手を取り、3年に1度行われる大規模なものだった。普段ならば絶対にありえない所属リーグやライバル会社をスポンサーに持つ選手同士が組んでのタッグデュエル、プロ1人に対し抽選で選ばれた観客3人という変則マッチ、新型デュエルディスクの発表会やその試遊……ありとあらゆる方面からデュエリストたちの嗜好を満足させる、明るく楽しい3日間のお楽しみ。開催地は毎回違う国が選出され、各国その趣向を凝らして世界中から集うデュエリストと観客を歓迎したものだ。その経済効果は抜群であり、日本円にして10桁は軽く動いたとも言われている。それだけ、デュエルモンスターズは世界の中心だったのだ。

「いいなぁ。私も、お姉様の晴れ舞台を生で見たかったです」
「ま、それも昔の話さ。今はせいぜい、アタシらデュエルポリスが主催する町内のちっぽけなお祭りがいいとこだな。徹底的に落とされたデュエルモンスターズの評判を少しでも回復させるためとかなんとかで、近くのちびっ子を招待してアタシらのデュエルやソリッドビジョンを体験してもらう。ポジティブキャンペーンってやつさ」

 そう小さく笑う糸巻。だがその笑みは寂しげで、自嘲の色を帯びていた。彼女がいつも昔のことを話すときと同じように……もう2度と手に入らない、望まずして失ったかつてを思い返すように。
 そしてそんな気配を察知し、かすかに清明が顔をしかめる。その表情の変化には2つの意味が込められており、まずひとつが単純に湿っぽい話は彼の好むところではないという意思表示。そしてもうひとつはこの話の流れと場の空気から、一層断りづらくなったことを察知したためである。そしてそんな機敏な感情の変化を読み取った糸巻が、流石にこの程度じゃなあなあで押し切れねえかと内心で毒づく。

「なあ、どうにかならないかね」
「ああいや、僕としても協力したいのはやまやまなんだけどね」

 彼女らには知るよしもないが、元来この遊野清明という男はかなりの祭り好きである。それもかなりの行動派で、常々見るアホウよりも踊るアホウでありたいと大真面目に言い出したりもするタイプである。そんな彼がデュエリストフェスティバルの存在を知ってなお反応が薄いのには、また別の理由があった。

「僕、最近はこの近くのケーキ屋で居候させてもらってるんだけどね?そこの親父さんが、今ちょっとばかしトラブっててね。一宿一飯の恩もあるし、僕が用心棒やってないとまずいのよ」
「トラブル?用心棒?……糸巻さん」
「ああ、わかってる。鳥居、お前はそこで寝とけ。面会は終了だ」

 何かを通じ合うデュエルポリス2人。その視線が交錯し、ややあって糸巻が小さく頷いた。

「まあなんだ、とりあえずその店まで連れてってくれ。用心棒が出張るほどとなると、もしかしたらそれはアタシらの領分かもしれないからな」

 そう言い勢いよく立ち上がると、慌てて空箱を持った八卦も続く。「いや見舞いって言ってくださいよ何やらかしたんすか俺」という小声の抗議は、当然のごとくきっぱりと無視された。





 3人が病院を後にすると、気持ちのいい秋の青空が広がっていた。閉塞的な空間から抜け出たことに気をよくした糸巻が大きく伸びをすると、自然と強調されるふたつの果実へと周囲の視線が一斉に集まる。それ自体はもう慣れたものであり、彼女自身はあまり気にしていない。むしろこれだけ一生懸命見ておいてまだ気づかれていないつもりなのかと、馬鹿馬鹿しさ混じりのおかしみすら感じるほどだ。
 ただそんな彼女でも、一番熱のこもった視線が自分のすぐ隣から注がれていることにはやや閉口した。顔を動かさずにこっそり横目で窺うと、案の定小さく拳を握りガッツポーズをとる少女の姿がその目に映る。

「……八卦ちゃん」
「…………は、はははははい!ななななんでしょうかお姉様!?」
「いや、なんつーか……まあ、いいや」

 あまりにわかりやすくテンパる少女を前にそれ以上追及する気も失せ、代わりにため息をついてシャツの上から羽織っていたジャケットの前を止める。肌色の減少に少女は露骨に残念そうな表情になるが、素早く湿った視線を向けた糸巻と目が合うやすぐに取り繕ったぎこちない笑顔に変わる。

