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魔法少⼥リリカルなのは UnlimitedStrikers

作者:kyonsi
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Duel:10 響

 黒い影が一つ跳ぶように走り、左右の手を―――刀を振った。
 同時に空気が揺れる。二本の刀が一瞬でその姿をかき消し風となる。

 風が吹く前に白い影が、天に長銃を掲げ、直後に火花と共に射撃。白い弾丸が黒い影に向って飛んだ。

 一直線に奔る弾丸。しかし、朝焼けと夜の色をそのまま写し取った様な色をした刀により起こされた風がそれを迎えうつ。
 だが、所詮は風。速く対象を貫くそれを防ぐには力不足。

 通用しない。ならば対処は簡単だと言わんばかりに。右の刀を収め左の刀を逆手にもつと共に、黒い影が方向を変え、弾丸目掛けて踏み込む。逆手の刀を一気に振り上げ。

 激突。

 瞬間、刀と白い弾丸がぶつかり火花が散った。片や黒髪の赤い侍。片や白髪の白い騎士の様な二人の姿が見えた。
 そのまま赤い侍は弾丸を弾くと共に、収めた刀を抜き放つと共に魔力を込めた黒い斬撃を飛ばす。
 対する白い騎士は、長銃を持った腕を振ると共に文字通り消した。自由となった両腕を再度振るうと。その腕には戦斧と突撃槍を組み合わせた巨大なハルバートの様な物が現れた。
 様な物と称したのには大きな理由がある。白い騎士の右腕にはハルバード。そして、その柄尻からは鎖が伸び、その先端にはバスケットボール大の鉄球が接続されていた。
 そして、その鉄球を何事もないように放り、ハルバードで殴りつけた。
 その動作で、赤い侍目掛けて鉄球が真っ直ぐ向かい、斬撃をその重さと勢いを以て。
 
 ぶち抜いた。

 黒い魔力光が散る。鉄球は勢いを緩めること無く真っ直ぐ向かうが、気がつけば逆手ではなく普通に握った侍が鉄球目掛けて刀を下ろし激突した。

 が、即座にそれを受け流すと共に、今一度お互いに踏み込み。金属音が二つヒビいた。
 侍と騎士が鍔迫り合いお互いの武器を合わせたまま疾走し、火花を零していく。
 至近距離で溢れる火花は二人の顔を照らしだす。

 その時の顔は―――

 鬼気迫る様な表情と、涙を流し苦しそうに戦う二人の顔だった。

 だが、後に語られた。どちらも辛く悲しそうに戦っていた、と―――
 
 ――――


――side震離―― 

「あー……運転だるぅぃ」

 スカさんの車を走らせながら思わず出てしまった。

「頑張って下さーい」

「頑張り給え。旅館についたら何かご馳走するよ」

「……つく頃にはチェックインしか出来ませんて。だから流にお弁当を作ってもらったわけですし」

「すまない……ッ!」

 流を助手席に、スカさんを後部座席に乗せながら、旅館目指してドライブ中……なんですが。試作用の携帯版エンタークンを運んでるわけだけど、何処まで遊べるかわからないんだよねぇ……。
 そして、現在の時刻18時。旅館まで山を登っていく関係で3時間ほど掛かる関係で、メッチャだるいっす!
 いいんですよ。せっかく珍しい面子で車走らせてるわけですしねー。借り物だけども……。

「しかし、こんな道を走ってるとあの日を思い出すよ」

 ふと、スカさんが山の風景を見ながら苦笑いをしたのが見えて、私達も苦笑い。

「……あの時は色々大変でしたねぇ」

「そうだねぇ。災害救助はやったこと有るけど、治療はお互い苦手分野だったしね」

 私も流も肉体的な都合であんまり治療とか得意じゃないんだよね。だってほっといても治るし。殆ど問題ないし……。

「だが、そのお陰で今がある。本当にありがたいことだよ」

「いえ、それはこちらの方です。その後の貴方の行動には私達は頭が上がりませんよ」

 スカさんと流の会話を聞いていると、自然とハンドルを握る手に力が入る。

「……いや、それはないよ。結局私は……未だに会えていないからね」

 寂しそうに笑うスカさんの顔を見ていると、何も言えなくなる。

 この世界のジェイル・スカリエッティが途方も無いほどの善人だというのは分かっている。だが、あの人はきっと頭で分かっていても心がそれを拒絶している。
 だから、今でも影を作ってる訳だし。ただ、響や奏達の出現で、少しでも影を払ってくれたらありがたいんだけどね……。
 
 上手くいってるのをみて、なにかアクションを起こす……とは思わないけど。不安定になってるのは事実だし。

「……震離さん? 如何されました? 具合が悪いなら車を停めるのもありかと?」

「……あ、ううん。大丈夫、平気だよ」

 心配そうに私の顔を見つめる流の頬を左手で撫でて、平気だとアピールする……が、一瞬目が細くなったのが見えて……。

(今は、聞きません。後で教えてくださいね?)

(うぅ……はい)

 念話でしっかり追い打ちされました……。



――sideはやて―― 


「……せや。王様……気づいとる?」

「……どれに、だ?」

 おや、なんか雰囲気変わって真面目な感じに。さっきまで姉やんって言ってたのが王様に変わっとる辺り、何やろ?

