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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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エピローグ

 
前書き
前回のあらすじ:エンタメデュエルの敗北。しかし彼の心にはその事実よりも、その過程で投げつけられた言葉の方が遥かに強い痛みを伴って響いていたようで。 

 
 幽霊が出る……きっかけはそんな、夢のような話から始まった。そしてその夢は一夜明け、更なる広がりを見せた。精霊を追う男達、精霊を知る少年。少女の知る世界はわずか1日にしてそれまでとは比べようもないほどに広がった。
 しかし昇らぬ朝日がないように、沈まない夕日もまたありはしない。広がりきった少女の夢は、宵闇と共に悪夢と化した。そして悪夢の戦いから、1週間もの日付が過ぎた。

「よう、鳥居。起きてるか?」

 燃えるような赤髪をわずかに揺らし、ゴンゴンとノックの音がかすかに薬臭い廊下に響く。その声の主は、言うまでもなく糸巻である。そしてその後ろには、花束を手に待機する八卦の姿。彼女たちにとっても、あの日以降彼に会うのは1週間ぶりのことだった。あの後呼びつけた救急車によって病院に担ぎ込まれた彼は意識不明の重症と診断され、そのままノータイムで集中治療室に。面会謝絶状態が続き、ようやく今朝になって見舞いの許可が下りたのだ。
 しかし、いつまで経っても部屋の中から返事はない。痺れを切らした糸巻がもう1度ノックしようとして考え直し、引き戸の取っ手を掴み慎重にドアを開く。

「鳥居?……なんだ、起きてんのかよお前。ったく、なら返事ぐらいしろよな」

 そっと覗き込んだ彼女の視界に入ったのは、ベッドの上で上半身を起こし、ぼんやりと窓の外を見る部下の後ろ姿だった。燃え尽きたと医者から聞いていた髪も再び産毛が生え始めており、背筋も割合しっかりとしている。

「入るぞー」
「し、失礼します!」
「ああ、糸巻さんに八卦ちゃん……ども、お久しぶりっす」

 ようやく物思いから我に返ったのか、弱々しい声で振り返る。まだ手ひどい火傷の跡は確認できるだけでも顔面や二の腕に残っているものの、彼の年齢を考えれば跡も残らず、とまではいかないまでも十分誤魔化せるぐらいまでには回復するだろう。それを見て無邪気に顔を綻ばせる少女と、それとは対照的に渋い顔になる糸巻。確かに彼は、肉体的には復帰も近いように見える。だが、その精神はどうだろうか。
 百戦錬磨の彼女は、これまで幾度となくこんな顔をした若者を見てきたことがある。例えば念願叶いプロデュエリストの仲間入りしたものの、相次ぐ敗北にファンもつかずスポンサーも愛想をつかし、やがて表舞台を去っていく時。例えば正義感とデュエル愛に燃えデュエルポリスの門を叩いたはいいが、そこで自分の実力不足を嫌というほど試験時に叩きこまれた時。人の心がへし折れた時の顔を、彼女は知っている。

「鳥居、お前……」

 言葉はしかし、続かなかった。一見元気そうに見える彼を見て喜ぶ八卦を前に、水を差すようなことが言えなかったということもある。しかしそれ以上に、彼女自身がそれを口に出すことを嫌がっていたのだ。口に出してしまえば、もう後戻りはできなくなる。ようやく体の傷が治りかかっている彼に、このタイミングで心の傷という現実を突きつけることが正しいことだと言えるだろうか。
 らしくもなくまごついている彼女を一瞥し、優しい声音で鳥居が少女に向き直った。

「ちょっと悪いけど、八卦ちゃん。お使い頼まれてきてくれるかな」
「お使い、ですか?はい、お任せください!何を買ってきましょうか!」
「えっと……んじゃ、『スイートミルクアップルベリーパイとろけるハニー添え』ってのをお願い。この近くのケーキ屋にあるかわからないから、30分探しても見つからなかったらそんでいいから」
「30分ですね、わかりました。では、失礼しますっ!」

 元気よく少女が部屋を後にしてからたっぷり1分ほど待ち、戻ってきていないことを確認した鳥居がようやく口を開く。その声色はさっきまでとは打って変わり、悲壮感と無力感に満ちていた。

「……すんません、糸巻さん。俺ちょっと、もう駄目かもしんないっすわ」
「だろうな。よっっぽど手ひどくやられたんだろ?悪いとは思ったがデュエルディスクの内部データから、どんなデュエルをやったのかは確認させてもらったからな」

 先ほどまでは純粋無垢な少女の手前、かなり無理してお得意の演技をしていたのだろう。彼は今、自分の心がどれほど悪い状態にあるのかを客観的に捉えて知っている。それを確認した糸巻も、もはや遠慮は不要とばかりに近場の椅子にどっかりと腰を下ろして長い足を組み、懐から煙草を1本取り出す。