「おーふたーりさーん。置いてくよー?」
「は、はい!ただいま!」

 タイミングよく飛んできた清明の声に渡りに船とばかりに飛びついた少女が、ぱっと駆け出してその場を後にする。今の呼びかけは偶然か、それとも計算づくなのか?考え込む糸巻の目に1瞬、清明の頭上に浮かぶ黒と紫のシャチのような顔が見えた気がした。あれは呆れ顔をしている……そう感じたのは彼女の単なる直感だが、いずれにせよその顔は彼女がはっきりと認識するより先に秋の空へと消えていった。

「……おう、今行くよ」

 あまり考えすぎても仕方がない。そんな時は考えること自体をすっぱり諦め切り替える、彼女が人生で得た経験のひとつだった。先行する2人に気持ち足を速めて追い付き、道中より詳しい話を聞こうと先導する少年の背に声をかける。

「で、だ。とりあえずお前さんの話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
「はいはい。簡単に話すとその店、1か月ぐらい前に若いチンピラが来店してねー。えらいイライラしてたし、何があったかは知らんけど最初っから憂さ晴らしでいちゃもんつけに来たんだろうねきっと。まあとにかく適当にケーキ頼んでお金払って、そこから即クレームよ」
「クレーム?」

 オウム返しする八卦に、大人びた所作で軽く肩をすくめる。しかし糸巻の目は、思い出すだけでよほど腹に据えかねたのか瞬間的に指が白くなるほどに力を込め拳を握りしめていたのを見逃しはしなかった。

「……そ。この店では床にゴキブリ飼ってんのかーってさ。まあ実際、そいつの指さしてた先で黒いのがうぞうぞしてたのよ」
「うぞうぞ……」

 謎擬音につい情景を想像してよほど嫌な気分になったのか、少女の顔がやや引きつる。

「ただ、ねえ。僕もずっと後ろでレジ並んでてなーんかピンと来たから、試しに踏んづけてみたのよ」
「ひっ!?」

 またしても嫌な想像をしたらしく、引きつった表情はそのままに少女の顔が青くなる。

「そしたらそいつ、だいぶ体重乗せたのにぴんぴんしてやんの。ただ面白いものが見えてね、潰れない代わりにその恰好にノイズが走ったのさ」
「「BV」か?」
「今思えばそうなんだろうねえ。黒光りするG、飛翔するG、対峙するG……まあなんだっていいけどさ、ともかくその辺のカードを実体化させたのかね」
「なるほどオーケー分かった、「BV」がらみとあったらそいつは間違いなくアタシらの縄張りだ」
「それもなんだっていいさ。ただ、僕も実家がケーキ屋でね。うちみたいな飲食にその手の悪評はほんとに死活問題で、それがわかってるからどうしても見過ごせなかったのよ。本物がお客さんの見えるところに出たってんならまだしも、それじゃあんまりにも浮かばれないからね。で、後は逆切れされたから軽くデュエルして追い払って、そのままお礼されてなし崩しに3食屋根付き生活をさせてもらうことになったってわけ」
「なんつーか、お前も大変なんだな」

 糸巻は普段の言動からは勘違いされがちだが、あまり他人のプライベートに土足で踏み込むことを良しとはしない。あくまでも相手が心を閉ざす限界を見極めたうえで、決して一線を越えはしない。
 それでも今の会話で流されたいくつかのワードは、彼女の興味を引くには十分なものだった。例えばあの言い方からすると、そのケーキ屋とやらに居候するまでこの男は3食屋根なしの生活を送っていたということになる。彼女が彼に初めてカードショップ「七宝」で出会ったあの日、彼はどこで生計を立てていたのだろう。それに、「BV」はデュエルポリスの管轄であるという国際的な了解も、もっと言えば「BV」に一般人は極力関わらない方がいいという一般常識すらもこの男には欠けている。