「サトの事。今朝からピリピリしてたやん?」

 ここには来てへんサトさんの事。温泉に着いてからもあんまりどころか、話すら出来へんかったんよね。

「分かっとるわ。だからレヴィが突っ込んでいった、車の中でもな。だが、今日の奴は何処か変だというのは分かる」

「あんまり表情出さへんけど、今日は雰囲気も何処か悪かったしなぁ。なんかあったんかね?」

 はーっと二人してため息。一応話は終わったと言うか途切れたのを察して。小さく手を上げながら。

「質問やねんけど……サトさんってどんな人なん? 皆の会話に偶に出てきてて、名前は知ってたけれど。会うのは今日が……今朝が初めてやってん」

 きょとんとした顔から、二人ともあーっと納得したような顔に。

「ヒタチサト。流や震離と共に、ブレイブデュエルの開発陣の一人で、主に我等よりももっと前のテストプレイヤーだ」

「一応、八神堂の登録プレイヤーやよ。口数こそすごく少ないんやけど、前髪で隠れた目で表情が分かる人……なんやけど、何や今朝は機嫌が悪かったみたいでなー。すごくピリピリしてたんよね」

 王様はため息混じりに、ちっこい私は苦笑い気味。それぞれの言葉から察するに無口クールの人やけど……。

「あ、あとはあんまりこういう場……というか、お風呂は中々一緒に入ってくれへんねー」

「夏のプールもあやつは来なかったなぁ」

「せやねぇ。せっかくええスタイルやのに、中々素肌を出す格好しないんよね。それこそメンズの格好してること多いし」

 うーん。話だけ聞いてると、悪いんやけど……コミュ障に聞こえるんやけどなぁ。

「ふふ、大姉やんってば、何でそんな人に世話焼くんって顔してるわー」

「アハハ、心読まれてもうたわ」

 軽く笑って見せるけど……さすがはちっこい私、表情に出したつもりは無かったんやけどなぁ。同じ人物ってことで読まれたかな?

「……ほっとけない、というのが我等の意見だ。流がインダストリー、震離がミッド、サトがベルカと、それぞれの元となったスタイルのテストをしていた時の……スタイルが確立される直前の映像を見た。
 その時、仕事のように割り切り、機械的にプレイしていたのが印象に残ったな」

「こんなに楽しいものなのに、何であの人はあんなに動けるのに、あんなに楽しく無さそうにするのかーって私も考えたなぁ。流も震離も……気を使ってるのが分かるけれど、どう接していいの変わらへんって感じやったしね」

「だから……我等がここに越して来て、ロケテストが行われる時。それぞれサトに無理やり付き合ってもらった。特に小鴉の所からはお供……アインスが。T&Hからはちび姉が。我等の所からはレヴィがよく話しかけていたな」

 懐かしそうに話してる所で、悪いんやけど……あかん。ぜんっぜんつながりが見えへん。

 しかし……ほっとけない、か。

 んー……あのツンケンというか、拒絶というか。距離の置き方を私はどっかで見たこと有るんやけどなぁ。何処やろ? ほんま思いつかへんわ。
 
「あ!?」

 ビクリと驚いてしまった。露天大浴場にもかかわらず大きく響くその声の主は。小さい方のスバル。大きなスバルもわからないといった様子で、小さなスバルを眺めている。それ以外にも皆の視線を集めた小さなスバルは、何かを探すようにぐるっと周囲を見渡して。少し離れた場所の小さなギンガを見て、その周囲を見渡すが、捜し物は見つからなかったらしく。もう一度大きく息を吸って……。

「チンク姉ー! ディー姉! そっちに七居るー?」

 ……七? ちらりと大きなスバルとギンガに視線を向けると。二人して、不味いという顔をしてるけど。七って誰や?
 ちらりと、視線を小さな私と王様に向けると……同じ様に目元に手を当ててる。

 はて、そんな子おったかなーと。考えを巡らせる。スバル達が慌ててることから関係者って言うことは分かるけれど……。
 えーっと。ちっこいギンガに、ナンバーズのチンクにディエチ、そして、ちっこいスバルと、双子のウェンディとノーヴェと、ちっこいピンクの……うん?

「駄目だー。姉の方には居ない!」

「こっちもー。そう言えば何時から居ないのさ、七って?」 

「うーん。もしかするとお母さんの所に居るかも」

 チンクとディエチ、小さなギンガが集まって相談してるなかで、他の皆もそれとなく辺りを見渡して探しているけれど、一向に見つかる気配は無くて……。

「んー……大人しい顔して色々するからね。何もなければいいけど……今はお母さんの元へ居ることを祈りましょ」 

「「そうしよう」」

 はーっと、中島家の年長組がため息を吐いてるのがちょっとおもろいけれど。あかんわー、七って子が居たのは何となく覚えてるけど、完全に覚えてへんわー……。
 
 
――sideサト――

「……ありがとー、気持ちよかった」

「……さいですか」

 お風呂上がりの七緒の髪を拭きながら。ぼやっと考えてしまう。
 今まで避けていた人物と接近した時、どういうわけか……胸が締め付けられるようなそんな錯覚を覚えた。
 しかも、自然と……イライラしてしまってたらしく周りに気を使わせる始末。最悪にも程が有る……だけど。

 ―――……貰ったパンフレット見たら、サトのお部屋に個人用の浴室が有るって聞いて入ってみたかった。

 と、そこから自分のサイズの浴衣を片手に七緒がやってきて、直ぐ様お風呂に入るために服を脱いでいったのは驚いた。
 ……まぁ、自分はまだ入らないし、と考えていたら。

 ―――サトも入ろう? また頭洗って欲しい、な?

