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ある晴れた日に

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83部分:優しい魂よその十八


優しい魂よその十八

「そういうの持ってるわ」
「誰にも光があって闇があるってわけか」
「私にもね」
「竹林もかよ」
「そう。自分ではわからないけれど」
 実はそうなのだった。少し寂しい、それでいて残念な顔になる。彼女も自分のことには中々気付いてはいないようであった。
「多分ね」
「竹林は物静かっていうかな」
「物静か?」
「ああ。けれど気の弱いところがあるよな」
「そうかしら」
「自分ではそういうことが気付かないんだな」
 あらためてこのことを思う正道だった。
「俺だってそうだしな」
「音橋君もなの」
「自分では気付かないんだろ?そういう暗いものってな」
「気付いていてもどうしようもない場合もあるし」
 また言う未晴だった。
「それはね」
「詩的だな」
 正道は未晴とのこれまでの話をこう評してきた。
「何かな。随分とな」
「詩的かしら」
「ああ。それでだよ」
 今はギターを持っていない。だが心にあるギターを手に取った。そうして今その心にあるギターを手に取ってそれから未晴に言うのであった。
「俺はやっぱりな」
「何?」
「こういう話するとどうしてもな。そっちにな」
「音楽ね」
「ああ、それだよ」
 笑って話す。
「いい曲を作れそうだな」
「本当に音楽が好きなのね」
「俺にとっては全てさ」 
 明るい笑みになっていた。
「これがな。やっぱりそうなんだよ」
「そう。じゃあ今度はどんな曲を作るの?」
「そうだな。こういう雰囲気だと」
 今は場の雰囲気を肌で味わいながらの言葉だった。
「バラードかな」
「バラードも得意だったの」
「前に言ってなかったか?」
 未晴に顔を向けて問うた。
「っていうかカレーの時によ」
「そういえばそうだったわね」
「そうだよ。音楽なら何でもいいんだよ」
 微笑んで未晴に話す。
「音楽だったらな。だからバラードだってな」
「そうなのね。バラードでもね」
「ああ。音楽はいいものだよ」
 微笑んでいた。
「逆に言えばこれがないとな」
「駄目なの」
「ああ、絶対にな」
 これが正道だった。
「音楽は俺の生きがいなんだよ」
「そこまで言うのね」
「キザか?」
 笑って未晴に問うた。顔を彼女に向けて。
「こうした言い方ってよ」
「そうね。キザって言えばキザね」
 未晴も笑みで彼に言葉を返した。
「少なくとも格好つけているようには見えるわ」
「そうか。やっぱりな」
「けれどそれでもいいんじゃないかしら」
「いいのか」
「ええ。少なくとも何もしないよりはずっといいと思うわ」
 こう彼に告げるのだった。
「何かに熱中しているのなら余計にね」
「家にいたら結構言われるんだよ」
 今度の正道の笑みははにかむような、それでいて苦さも混ざったものであった。彼にしては珍しい笑顔だ、それを見る未晴はこう思った。
「色々とな」
「色々って?」
「五月蝿いっていうんだよ、お袋がな」
「音橋君ってお母さんいたの」
「いるに決まってんだろ」
 笑みが苦笑いになっての言葉だった。
「親父もいるぜ。しかも離婚しねえで今も一緒にいるさ」
「そうなの」
「親父は楽器売ってる会社の社員さ」
「そっちなの」
「お袋はピアノの先生でな」
 親子揃って音楽に縁があるというわけである。
「それで家にはでかいピアノだってあるぜ」
「じゃあ音楽には理解あるんじゃないの?」
「それはいいっていうんだよ」
 別に正道のギターには家族からの反対はないようだ。
「けれどな。それでもな」
「それでも?」
「真夜中にギターをやるのは止めろって言われるんだよ」
 こういうことであった。
「近所迷惑だからってな」
「それはね。やっぱりね」
 未晴もこれに関しては正道に分が悪いと見ているようだった。
「仕方ないわね」
「だからよ。夜とかはな」
「寝るの?それとも他のことをするの?」
「いいや」
 未晴のその問いに首を横に振ってみせる。どうやらそうではないらしい。
「まさかよ。勉強はまあするけれどな」
「じゃあ他に何するの?」
「外に出るんだよ」
 何とも意外な返答だった。
「外にな。それで公園とか駅前で弾くんだよ」
「人の迷惑にならない場所でってことね」
「楽譜は懐中電灯で照らしてな。これがかなりいいものだぜ」
「本当に音楽が好きなのね」
 正道のその心がわかってそれに好感を持ちだした未晴だった。
「音橋君って」
「ああ。けれど今はやっぱりな」
 首を捻っての苦笑いだった。
「ギター持って来るのは無理だったさ」
「だから心のギターなのね」
「そういうことさ。何なら今度な」
 自分から未晴に対して言った。
「この風景を歌ったバラード。聴かせてやるよ」
「今のこの。静かな風景をね」
「嫌か?」
 少し真面目な顔になって未晴に尋ねた。
「それは。嫌かい?」
「いいえ」
 正道の問いに対して首を横に振って答えた。
「音橋君がよかったら。御願い」
「よし、じゃあ決まりだな」
 未晴の言葉を聞いて彼も微笑んだ。
 
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