「あはは、まーね。わかったらもっと労わってもいいよ」

 そして彼自身も自らに向けられた疑心に気が付きつつも、あえて自分からその過去を語るようなことはしない。自分は異世界からやってきましたなどという話は、あの悪夢の一夜を経てなんとなくうやむやとなった自身への狂人疑惑を蒸し返すだけだと彼のブレインたる精霊、地縛神Chacu(チャク) Challhua(チャルア)との話し合いの末に釘を刺されているからだ。
 そしてなんとはなしに会話が途絶え、微妙な沈黙があたりに漂い始める。最初にその静寂に耐えきれなくなった幼い少女が何でもいいから口火を切ろうとした矢先、清明が目を細めて立ち止まった。

「あ、あのお姉様」
「……ん?待った、なーんか嫌な感じがする」

 じっと前を見つめて耳を澄ますことしばし、今度は急に小走りになる。つられて女性陣も小走りについていくと、やがて何かの建物の前を取り囲む人垣が見え始めた。

「まずいなー。その店ってのがあそこなんだけど、僕が離れたのバレちゃったかな?すみませーん、通ります!」
「アタシらも行くか、八卦ちゃん」
「はい、お姉様!」

 器用に隙間を押し通り、ひょいひょいと最前列に進む清明。それに続いた糸巻と八卦にも、やがて何を見るためにこれだけの人間が集まっているのかが見えてきた。店の前で、2人の男と1人の女が一触即発状態で睨みあっている。
 男の方はまだ若く、どちらもせいぜい20歳程度。女の方はそれよりも一回りは上に見える大人びた雰囲気の理知的な美女だが、今はその端正な顔立ちに不機嫌そうな仏頂面が張り付いている。しかし彼女らの何よりの特徴は、その3人がそれぞれ腕に見覚えのある機械……デュエルディスクを装着していることだろう。このご時世で3人ものデュエリストがこうおおっぴらに出歩いているとあれば、野次馬が集まっても無理はない。もっともこれだけの数の人間が足を止めた理由の半分は、その女に目を惹かれたからというのもあるだろう。顔立ちに見合った長身で足の長いモデル体型に、ゆったりとしたデザインにも関わらずなおその下のメリハリのあるボディラインを主張させる灰色の縦セーターと群青のロングスカート。カメラやマイクといった機材が存在しないことに目をつぶれば、映画か何かの撮影といっても通用するだろう。
 苛立ちを押さえるようにゆる三つ編みの銀髪をかきあげた女が、くいくいと左手の手のひらを上に向けて男を手招きした。

「どちらでも構わないが、早くかかってきたらどうだ?どうしてもと言うのなら、多少のハンデとして2人同時でも構わないが」
「ふ、ふざけやがって……!」

 あからさまな挑発に男の1人がデュエルディスクを起動し、いよいよデュエルが始まるのかと人垣がざわめく。遅れてもう1人の男も動き出そうとした機先を制するように、糸巻の鋭い声が響き渡った。

(つづみ)!何やってんだお前こんなとこで!」
「……糸巻か。久しいな、だが話は後だ。すまないが挨拶と手土産は今準備するからもう少し待ってくれ」
「悪いがそうもいかねえな。この町は一応アタシの縄張りだ」

 ぽきぽきと拳を鳴らしながら前に進み、赤髪と銀髪が横に並び立つ。口の端に煙草を引っかけて火をつけたところで鼓と呼ばれた美女はわずかに口元を綻ばせ、どこかからかうような響きを帯びた声音で聞き返した。

「ご立派な職業意識だな。で、本音は?」
「何面白そうなことやってんだよ、アタシにも暴れさせろ」
「だろうな。仕方ない、そっちの奴は任せた」
「あいよ。じゃあそっちの、アンタがアタシの獲物だ。どうせ期待はしちゃいないが、精々頑張って足掻いてくれよ?」

 そんな互いに気心の知れた仲であることをうかがわせる息の合った会話に、野次馬の1人になっていた少女の胸は大人な女性への憧れで高鳴る。しかし同時にその奥には、どこかチクリとしたものが突き刺さった。少女と知り合って以降、彼女はあんな表情を浮かべたことはない。それは、少女にとって初めて見る……そして鼓と呼ばれた美女にとっては見慣れたものらしい、糸巻の一面だった。