 と誘われ……というか、裸の子供にせがまれて、仕方なく一緒に入った。丁度良い気分転換になるんじゃないかと思ったし……。

「……ねぇ。何で、未来から来た人たちを嫌ってるの? あの時の目、怖かった、よ?」
 
 ドキリ、と髪を拭く手が一瞬止まる。だけど、直ぐに手を動かして……。

「今朝眠れなくてね。八つ当たりしてしまった……情けないね。()は」

 しまった、と考えるよりも先に。背を向けていた七緒がこちらを向いて。何かを言うつもりなのかと警戒した瞬間。

「……よしよし」

「ッ」

 撫でられた手を咄嗟に払ってしまった。
 そんな事をした自分が信じられなかったけれど……七緒はそれを受けて。

「よし、ありがと。そろそろ私行くね? また後で」

 小さく笑みを浮かべながら、七緒が出ていくのを見て……部屋に残された俺は一人。

「……情けないなぁ」

 すっかり弱くなった涙腺が、また緩んだのが分かった。


――side響―― 

「……あー。やっぱブラックコーヒー旨いわぁ」

 はぁーと、美味しいため息を吐きながら、缶コーヒーの縁をなぞる。そして、大浴場の脱衣場には人が居ないということも更に良かった。
 
「久しぶりに元に戻るといいわぁ」

 パタパタと、備え付けのうちわで仰ぎつつ風を感じながら。近くの姿見を再度確認すると、ニヤリと黒髪長髪の男が笑う。
 
 そう……。

「やっぱ、こっちだわぁ」

 なんか戻ることが出来ました! やったね! しかし、本気で焦ったことと、驚いたことがある。

 焦ったことは単純に皆に連行というか、風呂に連れられていく最中に。体の中から乾いた音が聞こえた時に。本気で気配を消して女湯から、男湯の移動して姿が変わった時には歓喜したなぁ。久しぶりじゃないか! と思えるほどここ最近の時間が濃密だったのも有るんだろう。すごく安心できる。

 丁度いいタイミングでも有る、ここ最近は嫌な夢を見ていたし……。

 ただ、戻ったこと以上に嬉しい事が一つ。この姿になる直前、体中に包帯巻く程度に重症だった体が、どういうわけか完治していること。
 今困ってるのは、子供の姿に慣れているせいで歩幅が合わなくて歩き難いというのと、どうやってまた戻す為のアルコールを手に入れるかということ。
 前者はゆっくり治せば良いし、後者は……フェイトさん(・・)かはやてさんに頼めば何とかなるだろう。どちらも二十歳になってたはずだし。

 だが、今は……。

 久しぶりに戻った以上、散歩がてらに楽しむとしようじゃないか!

 空き缶をゴミ箱に捨てながら。旅館の浴衣に着替えて。男湯ののれんを潜って廊下へ出ると。

「……ぁ」「おっと」

 とん、と腰の辺りに何かが打つかる。ぶつかったものが倒れそうになったのが見えて咄嗟に手が伸びて。

「済まない。大丈夫?」

「……ん」

 ピンク色の髪をした女の子が立っていた。しかも、どっか見たこと有るような、無いような……。
 眠たげな眼でじっとこちらを見つめる女の子。不意にその目が見開いたと思えば。

「……サト?」

 問いかける名前を聞いて、こちらの関係者だったかと頭を抱えそうになるのを堪えて。

「? 人違い、だと思うよ?」

 全力で知らぬ存ぜぬを押し通すことに。いや、そもそも俺は現状男に戻ってるわけだし、背丈も違う。だから、バレる事はない!
 眼の前の女の子は、不思議そうにカクンと首を傾げて。

「人、違い……? ごめんなさい?」

「こちらこそ、ぶつかってごめんね」 

 自然と、エリオやキャロにやるように頭を撫でてやってから。不味いかなと思う。相手はこちらを知らない以上軽率だったかと後悔する。

 が、気持ちよさそうに目を細めたのが見えてホッと一安心。そのまま頭から手を離して。

「それじゃね」

「……バイバイ」

 後ろ手に手を振りながらその場を後に。声が聞こえて良かったと、もう一度安心。

 改めて周囲の気配を探りながらとりあえず違う場所へ移動して……。

 ―――だからなんだろう。俺もあちらも、全く同じ様に気配を消して、お互い同じ癖を持っていたからこそ。

「え、あ。失礼」「……すまない」

 旅館の外へ通じる曲がり角に差し掛かった時にぶつかってしまった。こちらはともかくあちらは見るからに女性と分かった。というか。つい先程名前の挙がったサトさんその人で。また緊張が奔る。
 ……同名の方の写真とそっくりだけど、雰囲気は全然違うなーなんて考えて。

