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鋼殻のレギオス 勝手に24巻 +α

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第六話 INグレンダン(その4)

 
前書き
久しぶりすぎる更新と内容の薄い戦闘、申し訳ない。 

 
 汚染獣の襲来を告げる音が鳴り響き一気に都市全体がざわめきだす。武芸者は迎撃の準備、一般人はシェルターへの避難とそれぞれに動き出す。
 だがここはグレンダン、汚染獣の襲来が頻繁にあるこの都市で慌てて行動する者は殆ど居らず淡々と自らの役目に沿って行動を開始する。
「アンリ、トビー、みんなを並ばせて」
「みんな、全員いるよね。持ち出し袋は持った? リーリン姉さん、先に行きます」
 孤児院の庭に集まった子供たちを引率するが、引率する方もされる方も慌てる様子はない。むしろ遠足か何かにでも行くようにきちんと整列して整然と動いていく。年長の子供を先頭に、最後尾からリーリンが全体の監督をするようにして行進してシェルターへ向かう。
『クラリーベル様、ハイア、予定通りです』
 その場に残ったニーナやクララに寄って来た蝶型の念威端子から敵の情報が伝えられる。グレンダンの目と耳を司る念威繰者エルスマウからの通信だ。
『そうね、だからいつものアレいくわよ。準備して』
 続いて聞こえてきたアルシェイラの声に応じて念威端子が映像を映し出す。何本かの縦線とその縦線を結ぶ横線が引かれている。
「あエルスマウさん、せっかくなんでニーナも参加にしましょうよ」
『いいわね、それ』
 横から入って来たアルシェイラの声と同時に縦線が一本追加される。
「ほらニーナ、一番で良いですからどれがいいです?」
 何のことかわからないながらも適当に選ぶニーナ。そのあと順々にマークがつき五本がすべて埋まる。
「それでクララ、これはいったい何なんだ。早く備えなくていいのか?」
「これはですね……汚染獣戦出撃を決める天剣アミダ大会です!」
「はっ?!」
 思わずニーナの声が裏返ってしまった。だがそれに構わずクララは説明を続ける。
「あれから老性体があまり出なくなってしまいまして、天剣も人数が少ないので私とリンテンス様、先生、バーメリン様とが抽選で誰が出るか決めているんです」
 汚染獣とくれば総力を挙げて対処する他の都市では考えられないことだがこれがグレンダンの普通である。そう自分を納得させたニーナだがまだ疑問に思うところはあった。
「ならなぜ私もはいっている? それにハイアはなぜくじに参加していないんだ?」
「それは簡単な理由です。ニーナに天剣クラスの力があることはわかっていますし、どのくらいか知りたがっている人が多いってことです、たとえば私とか。ハイアについて、ですがハイアは天剣としては異色扱いなので」
「俺っちは老性体戦には出ないさ」
 老性体と戦うのが天剣授受者の役割だと聞いていたニーナはどういう事なのか戸惑う。
「俺っちは老性体とタイマン張るには力不足さ。悔しいけど剄の量がとてもじゃないが足りないのさ」
「レヴァンティンとの戦いの前に十二人揃えといた方がいいかな、と思った陛下が『ハイアを天剣に』みたいな空気があったので任命したらしいです。あの時の戦いの様に大量の汚染獣が現れた時に武芸者を指揮する役割を受け持つ天剣としての地位を確立したグレンダン史上初の天剣です。もちろん天剣でない他の武芸者に負けるような強さではありませんが」
「ま、そういう訳さ。天剣の連中は老性体が来たくらいじゃ俺っちの言うことは聞かないからこんな時に俺っちの仕事はないのさ」
『それでは今回の出撃を発表します』
 そんな中傍らの念威端子からの声が届く。三対の視線が集中する中、告げられた名前は、
『出撃はニーナさん。後詰はトロイアット様に決定しました』
 まさかのニーナ当選に一同驚く。当たったらいいな、位に考えていたクララもだが一番驚いているのは他でもないニーナだ。
「私はこれまで老性体と戦ったことはないが大丈夫なのか?」
「ニーナの実力なら問題ないですよ。それにそこいらの老性体よりも強いのと戦ってきたくせになに言ってるんですか」
