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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第7章:神界大戦
  第216話「慈悲なき絶望・後」

 
前書き
後編。
久しぶりに帝にも出番があります(少しだけ)。
 

 








「っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 神界のどこか。
 たった一人、はぐれてしまった帝は今もまだ何とか生き残っていた。
 彼の足元には、先程まで戦っていた神が倒れている。
 辺りには、戦闘に使った武器群が大量に散らばっていた。

「やっと、倒せた……!」

〈単独行動の神で助かりましたね〉

「全くだ……!」

 神と遭遇したのは偶然だった。
 その神は“はぐれる性質”を持っており、神も帝と同じようにはぐれていた。
 そのおかげで、他の神や“天使”に妨害される事なく戦えたのだ。

「くそ……それにしても、連絡つかないのか?」

〈……はい。原因ははっきりとは分かりませんが、完全に通信が途絶しています〉

 帝もはぐれてから何度も優輝達と連絡を取ろうとしていた。
 しかし、神界という特殊な環境下なため、連絡は取れず仕舞いだった。

「……光ったと思ったら吹き飛んでいたんだもんなぁ……」

〈攻撃された自覚がなかったからか、肉体的ダメージはほぼゼロですがね〉

 あの時、帝は自分に何が起きたか理解していなかった。
 それが幸いし、肉体的なダメージはほとんど無効化していた。
 尤も、それ以外の問題が山積みになっているが。

「……結局、あの神が言っていた事は一体……」

 戦闘が終わったため、帝に考える時間が出来た。
 その時間で考えるのは、吹き飛ぶ前に出会っていた神、ディータの言葉だ。

〈私達は、ソレラと名乗ったあの神に騙されていた、という事でしょう〉

「……そう、か。皆が俺を探しに来ないのも……」

〈単純に探し出せていないか、その余裕がないのかのどちらかですね〉

 驚きはしたが、それ以上に腑に落ちた。
 帝自身、ディータの言っていた事は十分に理解していた。
 既に洗脳済みで、自分達を騙していた事ぐらい、さすがに理解出来た。

「こうなると、俺自身が動く必要もあるな」

〈そうですね〉

「……隠れてばかりじゃダメか……」

 現在、帝は“ハデスの隠れ兜”と言う兜の形をした身隠しの布を着けている。
 その効果によって他人には見えないようになっていた。
 だが、音などまでは隠せないため、あまり大胆には動けないでいたのだ。

「俺が飛んできた方向、記録しているか?」

〈はい。数値的な距離であれば、飛んできた方角、距離、さらには吹き飛ばされた場所から出口までの道のりも記録してあります〉

「……よし、それなら……」

〈ただし、神界において数値的な距離などは無意味に近いです。一応辿っても効果はあるでしょうが、確実に合流できるとは限りません。元より、皆さんが来た道を戻っているのかすら……〉

「……ちっ……」

 思わず帝は舌打ちする。
 不満に思うのは仕方ないが、同時にそうなる事もしょうがないと理解出来た。
 神界において物理法則は曖昧になっている。
 単純に道を辿っても同じ場所に着くとは限らないのだ。

「皆がどうしているのかもわからないのはきついな……」

〈とにかく、一度出口まで行くのが最善かと〉

「出口近くには何人か残っていたからな。そうするか」

 出口近くでは、祈梨を始めとした何人かが残っている。
 例え優輝達と合流できなくとも、そちらと合流すれば最悪は避けられる。
 そう考え、帝は行動を開始する。

「案内は頼むぞ」

〈分かりました〉

「(合流できれば御の字。最低でも、出口まで戻れたら―――)」







 ……“それ”を避けられたのは、偶然だった。
 偶然、帝の視界の真正面から飛んできたから、回避が間に合った。

「っ、まぁ、姿を隠した程度で見つからないはずがないよな……」

〈未知のエネルギー……いえ、理力反応……一つではありません!〉

「一人でも滅茶苦茶苦戦するってのに……!」

 直後、再び帝に向けていくつもの閃光が降り注ぐ。
 身体強化をフルで使い、帝はその場から離脱。
 パッシブ系の効果を齎す宝具を身に着けつつ、回避にまずは専念する。

「……一人ってのは、辛いな……」

〈私がいます……!どうか、意志を強く持ってください……!〉

 最早、いつもの軽口をエアは言わない。
 ただ主である帝の身を案じて、激励の言葉を送った。

「ッ……」

 包囲するように囲んでくる神と、その眷属である“天使”。
 多対一。一人相手でも苦戦必至な相手が複数だ。
 勝ち目などないに等しく、帝もそれを理解していた。
 その上で諦める訳にはいかないと考えたが、それでも意志は挫けそうなのだ。