 だけどお互いに顔を合わせ、前髪に隠れた銀色の瞳が見えた瞬間―――




 ―――世界が反転したかのような錯覚を覚えた。



 呼吸が止まった様な、心臓が一瞬止まった様な息苦しさと衝撃を感じる。

 そこで察した。理解してしまった。今朝も、昨日の夢が……あれは本当にあったものだと。そして、それを経験したのが文字通りの―――

「……な、ん。お前、まさ……か」

 声が震える。更に頭に入ってくる情報量の多さに目眩がする。
 それは、あちらも同じらしく。小さく震えながらこちらを見据えて―――

「は、はは……嘘、だろ」

 ズキン、と頭が痛む。心臓が早鐘のように打つ。

 だが。

 眼の前の人物は、こいつは違うと理解してしまった。俺はこいつに何も言ってはいけない、と。俺では駄目だ、と。

 だからこそ……身が粟立つような。眼前の殺意を受け止める他ないのだと。
 
 初めてこの世界に来た日に夢を見た。

 皆が居なくなる夢を。一人置いていかれた夢を。夢だと言うのに心が裂かれるような、呼吸の仕方を忘れた様な苦しさが襲ってきた。

 煌が、優夜が、時雨が。その体を残すことすら許されず消滅させられ殺されたという事実を突き付けられた。

 紗雪が、二人を逃した結果一人で戦い、倒されてしまったこと。

 震離が、流と共に部隊へ向かい、そしてその地で、腕を落とされ熱にさらされ命を落としたこと。

 そして、奏は―――

 心が砕けるような、全てが真っ黒に染まるような……。そんな絶望を感じていたのに。どういうわけか、体は熱く。気持いい(・・・・)という気持ち悪いギャップを感じていたこと。
 よくわからない、多幸感(・・・)に比例して心は淀み、それが更に俺を追い詰めてゆく。


 目が覚めた時。未だ誰も起きていないことに感謝した。まだ残暑が残る9月だと言うのに体は冷え切ったように冷たく、冷たい汗が流れている。
 隣に眠るはなや、小さなフェイト達の顔を見て改めて夢で良かったと……心から安心した。
 何でこの部屋に? とは思ったけど、それ以上に夢見た内容が頭から離れなくて……。
  
 その後は……夢は夢だと判断して。一旦は置いとくことを腹に決めた。

 こんな時に魔力を扱うことが出来て、念話が出来たらな。と思った……。
 所詮は夢だと分かってる。そして、夢なんかに精神的に削られるなんて思っても居なくて……。だから、ちょっとだけ……ほんの少しだけ……フェイトさんと話がしたかった。


――sideサト――
  
 考えたくなかった。今いる緋凰が奏が、皆が体験してきたことを聞きたくもなかった。
 皆が笑ってる。それはとてもいいことだと分かってる。だけど、それはあの事件を乗り越えた人たちなのだから。自分が知っているものとは大きく異なることだから、と。

 でもそれは……八つ当たりだと分かっている。向こうからすれば知ったことではない事。一人で勝手にいじけている事だと。
 
 だから話を聞こうと思った。何処に居るか分からない緋凰を探そうと旅館の中を散策していた。

 でも、他の誰かと鉢合わせをしたくない。だから全く同じ様に気配を消して、お互い同じ癖を持っていたからこそ。

「え、あ。失礼」「……すまない」

 大浴場へ通じる曲がり角に差し掛かった時にぶつかってしまった。だけどお互いに顔を合わせ、黒色の懐かしい瞳が見えた瞬間。
  
 ―――嫌という程、情報が流れ込んできて。眼の前に居る緋凰響のコレまでを垣間見てしまった。

「……な、ん。お前、まさ……か」

 声が震える。更に頭に入ってくる情報量の多さに目眩がする。
 それは、あちらも同じらしく。小さく震えながらこちらを見据えて―――

「は、はは……嘘、だろ」

 どちらが言ったのか分からない。あちらが言ったのかもしれないし、こちらから漏れたのかもしれない。

 ズグリ、ズグリと心が脈打ち、どす黒いモノが()の内に渦巻いてゆく。

 ―――だからこそ。コレが嘘だと、信じたくて……認めたくなくてッ!

「……外で待つ。話が……したい。」

 震える声でそれだけを告げて……逃げるように、その場を後にした。


――sideはな――

「……ぇぇぇ」

 視線の先に、元の……男の主がいることに驚きを隠せませんでした。
 ただ、突然この人が主ですー。なんて紹介は出来ませんし、何とか主が変わるトリガーを探さなければと考えていると。

 ふと、強い違和感を感じました。

 普段の主ならば……私の存在に気が付きそうなのに。旅館の長椅子に座って俯いたままです。私も主も、旅館の浴衣を来ているので、見た目は怪しまれることはありません。ですが、ただ俯いてるだけではなく、何処と無く近寄りがたい雰囲気が出ている事に、今更ながら気づいたことです。