「まあなんとなく察しはつくけど……おばさん、すいません遅れました」
「ああ、清明ちゃん!よかったよ、もうおばさんどうしようかと思って困ってたのよ」

 少女が初めて感じた嫉妬の欠片に自分でも戸惑う、その傍らで。別の方向に目を向けた清明に声を掛けられて振り返ったのは、いかにも町のケーキ屋さんといったイメージそのままの恰幅のいいエプロン姿の中年女性だった。安堵の表情と共に歓迎の意を表現するその女性に駆け寄った清明が、目の前の出来事について問いかける。

「で、おばさん。これ一体、どうなってんです?」
「それがねえ、さっき清明ちゃんが出てってすぐにあっちの子がお客さんで来たんだけど、そこにあの2人も入ってきてね。お店の中で暴れそうだったからおばさん怖かったんだけど、それをあの子が止めてくれて」

 その言葉に、改めて彼は銀髪の女性へと視線を向ける。おそらく年齢は糸巻と同程度かやや下、どう贔屓目に見ても「子」と評するにはいささか無理のある年齢だが、それは固く口を閉ざしておいた。この世界の人間は、「BV」の危険性は身にしみてわかっている。2人がかりでデュエルディスクを見せびらかしているならば、デュエリストでもないこの店の人間に自衛しろとは最初から無理な注文だ。

「あ、清明ちゃん。あの2人、助けてあげなくて……」
「んー、まあ大丈夫でしょう。というかあの2人、かなり手練れっぽいです。下手したら僕より強いですよ、変に手出ししても邪魔になるだけです」

 すっかり観戦気分になって見守る他所では、ちょうど4人のデュエルが始まろうとしていた。どちらに注目しようかと1瞬考えて、銀髪の女性に集中する。言うまでもなくお姉様の即席応援団になって拳を振り上げる隣の少女の存在もあるが、単純に糸巻ならばあの程度の相手にはどうせ勝つだろうと踏んだのだ。ならば、手練れなことはその所作から予想がつくものの実力未知数なもう片方のデュエルが気にかかる。

「「「「デュエル!」」」」

 先攻を取ったのは、チンピラの男。よほどいいカードでも引けたのか下卑た笑みを浮かべつつ、意気揚々とカードを出した。

「メインフェイズ1の開始時に永続魔法、スローライフを発動!このカードは俺のフィールドにモンスターが存在しないときにだけ発動でき、互いのプレイヤーは自分のターンに通常召喚か特殊召喚のどちらか片方しか行えなくなる。俺はこのターン通常召喚を行い、終末の騎士を召喚!このカードは場に出た際、デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送ることができる。俺が選ぶカードはレベル5、異界の棘紫獣だ」

 終末の騎士 攻1400

「おっと、せっかくスローライフを発動したのに除去されたらつまらないからな。このカードも発動するぜ、永続魔法遮攻カーテン!このカードは俺のカード1枚が破壊されるとき、このカードを身代わりに破壊することができる。さあ、これでターンエンドだ」

 あからさまな下準備に費やされたターンを終え、いよいよ鼓へとターンが移る。満を持してカードを引き……わずかな沈黙の後、少し首を傾げた。

「……ふむ、少し面倒だな。仕方ない、このターンは超重武者ソード-999(キューキューキュー)で受けて立つ。そして999は場に出た際、自身の表示形式を変更できる。私はこれでターンエンドだ」

 スローライフによりこのターン選んだのは、鼓もまた通常召喚。重量級の和装らしき意匠の施された赤い人型機械が、その太い両腕を打ち合わせて絶対防御の姿勢をとる。

 超重武者ソード-999 攻1000→守1800

 ……え、それだけ?誰も口に出しはしないが、そんな気配があたりに満ちる。着々と攻め込む準備を進めるチンピラに対し誰がどう見ても防戦一方な1ターン目に、皆が反応に困り何とも言えない微妙な空気に包まれる。まして、そのすぐ隣ではこの通り。

「オラオラオラ、墓地から妖刀-不知火の効果発動!このカードとレベル6の刀神-不知火を除外することでレベル8のアンデット族シンクロモンスターを特殊召喚する、輪廻シンクロ!さらに速攻魔法、逢華妖麗譚-不知火語を発動、手札の馬頭鬼を切ってデッキから逢魔の妖刀-不知火を特殊召喚。逢魔の妖刀をリリースして除外されたカードの中から屍界のバンシーと妖刀-不知火を守備表示で特殊召喚、さらに今捨てた馬頭鬼を墓地から除外して墓地のドーハスーラを……」