「っ、ぁああああああああああ!!!」

 激昂と共に、帝の絶望が始まる。
 抗う事すら許さないような、慈悲なき脅威が、帝を襲った。























「……ふぅー、ふぅー、ふぅー……っ……!」

 “音”を束ねた砲撃魔法を放った奏は、その場に膝を付いて息を切らす。
 多くの分身を作り、さらに集中力を使った術を放ったのだ。
 連戦と言う事もあり、かなりの消耗をしている。

「(土壇場で作った技。でも、上手く行った。これで……!)」

 今までの魔法や霊術とは比べ物にならない威力だったと、奏は確信する。
 魔法や霊術を“音”として捉え、それらを束ねて放つ霊魔術。
 それは単純な威力はもちろん、概念的効果も持ち合わせていた。
 “音”として捉えた事で、音を響かせる概念効果により、障壁を徹す効果が付き、さらにそれらを束ねた事で、その効果が一点集中する概念効果もあった。
 奏自身、狙ってやった訳ではなかったが、この上なく貫通力があった。





「―――やはり、欠片も油断するものではないな」

「なっ……!?」

 だからこそ、奏は神の声が聞こえてきた事に驚愕した。

「まさか、障壁を三枚も割るとはな」

「防、がれた……!?」

 確かな手応えもあった。
 実際、障壁を貫く程にはちゃんと効果があったのだ。
 だが、神もそれに備えて障壁を増やしていた。
 一枚は貫けても、何重にも張られた障壁全てを貫けなかったのだ。

「やはり侮れんな。だが、手の内を見せてしまったな?」

「ッ、まだ……!」

 諦めずに奏は再び術式を組もうとする。

「もうさせんぞ?」

 だが、それは神によって“防がれた”。

「ただ防御に特化しているだけと思うな。妨害するように“防ぐ”のも可能なのだぞ?あのような準備が必要な技など、もう通用せん」

「ぐっ……ぁああっ!!」

   ―――“Echo(エコー)

 首を掴まれた状態から、その腕に対して攻撃を放つ。
 だが、それは障壁に阻まれる。

「っづ……ぐ……!」

 それでも抵抗しなければ首を絞められるだけだと、奏は抵抗を続ける。
 刃を叩きつけるのではなく、両手で腕を引き剥がそうと試みる。
 もちろん、その手から魔力と霊力を徹そうとしながら。

「っ、ぁああっ!」

 時間を掛けたからか、霊力と魔力が障壁を浸食し、腕に手が届いた。
 そのまま、ありったけの身体強化を使って腕を引き剥がす。

「っ!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 すぐさま間合いを取って、隔離している結界の端に移動した。

「(妨害されるなら、足止めを……!)」

〈いけませんマスター!それ以上の分身は……!〉

「しなくちゃ、負けるだけ……!」

   ―――“Harmonics(ハーモニクス)

 再び奏は分身し、その分身が神に斬りかかる。
 分身で時間を稼ぎ、その間に先程の霊魔術を放つ算段だ。

「これ、で……!」

 分身が分身を呼び、何十人の規模で神を足止めする。
 本体だけでなく、分身も同じ霊魔術を放とうとする事で、限りなく神の妨害を阻止する事に成功する。

「もう、一度ぉっ!!」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)

 果たして、その作戦は成功し、時間を稼ぎ終わった。
 先程放ったものよりも強い威力で放ち、確実に障壁を貫こうと神に迫る。

「あぁ、確かに有効な手段だな」

「……えっ……?」

 だが、極光を放った直後に聞こえてきた声に呆気に取られる。

「……相手が俺でなければな」

「(分身を、盾にした……!?)」

 奏が放った極光は、神の障壁だけでなく奏の分身も使って阻まれていた。

「“防ぐ”と言うのを見誤ったな。分身を増やすのは有効だが、同時に俺の盾を増やす事になる」

「(ただ肉壁にしただけじゃない……“性質”によって強化されていた。だから私の分身を盾にしただけで、さっきよりも強い砲撃を防げたのね……)」

 奏の分身という肉壁を使って“防ぐ”。
 そうすることで、神は障壁も含めさらに防御力を増やしていたのだ。
 利用された分身は、まるで引っ張られるように動かされ、抵抗もほとんど出来ていなかった。そして、盾にされた後は消し炭となっていた。
 本体の奏と同じく、“意志”の持ちようで復活は出来るが、分身も盾にしてあらゆる攻撃を防ぐという事実は、さらに奏の精神を追い詰めていた。