 私の存在に気づいたのか顔をあげると、まっすぐこちらを見据えて。困ったような、悲しような顔で……。

「……はな。ちょっといい?」

 ゴクリと、息を呑みました。何処と無く……恐いと思ってしまいました。悲しそうな顔だと言うのに……その眼の奥には何かを決意したような、そんな強い意思が宿っていて。

 まるで何処かに戦いに行くような。そんな眼でした。

「……主、何でしょう?」

 言いたいことは沢山ありました。戻ったことを喜びたい事。主には申し訳ないですが、また変わる為のトリガーを探さなければいけないこと。ここのお風呂が気持ちよかったこと。浴衣を着るのがちょっと大変だったということ。

 沢山、沢山ありますのに。ただ、静かに話を聞くことしか出来ませんでした。

「……はな。俺はこれから外へ出る。だけど、何時まで経っても帰ってこれない時には。先に元の世界に帰ったものだと捉えて欲しい」

 ぽんと、頭を撫でながら主は言葉を発する。くすぐったくて心地よい筈なのに……どうしてか、嫌な気がしてなりません。

「それ……は、どう……いう?」

 声が震えてしまう。私の頭から離れる手がとても遠くに感じて……。

「……はな?」

 自然と、その手を取ってしまいました。きっとコレは主なりの優しさなのでしょう。これから起きるであろう事に私を巻き込まないために。
 
 だからこそ。

「名は花霞。主緋凰響の融合騎であり、貴方を護る盾であり、共に往く者であります。水臭いですよ主? 
 まだ主とも温泉に入っておりません。一緒に行って、一緒に旅館に戻って、温泉に浸かりましょうよ?」

 周囲に人の気配はあるけれど、この時点で既に認識阻害の魔法は掛けている。故に私達の存在は認知されていない。

「……だが」

「だがも何もありません。さ、行きましょう」

 アウトフレームを元のサイズに戻して、スッと主の浴衣の懐に潜り込む。私がインテリジェンスデバイスの時、よくこうして見上げていたのを思い出して。口元が緩んでしまいます。
 だけど、それでも主の表情は晴れません。そして、懐の私を下から包み込むように左の掌を持ってきて。

「……ユニゾンははなの感覚で決めていい。もしかすると一度だけ助けてって言うかもしれない」

「えぇ構いませんよ。どうか頼ってください!」

 ニコニコと笑顔を見せると、主の顔がほんの少し明るくなったのが見えて。私は嬉しくなりました。

「……さ。往くか。結べ、暁鐘。晩鐘」

 ……何度目か分かりませんが、また驚きました。まだ温泉宿だと言うのに、このタイミングでバリアジャケットを展開。刀こそ収納しているとは言え。何故? というのが大きいです。

「はな。これから起きることに口を挟んじゃいけないよ」

「主。それはどういう……」

「……コレは、俺と……いや、俺の問題で。なんて言えばいいんだろうな。分からないけど、俺は逃げることも、やらないという選択肢を取ることもしちゃいけないんだ」

 主と共に往く。ふと、頭の中にフェイト様の姿が過ぎって……勝手なことだと分かっていながらもバルディッシュ様にメッセージを一つ送りました。

 ―――主と共に出掛けます、と。

 表に出ると、既に日が落ち夜に。そんな中でも主は真っ直ぐ、月の出ている空へと上がり……まっすぐ違う山を目指しました。迷うこと無く、ただひたすらに。
 
 そして、結構な時間を掛けて夜空を進んだ時にふと止まって。降下を開始。懐から前を見ようとするけれど、風圧で目を開けづらくなる。

 不意に、主が目指す場所には一本の大木が……いや、桜の木があるのが見えた。そして、周辺には何らかの瓦礫。明らかな人工物で、コレまでに雨風に晒されたせいか朽ちているのが分かる。
 
 夜だと言うのに、満月に近い月明かりのお陰で、桜の木の下には一人の人が立って居るのが見えました。その人物を認識した瞬間、何故? という感情が私を支配して……。

「……待たせて悪かった」

「……あぁ、気にするな。逆の立場でも同じだったろうし、な」

 白い騎士甲冑を纏ったその姿は。白いロングコートに、黒い縁取りのされた白いインナーと黒いボトム。
 だが、何処と無く白いロングコートを纏ったその姿はまるで……。

「―――何が違った?」

 静かに白い騎士様は呟く。何気なく、誰かに語りかけるわけでもなく。それでも明確な殺意をこちらに向けている。

「―――分からない。俺は本部防衛戦に参加出来た。結果連れ攫われ操作を受けて、フェイトさんやなのはさん達と戦った」

 主は応える。だけど、それでも……。

「―――お前でなければよかったのに。お前以外の……緋凰響(・・・)なら、良かったのに……ッ!」

 殺意が、いや、熱が来る。熱いというのに、背筋が凍る。一瞬たりとも目を離すことは許されないほどに。

「―――あぁ。そうだ。その通りだ。だからこそ……」

 騎士様の白と、主の黒がぶつかり合い……そこで初めて私は気づいた。

 眼の前の……サト様の……日立(ヒタチ)(サト)のその正体を。
 
 その事実に体が震える。どうして初めて邂逅した時に気づかなかったのか、と。私が一番その答えに近かったはずなのに、何故あの時に気が付かなかったのか、と。

 けど、分からない。分からないのです。

 ならば何故。何故この二人が争わなければならない? 