 絶好調の糸巻によるアンデットならではの展開力を生かした特大ソリティアが行われているのだ。必然的に対照的なその2つの盤面は比べられ、余計になんともいえない雰囲気が濃厚になる。
 しかし当の本人はそんな気配などまるで気にした様子もなく、いたって冷静に待ち構える。

「ん、どうした?サレンダーでもするつもりか?」
「舐めやがって、後悔しやがれ!俺のターン……守備固めか、ならこのカードだ!お前の超重武者ソード-999をリリースして、ヴォルカニック・クイーンは相手の場に特殊召喚できる!この効果での特殊召喚をするターンは通常召喚ができないが、スローライフの効果でどのみちこのターン俺に通常召喚は不可能だ」

 ヴォルカニック・クイーン 攻2500

「ほう、デメリットの重複か。少しは戦略があるようだな」

 999の姿が溶岩に呑み込まれ、長い体を持つ巨大な炎のドラゴンがその後釜に居座る。その体から垂れる溶岩が鼓のすぐそばの足元に落ちてコンクリートを焼くも、その理知的な美貌はまるで動じた気配すらも見せない。そしてその余裕が、余計に若者の苛立ちを募らせる。

「バトルだ!やれ、終末の騎士!」
「仕方がないな。迎え撃て、ヴォルカニック・クイーン」

 黒衣の剣士が剣を構えて突撃し、溶岩の蛇が火炎弾でそれを迎え撃つ。当然その後に考えられるのは、コンバットトリックによる戦闘破壊とダメージ。しかし、そうはならなかった。その剣は炎の体に触れるよりも先に溶岩へ沈み、ついでその本体も炎に呑み込まれ崩れ落ちる。

 終末の騎士 攻1400(破壊)→ヴォルカニック・クイーン 攻2500
 男 LP4000→2900

「ほう」
「熱いぜ……だがな、俺は正気だぜ。俺のモンスターが戦闘で破壊されたこの瞬間、手札の異界の棘紫竜と墓地の異界の棘紫獣の効果を同時に発動!それぞれ自身を特殊召喚する!」

 そしてフィールドに、紫色の茨が伸びる。それぞれ同じ濃い紫の体色を持つ異形の竜と獣が、終末の騎士の亡骸を媒体としてその身を自らの異界から現世のフィールドへと現れる。

 異界の棘紫竜 攻2200
 異界の棘紫獣 攻1100

「これで、俺のバトルフェイズは終了だ。だがな、ここからが俺の攻撃だ!俺はレベル5の異界の棘紫竜と、異界の棘紫獣でオーバーレイ!2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!」

 2体の茨を持つモンスターが紫の光となり、螺旋を描いて空中で結合し……そして反転してア落下し、足元に開いた空間へと吸い込まれる。無音の爆発が起きたそこで、赤い体を持つ溶岩の恐竜が産声を上げた。

「灼熱のマグマ噴き上がるとき、空は砕かれ大地はひれ伏す!No.(ナンバーズ)61、ヴォルカザウルス!」

 No.61 ヴォルカザウルス 攻2400

「ヴォルカザウルスか。なるほど、強力なカードには違いないな」
「その余裕、こいつの効果で吹き飛ばしてやるよ。ヴォルカザウルスの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使い、相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象に取り破壊。その攻撃力分のダメージを相手に与える、マグマックス!」

 No.61 ヴォルカザウルス(2)→(1)

 赤色の恐竜の周囲を回る光球のうち1つがその体に吸収され、エネルギーを解放したヴォルカザウルスが胸の期間から超高温の火焔を放つ。その温度はいったいどれほどのものなのか、本来炎を操り溶岩の体を持つはずのヴォルカニック・クイーンが焼かれ、限界を迎え、生物とは思えないほどにドロドロに溶けていく。