「(鼬ごっこね……。分身で時間を稼がないと障壁を全て貫く威力は出せず、かといって分身を出せばそれを盾にされて結局防がれる……どうすれば……)」

 攻撃が通じず、どうしようもない。
 そんな状況は確実に奏の精神を蝕む。
 だが、絶望するにはまだ踏み止まれた。

「……頃合いだな」

「っ……?」

 だからこそ、神は次の一手を打つ。

「今、確かにお前は絶望の片鱗を感じたな?心を挫けば負けるこの神界で」

「っ、でも、まだ終わってない……!」

「ああそうさ。一人だけでは挫ける程じゃあない」

 “だが”、と神は奏の分身達を見回しながら続ける。

「……こうすれば、どうだ?」

「ッ……!」

 その言葉に、奏は身構えて警戒する。
 しかし、目の前の神からは何もしてこない。







   ―――そう、“目の前の神から”は







「ッ―――!?」

 奏が気配に気づき、振り返った時には遅かった。
 そこには、別の神が肉薄しており、その掌は奏の額に触れていた。
 奏と神を隔離する結界は、神が張ったものだ。
 故に、神によって他の神や“天使”を侵入させる事は可能である。
 そのため、こうして奏の死角を突くように別の神が現れた。

「―――“集束”」

 “集束の性質”を持つ別の神が、その力を行使した。

「ぇ―――――」

 刹那、奏の意識は暗転した。









「……馬鹿な奴だ」

 倒れ伏した奏を見下ろしながら、“防ぐ性質”を持つ神は呟いた。

「確かに、絶望の片鱗程度しか感じていなかっただろう。だが、お前の分身も同じようにそれを感じていた。……その感情を一点に集束させればそうなるのは必然だ」

 塵も積もれば山となる。まさにそのような事が奏に対して行われたのだ。
 奏一人分であれば、耐える事の出来た“絶望”。
 だが、分身も同じようにその感情を抱えていたため、それらが集束して奏の許容量を完全に超えてしまっていた。
 さらに、結界外にいた多数の分身の感情、ダメージも集束したため、一瞬にして奏の心は打ち砕かれ、こうして戦闘不能になってしまったのだ。

「……自分だけしか分身の集束が出来ないと、無意識に思っていたのだろうな」

 神の言葉に、奏は反応を返さない。
 当然だ。知覚する間もなく、奏は心を挫けさせられたのだから。



























「っづぁああっ!!!」

 緋雪の拳が目の前の神へと叩きつけられる。

   ―――ギィイイイイイイン!!!

「っぐ、っ、ふー……!ふー……!」

 直後、甲高い音と共に緋雪の拳が砕け散る。
 殴った威力がそのまま跳ね返り、それが緋雪の拳を破壊したのだ。

「が、ぁっ……!?」

 だが、目の前の神にもダメージは通っていた。
 元々、物理攻撃に対しての反射は、威力をそのまま跳ね返しての相殺だった。
 しかし、緋雪は敢えて自身の負担を顧みずに全力で攻撃していた。
 その結果、そのまま跳ね返すだけでは相殺しきれずにダメージが通っていた。

「(狙い通り……!)」

 緋雪の予想通りに、神へのダメージは蓄積していく。

「いいよ!いいよ!もっと来なよ!」

「っ、ぁあああああああああっ!!」

「あはははははは!」

「(……ぶっちゃけ分身もうるさいなぁ)」

 狂気を反映させた緋雪のコピーが、緋雪を邪魔してくる。
 それを阻止するため、緋雪もまた分身を繰り出したが、こちらも煩かった。
 なお、喜怒哀楽を反映させた四人の分身だったが、哀だけは神界において復活するための“意志”を保てないため、既にやられていた。