 確かに『本当の』老性体との戦いの経験はニーナには無い。だがドゥリンダナやレヴァンティンの送り込んだ刺客、更にはヴェルゼンハイムといったモノ達と戦ってきたニーナの不安などクララにとっては案ずるのも馬鹿馬鹿しいといったモノだ。
「それでしたら私も出撃()ますから。私も何度か老性体との戦いは経験してますし、私とのコンビなら安心でしょう」
 ニーナを安心させるような言葉だが、その端々から高揚感が透けて見える。
『ちょっとクララ、あんたこれを期待してその子をぶっこんできたのね。そういうのはよくないわよ』
 念威端子からアルシェイラの非難が聞こえてくるがクララはどこ吹く風だ。
「いいんですよ、だって私がイカサマしてニーナを当選させたんじゃないですから。私の運が強かったってことですよ」
 鼻高々と嘯くクララに流石のアルシェイラも反論を封じられる。最初の思惑はともかく選考の過程に不正は無い。
「そんなわけで行きますよニーナ、……そういえば都市外戦装備っていります?」
「是非とも欲しい。私が持ってきた物はもう限界に近い。そろそろ新しいものを買おうと思っていたところだ」
「でもニーナって無しでも平気なんじゃないんですか?」
 汚染物質の濃度が下がってきたとはいえ、まだまだ必要にもかかわらずわざわざ聞いたのはこれが理由だ。ヴェルゼンハイムとの戦いの前に着ていなかった為クララに真剣に不思議な顔をされる。
「あれは電子精霊の力を全開にしたからこそできたわけで、皆への負担が大きすぎる」
 決戦だからこそできた無理を普段から強いるつもりはニーナにはない。無論そうすると決めればメルニスクらに異論はないだろうが。
「わかりました、とりあえず私の予備を貸します。でもそれなら先に言ってくれればさっさとオーダーしたのに」
「いや、普通に売っているものを買おうと思っていたからだ」
「何言ってるんです、自分に合ったものを着ないと愉しめないじゃないですか。動きを制限されるなんてやってられませんよ」
 自分の体に合ったものでなければ余計な抵抗を受けて思考にノイズが走ってしまう。普通の武芸者であれば気にならないことでも天剣授受者ともなればそういった不純物に対する忌避感は強い。自らの力を磨き上げることを目的とする者にとって、戦闘の集中を阻害するものは少ないほうがいいのだ。
「まあいいです、とりあえず出る準備をしましょう」



 グレンダンの他都市よりも広い外縁部、そこに二人は立っていた。
 すでに都市外戦装備に身を固めいつでも外へ踏み出せる態勢だ。だが二人が出ない理由は簡単、まだ汚染獣が戦闘エリア内まで近づいていないからだ。だからこそゆっくりと話をする時間もある。
「いや、それにしても大きいですね。流石は『名付き』といったところでしょうか」
「私も老性一期は見たことがあるがそれより遥かに大きいな。それより汚染獣についての情報はないのか」
 汚染獣戦を前にして緊張の欠片もないクララ、それに対してヴェルゼンハイムやドゥリンダナといった強敵との戦闘はあれど普通の老性体との戦闘経験はないニーナ。もっともクララに言わせれば『それ以上の強敵や老性体を屠る天剣授受者と戦った人間が何を心配するのか』ということになる。
「汚染獣の変化は千差万別ですからね。見た目以外には実際に戦ってみるしかないですよ。まあ、以前は見た目通りのパワーファイターだったそうですけど」
「ちょっと待てクララ、以前とは何だ以前とは」
「あれ言いませんでした『名付き』だって?」
 ニーナとの認識の差異に首をかしげるクララ。そこへ銀の蝶からフォローが入る。
『クラリーベル様、『名付き』という言葉はグレンダン以外ではありません。老性体と出会うことはまずありませんし、遭遇した場合滅ぼすか滅ぼされるかの二択しかありません。『名付き』とはかつて天剣と戦い生き残った老性体に与えられた個体名を持つ汚染獣のことです。今回の『ギガント』の場合カウンティア様とリヴァース様が戦われました』
「つまりグレンダンにケンカを売りながら天剣に倒されずに逃げ帰れたっていうものすごいレアモノなんですよ、楽しそうでしょう」
 楽しげに言うクララだがそれを聞くニーナはといえば思いっきり引いている。
「お前もよくそんなのといきなり戦わせようとするな。遠慮とかそういったものはないのか」
 とはいえクララの性格を熟知しているためほとんどを呆れの成分が占めている。