「くっ……」

 鼓 LP4000→1500

 そしてそのダメージは、当然のごとくデュエルポリスの力で中和しきれなかった分の「BV」によってそのコントローラーであった鼓にも降りかかる。無造作に顔をかばった左手にも火の粉がかかり、セーターにいくつかの焦げ目がついた。
 しかし、逆に言えばそれだけだ。チンピラが下卑た欲望をもって内心で期待していた苦悶の呻きも、火傷の苦痛に歪む表情も、求めた反応は何一つ引き出せていない。そのことに不満を覚えつつも、すぐさま次の動作にかかる。

「ちっ、お高く留まりやがってよ。まあいい、魔法カード、希望の記憶を発動!このカードは俺のフィールドにNo.が存在するとき、その種類の数だけドローできる。ヴォルカザウルスの1枚ドロー……ケッ、やっと引けたのかよ。永続魔法、ギャラクシー・ウェーブを発動!このカードの効果により、これ以降俺がエクシーズ召喚に成功するたびに500のダメージが発生するぜ。俺はヴォルカザウルスのオーバーレイ・ユニット1つをコストに、ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!」

 号令に従い役目を終えたヴォルカザウルスが赤い光球となり、先ほどと同じく舞い上がってから反転し地表の空間に吸い込まれる。そして新たに生まれたのは赤とは真逆の青、そして雪のような純白。

「このカードはランク5モンスターからオーバーレイ・ユニット1つを取り除くことで、その上に重ねてエクシーズ召喚ができる。極寒の吹雪荒ぶるとき、大地は枯れ果て海は凍り付く!エクシーズ召喚、No.21!氷結のレディ・ジャスティス!」

 No.21 氷結のレディ・ジャスティス 攻500→1500

「こいつの攻撃力は、自分のオーバーレイ・ユニット1つにつき1000ポイントアップする……だが、そんなことはどうでもいい。このエクシーズ召喚をトリガーに、ギャラクシー・ウェーブの効果を発動!」

 鼓 LP1500→1000

「まだまだ行くぜ!俺はランク6のレディ・ジャスティスを素材とし、ランクアップ・エクシーズ・チェンジ!疾風の雷光走るとき、海は砕かれ空は引き裂かれる!エクシーズ召喚、迅雷の騎士ガイアドラグーン!」

 3たびモンスターが光球と姿を変え、レディ・ジャスティスがさらに新たな姿へと生まれ変わる。次いで現れた迅雷のモンスターは、緑を基調とした鎧を纏う龍に騎乗し、それと一体化した半機械の騎士。

 迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600

「そして、またギャラクシー・ウェーブの効果が発動するぜ。どうだ?俺の必殺コンボの味は」

 鼓 LP1000→500

 重ね重ね与えられた効果ダメージに、わずか1ターンで鼓のライフは残り500まで削られる。だが、彼女が不利なのはライフだけではない。スローライフは通常召喚か特殊召喚のどちらかを封じ込め、もう1度守備モンスターを立てて凌いだところで貫通能力を持つガイアドラグーンの前には壁にすらならず、仮に攻撃を耐えきっても次にチンピラがエクシーズ召喚を行えばギャラクシー・ウェーブのバーン1回すら耐えきれない。そしてそのどのパーツを破壊しようにも、遮攻カーテンは1度だけそれを防ぐ。
 どれだけ贔屓目に見積もっても、彼女に残された逆転のチャンスは次の1ターンのみ。だがスローライフがあったとはいえ最初のターンをモンスター1体の召喚のみで終えざるを得なかった彼女に、果たしてまともな逆転の手など打つことができるのか。
 それでも不思議と、清明には彼女が敗北するとは思えなかった。なぜ今が初対面な彼女の実力をそこまで信じることができるのか、それは彼自身にもよく分からない。しいて言えば、それが強者を嗅ぎ分けるデュエリストとしての彼の嗅覚なのだろう。

「ターンエンドだな?なら私のターンだ。糸巻、そっちはどうだ?」
「ん?ああ、アタシはもう終わったとこだよ」
「そうか。こちらも今、終わらせる」
「な、なんだと!?」

 デュエルが始まる前と何ら変わりない、強い自信に裏打ちされた冷静沈着な態度。あまりにも現状の盤面にそぐわないその会話の内容に激昂するチンピラだが、その口調は尻すぼみに弱々しくなっていった。鼓が少し黙れと言わんばかりに、ぎろりと冷たい視線を向けたのだ。

