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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第四十八話 アトラス計画

 季節は廻り、マクシミリアンとカトレアは15歳になった。

 二人が結婚してから、もうすぐ一年が経とうとしてるが、夫婦仲は大変良好、仲睦まじい姿が度々目撃された。

 朝、カトレアは、新宮殿4階の寝室にてメイドコンビの一人、ベティに櫛で髪を梳かされていた。
 4階の寝室は、マクシミリアンとカトレアの二人が寝起きする場所だったが、マクシミリアンは仕事の為、早朝から王宮の方へ出張っていて、カトレア一人で朝を迎えていた。

「カトレア様の御髪(おぐし)は、とても長くて綺麗でございます」

「ベティの髪も長くて綺麗よ?」

「私の髪は、癖が強すぎますので、カトレア様がとても羨ましいです」

「そう、話は変わるけれど、フランカから連絡はあったかしら?」

「手紙の類は厳しく規制されていますので、『便りがないのは良い便り』言う事で心配はしていません」

「アルビオンは遠いわね。一人だと何かと手が回らない事もあるから、その時は相談してね」

「ありがとうございます、カトレア様」

 メイドコンビのフランカは、ティファニアとその母シャジャルの護衛の為、アルビオンへ主張中だった。
 モード大公も、もっと人員を派遣したかったが、信頼できる人材が居なかった為、トリステインが護衛を派遣する形になった。

「終わりました、カトレア様」

「ありがとう、ベティ。下がって良いわ」

「はい、失礼いたします、何か御用がございましたら、また、および下さい」

 そう言ってベティは退室した。

 カトレアはベランダに出て、活気に溢れる前のトリスタニア市内を一望した。

「今日も良い天気になりそう」

 そう言って、数枚の紙を取り出し、テーブルの上で広げた。
 それは、トリステイン魔法学院の詳細が書かれたレポートだった。
 実は前からカトレアは、学園生活という物を経験したくて、人を使って詳細を集めさせていたのだ。
 だが、カトレアは王族だ、王族に成った。過去、トリステインの王族がトリステイン魔法学院に通った記録は無い……否、訂正すれば『記録上』は無い。

「無理かもしれないけど、魔法学院の件、一度マクシミリアンさまにお願いしてみようかしら」

 そして、出来れば夫婦一緒に……

 カトレアの脳内では、魔法学院の制服を来て一緒に登校する、マクシミリアンとカトレアの姿が映し出された。





                      ☆        ☆        ☆




 所変わってトリステイン王宮では、エドゥアール王が参加しての御前会議が執り行われ、マクシミリアン王子から驚くべき議題が上がった。

「マクシミリアン、本気でこの計画を実行するつもりなのか?」

 エドゥアール王が、驚きと呆れが半分づつ入り混じった顔で、発案者のマクシミリアンに聞き返した
 マクシミリアンが上げた計画。それは『アトラス計画』と呼ばれ、アトランティクス洋(大西洋)を横断して北米大陸を目指す、壮大な計画だった。

「本気も本気です。我がトリステインは、好景気の真っ只中でありますが、他の国々よりも国土は狭く、あと、数十年もすれば国内は開発し尽くすと予想されます。ならば、海外に領土を置き、それぞれの地域から産出される珍しい品々取り寄せ、国内で加工し売買すれば、トリステインの富は永く続くことが出来るでしょう」

 参加した大臣、文官らが、ザワザワと話す声で、御前会議が一時中断してしまった。

「静粛に! 陛下の御前にあらせられるぞ!」

 会議の進行役を仰せ付かったマザリーニが、声を張り上げると会議室はシーンと水を打った様な静けさになった。

「質問がございます。よろしいでしょうか?」

 文官の一人が挙手して、質問を求めた。

 マザリーニはチラリとエドゥアール王に目配せした。

「うむ、発言を許す。良いな? マクシミリアン」

「はい、質問とは何でしょうか?」

「ありがとうございます。海外に領地を持つと言われましたが、どの様にして統治なさるおつもりなのでしょうか?」

「お答えします。適当な土地が見つかった場合、トリステイン国内で移民の募集をします。統治方法は、海外ということで直接統治は難しいと思われますので、誰か適当な人を総督に置いて統治します……以上です」

「ありがとうございました」

 質問の終わった文官は着席した。

「他に質問は? ……他に無いようでしたら陛下、ご採択を」

「うむ、余はこのアトラス計画の承認をここに宣言する」

 エドゥアール王は、高らかに宣言した。

 ……

 御前会議終了後、マクシミリアンはエドゥアール王の執務室に呼ばれた。

「父上、失礼いたします」

「よく来た、マクシミリアン。先の会議の事だが、あのまま終わらせて本当に良かったのか?」

「もちろんですとも、アトラス計画に、僕自ら参加すると聞けば、必ず反対する者が現れましょう」

「正直なところ、私も反対なのだが」

「その事については、事前に説明しましたでしょう? 未知の土地で、どの様な怪物や疫病が存在するか分かりません。この僕、マクシミリアン・ド・トリステインは、事、水魔法に関しては、ハルケギニアでもでも屈指の実力者と自負しております。僕が居なければこの計画は成功しないと思っております」