「それで老性体の何期ぐらいなんだ。それと前回はどんな戦いで何故逃がしてしまったんだ?」
 実りが少ないだろう追及は形だけにして敵となる汚染獣の情報を求める。
「老性体の四期か五期といったところでしょうか、『名付き』としては若いくらいですがこれには理由があります」
 かつて老性一期と相対したとき、その暴虐に何かできるとは全く思えなかった。それよりもさらに進化した汚染獣を相手に「若い」と呼べるのが信じられなかった。
「汚染獣の行動としては特に奇妙な方向に走ってはなく、巨体からの直接攻撃と頑強な肉体による防御、という単純なものだったそうです。殺せなかった理由はカウンティア様とリヴァース様のコンビだったからでしょう」
 その名前にはニーナも覚えがある。レイフォンに教えてもらい自身も使用する『金剛剄』、それのみで天剣授受者になった最強の盾、そしてすべてを切り裂くという最強の矛。このコンビだったから倒せなかったという矛盾のような話に首を傾げる。
「カウンティア様は自身の攻撃に遮断スーツが耐えられないため十回しか攻撃してはいけないと決められていました。十回で倒しきれなかった為逃げ出したのに止めを刺せなかったそうです。だからその硬さは面倒かもしれないですね」
『とはいえ決して油断しないようにしてください。汚染獣の変化は予想もつかない場合が多いです。前回から特異な能力を身に付けていたとしても不思議ではありません』
 クララに続きエルスマウから補足と行われる。汚染獣戦はともかく『本物の』老性体戦の経験が全くないニーナにとって、クララにとっては常識であっても知らないことばかりである。
「まあとにかく当たってみるしかないですよ。そのあとは流れで合わせていく、今はそれ以上決めたところで意味無いですから」
「そう…だな、お前と組むのは随分と久しぶりだが頼むぞ」
「任せてください、ニーナがミスらなければ問題ありませんよ」
 二人で不敵な笑みを交わし都市外へ飛び出していく。



 戦いは一種の膠着状態に陥っていた。ニーナの二本の鉄鞭から繰り出される打撃は確実に汚染獣を穿ち、クララの化錬剄もまた汚染獣を焼き、裂き、貫いていた。
だが汚染獣はその巨体と老性体の名に相応しい回復の速さで、傷を負う端から回復していった。またその体躯を生かした攻撃は直接当たれば勿論のこと、避けたとしてもその圧は並でなく思うままに仕掛けられないでいた。
「全く硬くってしょうがないですね、これじゃあ時間ばかりかかるだけで今一面白くないです」
 事実周囲の光景は戦闘が始まる前から一変していた。ニーナとクララの剄技の痕、汚染獣の攻撃を避けた際にできる破壊痕が一帯に広がっていた。
 だがそれだけの攻撃が飛び交って尚戦局はどちらにも傾いておらず、結果が出るにはまだ時間がかかりそうだった。
 もっともそれはニーナ達が勝利するには、であり汚染獣の攻撃を避けるしかないクララは勿論、金剛剄で防御できるニーナもタイミングと強度がずれれば一瞬で終わる事は疑いようがない。
 とはいえクララが愚痴るのにも一応の理由はある。戦闘が始まって以来汚染獣は四肢を使った攻撃に終始しておりそれを避けながら攻撃するのだが、天剣基準で言えば目を瞑ってでもかわせる程度のものでしかなかった為単調な作業を強いられている気分になっていた。
「我慢しろクララ、というか私より経験豊富なんだからこうなる予想もあったんじゃないのか」
「それはそうですけど。大体ニーナもなんで廃貴族の力を使わないんですか? それに他の剄技だってあるでしょうに雷迅ばかり使ってるじゃないですか」
 クララは手を変え品を変え色々な剄技を使用しているがニーナは攻撃のための剄技としては雷迅しか使用していないしメルニスクの力で底上げもしていない。
「メルニスクの力を使っていないのは頼りきりにはなりたくないからだ。今更彼らの力を使うのは私の力では無いなどというつもりはないが、依存しすぎるのはよくないと思うからな」
 かつてのように遠慮しているのではなく、かといって廃貴族に頼りきりでは自身の武芸者としての成長はないと考えてのことだ。
「大体クララだって楽しみたいからメルニスクの力で全力を出すのはやめてほしいと言っていたじゃないか」