「では、ラストターンだ。私はレフト(ペンデュラム)スケールにスケール1のメタルフォーゼ・ゴルドライバーを、ライトP《ペンデュラム》ゾーンにスケール8の超重輝将サン-5をセッティング」
「はあ!?超重武者にメタルフォーゼだあ!?一体、何考えてやがる!?」
「そう喚くな、少し声が大きいぞ。これで私はレベル2から7のモンスターを同時に召喚可能、そして奇遇にも私の手に残る手札4枚のうち3枚は、全てその基準をクリアするモンスターばかりだ。奇跡を起こすエネルギーよ、不動の戦士に大地踏みしめる力を宿せ!ペンデュラム召喚!」

 赤熱の斧を手に貴金属のバイクを乗りこなすライダーと、重金属の鎧に身を包む不動なる機械の将。本来交わるはずもない2つの勢力が、天空に立ち上った2つの光の柱によって結びついた。そして両勢力の戦士たちが、完成した光のアークに導かれ共に戦場へと降り立つ。

 超重武者ダイ-(ハチ) 守1800
 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700
 超重武者カゲボウ-C 守1000

「まず私は、ダイ-8の効果を発動。私の墓地に魔法、罠が存在しないとき、守備表示のこのカードを攻撃表示に変更することでデッキから超重武者装留と名の付くカード1枚をサーチする」

 そして最初に動いたのは、ローラー型の両足を持ち巨大なリアカーをいとも軽々と引く機械の兵士。関節を伸ばしてリアカーに手を入れ、大量に積み込まれた荷物から1対の副腕のような物体を取り出した。

 超重武者ダイ-8 守1800→攻1200

「この効果によって超重武者装留チュウサイをサーチし、そのままダイ-8に対し装備。チュウサイはモンスターカードだが場の超重武者に対し手札から装備カードとして装着することができ、装備状態のときにそのモンスターをリリースすることでデッキから更なる超重武者1体をリクルートすることができる。鐘の音響く大地踏みしめ、百万の敵を迎え撃て!超重武者ビッグベン-K、ここに在り!」

 副腕を装着したダイ-8の姿が光となって消え、遥かに巨大な鋼鉄の鬼神がその場に仁王立ちした。僧衣を模した装甲に身を包み、得物の薙刀を構えるその巨体には目まぐるしく振れるいくつものメーターや断続的に蒸気を吐き出す太いパイプが伸びており、その技術力の高さが垣間見える。

 超重武者ビッグベン-K 守3500

「最後の一押しだ、カゲボウ-Cの効果を発動。このカードをリリースすることで、手札から別の超重武者1体を特殊召喚することができる。私が呼び出すのはレベル1、超重武者ツヅ-()

 超重武者ツヅ-3 守300

「さて、これで最後だ。先ほど、メタルフォーゼの採用に随分と驚いていたようだが……無論、私とて理由もなくこのテーマを採用したわけではない。メタルフォーゼ・ゴルドライバーのペンデュラム効果を発動、私のフィールドから表側表示のカード1枚を破壊することによりデッキよりメタルフォーゼの名を持つ魔法、または罠1枚をセットすることができる。今特殊召喚されたツヅ-3を破壊することで……ここまで来たら何でもいいが、とりあえずメタルフォーゼ・カウンターでも伏せておこう」

 呼び出されて即座に、その名が示す通り巨大な鼓の形をしたモンスターが爆散する。しかし、その犠牲は決して無駄ではない。すべての動きは、彼女の手の中にある。

「この瞬間、ツヅ-3の効果を発動。このカードがフィールドから戦闘またはカード効果により破壊され墓地に送られた場合、墓地に存在する超重武者1体を蘇生することが可能となる。ソード―999を守備表示で蘇生」

 超重武者ソード-999 守1800

「知ってるぜ、超重武者……確か守備表示で守備力を使っての攻撃ができるんだよな?だが、いくらモンスターを並べたところでガイアドラグーンの攻撃力を越えられるのはビッグベン-Kだけ、そして戦闘破壊は遮攻カーテンで防げる!」

 1ターン目とはまるで違う、別人のような動きに冷や汗を流しながらも言い放つ。だがそんな空元気を、冷笑ひとつと共に彼女は鼻で笑った。

「30点だな。超重武者の特性について知識があったことは素直に褒めておきたいが、いかんせんその知識が浅すぎる。痛い目にあって学ぶといい、バトルだ。私はビッグベン-Kで、迅雷の騎士ガイアドラグーンに攻撃する」