「分かってはいる。だが、お前の妻、カトレア殿はどうするのだ、長期間の不在は避けられないぞ? もしや連れて行くつもりか?」

「それは……」

 マクシミリアンは、言いよどんだ。

「それは?」

「連れて……連れて行かないつもりです。この計画は失敗の許されない、トリステインの未来の為にも、絶対に成功させなければならない部類のものです」

「報告にあった『大隆起』の事か、報告書を見たが、正直なところ眉唾モノなのだが……」

「何かあってからでは遅いのです。海外から得られる利益も大事ですが、本当に大隆起が起こった場合の為に、移住先を確保しておかなければならない」

 その後、マクシミリアンの説得に、エドゥアール王も徐々に傾き始めた。

「……分かった。お前の計画参加は認めよう。だが、カトレア殿の説得はお前自身がするんだ」

「承知しました」

 マクシミリアンは退室し廊下へ出た。

(カトレアの説得。むしろ、こちらの方が難題かも……)

 頑固な所のあるカトレアの説得に悩んだ。

(カトレアは笑顔で送り出してくれるだろうか?)

 それとも……と難しい顔で廊下を歩いていると、

「お兄様遊んでっ!」

 と、アンリエッタが胴タックルをかましてきた。

「ぅぐほぉっ!」

 声にならない声を上げ、マクシミリアンはマウントポジションを取られた。

「お兄様遊んで! お兄様~っ!」

「ぅぐっ、げほっげほっ、アンリエッタ、ちょっとどいて……」

「は~い☆」

 悪気は無かった様で、アンリエッタは素直にどいた。

(それにしても、アンリエッタが大きくなる度に、胴タックルの鋭さが増しているような)

 今年、8歳になるアンリエッタは、ますます、お転婆に磨きが掛かっていた。
 幸い、勉強はしっかりと行っている様で、魔法の成績も8歳で水のドットになり、更なる成長が見込まれた。

「どいたから遊んでくれる?」

「今は駄目。ちゃんと勉強したら遊んであげるよ」

「本当に? 勉強したら遊んでくれるのお兄様?」

「本当だよ、だから、しっかり勉強してね?」

「はぁ~い、お義姉様にもよろしくね」

 アンリエッタは、パタパタと走り去り、マクシミリアンはホッと息を吐いた。

(もし、オレに万が一の事があっても、アンリエッタがしっかりしてくれれば、トリステインは安泰だ)