「(まぁ、おかげでこうして攻撃出来るんだけどね!)」

 コピーを全て相手にする必要はなく、神本体を攻撃さえ出来ればいい。
 そのため、たった三体の分身だけで緋雪は神へと攻撃出来ていた。

「はぁっ!」

「ッ……!ふっ!!」

 神自身も反撃しない訳ではない。
 緋雪の姿を模っているため、その力を以って攻撃してくる。
 だが、緋雪はそれを紙一重で躱し、カウンターで手刀を突き刺す。
 骨が砕け、身が抉れ、無残な状態になろうとも、神に手を突き刺した。

「が、ぁあああっ……!?」

「(表面に罅……?私の姿が崩れようとしているの?)」

 すると、神の体に罅が入っていく。
 何かの予兆なのだろうが、緋雪はそれよりも先に次の一手を打つ。

「外から反射できても、内側からはどうかな!?」

「ぬ、ぐ、ぅ……!」

「限定展開!」

   ―――“悲哀の狂気(Trauer wahnsinn)-タラワーヴァーンズィン-”

 本来なら結界として広範囲に展開するものを、神を包む程度に狭める。
 そして、神の体内から狂気の波紋を広げる。

「ッ、ぁアあああアああアあアアああアあアアアアあアああアアアアアっ!!?」

 狂気の波紋が神の体内で乱反射し、神の心を蝕む。
 同時に、罅がさらに広がっていく。

「なんでも反射するのが、仇となったね……!」

 罅が完全に広がり、緋雪を模った姿が砕け散ると同時にその神は倒れ伏した。
 緋雪のコピーも同時に砕け、役目を果たした分身も消えて行った。

「不定形の神……と言うか、人型を取っているのが不思議なんだけどね」

 倒れた神の姿は、まるで靄のように実体がなかった。
 “鏡の性質”の特性上、確固とした姿は持っていなかったのだ。

「これで、私の所は倒せたけど……」

 周囲を見渡す緋雪。しかし、周囲には誰もいない。

「(引き離された……と言うか、戦場が別になってるね)」

 本来ならば、同じ場所で戦っていたはずだが、神界はそうはならない。
 “別で戦う”と言う行為をしている限り、お互いの戦闘が干渉する事はない。
 そのため、緋雪が周囲を見渡しても奏や司は見当たらなかった。

「(乱入って形で、どっちかを助けに……)」

〈お嬢様!〉

「ッ!」

 シャルラッハロートが、焦ったように警告を出す。
 緋雪もその警告の意図を即座に理解し、その場から飛び退く。
 直後、寸前までいた場所を閃光が貫いた。

「ひゃははははははははははは!!」

「ッ―――!?」

 回避した事で安堵する暇もなく追撃が来る。
 ナイフの形を取った理力と素手による攻撃の嵐を、緋雪は何とか凌ぎ切る。

「(新手……!)」

 ナイフの腕と体術は、そんなに技術の伴ったものではない。
 まさに暴力の嵐と言った形で緋雪に襲い掛かる。

「(間違いない。こいつ、狂気を持ってる……!)」

「そらそらそらぁっ!」

 狂気の赴くままに攻撃している。
 かつて、自分もそうだったからこそ、そう緋雪は判断した。

「(やりづらい、だけじゃない!)」

「ひゃはぁっ!!」

「ッ!?ぐっ……!」

 それだけなら、先程までの緋雪のコピーと同じだった。
 だが、違うのはそこに理性や自我が伴っているかどうか。
 躱したと思った矢先、体勢を考慮しない蹴りによって緋雪は吹き飛んだ。

「(まるで、獣……!シュネーの時、相手をしていたお兄ちゃん(ムート)はこんな感覚だったのかな……!)」

「はっははははははははは!!」

 手足を地面に着き、神は体勢を立て直す。
 そのまま、獣のように再び緋雪に襲い掛かった。

「こ、のぉっ!!」

 力でなら互角に近い。
 神界の暫定的な法則上、“意志”によって優劣は変わるが、概ね互角だった。
 だが、獣の如き動きと気迫、そして狂気が緋雪を防戦に追いやっていた。

「(普通に斬った所で止まらない!完全に自分のダメージを無視してる!)」

 防御の際に緋雪が切り裂いても、神の攻撃を止まらない。
 手刀、蹴り、ナイフ。そのどれもがでたらめに繰り出される。
 常人であれば間接が外れているような軌道なため、動きも読みにくかった。