 腰のメーターが一斉に振り切れ、超重量の巨体が動き出す。大量の蒸気を吐き出しながらその中心で目に光を宿す機械の僧兵が小手に包まれた左腕を全力で地面に叩きつけると、大地が砕けるとともに衝撃波がガイアドラグーンへとまっすぐに走る。

「ひっ……しゃ、遮攻カーテンだ!」

 超重武者ビッグベン-K 守3500→迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600
 男 LP2900→2000

 遮攻カーテンが身代わりとなったことで、どうにか破壊の一撃から踏みとどまるガイアドラグーン。だがほっと息をつくチンピラの目の前でその槍に、鎧に、みるみるうちにひびが入っていく。

「な、なに!?」
「だから勉強不足だといったんだ。ソード-999が場に存在する限り、超重武者との戦闘で破壊されなかったモンスターは全てダメージ計算後にその攻守が0となる」
「馬鹿な、それじゃ俺は、最初っからもう……」
「その様子だと、手札誘発も握っていないようだな。ならばこの盤面を許した時点で詰み、だな」

 無慈悲な宣告と共に、ついに竜騎士の装備に限界が訪れた。示し合わせたかのようにすべてが粉々に砕け散り、もはやなんの意味も持たぬガラクタが残るのみ。

 迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻2600→0 守2100→0

「続けよう。メタルフォーゼ・シルバードでガイアドラグーンにもう1度攻撃」

 女ライダーが流線型のバイクを走らせ、駆け抜けざまに手にした錬金銃を乱射する。無数の光弾に撃ち抜かれ、竜騎士は静かに力尽き地面に沈んだ。

 メタルフォーゼ・シルバード 攻1700→迅雷の騎士ガイアドラグーン 攻0(破壊)
 男 LP2000→300

「最後だな、超重武者ソード-999で攻撃。そうそう、言い忘れたが本来、999に守備表示のまま攻撃できる効果はない。しかしビックベン-Kが存在する限り、私の超重武者は全て守備表示での攻撃が可能となる」
「なんなんだよ……お、お前ぇ!一体、なんなんだよおぉ!?」

 ズシンズシンと1歩1歩を踏みしめて近づく確実な敗北の足音に、腰を抜かしたらしくその場にへたり込んだチンピラが錯乱気味に喚く。その言葉にわずかに眉をひそめた彼女が、ああ、と銀髪を揺らして小さく頷いた。

「すまないな、私としたことが自己紹介を忘れていた。元プロデュエリストにして現デュエルポリスフランス支部代表、鼓千輪(せんりん)……『錬金武者』の鼓だ」

 その名乗りを聞き、あっと八卦が声を上げる。しばらく前に見たある記憶、テレビのニュース映像が蘇ったのだ。

「お、思い出した……あの人!」
「んー?どったの八卦ちゃん」
「あの鼓って人、前にテレビで有名になった人です!ほら、フランスでフルール・ド・ラバンク社が摘発された時の!」

 そして名乗りを終えるとともに、ちょうどチンピラの眼前へとたどり着いたソード-999が背負った大量の刀を振りかぶった。1瞬の溜めの後、それらを一斉に叩きつける。

 超重武者ソード-999 守1800→男(直接攻撃)
 男 LP300→0 
 

 
後書き
Q:鼓さん口調変わってない?(比較対象:裏デュエルコロシアム編エピローグ)
A:赤髪のアラサーと違って公私は分ける人なのです(建前)
  見た目はむっちゃ理知的だけど言葉遣いはぶっきらぼうでスタイル抜群のお姉さんっていいよね……いざデレた時の破壊力凄そう(本音)

つまり我慢できなくて性癖に負けた結果です、はい。まあ前もどこかで書いたような覚えがありますが、創作なんてみんな大なり小なり作者の性癖暴露大会みたいなとこありますし。
逆に言うと性癖に何一つ響かないキャラは極めてキャラ付けが雑になるわけで、だから種別:チンピラのキャラパターンが1種類しか書けないんだろうなあ。 
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