 メルニスクだけでなく他の電子精霊の力も前回にすればその剄力は天剣を遥かに凌駕する。せっかくの戦いだというのにそれをされては楽しめない、ということで開戦前にクララが頼んだことだった。
「あー、そんなこと言いましたっけ? 全く記憶にありませんが」
 微妙に明後日のほうを向いてすっとぼけるクララ。
「あのなあ、クララ……」
『なんでしたら、音声記録をお聞かせしましょうか』
 呆れるニーナに別の声が被さる。天剣授受者としてグレンダンの念威を纏めるエルスマウだ。
「いえ、それには及びません。でもどうしたんです急に」
 通常戦闘中の武芸者に外部から連絡することはない。集中を削ぐ可能性は排除されるのが戦場の鉄則だ。例え親兄弟が死のうともそれは変わらない。
 とはいえ天剣ともなればその程度で崩れるような柔な存在ではない。ないが天剣ともなればこと戦場において他者からの助言の類を必要としていない。ゆえに戦場にある天剣に伝える事が無いため連絡されることはない。
『時間です、クラリーベル様も今日は忘れているようなので一声掛けさせていただきました』
「あ、そうでしたね。ニーナがいるのを忘れてました。ニーナ、少し暗くなるので気を付けてください」
 何のことかと問い返す間もなく視界の明度が一瞬下がりすぐに回復する。
「さてと、退屈になってきましたしそろそろ終わりにしませんか」
「いや、それよりも今のは何だったんだ」
「後でいいじゃないですか、面倒ですし。それに汚染獣の方も何か変化があるみたいですよ。体が温まってきたんでしょうか」
 前半は戦いの途中で説明するのが面倒だという利己的な理由、だが後半は事実で汚染獣に何かしらの変化があるように見えた。
「いいだろう。だが後できっちり説明してもらうぞ」
 クララへの追及は打ち切り汚染獣に向き直るニーナ。息を整えると彼の者の名を呼ぶ。
「メルニスク!」
 その声に応じてニーナの剄量が爆発的に増大し、体から金色の剄が僅かに滲み出す。
 左手に持つ錬金鋼を待機状態に戻し剣帯にしまうと別のものを取り出し復元させる。現れたのは今まで物よりもはるかに巨大で鉄鞭というよりも鉄棒といった方が近そうな代物、かつてディックが使用していたニルフィリア製の錬金鋼だ。
 大小二振りの錬金鋼を構え剄を練り技を放つ。
 活剄衝剄混合変化、雷迅。
 メルニスクによる剄量の増大はそのまま剄技の速度威力を増加させる。汚染獣が迎え撃とうとするその腕を潜り抜け鉄鞭をたたきつける。
 その巨躯の横腹に抉れた痕を刻み込まれ地を揺るがし仰向けに倒れる。起き上がろうとするがその前にその巨体をけって宙に舞いがある影が一つ。
 胡蝶炎翅剣を輝かせたクララが込められた剄を放出する。ニーナが穿った傷を更に抉る風の刃。
 外力系衝剄の化錬変化、風穿。
 切れ味ではなく貫通力を重視した風の弾丸が触れた端から汚染獣を抉っていく。たまらず悲鳴を上げる汚染獣、大きく広げられた口腔に光るものがある。
 未だ空中にいるクララめがけて人の背丈を遥かに超えた、もはや柱といっていい大きさの牙が吹きかけられる。
 大半は風穿によって軌道を捻じ曲げられ削り取られ残るは意味のないものばかり。クララの剄技が効果を無くす頃には先ほど以上に剄を練ったニーナが次の剄技を放つ準備を終えている。
 活剄衝剄混合変化、雷閃。
 雷迅以上の速度と威力で汚染獣に襲い掛かる。横倒しになり狙いやすくなった頭部に突き刺さる。
 さらにクララからダメ押しの剄技が襲い掛かる。
 外力系衝剄の化錬変化、炎魔。
 化錬剄の障壁で対象の空間を隔離しその内部に膨大な熱量を発生させる剄技。閉鎖された空間の温度はとめどなく上昇し汚染獣の頭部を焼き尽くす。
 ニーナの雷閃によって硬い外皮を剥ぎ取られてはいかに老性体といえども耐え切ることはできず、その頭部を完全に焼失してしまった。
 いくら汚染獣が他の生物とは一線を画した生態をしているとはいえ頭部を失ったその巨体はもはや断末魔の震えを起こすだけだった。
『お疲れ様です、汚染獣の死亡を確認しました。お二人ともお戻りください』
 念威繰者による探査ののち告げられた死亡宣告、傍に漂う念威端子は変わらず白銀の蝶だがそこから聞こえてくるのはエルスマウの声ではなかった。
「了解です。それじゃ戻りましょう、あんまり楽しくなかったですしさっさとシャワーを浴びたい気分です」