「ぐっ……!」

 後退し、魔力の矢を放つ。
 頭を射貫かれた神は少し仰け反るが、すぐに間合いを詰めてくる。 
 それを阻止しようと、緋雪は続けて魔力弾で弾幕を張る。
 置き土産にさらに矢を放ち、“瞳”を握り潰す。

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

「(これで……!)」

 僅かとはいえ、時間が出来る。
 その間に緋雪は転移魔法を起動。一気に間合いを離した。
 物理的距離が関係ないとはいえ、“離れる意志”があれば間合いは取れる。
 緋雪はここまでの戦いでそれを理解し、利用した。

「(相手は狂気を持っている。つまり、最低でもそれに関する“性質”持ち……。通常の攻撃を叩き込んでも、多分“意志”は挫けない……)」

 ある程度の物理的衝撃は通じていた。
 だが、一切堪えた様子はなかった。
 その事から、相手の神はただの物理ダメージでは決して倒せないと理解する。

「(となれば、倒す手段は精神的攻撃……でも……)」

 倒すとなれば物理以外のダメージだ。
 手早い手段としては、精神攻撃だが、緋雪は懸念があった。

「(狂化している相手に、その攻撃が通じるの……?)」

 簡単に言えば相手は狂っているのだ。
 そうなれば、ただの精神攻撃も通用しないかもしれない。
 そんな考えが緋雪の中にあり、そのためにどうすればいいか頭を悩ます。

「概念的攻撃……ぐらいしかないかな」

「シャァッ!!」

「ッ!」

 悠長に考える時間はない。
 影から襲い来るように、神がいつの間にか間合いを詰めていた。
 その攻撃を何とか防ぐが、体勢を崩してしまう。

「ハッハァッ!!」

「がっ……!?」

 そのまま、追撃の蹴りが緋雪の胴に深々と突き刺さった。
 速度にして音速を超える勢いで緋雪は吹き飛び、転がりながら体勢を立て直す。

「(悩んでる暇はない!単純に強いと、出来る事も出来ない!)」

 そう判断した緋雪は、シャルラッハロートを待機状態にする。
 防護服や術式の維持に専念してもらい、武器を魔法で作ったものに切り替えた。
 相手は素手とナイフ。取り回しにくいシャルラッハロートでは不利だからだ。

「ふっ、はぁっ!」

 肉薄し、抉り取るような一撃を横から拳を当てて逸らす。
 その状態から繰り出された追撃を、緋雪は魔力のナイフで受け止めた。

「ッ、ぁあっ!」

 そこから、さらに膝蹴りが迫る。
 緋雪は上体を逸らす事で何とか避け、体を捻って回し蹴りを叩き込んだ。

「っ!」

 だが、その反撃を食らった状態から神は反撃に出る。
 一瞬、緋雪の顔が驚愕に歪んだが、備えておいた魔力弾でギリギリ逸らした。

「っぜぇいっ!!」

   ―――“霊撃”

 僅かな隙を突き、緋雪が掌底を叩き込む。
 全力で放たれた掌底によって、神が後方に吹き飛んだ。

「っぐぅ……!?」

 だが、神もやられたままではなかった。
 吹き飛ぶ瞬間、神は掌底を放った緋雪の腕を引きちぎっていったのだ。

「くっ!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

 すぐさまその腕を対象に、緋雪が“破壊の瞳”を使う。
 腕自体は意識すればすぐに再生できるため、大した傷にはならなかった。

「(予想しきれない……!それに、このままだと倒す手段がない……!)」

 概念的な攻撃手段は、一応存在する。
 だが、その手段を成功させるには時間が掛かる。
 元生物兵器とはいえ、一介の人間である緋雪には、概念的干渉は難しいからだ。
 しかし、それを叩き込まない限り、勝ちはない。

「(考える前に攻撃が来る。こうなったら……一か八か!)」

 概念的攻撃をどうするか考える暇もなく、神の攻撃が迫る。
 何撃かを防いで凌ぎ、自身を中心に辺り一帯を爆破。
 同時に自身は転移魔法で間合いを離し、緋雪は決断した。