(主、この戦いの意味を? なぜ、あの方と戦わなければならないのですか?!)

(……やらなきゃいけない。他の人がどうなのかは分からない。
 アイツの記憶を垣間見て、俺の記憶が流れていった。逆の立場でも同じだろう。俺はアイツを―――
 
 いや。違うな。
 
 ―――俺を倒す(・・・・)。ただ、それだけだ)

 両者が動き、あちらの主がポツリと。

「……なぜ。と聞いてもいいか?」

 いつの間にか背にマウントされた白い長銃を左手に取り、こちらに突きこむように銃口を向け、

「わからない。俺も記憶が今流れ込んできているけれど、まだ全容を掴めていないが、何がキッカケで派生したのか分からない」

 対して、こちらも腰に刺した暁鐘と晩鐘を抜き構える。
 お互いに顔を伏せているせいで、私にはこちらの主の表情しか見えない。
 眉をひそめ、苦悶の表情を浮かべているのがよく分かる。そして、顔こそ見えないが、あちらの主も……きっと辛い顔をされていると思うと。胸が痛む。

(……主、どうしても……戦わなければいけないのですか? 今なら、今ならまだ……)

 戦わなくて済みます。と告げるよりも先に、見上げていた主の首が小さく横に振られるのが見えて。

「……鏡の向こうのようなお前は幸せに生き。どうして、鏡の前に立つ俺は……いや、彼奴等が死ななくちゃいけない……?」

「……ッ」

 主達が何を言っているのかは分からない。どうして主達が戦うのかも分からない。ただ言えることは一つ。このまま行けば、どちらもただでは済まないという事のみ。

 私はどうすれば良い? 主には無事であって欲しい。それは当然で……だけど、それはあちらの主にも言える事だ。
 止めるにしても、どうやって? 既に主達は戦闘態勢に入っている。そして、私にも主達の使う剣術や居合の基礎モーションは入っている。
 だが、それで止められるのだろうか? その程度で……私は主達の注意を惹き付けられるのだろうか?

 駄目だ……私ではどうしても止められない。それどころか邪魔にすらならない。
 その中でもあちらの主は言葉を続ける。

「俺は……死んでも良いんだ。俺は死んだって構わないんだ……」

 ……そんな事を言わないで下さい。そう言いたいのに、言えない己が嫌になる。
 
「それはいけないと。あの二人に言われて……ずっと生きていた。心に空いた穴が辛くとも。いつかまた笑えるようになるからだと。

 だが……。

 どうして……なんで、よりにもよってお前なんだ?! 何で、どうして?!」

 長銃の銃口が横に開くと共に、長い銃身のフロントサイトから、リアサイトまで伸びる矢が装填されると同時に、それを向けられる。
 クロスボウとなったそれは、リムの部分が刃にもなっており接近戦にも対応出来ることが分かる。
 それ以上にこちらに向けられたそれを何の躊躇もなく矢を放つ。
 距離は近く、必中の位置。

 だけど、それを……ただ斬り落とし、

「……てっきり、死んだ人に会うためにこの世界に飛ばされたのだと思ってた。
 ギンガやスバルはお母さんに、フェイトさんはお姉さんやお母さん、そして、先生でもう一人の姉のようなリニスさんに会うために。はやてさんは、アインスさんに会うために、と。
 そして、偶々はやてさんと一緒に居た奏、フェイトさんと共に居た俺とはなが巻き込まれたんだと思ってた。

 だが、現実は違う。鏡の向こうの俺と……ずっと後悔して謝りたいと思ってた奏やフェイトさんを、お前の中にある物が呼び出してしまったんだろう。
 記憶を全て把握したわけではないけれど……お前の無念さも分かるけど。
 俺がお前ならば同じ様に激情をぶつけていただろうよ。

 だから―――」
 
 主が踏み込むと同時に、身を振りタックルの様な姿勢で前へと出る。あちらの主もボウガンを大きく横に振り、主を迎撃しようとするも。踏みとどまりコレを迎撃し、火花が舞った。

「―――俺が、お前()を殺す。それくらいしか俺には出来ない」

 初めて見る表情でした。歯を食いしばり、決意をした瞳で、もうひとりの主を見据えて。

「あぁ―――そうしろ。憎悪で、八つ当たりで、お前()を殺して俺も死ぬ」

 白銀の瞳から、血涙を流し、殺してくれと懇願しているように見えました。


――sideフェイト――

 頭痛が落ち着き始めた頃に、それは起きました。いつの間にか奏のライトブラウンの瞳が白銀へと変わっていた事。
 奏に膝枕をしてもらっていたのに、その事実に気づいた時にはもう遅かった。

 ―――駄目、いけない。

 そう呟いたと同時に、奏は窓から外へと出て、そのまま遥か高く空へと舞い上がった。

 外へと出る直前、短い筈の髪が、前の様な長い髪へと戻っているかのように見えた。
 突然の事に驚いて、直ぐに私も外へ出て奏を追いかける。だが、妙なことに、まだ近くを飛んでるはずの奏の反応が消失していることに気づいて再び驚いた。
 奏も全速力は速いタイプとは言え、こんな直ぐに消えるなんて有り得ない。