「……ここ禁煙っすよ」
「怒られるのはアタシじゃない」
「よくわかってるじゃないっすか、俺が怒られるんすよ」
「知るか、馬鹿」

 そうは言いつつも言葉とは裏腹に舌打ちし、火をつける寸前の煙草を元通りしまい込む。いつになく素直な女上司のそんな姿に、鳥居がまた力なく笑う。

「なんか今日は随分優しいっすね、糸巻さん」
「馬鹿いえ、アタシはいつだって絵にかいたような善人だぜ」
「なら俺知ってますよ、その絵のタイトル地獄絵図ってんですよね」

 いらん一言と流れるような軽口こそいつもの調子だが、そこにはまるで覇気がない。彼自身もそのことを痛感しているのか、何とも言いようのない薄ら笑いを引っ込めて急に話題を変えた。

「ねえ、糸巻さん。糸巻さんは、何のためにデュエルしてるんすか」
「は?」

 おもむろに放たれた、哲学的とも思える問い。彼も目の前の反応から自分の説明不足を悟り、思い出したくもない記憶を自らの脳裏からサルベージする。

「あの時俺、言われたんすよ。俺のデュエルは、ただ与えられた役割にしがみつくだけのまがい物だって。俺はずっと俺のデュエルを観てくれるお客さんのためにデュエルをしてて、それが俺にとっての全部で。自分のために戦うなんて考えたこともなくて……だから、そんなデュエルじゃ届かないって」
「いかにも巴の奴らしいやり口だな……そんなもん、聞き流しとけよ」
「でも俺、自分のことだからわかるんすよ。そうやって言われた時、最初は俺も思いました。これは罠だ、聞く価値なんてない妄言だって。だけど本当は、心の奥底では、あいつの言うことの方が正しいんじゃないかって……!」

 途中で言葉が消えていき、顔をくしゃくしゃに歪めて体を震わせる鳥居。彼の中では今、爆発した感情が行き場もなくなっていた。敗北による悲しみ、苦痛、恐怖……しかし圧倒的に大きいものは、何も言い返すことのできなかった自分自身に対しての悔しさだった。
 そしてその気持ちは、糸巻には痛いほどよく分かる。それまでの自分自身を全否定され、だというのにそれを甘んじて受け入れるしかない。かつて、彼女自身もそうだった。ずっと続くと思っていたプロデュエリストとしての日々から一転し、四方から浴びせられた罵声と迫害。自分と同じデュエリストのせいで数多の死傷者と被害が出たのだと遺族に直接詰め寄られた時も、彼女には一切の申し開きができなかった。ただ唇を噛みしめ拳を握り、その両方から血が出るほどに力を込めるだけ。彼女に、何か言う資格などなかったのだから。
 重苦しい沈黙に包まれる中、やがて鳥居がどうにか落ち着きを取り戻す。

「すんません、糸巻さん。俺らしくもないっすね。今聞いたことは忘れてください……いつかきっと、俺の手で答えを出してみせます」
「おう、そうか。その意気だ」

 またしても短い沈黙。いつかきっと、と彼は言った。しかしそのいつか、とは一体いつになるだろうか。たとえ傷が完治したとしても、今の決定的に大切なものをへし折られた彼にまともなデュエルを行うことなど不可能だろう。まして彼が折り合いをつけて答えを出すべきエンタメデュエルは、ただでさえ常人以上の精神力を必要とするものだ。答えの見えない問いが宙に浮き、その不透明さと先の暗さがのしかかる。
 そこでよし、と手を叩いたのは、糸巻だった。彼女にはもう少し目先の問題で、考えるべきことがあったのだ。

「この話はやめだ、やめ。それよか鳥居、お前『アレ』どーする気だ?その様子だと出るのは無理だろうが、もう1週間もねえぞ」
「あー、『アレ』っすか。正直、俺もノープランです。でも、一応本部からも応援は来るんすよね?」
「そりゃまあ打診はしておいたけどな、正直今からお前の穴埋めなんて出せるかどうかは微妙なとこだな。ある程度腕っぷしがよくて、なおかつアタシら(デュエルポリス)寄りの人間……」

 謎めいた言葉を挟み、2人して頭をひねる。ちょうどその時、ドアがババン、と音を立てて勢いよく開いた。そして息せき切った少女と共に、見覚えのある少年が何かの入った紙箱を手に顔を出す。

「ハア、ハア……お、お待たせしました鳥居さんっ!」
「洋菓子店『YOU KNOW』家紋町支部、店長の遊野清明でーす。『スイートミルクアップルベリーパイとろけるハニー添え』ただいまお持ちしました。こっちも大概金欠だけど、まあ見舞い品だからオマケしとくよん」
「「いたー!」」
「……へっ?」

 同時に叫ぶ大人2人と、何が何だかわからないという顔で固まり目をぱちくりさせる少年。またしても、何かが動こうとしていた。 
 

 
後書き
相変わらず短いですが、まあエピローグだしね。
次回より新章、「デュエルフェスティバル編(仮題)」始まります。 
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