「……さぁ、さぁ、さぁ!!我が狂気は世界をも浸食する!人の罪、人の業の権化を今ここになそう!いざ、染め上げろ!我が狂気に!!」

〈ッ……!いけません!お嬢様!〉

   ―――“悲哀の狂気(Trauer wahnsinn)-タラワーヴァーンズィン-”

 自分が最も扱える概念である狂気。
 それを叩きつけるには、この切り札しかないと緋雪は判断。
 シャルラッハロートの警告を振り切って、狂気を映し出す結界を展開した。

「(これで、一気に……!)」

〈相手の領域に踏み込んでいます!〉

「―――これを待っていたァ!!」

 続けられたシャルラッハロートの言葉と同時に、神が叫ぶ。

「……ぇ……?」

 “ドクン”と、何かが切り替わる。
 本来ならば、このまま狂気という概念を用いて攻撃するはずだった。
 だが、緋雪は前後不覚に陥ったようにふらつき、膝を付く。

「“狂気の性質”を持つオレの前で“狂気を映し出す結界”たァ、随分とマヌケなこった!テメェから袋小路に飛び込んでンだからなァ!」

「っ、ぅ、ぁ……!?」

 理性が、自我が蝕まれる。
 乗り越えたはずの、克服したはずの狂気に呑まれていく。

〈お嬢様……!お嬢、様……!〉

 その影響はシャルラッハロートへも飛び火する。
 人格自体は狂気に浸食されないが、機能停止に陥ってしまった。

「(迂闊……!うか、つ……?ぁ、しこう、が……)」

 なぜこんな迂闊な真似をしたのか。
 それを理解する前に、緋雪は完全に術中に嵌ってしまった。

「ぅ……ァ……」

「初めッから勝機なんてねェンだよ!!ひゃっははははははははははは!!」

 高笑いする神。
 既に、緋雪は抵抗すらままならなかった。

「(勝ち目なんて、なかった。最初から……なのに、私達は……)」

 残った意識が絶望へと墜ちていく。
 
「あ、はは、はハ……」

 乾いた笑いが出た。
 もう、笑うしかなかった。
 勝ち目がなく、狂気を増大させられ、緋雪の心は折れてしまった。
 後は、もう狂気に呑まれるだけだった。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」















   ―――狂気に満ちた哄笑が、神界に虚しく響いていた。































「……終わったか」

「ああ。終わったとも」

 司、奏、緋雪が戦っていた場所。
 そこには、その三人が完全に意識を失って倒れていた。

「ヒヒッ、そいつは既に狂気に満たされてるぜェ?」

「そうか。では、こいつを……」

 司の相手をしていた神が、黒い闇のようなものを凝縮した“何か”を取り出す。
 それを、三人に一つずつ押し当てた。

「ふん、別の神が精神干渉無効の加護をかけていたようだが……」

「イリス様の闇には敵うまい」

 ほんの少し、緋雪に入ろうとした“何か”が止められる。
 しかし、すぐに完全に入り込んでしまった。

   ―――ドクン……!

 大きな鼓動のような音が響き、三人が“闇”に呑まれた。

























 
 

 
後書き
“はぐれる性質”…文字通りの性質。戦闘向きではないが、応用すれば魔力弾の制御などを簡単に妨害出来る。多分、倒すと大量の経験値がある(はぐれ違い)。

ハデスの隠れ兜…プリズマイリヤドライに登場。姿を完全に消すが、音と臭いは消せないらしい。宝具という概念的効果を齎すアイテムなため、神界でもある程度通用する。

“集束”…“集束の性質”によって行われる権能の行使のようなもの。今回は、奏の分身を一か所に集束させる、つまりアブソーブと同じ事を行った。

“集束の性質”…文字通りの“性質”。集束の意味を持つ技や行動、概念ならば扱う事が出来、汎用性にも長ける。SLBも当然撃てる。

“狂気の性質”…文字通り、狂気を扱う“性質”。狂気に侵された事がある者の天敵。つまり、緋雪にとって相性最悪である。

“何か”…具体名はないが、所謂洗脳のための闇の玉。緋雪の特典として存在していた洗脳・魅了無効化や司の天巫女としての耐性すら貫通する。


神界での場所移動は、ポケモンダイパのバグの“なぞのばしょ”がイメージに近いですかね……とにかく、まともな移動では目的地に確実には辿り着けません。

一部の文字だけ大きくしようとして、出来ずに断念……。
方法があれば教えてほしいです。 
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