 するとバルディッシュが無言でウィンドウを開くと共に、とあるメッセージを表示した。
 内容はただ一言。

 主と共に出掛けます、と。はなからメッセージが来ていた。
 時間を見ると僅か1時間前。だけど、それだけでは分からない。直ぐにはやて達に連絡をいれると驚く回答が戻ってきた。
 響は温泉には入っておらず行方を消していた、と。

 直ぐに海鳴温泉の敷地内に居る魔力を持った人物の検索を掛ける。するとはなの言う通り響とはな、そして、今出ていった奏の魔力反応が見当たらない。

 既に辺りは夜の闇に包まれていて、月明かりがあると言えど……今から探すにしても時間が掛かる。

 だけど……。

 一瞬、空が白んだのが見えて。

「バルディッシュ!」

『YesSir.』

 直ぐに閃光の発生元を調べて。その方向へと翔んだ。


――sideはやて――

 フェイトちゃんが出ていったのを察して、ギンガとスバルを呼び集める。
 もしかすると、厄介な問題にあっているかも知れへんと一応の警戒をしておく。
 
 それにしても、王様は妹の察しの良さが怖かったわぁ。
 
 ほんの一瞬やったのに、なんかあったの? って聞いてくるし。
 
 それ以外にも、アリシアちゃんやアインスも察しがよくて驚いたわ。
 
 なんてことを考えてる内に。
 
「はやてさん!」

 ギンガを先頭に二人が合流。直ぐに周囲警戒して、個室へと移動、直ぐに人払いの結界を展開して。
 
「二人共。せっかくの旅行で申し訳ないんやけど。もしかするとエマージェンシーや。なんかあったら直ぐに動けるようにだけしておいてな?」

 直ぐに概要と現状を説明。響と花霞が居なくなったこと、それを察した奏とフェイトちゃんが追いかけていったことを伝えると。

 ハッとスバルの表情が青くなると共に。
 
「はやてさん、ギン姉、あと一人……サトさんも見えないんです。もしかするとなにか巻き込まれたかも」

「スバル待って。サトさんはもしかすると単純に席を外してるだけかも知れない。だって、私達側じゃないんだよ?」

 それを聞いて、ふと違和感が。
 
 私達がこの世界に来た時、フェイトちゃんと響を迎えたのが流、ナカジマ姉妹を震離が……で、私と奏を迎えたのが……。
 
「……や、サト……さんも、関係者や。だって、私達の事を知っていた素振りに……何よりも転移した私達を迎えたのがあの人や」

 たった3例しか無いけれど、ほぼ断定しても問題ないはずや。
 もしも私達や無くて、本当に悪意ある者が来たときのカウンターとして、それぞれが護りに着いたのなら……何の力も持たない人を配置する筈がない。
 事実、万が一に備えてあの時店番をしてたアインスを下がらせていたし。奏が銃口を向けても動じる事もなかった。
 
「……え? それじゃあ、やっぱりサトさんは、サテラさんなのかな?」

「? 何やそれ?」

 不意にスバルがつぶやいた言葉を拾うが、いまいち分からへん。
 
「……ミッドチルダの小さな喫茶店に居たんです。サテラさん……もとい、サトさんは」

「……は?」

 そこから、不思議な出会いの話を聞いた。初めて出会ったときは……まるで響のように見えて追い掛けたって。
 その後も再会して、不思議な占いの事を聞いたと。
 
 それはまるで、これから起きることを知っていたような占いの内容で、忘れていたとは言え結果的に回避出来ていたということ。

 それを聞いてますます分からへん。
 
 それならば何故声を掛けなかったの? と質問を。そしてふと思い出す。シグナムにも似たような話があったということを。
 
「……違いすぎるんです。サテラと名乗っていたときには、もっと明るくて、変わってるけど良い人だっていうのが分かったんですが。
 コチラのサトさんは、そのままのハズだと言うのに雰囲気も何もかも全部違ってて。
 何より、平行世界の別人だとそう考えていたんです」 

 ……そうや。別人という可能性のほうが高かった筈だったんや。
 
 だが、その可能性にもゆらぎが出てきおった。
 
 でも、同一人物じゃないとしても、や。なんで震離と流はサトさんに信頼を寄せている? この世界の私やディアーチェの言葉から良い人やというのはわかる。
 せやけどや。それだけでコチラ側に来るとは思えへん。だとすると、最初から何らかの関係者だった?
 