 だが、今のアンリエッタを見ると、不安になる部分もあった。

「まだ、子供とはいえ、アンリエッタにも困ったものだ。王族としての心構えを覚えて貰わないと」

 『お前が言うな』と、何処からか聞こえてきそうだった。

「帰ろう……さて、カトレアにどう切り出したものか……」

 マクシミリアンが、少し早足でこの場を去ろうとすると、

「あら、マクシミリアン。せっかく来たのだし遊んでいかない?」

 アンリエッタが去った反対方向から現れたのは、母のマリアンヌだった。

「それとも、カトレアさんを呼んで、家族一緒に劇場まで足を伸ばさない?」

「母上……」

 アンリエッタとマリアンヌ……『母と娘はこうも似るものなのか』と、マクシミリアンは考えさせられた。





                      ☆        ☆        ☆





 その日の夜。マクシミリアンはカトレアとテーブルを囲んで夕食をとっていた。
 献立は、メインは鴨肉のオレンジソース掛けで、他に牡蠣のスープ、野菜サラダなどだ。

「マクシミリアンさま。実はお願いがあるのですが……」

「お願い? 何んだろ?」

 ナイフとフォークを置いて、カトレアは切り出した。

「わたし達、もう15歳ですので、トリステイン魔法学院に通ってみたいな……なんて思いまして。マクシミリアンさま、ご一緒に入学しませんか?」

「魔法学院か……う~ん」

 マクシミリアンも、ナイフとフォークを置き、ワインを呷って考えた。

「如何でしょうか? マクシミリアンさまも、同年代の皆さんと交友をもたれては?」

「まあ、王族が魔法学院に入っていけない、なんて法は無いし……」

「それではっ!」

 カトレアの顔がパッと華やいだ。

「けど、僕は駄目だ入学しない」

「え……」

 絶句したように、言葉につまるカトレア。

「実はカトレア。僕は近いうちに、トリステインから離れる事になったんだ」

 マクシミリアンは、ここで切り出すことにした。

「また、外遊でしょうか? それなら、わたしも……」

「カトレアは、連れて行くつもりは無かったんだ。任地は遠い外国……少なく見積もっても一年以上は不在になると思う」

「外国? 一年以上? マクシミリアンさま、ちょっと待って下さい。何がなんだか……ちゃんと説明して下さい」

「すまない、カトレア。ちょっと焦り過ぎた。ともかく、今は食事中だ夕食後に、ちゃんと説明するよ」

「分かりました。

 二人は食事を再開したが、カトレアは、突如、降って沸いた夫の不在の話に、気が動転して夕食の味が分からなくなっていた。

 ……

 夕食後、自室にてマクシミリアンは、カトレアにアトラス計画の詳細を掻い摘んで説明した。
 『大隆起』の事は話さなかったが、いずれは話すつもりだ。

「詳細は、分かりました。マクシミリアンさま自ら、この壮大な旅に参加されるというのですね?」

「そういう事だ。そういう訳で、カトレアには留守を預かって貰いたかったんだが……」

「留守を守る……ですか」

 一緒にいるだけが夫婦ではない。
 夫の不在の間、家を守る事も妻の務めである事を、カトレアは知ったが、魔法学院に共に通いたかったのは別の思惑があったからだ。

「魔法学院に入りたかったのなら、入学できるように僕が話をつけておこう」

「でも、マクシミリアンさま不在の新宮殿を留守を預かる事になれば、わたしだけが、おいそれと魔法学院に入学するわけにも……」

「父上や母上、それにアンリエッタが居るとはいえ、カトレアを、新宮殿に一人するのは忍びないと思っていたんだ……それに……」

「それに……?」

「カトレアは、王太子妃、行く行くは王妃だ。人生の大半を国の為、国民の為に捧げて貰う事になるだろうけど、今はまだ15歳の女の子だ。これを期に、休暇みたいなのを取って貰おうと思ったんだ」

 それと、マクシミリアンには気になる事があった。
 カトレアの幼年期は、病気の性で外には出られず、病気が治っても、今度は王太子妃として過密なスケジュールの中での勉強や礼儀作法の訓練などで、同年代の友人を作る暇など無かった。
 前年の新婚旅行の時に、マチルダと友人関係を作れたが、あくまで彼女は外国人、トリステイン国内で友人と呼べる者をマクシミリアンは知らなかった。

(これと期に、もっと友人と呼べる人々と縁を育んで欲しい。まあ、大きなお世話かもしれないけど、ね)

 マクシミリアンの想いとは別に、カトレアは今にも泣きそうな顔になった

「マクシミリアンさま……わたしの事はどうでも良いんです。わたしが、マクシミリアンさまと一緒に魔法学院に通いたかったのは、マクシミリアンさまに少しでも政務から離れて頂きたかったからです」

「え? 僕にかい?」

「だってそうじゃありませんか! わたしと同じ15歳なのに、幼い頃から政務に携わっていて! 毎日毎日、お忙しく、同じ年代の男の子と混じって遊ぶ時間も無くて! 軍歴もあって、巷では『賢王子』と呼ばれている! 素晴らしい為政者だと思います。ですが異常です! 15歳で遊ぶ事もせずに、政務を続けるなんて普通じゃないです!!」

 初めて見る、声を張り上げるカトレア。その両眼から涙がこぼれ出した。

「カトレア!? ほ、ほら、カトレアだって知っているんだろう? 僕がどういう人間なのかを?」

「だから……だから、どうだって言うんですか! 本当は、マクシミリアンさまに休暇を取って欲しくて魔法学院にお誘いしたのに! トリステインの為とはいえ、死ぬかもしれない旅に同行されるなんて! こんな、働きづめのガーゴイルみたいな人生あんまりだわ!!」

 カトレアは遂に泣き出した。
 カトレアの涙。それは、人生の全てをトリステインに捧げようとする、マクシミリアンへの慟哭だった。

『毎日、忙しい夫を無理矢理にでも休ませる為に……』

 それが、カトレアが魔法学院に通わせる為の真相だった。
 そして、カトレアの放った『ガーゴイルの様な人生』という言葉にマクシミリアンは。頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

(ガーゴイルみないな……か。まいったな、でも言い得て妙かも)

 脇目もふらずトリステインの発展の為に尽力してきたのに、その結果が『ガーゴイルの様な人生』と評されたのがショックだった。だが、それ以上にカトレアの自分を心配する気持ちが嬉しかった。

(思えば、傾いたトリステインを立て直すために、ここまでやって来たんだっけか」

 以前の様な、貴族が平民を虐げるトリステイン王国は既に過去のもので、平民でも努力すれば報われる国へと変わった。
 その事に関しては、マクシミリアンは胸を張れた。

「カトレアは、僕に休めと、そう言いたいんだね?」

「そうです、お休みになられて下さい。今のマクシミリアンさまは、まるで生き急いでいるみたいです」

 カトレアは、マクシミリアンの胸に顔を埋め、マクシミリアンもそれを受け止めた。
 そして、マクシミリアンはカトレアの両耳を塞ぐように頭を持ち、軽くキスをした。

「約束をしよう。僕がこの旅から帰ってきたら、休むようにするから。今回ばかりは行かせて欲しい」

「約束……ですよ? マクシミリアンさまに、もしもの事があれば、わたしも生きて入られないのですから」

「ああ、絶対に……絶対帰ってくるよ」

「絶対ですよ? 帰ったら、ちゃんとした休暇を取って貰います。仕事も一切させません」

 マクシミリアンとカトレアは抱き合った。

 初めての夫婦喧嘩。
 色々あったが、カトレアはマクシミリアンの旅を認めてくれた。

 
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