ロンスマイア家の屋敷へ戻り砂塵と汗とを洗い流した二人はクララの部屋にいた。ニーナ用の戦闘衣の発注等といった細々とした事を済ませたのちである。
「さて、私も聞きたいことがありますがニーナも聞きたいことからいきましょうか。戦闘の途中で一瞬暗くなったのは念威繰者の交代です。一人の念威繰者に無理をさせないようにローテーション制が採用されているんです。先代のデルボネ様は一人で全てやっておられましたがそんなことができる念威繰者は他にはいません。エルスマウさんは天剣に相応しい念威繰者ですが、無理をする必要がないところで無理をする必要はありません。だから後半は別の念威繰者が私たちのサポートをしていたというわけです」
無理に無理を重ねて剄脈疲労で倒れたことのあるニーナにとっては経験済みで休息の大切さを思い知らされた一件だった。納得し頷くニーナに対し今度は自身の疑問をぶつける。
「今度は私のききたいことですがニーナ、雷迅以外ないんですか? あればっかり使ってましたが」
 クララの聞きたい事はといえばニーナの剄技のバリエーションの少なさについてだった。ディックに雷迅を見せられ教師役としてのレイフォンに教わって以来、ニーナの闘いは常に雷迅と共にあったといっていい。
「確かに雷迅ばかり使っているがそんなにおかしいことなのか? そんなこと考えた事も無いが」
「だってあのレイフォンがニーナの教師役だったんでしょう、あの天剣授受者の剄技すら自分のものにするレイフォンから教わっていたのにそれだけという事は無いでしょう」
「確かにレイフォンの剄技は数多くあったが殆ど剄技は教わっていない。雷迅もレイフォンからというより先輩からだし、そもそもレイフォンが雷迅を使う事は無いだろうしな」
 以前クララに説明したようにディックから触りだけ教えてもらったニーナが雷迅を習得できるよう『事象が動き』レイフォンが教師役となった。つまり本来レイフォンは雷迅を知らなかったのだ。
「雷迅は先輩の言い方をするなら『愚者の一撃』、己の全てを雷迅に賭けてこそ意味のある剄技だ。レイフォンのように状況に応じて様々な剄技を使い分ける武芸者には不向きだろう」
 相手との相性や駆け引きといったものを全て無視し、ただ己の最高の技を繰り出し続ける。己に宿る力を掘り続け、その底を覗き続ける愚かな突進。
『己を信じるならば、迷いなくただ一歩を踏み、ただ一撃を加えるべし』
 レイフォンが使用してもその剄量によって普通の武芸者が使うよりは威力が見込めるだろう。だがレイフォンならばその場に応じた他の剄技を使用した方が効率がいいのだ。
 他の剄技など不要、むしろ他の選択肢を持たないが故の強さこそが雷迅の神髄。
それは金剛剄も同じだ。攻撃か防御かの違いはあれどそれ一つに賭けるという意味では全く同じである。
「なるほど、確かにそれなら仕方がないですね。ニーナの場合、その方があっているようですし」
「そういうことだ。これが私のスタイルになるから、クララにとっては物足りないだろうが」
「確かに剄技はいろいろあった方が面白くはありますがあるだけでは意味ありませんし、大切なのは数より強さです」
 数がなくてつまらないと言っていた割に結局は強さに戻ってくるクララに苦笑してしまうニーナ。無論それは武芸者として何もおかしいことではない。
「ところでニーナ、汚染獣の襲来があったとはいえ取り敢えず案内するところは終わりましたがグレンダンには何時まで滞在するんですか? 勿論ずっといてくれてかまいませんが」
「戦闘衣が出来たら出発しようと思っている。どこへ行くか決めているわけではないのでその時来ている放浪バスに乗るつもりだ」
「残念です、でも出発までは戦ってもらいますよ」
 引き止めはしないが自身の欲求には忠実なクララにニーナも頷く。それは自身にも意味がある、ツェルニにいたころからクララとの稽古は得るものが多くあり自身の成長につながっていると実感できていたからだ。



 戦闘衣が出来上がった数日後、ニーナとクララの姿はグレンダンの放浪バス発着所にあった。
「短い間だったが世話になった。またグレンダンによることになったらよろしく頼む……って何してるクララ!」
 その視線の先には明らかな旅支度を物陰から引っ張り出すクララの姿がある。