 最悪な場合、この緊急事態になにか関わっている可能性も……いやいや、それは無いはずや。
 
 既に、日も暮れているし近い内に震離達も到着するはず……その時なにか、なにか確認を取れれば。


――side震離――

「流!」

「えぇ、車を!」

 直ぐに近くの路肩に停めると流が外へと出て。

「……なんで、何であの二人が?」

 声が震えている。私もすぐに流の見ている方向に意識を向けて……。

 絶句。

 何で、響とサトがぶつかり合ってるのかが分からない。

「止めます。震離さんはプロフェッサーを送って下さい」

「え、私も往く。スカさんはここに」

 車から出ようとしたけれど、その前に運転席側に回って

「ダメです。今日は満月の直前です。そんな状態で戦ってしまえば……私が一番困る」

「「困るって……」」

 丁寧な言葉づかいからの、困るに私とスカさんが同時に吹き出す。
 って、違うわ。そんな事してる場合じゃなくて。

「平気ですよ。だって……私達は会ってる(・・・・)じゃないですか」

「……ぁ」

 懐かしそうに、愛おしそうに笑みを浮かべる流。月光に照らされてるせいか、何処と無く儚げなその姿はまるで……。

「さ、プロフェッサーを連れて行ったらまた来て下さい。きっと終わってますから」

「……うん。じゃあ、二人のことお願いね」

 じっと赤と蒼の瞳を覗くと。その奥には不安の色が色濃く出ているのが分かる。だからこそ流の頭を抱き寄せて。

「大丈夫。きっと、あの二人なら問題ないよ。それよりもまだ不調の流のほうが心配。無理は駄目だよ?」

「……はい」

 ゆっくりと手を離してあげると、幾分か安心した様子だ。

「戻ったら一緒にお風呂入ろうね?」

「男女別々ですよ?」

「部屋の備え付けの温泉があるじゃない?」

 そこまで言うと、気づかなかったという顔をして、直ぐにニコリと。

「露天でしたら月見酒しながら入りましょう」

「ん、約束……いってらっしゃい。気をつけて」

「えぇ、そちらこそ」

 瞬きをした間にその姿が消えて。向かって行ったというのが分かって……よし。

「エクス。これから本気でとばすから。対向車の確認お願いね」

『承りました』

「……震離君。私は何処に座っていたらいい?」

「スリルを味わいたいなら助手席に。なるべく感じたくないと言うなら私の後ろの席に」

「後ろに座ろうか!」

 半ば食い気味に改めて私の後ろの席に座りつつ、しっかりとシートベルトを締めて。しっかりと備えるスカさんを見ながらもう一度考えようか。

 ここから宿まで大凡30分。本気で飛ばせば半分程度に抑えられる。流が止めに言ったとは言え、私と流が反応に気づくのに一瞬遅れた事から……おそらく何らかの結界でも張ってると考えるべきか。

「よ、よし。準備は出来たぞ震離君!」

「了解。後はしっかり掴まっててくださいね」

 車のエンジンを再点火させると共に、エンジンを吹かせて。いざ。

「GO!」

 アクセルを思いっきり踏み込んだ。
 
 ふと、思うのは……何故あの二人が激突してしまっているのかと。
 
 あの響はともかく、かつて出会ったサトは……自分に取っては過去で、私達にとって未来で響と戦ったと。それがどんなシチュエーションで、何故そうなったのか少しだけ言っていたけど。
 
 駄目だ、数年前だと言うのに細かい部分を思い出せない。
 
 思い出せ。確かもっと言ってたんだ。

 昔のことを、六課に居た日の事を。
 
 そこで思い出したのは……最後のゆりかご戦の時。ゆりかごで……。
 
 いや、ちょっと待て。
 
 ……響の刀の……融合騎、なんで花霞に変わってる? 確か、事前に情報送られて4月には完成してたから、花卯月(はなうづき)と銘を貰っていた筈だ。
 
 じゃあなんで名前を変えた?
 
 融合騎になったのは、多分ゆりかご戦の直前のはず。だって、本部が襲撃されたっていうときには開発も何もしてなかったはずだから。
 見つけた時にAIを移せば動く段階まで持っていかれてたけど、響は自分の練度が足りないからと先延ばしにしていた。
 
 満を持したから改名? いや、そんな人じゃない。花卯月の銘だって大切にしてたから……。
 
 そこまで考えて、この世界に来た皆の言葉と態度が、まるでチグハグだったピースが嵌まった。
 
 血の気が引く、喉が渇く、この事実に気づきたくないと心が叫ぶ。
 
 それはサトの世界、私達の世界、そしてかつてのサトが観測し、レリックを用いて延命させたという世界。
 それ以外にももう一つ世界があるという証明。
 わかっていたはずだ。わかっていて受け入れていたはずなのに。なぜ私達はそれを忘れて、私達の世界の人たちと同一に捉えていた?
 
 察していたのに。響がフェイトさんを呼び捨てにしていたから、確証は無い。だって、最後(・・)に会った時、私達は一度全員揃った(・・・)
 その時、そんな素振りはしてなかった……筈だ。

 だったらなぜあの二人がぶつかるのか。
 そこまで考えて気づいてしまう。
 
 ……あの響は、限りなくサトに近いルートを通り、ゆりかご事変を突破した可能性が高いことを。
 
 いや、まだだ。まだ、あくまで仮定だ。
 
 皆に、響達に会ってから……確認取るまではまだ……。
 
  
 

 
後書き
 もうひとりの至った結末も乗せないとなと考えてるこの頃です。

 長いだけの文かもしれませんが、楽しんで頂けたのなら幸いです。ここまでお付き合いいただき、感謝いたします。
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