「見ればわかるでしょう。私もニーナと一緒に旅に出ようと思いましてね」
「いや、そうなんだがお前には女王代理としての役目もロンスマイア家当主としての務めもあるだろうが。次期王座に就く気があるのならそんなことできないだろう」
『そうよ、そんなこと許さないわよ』
 いきなり空中からも別の声が降ってくる。蝶型の念威端子から聞こえてくるのは現女王アルシェイラの声。
「エルスマウさん陛下にチクったんですか」
『そうではありません。ニーナ様の動向を聞かれ出立することをお伝えしたところ、クラリーベル様がどうしているのかと聞かれたのでお答えしただけです』
『そうよ、わたしが聞かなかったらニーナが出発することだって知らなかったんだから。大体クララ、あんたには仕事がたくさんあるし出ていくってことは王座は欲しくないってことかしら。他の奴が座っちゃっても知らないわよ』
 グレンダンの王座を狙っていると公言しているクララに対し、その座をちらつかせて挑発するアルシェイラ。だが、クララは動じなかった。
「私の他に誰が座るんです? アルモニス家は連続になるのでないですし、ユートノール家はミンスにその気がないのは陛下はよく知っているでしょう。ロンスマイア家も私以外碌なのはいませんよ。第一なんで私が女王代理をしっかりとこなしていたと思っているんですか、グレンダンの民に私が次の女王だって刷り込むためですよ」
 クララの言い分にグッと詰まるアルシェイラ、その言い分の正しさを認めざるを得ないからだ。だがそれに反駁しようとする前にクララが畳みかける。
「エルスマウさん、都市全体に通してください」
 何をするのかとアルシェイラが問う間も止める間もあたえず、クララの声がグレンダンに響き渡る。
『グレンダンの皆さん、私はクラリーベル・ノイエラン・ロンスマイアです』
 ふいに響き渡るグレンダンの支配者の声に皆が立ち止まり、空を見上げる。イレギュラーなことがよく起きる都市とはいえここまで急なことはそうそう起こらない。
『今、世界は変革を迎えています。汚染獣の脅威が少なくなり、やがてレギオスも動きを止める時が来ます。その時我々グレンダンはどうすべきか、他の都市は如何なる動きを見せるのか、予め見定めておく必要があります。私はこれから外の世界を、他の都市の動きを見てくることとします。無論グレンダンが他の都市と同じ動きをする必然はありません。ですが知ることでより良き未来がグレンダンに訪れると私は確信しています。この視察から戻れば私はグレンダンの王位につきます。そして混迷の時が訪れようとも必ずやグレンダンに光をもたらして見せます!!』
 一拍の時を置きグレンダンを歓呼が包み込む。それはクララの演説に対してのみではない。これまでのクララの行動によって実を結んだものだ。
『そんなことは許さないわよ、リン』
 だが往生際が悪いものが一人だけいた。ニーナとクララを取り囲むように鋼糸の網が張り巡らされる。
「二人とも、私を巻き込まないでほしいんだが」
 ぼやくニーナに対して二人ともそんなことを気にしていない。
「何言ってるんです、一蓮托生じゃありませんか。リンテンス様の鋼糸の陣を潜り抜けない限りニーナもでられないですよ」
『そうよ、あんたがいればクララも出ていこうとしないだろうし、色々便利なのよ。クララがあんなこと言っちゃったから少しの間カンヅメになってもらうけどね』
 自身の意見を殆ど無視する構えの両者に対してニーナはすでに諦めの境地に至っていた。自分の目的のためにグレンダンを出なくてはいけないがそのためにはリンテンスの鋼糸を突破する必要がある。力ずくでも決して不可能ではないだろうがかなりの無茶をする必要があるだろうし、周囲に与える損害も軽いものではないだろう。ならば、
「クララ、私から離れるなよ」
 クララの傍に立ち手を握る。頷き握り返してきたのを確認すると高らかにその名を呼ぶ。
「アーマドゥーン!!」
『やばっ、リン!』
 急いで捕えようと指示を出すアルシェイラの声を置き去りに眩い光に包まれた二人の姿はグレンダンから消失していた。
 
 

 
後書き
雷閃:雷迅の上位互換。旋剄→疾剄→水鏡渡り、と同じ。 
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